『とらコロ』






第五話 「下克上?」





とある休日、郵便屋さんが書き留めを持って来る。
それに印鑑を押して受け取った桃子に、顔なじみの郵便屋さんが不思議そうに尋ねる。

郵便屋「そう言えば、高町さんの家の表札、名前が増えているみたいですけど」

恭也「ああ、それは……」

恭也が事情を説明しようとするよりも早く、桃子が真剣な顔つきになり微かに俯く。

桃子「実は、2ヶ月ほど前に隠し子が見つかって……」

郵便屋「えっ! あ、そ、それはすいません」

恭也「ち、違います!」

慌てる郵便屋さんに恭也が本当の事を教えるのだった。



   §§



郵便屋「ああ、そういう事だったんですか。
    息子さんと同じ年の子と言うと、中学生ぐらいですか?」

桃子「……」

その言葉に桃子は苦笑を浮かべて無言。
一方の恭也は拗ねたような顔で、ポケットから何かを取り出して、無言のまま郵便屋へと渡す。
よく分からないながらも、それを受け取る。
それは学生証だった。

郵便屋「あ、えっと、度々申し訳ありません」

慌てて謝ると、学生証を恭也に返して、すぐさま次の配達先へと向うのだった。



   §§



桃子「まあまあ、あの人も悪気があったわけじゃないんだから」

恭也「それは分かっいるけど……。と言うか、あの表札が悪いんじゃ……」

恭也の言う表札とは、

『 高町 桃子 
  長女 那美
  次女 美由希
  長男 恭也 』

となっている表札の事だ。

桃子「だって、家族のようなものでしょう」

恭也「それは否定しないけれど、何故、僕の名前が一番最後?」

恭也の言葉に、桃子は恭也の頭の先から爪先まで見た後、そっとため息を吐き、顔を逸らす。

桃子「まあ、何となくかな」

恭也「う、嘘だー!」



   §§



恭也たちが玄関で騒いでいるのを聞きつけ、那美と美由希も出てくる。

那美「どうしたんですか」

桃子「いや、実はね……」

桃子から説明を受け、那美と美由希は頷く。

那美「確かに、恭也くんの言う事も一理あるかな」

恭也「あ、でも、だからって、別に年上振りたい訳じゃなくて…」

慌てて言う恭也に笑みを見せ、

那美「分かってるわ。つまり、恭也くんは弟扱いしないでって言いたいのよね」

恭也「そうです!」

力一杯頷く恭也に、那美と美由希は笑顔で答える。

美由希・那美「「ごめん。それはもう、ちょっと無理かも」」

恭也「うわ〜。また、見事にはもって」

少し拗ねたような声を上げる恭也。

恭也「でも、そう言いますけれど、誕生日だけを見るなら、一番上なんですから……」

言っている途中で何かに気付いたか、恭也は美由希と那美を見上げ、その身長差を確認するかのように自分の身長も確認する。

恭也「えっ! 一番上なのに……!?」

那美「あ、あははは」

美由希「まあまあ」

特に言葉もなく、二人は当り障りのない言葉を呟くのだった。



   §§



居間へと戻った三人は、さっきの話をしていた。

那美「でも、そこまで言うなら、何かで勝負して表札の順番を決めようか」

恭也「いえ、別にそんなに拘っている訳では…」

しかし、その恭也の言葉を遮るように、美由希が口を開く。

美由希「それだったら、まずはマラソンを15キロ…」

那美「待って! 美由希、元陸上部でしょう!」

恭也「いえ、その前に、まずはって言うのは…」



   §§



その時、那美の目にあるものが止まる。

那美「だったら、将棋で勝負する?」

恭也「将棋ですか。こういった頭を使う勝負は、那美さん得意そうですね」

那美「まあ、得意と言うほどでもないけど、苦手でもないかな」

美由希「この際だから、恭也くんも下克上を狙ってみたら」

恭也「うーん。そうですね、こうなったら、狙ってみます」

那美「それじゃあ、誰からする?」

美由希「じゃあ、私と恭也くんからで」

恭也「負けませんよ」

闘志を漲らせつつ、恭也は駒を並べ始める。

恭也「えっと、角が左で、飛車が右で良いんですよね」

那美「うん、そうだよ」

恭也は何とか駒を並べ終えると、向かいに座る美由希に声を掛ける。

恭也「美由希さんはどうですか」

美由希「えーっと、これで良いんだったよね」

美由希の前に並べられた駒は、間違いなくちゃんと並んでいた。
ただし、たった一つを除いて。

恭也「えっと、根本的に大きな間違いが一つ」

呆れたように呟く恭也の視線の先にある駒は、全て立てられていた。
まるで、チェスの駒のように。



   §§



ようやく駒も並べ終え、勝負を始める二人。
それを見て、那美は立ち上がる。

那美「じゃあ、勝負が着くまで、私は庭に水でも撒いているね」

恭也「すいません、お願いします」

那美「じゃあ、二人とも頑張ってね」

そう言って那美は庭に出ると、ホースで水を撒き始める。
その後ろからは、

恭也「えっと、銀は横には動けなかったんですよね」

美由希「うん、そうだよ」

そんなやり取りが聞こえてくる。

那美(うーん、もう暫らく掛かりそうかな?)

そんな事を考えている那美の耳に、また二人の声が聞こえてくる。

美由希「あ、それロン!」

那美「ちょっと、待って〜〜!」

聞こえてきた声に、思わず那美は声を上げるのだった。



   §§



恭也と美由希の勝負は、結局、恭也の勝利で終る。

那美「それじゃあ、次は私とね」

恭也「はい」

暫らく無言で打っていた恭也だったが、徐々に追い詰められていく。

恭也「えっと……」

那美「ふっふっふ。はい、さあ、何処に逃げる?」

恭也「あうあうあう」

完全に囲まれた恭也に、

美由希「恭也くん、王様の亡命はいつでも受け入れるよ」

そう言って差し出された美由希の手には、白と黒の升目模様の板が握られており、その上には白と黒の縦に長い物体が置かれている。
簡単に言えば、チェス盤とチェスの駒だ。
それを見た那美が、声を上げる。

那美「変なルール作らない!」



   §§



結局、那美の勝利で終わり、今度は美由希と那美の対戦となる。
駒を並べつつ、美由希が感心したように言う。

美由希「それにしても、那美は強いね。何か、ハンディが欲しいかな」

那美「うーん、だったら、幾つか駒、落とそうか?」

美由希「それよりも、援軍の許可を…」

そう言って美由希が持ち出してきたのは、やはりチェスの駒だった。

恭也「うわっ、また出てきた…」

那美「それは駄目」

即座に反対する那美だった。



   §§



二人の打っている所を横で見ながら、恭也は感嘆の声を出す。

恭也「二人とも凄いですね。殆ど互角じゃないですか」

那美(ううん、違う。一見互角に見えるけど、実際は美由希の方が押している……)

その事実を考え、那美は美由希を見ると、

那美「なあ、恭也くんとやった時は、手加減でもしてたの?」

美由希「ううん。何か、やっとエンジンが掛かってきたって感じかな?」

那美「どんなエンジン積んどんねん!」



   §§



桃子「あら、将棋さしてるの?」

美由希「はい」

桃子「懐かしいわね〜」

那美「良かったら、やります。私で良ければ、相手させて頂きますけど」

桃子「それじゃあ、ちょっとだけ」

こうして、桃子対那美の戦いが始まる。

桃子「ここをこうして……。はい、王手」

那美「えっ!」

美由希「は、早いよ」

恭也「かーさん、将棋強かったんだ」

桃子「ええ。だって、元棋士だもの」

恭也・美由希・那美「「「えぇーー!!」」」

今日一番の大声が上がるのだった。



   §§



後日、あの郵便屋さんがやって来て、郵便物を郵便受けに入れようとする。
そこへ、タイミングよく桃子が現われる。

桃子「あら」

郵便屋「ああ、これお手紙です」

桃子「ご苦労様〜」

郵便屋「いえ。それよりも、先日は大変申し訳…………」

そこまで言った郵便屋の言葉が、そこで止まる。
その視線は、表札へと向けられていた。
そこには…。

『 高町
  長女 桃子
  次女 那美
  三女 美由希
  長男 恭也 』

郵便屋「え〜っと」

困ったような顔をする郵便屋に、桃子は笑みを浮かべ、片手を頬に当てる。

桃子「はい? どうかしましたか?」

郵便屋「い、いえ、何でもないです。それでは、お邪魔しました〜」

そう言って郵便屋は急ぎバイクを走らせて去って行く。
その背中を、恭也が同情半分、哀しさ半分で見送っていた。





おわり










ご意見、ご感想は掲示板こちらまでお願いします。