Kanon −Akiko’s story−
 〜もし本当に秋子さんが28歳だったら 第2話〜






まだ、肌寒い季節の朝早く、俺、相沢祐一は目を覚ましベッドから上半身を起こす。

そして、少し考えてみる。

俺が3年ぶりに訪れたこの街で暮らすようになって、はや2週間が経った日曜日。

そもそも、寒いのが苦手な俺がここで暮らしているのはある約束の為だ。

その約束とは・・・

「あら、祐一さん。もう、起きていたんですか」

横で一緒に寝ていた秋子さんが目を覚まし、俺に声をかけてくる。

ふだんは三つ編みにしている髪は当然、解かれていて秋子さんの背中へと流れている。

その髪が窓から差し込む光に照らされ、神秘的にさえ見える。

もちろん、手触りもよく、さらさらとしていて他に例え様もないほどだ。

「祐一さん、ぼぉとしてどうしました?」

「いや、秋子さんに見惚れてました」

「まあ、祐一さんったら。

 恥ずかしいです」

そう言って顔の半分をシーツでかくし、上目遣いでこちらを見てくる。

今のこの姿を見て正直、この人に子供がいると言っても誰も信じないだろう。

もちろん、こんな姿を他人に見せる気は全然ないけどな。

「秋子・・・」

「祐一さん」

しばし、秋子さんと見つめあい、顔を近づけて行く。

そして、目を閉じた秋子さんにキスをする。

「ふふ」

「どうしました、秋子さん?」

「いえ、大したことじゃないです。

 ただ、幸せだなぁって思いまして。

 それより、祐一さん。

 いつまで私のことをさん付けで呼ぶんですか?あと、その敬語も」

「いや、それはもう癖になってしまっているので」

「仕方ありませんね。それはじょじょに直していってもらいますから。

 でも、ああいう事をする時だけは呼び捨てなんですね」

「ぐはぁ。そ、それは別に意識してるわけではないんですけど」

「ふふ、冗談です。それよりそろそろ起きて朝食の用意をしませんと。

 祐一さんもお腹がすいたでしょ?

 遠慮なさらずに、起こしてくれても良かったんですよ」

「いや、それは秋子さんの可愛い寝顔をもう少し見ていたかったから」

俺はさっきの仕返しとばかりに秋子さんに言ってみる。

「え、そ、そんな事言わないで下さい。恥ずかしいですよ」

思ったとおり、秋子さんは俯いてしまう。

そんな姿もとてつもなく可愛い。

昨日もあんなにたくさん愛し合ったというのに、我慢できなくなりそうだ。

さすがに、朝からはまずいから理性を総動員して耐える。

しかし、随分いろんな顔をした秋子さんを見てきたと思うが、

まだまだ秋子さんのいろんな表情を発見したりするな。

そのどれもが愛しい。

本当に秋子さんを選んでよかった。

3年前、俺と秋子さんは結婚する約束を交わした。

そして、俺はその約束を果たそうとしている。

とりあえず、すぐに結婚というわけにもいかないので、今は婚約という状態だが。

いずれ必ず結婚する事はお互い同意している。

「ゆ、祐一さん。とりあえず朝食の用意をしてきますから」

そう言って慌てた様子で、部屋を出て行く。

う〜ん、やっぱりかわいいなぁ〜。

まあ、とりあえずは着替えてリビングにでも行くか。







その日の午後3時ごろ、俺は商店街まで来ていた。

いつもなら、秋子さんと一緒なんだが、今日はちょっとした事情から一人だった。

それは朝食の席での事だった。

「祐一さん、今日何か予定ありますか?」

秋子さんが俺に今日の予定を聞いてくる。

ちなみに名雪は日曜日ということもあり、まだ寝ている。

「いえ、とくにありませんけど。

 どうかしましたか」

「ええ、実はお米がもう、なくなってしまったんですけど。

 今日、急な仕事が入ったので出かけないといけないんです。

 名雪もお昼には香里ちゃんの所に遊びに行くって言ってましたし」

「ああ、そういうことですか。

 別に構いませんよ。俺が買ってきますから」

「そうですか、すいません。せっかくのお休みの日なのに」

「気にしないで下さい。

 いつものお米屋さんで良いんですよね」

「はい、お願いします。本当にすいません」

「本当に気にしないで下さい。

 秋子さんの役に立てて嬉しいくらいですから。

 まあ、秋子さんと一緒にいれないのは残念ですけど」

「ふふ。祐一さんったら」

この後、秋子さんのあまりの可愛さにまた、キスをしてしまったのだが。

まあ、それはいいとして、米20Kgは結構、きついな。

「うぐぅ〜」

ドン。ドサッ。

「うわっ!」

俺は突然、後ろから何かに突き飛ばされてこけてしまったらしい。

「いってて〜。なんなんだ、一体」

「うぐぅ。どいてって言ったのに」

「そんな事、いつ言った」

声のした方を見ると、髪を肩のあたりでショートカットにそろえたの少し年上の女性が、

目に涙を溜めながらこっちを見ている。

「ちゃんと言ったよ。どいてって」

「いーや、言ってない。大体、人にぶつかっておいてその言い草はなんだ。

 そもそも、何であんなスピードで走っていたんだ?」

「あ、そうだった。私、急いでたんだ。

 ほら、君も早く立って行くよ」

「な、ちょっと待て。引っ張るな」

俺は急いで落ちた米を担ぎ、その女性に引っ張られるままに走り出した。

「事情は後で話すわ。

 とにかく今は逃げるわよ」

「逃げる?っておい、待てって」

なんつー足の速さだ。こっちは米を担いでいるとはいえついていくのに苦労する。

そうして、しばらく走り、少し開けた林道へと来た頃、その女性は走るのをやめた。

「ふぅ〜、ここまで来れば大丈夫よね」

その女性は言うが否や持っていた袋の中をガサゴソと漁りだした。

そして、その中からたい焼きを取り出しおいしそうに食べ始める。

俺は走っている時、後ろを振り返って見たあの親父を思い出した。

確か、たい焼き屋の親父だったような気がする。

なんとなく事情が飲み込めたな。はぁ〜。

「っで、どういうことですか」

一応、聞いてみる。

「ふっ、無関係な人を巻き込む訳にはいかないわ」

「いや、もう充分巻き込んでるって。

 それに、大体わかったからいい。

 次からはちゃんと金を払って買った方がいいぞ」

「うぐぅ。べ、べつにお金を払わないつもりじゃなかったのよ。

 どうしても食べたくて注文したんだけど、お財布を家に忘れてきてたみたいで。

 次の時にちゃんと払うわよ。

 ところで、あなたの名前は?」

「俺か?

 俺は相沢祐一って言うんだ。

 お姉さんの名前は?」

「お姉さんだなんて〜。もう、嬉しいこと言ってくれるわね。

 こう見えても一児の母親なのよ。

 あれ、相沢祐一・・・・って祐一君!」

「はい、そうですけど。

 俺の名前に何か」

「私よ、私。月宮 あみよ。

 久しぶりね」

月宮 あみ・・・!

「あゆあゆのお母さんですか!」

「そうよ、本当久しぶりね。

 大きくなったわね」

そう言って、飛びついてくる。

そういえばこの人、昔からよく人に飛びついてきたな。

ひょい。

ゴンッ、ドサ

「きゃっ」

昔からやられていたせいで、ほとんど無意識に避けてしまった。

そのせいかどうかは知らないが、あみさんは後ろに立っていた木にぶつかってしまった。

しかし、なにも悲鳴を上げなくてもって今の声、あみさんのと違うぞ。

「ひどいわね、祐一君。久しぶりの再開だってのに避けるなんて。

 大体、君は」

「そんな事言ってる場合じゃないですよ。

 今、その木の裏側から声がしたでしょ」

俺はあみさんの言葉をさえぎると、声のした方へと向かう。

そこには、頭から雪をかぶり座り込んでいる女性がいた。

おそらく、あみさんがぶつかった木から落ちた雪に直撃したらしく、

手に持っていたと思われる荷物があたりに散らばっている。

「大丈夫ですか?」

「え、あ、はい。大丈夫です。

 突然、雪が降ってきたのでびっくりしただけです」

「すいません。それはこの人のせいなんです」

「ひどい、祐一君。私のせいにするのね」

「せいもなにも実際、あみさんのせいでは。

 あみさんが木に体当たりなんかするから」

「そんな事してないでしょう。感動の再会よ」

「あれがですか」

「それは祐一君が避けるから」

「当たり前でしょう。怪しい物体が迫ってくれば誰だって避けますよ」

「なに、私は怪しい物体だって言うの」

「ある意味、これ異常ないくらいの怪しさではないかと」

「どこがよ。この見目麗しき私のどこが」

「そういうことを平気で言える神経とか、食い逃げする度胸とか、ですかね」

「ぐっ。だから、あれは後でちゃんとお金を払うわよ。

 だいたい、それを言うのなら祐一君の方が怪しいわよ」

「な、俺のどこが怪しいと言うのだ。

 このすばらしい俺様のどーこーがーっ!」

「そういう所。

 大体、昔から少し変だったのよね。

 すぐに変な事しようとするし」

「食い逃げするよりはましだと思いますが」

「また、食い逃げって言う。

 昔の祐一君はもう少し素直で可愛かったのに。

 そうそうこういう事もあったわね」

「わーわーわー。何を言い出すんですか」

「ん、昔の事」

「すいません、私が悪うございました」

くそー昔を知る人ってのは、たちが悪い。

こっちが覚えていたくない事を覚えているからな。

「ぷっ、くすくすくす」

「「???」」

「あ、ごめんなさい。お二人のお話がとても楽しかったもので、つい」

「いいえ、別に構いませんわ。それより散らばった荷物を集めますわ」

「あ、すいません」

あみさんはそう言うと散らばった物を拾い始めた。

当然、俺も手伝う。

散らばった荷物を拾いながら、女性の方を見てみる。

その髪は艶やかな黒色をしており、光を反射して輝いて見える。

白一色の雪景色の中ということもあり、よく目立つ。

その腰まで届こうかという髪を首の後ろで大き目のリボンでくくっている。

目元は涼しげで、着物を着せるとまるで日本人形ではないかと思わせる。

今まで出会った人の中でもかなりの美しさを持っている。

もっとも、俺にとっては秋子さんが一番可愛く、綺麗なのは言うまでもないことだが。

しばらくして、全ての荷物を集め終わると俺たちは遅ればせながら自己紹介をすることにした。

「俺は相沢 祐一と言います」

「私は月宮 あみです。よろしく」

「はい、私は川澄 真里です。

 どうもありがとうございました」

「いいえ、気にしないで下さい。

 もとはといえば、こちらが悪いんですから」

「そうのとおりですよ。川澄さん」

「ふふ、わかりました。

 では、このへんで。また、会えたら良いですね。

 じゃあ、さようなら」

「はい、さようなら」

「さようなら」

こうして、川澄さんは歩いて行ってしまった。

「はぁ〜。何か疲れた。俺たちも帰りましょう」

「そうね、帰りましょうか」

あみさんと二人で商店街の方に向かって歩いていく。

その途中で俺はあみさんと別れ、家路へと着いた。

こうして今日はなんとも言えない再会と出会いをしたのである。







その夜、その話を夕食の時にすると名雪はどうやらあゆの事を知っていたらしい。

「あゆちゃんでしょ。知ってるよ。今度一緒に中学校へ行くから」

「そうか、仲良くするんだぞ」

「わかってるよ。祐一お兄ちゃん」

「?、秋子さん、どうかしましたか?」

「別に何もありませんよ。

 それより、早く食べましょう」

「うん」

「はぁ、だったらいいんですけど」

何かそのときの秋子さんが悲しそうな目をして、そっけなく見えたのは気のせいだったのだろうか?

その後、風呂に入り名雪が眠りについた後、いつものように秋子さんの部屋へと行く。

ただ、秋子さんの様子がいつもと違っていた。

「どうしたんですか?秋子さん」

「別に何もありませんよ」

何もないと言う割には、背中を向けたままこっちを見ようとしない。

「秋子さん?」

「・・・・・」

秋子さんは背中を見せたまま返事もしない。

よく見るとその肩が震えている。

俺はベッドに上がると秋子さんの顔を覗き込む。

げっ、泣いてる!

「あ、秋子さん。どうしたんですか。

 どこか痛いんですか」

「違います、祐一さん。心配しないで下さい」

「で、でも」

「本当に大丈夫です。ただ、」

「ただ、どうしたんですか?話してください。

 確かに俺は秋子さんからすれば、幼くて頼りにならないかもしれませんけど、できる限り力になりますから」

「本当にそういうのではないんです。

 ただの焼きもちなんです」

「焼きもち、ですか?」

「ええ。祐一さんが私のことを愛してくれているのはわかているんです。

 でも、やっぱり他の女性と親しくしている話を聞くと不安になるんです。

 そんな自分がいやで。ごめんなさい。祐一さん」

俺は、秋子さんの言葉を聞いて、自分の鈍さに腹が立った。

なんとなくだが、秋子さんはそういった感情とは無縁だと思っていた。

秋子さんだって一人の人間なんだから、そんな訳ないのに。

俺は、背後から秋子さんを抱きしめ、その耳元に囁く。

「すいません。秋子さん。秋子さんにそんな想いをさせていたなんて。

 俺はまだガキだからこれからも、秋子さんに同じ想いをさせてしまうかもしれません。

 それでも、これだけは信じてください。

 俺が本当に好きなのは、愛しているのは秋子さんだけです。

 他の誰でもありません。これからも、一緒にいてくれますか」

「祐一さん、はい。私、嬉しいです。

 何があってもずっと祐一さんの側にいます。

 私も祐一さんのことを愛してます」

少し涙ぐみながらも秋子さんはそう答えてくれる。

俺は秋子さんの涙を舌で掬い取りながら徐々に唇へと近づいていく。

「焼きもちをやく秋子さんも可愛かったですよ」

言ったとたんに顔を赤くする秋子さん。

「ゆ、ゆういちさ・・・んっん」

俺は最後まで言わさずに口をふさぐ。

「んっんん・・・・・むぅっ・・・ん、はぁっ。

 はぁーはぁー。祐一さんずるいですよ」

「いやでした?」

「いやではありません」

「秋子さん、続きいいですか?」

「了承」

再び、キスを交わす。

先程よりも、永く濃厚なキス。

そして唇を離すと二人の間に細い糸がひく。

しばし、見詰め合った後、再び、キスを交わしながら、秋子さんをベットに倒していく。

そして、長い夜が始まる。

今日のこの出来事で俺と秋子さんの絆がより一層深くなった。

これから先も様々なことがあるだろうけど、俺には秋子が、そして秋子には俺がいるから。

一人では無理な事でも二人一緒になら越えていけるから。

これからも俺は秋子のそばにいて秋子を愛していこう。

「秋子、愛してるよ」

「はい、わたしもです。あなた」





<Fin>








<あとがき>

どうも始めまして、氷瀬 浩です。

匣庭の夢の睡魔さんへの初投稿SSですが、睡魔さんがお書きになった『もし本当に秋子さんが28歳だったら』の続編という形です。

こんな展開もありかな?と思って書きました。

いかがでしたでしょうか。

もう少し、秋子さんとの甘々な感じを書きたかったかなぁ。

後、川澄さん、その正体は・・・ってわかりますね。

機会があれば、また続きを書こうかな。(今度は月宮、川澄を絡めて。)

ってこのシリーズ(?)は睡魔さんのネタですね。

睡魔さんが続きを期待されたら、書くという事で。(笑)

では、今回はここらへんで。See you !

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