『ごちゃまぜ2』






12月24日──クリスマス・イヴ

雪の降る静かな公園を、一人の少年が歩いていた。
少年の名前は、高町恭也といった。

「しかし、父さんも無茶を言う。確かに、16だから、バイトも出来るが…。
 いや、そもそも、武者修行時代に、年齢を偽って、路銀を稼いでいたから問題はないんだが…」

ブツブツと呟きつつ、恭也は朝の出来事を思い出していた。

「恭也、すまん!」

「いきなり何だ」

「いやー、家や店を改装する事にしたのは、前に話しただろう」

「ああ、聞いたな」

「うむ、実はな、その時、ちょっと色々と増やしたんだ」

「ほう、何をだ?」

「主に、地下だな。家にも店にも倉を作った。しかも、ワインセラーもあるぞ。
 凄いだろう。他にも、いざという時の為の、脱出路とかな。それだけじゃないぞ。
 他にも、セキュリティーなども凝ったし…」

「いや、まあ、好きにしてくれ」

「いや、もう好きにしたんだ。現在、工事に入っているだろうが」

「まあ、確かにな。だから、今、俺たちはマンションに借り住まいしている訳だしな」

「ああ。しかし、ここで大きな問題が起こってな」

「問題?」

「ああ。資金が当初の予定よりも大幅に上回ってしまった」

「……因みに、幾らぐらいだ」

「ざっと、これだけ」

そう言うと、士郎は指を二本立ててみせる。

「200万か」

それに首を振る士郎に、恭也は嫌な予感を覚えつつ、言う。

「20万ということはないよな。……つまり、2000万」

覚悟したように言った恭也の言葉に対し、しかし、またしても士郎は首を横へと降る。

「もう少し」

「……まさかとは思うが、2億とか言わないよな」

「あははは〜、正解〜」

「アホか! 2億も上回って、何が当初の予定だ!」

「だから、大幅に上回ったと言ってるだろうが」

「もはや、上回ったとも言わん! 第一、予定していた改装費の何十倍も膨れ上がってるじゃないか!」

「だから、すまんと言ってるだろう。そこでだ、俺はこれから仕事に出る」

「あ、ああ」

急に静かに語る士郎に、恭也も慣れているのか、すぐに元の状態へと戻ると、続きを待つ。

「で、だ。この家には、俺と桃子以外にも働ける奴がいるだろう」

「…俺か」

「そうだ。桃子の仕事はそのまま、日々の生活費となる。
 だから、俺とお前とで2億だ」

「とてつもない金額だな」

「ああ、だが、やらなければならん。
 というわけで、俺はすぐにでも行く」

「分かった。俺も何か探すとしよう」

「助かる。因みに、退学届は無事に受理されたからな」

「ちょっと待て!」

「気にするな。これぐらいしか、お前にはしてやれないからな」

「全然、ありがたくないわ!」

「あ、そうそう。言い忘れていたが…」

恭也の叫びを無視して、士郎は付け加えるように言う。

「俺は5000万、お前が残りの1億5000万な」

「ちょっと待て、逆だろう、普通!」

「何を言う。お前、そんな大金を稼ごうと思ったら、どれぐらい桃子やなのはに美由希と離れないといけないと思ってる。
 ちょくちょく戻ってくるつもりだから、その休暇とかも考えれば、妥当な所だろう」

「何処がだ。その計算には、俺の都合が一切、入ってないだろうが」

「そう喚くな。もう手遅れだ。俺の名前で5000万。
 お前の名前で1億5000万で既に契約書は作られた後だ」

「……一度、ゆっくりと話し合う必要がありそうだな」

恭也はそう言うと、静かに手を腰へと回す。
そして、そのまま抜刀すると、士郎へと斬り掛かる。
しかし、士郎はいち早くその場を跳び退くと、そのまま玄関へと向かう。
見ると、玄関には既に荷造りされた荷物があり、これも予測済みだった事を暗に言っていた。
士郎は荷物を掴むと、玄関の扉を開け、一気に捲くし立てる。

「そういう訳だ、恭也。さらば!」

「…………」

既に閉まった扉を見つめる事、数分。
恭也はやがて盛大な溜息を吐き出すと、とりあえず、今後の事を考え始めるのだった。



そんな事を考えつつ、恭也が公園を歩いていると、何処からか男二人と女の言い合う声が聞こえてきた。
恭也は何とはなしにそちらへと足を向けると、手頃な木の陰に隠れて声のした方を窺う。
どうやら、男二人が女性へと声を掛けたようで、女性の方がそれを断わったらしい。
女性、というよりも、恭也よりもしたであろう少女は、恭也よりも上であろう男たち相手に一歩も引かず、強気に返す。

「えーい、しつこい」

少女が癇癪を起こしたように捲くし立てる言葉に、男たちの顔に怒りの色が浮ぶ。
そして、すぐさま男たちはその怒りを、目の前の本人へとぶつけるべく、手を上げる。
それに気付いた少女は、気丈にも逃げようとはせず、それでも恐怖からか目を閉じる。
しかし、少女が予想したような痛みは一向に襲ってこず、恐る恐る目を開けると、殴り掛かろうとしていた男の手首を、
恭也が押さえ込んでいた。
恭也はそのまま男を地面へと放り投げると、特に睨むでもなく、静かに男二人を見る。
その目に何を感じたのか、男たちはそのままこの場を立ち去って行く。
それを見送ると、恭也は背後へと振り返り、ぎこちないながらも笑みを浮かべる。

「大丈夫だった?」

「あ、ああ。余計な事を。別に、お前が割って入らずとも、あれぐらいどうとでもなったわ」

「そう? それはすまない事をしたね。じゃあ、これはお詫びに」

恭也はそう言うと、少女の後ろにあった自販機にお金を入れ、ホットココアを取り出すと、少女へと渡す。
少女は最初、呆気に取られていたが、大人しくそれを受け取ると、小さく照れたようにソッポを向きつつも礼を述べる。
と、少女は突然、くしゃみをする。
よく見ると、少女の格好はこの寒空の下には相応しいとは言えないような格好だった。
肩を大きく露出したその服は、何処かのパーティーから抜け出してきたような感じさえある。
恭也は自分のコートを脱ぐと、少女へと被せる。

「何もないよりは、少しはましだろう」

「あ、ありがとう。しかし、かなり安物じゃな」

「ま、まあ、そんなに良いものじゃないのは確かだけどね」

「じゃが、気に入った」

そう言って微笑む少女を見ながら、恭也は何処かのお嬢さんだろうかと考えていた。
だとしたら、早く連絡して、迎えに来てもらうか、連れて行くかした方が良いだろうと。
そう思い、連絡先を聞こうとするが、しかし、自分に素直に話してくれるかどうか不安もある。
下手をして、誘拐犯にでも間違われたら、と。
どうしようか悩みつつ、このままでは埒が明かないと、
思い切って尋ねようと口を開きかけた恭也よりも先に、少女が話し掛けてきた。

「さっきも助けてくれてありがとう。
 こういう事は、ちゃんと礼を言わないとな」

少女の言葉を聞き、恭也はこの子ならちゃんと話せば分かってくれるだろうと思い、少女の話が終ったら切り出そうと考える。
そんな恭也の考えなど露知らず、少女は続ける。

「よし、お礼に何でも言ってみよ」

「いや、別に礼なんか…」

「良いから、言え」

義理堅い少女に苦笑しつつ、丁度良いと思い、連絡先を聞く事にする。

「それじゃあ、お願いしようかな」

「ああ、何だ」

「君の全てが知りたい(名前や住所、連絡先が)」

恭也の言葉に、少女は動きを止めると、すぐさま顔を真っ赤にして俯く。

「い、いきなりそんな事を言われても……。
 そ、そりゃあ……、か、顔はそんなに悪くないな。うん。
 そ、それに強いようだし。で、でも、会ったばかりで、お互いに何も知らないのに…」

「だから、知りたいんだ」

「そ、そんなに知りたいのか?」

「ああ」

少女の再度に渡る問い掛けに、恭也は神妙な顔で頷く。
少女はそんな恭也の顔をじっと見詰めつつ、そっと胸元に手を置き、ぎゅっと握り締めると、

「そ、それは、わ、私が欲しいという事なんだな」

「?? ああ、欲しい(少なくとも連絡先が)」

「……わ、分かった。そ、そこまで真剣に言うのなら……」

「そう。じゃあ、早速、連絡先と名前を教えてもらえるかな」

恭也は自分が名乗ってから、少女から電話番号を聞いてメモる。
それを見ながら、少女は次いで名前を教える。

「名は、ナギ」

「ナギだね」

「ああ。所で恭也。お前は、その、私が呼べば来てくれるんだな。私の傍に…」

(ああ、一人で心細いのか)

「ああ、ナギが呼べば、戻ってくるよ。(まあ、そんなに遠くじゃないしな)
 じゃあ、ちょっとここで待ってて」

恭也はそう言うと、近くの電話ボックスへと掛けて行く。
電話ボックスから聞いた番号へと電話を掛け、相手が出た所で、
ナギの声が聞こえたような気がした恭也は、ボックスの外へと出る。

「…気の所為か?」

そう呟くも、嫌な予感を感じ、恭也は受話器を置くと、すぐさまさっきの場所へと向かう。
しかし、そこにはナギの姿はなく、公園の外、今まさに車へと押し込められるナギの姿があった。
恭也が気付いてそちらへと向かうも、車は既に発車する。
何か後を追うものはないかと辺りを見渡す恭也の目に、自転車が映る。
その自転車はぐんぐん恭也へと近づいて来る。
恭也はこれ幸いと、その自転車を借りようと前へと飛び出すが、自転車はスピードを緩めず、そのまま恭也とぶつかる。

「痛っ」

「ああ、すいません、急いでいたので。ですが、急に飛び出してこられては…」

「すいません。ただ、ちょっと事情がありまして…」

そこまで言うと、恭也は思わず目の前の人物をまじまじと見詰める。
美しいのは確かだが、恭也が思わず見詰めた原因は、その格好に会った。
少女は、メイド服と呼ばれるものに身を包んでいたのだ。
唖然と見詰める恭也を気にするでもなく、メイドの女性はのほほんとした感じで言う。

「はぁ、そうですか。あ、所で、この辺でこれぐらいの少女を見ませんでしたか。
 多少、口が悪くて、態度が偉そうな女の子なんですけど」

その特徴を聞き、恭也は思わず自転車のハンドルに手を置き、身を乗り出すように詰め寄る。

「ナギの知り合いの方ですか」

「ナギ…、いえ、お嬢様を知っているのですか」

「ええ。今さっき、誘拐されて…。
 それで、追いかける手段を探していたんです」

「そ、そんな…。急いで屋敷に連絡を」

メイドは自転車を降りると、携帯電話を取り出し、何処かへと連絡を取り始める。
その横で、恭也は自転車に跨ると、メイドの女性へと声を掛ける。

「これ、借ります」

言うと同時に、恭也は自転車を漕ぎ出す。

「それは別に構いませんけれど、自転車でどうやって車に追いつ……」

直後、メイドの女性は言葉をなくし、恭也の乗る自転車を見送った。
しかし、携帯電話から聞こえてきた声に、我に返ると、すぐさま幾つかの指示を出す。

一方、車内では。

「こ、これで身代金さえ手に入れば……」

「あ、ああ、な、何とか助かる…」

誘拐犯二人を前にし、ナギは平然とした態度で後部座席に座る。
それどころか、隣に座る男と運転している男へと向かって話し掛ける。

「おい、お前ら、喋るな。空気がまったいない」

この言葉に、男たちの顔が怒りに歪む。
後部座席にいた男は、怪しげな鼻息と共に、ゆっくりとナギへと手を伸ばして行く。

「どうやら、自分の置かれた立場というのが分かっていないようだな……」

流石のナギも、微かに身を引きつつ、それでも気丈に睨みつけると…。

「それ以上、私に近づくな。私に近づいたら、恭也が黙っていないぞ」

「はぁ? その恭也という奴は、何処にいるんだ?」

「きょ、恭也は、呼べば来ると言ったんだ」

「じゃあ、呼んでみろよ〜、はははは」

そう言いながら、男は手をナギへと伸ばして行く。
ナギは目を硬く瞑ると、必死に恭也の名を呼ぶ。

(恭也!)

「ナギ!」

その声に横へと視線を向ければ、自転車に乗った恭也がそこには居た。

「恭也!」

「……おいおい、嘘だろう。この車、何キロ出してると思ってるんだ……」

驚く運転席の男の呟きは、しかし、ナギにも、当然ながら外にいる恭也にも聞こえなかった。
恭也はそのまま車を追い抜くと、前へと出て、自転車を止める。

「止まれ!」

「馬鹿、急に止まれるか!」

流石に人を殺す気はないのか、急ブレーキを掛けるが、すぐには止まらず、そのまま恭也へと車は突っ込んで行く。
ドンという重たい音が響き、男たちは思わず目を閉じる。
しかし、コンコンとフロントガラスをノックする男に、恐る恐る目を開けると、
そこには車のボンネットへと飛び乗った恭也が座っていた。

「さて、言い訳は警察でしてくれ。とりあえず、誘拐の現行犯だからな」

言うなり、恭也は右腕を後ろへと引き、フロントガラスへと突き出す。
その手には、いつの間にか鈍く光るものが握られており、一撃で粉々に砕け散る。
そこから恭也は中へと入ると、あっという間に男二人を無力化し、車の外へと放り出す。
それからナギを連れ出すと、優しく微笑む。

「大丈夫だった?」

「あ、ああ。また、助けられたな。
 お礼に、何か、私に出来ることはないか?」

「だったら……、とりあえず、バイトでも紹介してくれ」

そう言いながら、恭也は地面へと倒れるのだった。

「恭也! 恭也!」

慌てて駆け寄るナギの上空にヘリが現われ、そこから、さっきのメイドが現われる。

「ナギ、大丈夫でしたか」

「あ、ああ。しかし、恭也が」

「ちょっと失礼」

メイドは恭也の傍にしゃがみ込むと、簡単に検査をしていく。

「問題ありませんね。どうやら、ただの疲労のようです」

「そうか…。よし、決めた。マリア、恭也を私の執事にする。
 屋敷に連れて行くぞ」

「ちょ、何を言ってるんですか。そんなに急に…」

「私は、恭也に仕事を探してくれと頼まれた。
 だから、紹介してやるのだ」

「しかし……」

言いながら、マリアと呼ばれたメイドは倒れて眠っている恭也を見詰める。
そんなに悪い人ではなさそうだし、とりあえずは、連れて行っても問題はないだろうと判断する。
何より、ナギが言い出したら聞かないのは、長い付き合いで分かっている事だし。
こうして、恭也はマリアの乗ってきたヘリにそのまま乗せられて、何処かへと連れて行かれるのだった。



「きょ、恭也に、始めた会った時にプロポーズされたんだ」

──勘違いお嬢さま  三千院ナギ

「捨てる神あれば、拾う神ありだな。本当に助かった」

──鈍感な男 高町恭也

「どうしましょう。二人に真実をお伝えするべきか……」

──唯一、全ての事情をしるナギ付きのメイド マリア

「姫神の後任と仰るのでしたら、その適正を見せてもらいましょう」

──三千院家の執事長 クラウス



「で、その後任として来たという男は、どんな奴なのかねマリア」

「そうですね。簡単に申し上げれば、自転車で車に追いついて、
 ブレーキを掛けていたとは言え、物凄い速さで走る車のボンネットに軽く飛び乗り、
 フロントガラスをぶち破るような人ですね」

「……それは、人間か?」



「恭也は、私の事をどう思っている?」

「勿論、とても大事な人ですよ。何があっても、守りますから。
 (助けてくれた恩は、必ず返します)」

「……うん」

二人の間にある勘違いは、どんどん広がって行く。
果たして、この二人の行くつく先は何処なのか……。

恭也のごとく 近日……。



   §§



「こぉぉぉんのぉぉぉぉぉぉ〜〜〜、馬鹿たれーーーー!!」

スパーンと今日もハリセンのいい音が木霊するここ風芽丘学園。
既にお馴染みとなったこのやり取りに、他の生徒たちもまたかといった感じで通り過ぎる。
自分へとその被害が及ばない限り、近づかない、関わらないというのがいつの間にか暗黙の了解として広まっていた。
そして、その原因となった少年はハリセンで叩かれ地面へと倒れ伏していたが、ゆっくりと起き上がると、
自分を地面へと倒した相手へと顔を向ける。

「む、中々痛いぞ、高町」

「当たり前よ、叩いているんだから。これで痛くないなんて言われた日には、次からは徹を込めてぶっ叩くわよ!」

少年の言葉に、ハリセンを肩に担ぎながら眼鏡におさげの少女──高町美由希がそう言うと、続けて言葉を投げる。

「大体、何で下駄箱を爆破するの、下駄箱を!」

「そうは言うが、すぐに処理を止めろと言ったのは君ではないか」

「あー、はいはい。確かに言いましたよ。ええ、言いましたとも。
 でもね、誰も爆破しろなんて一言も言ってないわよ!」

美由希の叫びが玄関に響く。
それに対して少年──相良宗助は至って平静に答える。

「確かに爆破しろとは言ってないな。この場合、不審物があるやもしれぬ対象は、慎重に人の居ない場所へと移す方が良いだろう。
 しかし、この下駄箱は持ち運ぶには大き過ぎる。ましてや、中に何があるのか分からん以上、下手な刺激を与える事もできない。
 そして、中身を調べている最中に、君がその処理を中止しろと言ってきた。
 よって、こちらの判断で不審物諸共吹き飛ばすといおう手段に出たのだ。
 分かってもらえたえだろう」

まるで、自分の判断が正しく、それを褒めてと言う犬のように美由希を見る宗助に、美由希は盛大な溜息を零す。

「何で、私がこんな目に……」

美由希は悲しげに目を伏せると、小さく呟くのだった。

その昼休み、美由希と宗助は生徒会室へと呼び出されていた。
呼び出したのは、生徒会長である高町恭也だった。
元々、恭也は生徒会長ではなかったのだが、宗助が学校で起こす問題の後処理を色々としている間に、
当時の生徒会全員と教師陣からのお願いにより、例外的に生徒会が入れ替わるといった事態になっていた。
恭也は生徒会室へと現われた二人を見ながら、席に肘を着いて両手を合わせると、目の前に立つ二人に視線を向ける。

「さて、何で呼んだかは分かってるな」

その顔からは何処か疲れたような感じを受け、美由希は内心でほくそ笑んでいた。

(ふふふふ。あの恭ちゃんの顔からすると、きっと朝の事で何か言われて疲れているんだ。
 って事は、恭ちゃんから注意があるはず)

宗助は、何故か恭也には全幅の信頼を置いており、ましてや今や生徒会長という立場にいる恭也を上官のように思っている。
その恭也から注意があれば、宗助の行動も大人しくなり、自分の苦労も減るだろうと考えていた。
そんな美由希の考えなど気にもせず、恭也は静かに口を開く。

「さて、俺のところには教師からの苦情しか着てないので、実際の当事者である君たちを呼んだ訳だが…。
 美由希、宗助くん、どちらでも良いから説明してくれ」

「恭也会長閣下、自分が説明致します」

宗助はそう言うと、一歩だけ前へと進み出て腕を後ろに組んだまま話し始める。

「0815、自分が登校して来ますと、自分の下駄箱に何やら細工された後がありました。
 爆弾の可能性もあった為、他の生徒を遠ざけ、小さく穴を開けた後に、そこからスコープを用いて中を調査を開始しました。
 0820、自分が調査中の所を高町がやって来て、調査の中止を言ってきました。
 状況や対象物の大きさなどを考え、これを爆破した次第であります」

「……爆破か」

「はい!」

宗助の説明を聞き、恭也が重々しく言葉を発したのに対して、宗助は元気に返事を返す。
そんな二人を一歩離れて見ながら、美由希は内心で笑い声を上げる。
しかし、そんな美由希の思いは続く恭也の言葉によって壊された。

「ふむ、なら仕方がないな。教師陣たちには俺から上手く言っておこう」

「ありがとうございます」

「いや、気にするな。いつもながら、君の判断は素晴らしい」

「はっ! 恐縮です」

「……って違う! そうじゃないでしょう、恭ちゃん! 爆破だよ、爆破!
 何で、どうして、そんな結論になるの?!」

「全く、五月蝿い奴だな。今の説明を聞く限り、おかしな所などないじゃないか」

「いや、ありすぎるでしょう! ねえ、おかしなところがあったでしょう」

美由希の叫び声に、恭也と宗助は顔を見合わせると、こいつ大丈夫かみたいな視線を向ける。
それを受けた美由希は、更にヒートアップする。

「何でよ! 何で、私がおかしいみたいな目で見られるの!?
 逆でしょう。この場合、恭ちゃんたちの方がおかしいんだよ!」

「…宗助くん。こんな妹だが、これからもよろしく頼む」

「はっ! 任せてください。自分に出来る限りの事を致します」

「もう嫌だーー!! 私の平穏な生活を返して〜〜〜〜!!」



とらいあんぐる・パニック? ふもっふ  近日……ふもっふ!



   §§



科学の発展と共に、闇を追い払って行く人間たち。
しかし、光があれば闇があるように、悪が完全に無くならないように、
人間たちの発展の裏では、現在の科学でも解明できない闇の者たちもまた力を付けていた。
ここ、黒巣市でもそれは例外ではなく、いや、ここ黒巣市ではどちらかというと、多くの闇の者の姿が見られた。
しかし、闇があれば、それを打ち払う者たちも存在する訳で……。

黒巣市にある一つの古い建物。
西洋風の建築物にある程度の広さを持った庭には、色とりどりの花が咲き誇っている。
この屋敷に住むのは、見目麗しい三人の女性だった。

「ったく、本当につまらない仕事だったわね。ただの雑魚じゃないの」

「まあまあ、美姫お姉さま。例え、私たちには雑魚だとしても、一般の方々には脅威なんですから」

「フィーア姉の言う通りだね」

「ああー、二人して私を虐めるのね。よよよ」

「べ、別に虐めてる訳じゃ…」

「そ、そうだよ。美姫姉、ほら、帰りに買ってきたケーキがあるから、お茶にしようよ。ね、ね」

「……そうね、そうしましょうか。それじゃあ、お茶を用意してくるわ」

さっきまで泣き真似していたかと思ったら、急に笑みを見せて立ち上がる美姫に、二人は顔を見合わせて苦笑するのだった。



「ったく、協会も協会よね」

「確かに、もっとしっかりと調査をして頂きたいですね」

「美姫姉、フィーア姉、今はそんな事を言ってる場合じゃないよ。ほら、来るよ」

夕凪の言葉を合図とするかのように、三人の見詰める先で、闇が形を成していく。
球形状の一箇所から尾のように長細いものが伸び、それを中心として両側に手らしきものが生えてくる。
最後に、球形が二つに大きく割れる、いや開くと、そこに赤い一つ目が浮かび上がる。
その下には、大きく裂けた口に、鋭い牙が並ぶ。
それらは一斉に甲高い声を出すと、三人へと向かって来る。

「……あ〜、折角、お風呂に入ったばかりだったのにぃぃ」

「美姫お姉さま、先に行きます」

「同じく」

「それじゃあ、ここは二人に任せるわ。
 私は、ここでゆっくりと二人の活躍を見てるから。
 そんな雑魚、二人なら大丈夫でしょう」

先行する二人の背中へと軽く掌をヒラヒラと振りつつ、美姫はそう言うと本当にその場に留まる。
しかし、それを気にすることもなく、先行した二人はそれぞれの得物を手にする。
フィーアは杖を振りかざすと、何かをぼそぼそと呟き、振り下ろすと同時に声高らかに叫ぶ。

「燃えろ!」

その言葉通り、フィーアへと迫っていた赤目が三体燃え上がり、その後には何も残らない。
一方、夕凪は両手に手甲を嵌め、その手甲がほのかに蒼白い光に包まれると、そのまま赤目を殴る。
吹き飛ばされた赤目は、何度か地面をバウンドした後、痙攣を繰り返して消えていく。
そんな赤目に目もくれず、夕凪は次の得物に狙いを定めると、群れの中へと飛び込んでいく。
その後ろから、フィーアが杖を振りかざして援護する。
辺りにいた赤目が全て消えるのに、10分と掛からなかった。
そこへ、大きな拍手が響く。

「いや〜、流石ね〜、二人共。お疲れさま〜。
 それじゃあ、今日は帰りましょうか」

何もやっていないのにも関わらず、この場を仕切る美姫に、しかし、二人は何も言わずに頷くのだった。
その帰り道、フィーアが話し出す。

「何か、ここ最近、闇の者の活動が活発になってきているような気がするんだけど…」

「そう? 私は特に気付かなかったけど」

フィーアの言葉に首を傾げる夕凪と、少し考え込む美姫。
それぞれの違う態度を眺めつつ、フィーアはただ静かに美姫が口を開くのを待つ。
やがて、美姫はゆっくりとその口を開く。

「確かに、活発になっているような気がするわね。
 でも、偶々という事もあるわね。今の段階では、何とも言えないわ。
 ただ……。嫌な予感がするのは確かなのよね」

「嫌な予感…ですか」

美姫の言葉に、フィーアが真剣な面持ちでそう返す。
それにつられるように、夕凪も真剣な顔付きになると、美姫の言葉を待つ。
微かな静寂を挟んで、美姫が再び口を開く。

「まあ、さっきも言ったように、今の段階では何も分からないわ。
 ただの勘違いという事もあるしね。とりあえず、今はうちに帰ってお風呂よ、お風呂♪」

さっきまでの真剣な顔は何処へ行ったのか、脳天気な笑みを浮かべると、鼻歌まで口ずさみながら、美姫は歩く。
そんな美姫の態度に呆気に取られるも、慣れたもので二人は軽く肩を竦めただけでその後に続くのだった。



「ふっふっふ。もうすぐだ。もうすぐ復活の時が……」

史上最弱の魔王 浩

「アンタ、本気出してる?」

「あ、当たり前だ」

「……弱すぎるわよ、アンタ。魔力だけは馬鹿みたいに感じられるのに」

「美姫お姉さま、でもでも、全然、死にませんよ」

「あーはっはっは。笑止! 魔王故に、死などないわ!」

「「なっ!」」

「…でも、美姫姉、フィーア姉。こいつってば、力も全くないわよ」

「ぐぬっ! 全くもってその通り…」

「美姫お姉さま、ひょっとして放っておいても害はないんじゃ…」

「私もフィーア姉と同じ意見」

「確かに、何も出来ないわよね、こいつ。別に、手下がいるわけでもないし」

「う、うぅぅぅ」

怯む魔王を見下ろしつつ、美姫はにやりと笑みを見せると、因みに、魔王は今、美姫に足蹴にされていたりするのだが、
足をグリグリと踏みつけつつ、楽しそうな声を上げる。

「一層の事、岩の下敷きにでもしてみようかしら?
 死なないのは分かったけれど、それだと永久に岩の下よね〜。
 だって、力ないもんね〜」

「う、うぅぅぅ、そ、それだけは勘弁して下さい」

「じゃあ、穴を掘って埋めるとか? 大体、20メートルぐらいの深さの」

「そ、それもご勘弁を……」

「何よ、さっき、岩の下敷きにするのだけは勘弁って言っておいて、こっちも勘弁なの。
 だったら、周りをコンクリートで囲むっていうのはどう?」

「で、出来ましたら、それも許してください」

「じゃあ、海に沈めるとか」

「い、いや、それも…」

「あーもう! あれも嫌、これも嫌って、何、我が侭言ってるのよ!
 アンタ、自分の置かれている立場が分かってるの?」

「あ、ああぁぁぁっ! わ、分かってます! 分かってますから、お、お願いですから、け、蹴らないで〜(涙)」

思いっきり力を込めて足を振り下ろす美姫に、魔王は懇願する。
そんな二人のやり取りを、少し離れた所で見ていたフィーアと夕凪は、美姫に聞こえないように話し合う。

「あれじゃあ、美姫姉の方が魔王みたいだよ…」

「でも、あの光景が当然のもののように見えるのは、何故なんでしょうね」

「それは、私も思った」

などと話し合っている間に、美姫と魔王との交渉(?)らしきものも終わりを迎えつつあった。

「仕方がないわね。それじゃあ、アンタは私の使い魔として一生仕えるのよ」

「い、一生ですか!?」

「何よ、文句でもあるの?」

「い、いえ、そんな滅相もない。あ、あまりの嬉しさに、涙で前が見えないぐらいです」

「分かれば良いのよ。もし、逆らえば、言わなくても分かってるわよね」

「も、勿論でございます。この命に掛けまして」

「いや、アンタ死なないし。大丈夫よ、もし、裏切ったり、私の不利になるような事をしたら……。
 ふふふふふふ♪」

「し、しません、絶対にしません。神に誓って」

「いや、神ってアンタ、魔王でしょうに。でも、まあ良いわ。
 じゃあ、契約よ。アンタ、魔力だけは馬鹿みたいにあるからね。
 契約もアンタの魔力を使って……。ふふふ、これはかなり強力な契約だわ♪」

「う、うぅぅぅぅ。大人しく、封印されたままの方が良かったよ……。
 何も悪い事なんかしてないのに……」

離れた所でこの一連のやり取りを黙って見ていた二人は、またしても聞こえないように言葉を交わす。

「何か、私、あの魔王が哀れになってきたよ、フィーア姉」

「私も。多分、本当に何も悪さしてないんだろうね」

「そうよね。だって、そんな事する程の力もないもの」

「何か、単に魔力が、ばかでかいというだけで封印されたようなものよね」

「うんうん。しかも、その魔力を一切使いこなせないとなると、哀れを通り越して、一層、痛快よね」

「ゆ、夕凪ちゃん、笑ったら駄目よ」

「っくっく、い、嫌、でもさ。フィーア姉こそ、言いながら、顔が笑ってるって」

そんなこんなで魔王を手下に加えた三人の物語は、まだまだこれからだった。

 (※フィーア・夕凪、共に友情出演)



   §§



雪……。
雪が降っていた……。
白く静かに降り積もっていく…。
街を白く染め上げるように…。

そんな冬の長い街にも春が訪れる。
まだ4月に入ったばかりで、寒さを感じさせるけれども、暦では間違いなく春が。
春、桜の季節。ただし、この街ではまだ少し先のこと。
それでも、出会いの季節がやって来る。

この街に一人の青年が訪れる。
今年から、この街の近くにある大学に通う事となった青年が。
青年の名は高町恭也。
これから彼が新たに出会う事となる人々とは……。



「だぁ〜、また遅刻ギリギリかよ〜」

「本当に、どうしてだろうね、祐一。とっても不思議だよ」

「……不思議でも何でもないわい! 名雪、お前が原因だろうが!」

「わっ、何か酷い事言ってる」

「って、俺は事実を言っただけだろうが! ったく、今日から三年だというのに、しっかりしてくれよ〜」

「ゆ、祐一、前!」

「へっ!? って、わ、わわ」

名雪の言葉に慌てて前を向くも遅く、祐一は曲がり角から出てきた恭也とぶつかってしまう。
祐一の方が走っていて勢いが付いていたはずだが、恭也は何なく踏み止まり、逆に祐一はその反動からか後ろへと倒れる。
その祐一の腕を引っ張り、倒れる事を防いだ恭也は、心配そうに祐一を見る。

「大丈夫ですか」

「あ、はい。ありがとうございます。こちらこそ、すいませんでした」

「いえ、こちらこそ、余所見をしていて…」

お互いに謝ると、祐一は名前を名乗る。
それに恭也も返し、ついでにと紙に書かれた住所を尋ねる。

「ああ、そこなら、ここを真っ直ぐに行って、三つ目を左に曲がったらすぐですよ」

「ありがとうございます」

「いえいえ。って、名雪、時間は!」

「…えへへ〜」

「笑って誤魔化すな! あ、それじゃあ、俺は急ぐので」

「いえ、こちらこそお時間を取らせてしまったようで」

そう言葉を交わすと、祐一と名雪は走り去る。
その背中を見送ると、恭也は教えられた道を歩き始める。



「はい、タイヤキ五つで五百円!」

「うん。……って、あれ? あれ?」

「どうした、嬢ちゃん」

「えっと、財布が……。うぐぅ、忘れてきた〜」

「そうか。だったら、可哀想だが、これをあげる訳にはいかないな」

「うぐぅ」

「そんなに悲しそうな目で見られても、こっちも商売だからな〜」

少女にじっと見詰められ、屋台の親父も困った顔を見せる。
そこへ、すっと五百円玉が差し出される。

「すいません、それを貰えますか」

「あ、はい、毎度〜」

親父は金を受け取ると、恭也へとその包みを渡す。
少女はそれを悲しげな目で見詰めるが、仕方がないと諦めると、この場を立ち去る。
その背中に、恭也は声を掛けて呼び止めると、その袋を少女へと渡す。

「良かったら、これ」

「え、でも、良いの?」

「ああ。甘いものは苦手だからな」

「だったら、どうして。って、ひょっとして僕のために?
 そ、それとも、僕を誘拐するの?」

「ち、違う! そんなつもりではなくて…」

少女の言葉に慌てる恭也を見て、少女は楽しそうに笑う。

「あはは、冗談だよ。だって、君はとても良い人みたいだもんね。
 タイヤキ、ありがとう。僕は月宮あゆっていうんだ」

「俺は高町恭也だ」

「うん、恭也さんだね。ありがとう。この恩はきっと返すから」

「だったら、今、少し良いか」

「うん、大丈夫だけど、何?」

「この辺りで食料品や衣類を売っている店を教えてほしんだが」

「それぐらい、お安い御用だよ」

あゆは胸をぽんと叩いて自身満々にそう告げると、早速タイヤキを取り出して齧る付くのだった。



ピンポ〜ン。
インターフォンが来客を告げ、家に居た女性は玄関へと向かう。

「はーい、どちらさまですか」

言いながら扉を開ける辺り、この辺りは治安が良いのだろう。
そんな事を考えながら、恭也は出てきた女性へと挨拶をする。

「こんにちは。今度、隣りに引っ越してきた者です。
 これはつまらない物ですが」

「まあ、これはご親切にありがとうございます。
 宜しかったら、中でお茶でもどうぞ」

「あ、いえ」

「どうぞ、遠慮なさらずに。お隣りさんじゃないですか」

女性の柔らかな雰囲気に断り切れず、恭也は結局、家へとお邪魔する。

「コーヒーで宜しかったですか」

「あ、お構いなく」

恭也は案内されたリビングに腰を下ろしつつ、女性へとそう答える。

「はい、どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

コーヒーを一口啜り、恭也は思わず声を洩らす。

「…美味い」

「ありがとうございます」

嬉しそうに微笑む女性に、恭也も微かに笑みを浮かべて返す。

「あ、そう言えばまだ名前を言ってませんでしたね。
 私は水瀬秋子と言います」

「あ、高町恭也です」

「恭也さんですね」

「はい」

「恭也さんは学生さんですか?」

「はい、今度、こっちの大学に通う事になりまして」

「それじゃあ、一人暮らしを?」

「ええ」

「それは大変でしょうね。何かあったら、遠慮せずに言って下さいね」

「ありがとうございます」

秋子の言葉に礼を言う恭也を見ながら、秋子は良い事を思いついたとばかりに手を打つ。

「そうだわ。今日は夕飯を食べていきませんか」

「い、いや、そこまでご迷惑は」

「別に迷惑でも何でもないですよ。食事は大勢の方が楽しいですし」

「ですが、親御さんの了解もなく、勝手に決めては。親御さんもご迷惑でしょうし」

「あら、それなら問題ないですわ。私がここの家主ですから」

「水瀬さんも一人暮らしなんですか? だとしたら、余計にまずいのでは」

「いえ、娘が一人と甥が一人居ますよ。後、娘のような子が二人」

「娘さんですか!?」

秋子の言葉に驚いた声を上げる恭也を、秋子は楽しそうに見る。

「そんなに若く見えました?」

「ええ。その、学生かと」

「あら、高三の娘を持つ私に、そんな嬉しい事を」

そう言って喜ぶ秋子を、恭也は失礼にならないようにそっと見遣りつつ、その言葉に更に驚いていた。

(高三の娘って……。かーさんもそうだが、水瀬さんもかなり若く見えるな)

そんなこんなと世間話をしているうちに、恭也は夕飯を食べていく事となったのだった。



冬の長い街で新しい出会いをした恭也。
これから、どんな物語が紡がれていく事になるのか、それはまだ誰にも分からない。
Kanon X とらいあんぐるハート3
北の街から吹く風 近日妄想爆裂!



   §§



イリーナを殺して茫然とするエクレアは、気が付くと全く見たこともない光景の中、佇んでいた。
鉄の塊が唸りを上げて馬よりも早く走り、見上げんばかりの四角い建物が立ち並ぶ。
一瞬、茫然とするものの、すぐに興味を失い、絶望をその瞳に浮かべると、ふらつく足取りでそのまま何処へと歩き始める。
知らず人の少ない場所へと向かって歩いていき、ふと気が付くと、辺りに人の姿は見られなかった。
しかし、元から周囲に気をやっていなかったのか、エクレアは特に気にするでもなく、
まるでそれだけが今の自分のやるべき事とばかりに、ただ足を動かす。
機械的に、ただ淡々と歩を進めていき、やがて、墓地へと辿り着いたエクレアは、自虐的な笑みを見せると、弱々しく呟く。

「墓地か。丁度、良いな」

そのまま近くの木へと腰を降ろすと、何もする気が起きないとばかりに目を閉じる。
それまでの疲労や心労からか、すぐに寝息を立て始め、エクレアの意識は深く深く潜っていく。
そこへ近づく一つの影に気付く事もなく。



その日、高町恭也は一人、父の眠る地へと向かって歩いていた。
その手には、生前、士郎が好きだった甘い和菓子と、これまた好きだったお酒を持って。
恭也の胸に去来するのは、何とも言えないような気持ち。
嬉しくはあるのだが、何処か寂しく、同時に虚脱感にも似た思い。
それは、恭也の妹であり、弟子でもある美由希の存在。
既に彼女の剣は自分と互角の所まで来ている。
今の所は、僅かな実戦経験の差で恭也の方が、本当に僅かだがまだ上だが、それも遠くないうちに追い抜かれるだろう。
そして、自分が辿り着けない更なる高みへと向って行くであろう。
それが羨ましくもあり、同時に嬉しくもある。
だが、同時に父と自分の夢であり目標だったものが無くなる瞬間でもある。
勿論、恭也を美由希が追い抜いたとしても、まだ教えるべき事はある。
だが、不器用なくせに努力家の彼女ならば、それもすぐに覚えるだろう。
そうなった時、果たして自分はどうすれば良いのか。
別に剣を捨てるつもりはないが、何かが抜け落ちそうな気がするのも事実で、恭也は焦りにも似たものも感じていた。
そういった複雑な心境を考えているうちに、知らず足は士郎の元へと向かっていたのであった。
それに気付いた恭也は苦笑を零しつつも、こうして手土産を持って向かっているのだった。
いつ来ても綺麗にされている士郎の墓を軽く掃除し、お供えをして手を合わせると、静かに目を閉じる。

「父さん、美由希はもうすぐ俺の手を離れる。
 あの日の約束通り、俺を越えて、恐らくこの先、父さんさえも越えていくだろう。
 だけど、俺は……」

一通り士郎へと語り終えた恭也は、先程よりかは幾分ましになった顔付きで立ち上がると、

「それじゃあ、また来るよ」

そのまま家へと帰ろうとした恭也は、木の根元に座り込み、意識を失っているようにも見える女性を見つけると、
そちらへと近づいていき、そっと声を掛ける。
しかし、女性の方からは何の反応もなく、恭也は女性が気を失っていると気付き、その身体をそっと抱きかかえるのだった。



次に目が覚めたエクレアは、自分がまだ生きている事に嘲笑を浮かべると、辺りを見渡す。
奥に置かれた小さな文机に、床に直に引かれた布団。
そして、部屋全体を覆う見たこともない絨毯からは、微かに草のような匂いがした。
微かに心が落ち着くのを感じたエクレアは、それを否定するように首を振ると、自分の置かれた現状を把握しようとする。
何処かの部屋のような場所から察するに、誰かに助けられたのかと検討を付ける。
と、それを証明するかのように、部屋の入り口に誰かが立ち、軽くノックをする。
返事を返さないで居ると、まだ寝ていると思ったのか、その人物は中へと入って来る。
扉もエクレアの見慣れたものとは違い、紙のようなもので出来ており、それが横へとスライドして開く。
その事に多少の興味を覚えつつ、ただそれを見詰めていると、部屋に入って来た青年と目が合う。
青年はエクレアが起きている事に多少驚きつつも、そのまま扉を閉めて中へと入ると、エクレアの枕元へと水の入った容器を置き、
その横に直に座り込むと、エクレアへと話し掛ける。

「えっと、言葉は分かりますか?」

青年の言葉にエクレアは首を傾げる。
どうやら、言葉が通じていないようで青年は困ったような顔を見せた後、自分を指差す。

「自分は、高町恭也と言います。墓地であなたが倒れているのを見掛け、
 怪我とかもなく、単に疲労しているだけのようだったので、ここにお連れしたんです。
 って、分かりませんね」

恭也の言葉を聞き取りながら、エクレアはやっぱり言葉が分からないのか首を横へと降る。
だが、とりあえず、恭也の名前だけは分かったのか、恭也の方を指差し、

「キョウ…ヤ」

と呟く。それに頷いたのを見て、エクレアは目の前の人物の名前が恭也で良いと核心すると、今度は自分を指差す。

『私の名前はエクレアだ』

「エクレアさんですね」

半ば投げやりにも近い口調で自分の名前を告げる。
この名を聞いた時の恭也の反応をじっと窺いながら。
しかし、エクレアが期待したような反応は全くなく、言葉も通じない事から、かなり遠い地に来たのかと納得する。

(まあ、どちらにせよ、もうどうでも良い)

そう考えると、エクレアはまた身を横たえる。
既に何もする気もなく、ただ目を閉じる。
そんなエクレアを見て、恭也は疲れているのだろうと、部屋を後にする。



こうして、普通なら決して交わることのない異世界同士の者たちが縁を持つ事となった。

一人は、自分の存在を消してしまいたいと願う女。
一人は、自分の存在に迷いを感じ始めた男。

果たして、彼、彼女たちが紡ぐ物語は、どんな色に染まっていくのか……。



   §§



「ふっふ〜ん、おサルにはお似合いやな」

「んだとー。てめぇ、今日という今日は泣かす!」

「出来るもんならやってみい。最近では、うちの方が発育も良いんやで〜。
 晶くんは、どうやってうちを泣かせてくれるんや〜?」

「ぐっ! う、うるせぇ! それと強さは別だ!」

翠屋の店の裏で、晶はレンへと拳を繰り出す。
迫り来るソレをレンは軽く手でいなし、晶の身体が前へと流れる横を軽やかに滑り込むようにして間合いを詰める。
トンと、傍から見ている分にはそんな風に軽くレンの掌が晶の胸へと触れた瞬間、晶は後方へと飛んでいく。
しかし、そのまま足を地へと付けて勢いを押し込めると、微かにつんのめりつつもレンを睨みつける。
それを感嘆の呟きと共に見詰めるレン。

「ほう。今のを堪えるとは、中々やるようになったやないか」

「当たり前だ。そして、次はてめぇが吹っ飛ぶ番だ!」

「面白い、出来るもんなら、やってみぃ」

お互いに吠えて距離を詰めるように走り出す。
と、そこへ裏口の扉が開き、ツインテールの可愛らしい女の子が出てくる。
その表情は、普段は愛くるしいのだろうが、今は怒りのためなのか、僅かに目を吊り上げており、出てくるなり息を大きく吸い込む。
晶とレンはその少女──高町なのはの姿を見た途端、さっきまでの勢いもどこへやら、急に大人しくなるが、時既に遅く、
なのはは目一杯吸い込んだ空気を吐き出すと共に、二人へと雷を落とす。

「晶ちゃん! レンちゃん! いい加減にしなさい!」

「「ご、ごめんなさい……」」

項垂れて素直に謝る晶とレンに、なのはは人差し指をぴっ、と上に伸ばして説教を始めるのだった。



    いつもと変わらぬ日々



「桃子さ〜ん、シュークリーム二つお願いします〜」

「はいは〜い。はい、お待たせ〜、丁度、出来上がったわよ。
 それにしても、ありがとうね、忍ちゃん。
 忍ちゃんがバイトで来てくれて、本当に助かったわ」

「いえいえ。桃子さんのためですから」

「桃子様、こちらもシュークリームが三つです」

「はいはーい。あ、ノエルさんもありがとうございますね」

「いえ、お役に立てれば」

「もう、充分過ぎるぐらい立ってますよ。
 と、うーん、もうちょっとシュークリムは作っといた方が良さそうね。
 松っちゃん、そっちはどう?」

「こっちの作業はもうすぐ終わりますよ」

「そう。じゃあ、次はシュークリームに取り掛かるから、松っちゃんはそっちにある奴の下準備をお願い」

「はいはい」

「さて、それじゃあ、私たちもフロアに戻ろうか、ノエル」

「はい、忍お嬢様」



    穏やかに日常は流れていく



「さてっと…。これで掃除は終わりだな。
 夕飯の買い物にでも行くか」

「うぃ〜、耕介〜、おはよ〜さん」

耕介が掃除を終え、額の汗を手で拭っていると、いかにも今起きたばかりという感じの真雪がやって来る。
真雪の格好に苦笑しながら、

「おはようって、もうとっくにお昼も過ぎてますよ」

「あたしは今、起きたばかりなんだから、おはようで良いんだよ。
 それよりも、何か軽く食べるものないか?」

「はいはい。簡単なものですけど、今すぐに作りますよ。
 あ、それと、それが終わったら、夕飯の買出しに行ってくるんで、留守番お願いします」

「へいへい」

耕介の言葉に適当に相槌を返しながら、真雪は新聞を広げる。
料理をしながら、その背中をちらりと一瞥した後、耕介は話し掛ける。

「そんなに無理して仕事をしなくても、まだ締め切りまでには余裕あるんでしょう」

「わーってるよ。でも、後少しで終わるからな。だったら、早く終わらせて、たっぷりと休む方が良いだろう」

「ですね。もうすぐ知佳も帰ってきますし」

「……言っとくが、知佳が帰ってくることとは関係ないからな」

「はいはい」

「お前、本当に分かってるのか?」

「分かってますって」

真雪の言葉に答えつつ、耕介は微笑を浮かべていた。



    だが、その影では



「あ、シェリー、久し振り。どうしたの?
 え、こっちに戻ってくるの? うん、うん。
 それで、いつ? あ、そうなんだ。うん、楽しみにしてるわ。
 あ、リスティにはこの事は? そう、まだなの。
 分かったわ、私から伝えておくから」

その後、二三言シェリーと言葉を交わすと、フィリスは電話を切る。
と、そのタイミングで扉がノックされる。

「はい、どうぞ〜」

「よぉ、フィリス」

「リスティ、ここは病院よ。煙草は…」

「だから、別に火は点けてないだろう」

「そういう問題じゃありません」

フィリスはリスティが加えている煙草を取り上げると、リスティへと手渡す。
それを受け取りながら、リスティは軽く肩を竦める。

「はいはい。って、何か機嫌が良いじゃないか。何かあったの?」

「ふふふ、分かる?」

「まあね。あ、もしかして、恭也とデートの約束でもしたのか?」

「ち、違うわよ、そんなんじゃないってば!
 そ、それに、どうしてそこで恭也くんの名前が出てくるのよ」

「うん? 違ったのか。で、恭也の名前が出てくる理由か?
 本当に言って欲しいのか?」

リスティは真雪ばりのニヤリとした笑みを貼り付けて、フィリスへと迫る。

「な、何よ」

「ふっふっふ。それは〜、フィリスが恭也のことを〜」

「わ〜! きゃ〜、リスティー! それ以上は、本当に怒るからね!」

「へいへい。で、実の所はどうなんだ?」

「ど、どうって。その、恭也くんは私の患者で。
 も、勿論、それだけって事じゃなくて、仲の良い友人というか…。
 わ、私としては、もっとどういうか。でもでも、ライバルの子たちも結構いるし…」

「おーい、そうじゃなくて、お前が嬉しそうにしてた理由だよ」

呆れたように呟くリスティの言葉に、フィリスは顔を赤くしつつ、唇を尖らせる。

「だったら、ちゃんとそう言ってよ」

「僕が悪いのか? まあ、良いや。面白い事も聞けたしな」

再びニヤリと笑うリスティに、フィリスは縋りつく。

「リスティ、この事は…」

「どうしようかな〜」

「…そんな事言うのなら、もうリスティにはお金を貸してあげないからね。
 それと、今まで貸してた分、今すぐ返してもらいますから」

「わ、悪かったって。OK、OK。この事は誰にも言わない」

「宜しい」

「ったく、一体、誰に似たんだ」

「はい? 何か言いましたか?」

「いんや、何にも。って、それよりも、機嫌が良かった理由ってのは?」

「ああ、そうだったわ。実はね、さっきシェリーから電話があって、近々、休暇を取ってこっちに来るんですって」

「へえ、そうなのか。だとしたら、今頃は寮の方へ連絡してるかな」

「かもね。リスティも休みを取って、久し振りに三人で出掛けない」

「そうだね、たまには悪くないか」



    ゆっくりと



「うーん、さて次は何処に行こうか、小鳥」

「そうだね、さくらちゃんは何処か行きたい所ある?」

「とりあえず、先に注文してしまいましょう」

「あ、そうだね」

「にゃはは、失敗、失敗」

さくらの言葉に、小鳥と唯子は顔を見合わせて恥ずかしそうに笑うと、メニューと睨めっこを始める。
注文を終えた唯子は、水を一口飲むと、思い出したように切り出す。

「そう言えば、真一郎から連絡あった?」

「あ、うんあったよ。今度、こっちに来るって言ってたね」

「向こうでの修行は終えたと言ってましたね」

唯子の言葉に、小鳥とさくらも昨日の電話を思い出しながら返す。

「うん。今度は、こっちにある店で修行を兼ねて働きながら、お金を溜めるって言ってたね」

「向こうでの分と合わせて、ある程度溜まったら、店を出すって言ってたものね」

「楽しみですね」

さくらの言葉に三人は頷く。
と、唯子がまたしても思い出したように話し掛ける。

「そう言えば、千堂さんも今度こっちに来るって言ってたよ」

「千堂さんが?」

「確か、今は九州の方の大学で護身道を教えてられるんじゃ?」

「そうなんだけれど、海鳴の近くの企業が千堂さんに特別コーチをお願いしたんだって。
 大学の方からは、千堂さん以外にも指導する人が居るのと、一ヶ月だけという事でOKを貰ったって。
 学生だと、千堂さんの訓練が出来ないだろうからって、学長が許可してくれたらしいよ」

「じゃあ、お休みに会えるかな?」

「多分、会えるんじゃないかな?
 それに、予定よりも早くこっちに来るって言ってたから」

「それじゃあ、鷹城先輩に連絡を取って頂いて、皆で一緒に何処かに行きませんか」

「あ、それ良いかも。どうせなら、真一郎も一緒の時にしようか」

「そうだね。じゃあ、唯子、忘れないで伝えてね」

「まっかせなさい」

唯子はそう言うと自分の胸をドンと叩くのだった。



    だが、確実に



「美沙斗、私は先にあがりますね」

「ああ、お疲れさん。いづみさんも、お疲れさま」

「あ、はい、お疲れ様です」

「で、今日の訓練はどうだった?」

「ええ、何とか勝ちました。でも、流石に皆さん、強いですね」

「いづみも充分強いですよ」

「そうかな? あんまり実感が湧かないんだけどな。
 まあ、弓華がそう言うんなら、信じておくよ」

二人のやり取りに、美由希は知らず、微かに笑みを見せる。
そんな美沙斗に、いづみは改めて礼を言う。

「本当にありがとうございます、御神さん。お陰でいい訓練が出来ます」

「いや、礼には及ばないよ。うちの隊員にも良い訓練になってるからね。
 それに、弓華の友達なら、大歓迎だよ」

美沙斗の言葉に、いづみは照れ臭そうに笑う。

「そう言って頂けると…」

「それにしても、本当に強くなりましたね、いづみは」

「まあ、私もあれから遊んでた訳じゃないからね。
 でも、まだまだ上には上が居るよ」

「千堂さんの事ですか?」

「いや、確かに千堂さんや唯子も強いけど、それは正面から戦った場合だからね。
 尤も、あの二人がやっているのは護身道なんだから、それで良いんだけどね」

「千堂さんは、それでもかなりの実力者ですけどね」

弓華の言葉に、いづみは違いないと笑う。

「下手な奇襲なんかは簡単に気付かれるからね。
 最後に会った時は、何とか勝てたけど、あれから更に強くなってるだろうし、今度やったら、どうなるかな」

「楽しそうですね」

「まあね。まあ、それ以上に、私は闘いたい奴が居るんだけどね」

「それが、さっき言ってた上には上ですか」

「ああ。相手の流派までは聞くのを忘れたけれど、私と似たような戦い方をする子でね。
 お互いに名前は名乗らなかったけれど、今度会った時に手合わせをしようと言って分かれたんだ。
 あの子は本当に強いよ。あの若さで、あの強さだから、どれぐらい成長してるのか楽しみだ」

「でも、名前も知らないのに会えるんですか?」

「確かに名前も知らないけれど、居る場所は知ってるから」

「そういう事ですか。因みに、何処ですか?」

「私だけじゃなく、弓華にも馴染み深い地だよ。…しかし、あれから三年か。
 どれぐらい腕を上げたかな」

楽しそうに呟くいづみに、美沙斗が思い出したように弓華へと声を掛ける。

「そう言えば、もうすぐだね、弓華の休暇」

「はい。いづみと一緒に海鳴に行く予定なんです」

「へえ、海鳴に」

美沙斗の言葉に、いづみが頷く。

「ええ。ちょっと、高校時代の友人が戻ってくるらしくて。
 しかし、御神さんも海鳴をご存知なんですか」

「ああ、あそこには私の娘と、甥が住んでいるからね」

「娘さんですか。幾つなんですか?」

「今年、大学受験だよ。必死で勉強してるって、この間連絡があった」

その電話を思い出しているのか、美沙斗の顔が和らぎ、弓華もそんな美沙斗を静かに見守る。
と、いづみが驚いたように声を上げる。

「え、ええ! そ、そんなに大きな娘さんが居るんですか!?
 え、え、だって、え、ええ! み、見えないですって」

「そ、そうかい。それはちょっと嬉しいね」

「いや、本当に……。はぁ〜、友人にも、見た目と年齢が合わない子が居るけど…」

本当に驚きつつ美沙斗を見るいづみに、弓華はその友人が誰だか分かり、何とも言えない顔になる。
弓華の親友でもある彼女に、弓華はそっと心のうちで謝るのだった。
それを打ち払うように、弓華が美沙斗へと話し掛ける。

「そう言えば、美沙斗も一緒の日でしたね、休暇」

「ああ。少し前まで忙しかった所為か、ここの所は少し暇だからね。
 と言っても、いつでも人手不足のここでは、そんなに暇はないんだけどね。
 とりあえず、私や弓華が同じ期間に休日になっても、何とかなりそうだからって隊長が半ば無理矢理にね」

「海鳴へ帰るんですよね」

「ああ。娘に会いにね。それに、恭也とも手合わせの約束をしているから」

「恭也? ああ、さっき話してた甥っ子さんですね。手合わせって事は、彼も御神流を?」

「ああ。恭也だけでなく、娘、美由希と言うんだが、こっちもやってるよ。
 ただ、恭也は父を早くに亡くしてからは、独学で学んで、美由希はその恭也を師匠として育ったから、全部の技を知らないんだよ。
 だから、私から恭也に、そして、美由希へと伝えてもらおうと思ってね」

美沙斗の言葉から何かを感じ取ったのか、その辺の詳しい事情が少し気になったが、敢えて触れず、別に気になった事を尋ねる。

「独学で御神流を、ですか。そんな事が出来るんですか?」

「ああ。兄さん、つまり、恭也の父親が、修行方法などを記したノートを残していたらしくてね。
 まあ、一時は無茶をして膝を壊したけれど、去年に手術をして、完治したから、更なる高みへと登っていくだろうね」

「へえ。是非、一度手合わせをしてみたいな」

「そうだね、恭也や美由希もいい経験になるだろうから、いづみさんの都合さえ付けば」

「ええ、是非とも」

楽しそうないづみに苦笑しつつ、弓華は美沙斗へと提案する。

「美沙斗、同じ日に休暇で、目的地も一緒なら、一緒に行きませんか」

「良いのかい」

「ええ、構いませんよ。いづみも良いですか?」

「私も構わないよ。御神さん、それじゃあ手合わせの件、お願いしますね」

「ああ。それじゃあ、気を付けて」

美沙斗の言葉に弓華といづみは挨拶を返すと、その場を去るのだった。



    ソレは動き始めていた



「はぁぁぁ!」

深夜の誰も居ないはずの林。
その奥にある少し開けた空間に、月光を反射させ、細い銀光が走る。
その銀光を受け止めるのは、これまた同じように静かに鈍い光りを放つ刃。
金属同士がぶつかる甲高い音に続き、地を蹴る音が聞こえる。
刃を激しくぶつかり合わせる二つの影──恭也と美由希は、付かず離れずの距離で互いの位置だけをころころと変えながら、
まるで舞うように、その両手に握り締めた刃を振るい続ける。

恭也と美由希は今日の深夜の鍛練を終えると、帰る支度を始める。
それぞれに飛針や小刀を回収し、バックへと詰めるとそれを持ち、家路に着く。
神社の石段を降りながら、ふと恭也は足を止めて後ろ、やや斜め後方の繁みへと目を向ける。
暫らくじっとそこを注視していたが、特に何も違和感は感じられず、恭也は軽く首を振ると一人ごちる。

「誰かが見ていたような気がしたんだが……」

「恭ちゃん? どうしたの?」

立ち止まったかと思うと、一向に動き始めない恭也に、美由希が首を傾げながら尋ね、
恭也が見ているであろう場所へと視線を転じる。
しかし、そこには何もなく、益々首を傾げる美由希に、恭也が言う。

「いや、何でもない」

「…ふーん、だったら良いけど。急にぼーっとするから、少し心配したよ」

「お前には、ぼーっとしてるとは言われたくないな」

「それ、どういう意味?」

「口に出さないと分からないか?」

「う、うぅぅ、兄が虐めるんです」

「バカなことをしてないで、さっさと帰るぞ」

「あ、うん」

走り始めた恭也の後ろを、美由希は追うように走り出す。


    微かな違和感を感じる者



「ふぅぅぅ。除霊完了」

大きく息を吐き出すと、薫は疲れたように呟く。
と、薫の手にした刀から、一人の女性が現われる。

「薫、お疲れ様です」

「ああ、ありがとう十六夜」

十六夜の言葉に、薫は軽く微笑んで返すが、すぐに表情を引き締めると、十六夜へと問い掛ける。

「十六夜、気付いてるか?」

「ええ。どうも、最近、悪霊が頻繁に出てきてますね」

「ああ。しかも、それだけじゃなか。婆ちゃんの言葉だと、力を付けとると…」

「確かに。今日のような悪霊に、これ程の力があるのは可笑しいですね」

「まさかとは思うが、霊力に対して、霊たちに抵抗力が付き始めたとか?」

「ですが、力全体が上がっているようにも感じられました」

「やっぱり、詳しい事は分からんね」

「ええ。今は、和音様たちの報告を待ちましょう」

「神咲三流派の長老的立場の三人による話し合い。
 一体、どんな答えが出るんじゃろうね」

「何にせよ、あまり良い答えは聞けそうにもないですけどね」

「確かに……」

二人の言葉は、ただ静かな夜空へと溶けるように消えていく。


    嫌な予感を覚える者



「これは……!? お母さん、これは?」

黒髪の少年は、その横に座っていた母親へと意見を求めるように振り向く。
母親は、少年の手元を覗き込むと、横から手を伸ばして、何やら弄る。
その結果が出たのか、少年と母親の目の前に幾つもの数字やグラフが浮かび上がる。

「特異点? いや、違う?」

「落ち着きなさい、クロノ!」

焦る少年、クロノを落ち着かせるように叱責する女性、リンディ。

「は、はい」

リンディの言葉に僅かに冷静さを取り戻したのか、クロノは改めて目の前の情報を目にする。

「解析不能? 一体、何処から……。
 お、お母さん、これ…」

「これは、海鳴?」

「まさか、なのはの身に何かあったんじゃ」

「落ち着きなさい。今はまだ情報が少なすぎます。
 いえ、解析不能となってます。なら、まずはこれが何なのか調べないと、闇雲に動くだけでは何も出来ませんよ」

「分かりました…」

「それに大丈夫ですよ、なのはさんなら。いえ、なのはさんたちなら。
 彼女は一人ではないのですから。周りに、たくさん頼もしい方たちがいるのだから」

「…ですね。だったら、今は僕たちにしか出来ない事を」

「ええ、そうです。さあ、頑張りましょう」

「はい」

二人の親子は、頷き合うと、目の前の装置を何やら操作し始めるのだった。



    異常に感付く者



何かが起ころうとしていたが、それは日常の中で人々に悟られる事なく、ゆっくりと進んでいた。
そして、まるで何かに呼び寄せられるかのように、その地に関わりのある者たちもまた、知らず知らずのうちにその地へと集う。
これは偶然なのか、それとも……



    全ては主様の御心のままに…



   §§



鍛練の帰り道、美由希を先に帰して公園へと寄って帰った恭也は、そこで不思議な女の子と出会う。

「ひにゃぁ〜。あ、あんな所(変身する所)を見られたら、もう、もう、ひなは恭也くんの所に行くしか…」

「恭也、アンタ、いったい何をしたのよ」

「だから、誤解だって言ってるだろう!」

「ひなちゃん、安心して。私はあなたの味方だからね」

「ひにゃ〜、あ、ありがとうございます、桃子さん」

「桃子さんだなんて、そんな他人行儀な。お義母さんって呼んでね」

「は、はい、お義母さん」

諸々の誤解などから一緒に暮らす事となったひなと名乗る少女。
彼女こそが、昨夜恭也が出会ったあの少女だった。
そして、彼女には秘密があり、それは宇宙から来た平和を守るガァーディアンハーツと呼ばれる存在だった。
その正体は他の者には秘密にしなければならず、唯一その正体を知る恭也は何かと協力する事になるのだった。
しかし、この日から、恭也の周囲が一変する事になるなど、この時の恭也が知るはずも無かった……。

「恭也さん、実は私……」

「いや、言わなくても良い。(これ以上の厄介事は正直、遠慮したい)」

「あ、ありがとうございます。何とお礼をしたらいいのか」

「いや、お礼はいらないから…」

「私、制服泥棒をしているのには事情があるんです。…実は私はレスランシュ星人で」



「……見つけましたわ。恭也様こそ、私の運命の人」

「また何か嫌な予感が……」

「恭也様、実は私、リルト星のプリンセスで地球は婿探しに……」



「それ以上近づけば、斬る!」

「…で、今度は何だ? 宇宙忍者とでも言うのか」

「な、何故、私の正体を!?」

「はぁ〜。まさか、本当にそうなのか……」



「僕はね、修行をするためにこの星に来たの」

「この星……。あー、琴乃はひょっとして、宇宙人なのか?」

「ち、違うよ〜。僕はカルティー星の巫皇で、地球に修行に来たんじゃないよ」

「……ひなが言っていた捜索の出ている巫皇というのは、琴乃のことか」



「若いの、まあ、せいぜい頑張るがいいぜよ」

「何故、お前はそんなに偉そうなんだ」

「ふっ、そんな事をいちいち気にしているようじゃ、まだまだぜよ」

「いや、もう何も言わん……」



次々に何故か集まってくる少女(?)たちに、恭也の日常はどうなってしまうのか?
一つ屋根の下で繰り広げられる、異星人たちとの物語。
がぁ〜でぃあんとらいあんぐる



   §§



「犯人はお前だ!」

恭也が突き刺した指先には、一人の男が。
男は慌てたように恭也へと向かって反論する。

「しょ、証拠はあるのかよ!」

そんな男の言葉を鼻で笑い飛ばしながら、恭也は自信満々に告げる。

「そんなもんない。俺の勘だ」

恭也の言葉に静まり返る一同の中、恭也はポケットへと手を突っ込みながら男へと近づいて行く。
あまりの出来事に茫然となっていた男は、恭也に肩を掴まれて我に返るが、その時には既に床へと倒されていた、
うつ伏せに倒れる男の腕を捻り上げつつ、恭也は膝で男の動きを封じると、ポケットから取り出した鋼糸をこれ見よがしに、
男の目の前で左右に引っ張る。

「証拠などいらん。自白させれば良いのだからな……」

「ちょっ、待て! お、俺は本当にし、知らな……」

「ほう、本当に犯人ではないというんだな」

恭也の静かな言葉に、男は身体を震わせると、未だに茫然としている刑事の一人へと声を掛ける。

「…………け、刑事さん! す、すいません、俺がやったんです!
 じ、自首します! 自首しますから、た、助けてください!」

男の言葉を聞き、刑事が我に返って近づく頃には、恭也は男を解放していた。

「ふぅ、難しい事件だった」

恭也はそう呟くと、その場を後にするのだった……。

「って、恭ちゃん、勘でやらないでよ〜」

「何だ、助手の美由希」

「だから、勘で犯人を決めないで、お願いだから」

「しかしだな、俺の勘があいつが犯人だと」

「もし、間違っていたらどうするのよ!」

美由希は半分涙目になって訴える。
そんな美由希に恭也は半歩引きつつ、

「じゃあ、どうしろと」

「こういったのは、現場をよく調べて、トリックを見破ったり、証拠を見つけるものなんだよ。
 次の事件の時は私に任せて!」

自信満々に言う美由希に、恭也は頷くのだった。



「見た目は青年、中身は年寄り。その名も枯れ果てた探偵、恭……って、痛い!
 な、何するのよ、恭ちゃん」

「自業自得だ馬鹿者」

「うぅぅ〜、うちの兄は苛めっ子」

「もう一発いっておくか?」

「え、遠慮します〜」



あの事件から数週間後、恭也と美由希はまたしても事件に遭遇していた。

「とりあえず、警察には連絡して、他の人たちには下のリビングに集まってもらっているぞ、美由希」

「ありがとう、恭ちゃん。それじゃあ、警察が来る前に、少し見ておこうかな……」

美由希はそう呟くと、恭也の後ろにいた那美を呼ぶ。
二人は部屋の入り口に立ち、死体を見つけるまでの出来事を口に出して確認する。

「最初に悲鳴が聞こえて、私と恭ちゃん、そして那美さんが最初にこの部屋に来たのよね」

「ええ。それで恭也さんが部屋を開けようとしたら鍵が掛かっていたので、管理人さんに借りて、鍵を開けたんです」

「そしたら、既にここには死体があったのよね。
 因みに、窓にも鍵が掛かっていて、この部屋の鍵はそこのテーブルの上…」

「他にこの部屋の鍵は、管理人さんが持っているマスターキーだけですから…。
 美由希さん、これって、もしかして密室殺人!?」

「そうなりますね。さて、それじゃあ、とりあえず、何かないか調べてみましょう」

「はい」

「あ、恭ちゃんはそこで待っててね。
 現場を荒らされると困るから」

「分かった」

恭也は美由希の言葉に頷きつつ、少し感心しながら二人の行動を廊下より眺める。
と、窓側へと歩いて行った那美が何もないのに躓き、そのまま転ぶ。
その拍子に、思わず掴んだベッド脇にあった台が倒れ、メモやら電話機が床へと落ちる。

「那美さん、大丈夫?」

慌てて美由希が駆け寄るも、那美しか見てなかった美由希は、思いっきり死体を蹴飛ばしてしまい、死体がごろりと半回転する。
しかも、美由希本人はその拍子に転び、部屋の中央にあったテーブルに豪快にぶつかる。
当然、その衝撃を受け止めることも出来ず、テーブルが倒れ、その上にあったノートパソコンと部屋の鍵が床へと落ちる。

「あ、ああ、パソコンが…」

那美が茫然と呟く中、どうやら電源の入っていたらしいパソコンのモニターがぶつんという音を立てて真っ黒になる。

「……えっと、とりあえず、立ち上がろうか、那美さん」

「そ、そうですね」

二人は慎重に立ち上がるが、那美の足には床へと転がった電話機にコードが絡まっており、それに足を捕られてよろめく。
その那美を見た美由希がすぐさま手を差し伸べるが、二人は縺れ合ってそのままベッドへと倒れ込む。
ベッドの上で必死になって足からコードを抜き去ると、二人はゆっくりとベッドから降りるが、
ベッドの上のシーツは皺くちゃになり、枕は床へと落ちていた。
そんな二人を、恭也はただ眼差しで眺めていた。
それから数分後、到着した刑事たちが見た現場は、まるで何者かに荒らされたかのようにぐちゃぐちゃとなっていた。

「これは酷いですね、警部」

「ああ。これだけ争った跡があるのなら、物音ぐらい聞いてるでしょう。
 何か、言い合うような声とまでいかなくても、物音はしませんでしたか?」

第一発見者である美由希たちへと事情を聞く刑事に対し、美由希と那美はただ乾いた笑みを浮かべるだけだった。



   §§



「…………はぁ〜、何だってこんな事に」

心底疲れたように呟く恭也のだったが、その姿はいつもとは少し違っていた。
どう違うのかと言われれば、一言で言うのなら、小さいのである。
全体的に小さく、いや、幼くなっていた。

「はぁ〜。いつ、治るんだろうか」

忍の実験体になったのが悪かったのか、その後に美由希の料理を食べた所為か…。
それとも、新しい薬を試したいといったフィリス先生に付き合ったのが悪かったのか。
はたまた、新しい治癒の術を編み出したと言った那美さんに掛けられた術が悪いのか。
並べればドンドン出てくる昨日土曜日の昼以降の自分の行動に後悔しつつ、恭也はもう一度溜息を吐き出す。
しかも、この姿になってから、住人たちがやたらと恭也を構いたがる所為で、恭也はいつにも増して疲れていた。
そんな恭也へと、その日の夕食後、更なる衝撃を襲う。

「恭也、とりあえず、アンタ明日から小学校に通いなさいね」

「はっ!?」

「もう話は付けてあるから」

「ちょっと待て。話って、早すぎるだろう」

「気にしない、気にしない。それよりも、ちゃんと行くのよ」

桃子の鶴の一声により、恭也の小学校生活が始まるのだった。

「恭也くんって言うんだね。私はさくら。木之本桜。よろしくね」

「よろしく、木之本さん」

「さくらで良いよ」

明るく話し掛けてくるクラスメイトとなった少女。
しかし、その少女には秘密があり、恭也は深夜の鍛練の帰りにそれを知ってしまう。

「美由希、先に帰ってろ」

「え、どうかしたの?」

「ああ。あそこに居る子なんだが、俺のクラスメイトなんだ」

「恭ちゃんのクラスメイトって、今の? だったら、大変じゃない。
 小学校四年生の女の子がこんな時間に一人で出歩くなんて」

「ああ。何か事情があるのかもしれないが、とりあえず送っていく」

「うん、分かった。恭ちゃんも気を付けてね」

「分かってる」

こうしてさくらの後に付いて行った恭也は、信じられない光景を目にする事となる。

「汝のあるべき姿に戻れ!」

「よっしゃー、これでまた一枚回収や。って、誰や!」

「…え、きょ、恭也くん。どうして、こんな時間に?
 ひょっとして、今の見てた?」

事情を知った恭也は、さくらに協力する事を申し出るのだった。

CCさくら&恭也



   §§



それを知ったのは、とあるニュースでだった。
気になったのはニュースの話題ではなくて…。
テレビに映っている風景でした…。

写真でしか知らなかったあの家が…。
写真と一緒のあの家が…。
そこに映っていたのです。

だから…



「こんばんは〜。あなたと血の繋がった血縁の者です〜」

突如、恭也の元へとやって来た三つ編みの少女、御神美由希。
彼女は、恭也の持つ幼い頃の写真とまったく同じものを持っていた。

「この写真見たことある?」

「まさか、本当に……」

突然現われた自分の双子の妹に戸惑う恭也。

「だとして、一体どうするってんだ。まさか、この家で一緒に住むのか…」

悩む恭也の元へ、更なる訪問者が現われる。

「ご、ごめんください〜」

「…はい、どちら様ですか。新聞の勧誘なら間に合ってます。
 もし、テレビのニュースを見て、ここが小さい頃自分が住んでいた家で、血縁者だとか言う人なら、もっと間に合ってます」

意地悪く当てこするように、主に後ろにいる美由希へと向けていった言葉に、しかし、表にいる人物から驚いたような声が上がる。

「そ、そんな!」

「……へっ!? おいおい、まさか…」

半信半疑で扉を開けたそこには、大きな鞄を一つ持った一人の少女がいた。

「わ、私、水翠冬桜と申しまして、じ、実は、先程仰られたように……。
 こ、これに見覚えはありませんか? 母が私を預けた時に、唯一残していったものなんですが…」

そう言って少女が差し出したのは、一枚の写真だった。
幼い少年と少女が、この家の見える場所で水浴びをしている例の写真。

「……どういう事だ? 全く同じ写真が三枚。写っているは二人。
 一人は俺として、残りの一人が二人のうちどちらか……」

「つまり、どちらかは他人で…

「どちらかは兄妹…」

今のテーブルで三人はそれぞれの写真を前に唸っていた。

ふとした切っ掛けから訪れたこの地で、今、新たな何かが始まろうとしていた…。
私たちの家で…。
私たちの夏が…。

「兄妹かもしれないけど、他人かもしれない……。
 でも、だとしたら、この気持ちは……」

トライアングル ツインズ
第一話 「三人の双子!?」



   §§



日差しが初夏を感じさせる季節
時が止まったような静かな街で、当たり前のような日常が動き出す。

「皆さんこんにちは、今日からこのクラスの担任になる風見みずほです」

この出会いにより、春より俄かに騒がしくなり始めていた恭也の日常は更に加速していく。

「俺にも、人には言い難い秘密がありますから。
 俺の一族は、御神流という剣術を伝えていて…」

お互いの秘密を共有し、近づく心。

「恭也くん、今日から宜しくお願いしますね」

更にとんでもない秘密を持つことになる二人。

「別に、何でもないですよ。ただ、休日まで先生に監視される覚えはないですけどね」

些細な事ですれ違う心。

「恭也くん……」

「みずほ……」

そっと重なる二つの影。
それを優しく月明りが照らし出す。



初夏の日差し眩しいあの日、あの時…

俺たちは…
私たちは…

出逢った
そこから始まる物語

高町恭也と風見みずほのドキワクラブストーリー

おねがい・とらいあんぐる
第一話 「教えてティーチャー」 必ずチェックしてね
最優先事項よ♪



   §§



これは、高町恭也が中三へと進学を果たした春休みの出来事。
急に届いた旧知からの手紙により、恭也は一人、その人物の元へと赴いたのだった。

「…という訳で、あの子をそっと見守ってやって欲しいの」

「はい、分かりました。彼の成長を見るのは、俺も嬉しいですからね」

「ありがとう、恭也くん。でもね、一応、修行中だから、ギリギリまでは手を貸さないで」

「どうしても手が必要な時にだけ、助けるようにですね」

「ええ、お願いできるかしら」

「分かりました。それで、俺はどうすれば」

「…手続きはこちらでやっておくから、恭也くんはこの日、ここに行ってくれれば良いわ」

「了解です」



「……って、女子校じゃないですか!」

恭也の叫び声が、ここ麻帆良学園中等部に響くのだった。

「どうやって転入手続きしたんですか、ネカネさん…」

丁度恭也が肩を落とした時、鞄から何かが転がり落ちてくる。
瓶詰めに去れた飴玉のようなものを拾いつつ、同じく落ちてきた紙切れを手にする。

「はて、こんなもの入れた記憶がないんだが…」

恭也は紙切れを広げて、そこに書いてある文字を目で追う。
その速度が徐々に落ちていき、全て読み終えた恭也は、盛大な溜息を吐き出すのだった。

『恭也くんへ。
 言い忘れていたけれど、ネギは女子校の中等部の先生をやってます。
 だから、恭也くんも女の子になってくださいね。
 同封した魔法のお薬を飲めば、一日の間、女の子になれますから。
 それじゃあ、ネギの事をよろしく。
 勿論、今更断わったりしないと信じてますから。
 名前は、高町恭で手続きしてるからね。それじゃあ、頑張ってね』

「高町恭って、もう少し捻ってくださいよ」

恭也は呟きつつ、薬を一粒取り出し、渋々と口へと放り込むのだった。



「え、恭お兄ちゃんですよね。あれ、あれ、どうして女の子の…」

「…色々と事情があるんだ、って、ネギには隠す必要はないのか。
 実は、ネカネさんに頼まれてな。ネギの修行の手伝いをする事になった。
 ただし、本当に危なくなった時だけ、手を貸す事になるから、出来る限り、自分の力で頑張れよ」

「…は、はい!」

恭也の言葉に、ネギは気を引き締める様に返事をする。
そんなネギを、恭也は本当の弟を見守るかのような目で見詰めるのだった。

「あ、所で、恭お兄ちゃんではまずいですね。えっと、恭お姉ちゃんで良いんでしょか」

「…………まあ、好きに呼んでくれ。ただし、くれぐれもばれないようにな」

「はい、それは勿論です!」

こうして、修行中の魔法使いと剣士の物語は始まるのだった。



   §§



風芽丘学園に在籍する乃木坂春香は、容姿端麗にして才色兼備。その上、超が付くぐらいのお嬢様。
更には、『白銀の星屑(ニュイ・エトワーレ)』なんていう二つ名まで持つ、学園のアイドル。
ある日、そんな春香の秘密を知ってしまった恭也は、その事が切っ掛けで仲良くなっていく。
所が、このお嬢様、意外とドジな面もあり、恭也は学園で春香の秘密がばれないように必死でフォローをする事に。
その結果、男子生徒の多くを敵に回しつつ、身近な女性には何故か睨まれる日々を過ごす事となる。
そんなある日、今度は春香が恭也の秘密(御神流)を知ってしまったから、さあ大変。
春香の口からそれが出やしないかと、今まで以上に神経を使う恭也。
そんなこんなで今まで以上に一緒にいる事の多くなる二人だった…。

お嬢様とのシークレットラブストーリー
 高町恭也と乃木坂春香の秘密




   §§



「恭也くん♪」

ある日、恭也の前に突然現われたツインテールの少女。
それが後に恭也の人生を大きく変える事となるとは、この時はまだ、この少女自身でさえも知らなかった。



「恭也、アンタはすぐにそうやって女性に愛想を振り撒く!」

突然キャンパスに響いたその声に、恭也と世間話をしていた女性たちは慌てたようにその場を去って行く。
それらを見送りつつ、唯一その場に留まっている忍へと視線を向けると、

「愛想? なあ、忍、俺にとって、最も縁遠いような言葉を聞いた気がするんだが」

「多分、気のせいじゃないって。どういう訳か、美貴ってば、恭也にはきついわよね」

「ああ」

「恭也、何か恨まれるような事でもしたんじゃないの」

「……全く見に覚えがないとは言えないのが辛いな」

「えっ!? 本当に何かしたの!? 一体、何を」

「いや、単に昔の知っている人に似てたから声を掛けたぐらいなんだが…」

「それで、人違いだった訳?」

「ああ。まあ、でも、それで知り合えた訳だしな」

「ふーん。恭也がそこまで嬉しそうなのは、結構、珍しいかもね」

「そうか?」

「ええ」

二人が話している間に、件の女性、麻当美貴が恭也たちの元へとやって来る。

「全く、忍も女性に囲まれてデレデレしている恭也の目を覚まさせる為に、軽く叩くぐらいしなさいよね」

「いや、デレデレも何も…」

「恭也は黙ってる!」

「…はぁ〜」

黙っているように言われた恭也は、律儀に口を閉ざし、代わりに説明するように忍に目で頼む。
それを受けた忍は、これ見よがしに溜息を吐き出しながら、美貴へと説明をする。

「今の子たちは、単にさっきの講義を一緒に受けた子たちだって。
 それで、分からないところがあったからって聞いてきたのよ」

「だったら、恭也じゃなくて、教授に聞けばいいだろう」

「だから、恭也じゃなくて、私に聞きに来てたの」

「えっ!? って事は、恭也の客じゃなくて…」

「そう、私の。でも、まあ、いい加減に解放して欲しかったから、丁度良かったかも」

「で、でしょう。忍が困ったような顔をしてたから、助けてあげたのよ」

「そうだったのか。さすが美貴さん、友達思いだな」

「まあね」

「嘘ばっかり。私の方は全然、見てなかったくせに…」

「うっ」

恭也の方へと偉そうに胸を貼る美貴の耳元で、忍が恭也には聞こえないぐらいの小声で囁く。
その言葉に、美貴は思わず声を詰まらせ、次いで、これまた小声で忍へと話し掛ける。

「翠屋のシュークリーム」

「駄目。ケーキセット」

「くっ、この、人の足元を」

「嫌ならいいのよ〜」

「わ、分かったわよ」

「毎度あり〜」

そんな女二人の会話を知ることもなく、恭也はただ目の前の二人の様子に首を傾げていた。



「酷い! 本当に覚えてないの! これじゃあ、お母さんが可哀相だよ」

「お母さんって、さっきから何を言っているんだい?」

「だから、私は娘なの!」

「いや、改めて言われなくても、女の子だっていうのは分かっているが…」

「そうじゃなくて、私はあなた、高町恭也の実の娘なの!」

「…………はいぃ!?」

突然現われた少女は、自分が恭也の娘だと名乗る。
当惑する恭也の脳裏に、一人の少女の姿が浮び、目の前の少女とその面影が重なる。

「ま、まさか……、ゆうちゃんの…」

「あはっ♪ やっぱり、ちゃんと覚えてたんだね。うんうん、やっぱり愛の力は偉大ね♪
 …では、改めて。結城美沙、それが私の名前よ。これから宜しくね、お父さん」

「…………って、こ、これから?」

「そうよ。それとも、迷惑」

「いや、そんな事はないが…」

「良かった♪ 私、前からお父さんと一緒に暮らしたかったのよ♪」

茫然としつつも、本当に嬉しそうな笑みを浮かべる美沙を見て、恭也は思わず微笑を零すのだった。



「随分と探しましたよ、ダーティフェイス。さて、商談と行きましょうか。
 ここに10億の手形があります。これで、この件からは手を引いてもらえませんか?」

「…この件?」

「まだとぼけますか。言わずと知れた、かぐや伝説の件ですよ」

「あの、一体、何の事を言っているのか」

「いい加減にしろ!」

「待ちなさい!」

交渉している男の手下を思われる男が、静止の声も聞かずに発砲する。
同時に恭也は隣にいた美貴を抱え、机の下へと避難する。
それを短く感嘆の声を零しながら、楽しそうに見詰めると、男はそっと手を上げる

「今のを避けるとは、流石はフェイスと言った所ですか。
 ですが、次もそう上手く行きますかね」

そう言って男の手が振り下ろされ様とした正にその瞬間、壁をぶち破って一台の車が滑り込んでくる。

「恭也くん、早く乗って」

「み、美沙ちゃん!?」

「驚くのは後!」

「あ、ああ」

美沙の言葉に、恭也はすぐさま美貴を抱いて車へと押し込むと、自分もすぐさま乗り込むのだった。



「高町恭也。家族構成は、父親は既になく、母親と妹二人。
 そして、あの御神流の使い手……。ふっふふふ、なるほど、あの御神流の使い手でしたか。
 どうりでアレだけの銃に囲まれても尚、あの余裕。…貴方、この情報はかなり有益ですよ」

「はっ、ありがとうございます。ただ単に、高町恭也と言う名前から辿れたのが、それだけという事ですが。
 しかし、そんなに恐ろしいのでしょうか、御神流というのは」

「貴方はまだこの世界が浅いから知らないでしょうが、我々の世界ではとても有名な流派ですよ。
 特に障害物などのある場所や、閉鎖された空間において、その使い手一人を倒そうと思えば、小隊ではまず無理でしょうね…」

「そんな…」

「いえ、事実ですよ。私も直には見たことはありませんが、館長の持っていたテープで一度だけ見た事があります。
 銃弾を避ける姿を。彼らには、銃は通じません。避けられるか、手にした刀で弾かれるかです。
 しかし、まさか生き残りが居たとは……」

暗闇の中、二人の男の間で交わされる謎の言葉。
その意味するところとは…。



自称、平凡な学生高町恭也。
実の娘との出会いにより、その人生が一転してしまう。
後に、彼は世界一のトレジャー・ハンターとなるのだが、それはまだまだ先の事。

TRIANGLE FACE



   §§



世界には、ひとつの伝説がある。
それは、かつて地上に存在したと言われる古代文明の伝説……。
魔法と呼ばれる巨大な力によって人々が築き上げた文明の伝説。
旧世界と呼ばれる、今はなき精霊の加護による豊かな暮らしを送っていた世界。
精霊の加護を失い、衰えて失われてしまい、永い永い時が流れた……。

今では既に伝説ともなり、その存在さえ疑われる古代文明。
そんなものに、殆どの人々は興味を示さなかった。
しかし、逆に言えば、極一部の人々はそれを求めたのだ。
酔狂な連中の道楽だったのか、それとも、他の理由があったのか。
それは本人しか分からぬ事。
しかし、そういった連中が居たのは確かで、彼らは自らソレを探し求める者も居れば、
人を雇って探させる者など、人それぞれの方法で。
いつからか、旧世界の遺産を探し求める者たちは、冒険者と言われるようになる。

数多くの冒険者たちが探し求めた古代文明の財宝『旧世界の遺産』も、発見されることは無かった。
それ故に、冒険者たちも次第に姿を消していったのは、仕方のない事だろう。
しかし、ここにも一人、そんな冒険者がいた。
青年の名は恭也。
冒険者となって数年、大陸中の遺跡を旅して回っていた。
それもこれも、全ては失われた『旧世界の遺産』を見つけるために。
しかし、未だに何の成果もなかったが。

そんな中、恭也は『アーヴィル』と言う街を訪れていた。
大陸でも、辺境に位置する小さな街アーヴィルには、古くから一つの洞窟がある。
街の人たちは、モンスターの棲みつくこの洞窟を恐れ、決して近付こうとはしなかった。
が、最近になって、この洞窟の中から古代の遺跡らしきものが見つかったと言う。
そうして恭也は、アーヴィルの洞窟へと足を踏み入れる事となった。
しかし、恭也がそこで見たものとは、財宝でも何でもなかった…。

止まっていた『旧世界』の時間が、今、ゆっくりと動き始める……。



「本当に旧世界の遺産が見つかれば、元の世界に戻れるんだろうか。
 それ以前に、本当に旧世界の遺産なんてあるのか」

冒険者となり、各地を周るも旧世界の遺産が見つからない事に微かな焦りを覚えて、思わずそんな呟きが零れる。
それから数日後、恭也は一つの噂を耳にする。
アーヴィルという街の洞窟から、遺跡らしきものが見つかったという噂を。
その噂を聞き、恭也はすぐさまアーヴィルへと向かうのだった。



「ちょっと、もう少しゆっくり歩いてよ。
 そりゃあ、恭也の逸る気持ちも分かるけれど…」

恭也が迷い込んできてからずっと恭也の身の回りの世話をしていた少女、サクラ。
彼女は冒険者となった恭也と共に旅へと出て、以来ずっと一緒に行動を共にしてきた。
サクラは前を歩く恭也が立ち止まったのを見て、少し早足で追いつくと横に並ぶ。
恭也は何も言わずに、サクラの持っていた小さな荷物を手にすると、さっきよりもゆっくりと歩き始める。
横に並んで歩きながら、サクラは少し複雑そうな顔を見せるのだった。



「そう、わたしは……ユウラ。わたしの、名前……」

洞窟の中で見つけた不思議なもの。
その中に眠るように佇む一人の少女、ユウラ。
しかし、彼女は名前以外の事は何も覚えていなかった。
とりあえず、恭也は少女を一人、こんな場所に置いておけるはずもなく、急いで少女を連れて街へと戻るのだった。



「そんなに元の世界に戻りたいの?」

「まあ、出来るなら、な」

「……うぅ、もう良いわよ! 好きにしたら良いのよ、恭也の馬鹿!」

「お、おい、サクラ。……一体、何を怒っているんだ?」

遂に旧世界の遺産が見つかるかもしれないと、日々遺跡へと潜る恭也。
複雑な気持ちを抱きつつ、恭也の無事を祈って待つ事しか出来ないサクラ。
親身になってくれる恭也へと、徐々に心を開いていく記憶喪失の少女、ユウラ。

様々な思惑が絡み合う中、恭也は無事に旧世界の遺産を見つける事が出来るのか…。

TRIANGLE[LUV] トライアングル ラヴ



   §§



エリート魔術師養成学校・葵学園に通っている式森和樹。
成績は下から数えた方が早く、生涯で使える魔法の回数はたったの8回という少なさ。
そんな和樹の元に、一人の少女が現われる。

「和樹さん、今日から私たちは夫婦です!」

──魔法能力が高く、西洋式の精霊術を得意とする美少女、宮間夕菜

「和樹〜、ねぇ、遺伝子ちょ〜だい♪」

──風椿財閥の娘にして、霊符を使用する先輩、風椿玖里子

「私には関係ない。本家の言う事を聞かなければならない道理はないからな」

──悪霊退治を生業とする神城家分家の少女、神城凛

「毎日、大変そうだな、和樹」

──和樹のクラスメイトで、親友である少年、高町恭也



和樹の遺伝子を巡り、様々な事件が巻き起こる!

「ちょ、誤解だってば、夕菜。は、話を聞い……」

「和樹さんの、浮気者ーー!!」

ジェラシーの炎を燃やす、自称和樹の妻。

「あら、これ以上、私の口から言わせる気? 意外と和樹も好きねぇ」

「や、止めてください、玖里子さん!」

二人きりになると迫ってくる先輩。

「恭也さん、行きましょう。ここに居ては、あの二人の騒動に巻き込まれます」

「ああ、そうだな」

本家の指令を何故か頑なに拒否する少女。

「…生きてるか、和樹」

「な、何とかね……」

「それにしても、毎日、毎日、よく飽きないな」

「別に、僕は好きでやってる訳じゃないんだけどね…。
 はぁ〜、遺伝子、遺伝子って、もう嫌になるよ」

「和樹、お前、鈍感だな。このクラスの連中は兎も角、夕菜さんや玖里子さんさんは、それだけじゃないと思うが?」

「それって、どういう意味だよ。その前に、恭也にだけは、鈍感とは言われたくないよ」

「む、それこそ、どういう意味だ」

「まんまだよ。あーあ、凛ちゃんも可哀相に…」

「どうして、そこで凛の名前が出てくるんだ?」

「……これだもんな」

周りから見れば、どっちもどっちな感じの二人。

毎日何処かで巻き起こる爆発に、轟く爆音。
既に日常と化しつつあるこの騒動に、だからといって慣れるはずもなく。

「はっはっは。夕菜が落ち着くまで、逃げなきゃ」

「…どうして俺まで」

「あ、あははは。ああなると、こっちの話を殆ど聞いてくれない上に、殆ど周りも見えてないからね」

「……はぁ〜」

彼、彼女らの日常は波乱ばかり。
果たして、どんな物語が繰り広げられるのか!?

まぶらほハート



   §§



(ああ、駄目だ。これは死んだな)

下校途中に交差点に飛び出してきた子供を神速を使って助けたまでは良かったが、
元々膝に故障を抱える身では、少し無理をしたらしい。
恭也は子供を歩道へと押し返すことは出来たものの、
自らは膝の痛みにより動きが鈍った所で神速の領域から出てしまった。
そして今、恭也の目の前には大きな鉄の塊が迫りつつあった。
目前の死を前にしつつ、恭也は目を閉じると、遅い来る衝撃へと備えるのだった。

……………………
………………
…………
……


思ったよりも軽い衝撃を不審に思いつつ、何やら騒々しい声に目を開ける。
と、そこは先程までいた道路ではなく、見渡す限りに緑が広がる草原だった。
呆然と周りを見渡す恭也の下から、先程から聞こえてくる甲高い声が聞こえる。
ふと、目をそちらへと向ければ、丁度、恭也が下敷きにするような形で小さな少女の姿があった。

「ちょっと! 気付いたんなら、さっさと退きなさいよね!」

少女の言葉に恭也はその場を退き、すぐ横へと腰を降ろすと、その少女を呆然と眺める。
恭也にじっと見られる形となった少女は、その小さな体を恭也の眼前へと浮かび上がらせると、
腕を組んで大仰に何度も頷く。

「うんうん。私のあまりの美しさに、言葉も出ないのね。
 良いわよ、気が済むまで私の美しさを堪能なさい」

恭也の眼前で羽をぱたつかせながら言い放つ少女へと、恭也は呆然としたまま口を開く。

「ひょっとして、妖精とかいう奴か?」

「ひょっとしても何も、見たら分かるでしょう」

何を言っているんだ、こいつは。
といった顔で恭也を見詰める妖精の後ろから、のんびりとした声が聞こえてくる。

「フィリー、どうやら彼は異世界から来たみたいですよ。
 ひょっとしたら、彼がいた世界では妖精は存在していないのかもしれませんね〜」

「あ、ロクサーヌ。確かに言われてみれば、着ているものも変だわ」

フィリーと呼ばれた妖精は、改めて恭也の服装を見るようにその小さな体で恭也の周りを飛び回る。
フィリーとロクサーヌの会話を聞いてた恭也は、ロクサーヌへと顔を向けると、

「異世界? ここは異世界なんですか?」

「ええ、恐らくあなたから見ればそうなるでしょうね」

「……だとすれば、どうすれば元の世界に帰る事が出来るか分かりませんか」

「ふむ。そうですね……。魔宝なら恐らく…」

「魔宝?」

「ええ。持ち主の願いを叶えてくれると言われる宝です」

「それは何処に?」

「その前に、一人でそこに行くのは危険ですよ。
 あなたの世界ではどうかは知りませんが、この世界では獣人やモンスターと呼ばれる凶悪な存在がいますから。
 その上、あなたはこの世界の事を何も知らないですし」

「それでも…」

ロクサーヌの警告を受けても尚、魔宝を求める恭也に一つ頷くと、ロクサーヌはフィリーへと視線を向ける。

「フィリー、彼の手伝いをしてあげてください」

「えー…って言いたい所だけれど、仕方ないわね。
 私が手伝ってあげるわ」

「ああ、ありがとう」

「それじゃあ、この近くにパーリアの街があるから、そこで他にも手伝ってくれる人が居ないか探しましょう」

「しかし、危険な事に他人を巻き込むのは…」

「何を言ってるのよ! あなたと私だけじゃあ、それこそ無理に決まってるでしょう。
 だから、協力者を探すのよ。勿論、危険だって事は隠さずに話した上で、協力してくれる人をね」

「そうだな。俺はこの世界の事を全く知らないし、ここはフィリーの言う通りにするよ」

「分かれば良いのよ。そうと決まれば、早速仲間探しよ!」

こうして、恭也とフィリーの長い長い旅が幕を開けるのだった…。

エターナルハート 第一楽曲「ここは何処? あなたはだぁれ?」 



   §§



穏やかな気候と、ゆっくりと時が流れていく錯覚すら覚えるほど風情が残る町、海鳴。
物語は、この海鳴から始まる。
この世界には、一般の人々が知らない、科学では説明できない、そんな不思議な事が意外とあったりするものである。
そんな不思議の一つとして、この物語は綴られていく。



『リルム』と呼ばれる世界には、
彼女たちが『ワンダーランド』と呼んでいるこの世界を、自分の思うままに作り替えようと思う者たちがいた。
そんな者たちから、この世界を守る役目を持つ『管理者』と呼ばれる者がいた。
その者の名は、アニエス・ベル、こっちの世界での名は、浅羽嬉子といった。

「嬉子さん、これ3番テーブルね〜」

「はい、店長」

嬉子は、平日の昼間は翠屋という喫茶店でバイトに精を出し、夜は魔法少女となって頑張っていた。
しかし、そんなある日の夜……。

「うぅ、このままだと……」

地面へと倒れこむアニエスの目に、一人の女性の姿が映る。

「嬉子さん、どうしたの一体!?」

「て、店長。あ、その、こ、この格好には事情がありまして…」

「そんな事よりも、大変! 怪我はないの」

「え、ええ」

この可笑しな出会いにより、桃子は何故か不思議な世界へと巻き込まれることとなる。

「あ、あははは〜。流石に、この格好は恥ずかしいわね」

「一応、魔法少女ですから、その辺は我慢してください」

「まあ、仕方ないんだけれどね。でも、うちの子達には絶対に見せられないわね……」

こうして、桃子の管理者の手伝いというもう一つの生活が始まるのだった。



店長は魔法少女? 第一話「管理者の手伝い始めます、ということ」



「…………かーさん、その格好は……」

「ち、違うのよ、恭也、これは違うの! って、そんな生易しい目で見詰めながら、去らないで〜!」



   §§



地図を広げて探してみても、何処にも乗っていないという村、チャルキキ村。
そこは日本の北の北の最果てで、辺り一面は真っ白な世界に包まれた、まさに銀世界。
そんな村に建つ聖真学園で、この物語は静かに始まる。

「さ、寒い……」

それがこの村に足を踏み出しての最初の一言だった。
今日からこの村にある聖真学園へと転校してきた高町恭也は、辺りを舞う雪を見上げつつ、ゆっくりと白い息を吐き出すのだった。



その日の夜、恭也が自室で荷物の片づけをしていると、外からドサという軽い音が聞こえる。
恭也が外へと出て見ると、白い地面に横たわる一人の女性の姿があった。

「……まさか行き倒れか。それに、この羽根は?」

名前以外の記憶を失った自称天使の女性、ミルフィーは、助けられた恩返しにと記憶が戻るまでの間、
恭也の世話を買って出るのだった。



「ゆーな、神代ゆーな。こっちは友達のまるるだよ!」

恭也のクラスメイトで、元気一杯の少女、神代ゆーなや、

「恭也〜、勝負よ! 喰らえ、御堂流剣術、神龍烈波斬!!」

恭也と勝負をしたがる隣りのクラスで真面目な学生会長にして女剣士、御堂サキ、

「恭也さま〜、本日は〜、大変お日柄も良く〜」

日本一のお金持ちと言われる麻宮財閥の一人娘、麻宮愛華など、他にも様々な人々と出会い、
恭也の日常は騒がしくなっていく。
そして、その裏で蠢く黒い影……。

〜SNOW HEART〜



   §§



ある日の早朝。
恭也は自宅にある父親の書斎へと呼び出される。
いつになく真剣な表情で、入って来た恭也を自分の前へと座らせる。
そこに息子が正座した事を確認すると、士郎はゆっくりとその口を開く。

「さて、今日からお前も高校生だな」

「はい」

士郎の雰囲気から、親子としての会話ではなく師弟としての口調に変わって答える恭也に、士郎は一つ頷く。

「そうか。早いもんだ。お前ももう16になるのだな。
 そして、それはつまり、隣りの美由希様も同じく今年で16になるという事だ」

昔から隣り同士で、同い年なんだから当たり前の事だろう。
それを何を今更と言った顔をする恭也だったが、士郎の言葉に可笑しな部分を見つけ、尋ね返す。

「美由希……様?」

「そうだ。さて、恭也。今日、お前を呼んだのには意味がある」

更に真剣さを増す士郎の態度に、恭也も姿勢を改めて正し、じっと士郎の言葉に耳を傾ける。

「我が高町家には代々受け継がれてきた秘密がある。
 まず、高町という姓は仮のものだ。本当の名は不破という」

「不破……」

「そうだ。そして、我ら不破一族は代々、御神家を守る立場にある。
 時には盾に、時には剣にな」

「まさか、その為の剣術?」

「その通りだ。我ら不破は、影より御神の方々をお守りするのがその務め。
 そして、それはお前にも言えるのだ。御神宗家の跡取が16となる時、そのお方には秘密で不破の者が一人影として付く。
 此度、御神の姫君であらされる美由希様が16才となられる。よって、不破であるお前に、その影の任が降りる。
 良いか、恭也。お前は今日から、美由希様の影となり、あらゆる事柄から美由希様をお守りするのだ。
 勿論、当人に気付かれぬようにな」

「分かりました。それが我が一族の使命ならば」

士郎の言葉に恭也は恭しく頭を下げ、その任を引き受ける。
次に顔を上げた恭也へと、士郎は二振りの小太刀を差し出す。

「これは?」

「それは、御神家の影となった者が持つ小太刀、八景だ。
 その八景と、今まで私がお前に教えてきた技を持って、美由希様をしっかりとお守りしろ」

「はい」

「さっきも言ったが、本人には秘密ゆえ、今までと同じように接するんだぞ」

「分かりました」

恭也はもう一度頭を下げると、士郎より受け取りし八景を手にし、書斎を後にする。
こうして、恭也の影としての任務が始まる事となる…。



「あれが、御神の姫か」

突如現われる怪しい影。

「恭ちゃん、何かいつもと様子がおかしくない?」

恭也に密かに守られる御神の姫君、御神美由希

「そうか? よく分からないけど」

特に目立つような事もなく、ごくごく平凡な学生にして、美由希の幼馴染、高町恭也

「美由希様の盾となりてその身をお守りし、剣となりて敵を切り払う、美由希様の影、不破恭也。
 いざ、参る!」

不破の任務により、御神の姫君を守りし影、不破恭也

美由希を中心として、様々なドタバタ学園生活が始まる中、知らず襲いくる刺客たち。
平凡な学生高町恭也という顔と、御神の姫を守る影不破恭也としての顔を持つ、恭也の二重生活が今、幕を開ける。

御神の影

ずっと守ってくれますか…



   §§



穏やかな気候を誇る海へと突き出た半島の街、海鳴。
この街に存在する私立風芽丘学園には、教職員よりも権限を持つ一つの組織があった。
その名を──私立風芽丘学園極大権限保有最上級生徒会…。
略して、極上生徒会。



「その為に極上生徒会を作ったんですもの。勿論、恭也も協力してくれるのでしょう」

極上生徒会会長 神宮司 奏



「諦めろ、二人共。奏が言い出したら聞かないのは分かっているだろう」

極上生徒会会長補佐 高町 恭也



「そう言われると思い、既にこちらで手は打っております」

極上生徒会副会長 隠密部統括 銀河 久遠



「それが会長の願いならば、叶えてみせるのが極上生徒会だ。行け!」

極上生徒会副会長 遊撃部統括 金城 奈々穂



「ああ〜、また無断で予算を〜〜!!」

極上生徒会会計 市川 まゆら



「んふっふっふっふ〜。実は、こんな事もあろうかと、作っていたものが〜」

極上生徒会発明部統括 月村 忍



「あらあら〜。何だか楽しくなりそうね♪」

極上生徒会隠密部 桂 聖奈



「表立って行動する隠密……。って、ただの雑用と変わらないよ〜」

極上生徒会隠密兼遊撃部 高町 美由希



様々な人物により構成される極上生徒会。
その極上生徒会に、新たな人物が加わる事となる……。



「わぁ〜、ここが海鳴か〜。ねえ、プッチャン、海だよ、海」

「りの、海は分かったが、さっさと新しい住まいに行かないとまずいんじゃないのか?」

「うん、そうだね」

「って、りの、そっちじゃねー」

転入生 蘭堂りの
謎の人形 プッチャン

果たして、この先、彼女を待ち受けるものとは…。

海鳴極上生徒会



   §§



「ごきげんよう」

「ごきげんよう」

さわやかな朝の挨拶が、澄みきった青空にこだまする。
マリア様のお庭に集う乙女たちが、今日も天使のような無垢な笑顔で、背の高い門をくぐり抜けていく。
汚れを知らない心身を包むのは、深い色の制服。
スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻らせないように、ゆっくりと歩くのがここでのたしなみ。
もちろん、遅刻ギリギリで走り去るなどといった、はしたない生徒など存在していようはずもない。
私立リリアン女学園。
明治三十四年創立のこの学園は、元は華族の令嬢のためにつくられたという、伝統あるカトリック系お嬢さま学校である。
幼稚舎から大学までの一貫教育を受けられる乙女の園。
時代は移り変わり、元号が明治から三回も改まった平成の今日でさえ、
十八年通い続ければ温室育ちの純粋培養お嬢さまが箱入りで出荷される、という仕組みが未だに残っている貴重な学園である。
ただし、それも少し前の事。元号が明治から三回改まった平成へと入り、生徒数が減ってくるという問題が浮き上がった。
そして、遂にリリアン女学園は共学という道を取る事となる。
女学園時代からの伝統はそのままに、今では校内で男性の姿を見るのもそんなには珍しくはない。
ただ、やはり全体数に比べると、男性の比率が低い上に、女子のみで編成されるクラスも存在していた。
それでも、大きな問題もなく、今現在もリリアン学園は存在していた。
今では、十八年通えば、温室育ちのお坊ちゃままで出荷されるといった感じになってはいたが。



4月。
長かった冬も終わり、春の息吹が存分に感じられるようになり、気温もかなり温かくなりつつある頃。
今日はリリアン学園の入学式の日。
今年も新入生を歓迎するように、銀杏並木に混じり、桜の木がその花を美しく咲かせていた。
果たして、今年の一年生はどんな子たちがいるのやら…。



銀杏並木を歩き、マリア像の前で手を合わせる生徒たち。
そんな生徒たちの後ろ姿を眺めながら、おかっぱ頭の新入生、二条乃梨子はそっと溜息を吐き出す。

「共学化に伴い、少しは解放的になったって聞いていたけれど、やっぱりお嬢様、お坊ちゃんの通う学校だわ。
 皆、何て礼儀正しいのかしら」

何処か皮肉気に一人ごちると、乃梨子も周りに倣うように、しかし、かなりぞんざいに手を合わせる。
すぐさま目を開けると、入学式が行われる体育館へと足早に向うのだった。



日頃から訪れる者が殆どいない稲神山の渓流。
その渓流をさらに登った上流付近に、一人の若者の姿が見える。
切れ長の目に端整な顔立ちをした青年は、川原に火を熾し、そこに傍の川で釣ったであろう魚を串刺しにして焼いている。
火の上では飯盒がぐつぐつという音を立て、もうじき炊き上がる事を教える。
青年はそれを見ながら、傍らに置いてあった包みを解き、中から梅干や漬物を取り出す。
粗方、朝食の準備が済んだ頃、近くに張られていたテントから一人の少女が姿を現す。

「美由希、もうすぐ出来るぞ」

「恭ちゃん、ありがとう。はぁ〜、それにしても疲れたよ」

長い髪を首の後ろでまとめ、三つ編みにしている女性、美由希はそう言いながら腰を降ろす。
それに僅かな苦笑を浮かべつつ、恭也は飯盒を火から降ろす。

「確かに少し詰め込み過ぎたかもしれんな。
 まあ、これを食べたら少し休んで、昼前には下山だ。
 今日一日、ゆっくりと休め」

「うん。……ねぇ、恭ちゃん、私強くなってるのかな?」

恭也は軽く流そうとして、いつに無く真剣な美由希の表情に自身も顔付きを真剣なものに変える。

「まだ、自分では実感できないかもしれないが、間違いなく強くなっているよ、お前は。
 その、何だ、よくやっていると思う」

「……うん、ありがとう」

最後の方は照れたように早口になって告げる恭也に、美由希は嬉しそうな笑みを零して答える。

「あ、恭ちゃん、魚、もう良いんじゃない?」

「ん? ああ、そうだな。それじゃあ、食べるとするか」

「うん。頂きます」

「ああ」

美由希はそう言うと、魚を手に取り、恭也は飯盒からご飯を装い美由希へと渡すと、自分の分も用意する。
いざ食べようという時になり、突然、自然以外の音が聞こえてこない静かなこの場所に、電子音が響く。

「これは、私の携帯だ」

美由希は立ち上がると、木の枝にぶら下げていた携帯電話を手に取り、通話ボタンを押す。

「はい、もしもし。かーさん、どうしたの?」

「どうしたのじゃないわよ! 折角、やっと繋がったと思ったのに、そんな言葉を聞くなんて」

「やっと繋がったって?」

「恭也よ。恭也の電話に何度も掛けたのに、全然、繋がらないんだもの。
 それで、美由希の携帯に掛ければ良いって事に気付いたのよ」

その声が洩れ聞こえていたのか、美由希が恭也の方へと顔を向けると、
恭也は同じように枝へとぶら下げていた自分の携帯を手に取り、そのディスプレイを覗き込む。

「…バッテリーが切れているな」

「あははは、それじゃあ繋がらないね」

「ああ、全くだ」

二人して顔を見合わせるが、電話の向こうではかなり慌てているのか、二人の母親である桃子が捲くし立てる。

「もう、何を呑気に笑ってるのよ!
 二人共、昨日のうちに帰ってくるって言ってたのに、帰ってこないから、すごく心配したのよ!
 あんたたちの事だから、大丈夫だとは思ったから、警察には届けてないけれど、
 もし、今日、連絡が取れなかったら、警察に行こうとしてたんだからね」

「け、警察って、大げさだよ、かーさん。それに、昨日に帰るって何?」

「何って、まさか、あんたたち、今日が何日か分かってないの!?」

美由希と一緒に電話を聞いていた恭也は、何を言っているんだとばかりに返す。

「何日って、今日は4月6日だろう。俺たちは今日、帰るから心配しないで」

「……はぁ〜。あのね、二人共、落ち着いてよく聞いてね」

「ああ」

「うん、何?」

「実は、今日は6日じゃなくて、7日なのよ」

「…かーさん、エイプリルフールはとっくに過ぎたぞ」

「そうだよ。幾ら、何でも遅すぎるよ」

「…………良いから、何か日付を確認できるものはないの!」

桃子の言葉に、恭也はさっきまで椅子代わりにしていた大き目の石の脇に置いた時計を取り上げ、日付を表示させる。

「……ふむ」

「どうしたの、恭ちゃん」

「……美由希。非常に言い辛いんだがな」

「うん、何?」

「今日は7日らしい」

「へぇー、そうなんだ」

「どう、私の言った事が分かったわね」

美由希はそうだったんだと納得し、恭也の言葉が聞こえていたのか、電話の向こうから桃子が自慢げに言い放つ。
それから三人の間に、奇妙な間が開く。
その中から、真っ先に動き出したのは美由希だった。

「え、ええぇー! 7日!? って、今日が入学式!?」

「そのようだな」

「って、恭ちゃん、何でそんなに落ち着いてるのよ!」

「そうは言ってもな。慌てた所で、昨日には戻れないしな」

「それはそうだけど…」

「ふふ〜ん、桃子さんは嘘なんか言ってなかったでしょう。
 だから、電話してあげたのよ」

「って、かーさんも落ち着いてないでよ〜。
 えっと、今から下山して…。あ、さっき着替えた服、後で片付けようと思って、出したまんまだ!
 あ、それにご飯もまだだし。えっと、ここから下山して、電車で…」

「美由希、お前は少し慌て過ぎだと思う。もう少し落ち着いて」

「う、うぅぅ、分かってるんだけれど…」

「あははは〜。って、笑ってる場合じゃないわね。
 とりあえず、フィアッセが駅まで迎えに行ってくれるから、出来る限り急いで帰宅してね」

「うん、分かった」

美由希は変事を返すと電話を切り、急いでご飯を食べ始める。
恭也もそれに合わせて食べ終えると、火の後始末をする。
二人は忙しなく動き回り、すぐさま下山準備を終える。

「さて、本当ならゆっくりと戻るはずだったが、詮無き事情により、急遽、駅までランニングだな」

「うん。まあ、これも鍛練だと思って」

「鍛練にしては、かなり切羽詰った感じだけどな」

「言わないで〜! って言うか、だから、どうして、そんなに落ち着いているのよ〜!」

美由希の叫び声が山々へと響き、遠く山彦が返る中、二人は全力疾走するのだった。



リリアン学園。
明治三十四年に創立されたこの学園は、元は華族の令嬢のためにつくられたという、伝統あるカトリック系お嬢さま学校である。
時代は移り変わり、元号が明治から三回も改まった平成になり、共学化したとはいえ、その伝統は受け継がれ、
十八年通い続ければ温室育ちの純粋培養お嬢さまやお坊ちゃまが箱入りで出荷されるはず…。
汚れを知らない心身を包むのは、深い色の制服に、男子はブレザー。
スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーやネクタイは翻らせないように、ゆっくりと歩くのがここでのたしなみ。
もちろん、遅刻ギリギリで走り去るなどといった、はしたない生徒など存在していようはずもないのである。
そう、存在しないはずなのである。

「わー、絶対に式、始まってるよ〜」

「まあ、この時間ならそうだろうな」

「って、恭ちゃんはだから、何でそんなに落ち着いてるの〜」

「…まあ、俺は式はないからな。普通の遅刻だ」

「ひ〜ん」

二人は銀杏並木を全力で走り抜ける。
もし、陸上部関係の人がいたら、思わずスカウトしそうな速さで、生活指導の教師が見たら、その乱れまくってプリーツに、
風を受けてバサバサと翻るセーラーカラーやネクタイを見て呼び止めるぐらいの速さで。
銀杏並木を抜け、マリア像の前を全力で素通りし、恭也は校舎へ、美由希は体育館へと向うのだった。



〜Sweet Prayer Forever〜



   §§



「お前さんがマスターか?」

全身を青い衣装で包み込んだ男が、ニヤリとした笑みを目の前の青年へと向ける。
問い掛けられた青年は、男の言っている事がよく分かっていないのか、その顔に珍しく疑問を浮かべ、
事の起こりを思い出すように目を閉じる。

「…美由希が風邪で、一人で深夜の鍛練に来た。うん、ここまでは間違いないな。
 で、鍛練を終えて帰ろうと思ったら、神社の方から何か気配を感じたので行ってみたら、そこには誰もおらず、
 ただ地面に変な模様が描かれていて、それを覗き込んだ途端、光り出して、気が付いたら、この男が居た」

自分の記憶に間違いがない事を確認し、もう一度目の前の男を見る。
現代ではあまり見慣れない格好をしている男と、足元のもう光は放っていないが、魔法陣とを見比べ、
そっと嘆息すると、また非常識な事に巻き込まれたかと小さく項垂れる。
そんな青年、恭也の態度に痺れを切らしたのか、男は続けて話し始める。

「ったく、さっさと答えろよな。人を呼び出しておいて、黙り込みやがって。
 まさか、セイバーが良かったとか言うつもりじゃないだろうな。
 言っておくがな、クラスってのはまあ、確かに多少の能力に差はあるが、それが全てじゃないんだぜ。
 大体、この俺を引き当てたって事を、もっと喜べ。ランサーは、その俊敏さに置いては…」

「とりあえず、ちょっと良いか?」

「あん? 何だ?」

放って置くといつまでも続きそうな男の言葉を遮り、恭也は問い掛ける。

「さっきから、何の話をしているんだ?」

「何のって、聖杯戦争の話だろうが」

「聖杯戦争……?」

「おいおい、そんな事も知らないで、サーヴァントを呼び出したのか?」

呆れたように呟く男に、恭也は自分が呼び出したのではないと答える。

「はぁ? そうは言うが、俺とお前は既に魔力のラインで繋がっているぞ。
 それに、その左手の甲にあるのは令呪だしよ。って、本当に何も知らないのか?」

恭也が頷いたのを見て、男は額に手を当てて天を仰ぐ。

「かぁ〜、ババ引いたのは俺かよ! 良いか、今から聖杯戦争ってのについて説明してやる。
 どうやら、お前がマスターらしいからな」

「なんかよく分からんが、頼む」

「と、その前に俺の真名は クー・フーリン。ただし、こっちの名は他の奴らには伏せておけ。
 その辺は後で説明してやるが、とりあえず、呼ぶときはランサーで良い」

「そうか。しかし、クー・フーリンとは、ケルト神話の英雄と同じ名前か」

「ほう、知っているのか」

「ああ。妹が前に読んでいた本で、少しだけな。
 確か、クーリン邸の番犬を一人で倒した事から、そう呼ばれるようになり、
 後に、影の国でゲイ・ボルグという魔槍を授かったとか何とかだったよな」

「そうか、そうか。その通りだ、そのクー・フーリンだ」

「ほう、その英雄から名前を取ったのか」

「いや、そうじゃなくて、本人だって」

「……」

「だぁー、今からその辺を説明してやるから、大人しく聞け!」

疑わしそうな目で見る恭也にそう怒鳴ると、ランサーは聖杯戦争に付いて語り出すのだった。



「言峰ー! 今回の聖杯戦争に一切、関わらないってのはどういう事よ!
 一応、教会の人間でしょうが」

「何をそんなに怒っている? そんなに私の事が気になるのかね?」

「だ〜〜れが、アンタの事なんか! 私が気にしているのは、今回は今までと違うからっていう所よ!
 どう違うのよ!」

「ふむ、そういう事か。なら、説明しよう。本当は、誰がマスターかを教えるのは良くないのだが、今回はな。
 まず、今時点で分かっているマスターは、アインツベルン家の所だけだ。で、だ、ここまではまあ良い。
 ただ問題なのは、アインツベルンはどうも、今回の聖杯戦争よりもかなり前にサーヴァントを召喚していたようでな。
 まあ、それが原因かどうかは分からんが、今回、聖杯が何処に出現するのかが分からなくなった。
 日本の何処かという事は分かったが、北は北海道から、南は沖縄まで。
 正に、日本全国の何処かだ。それに伴って、サーヴァントが日本各地で召喚されている。
 故に、我らは今回は何もしない事にした。勿論、魔術などを世間一般に大っぴらに出来ないから、後始末の方はやるがな。
 だが、それだけだ。後は知らん」

「知らんって……。ま、まあ、良いわ。とりあえず、聖杯戦争は行われるのね。
 なら、私もこうしてられないわ」

少女、凛はやって来た時と同じように、慌しく教会を後にするのだった。



「……という訳でござる」

「は、はぁ。つまり、俺がそのマスターと」

「左様。故に、お主の傍から離れる訳にはいかぬ」

「……とりあえず、家主さんに了承を取ってくる。
 まあ、一秒以内に了承されるだろうけど……」



  日本の各地で──



「わっわっわ。往人さん〜」

「……観鈴、これがお前の言っていた庭の主か」

「にははは。そうなのかな?」

「俺には、凄い美女に見えるんだが」

「わ、私もそう見えるかな?」

「貴方たちが私のマスターですか? 私はライダー。
 必ずや、貴方たちに勝利をもたらしましょう」

「……何語だ?」

「ん〜っと、多分、日本語だと思うよ」

「なら、お前は理解したんだな」

「が、がお」

往人のデコピンが観鈴の額に決まる。

「い、痛い……」

「それを言うからだ」

「うぅぅ。赤くなってないかな?」

「なってるな。でも、照れているみたいで可愛いぞ」

「に、にははは。そ、そう? 可愛い?」

「いや、そこは頬っぺたじゃないと突っ込んでくれ」

「が、がお」

「しつこい!」

そう言って観鈴の頭を叩く往人を、観鈴は涙目で見上げる。
そんな傍から見たらじゃれ合っているように見えなくもない二人の様子に、
ライダーはどう声を掛けていいのか分からずに戸惑いつつも、その口元には柔らかな笑みを浮かべていた。



  魔術師とかに関係なく──



「ふふ、私のマスターは貴女ね……。って、何処に居るのよ!」

顔をすっぽりと覆うようにフードを被り、マントに身を包む女性は辺りを見渡すが、そこには誰の姿も見えない。

「私はキャスターのサーヴァントよ。呼び出したのは誰?」

更なる問い掛けにも、答える声はない。

「ちょっと、どういう事よー!」

キャスターの叫び声だけが、誰も居ない空間へと響き渡るのだった。



  サーヴァントが召喚されていく──



「それじゃあ、日本へ行こうか、バーサーカー。
 くすくす、今回の聖杯戦争は、何か面白い事になっているみたいだね」

「……」

無邪気に微笑み掛けてくる少女に対し、呼びかけられた巨漢はただ無言のまま付き従う。



  イレギュラーが続く今回の聖杯戦争──



「お前が我がマスターか?」

長躯を赤い衣で纏った男が、目の前に立つ黒フードの女性へと何処か偉そうに問い掛ける。

「はえ? マスター?」

「そんな事も知らず、呼び出したのか、君は?」

呆れたように呟くと、男は自らをアーチャーと名乗り、黒フードの女性、琥珀へと聖杯戦争についての説明を始める。

「うふふふ。そうですか、どんな願い事も……。
 これはもう、秋葉さまを…。いえいえ、それよりも愛しい翡翠ちゃんを……」

考え込む琥珀の後ろから、ゆっくりと近づく一人の女性が居た。

「琥珀〜、私をどうするって?」

「あ、ああああ、秋葉さま! べ、べべべ別に私は何も」

どもる琥珀を胡散臭そうに見下ろすと、秋葉はその隣りに立つアーチャーへと視線を転じる。

「で、貴方は誰ですか? 我が屋敷にどんな御用で?」

そう尋ねつつも、殺気に近い重圧を掛ける秋葉。
琥珀がまたよからぬ事を企て、その計画にこの男が関係しいるのかもしれないという心情からだった。
その視線を受けたアーチャーは平然と構えたまま、だが、琥珀はその頬に一滴の冷や汗が流れたのを見逃さなかったが、
徐にその口を開く。

「どうやら、貴方が私のマスターのようですね」

先程とは全く違う口調でそう話し出すアーチャーに、琥珀が慌てたように口を挟む。

「どうしてですか! 私が貴方のマスターではないんですか!?」

「しかし、君にはマスターたる令呪が見当たらない」

「秋葉さまにも見当たらないですよ!」

「ふむ。どうやら、不完全な召喚だったようだな。
 マスターがまだ未定なのか。どうりで、魔力が供給されない訳だ」

一人納得するアーチャーに、秋葉が事情の説明を求める視線を投げる。
アーチャーは琥珀にしたのよりも丁寧な態度で秋葉へと同じような説明をする。

「成る程。そういう事ね。アーチャー、貴方のマスターはこの私です。
 宜しいですね」

「了解した」

秋葉の放った言葉と共に、アーチャーは秋葉の前に跪くのだった。
アーチャー、目の良い彼は、人を見分ける眼力も良いらしい。
瞬時に力関係を把握し、より強い方の軍門へと下るのだった。



  果たして、勝者は?



「ああー! 何でサーヴァントが召喚されないのよ!
 言峰ー! 何!? 既に七体召喚された後!?
 それを先に言えー!」



  それよりも、何よりも、無事に終わるのか!?



「問おう、あなたが私のマスターか」

  Fate/mix



   §§



世界には、一般に伝わる歴史とは違い、殆どの者がその存在すら知らない裏の歴史が存在していた。
その裏の歴史の一つに、北欧より来たりし八の神々と、宿星という運命に集いし志士たちによる魔人と神々の戦いがあった……。
しかし、それを知る者は殆どおらず、僅かに知る者でさえも時の流れと共に、その記憶は薄れていった。
そして、時は流れて…………。



「北欧の神々の復活だけは、決して阻止しなければならぬ」

「……それで?」

「ああ。そこで、新たな組織をここに立ち上げる。その名は、龍鬼衆。
 この組織の長は、小角 天海(こづぬ あまみ)、お前にやってもらいたい」

「…了解した。人員はこっちで決めさせてもらうぞ」

「構わん。ただし、何としても奴らの復活だけは阻止するんじゃぞ」

秘密裏に新たに作られた組織、龍鬼衆。

「九桐、目ぼしい奴の探索はどうなっている?」

「既に数人ほど。リストはこちらで」

「……ほう、この蓬莱寺という奴は、かなりの腕みたいだな」

「さすがですね」

龍鬼衆は、目的を達する為に、着実にその人員を増やしつつ、その力を付けていく。
そんな裏の動きなど、人々は知る由無く、ただ日々をいつものように過ごしていた。



「最近、検査に行ってないでしょう、恭ちゃん。駄目だよ、ちゃんと行かなきゃ」

「前回は、たまたま忘れただけだ。最近はちゃんと行ってるぞ」

「本当に?」

「ああ。現に、今もこうして行こうとしているだろうが」

「あ、今から行く所だったんだ」

美由希の言葉へと頷き、恭也は病院へと足を運ぶのだった。

そして、そこで、新たな出会いをする。

「初めまして、高町さん。お話はよくフィリス先生から聞いてますよ」

フィリスに色々と教わりながら、将来看護士を目指す同級生、美里 葵(みさと あおい)

「初めまして、美里さん」

この出会いが、後に恭也を一つの運命へと誘うなど、この時はまだ知らない。



海鳴魔人外法帖




   §§



「待っていろよ、ミュウ…」

そう呟いて闇夜に紛れるように走り出す一人の少年。
少年は誰にも気付かれないようにダンジョンへと潜って行く。
どれえぐらい進んだか、前方に立つ一つの影を見つけて動きを止める。
少年は目の前に立つ人物がこんな所に居るとは思っていなかったのか、呆然とその名を口にする。

「恭也…。どうしてここに?」

「多分、お前なら一人で行くと思ったからな」

「だったら、そこを退いてくれ。早くしないとミュウが!
 どうしても邪魔をするというのなら」

そう言って腰の剣に手を置く少年を恭也は静かな声で制する。

「慌てるな。誰も止めようなんてしていないだろう。
 第一、本当に止めるつもりなら、こんな所で待っていないで先生にでも言うだろう。
 少しは信用しろ、カイト」

恭也の言葉にカイトと呼ばれた少年は剣から手を離す。

「悪い」

「気にするな。それよりも急ぐんだろう。
 話は進みながらだ」

「進みながらって、お前も来る気か!?」

「当たり前だろう。
 カイトやミュウには、いきなりこの世界に来て迷っていた所を助けてもらった恩があるんだから。
 それに、友達が困っているのなら助けるのはそんなに変な事か?」

「でも、相手は魔王…」

「それなら尚のこと、そこへ辿り着くまでの露払いが必要だろう。
 それに、個人的にそこにいるであろう甲斐那さんと刹那さんにも用があるからな。
 付いて来るなと言っても無駄だ」

恭也の言葉にカイトは小さく礼を言う。
それに首を振りながら気にするなと返すと、二人は迷宮の奥へと進んで行くのだった。



幾多のモンスターを斬り伏せ、二人は奥へ奥へと進んで行く。
ここ暫くはモンスターの姿もすっかり見えなくなり、代わりと言っては何だが、禍々しい空気が辺りに漂い始める。
そんな中、この静寂を破るようにカイトが恭也へと話し掛ける。

「実習でもこんなに長いこと潜ってなかったから、時間の感覚がおかしくなってくるな」

「確かにな。だけど、時間がないのは間違いないぞ」

「ああ、分かっている」

カイトは手に力を込めつつ頷き返す。
必要以上に肩に力が入っているのを感じた恭也は、話を変えるように話題を振る。

「卒業したら、カイトたちは新大陸か?」

「うーん、多分な。恭也も行くんだろう」

「ああ。向こうの大陸には元の世界へ帰るための手掛かりがあるかもしれないからな。
 まあ、その前に卒業試験をうけないといけないんだが…」

「って、まだ受けてなかったのか!?」

「ああ。今週に必要な単位を取り終わったから、今日に受けるつもりだったんだ。
 だが、こんな事になってしまったからな」

「…おいおい。今日って最終日だぞ。俺が言うのもなんだけれど、ぎりぎりだな」

「まあな。だから、別の日に再試験をしてもらわないと困る」

真剣に困った顔をする恭也にカイトは声を上げて笑うのだった。
そこから更に数階層進み、今二人の前には二人の兄妹が立ちはだかっていた。
恭也やカイトの言葉に式堂兄妹は悲しげに顔を伏せるが、それを振り切るように魔王を復活させるのだった…。



何とか魔王を倒した恭也とカイトは無事にミュウを助け出す事に成功する。
しかし、三人はこの場所に閉じ込められてしまう。

「カイト、俺は少しこの辺りを見てくるから、お前はミュウの傍に」

「ああ、分かった」

「ありがとう、恭也くん」

「いや、気にするな」

恭也は二人を残し、周囲の探索へと向かう。
一時間ほどして恭也が戻ってくると、二人は寄り添うようにして眠っていた。
そんな二人を優しく見ながら、恭也は少し離れた場所に腰を下ろし、二人が目覚めるのを待つ。
それから数時間して二人が目を覚ますと、外へと通じる階段も通路もない事を説明する。
とりあえず、外へと通じているだろうと思われる扉のある部屋へと移動した一行は、
これからどうするかを相談する。
しかし、この状況に不安になったのか、ミュウが取り乱す。
疲れているであろう恭也に休むようにカイトは言うと、自分はミュウを宥めようと声を掛け続ける。
ミュウを慰めるのをカイトに任せると、恭也はゆっくりと横になる。
次に恭也が目を覚ました時には、ミュウも落ち着きを取り戻しており、外からの救助を待つことにする。
どのぐらいの時間が経過したか、恐らくは2、3日経ったと思われる頃、不意に外が騒がしくなる。

「高町! 相羽! ミュウ! 居るか!」

「この声は…」

微かに聞こえてきた聞き覚えのある声にミュウが嬉しそうな声を出す。

「さやちゃん!」

「竜胆! ここだ!」

ミュウに続きカイトが外へと声を掛ける。
それに気付いたのか、複数の足音がこちらへと向かって来る。

「先生! この向こうにいるみたいです」

竜胆の言葉に更に数人の足音が聞こえ、離れているように指示が来る。
それを受けて扉から三人が離れると、扉が勢いよく吹き飛ぶ。
その向こうには幾人もの兵士たちの姿や先生たちの姿があった。
そして…。

「良かった、三人共無事だったんだな」

「その声…。まさか、沙耶か」

驚いて声の出せない二人に代わり、恭也が目の前の女性へと声を掛ける。
三人の姿を見て嬉しそうな顔を見せていた竜胆は、しかし一転驚愕の表情を浮かべる。

「お前たちこそ、高町たちだよな…」

お互いに困惑する訳は、同い年のはずの四人の容姿がそうは見えないからだった。
竜胆の後ろから、長い金髪の女性が姿を見せる。

「多分、中と外とで時間の流れが違ったんだわ。
 恐らく、この中では2、3日しか時は流れていなかったのよ」

淀みなくそう語る女性の顔に何処となく見覚えのあった恭也たちは顔を見合わせると、
恐る恐るといった感じでカイトが代表するように尋ねる。

「お前、まさかコレットか?」

「当たり前でしょう! こんな美女が他にいるとでも思っているの!?」

その物言いに、カイトは間違いなくコレットだと確信するが、そうなると成長しているのが気になる。
さっきコレットが言っていた時間の流れというやつが気になり、尋ねようとした矢先、新たな人物が姿を見せる。

「こっちの外の世界では、あれから十年が経っているんですよ。
 ようやく、ようやく助け出す事ができました」

万感の思いでそう告げるベネットの言葉に、恭也たちはただ言葉を無くすのだった。



救出されたカイトたちは、任意で集まった生徒たちに祝福されて十年越しに卒業式を迎える。
これからカイトとミュウは新大陸に渡ると言っていたが、恭也はというと……。

「非常に言い辛いのですが、高町くんはその、卒業試験を受けていないので……」

「留年ですか…」

ベネットの言葉に仕方がないと溜め息を吐く恭也の横で、セレスが非常に言い難そうに言葉を告げる。

「えっと、更に言い難いんですが、十年も経っているので、その学園に籍が…」

「それじゃあ、俺はどうなるんですか?」

成長して見た目も目上になってしまったセリスに思わず敬語が出る。
それを聞きセレスは悲しそうな顔を見せる。

「カイトさんも恭也さんも、どうして敬語になるんですか?」

「そうは言われましても…。なあ、カイト」

「ああ」

「今まで通りでお願いします」

「…分かった」

「俺も了解だ。って、それよりも恭也はどうなるんだ!?」

逸れかけた話をカイトが慌てて戻すと、セリスも思い出したのか、ああ、と呟いてから続ける。

「それでですね、恭也さんには光綾へと来てもらって、そこでもう一年勉強をしてもらおうと思ってるんですよ。
 どうします?」

「まあ、冒険者になるためには、それしかないしな。
 でも、そう簡単に行くのか?」

「それはもう。ねえ、学園長」

そう言ってセリスはベネットの方へと振り返る。

「ええ。その辺りは大丈夫です。我が光綾の方で貴方を受け入れる準備は出来ていますから」

「学園長って、ベネット先生が?」

「はい。因みに、私は光綾の教師なんですよ」

「そ、そうか…」

「それで、どうしますか、高町くん。
 このまま光綾に転入しますか?」

「…宜しくお願いします」

こうして、高町恭也の冒険科三年生としてのもう一年が幕を開けるのだった…。

ぱすてるハート プロローグ「始まりの終わり」



   §§



新たなに三年生としての学園生活を送ることとなった恭也は、光綾学園が存在するラスタル王国へとやって来る。
そこで、薙原ユウキという少年と出会うのだった。



「あの指輪はユウキに貰った指輪はあれ一つだけなんだから!
 同じものなんてないのよ!」

リナの叫びにユウキが何かを言い返し、二人は別々に歩き始める。
その様子を偶々目撃した二人の人物が居た。

「あの二人は何をやってるんだか」

「薙原さんも剥きになっているだけで、冷静になればすぐに後悔されると思いますけれど…」

「だろうな。多分、あいつの事だから、すぐに戻ってきて探し始めるんじゃないか」

その人物の片方、高町恭也はそう呟くと、連れの女性、斎香へと向き直る。

「すまないけれど…」

「いえ、分かってますよ。私もお手伝いさせてください」

「でも…」

「お願いします」

「はぁ、分かった」

二人はそれだけを話すと、連れ立って歩き出す。
それから少しして、ユウキは再び戻ってくると、何やら探し始める。
中々見つからない中、それでも辛抱強く捜すユウキを二対の視線が物陰から見詰める。

「やっぱり、戻ってきたか」

「ふふふ。薙原さんらしいですよ」

「さて、後はこいつを…」

ユウキがこの後探すであろう場所へとソレをそっと置くと、二人はこの場を立ち去る。

「とりあえず、街にでも出るか」

「そうですね。このままここに居ては、薙原さんたちと鉢合わせ、なんて事にもなりかねませんしね」

そう言って二人は街へと出ると、その辺をぶらぶらとふらつく。
どれぐらいの時間が経ったか、ふと二人の視界に見慣れた二人の姿が映る。

「恭也さん、あれは薙原さんと…」

「ああ、竜胆さんだな」

二人が見ている先で、ユウキとリナはこちらに気付かずそっと抱き合う。
と、リナがおもむろにユウキへと顔を近づけ…。

「街中だというのに、大胆な奴らだな」

「ええ、本当に…。でも、少しだけ羨ましいです…」

「ん? 何か言ったか?」

「い、いいえ、別に何も」

「そうか。それじゃあ、見つかる前にさっさ帰るか」

「はい」

歩き出した恭也の横に並ぶと、斎香はチラチラとその手元を見る。
それに気付いた恭也がそっと手を差し出すと、斎香は小さく微笑んでその手をそっと握るのだった。

ぱすてるハート 第??話




   §§



一年前、宇宙人の一団を乗せた宇宙船が海鳴市にある海岸に漂着した。
物語が始まるのはこれより一年後となるのだが、そのきっかけとなったのは、正にこの瞬間だった。
帰る術を持たない彼らは政府との交渉の末、正式な日本の市民権を得る事となり、
『DearS』という通称を与えられた。
そして、ここ海鳴ではディアーズが漂着した地として、日本の言葉や習慣を覚える彼らへと門戸を真っ先に開く。
一般家庭・教育機間へのホームステイ制度の導入である。
そして、それから一年後……。ようやく物語りは動き出す。

風芽丘に通う高町恭也。
その彼の前に、一人のディアーズが現れる。
毛布一枚に包まっただけの少女は、自らの名も持たず、そこに倒れていた。
ほうっておく事も出来ずに家へと連れて帰る恭也だったが、それが全ての始まりとなる事を、
この時の彼が知るはずもなかった。

この少女との出会いにより、恭也の日常が加速的に騒がしくなっていく…。

Dear My Heart First contact「恭也、ディアーズを拾う!?」 



   §§



「野球部に入部!?」

突然言われた内容に、恭也は驚きの声をあげる。
一方、その内容を告げた忍と美由希はうんうんと頷く。
そんな二人を怪訝に眺めつつ、恭也はどうしてそうなったのかまずは聞くことにする。

「実は…。
 弱小野球部を見かねた忍ちゃんが、素晴らしいトレーニングマシーンを開発してあげたんだけれど…」

「いや、みなまで言うな。大方、暴走でもしたんだろう」

「正解♪ 賞品はわ・た・し」

「いらん。で、どうして、美由希まで?」

「あ、あははは。そのトレーニングマシーンを見学しに行ったんだけれど、
 代わりに一日だけマネージャとしてお手伝いする事で許してもらう事になって」

「つまり、忍に巻き込まれたのか」

「…うん。で、とりあえず、体力を付けて貰おうと料理を…」

「もう良い。大体は分かった」

「う、うぅぅ」

「で、二週間後に強豪校との練習試合があって、人数が足りないからって事か」

「うん」

「でも、男子野球部だよな。良いのか?」

「あ、それは大丈夫みたいよ、恭也。
 練習試合という事で、相手チームの許可も貰ったから。でも、問題は…」

言いよどむ忍の言葉を継ぎ、美由希が代わりに言う。

「後、五人足りないの」

「五人って、お前、部員は一人だけか!?」

「あ、あははは〜。たまたま居なかった部長さん以外は、全員病院に…」

その頃、この近くにある大きめの病院には、食中毒患者や骨折で入院する者が多数いたという。
因みに、全員が野球部員だったとか…。

「…………まずは、人数集めからだな」

「出てくれるの、恭ちゃん」

「仕方ないだろう」

恭也は本当に仕方がないといった顔でそう呟くのだった……。



「この馬鹿弟子! 盗塁に神速を使うな!
 って、那美さん、それはゴルフのスイングです。言うまでもないが忍、バッドやボールを改造するな!」

練習試合に向けて特訓をする仮野球部。
しかし、グランドにはあまり頼りになりそうもない内容の激が飛ぶのだった。
果たして、恭也たちは勝利を掴むことが出来るのか!?

風芽丘仮野球部 〜あの白球を追いかけて〜 第一話 「メンバーを揃えよう!」 



   §§



私は今、追われています。
こうして、後ろを振り返れば、すぐそこまで追手が……。
このままでは、捕まるのも時間の問題でしょう。
ああ、誰か……。
誰でも良いから、お願い助けて!



暗い……。
ここは、どこ?
そして、私は?
体が浮いているような感覚の中、私は漂うようにその身を委ねる。
一体、どのぐらいそうしていたのだろう。
そもそも、ここでは時間という感覚があるのだろうか。
それぐらい、曖昧な感覚で私はゆっくりと目を開けようとして…。
突然、強い衝撃を受けた。



「痛〜い。一体、何が起こったの?」

少女は転げ落ちたベッドに上半身を起こし、何とか立ち上がる。
そして、辺りをぐるりと見渡す。

「ここは……。私の部屋……だよね」

少女はいまいち実感のわかない部屋を見渡し、とりあえず外へ出る事にする。

「って、私まだ寝巻き!」

慌てて少女は箪笥から服を取り出すと、それに着替えだす。
少し大きめのブラウスとジーパンを取り出し、着替える。
その後、幾つかの引出しから色々と取り出し、それらも身に着けていく。
その動作は手馴れており、本人も殆ど自覚せずにやっているようだった。
最後に上着を羽織り、眼鏡を掛けると部屋の扉を開ける。

「…………………………………………………はい?」

少女は暫らく固まっていたが、やっとの事で第一声を吐き出す。
少女の目の前には、ジャングルかと思うような生い茂った木、木、木。
それだけならまだしも、少女が部屋から出た瞬間にこれだ。
思わず間抜けな声が出たとしても、それは仕方がないだろう。

「えっと…。ここはどこ?」

少女の呟きをかき消すように、大きな、そして舌足らずな声が上がる。

「あ、ありがとうございます〜!」

そう言うなり、その声の主、まだ幼さを残した少女が部屋を出たばかりの少女に抱き付く。

「え? え?」

「あなたは、ミルの命の恩人です〜。是非、お名前を聞かせて欲しいです」

「えっと、名前……。私の名前は………、み、ゆき…?」

自分の頭の片隅にふと浮んだ単語を口にする。
すると、不思議とそれが自分の名前だと確信が持てる。
自分でももう一度確かめるように、目の前へとその名を告げる。

「私は美由希…。あなたは、ミルちゃんで良いのかな」

「はいです。そうです。ミルはミルと言いますです!」

捲くし立てるように喋るミルを引き離し、美由希はゆっくりと訪ねる。

「所で、私が命の恩人っていうのは、どういう事かな? 私、何もした覚えがないんだけど」

「またまた〜。お姉さまは冗談が上手です! ほら、アレですよ」

そう言ってミルの指差す先には、トカゲの顔に兜を被り、
手には剣を持った変な生き物が、部屋の下敷きになって潰れていた。

「あ、あはははは。さっきの衝撃ってこれだったのかな?」

苦笑を浮かべつつ、そう呟く美由希の前で部屋が徐々に消えていく。

「えっ? えっ? 何で?」

そうこう言っているうちに、部屋は跡形もなく消える。
驚いたままでいる美由希の手を、心配そうな顔をしたミルが握る。
そのミルに笑い返しながら、美由希はミルに尋ねる。

「ミルちゃん、ここは何処?」

「ふみゅぅ?」

ミルは美由希の言わんとしている所がいまいち分かっていないのか、奇妙な声を上げつつ首を可愛く傾げる。
その愛らしい姿を相俟って、保護欲を掻き立てられるような仕草に何故か頬を染め、すぐに首を何度も振る。

「私はノーマル、ノーマル」

「ふみゅう? どうかしましたですか、お姉さま?」

「ううん、何でもない……って、お姉さま?」

「そうです。お姉さまはミルを助けてくれました。
 ミルは、ミルは……」

「お、お姉さまは止めて」

「ふみゅぅぅ〜。駄目ですか?」

今にも泣きそうな目で見詰めてくるミルに対し、美由希は強く言う事ができなかった。
それをどう取ったのか、ミルは嬉しそうに手を上げる。

「それじゃあ、お姉さまはこれからお姉さまです〜」

「もう、何でも良いよ……」



日が落ちた瞬間、美由希の身体が一瞬だけ光ったかと思うと、そこには美由希は居なくなっていた。
そこには美由希よりも背が高く、髪は短い、何処からどう見ても男としか思えない人物が立っていた。

「ふみゅみゅ? お、お姉さま?」

「ん? たしか、ミルだったか」

「は、はい。お兄さんは誰ですか? どうしてミルの事を知っているんです?」

「それは……」

青年はミルの問いに答えようとして、言葉に詰まる。

「信じられないかもしれないが、俺は美由希だ」

「ふみゅ!? お姉さまは実はお兄さまだったんですか」

「いや、そうじゃなくて。俺の名は……恭、そう、恭也だ」

「ふみゅみゅ? お姉さまとは違う名前ですよ」

「うーん。どう言ったら良いのかは分からないが、どうやら俺と美由希は同じ人物らしい。
 昼間にミルと話した内容は覚えている。
 多分、日が沈むと俺になったという事は、太陽が関係しているのかもしれんな。
 だが、どうしてこんな事になっているんだ。
 俺は一体……」

悩む恭也を前にして、ミルも同じように悩み出す。

「お姉さまはお兄さまで、お兄さまはお姉さまで。
 ふみゅ? ふみゅ? ふみゅぅぅぅ!?」

「まあ、混乱するのも仕方ないか。当事者である俺でさえ、混乱気味なんだから」

混乱しているミルを前に恭也はそう呟くが、その声さえも耳に入ってないのか、ミルは思考の渦へと入り込む。

「そうしたら、ミルは、ミルはどうしたら良いんですか〜!
 お兄さまと呼ぶべきか、お姉さまと呼ぶべきか」

「……そんな事で悩んでいたのか」

「はっ! そ、そうです、ミルはとても良いことを思いつきましたです!
 おねえにいさまと呼ぶことにしますです!」

明暗とばかりにこちらを見るミルの目に、恭也もまた強くいう事が出来ず、それで落ち着くこととなるのだった。



『MIYUKYOU☆爆裂時空』 第一話 「ここは何処? 私は誰?」



   §§



「ここがそうですね」

夏休みに入ったばかりのある日、高町家の前に佇む一人の女性が居た。
美しい容姿のその女性は、この住宅地に置いて、いや、目の前の和風建築物にあって少し浮いて見えるが、
ここにはそれを不審に思うような他の人物もおらず、女性は見咎められる事なく、インターフォンへと指を伸ばす。

間延びのする高い機械音に続き、お邪魔しますという女性の声が聞こえ、高町家の住人は顔を見合す。
今日は特に誰かが来るとも聞いていなかったので、他の者の客かと思って周りを見渡すが、
誰も該当するものがいなく、どうやら急な来客らしいと分かると、恭也は玄関へと向かう。

「はい」

そう応えて玄関前で待っている人物へと扉を開ける。
扉を開け、目の前に立つ人物を前にして、恭也は思わず動きを止める。
ぶしつけにならないように気を付けながら、目の前の人物をじっと眺める。
そんな恭也の視線に気付いているのか、いないのか、その女性は軽く首を傾げると、
スカートをそっと摘んで優雅にお辞儀をする。

「お初にお目に掛かります、ご主人様」

「……えっと、月村の家の方ですか?」

恭也がそう尋ね返したのは、その女性の格好にあった。
濃紺の長袖にふわりと足首まで包み込む、同色のスカート。
その上に真っ白なエプロンを身に付け、頭にはこれまた純白のひらひらとした飾りの付いたカチューシャをしていた。
一言で言うなら、メイドの格好だった。
恭也がそう尋ね返すのも仕方がないだろうが、目の前の人物は首を傾げると、

「月村……? いいえ、違いますけれど。
 私の名はマリエルと申します」

「マリエルさんは、月村の家のメイドではないんですか?」

「マリエルで結構です。いいえ、私はその月村様という方はご存知ありませんけど。
 私は…」

マリエルという女性が何か言おうと口を開きかけた時、運悪く(?)桃子が帰宅してくる。

「ただいま〜。って、お客さ…………ん?」

昼食に戻ってきた桃子は玄関先に客の姿を認めるが、その姿に自信が持てずに尋ね返すような形になる。
桃子が何か言うよりも早く、それを察した恭也が口を開く。

「こちらの方はマリエルさんと仰って、月村とは関係ないみたいだ」

「マリエルで構いませんけれど」

そう言って恭也を見るマリエルを眺め、桃子は二人を交互に眺めると、その横を通り過ぎる。
家へと入る前に恭也の肩に手を置くと、分かっているという顔で告げる。

「まあ、アンタの趣味をとやかく言う気はないから。
 かーさんとしては、彼女を連れて来てくれた事で充分に嬉しいからね」

「何を勘違いしている」

とんでもない事をさらりと告げる桃子に、恭也は半眼で睨む。
「あれ、違うの?」と能天気な事を言う桃子に当てつけるとうに盛大な溜め息を吐いてみせると、
いつまで経っても戻ってこない恭也を可笑しく思った美由希がやって来る。

「恭ちゃん、どうかしたの? 何か騒がしいようだけれど……。
 って、誰? もしかして、忍さんの新しい…」

「違うそうだ」

「じゃあ……。はっ!
 きょ、恭ちゃんにそんな趣……いたっ!」

最後まで言わせる事なく、恭也はコインを指で弾いて美由希へとぶつける。
ぶつけられたおでこを押さえつつ、涙目になって睨みながら何かを口にしようとする妹を一睨みで黙らせ、
恭也は改めてマリエルへと向かい合う。

「それで、うちにはどういったご用件でしょうか」

「勿論、ご主人様をお迎えにです。遅くなってしまいまして、申し訳ございません。
 何せ、あのような事があったものですから、すぐにと言うわけにはいきませんでしたので。
 ようやく準備が整ったと思ったら、今度は行方が分からなくなってしまい。
 でも、ようやく見つけ出せました」

「恭ちゃん、本当に知らないの?」

「ああ」

疑わしげに見てくる美由希と桃子に対し、恭也ははっきりと断言する。
その言葉を聞いても尚、マリエルは笑顔を浮かべたままであった。

「えっと、誰かと勘違いされてませんか、マリエルさん」

「マリエルで構いません、ご主人様」

「そのご主人様ってのは止めてくれ」

「ですけれど、ご主人様はご主人様ですし」

「どうして、俺がご主人様なんだ」

「なんでと言われましても、先代の奥方様より私たちが仕えるべきはご主人様であると、
 そう申し付けられていますから」

「先代の奥方というのは?」

「不破美影さまです」

マリエルの言葉に恭也は驚いて固まるが、急に鋭い眼差しでマリエルを見ると、軽く腰を落す。
その後ろで、美由希も同じように腰を落しながら、桃子を庇うように背中へと隠す。

「その名を何処で…」

低い声で尋ねる恭也に対しても、マリエルは変わることなく笑みを見せたまま告げる。

「私たちは不破、いいえ、不破恭也さまに仕えるメイドですので」

「一体、どういう…」

本気で言っているマリエルに、さっきまでの警戒などが無くなり呆然となる恭也。
そこへマリエルが簡単な説明をする。
簡単に言えば、不破にはたくさんの世話をするメイドがおり、彼女たちは当主に仕えている。
その当主がただ一人の孫である恭也の為に、密かに様々な訓練をさせたメイドを用意していた事。
そのメイドたちが訓練を終えた矢先、御神、不破の両家が全滅した事。
この訓練されたメイドたちは恭也のための財産を預かっており、その後も恭也を探していた事。
そして、ようやく見つけたという事だった。

「…という訳なんです。
 とりあえず、屋敷の方も準備できてますので、そちらへとお移りください」

「いや、そう言われても…。って、私たち、たちって言ったな」

「はい」

「それはつまり、他にも」

「はい。私だけでなく、他のメイドたちもご主人様の事をお待ちしてます」

「だから、そのご主人様は止めてくれ」

「ですけれど…」

「分かった。マリエルと呼ぶから、俺の事は恭也と呼んでくれ。
 ご主人様はなしだ」

「分かりました、恭也さま」

「…いや、まあ、もうそれで良い。所で、他にもって何人ぐらいいるんだ」

疲れた顔をして告げる恭也にマリエルは少し考えてから答える。

「ざっと千人近く…」

「…………」

マリエルの言葉に、恭也は暫し絶句するのだった。



不破メイド隊 第一話 「お迎えに参りました、ご主人様」 



   §§



どこまでも高く、どこまでも広く、そして青いはずの空。
しかし、今、少女が見上げる空には青などなく、ただただ赤く赤く染まっていた。
先ほどから耳を劈く程に煩く聞こえてくるのは、どうやら自身の口から上げられている声らしいと、
喉の痛みから気付く事が出来た。
それでも、少女はひりつく喉を更に震わせて、天も裂けよとばかりに泣き叫ぶ。
その瞳に、紅く揺れる、紅く聳え立つ、天さえも覆い隠すほどに燃え盛る紅い炎を瞳に映して。
全てを呪い、暗い昏い闇を生み出しながら。

目覚めた少女は、ただ一つ、残された言葉だけを何度も繰り返しながら、
気だるさを感じさせる身体を引き摺るように、その場から姿を消すのだった……。

『魔物を狩れ』

ただその言葉のみを胸の内に抱きながら――

月日は流れ、ここ海鳴市は八束神社の裏手に聳える林の中に二つの人影があった。
二本の小太刀を携えた恭也と、漆黒の衣に身を包み込み、その手にトンファーを持つ一人の女性の姿が。
そして、彼らの周囲には人とは思えない姿をした魔物が打ち倒され、肉片や体液を飛び散らしていた。

「そっちは終わったか、恭也」

「ああ、何とかな。ステイト、怪我はないか」

「私の心配よりも、自分の事を心配しろ。
 大体、私がこの程度の魔物に遅れをとると思うとるのか」

「まあ、確かにな。しかし、最近、こいつらの活動が活発になっていないか?
 気のせいなら良いんだが」

「さあな。こいつらの考えている事など分からんからな。
 それよりも、終わったのなら帰るぞ」

「ああ」

恭也はステイトに頷き返すと、先に歩き出したステイトの後を追ってこの場を立ち去るのだった。

時を同じくして、この日の深夜、一つの電車から乗客全員が消え去るという事件が起こる。
テレビに映し出されたその映像を見たステイトは、かつてない程の緊張をその顔に浮かべると、
静かに恭也へと告げる。
『かつてない規模の魔の存在を感じる』と。

果たして、この先に彼らを待つものとは……。

Heart's bell 〜緋昏し永遠の彼方〜



   §§



「月村の親戚?」

「そう。とは言っても、かなり遠縁なんだけれどね」

「その子がどうかしたのか?」

「うーん、どうかしたというか…」

とある日の昼休み、屋上で昼食を取り終えた忍が恭也へと切り出した話は、遠縁の親戚の事だった。
忍は少し困ったように頬を掻くと、

「その子が今度、ここに通うことになったんだけれど、その子って今まで修道院みたいな所で暮らしていたのよ。
 その理由が、極度の男性恐怖症なのよ。本当に凄いわよ。
 近くに男性が居るだけで、カチコチに堅くなるし、触られたら、その時点で失神するし…」

「そんなので大丈夫なのか?」

忍の話を聞き、恭也は自分の事のように不安そうな顔を見せるものの、すぐに納得したように頷く。

「つまり、もうその男性恐怖症は治ったってことか」

「いや、それが全然みたい」

「はぁ? だったら、どうして?」

「私の詳しくは聞いてないんだけれど、美樹彦、あ、この人はその子の兄なんだけれどね、
 彼が言うには、それを治すためにこっちに来るみたいな事を言ってたんだけれどね」

「そうか。で?」

「うん。その子の面倒を見てあげないといけないから、恭也とはこうして逢瀬を重ねる回数が減るって伝えて…」

「変な事を言うな。知らない人が聞いたら、誤解するだろうが」

「ちょっとした可愛い冗談なのに〜」

「そんなのは良いから」

「仕方ないな〜。…でね、何かとその子の面倒をみてあげようと思ってね」

「忍にしては、殊勝な心掛けだな」

「まあね。その子も数少ない仲の良い親戚だしね。
 で、恭也にも少し手伝ってもらうことになるかもしれないから」

「まあ、別にそれは構わないが、その子は男性恐怖症なんだろう?
 だったら、俺は近くに行かない方が良いんじゃ」

「勿論、ある程度以上は近づかないようにしてもらうわよ。
 でも、それだといつまで経っても治らないし、少しずつでも慣れさせたいのよ」

「そういう事か。しかし、俺よりも赤星とかの方が良いんじゃないのか?」

「恭也に頼むのは、もう一つ理由があるのよ。
 恭也は私、ううん私たち一族の事を知っているでしょう」

「ああ、成る程」

忍の言わんとしている所を悟り、恭也は納得する。
忍は夜の一族と総称される人外の血を持つ一族で、その忍の親戚ということは、その子もまた夜の一族という事である。
だから、事情を知る恭也に協力を求めたのだろう。
そう推測して納得する恭也へ、忍は言葉を続ける。

「で、その子は淫魔(サキュバス)なのよ」

「サキュバス?」

「そう。異性の生気を糧とするね。あ、恭也、顔が赤くなってるわよ。
 今、何を考えたのかしら?」

「…何でもない。ん? だが、その子は男性恐怖症なんだよな」

「そうなのよね〜。そこが困った所なのよ。
 サキュバスっていうのは、ちゃんと力のコントロールが出来れば、触れた相手から生気を取ることが出来るの。
 でも、その子はそのコントロールも出来ないず、生気を際限なく吸い取ってしまう上に、
 それの吸収もできないのよ。それに加えて、男に触れる事も出来ないでしょう。
 と、まあ、その辺りは良いとして…。問題なのは、サキュバスの持つ魅力なのよ」

「魅力?」

「そう。無意識なんだけれど、異性、ううん、時には同姓でさえも魅了してしまうのよ。
 ただその姿を見ただけで、くらっと来るって事なんだけれど。
 恭也ならその辺りある程度、大丈夫だと思うのよね。
 だから、彼女の魅了に負けてあの子に触ろうとする輩、
 ううん、下手したら襲い掛かる輩から守ってあげて欲しいのよ」

「成る程な。それで、俺に協力してくれって事なのか」

恭也は大いに納得し、すがるようにお願いしてくる忍へと頷く。

「分かった。俺に出来る範囲でよければ、出来る限りの事はしよう」

「ありがとう、助かるわ〜」

後に、恭也はこの時に漏らした言葉を後悔することになるのだが、それはもう少し後、その子の兄との対面時の話で、
この時点では当然の如く、恭也は勿論、忍さえもあんな事態になるとは思っていなかったのだった……。

ご愁傷さま恭也くん 第一話「騒ぎの始まりは休日の午後から」



   §§



それは、大学へと入学した春の出来事。
一人暮らしを始めた恭也の前に、一人の美女が現れる。
全身を恭也と同じく、黒で統一した服を纏い、その手には鈍い銀色のケースを持って。

「これは、士郎さんからあなたへと預かっていたものよ」

「…ちょっと待ってくれ。どうして、今になって」

「士郎さんに頼まれていたのよ。あなたが今の年齢になるまで預かっておいてくれって」

「……何かいやな予感がするので、これはいりません」

「そうは言われてもね〜。私も預かっていただけだしね」

言って女は恭也の顔を見た後、ややその横、肩よりも少し上の何もない上空を見て、小さく微笑む。
それに気付き、恭也は少しだけ腰を落とす。
そんな恭也に気付いていないのか、女性はそのケースを玄関先に置くと、踵を返す。

「それじゃあ、確かに渡したからね。あ、そうそう。
 私の名前は、朱浬。黒崎朱浬よ」

言って手を振ると、朱浬と名乗った女性は立ち去るのだった。
朱浬が立ち去ってから、恭也へと話し掛ける声があった。

「恭ちゃん、どういう事? 今の人、私のことが見えていたみたいだけれど…」

「分からん。ただの勘違いか、もしくは霊感が強いのか」

「でも、今まで退魔士の人たちでも、那美さんでさえ、私を見えた人は居ないのに」

恭也の背後に浮かぶ一人の少女がそんな事を言う。
薄っすらと身体の透けている少女の名前は美由希と言い、見えるのなら見ての通り、普通の人でない。
約一年程前、実の母親が居る香港へと行くべく、恭也と共に乗った飛行機が墜落。
その事故での生き残りは恭也、ただ一人という大惨事が起こった。
それ以来、美由希は恭也へと憑いたようで、こうして常に傍に居る。
ただし、その姿は親友で退魔士でもある那美にも見えず、彼女の姉にも見ることが出来なかった。
故に、恭也の主張は誰にも受け入れてもらえなかったのだが。
唯一、美沙斗だけは恭也の言葉を信じてくれたが、あの口調からして、
折角会えた娘を亡くした親として未だに信じられないという気持ちもあったのだろうと、
今の恭也は冷静に分析していた。
ともあれ、今まで誰にも見ることの出来なかった美由希を、もしかしたら見えたかもしれない女性。
恭也は士郎からの預かり物という、そのケースをもう一度眺め、嫌な予感を感じていた。



「アスラ・マキーナは何処ですか?」

深夜、行き成り忍び込んで来た緑の瞳を持ち、自称悪魔を名乗る巫女 嵩月奏

「あらら。昨日の今日で、名前のヒントだけでここまで辿り着くなんてね〜。
 流石は、あの士郎さんの息子だわ」

謎めいた言動を繰り返す美女 黒崎朱浬


静かなに新たな生活を始めるはずの恭也の日常は、入学してすぐさま一転する。


「恭ちゃんは私が守るって決めたんだから!」

恭也に憑く浮遊霊 高町美由希

「高町恭也、我々の仲間として歓迎しますよ」

恭也を大学自治会へと誘う会長 佐伯玲士郎


士郎からの預かり物という、あのトランクを受け取ったあの日から…。


『闇より昏き(くらき)絶望より穿し――
 ――其は科学の光に背く牙!』

「こい、闇姫!」

機巧魔神アスラ・マキーナのハンドラーとして、知らぬ間に巻き込まれた青年 高町恭也

一体、これからどうなってしまうのか!?

アスラ・ハート 第一話 「お届け物は騒動の種」



   §§



ヴァレンタインSS 『シャナと悠二のヴァレンタイン』

「あ、あの坂井くん、これ!」

いつものように昼食を食べ終えた面々が屋上で寛いでいた所、その中の一人、
吉田一美が坂井悠二へと一つの包みを差し出す。
あまり考えずにそれを受け取ったのを見て、吉田はほっと胸を撫で下ろす。

「これは?」

思わず聞き返した悠二の言葉に、吉田は顔を真っ赤にして俯く。
そんな悠二へと、池が肘を入れる。

「って。何するんだよ、池」

「あのな、坂井。今日が何の日か忘れているのか?」

文句を言ってくる悠二に、池は小声で問いただす。

「何って、2月の14日だろう。それが…あっ」

ようやく今日がバレンタインだと気付いた悠二は、受け取ったものを見て、照れたように笑うと、礼を述べる。

「ありがとう、吉田さん」

「い、いえ。そ、そんな。あ、それで、皆の分も作ってきたから」

言って吉田は、悠二のよりも小さな包みを、その場にいた池たちへと渡す。
口々に礼を言いながらそれを受け取った田中たちは、自然とシャナへと視線を移す。

「なに?」

「い、いや、何にも」

やや不機嫌そうに問い掛けるシャナに、田中たちは言葉を濁して曖昧な笑みを見せるのだった。



放課後の帰り道。いつものように一緒に帰宅する悠二とシャナ。
昼から何処か不機嫌そうなシャナに、悠二は声を掛けたものかどうかずっと考えていた。

(うーん。今日の訓練のこともあるし、出来るだけ早くに機嫌を直しておいてもらった方が良いしな)

そんな事を考えつつ、いつもの分かれ道へと差し掛かった頃、不意にシャナが立ち止まる。
怪訝そうな顔を見せつつも、悠二もそれに合わせて足を止めて後ろを振り返る。
と、その眼前にやや乱雑にラッピングされた包みが差し出される。

「えっと、これは?」

「あげる」

「はい?」

「だから、あげる。いいから、受け取りなさい!」

言ってやや乱暴に悠二にその包みを渡すと、シャナはこの少女にしては珍しく顔を伏せる。
訝しげにそれを受け取りつつ、悠二はまさかと思って尋ねてみる。

「もしかしてチョコレート」

「そうよ。一美のよりも、絶対に、絶対にぜーったい美味しいんだから」

「開けても良いかな」

「えっ。い、良いわよ!」

悠二の言葉に意外そうな声を上げるが、すぐに許可を出す。
悠二がラッピングを解いていくのをちらちらとシャナは落ち着きなく見る。
やがて、ラッピングが全て解かれ、出て来た箱も開ける。
中から現れたいびつな形にチョコに、悠二は微笑を洩らしながらも、
一生懸命さが伝わって来るそれに、心からの礼を口にする。
シャナは照れつつも、早く食べるように急かす。
急かされて悠二は苦笑しつつも、そのチョコを口に入れる。
途端…。

「っ! ……シャナ、これって、ひょっとして卵?」

「正解! 悠二好きでしょう。他にも、ウィンナーや焼きそばとかも入ってるのよ」

自慢するように胸を逸らすシャナに、悠二は恐る恐るといった感じで尋ねる。

「このチョコを作るとき、誰かに作り方聞いた?」

「うん。ヴィルヘルミナに教わった」

「…これを入れるように言ったの?」

「ううん。私が入れても良いかと聞いたら、
 ヴィルヘルミナが、チョコフォンデュというのがあるから、問題ないって」

「ちょっと違うって、それ。いや、ひょっとしてわざとなのか」

シャナを溺愛しているメイド姿の女性を浮かべながら、悠二は判断に迷う。
そんな悠二を見上げながら、シャナが期待するように尋ねる。

「美味しい?」

「えっと、こ、個性的な味かな。チョコは美味しいよ、うん」

「そう。良かった」

「でも、出来れば、来年は普通のチョコにして欲しいかな、なんて。
 ほら、シャナも幾ら好きだからって、メロンパンをチョコに包まれると嫌だろう」

「そんなのは邪道よ!」

「だろう。だから、来年は」

「うん、分かった。来年は…」

そこまで言って二人は同時に気付く。

「来年も悠二と一緒…」

「うん、来年もシャナと一緒」

思わず零れ出た言葉に悠二がはっきりと告げたことに、シャナは嬉しさと気恥ずかしさを感じて背を向ける。

「そ、それじゃあ、私は帰る。すぐに悠二の家に行くから!」

「うん、待ってるよ」

悠二の返事を背中で聞きながら、走り去るシャナの顔は来年の約束に綻んでいた。





   §§



それは、いつもと変わらない下校の風景だった。

「恭也〜、久しぶりに臨海公園の屋台に行こう」

「そうだな、久しぶりにたい焼きでも…」

「私はたこ焼きにしようっと」

「私は普通に餡子で」

「うちもたこ焼きにしようっと」

恭也の言葉を聞いた途端、美由希たちはすぐにメニューを決める。
別に強要するつもりなどなかった恭也だったが、それが暗に恭也の頼むものを否定しているようで、
恭也は思わず晶を見てしまう。
恭也の視線に気付いた晶は、その意味する所を正確に理解しつつも、申し訳なさそうに告げる。

「えっと、今日はたこ焼きが食べたい気分なんです…」

「そうか」

「ああ! でも、カレーとチーズもありですよ、師匠!」

「ああ、分かっている。別に強制するつもりなどないから」

今のところ、唯一の仲間である晶の頭を軽くぽんぽんと撫でる。
思わず嬉しそうな笑みを見せる晶と、恨めしそうな視線を飛ばす美由希たちだった。
と、不意に先を歩く恭也の足が止まる。
恭也の視線の先、道路を挟んだ向こう側には、一人の少女の姿があった。
恭也は何故かその少女の姿が気になり、思わず見詰める。
向こうも恭也に気付いたのか、いや、初めから恭也をじっと見詰めており、
その口がゆっくりと開く。

「や        たんだね」

向こうの声が聞こえるはずないのだが、恭也のには微かにだが、その少女の声が聞こえた気がした。
思わず聞き返そうと一歩踏み出した瞬間、二人の間をバスが通る。
バスが通り過ぎた後、恭也は少女の姿を探すが、少女は何処にもいなかった。
そんな恭也の行動に気が付いたのか、美由希が恭也へと声を掛ける。

「恭ちゃん、どうかしたの?」

「いや、今、そこにいた女の子が…」

「女の子!? 何処に居る子!?」

美由希の横から忍が詰め寄るようにして恭也の視線を追う。
しかし、そこには誰も居らず、忍は恭也へと視線を戻す。

「で、その子がどうしたの?」

何故か、刺のあるような言い方に、恭也は思わず後退りそうになりながらも無難な答えを返す。

「いや、昔の知り合いに似ていたんでな。まあ、それだけだ。
 それよりも、早く行くぞ」

少しの間、疑わしそうに見ていた美由希たちだったが、
結局はその言葉を信じて、再び歩きだすのだった。



屋台で各々に買ったものを口にしながら談笑を交わしていると、不意に晶とレンの怒鳴り声が響く。
またいつもの事と、全員が放っておく事にする。
沈んでいく夕日を眺めつつ、恭也は最後の一口を放り込むと、手すりに手を置く。

「恭也、何か見える?」

「いや、別に何というものでもないがな。ただ、ぼんやりと見ていただけだ」

「ふーん。まあ、ここの風景は綺麗だからね」

忍の言葉に無言で頷きながら前方を眺める恭也へと、レンに吹き飛ばされた晶が向かって来る。
恭也は咄嗟に振り返って晶を受け止めるが、態勢が悪かったのか、足を滑らせて後ろへと大きく傾く。
そのまま手すりを乗り越え、恭也の身体は海へと向かって落ちて行く。
美由希たちが慌てて手を伸ばし、恭也も手を伸ばすが届かず、そのまま海へと落ちて行く。
海へと落ちる瞬間、恭也は何故か眩しい光が目に入り、思わず目を閉じた。



「ぷはぁっ」

恭也はすぐさま海面から顔を出すが、少しおかしいことに気が付く。
まず、水が温かいのだ。いや、熱いと言っても良いだろう。
幾ら、夏の海とはいえ、これは異常である。
次に、浅い。
恭也は尻餅を着いたような形で上半身だけが起きているのだが、
手が地に触れているにの関わらず、上半身が海面から上に出ているのである。
そして、周りの霧。
周り薄っすらと漂う白い靄のような霧。
いや、霧ではなく、湯気のようである。
それらを頭の中で整理した結果、恭也は一つの結論に達する。
つまり、ここは風呂場であろうと。
と、冷静に現状を分析している恭也の耳に綺麗な声が届く。

「だ、誰?」

その声に振り払われるかのように、湯気が引いていき、恭也の目の前に一糸纏わぬ少女が姿を見せる。

「す、すまん」

咄嗟に後ろを向く恭也だったが、少女の顔に何処か見覚えがあったような気がして、
その顔を思い出そうとする。
が、恭也が考えを纏めるのを相手が待ってくる事はなく、少女は低い声を出す。

「私を義経と知っての狼藉か! 平家の者か!? それとも、単に雇われただけか!?
 どちらにせよ、知られたからには生かしておけないわ! 覚悟!!」

言って少女は風呂の中にまで持ってきていたのか、一本の刀をその手に握り、恭也へと襲い掛かる。
恭也はそれを咄嗟に躱すと、湯船の外へと出る。

「誤解だ。別に俺は覗くつもりなんて…」

「うるさい!」

少女の裸を見ないように視線を逸らす恭也へ、少女の一撃が襲い掛かる。
それをもう一度躱すと、恭也は説得を諦めたのか、風呂場から逃げ出す。
流石に裸では後を追って来る事も出来ず、恭也はあっさりと外へと逃げ出す事が出来た。
外へと出た恭也は、思わず周りを見渡す。

「何だ、ここは? まるで、昔の世界みたいだ」

恭也は周りに建つ建物を見て、そう零す。
確かに、恭也の言葉通り、周りにビルなどの高い建物は見当たらず、それどころか、
見渡す限りでは鉄筋造りの建物や、コンクリートといったものが見当たらない。
踏みしめている大地も剥き出しで、アスファルトなどはない。
呆然となる恭也に、不意に男のものと思われる声が掛けられたのはその時だった。

「その奇抜な格好…。間違いないようですね。
 あなたが未来人ですね」

「? 何の事だ? それよりも、ここは」

「そうですね、詳しい事は後でゆっくりと説明させて頂きます。
 とりあえずは、我々と共に来てもらえますか?」

丁寧な物腰で話し掛けてくる男の横に立っていた男が、不意に恭也の背後を見る。
つられるようにして恭也が振り返ってみると、そこには先程の少女がこちらへと向かって来ていた。

「廉也、どうやら源氏の者みたいだぞ」

「そのようですね。どうしましょうか」

「あっちは俺が引き受けよう」

「では、お願いしますよ。さて、未来人のお方、我々は行きましょう」

「いや、まだ俺は行くとも何とも言ってないが…」

勝手に進んで行く話に恭也が思わずそう洩らすが、それに誰も触れず、
新たにこの場に来た少女に二人の男は警戒の色を見せる。
少女はこの場に着くなり、男を睨み付ける。

「まさか、平教経か!?」

「ほう。俺を知っているか、女」

男は嬉しそうな目を見せると、身長よりも大きな棒を少女目掛けて振り下ろす。
それを少女は軽い身のこなしで躱し、手にした刀で斬りかかる。
いきなり始まった、本物の戦いに恭也は困惑を隠せないでいた。



気が付けば見知らぬ場所に居た恭也。
そこで出会った少女に追いかけられ、次に出会った男たちは恭也を無視して話を進め。
かと思えば、いきなり少女と男が斬り合いを始める始末。
果たして、ここは何処? 一体全体、何がどうなっているのか?
恭也の運命や如何に!?

少女源平合伝 〜知られざる歴史〜
第一話 「ようこそ、平安へ」

「はぁっ!? 俺が弁慶に!?」



   §§



小さい頃から剣の修行に明け暮れていた恭也くん。
そんな恭也くんは世間一般の常識には疎かったのです。
これは、そんな恭也くんが街へとやって来る所から始まる物語。



「さあ、着いたぞ恭也! ここが今日から俺たちの新しい家だ」

「家? 父さん、これを支えているロープは何処にあるの?
 それに、入り口らしいファスナーも見えないし…」

まだ小学生に上るかどうかといった年の男の子、恭也が自分の父を見上げながら首を傾げる。
士郎は溜め息を一つ吐くと恭也と目線を合わせるように屈みこみ、その肩にそっと手を置く。

「いいか、恭也。これが家と言うやつだ。
 お前が言っているのはテントと言って、家ではないんだよ」

「…うん、分かった。あれはテント。これが家」

「そうだ。さて、とりあえず、俺は荷物を運ぶから、お前はこの辺で遊んでろ。
 だけど、あまり遠くには行くなよ」

「うん、分かった。この周辺に怪しい人物が居ないか確認してくれば良いんだね。
 後は罠を仕掛けて」

言って歩き出そうとした恭也の腕を士郎は慌てて掴んで止めると、
先程と同じような態勢になり、言い聞かせるようにゆっくりと言う。

「良いか、恭也。ここではそんな事はしなくて良いんだ」

「でも、今遊んで来いって。
 それって、この辺にまたあの時みたいに怪しい人が居るからなんじゃ」

「あー、確かにあの時は遊んでやれと言ったが……。
 良いか、恭也。あれは決して遊びというんじゃないんだ」

「じゃあ、父さんは嘘を吐いたの」

「すまん。実はそうなる」

「もう、これだから大人は」

「…まあ、色々と言いたい事もあるが、何処でそんな言葉を」

「お婆ちゃんが前に言ってた」

「……そうか。と、とりあえず、普通にこの辺を散歩して来い」

「うん、分かった」

頷いて歩き始める恭也の背中を見詰め、士郎は不安に駆られて空を見上げる。

(あいつ、本当に普通の生活に慣れるのか…。
 いやいや、その為に修行の旅を中断して街に住む事にしたんだ。
 まだこれからだ。うん、うん)

再び顔を戻して何度も頷くと、士郎は詰まれた荷物を家へと運び入れる作業に戻るのだった。

こうして、恭也くんの街での生活が幕を開ける。

きょうやと! 第一話「きょうやとおひっこし!」



   §§



正月SS(?) 『今年もやっぱり高町家は…』

それは一月一日元日の事だった。
ここ高町家で行われている新年会は、友人たちも集いそれなりの人数のもと進んでいた。

「さ〜て、そろそろ頃合も良いかしら」

突然、忍がそう声を上げると、なのはが何やらごそごそと準備を始める。
桃子はこれから何が始まるのかと楽しそうな笑みを浮かべて見守る。
ようやくなのはの準備が整った所で、忍が部屋の電気を消す。
いつの間にかノエルによってカーテンがされており、部屋が薄暗くなる。
そんな中、なのはが手元のスイッチを押すとどこからともなくスポットライトが忍へと降りる。
これまたいつの間にか存在した大きく真っ白なスクリーンの前に立ち、
マイクを手にした忍がライトを浴びて深くお辞儀をする。

「え〜、本日はお集まりいただきありがとうございます。
 早速ですが、たった今から上映会を行いたいと思います。
 これは桃子さんの為に、私となのはちゃんとで編集、監督をしました」

その言葉に桃子は楽しそうにじっと忍の言葉を聞き、恭也たちは嫌そうな顔を見せる。
それぞれに違う反応を見せる面々を見渡すと、忍は話を進める。

「出演は、ここに居るメンバーに加え、G組の面々、その他各クラブを恭也の写真で買収……。
 もとい、協力の元、こうして完成しました」

「ちょっと待て、忍! 今、すごく不穏な発言を聞いた気がするんだが…」

「あははは〜。気のせいよ、気のせい。
 えっと、とりあえず、そんな感じで出来上がった作品の上映会です。楽しんでくださいね、桃子さん。
 それじゃあ、なのはちゃん、スタート」

恭也に何か追求する隙を与えず、忍はさっさと話を纏めてなのはへと合図を送る。
それを受けて何やら手元の機械を操作するなのは。
程なくして、真っ白なスクリーンへと映像が流れ始めるのだった。



煙が幾つも立ち昇る真っ暗な空。
まるで何かに覆われているかのような空の下、駅と思しき場所に今しも列車が入ってくる。
人が一斉に駅より吐き出されると、それを待っていたのか手に籠を持った一人の少女がその群れへと近づく。

「お花はいりませんか? 綺麗ですよ」

少女が差し出す花を無視し、人々は足早に立ち去っていく。
やがて、そこには少女以外の姿がなくなり、少女はそっと溜め息を吐く。
が、よく見れば、いつの間に居たのか、もしくは最初から居たのか、
駅へと続く階段の途中に一人の男が倒れていた。
少女は男へと近づくと、そっと声を掛けた……。

そこで画面が二人から徐々に遠ざかって行き、街を見下ろすようにカメラアングルが変わる。
同時に、画面の下に次々と文字が現れては消えてゆく。

クラウ:高町 恭也
ティナ:月村 忍
エリス:神咲 那美
セフィロ:高町 美由希

白文字で流れるソレは出演者の名前なのだろうか、一通り流れると最後にタイトルが現れる。

Final HeartZ

そのタイトルロゴが数秒間画面に表示されると、徐々にブラックアウトしていき、再び物語が始まる。
それを静かに桃子は眺めるのだった。



「ああ〜、面白かったわ忍ちゃん」

上映が終わるなり、桃子は満足そうな顔で忍に話し掛ける。
その一方で、恭也は恥ずかしそうな表情を、那美や美由希は不機嫌そうな顔を見せていた。

「どうして、監督である忍さんまで出てるんですか。
 それもヒロイン役で〜。うぅぅ〜、最後のあの抱擁シーンだけは許せません」

「那美さんなんてまだ良いですよ〜。前半では恭ちゃんと良い絡みのシーンがあるじゃないですか。
 私なんて、最初から最後まで戦っているだけですよ……」

「まあまあ、二人とも落ち込まない、落ち込まない。
 それに、最後のシーンは本当はラブシーンにしたかったのに、皆が反対するからああなったんだし。
 ほら、私だって我慢してるでしょう」

「どこがですか!? だったら、私と変わってくれても良いじゃないですか」

「だって、それはね〜。あ、あははは。まあ、次回は考えておいてあげるわよ」

『次回!?』

忍の言葉に何ヶ所から声が上がり、忍は引き攣った笑みを浮かべて誤魔化す。
そんな忍へと恭也が恨めしそうな視線を飛ばす。

「断っておくが、俺はもう参加しないからな」

「そんな〜。折角だから、またしようよ〜」

「断る」

この押し問答を見ていた他の女性陣からも忍を援護する声が上がるのだった。
それに辟易しながら、恭也はそっと溜め息を漏らすと、胸中でそっと呟く。

(今年は静かに過ごせますように)

その真摯なまでの願いが叶うのかどうかは、まさに神のみぞ知るところである。







おわり




<あとがき>

という訳でごちゃまぜの第二段。
美姫 「色々とやったわね〜」
まあ、一発ネタの強みだな。
美姫 「このまま何処まで続くのかしらね」
というか、いい加減にネタ的にきついんだが。
美姫 「まあ、頑張って♪」
思いっきり人事だな、おい。
美姫 「まあね〜」
はぁ〜。







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