『黒き剣士と妖精』






第四話





訓練も終えた昼過ぎ。
この後は各々自由に過ごしても良い事となっている。
まだ訓練を続ける者もいるが、殆どは休憩を取る。
お菓子を焼くための材料を買いに行く者や、そのお菓子を目当てに手伝いを申し出る者など様々である。
スピリットとはいえ、何ら普通の女の子と何ら変わらないのだ。
そんな中、普段から仲の良い二人は揃って首を傾げていた。

「うーん、やっぱり怪しいよねシアー」

「よね〜」

「ここ数日、ヘリオンってばずっとあんな調子だし」

ネリーの問い掛けに同意するように頷きながら、ネリーとは逆の方向へと首を傾げるシアー。
二人の視線の先には訓練終了同時に早足で立ち去っていく黒髪の少女の後ろ姿があった。
既に視界から消え去りつつある背中をじっと見つめ、ネリーはポンと手を叩く。

「良い事を思いついた」

「なになに〜」

目を輝かせて聞いてくるシアーへと含んだ笑みを見せ、ネリーは髪を掻き揚げる。

「こんな事を考え付くなんて、ネリーってばクールよね」

「く〜る、く〜る。それで、なに〜」

「それは、ヘリオンがこそこそと何処に行ってるのか後を付けるのよ。
 そうクールに!」

「おお〜、それは楽しそ〜」

「でしょ〜。という訳で、早速しゅっぱーつ!」

「お〜」

互いに拳を上へと持ち上げて気合を入れると、急いでヘリオンの去った方へと走り出す。
走り出してから慌てて速度を落とし、

「シアー、静かにね。気付かれないように」

「分かってるよ〜」

こっそりと物陰からヘリオンの様子を窺う二人。
二人に付けられているとも知らず、ヘリオンは一人さっさと宿舎に戻る。

「あれ? ねぇ、ネリー。ヘリオン、部屋に戻っちゃったよ

「え、うそ。何で? うぅ、もしかして何もないとか?」

「そうなのかも〜」

ここ数日、訓練後のヘリオンの様子がおかしい事から何かあると思っていたネリーはがっくりと肩を落とす。
だが、すぐに違う可能性を思いつく。

「もしかしたら、珍しいお菓子を一人占めしてるのかも!」

「それはずるい〜。シアーも、シアーも欲しいの〜」

二人は暫く無言で顔を見合わせると頷きあい、こっそりと宿舎の中へと忍び込むようにして入っていく。
足音を極力立てないように注意しつつ、ヘリオンの部屋まで来ると扉に耳を付ける。

「ん〜、聞こえないの〜」

「しっ、シアー。少し静かに。じゃないと、聞こえない」

「む〜、分かったの」

ネリーの言葉にシアーは自分の口を手で押さえながら耳をぴったりと扉にくっ付ける。
だが、扉の向こう、ヘリオンの部屋からは物音一つしない。
本来ならもう少しじっくりと様子を見るのが普通なのだろうが、そんな悠長な事を出来るような二人ではなく、
思った通り、あっという間に痺れを切らして扉を開け放つ。

「ヘリオン! ネリーたちにもちょうだい!」

「頂戴〜」

開け放ちながら言い放つも、部屋の主は何処にもおらず、部屋はからっぽである。
不思議そうに部屋を眺め回すシアーの目が窓を捉え、何となしに外へと視線をやる。

「ネリー、下」

「下がどうかしたの?」

シアーの言葉に足元を見るネリーへと少しだけ頬を膨らませてシアーは窓を指差す。

「お外を見て!」

シアーの言葉に窓の外を見たネリーは、何処かへと走って行くヘリオンの影を僅かに捉える。
窓から飛び降りればまだ追いつけるかもしれないが、そうすると無断で部屋に入った事がばれてしまう。
仕方なくネリーは部屋を飛び出し、急いで外へと向かう。

「ま、待ってよ〜」

その後ろをシアーも必死で追いかける。
だが、二人が外に出る頃には完全にヘリオンの姿を見失っていたのだった。



翌日、訓練の最中にもヘリオンの方へと注意を向けて、
全然集中していなかったネリーとシアーに訓練後悠人が話し掛ける。

「ほら、二人ともちゃんと訓練しないと駄目だろう」

「ごめんなさい、ユートさま」

「ごめんなさい〜」

悠人に注意されて反省するも、すぐにソワソワし出す。
そんな二人に溜め息を吐きつつ、何かあったのか尋ねる。
ヘリオンの名前が出た事で、悠人も少し考え出す。
悠人自身もここ数日のヘリオンの事が気になっていたのだ。
ちゃんと訓練もしているからプライベートにあまり口出しするつもりはないのだが、
いつもなら自主的に訓練をするヘリオンがさっさと上がり、何よりも夜遅くに戻ってくる事を心配していた。
危ない事はしていないと思うが、流石に心配になった悠人は誰かに相談しようと決める。

「とりあえず、エスペリア辺りに何か知らないか聞いてみるから。二人もあまり下手な詮索はするなよ」

「分かった」

「は〜い」

悠人の言葉に元気に返事しつつ悠人を挟むように横に並ぶ。
そのまま宿舎に戻ろうとして、悠人はヘリオンと出会う。

「あ、ヘリオン」

「ゆ、ユートさま! こ、こんにちは。では、これで失礼します!」

どこか慌てた様子で悠人に挨拶するとヘリオンはさっさと去って行く。
その背中を見送り、三人は何か可笑しいと顔を見合わせるのだった。
その日の夜、エスペリアにそれとなく尋ねてみるも、エスペリアも何も知らないらしく、悠人は一人部屋で考え込む。

(大丈夫だとは思うんだけれどな…)

ヘリオンについて頭を悩ませていると、いきなり部屋にオルファが入り込んでくる。

「パパ〜。って、どうかしたの?」

駆け寄って抱きつこうとしたオルファだったが、何か考えている悠人の様子に手前で足を止めて顔を覗き込む。

「ああ、別に何でも…。そうだ。オルファ、ヘリオンの事で何か知らないか」

「ヘリオン? そう言えば、最近あまり見ないね」

「だろう」

「ああ、そうだ。前に毛布を持ち出してたよ。他にも食料とかも」

「……ひょっとして隠れてペットでも飼ってるのかもな」

「ペット!? 見たい、見たい」

「いや、俺じゃなくて……。そうか。
 捨て猫か何かを見つけてきたけれど、それを言い出せなくてこっそりと飼ってるのかもな」

悠人は自分なりに出した答えがそう外れていないような気がして満足そうに頷く。
一方でオルファは自分を構わずに考えに没頭している悠人に頬を膨らませ、その腰に纏わり付く。

「見たい、見たい、見たい〜」

「わ、分かったって。ただ、あくまでも、もしかしたらだからな。
 それにヘリオンも隠しているみたいだから、始めはこっそりと様子を見て事実だったらさり気なく、な」

「うんうん♪」

悠人の言葉に嬉しそうに頷くと、じゃれるようにやはり悠人に抱き付く。
それを笑いながら受け止め、頭を撫でてやる。
嬉しそうに目を細めるオルファを見ていると、悩んでいたのがどうでも良くなってくる。
まあ、悩み自体も既に解決したと言えるのだが。



翌日、流石にネリーやシアーに黙っているのも悪いと思ったのか、悠人は昨日自分が考えた事を口にする。

「そっか。だったらネリーも見てみたいかな」

「シアーも」

「だが、あくまでも可能性の一つだからな。
 それに、もしかしたら誰かに無理矢理持ってこさせられているという事もあるし」

昨日眠る前に思わず浮かんできた嫌な想像を振り払うように首を振る。
スピリットというだけで、何をされても文句を言えない。
それを女王自らが否定するも、まだ一般には受け入れられていないのだ。
寧ろ、女王の言葉に反発を覚えた者が居ても可笑しくはない。
とはいえ、王女のこの考えはまだ民衆には伝わっていないはずである。
だとすれば、犯人は王宮の者となる。
そこまで考えて、悪い方へと考えている事に気付く。
悠人の様子から三人も何か感じ取ったのか、不安そうな顔になる。
そんな三人に心配させまいと笑い返し、大丈夫だと告げる。
だが、三人の不安はなくならず、逆の意味でヘリオンの後を絶対に付けようと決意する。
こうして、不安の心を抱えたまま訓練が始まるのだった。



訓練後、あまり身の入っていなかった三人を説教しようとするセリアを悠人が宥め、ヘリオンの後を付ける。
見つからないように距離を開けつつ付いて行くと、ヘリオンは街を出て山へと入っていく。
茂みを掻き分けるヘリオンの後に付いて行くも、とうとう見失ってしまう。

「しまったな。しかし、こんな人気のない所で」

嫌な予想の方が当たりだったのかと思った事が三人にも伝わったのか、途端に顔が曇る。
それを元気付けつつ、とりあえずは手分けして探す事にする。
と、オルファがヘリオンの通った後らしきものを見つける。

「崖? いや、この下か」

ネリーとシアーに抱えられて悠人とオルファたちは崖下へと降り立つ。
周囲を手分けして探していた悠人の耳に、ネリーとシアーの声が聞こえてくる。

「ユートさま、ここに洞窟が」

「あるの〜」

「きっとそこだ」

悠人の返事を聞くや否や、二人は我先にと駆け出す。

「あ、こら待て。っ、オルファ、俺たちも急ぐぞ」

「あ、待ってよー」

慌てて走り出す悠人の後を、オルファも慌てて追いかける。
洞窟に入って少しして、前方から騒がしい二人の声が聞こえてくる。
どうやら心配していた事態ではないようでほっと胸を撫で下ろして二人に追いついた悠人だったが、
そこで見た光景にくるりと背を向ける。

「ああ、ユートさま、違うんです! 誤解なんですって!」

その背中にヘリオンの慌てた声が響くのだった。





つづく







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