『darkness servant』






第三話


恭也がルイズの元で生活するようになり数日、相変わらず恭也はルイズを相手にもしない。
その態度に腹を立て、事あるごとに突っ掛かるのだが腕力では敵わず、魔法を使えば自爆するありさまで、
未だに一矢報いると口にはするものの、実際には何も出来ていない。
それでも始めの頃はルイズが魔法を唱えようとすれば、即座に動いて杖を取り上げていたのである。
だが授業で魔法を使って失敗して爆発を起こすと、恭也もルイズが何故ゼロと呼ばれているのかを理解し、
ルイズが魔法を唱えると今までとは逆にルイズから離れるようになったのである。
勝手に自爆していろとばかりに。
その事が益々ルイズの苛立ちを募らせるのだが、恭也は至って何処吹く風である。
主人であるはずの自分が使い魔に気を使っている――本人は充分にそのつもりである――のが余程気に入らないらしい。
まあ周囲の噂話が更にそれを煽っているのだが。
つまり使い魔、いや、使い魔候補にさえも愛想をつかされているだの、平民にバカにされる貴族など。
しかし、ルイズはそれでも諦めずに恭也と使い魔の契約を結ぼうと日々、努力をしている。
その点だけは恭也も評価はしており、それは僅かながらもルイズに対する態度に現れている。
本当に少しだがルイズと会話をしているのである。
それでも未だに無愛想な上に二言か三言程度である上に、態度は全く変わっていないが。
だが、今まで頑ななまでに人との付き合いを必要としなかった事を考えれば、かなり大きな変化と言える。
尤も誰もその変化には気付いていないが。
当のルイズでさえも。
そんな感じで過ぎていった日々の中、恭也は午後の時間食堂に居た。
特に目的があった訳ではなく、使い魔になれと煩いルイズから逃れてきたのだ。
事が事だけにルイズも人前では大声で詰め寄ってくる事はない。いや、少ないと言った方が良いか。
ともあれ、そんな理由から午後に寛いでいる生徒の多い中庭か食堂へと足を運び、偶々食堂になっただけである。
すれ違う際にこの学院で働いているメイドに軽く頭を下げる。
向こうもややぎこちないながらも小さく返してくる。
朝の洗濯をする時に洗濯する場所を聞いたり、その洗濯時に時折顔を合わせる程度である。
向こうから挨拶をしてきたので、同じように返しただけである。
それ以外には特にする会話もなく――どうやら恭也の事は学院でもそれなりに有名らしくそのような話もしていたが、
特に興味もなかったので聞き流していた――、少し怖がらせてしまったかもしれないが、
顔を見れば最低限に今程度の事はする。貴族と威張る連中よりも幾分も付き合い易い。
とは言え、特に仲良くする必要性も感じず、恭也はそのまま時間を潰すべく適当に周囲を見渡す。
それなりに人は居るが休めるような場所もないと判断し、場所を移す事にする。
何やら貴族同士が集まり、女性について離しているようだが興味もなくその傍を通り過ぎる。
その際、そのテーブルに集まっていた貴族の一人が何やら瓶を落とす。
だが恭也は興味もなくそのまま通り過ぎようとする。
そこへ一人の女子生徒が現れ、その瓶を見てその貴族に何やら言い出す。
とうとう持っていたバスケットをその貴族に投げ、仲間内から笑われる。
そこへ更に金髪をロールにした女子生徒が姿を見せ、同じくその貴族に何やら言い出す。
二股がばれた間男のように慌てる貴族にも興味を抱かず、恭也はそのまま通り過ぎる。
が運悪く、気を使ったのか、それとも面白がってか、落ちた瓶を拾おうと一人の貴族が身を乗り出す。
不意に横から出てきた貴族を躱すも、恭也のポケットからリボンが落ちる。

「何だい、これは?」

恭也よりも地面に近かったため、先にそれを拾った貴族がリボンを眺めてそう言えば、
それを見た女子生徒に詰め寄られていた貴族――ギーシュが話を逸らすようにそのリボンを手にする。

「かなり汚い上にボロボロじゃないか。しかも女物じゃないかい、これ。
 君は確かルイズの使い魔だったか。主人が主人なら使い魔も代わった趣味をしている」

平民をからかって憂さを晴らすついでに、これを話題にして話を逸らそうとでもしたのだろう、
ギーシュはそのリボンをそのまま投げ捨てると、ご丁寧に手をハンカチで拭く仕草を見せ、
そのリボンを踏もうと足を上げる。

「こんなものをいつまでも持っていなくても、ルイズに言って新しいものでも買ってもらったらどうだい。
 まあ、あのルイズが買ってくれるかどうかは知らないけれどね」

足を振り下ろそうとした瞬間、ギーシュの身体が吹き飛ぶ。
何が分かったのか誰も理解できない内に恭也はリボンを拾い上げ、埃を払うとポケットに大事そうに仕舞い込む。
そのまま背を向けてその場を去ろうとするも、ギーシュは立ち上がり今何かしたのは恭也だと決め付ける。
実際に恭也が突き飛ばしたのだから間違いではないが。
杖を恭也に突き付けると、

「君、貴族相手に何をしたのか分かっているのかい?
 今ならまだ床に頭を着いて謝れば許してあげるよ」

「……阿呆か。元々、お前が人の物を踏もうとしたんだろう。
 寧ろ、それぐらいで許してやったんだ。折角拾った命を無駄にせず、黙って口を噤んでいろ」

静かに淡々と感情の篭らない声で語る恭也にギーシュは決闘だと喚きだす。

「そこまで言うのなら決闘だ。謝れば助かった命だというのに」

大げさな身振りで悲しいという表現を見せるギーシュを冷めた目で見詰め返す。
決闘というのなら、それこそすぐに掛かって来るべきだと恭也は先制攻撃するべく動こうとする。
だが、そこへ小さな影が割り込んでくる。

「ギーシュ、平民相手に何を言っているのよ!」

「その平民が何をしたと思っているんだい、ルイズ」

恭也とギーシュの間に立ち、ルイズは恭也を庇うように立つ。
だが、すぐに恭也へと向かい合うと恭也に謝るように言う。

「謝罪する必要性を感じない。寧ろ、向こうの方が非礼だろう」

「そういう問題じゃないわよ! 魔法使い相手に勝てる訳ないでしょう!」

ルイズの言葉にじっとルイズを見返せば、ルイズは真っ赤になって顔を俯けつつも小さく呟く。

「ギーシュは私と違って魔法を使えるのよ」

一応は恭也の身を案じているらしい言葉に恭也は思わず口を滑らしてしまう。

「だとしても、妹の形見を踏み躙られた以上は謝る気はない」

その言葉にルイズは思わず恭也を見上げるが、恭也は思わず滑らした言葉に口を堅く閉ざす。
ルイズが何か言おうとするよりも先に、ギーシュが場所の提示をしてくる。
このままここでやっても良いのだが、大人しくギーシュの後について中庭へと場所を移す。
まだ止めようとするルイズを無視し、また何か口上を並べ立てているギーシュのその口上さえも聞き流すと、
恭也は腰に差した小太刀、菜乃葉を抜き放つ。
ようやくギーシュがお喋りを止め、薔薇を振れば銅製の人形が六体出来上がる。
それらが一体をその場に残して恭也へと襲い掛かってくる。
同じように恭也もギーシュへと向かって走りだし、その進路を阻む五体を切り刻む。
驚くギーシュに構わず距離を更に詰め寄り、残る一体も切り伏せると、
脅えるように震えだすその身体に小太刀を叩きつける。
骨の折れる嫌な音と感触を手に感じながら、恭也の攻撃は止まらない。
そのまま顎を、肩を続けて打ち据えていく。
何やら泣きながらギーシュが何か言っているようだが、恭也は気にも止めず蹴り飛ばす。
地面を転がり、上半身だけを起こして後退る。涙に鼻水まで流して声にならない声を上げる。
それに何の感慨も受けず、ただ無表情のままギーシュへと近づいていく。
振り下ろされる小太刀が額を割り、流れる血に悲鳴を上げる。
更に攻撃を加える恭也をルイズが止める。

「恭也! それ以上は駄目よ! ギーシュが死んじゃう!」

「何を言っている。決闘と口にしたのこいつだ。
 それに命がないとも言われた。それはつまり、命を奪う覚悟があったという事だろう。
 なら同時に奪われる覚悟もしているはずだ。今更、泣き言など聞かん」

感情の篭らない声に始めは囃し立てるように見学していた者たちも言葉を無くす。
ルイズの言葉に僅かなりとも動きを止めた恭也から、ギーシュは必死で距離を開ける。
だが視線を向けられるだけで身体が震えて動きを止める。
そして、ゆっくりと近づいてくる恭也に、ギーシュはとうとう意識を手放すのであった。







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