『刻まれる時の彼方 〜Duel Heart of Eternity Sword〜』






21話 禁書庫W 〜最下層へようこそ〜





大河たちよりも先行して先の階層を探索している恭也とユーフォリア。
リリィが見つけた隠し部屋の探索により、更にその差が開いたかに思われる所だが、実状は違っていた。

「……当分はかくれんぼは遠慮したわね」

「果たして、この先かくれんぼに誘われるという事態が起こりうるかどうかは兎も角、その意見には賛成だ」

二人して狭い書架の間に潜り込み、モンスターの群れをやり過ごす。
息を潜める二人の横を今しもモンスターが数匹通り過ぎていく。
その一団を見送り、ほっと息を吐く恭也であったが、不意に顔を赤らめる。
理由は言うまでもなくユーフォリアである。
向かい合う形で狭い場所へと潜り込んだため、二人はこれ以上はないというぐらいに密着している。
ましてやユーフォリアは自ら身体をを恭也へと押し付け、恭也の反応を楽しんでいる感じさえ見受けられる。
それが分かっていても間近にユーフォリアの端正な顔が、身体には自己主張する二つの柔らかな感触があり、
恭也としてはどうしても戦闘から意識を切り替えると気になって仕方ないのだ。
そんな恭也の反応に少し照れくさそうな仕草をしつつも、満更でもないという感じでユーフォリアは恭也に抱き付く。

「ユーフィ、モンスターも行ったみたいだぞ」

「そうみたいね」

「…………」

「…………」

「……ユーフィ?」

「うーん、仕方ないな」

恭也の再度の呼び掛けにユーフォリアは本当に仕方ないとばかりに渋々と恭也から離れる。
こうして、書架の間から抜け出すと恭也は熱くなった頬を隠すように軽く擦り、ユーフォリアを促して先へと進む。
と、まあこんな感じでモンスターと出会うたびに逃げる、もしくは隠れ、
隠れる際には狭い場所の為にその度にユーフォリアがすぐに離れないという事を繰り返して居た為、
大河たちとの距離はそう開いては居ないのである。
とは言え、大河たちは大河たちで戦闘を行っているため、恭也たちに簡単に追いつくという事もない。
そんな感じで地下へ地下へと潜っていく恭也なのだが、やはり武器の不足という問題については考えざるを得ない。
恭也の考えている事を読み取ったのか、ユーフォリアも少し深刻そうな顔付きとなり、

「確かに問題よね。小刀に関しては他の武器で応用できるとして、飛針と鋼糸が問題よね」

「飛針は何とかこちらの技術でも作れるとは思うが……」

「鋼糸が問題よね」

「まあ、ない物を強請っても仕方はないがな。ないならないで、闘い方を変えるしかあるまい」

「どちらにせよ、恭也の武器が召還器じゃない以上、予備の剣は必要になってくるしね。
 学園長に要請する必要があるわね。流石にこの事で向こうも貸しなんて言い出さないとは思うけれど」

二人はこの地下書庫を出てからに付いて考え話し合う。
気が早い事は承知しているが、このままモンスターの数が増えるようなら引き返す事も既に視野に入れているのである。
そんな二人の元に耳を劈く雷鳴が届く。
顔を見合わせるなり二人はその音源へと走り出す。
程なくして、二度目の雷鳴が響き、前方の書架越しに魔法による雷が天井から降り注ぐ光景が飛び込んでくる。

「どうやらリコさんに追いついたみたいだな」

「ええ、この先みたいね。でも、同時に私たちも追いつかれたみたいよ」

ユーフォリアの言葉を証明するように、恭也たちの背後からこちらへと駆け付けて来る足音が聞こえる。

「どうする? そろそろ合流する?」

「したとしても完全な足手まといだがな」

「そうよね。またリリィに何か言われるかもしれないわね。
 うーん寧ろ、こっそりと後を付けていく方が良いかも。
 露払いは向こうに任せちゃって美味しい所だけ取りした時、リリィがどんな顔をするのか楽しみじゃない」

ユーフォリアの言葉に若干顔を顰めるも、その意見自体はそう反対するものでもないと考えを改める。

「色々と考えてみたが、結局は分からないという答えしかでないからな。
 敢えて後を付けて何が起こるか見るのも手だな」

「でしょう。まあ、実際に美味しい所を持っていくかどうかは別として、恭くんだけじゃこれ以上進むのは厳しいしね。
 合流するか、こっそりと付けるか」

「ユーフィはどちらが良いと思う?」

「私は恭くんの思うがままにすれば良いと思うよ」

ユーフォリアの言葉に少しだけ考え、すぐに答えを出すとユーフォリアの手を取る。

「やだ、こんな所でだなんて恭くん、大胆。……なんてふざけている暇もないみたいね」

からかおうとするもこちらに近付いてくる足音と気配にユーフォリアはすぐさま口を噤むと大人しく恭也に続く。
二人はそれ程離れていない場所に隙間を見つけ、そこへ身を滑らせる。
そのすぐ後に大河とリリィが走り抜けていくのを息を潜めて見遣る。

「……もう大丈夫だろう」

「そうね。それじゃあ、後を追いましょう」

二人から距離を取りつつ恭也たちも走り出す。
走りながら、二人は顔を見合わせると、

「大河とリリィしかいなかったが……」

「流石に二人の様子から察するに最悪の事態ではないと思うけれど。多分、途中リタイアじゃないかな」

本当の所はどうかは分からないが、二人の様子からそうではないかと予想を付ける。
これには恭也を気遣ってという意味合いもあったのだが、すぐにそれは必要なかったかと思い直す。
そんなユーフォリアの機微を悟りながらも、恭也はただ黙って二人の後を追う。
程なくして、リコと合流したらしい三人が戦っている場面に出くわして足を止める。
戦闘自体はすぐさま終わりを見せ、大河とリコが何やら言い合っている。
それをぎりぎり聞こえる位置まで移動して聞く限り、ユーフォリアの予想通りに最悪な事態は起こっていないらしい。
後は戻る戻らないの問答となるのだが、最終的には折れそうもないリコを前に大河たちがリコと共に行動する事で落ち着いたらしい。
三人となった大河たちは歩き出そうとして、それをリリィが引き止める。

「そう言えばリコ、恭也たちを見なかった?」

不意に出てきた言葉に僅かに身を固くするも、単に先に言ったはずの自分たちの姿がない事を気にしているのだろうと力を抜く。
当然、リコは恭也たちを見ていないと発言し、大河が一旦戻るかと尋ねるも、

「先に行きましょう。私たちが追い抜いた可能性もあるけれど、もしかしたら、別のルートで先に言っているのかもしれないし。
 どちらにせよ、確証がない以上先に進みましょう」

リリィの言葉に頷くと大河は更に奥へと進んでいく。
その背中が見えなくなってから、恭也たちは物陰から身を出す。

「さて、俺たちも進むとするか」

「そうね。後を付けるのってちょっとドキドキするけれど何か楽しいわね」

何か間違っていると思ったが口にはせず、恭也たちも大河たちの向かった先へと歩き出すのだった。





 § §





その後も何度か戦闘が行われたが特に危ない場面もなく、大河たちは下へ下へと潜っていく。
リコと合流してから数階階段をくだり、またしても新たなフロアに出た所でリコが足を止める。
敵かと身構える大河たちを前に、リコは変わらず静かな声で呟くように言う。

「着きました。ここが最下層です」

リコの言葉に二人は力を抜くもすぐに気を取り直し、最下層へと足を踏み入れる。
そこは今までのフロアとは違い、書棚も何もない空間で広さも端が見えないほど広いと言う事もない。
精々、百数十メートルといった感じのフロア、その降りてきた階段の丁度正面奥に他とは違う場所があった。
まるで祭壇のようにそこだけが区分されて盛り上がり、数段とは言え階段が添え付けられている。
その階段を上った先に、何かの記念碑のような大きな石版があり、その真ん中辺りに一冊の本が鎖で何重にも括り付けられている。

「あれが……」

「導きの書?」

二人が足を踏み入れた瞬間、壁に掛けられていた松明の火が一斉に灯り出す。
それを見て警戒を強める二人に、リコが予想通りの事を告げる。

「守護者です」

リコの言葉通り、フロアの中央に光が集まりまるで召喚されたかのようにそこに一匹の獣が姿を見せる。
獅子に龍、山羊という別々の頭部に、その巨体に見合う大きさの蝙蝠の羽。
体を支える四肢は一つ一つが成人男性の胴体よりも太く、鋭い爪を持っている。
その尻尾も巨体に見合う程に太く長大で、その先端は蛇の顔となっている。
まるで色々と合成された獣を思わせるその姿に、大河たちはそれでも対峙するように己の武器を向ける。
睨み合う事暫し、先に動いたのは守護者と呼ばれた獣の方である。
その巨体から信じられないほどに軽々と飛び上がると、その重量で押しつぶさんとばかりに前足を振り下ろす。
流石にこれを素直に受け止める気にはなれず、大河たちはその場を飛び退くのだが、見事に分断されてしまう。
守護者は入り口を背にし、正面で剣形態のトレイターを構える大河を獅子の頭部で睨み、
左右に散ったリコとリリィを龍と山羊の頭部が牽制する。
最初に動いたのは大河で、正面から向かって行きトレイターを振り被る。
その左右でリコとリリィが距離を開けながら魔法による攻撃を開始する。
リコから放たれた雷の魔法は龍の頭部に命中するも、大した痛みも感じていないのか平然と聳え、その口を大きく開く。
その喉奥からちろちろとくすぶる炎が見えたと思われた瞬間、口から炎が帯のように伸びてリコを襲う。
それを後ろへと距離を開けながら躱す。その反対側では、山羊の頭部にある二つの角の間で青白い火花が上がり、
一気に膨れ上がると雷となってリリィの放った炎を打ち消し、威力を多少減じさせるもそのままリリィ本人へと襲い掛かる。
リコ同様にそれを回避するとリリィはすぐさま次の魔法を放つために呪文を口にする。
最初に飛び掛った大河は、トレイターを獅子の口でしっかりと掴まれ、そのまま口に咥えた形で振り回されていた。

「っこのっ!」

振り回される中、大河は渾身の力を込めて蹴りを獅子の鼻面へと放ち、僅かに緩んだ口元からトレイターを強引に抜き取る。
最初の攻撃は防がれたが、回避行動で何とか三人は合流を果たすと、すぐさま攻撃に転じる。
まずはリリィが唱えていた魔法を放ち、そこへリコが少し時間をずらして雷を放つ。
それぞれ左右の頭部から放たれた炎と雷で先ほど同様に相殺される中、大河が接近しており今度は飛び上がるのではなく、
守護者の死角と思われる腹部へと滑り込む。
が、やはりそう簡単に自身の身体の下になど近づけるはずもなく、守護者の鋭い爪が大河に振り下ろされる。
辛うじてそれを受け止める大河であったが、完全に体勢が悪い。
スライディングするように滑り込んだ為に、大河の現在の状態は背中が地面に付いており、
単純な腕力のみで守護者の爪を受け止める形となっている。
召還器のお蔭で身体能力が向上しているとはいえ、そう長く持ちそうもない。
故に助けるべくリリィとリコが動き出すのだが、二人の魔法は炎や雷に相殺され、寧ろ残る頭部による攻撃で反撃さえされる。
逆に近付こうとしても、三対の頭部がそれぞれ別々に動いて互いを庇い合い、リリィとリコの接近を阻む。
その間も徐々に爪が大河へと迫る。
そんな中、部屋の中に連なる大きな柱の一本、その陰に潜む二人が居た。

「ユーフィ、リコは今はっきりとここが最下層だと言い切ったな」

「ええ。しかも、あれを守護者とも言ったわね」

目の前で繰り広げられる戦闘を盗み見ながら、恭也とユーフォリアは互いに視線を交わす。
が、そんな疑問よりも流石に助けないとまずいかと腰に戻していた八景に手を掛ける。
そんな恭也の腕を掴み、ユーフォリアが行動を止める。

「待って、誰かが来るみたい」

言われて入り口へと意識を向ければ、確かに誰かの気配が近付いてきている。
誰かと考えるよりも早く、入り口から一条の光が大河の眼前にまで迫っていた守護者の足に突き刺さる。
光と思われたそれは矢のようで、大きなダメージは与えられなかったようだが力は緩む。
その隙に大河は転がるように守護者の足元から抜け出し、入り口に向かって礼を言う。

「助かったぜ、未亜」

「ううん、お兄ちゃんが無事で良かった」

大河の無事に胸を撫で下ろす未亜であったが、そこに鋭い声が投げられる。

「未亜! 避けなさい!」

リリィの危険を知らせる声に考えるよりも身体が動き、転がって避けた未亜の、
今先ほどまでそこに頭のあった部分に尻尾の蛇が通過していく。
転がった状態のまま、未亜は蛇目掛けて矢を放つが、それは身体ごと飛び退って躱されてしまう。
四人となった大河たちは、召還器を手に再び守護者と正面から対峙する形となる。
その様子を見ていた恭也は、

「正直、出て行った所で大した力にもなれそうもないな」

「今の八景なら、数回振るったら八景の方がどうにかなっちゃいそうだものね。
 かと言って素手なんてもっての外だろうし」

「闘えなくはないだろうが、正直通じるかどうか怪しいな」

結論として、逆に出て行くことで足を引っ張る可能性があるとなり、このまま大人しく見ている事にする。
とは言え、本当に危なくなったら飛び出すんだろうな、などとユーフォリアは考えていたりするのだが。
見学すると決めた二人の前で、大河たちが三度目の攻撃を始める。
未亜の加入により援護に関しては飛躍的に手数が増えたものの、相手もそう簡単にやられる程に甘くはない。
頭上から降り注ぐ大量の矢を炎でなぎ払い、リリィの魔法を雷で打ち消し、リコが召喚した軟体動物はその爪で切り裂かれ、
翼が巻き起こす強風に大河の突進も動きを鈍らされ、そこへ尻尾である蛇が襲い掛かる。
だが、守護者が攻撃に転じようとするその出鼻を挫くように、未亜の様々な種類の矢が放たれ、僅かな隙を作る。
その隙に次の攻撃に移ったり、距離を開けたりと大河たちは先程よりも上手く立ち回る。

「って、何か手はないのかよ。せめて近付けりゃぁ」

とは言え、やはり致命傷となる攻撃を与える事が出来ず、大河がそう洩らす。
その間も守護者の攻撃は容赦なく襲い来て、大河たちに小さいながらも傷を負わせていく。
体力的に見ても向こうは未だ疲れを見せないのに対し、大河たちの方は徐々に動きが鈍り始めている。
特に未亜は三人の援護を自然と行っている分、他の後衛よりも動いており、更には地上まで戻って急いで引き返した分と相まって、
体力的に限界を迎えつつある。前衛で動いている大河も動きそのものは多いのだが、
こちらは召還器の特性が戦士型という事もあり、まだ幾分の余力があるようであった。
最早、何十回と繰り返した特攻を防がれ、再び集う大河たち。
そんな中、リコが小さく呟く。

「一つ手がない事もありません。ですが、失敗すれば……」

「あるならそれで行こう。迷っている暇はなさそうだぜ」

大河の言葉にリリィと未亜も頷き、大河に促されてリコは自分の考えを口にする。
それを聞いた途端、大河は悪戯っ子のような笑みを見せる。

「中々面白そうじゃないか」

「確かにそれなら接近できるでしょうけれど、リコ出来るの?」

「やってみせます」

リリィの言葉にリコは力強く頷く。
それを合図として、大河たちは守護者を倒すべく動き出す。





つづく







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