『刻まれる時の彼方 〜Duel Heart of Eternity Sword〜』






26話 ある日の休日





うららかな陽射しが降り注ぎ、緑の木々もまるで喜んでいるかのようにそよ風に揺れて静かな音を立てる。
数日前の地下での激闘が嘘のように穏やかな日常の風景。
その中をゆっくりと歩く男女の姿があった。
鼻歌混じりにスキップなどして、バスケットの一つでも持っていればピクニックかと思ったかもしれない。
が、現実はそれとは異なり、共に並んで歩くその手に荷物があるのは間違いないのだが、ピクニックとは程遠い。
男――恭也は両手で積み重ねた箱を三つ持ち、女――ユーフォリアは大きなリュックを背負っていた。
背負われたリュックの両脇には何故か鍋がぶら下がっており、それがぶらぶらと揺れる度に小さな金属音を上げる。

「ようやく恭くん用の部屋が出来たのは良いけれど、自分たちで荷物を運ばないといけないなんて酷いよね」

「まあ、仕方ないさ。それに家具などは移動させなくても良いんだから、大した事じゃないだろう」

「そうなんだけれどさ」

ぶつくさと文句を言うユーフォリアだが、その足取りに危うい所はない。
ユーフォリアにとってはこの程度の荷物は確かに苦でもないのだが、それでもついつい文句を口にしてしまう。
が、それも束の間、家に近付くにつれてその顔には笑みが浮かび、上機嫌さを全身から現し出す。

「これでようやく誰にも気兼ねなく新婚生活を迎えられるね、ダーリン」

「あー、その呼び方は勘弁してくれ。それと別に新婚でもない」

思わず頷きそうになるも恭也はすぐに否定の言葉を口にする。
一方のユーフォリアはそれでも笑みを崩さず、

「確かにまだ結婚はしてないもんね。じゃあ、同棲生活だね」

「……」

何か言いたそうにする恭也だったがユーフォリアの言葉に思わず恥ずかしくなり口を閉ざす。
そんな様子を眺めてまた笑みを深めるユーフォリアであったが、それ以上からかう事はせずにこちらも口を閉ざす。
やがて二人の前に一件の家が見えてくる。

「思ったよりも小さいじゃない」

「そうでもないだろう。しかし、部屋がなかったからとは言え申し訳ない気もするな」

その外観から見て取れる大きさに文句を言うユーフォリアを宥めつつ恭也がそう口にする。
対する、ユーフォリアは気にしないと言うと扉を開ける。
中は今まで居た部屋と同じ大きさで家具もちゃんと付いており、隅には小さいながらも台所も用意されている。
奥に扉が一つあり、そちらはどうやら風呂となっているらしい。
通常は寮の風呂を使用するのだが、寮まで距離がある事もあって予め用意してくれたのだろう。
かえって申し訳ないという気持ちを更に大きくする恭也に対し、
ユーフォリアはようやく他の救世主候補たちと同じ境遇になったと満足そうにする。
当初は新たな寮の建設計画まで出ていたのだが、流石に予算と時間の関係で恭也の部屋を用意するだけとなった。
かなり急いで建設されたが意外と作りはしっかりしており、テントで良いとさえ思っていた恭也にしてみれば上等である。
ユーフォリアの方も周囲に他人が居ないという状況が何よりもいたくお気に召したようであった。
荷物を置いた二人は軽く掃除をし、荷を解いていく。
二時間と掛からず、二人の引越しはこうして無事に終了するのだが、全てを終えてから恭也は一つの問題を見つける。

「どうしてベッドが一つなんだ」

今の今まで気付かなかったが、恭也が言うようにベッドが部屋には一つしかなく、他に部屋はない。
これはミュリエルもうっかりしていた事なのだが、救世主候補の部屋と同じ物を揃えさせた為に起こった問題であった。
元々、僅かの期間だけとはいえ恭也が住んでいた部屋と同じ家具を揃えておけば問題ないと思ったからだ。
だが、実際には恭也一人ではなくユーフォリアが居るという事を失念していた。

「学園長に言ってもう一つ用意してもらうか」

「えー、別に良いじゃない。今までだった問題なかったんだし、このベッドもあそこにあったのと同じ大きさでしょう。
 ほら、この大きさなら充分に一緒に寝れるって」

言ってベッドに腰を下ろしてポンポンと軽く跳ねるユーフォリア。
確かに大きさという点で言えば問題ないのだが、恭也自身の倫理観には大きな問題なのだ。
だが、既に何度となく床で寝るというのを突っぱねられて今まで一緒に寝てきているのだ。
ユーフォリアにとってみれば今更である。それに一緒の方がやはり多少の緊張はするものの嬉しいのである。
故に恭也の意見を封じ込めるべく行動に移る。

「もう一つ入れたら狭くなっちゃうじゃない。どうしても一緒が嫌なら私が床で寝るよ」

こう言えば当然、恭也は自分が床で寝ると言うだろうと分かって口にする。
案の定、恭也がそう言った所でユーフォリアは反論する。

「駄目だよ。今の恭くんを守るのが私がここに居る理由なんだから。
 言うなら、恭くんが主なの。何処に主を床に寝かせる使用人がいる?」

「それはそうだが、厳密に言うなら俺とユーフィは主従関係では……」

「うぅぅ、恭くんは私と一緒が嫌なんだ」

恭也が正論を口にしようものなら、ユーフォリアは咄嗟に泣き崩れてみせる。
それには嘘だと分かっていても慌てる恭也であるが、それでもどうにか抵抗を見せる。
そこでユーフォリアは恭也の手を取り、じっと上目で見詰める。

「駄目なの?」

「あ、う……」

目を逸らさずにじっと見詰めてくるユーフォリアに何故か逆らえず、恭也は遂に頷いてしまう。
諸手を挙げて喜ぶユーフォリアは対照的に、恭也はまたかとただ肩を落とす。
ともあれ、多少の問題はあったものの今度こそ本当に引越しは終了を迎える。
そして、二人は互いに椅子に座り真剣な面持ちで今後の話を始める。

「大河が赤の主になった事は当分、俺たちも知らないという事にするんだったな」

「うん、その方向で良いと思うよ。今、その話を持ち出してもどうしようもないというのもあるしね。
 召喚の塔に関しても恭くんには元よりあまり関係ない事だし、あの一連の出来事は特に気にしなくても良いかな」

「そうか。なら、今一番の問題は……」

言ってテーブルの上に幾つかの武装を置く。

「幸い、あらゆる世界の根と言うだけあって、小太刀の砥ぎはどうにかなったが……」

あの地下から帰った翌日、恭也は学園長から紹介された店に小太刀を砥ぎに出し、どうにか主武器を失う事は避けれた。
とは言え、その顔はあまり芳しくはなく、テーブルの上に置いた武装を改めて見遣る。

「鋼糸は一番と七番が二つ。飛針が九に小刀が三か」

仕方ないとは言え、減った暗器に思わず溜め息を吐く。
これから戦いが本格的に始まるとして、補充の利かない状況でこの数は心許ないと言わざるを得ない。
なければないでそういう風に戦えば良いのだが、取れる手が減ることになるのは間違いがなく、
かと言って、飛針や小刀の代用品は用意できても鋼糸は難しい。
ましてや、恭也の場合は主武器である小太刀も召還器とは違い手入れが必要なのだ。
実戦訓練で召還器と打ち合えば、それだけ磨耗も激しくなる。

「おまけに小太刀は一刀の状態だもんね」

深刻な顔を見せる恭也に合わせるようにユーフォリアも深刻な表情で付け加える。
ユーフォリアにしても簡単に世界を行き来するなんて事は出来ず、どうした物かと一緒に考える。
が、結局の所はこの世界で手に入る代用品を使う以外に方法はないのだ。
二人して既に出ていた結論に再び辿り着き、ユーフォリアは気分を入れ替えるように明るい声を出す。

「それじゃあ、デートのついでに代用品を探しに行こう」

言って恭也の腕を掴んで引っ張る。
そんなユーフォリアに気遣いに微笑を浮かべて席を立つと、

「武器探しの方がついでなのか?」

そう意地悪そうに言う。
が、ユーフォリアは当然とばかりに胸を張り、

「まあ、それも含めてデートという事でも良いけれどね」

そう主張するユーフォリアに恭也はただ肩を竦め、大人しく従うように街へと出掛けるのであった。
そんな二人が家から出て行くのを陰から隠れて見ている者が居る事に気付かずに。





つづく






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