『風と刃の聖痕』






 第4話





和麻たちが海鳴に着いた頃には、すっかり夕方になっていた。
駅前に辿り着くなり、綾乃は背伸びをする。

「ふー、やーと着いたわね」

そんな綾乃を見下ろしながら、和麻は煙草を咥えると火を点ける。
それを見ながら、綾乃は和麻に尋ねる。

「所で、恭也さんはまだなの?」

「あん?そんなの俺が知る訳ないだろ」

「あ、あんたね。あんたが言ったんでしょうが。ここで恭也さんを待つって」

「ああ、言ったな。だけどな…」

そう言って、和麻は綾乃に指を突きつける。

「いつ来るかなんて分かる訳ないだろうが」

「大体、何時ごろに着くとかって言わなかったの!?」

「…………」

和麻は今思い出したと言わんばかりに、右手を握り上に向けた左の掌に軽く打ち下ろす。

「おお」

「ま、まさか、本当に言ってないの!」

絶叫に近い声で叫ぶ綾乃に、顔を顰めながらしれっと答える。

「そんな訳ないだろうが。大体6時ごろと言ってある。まだ、あと10分ぐらいあるだろうが。
 それぐらいも待てないのか?」

怒りに震える綾乃を取り押さえるように煉が声を上げるが、その煉に向って和麻は話し掛ける。

「俺はちょっと煙草を買ってくるから、後は頼むわ」

「え、ちょ、兄さま」

それだけを告げると、さっさとこの場を去って行く和麻を見ながら、煉はため息を吐く。
とりあえず落ち着いた綾乃を見ながら、煉は安堵する。
そんな時、綾乃がふと視線を向け、煉に話し掛ける。

「煉、あそこ見てよ、ほら」

綾乃の指す方を見て、煉も綾乃の言いたい事を理解する。
そこには、顔の整った青年が歩いていた。

「はー、いる所にはいるもんねー」

と感心した声を漏らす綾乃に、煉も頷いて返す。
と、その後ろから和麻が声を掛ける。

「何がだ?」

「か、和麻」

「何を慌ててる?」

「べ、別に何でもないわよ」

「あっそ」

綾乃の言葉にあっさり頷き、和麻は煉を見る。
煉は、和麻の視線を受け、先程の青年の方へと視線を向ける。
その視線を追うように、視線を向けた和麻は、その顔に笑みを浮かべる。
その笑みは、いつものへらへらとした笑みとは違い、本当に喜びを表した笑みだった。
それを見て、煉は驚きの表情を浮かべ、綾乃はその顔に思わず見惚れる。

(こいつでもこんな風に笑うんだ)

そんな二人の様子などお構いなく、和麻は片手を上げる。

「おい、恭也。ここだ」

その声に、先程二人が眺めていた青年が微笑を浮かべ、答える。

「久し振りだな、和麻」

恭也は和麻の所へと近づくと、挨拶を交わす。
そんな恭也と和麻の様子を眺めながら、綾乃と煉は驚いた顔をする。

「恭也。こいつが、宗主の娘で綾乃だ。で、こっちが弟の煉」

「宜しく。えっと綾乃さんと煉くんで良いのかな?」

そう言って丁寧な挨拶をしてくる恭也に、茫然としながら二人も挨拶をする。

「は、はい。神凪綾乃です。こちらこそ、宜しくお願いします」

「神凪煉です。宜しくお願い致します」

「八神和麻です。宜しく」

「和麻、面白くないぞ」

「ほっとけ!」

そう言って、恭也に対し軽く叩く真似をする。
いつもと違う和麻に戸惑いつつも、新鮮なものを感じる二人だった。

「さて、長旅で疲れたでしょうから、家の方でゆっくりしてください。
 大したおもてなしは出来ませんが。こちらです」

そう言って先に歩き出そうとして、綾乃の荷物を見る。

「綾乃さん。荷物重いでしょうから、お持ちしましょうか」

「い、いえ。平気ですから」

「そうですか?なら、良いですけど」

「そうそう。大丈夫だって。コイツがこの程度の重さで疲れるわけないって」

「あんたはねー!」

和麻の言葉に、綾乃が食って掛かる。

「少しは恭也さんを見習いなさいよね」

その言葉を鼻で笑うと、和麻は言い返す。

「ほーう。そういう事を言うか。誰だったかなー?
 昨日、俺の友達は、『意地が悪くて性格が捻じ曲がってて、金の亡者に決まってる』とか言ってたのは誰だったかな」

「そ、それは……」

言葉に詰まる綾乃。
そんな二人のやり取りを見ながら、煉は溜め息を吐く。
そんな煉に、恭也が話し掛ける。

「あの二人はいつもああなのか?」

「ええ、全く兄さまも姉さまも困ったものです」

そう言って肩を竦めて見せる煉に、恭也は苦笑をしつつ、

「でも、和麻があそこまで振舞えるって事は、結構信頼してるんだろう」

「そうですね。二人とも何だかんだ言って、お互いの事を信頼してます。ただ…」

「お互いに認めない、か?」

煉の続きを取るように言う恭也に、煉は頷く。

「まあ、ちゃんと後を付いて来てるみたいだから、構わないか」

「はい」

そう言って、恭也と煉は和麻と綾乃を止めずに歩き出す。
この短い間に、煉は恭也の事を気に入ったみたいで、色々な話をする。
恭也も、それを静かに聞きながら、二言三言返す。
傍から見てると、仲の良い兄弟にも見えなくはなかった。
ただ、その後ろに言い争いをし続けている二人が居なければ、だが。







つづく








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