『ぱすてるハート』
2時間目 「初登校」
ルーベンス大陸が擁する冒険者を育成する学校の一つ光綾学園。
その学園の校舎内でやや緊張した面持ちで、大きな両開きの荘厳ささえ感じられる扉の前に立つ。
小さく息を吸い込むと、恭也は静かに扉をノックする。
間を置かずに部屋の中から訪問者を誰何する声が返ってくる。
「高町恭也です」
恭也が名乗ると、扉の向こうから聞き覚えのある声で入室の許可が告げられ、恭也は学園長室へと入る。
この部屋の主、金髪をきっちりと纏めて眼鏡を掛けた、エルフ族特有の尖った耳をした女性は、
部屋の奥に置かれた席に座っており、恭也はその前まで歩いていく。
「お久しぶりです、ベネット先生」
「ええ、久しぶりですね高町くん。ですが、今の私はこの学園の園長ですから」
「すみません、そうでしたね。では、改めてお久しぶりです園長」
わざわざやり直した恭也にベネットは小さく笑みを零し、変わっていないわねと洩らす。
それに対し、恭也もまた小さく笑みを見せると、
「それはそうですよ。外では十年という月日が流れたのかもしれませんが、
俺自身の体感では最後に会ってから精々、三日ほどなんですから」
「そうでしたね」
懐かしさを感じさせる中にも、自分を責めるような色を含ませるベネットに気付かない振りをし、
恭也は言葉を繋ぐ。
「ですが、考えようによっては不幸中の幸いとも言えますよ。
流石にあの中で十年も生き残れるかは怪しいですからね。
食料という問題がありますから。それに、そのお蔭でこうして、もう一度三年生としてやり直せます」
「そうですね。高町くんには今更かもしれませんが、今年は冒険者を目指すあなたにとって大事な年になります。
今度は余裕を持った行動をするように」
それを言われると痛いとばかりに恭也は思わず苦笑を浮かべるも、すぐに顔を引き締めて頷く。
ベネットが更に何か言おうとするも、ノックの音にそれが形になる前に違う言葉に変わり、扉の方に向けられる。
「はい、どなたですか?」
ベネットの呼び掛けに薙原という名前が帰ってきて、ベネットは入ってくるように告げる。
扉がゆっくりと開かれる前に、ベネットが恭也にだけ聞こえるように小さく告げる。
「あなたとは違う、もう一人の転校生です」
薙原と名乗った少年は入ってくるとベネットの前までやって来て、
同じようにその前に立っていた恭也に視線を向けるも、すぐにベネットへと視線を戻す。
「揃いましたね。では、改めてはじめまして。
私が当学園の園長、ベネット・コジュールです」
「薙原ユウキです」
「高町恭也です」
ベネットの言葉に薙原に続き恭也も名乗る。
その後、ベネットはユウキに対して前の学園での行いや、この街に来て早速起こした問題に対して苦言を口にする。
それを殊勝な面持ちで聞きくユウキの隣で、恭也は懐かしそうに目を細める。
ユウキに対する訓告が終わり、改めてベネットは恭也とユウキを引き合わせる。
「こちらが高町くん。そして、こちらが薙原くんです。
二人とも今日からこの学園の生徒となります。あなたたちのクラスは……」
ベネットの言葉を遮るようにノックが三度学園長室に届き、続いて少し息を切らした女性の声が名前を告げる。
その名を聞き、ベネットは二人の顔を見る。
「どうやら、あなたたちの担任が来たようですね。
入りなさい」
ベネットの言葉に応えて中へと入ってきたのは、ベネットと同じように耳の先端が尖り、眼鏡を掛けた女性だった。
入ってくるなり乱れた息を整えるように大きく深呼吸をし、続けて遅れた謝罪を口にする。
それを聞きながらベネットは少し目を細め、
「何をしていたんですか、セレス先生。
私は八時半にと連絡したと思いますが?」
その問い質すような言葉にも関わらず、セレスは不意に笑顔を見せると、
「飼育小屋のウサギに餌をあげていたんです。
お腹を空かせていたのか、もっともっととせがまれてしまいまして……。
餌をせがむ姿がとっても可愛くてですね……」
ウサギについて語りだしたセレスに小さく嘆息し、これみよがしにこめかみを押さえて小さく頭を振る。
「教師であるあなたが遅刻してどうするんですか。
もう少し自覚を持ってください」
「す、すみませんベネット先生」
ベネットに言われて謝ったセレスであったが、それを聞いてベネットはまたしても小さく頭を振る。
「先生、慣れた呼び方なのは分かりますが、この学園で教職に就いている以上は、私の事は園長と呼ぶように」
「はい、ベネッ……園長」
またベネット先生と言いそうになり、機嫌を伺うように見ながらすぐに訂正する。
ベネットはそれで良いとばかりに小さく頷くと、二人のやり取りを静かに待っていた恭也とユウキにセレスを紹介する。
「彼女があなたたちのクラス担任となるセレス・ルーブランです」
「初めまして、薙原ユウキです」
「高町恭也です」
「初めましてセレス・ルーブランです。
よこそ光綾学園へ。これから一年間、冒険者目指して頑張りましょうね。
何か困った事があったら、何でも相談して下さいね」
にこやかに微笑み、ばんと胸を叩いてみせるもそれに咳き込むセレスにユウキは軽く頭を下げ、
恭也は優しい眼差しを向ける。
二人の様子に気付いたのか、恥ずかしそうに少し頬を染めるももう一度胸を今度は軽く叩き、
最後の台詞を言い直す。
それで担任と生徒との挨拶が終わったと判断したのか、ベネットが三人の退室を促す。
セレスを先頭にして学園長室から廊下に出ると、ユウキは大きく息を吐き出す。
それを見てセレスが小さな笑い声を上げる。
緊張していただろうユウキをほぐすように、セレスはベネットに昔、教えてもらっていた事や、
厳しく見えるけれど本当はとても優しい人だといった事を話す。
「あ、恭也さんもこれから一年間よろしくお願いしますね。
あははは、何かちょっと変な感じはしますけれど、
ここでは私が先生なんですからちゃんと言う事を聞いてくださいね」
「だとしたら、その呼び方はまずいのではないですか、セレス先生」
「あ、そうですね。ベネット先生に聞かれていたら、また……」
「そこは園長では?」
「う、うぅぅ、やっぱり恭也さんは昔のままで意地悪です」
「恭也さん?」
「はうっ! うぅぅ、い、良いんです。前にも言ったように話し方を変えられると逆に落ち着かないですから。
ただし、周りに他の人がいなければ今まで通りの話し方という事で」
「分かりましたから、とりあえず落ち着いてください。
今は傍に薙原さんが居るんですから」
「うぅぅ、きょ……高町さん、くん?」
「いや、そこで俺に聞かれても」
そんな二人のやり取りを見ていたユウキは、ふとした疑問を二人にぶつける。
「もしかしてお二人は知り合いなんですか」
「そうなんです。昔、舞弦学園に……」
「色々と世話になった事があって、今回もこうして拾ってもらったんだ」
余計な事を言い出す前に恭也が割って入り、当たり障りのない事を口にする。
特にそれを怪しむこともばく、ユウキは別の言葉に反応を示す。
「拾ってもらった。俺と似たようなもんか。
まあ、何をやったのかは聞かないけれど、同じ転校生同士だし、堅苦しいのはなしでいこうぜ。
そんな訳で、よろしく頼む恭也」
「ああ、こちらこそユウキ」
握手を交わす二人をセレスはにこにこした笑顔で見詰め、
「あ、着きましたよ。ここがお二人の教室です」
そう言って3−Bと書かれた教室の前で一旦足を止め、二人を促して教室へと入っていく。
中に入るなりやって来るのが遅かったセレスに対し、生真面目そうな女子生徒が問い詰める。
それに意義を申し立てるように男子生徒一人と女子生徒一人がセレスを庇う発言をするも、
真面目そうな女子生徒、どうやらこのクラスの委員長がHRの延長による授業時間の短縮目的だと反論し、
激しい言い争いへと発展する。
本来ならそれを止めるべき立場である担任はと言えば、
「あうぅぅ、み、みなさん仲良く……」
自分の言葉を全然聞いてもらえず、徐々に声は小さくなり、仕舞いには指先をつんつんと合わせて、
身体まで小さく縮こませていく。
それによって困るのは恭也とユウキの二人で、転校生である二人は揃ってどうしたもんかと顔を見合わせる。
尤も、恭也の方は少しだけ失礼だがセレスらしいな、などと思っていたが。
このまま続くかと思われた口論は新たな女子生徒によって止められる。
竜胆リナと呼ばれた腰まである長髪を後ろに流し、
横に流れる幾つかを両端で括った少女にまで食って掛かろうとする委員長であったが、
リナに転校生の事を口にされ、ようやく大人しくなる。
リナの助け船に安堵するとセレスは恭也とユウキを教壇の前に立たせ自己紹介するように言ってくる。
それに応えてユウキが名前と前にいた学校を述べ、続く恭也が名前を告げる。
二人の紹介にクラスメイトたちが小さく反応を見せる中、
それで自己紹介を終えた二人にセレスが物足りなさそうな声を洩らすも、委員長の一括で結局は押し黙る。
いつものHRと多少の違いを見せたものの、セレスがHRの終了を告げると、
生徒たちは授業を受けるために教室を出て行く。
それを見送り、恭也とユウキは期せずしてまたしても顔を見合わせる。
「俺たちはどうすれば良いんだ」
「さあな。とりあえずは授業を受けなければいけないんだろうが……」
ユウキと恭也が困惑していると、セレスがリナを呼び止めて学校の案内とその辺の説明を頼む。
少し渋る様子を見せるも、元からの知り合いということもあってか最終的に引き受けるリナ。
セレスの方はそれで安心したのか、後の事を任せると手を振って教室を出て行く。
それを見送ると、恭也を放って二人が軽く言葉の応酬を始める。
言葉だけ聞いていると喧嘩しているようにも思えるが、二人の態度などから喧嘩ではないと判断すると、
恭也は暫くは黙っていることにし、二人の再会の挨拶が終わるのを待つのだった。
To be continued.
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