『刻まれる時の彼方 〜Duel Heart of Eternity Sword〜』






16話 トラウマ





何とかお願いを押し通し、同じベッドではなく床に学園長から貰った布団を敷いて寝ている恭也。
そんな彼の朝は早く、今日もいつものように鍛錬を終えて水浴びも済ませてから戻ってくると、
これまたいつものように眠っているユーフォリアを起こそうと手を伸ばす。



ユーフォリアの朝は大概、恭也に優しく声を掛けられて身体を揺さぶられる所から始まる。
当初は恭也の鍛錬に付き合っていたのだが、最近では恭也自身が眠そうなユーフォリアを見て、
朝の鍛錬は一人ですると言い出したのを受け、その言葉に甘えるようになっている。
何よりも、恭也に優しく起こしてもらえると言う朝の一時はとても大切な時間となっていた。
今日も今日とて、恭也の声にゆっくりと意識を覚醒させていく。



恭也がユーフォリアを起こそうと声を掛け、ユーフォリアが応えるように目を開けようとしたその瞬間、
ひときわ大きな爆発音が響き渡る。

「な、なに!?」

爽やかな朝を台無しにされた怒りもさることながら、ユーフォリアはすぐにベッドから飛び降りると恭也の傍に立つ。

「分からないが、外からだったな」

「……まさか、あいつらが仕掛けてきた。ううん、まだそれはないはずだし」

ぶつぶつと何か考え出すユーフォリアに声を掛け、恭也は取りあえず外に出ようと扉を開ける。
その後を付いて来ようとするユーフォリアに着替えうるように告げると、恭也は先に外へと向かう。
その背中に待ってよと文句を言いつつ、ユーフォリアは急いで着替え始める。
素早く着替えを済ませると窓を開け放ち、躊躇いもなくそこから飛び降りると、すぐに恭也と合流を果たす。
思ったよりも早く現れたユーフォリアに軽く驚くも、恭也は音が周囲を見渡す。

「多分、あっち闘技場の方だと思う」

ユーフォリアが音の聞こえてきたと思う方を指差せば、微かだが確かに煙らしきものが薄っすらと見える。
二人は顔を見合わせるとそちらへと向かって駆け出す。
まだ朝、それも殆どの生徒が起床するような時間だからか、校舎にも通じる通路には生徒の姿は見えない。
それを幸いとばかりに走る速度を上げ、中庭を通り過ぎる頃には、
聞こえてきた音が召喚の塔と呼ばれる建物からだという事が分かった。
何故なら、塔の頭頂部からは煙が立ち昇り、恐らくは爆発でもしたのだろう、
外観から見る限りでも壁が壊れ、酷い有様となっているのが分かる。
幸いと言うべきか、塔の頭頂部にある部屋以外は無傷らしく、突然塔が倒れるという事はないようだが。
それを確認すると二人はそのまま塔の天辺を目指して階段を登っていく。
恭也が召喚された部屋の前に辿り着くと、焦げ臭い匂いに混じり、硫黄のような匂いも感じられる。
若干眉を顰めるユーフォリアと共に恭也は部屋の中へと踏み入り、粉々に砕け散った柱や壁、
中でも部屋の中央が爆心地なのか、最も被害が大きいらしく床に大きな穴が開きあちこちに走る亀裂を目にする。
その付近に佇むリコに気付き、近づいて声を掛ける。

「リコさん、これは一体何があったんですか?」

「分かりません。私も爆発音を聞いてさっき来たばかりです」

リコの言葉を聞き、改めて周辺を見渡す。
ミュリエルがダリアやダウニーに何か指示を出しながら、自身も床や壁を見て周っている。
それに混じってユーフォリアも部屋の中をこちらは軽くといった感じで見て周り、最後に恭也の隣にやって来る。
その顔は部屋を出る前よりも幾分か和らいでいた。

「良かった、あいつらが動き出したんじゃなくて……」

誰にも聞かれる事無く呟かれたはずの言葉は、しかし恭也の耳には届いていた。
届いてはいたが、これもまた話せないことなのだろうとその事には触れず、ユーフォリアに確認するように尋ねる。

「やはり爆破か?」

「多分ね」

「だとしたら、その目的は何だ? 学園が狙われた以上は学園に恨みを持つ者かと思うが、
 この学園の意味を考えればそうそう下手に手は出さないだろう」

恨みを持つ者が居ないとは考えない。そういった者を普通の人よりかは多く見てきたというのもあるし、
幾ら救世主や破滅だと言った所で全員が信じているかどうかは分からないという事もある。
ましてや、それがどんな慈善であろうとも、恨みや妬みといった物は少なからず生じても可笑しくない。
ただ、それを実行するかどうかは別であり、もし破滅が現れるかもしれないのならその対抗手段を奪うのはまずい。
だからこそ、脅しのつもりで朝早くに誰もいないような塔を狙ったとも考えられるのだが。

「学園というよりも、救世主が誕生すると困る存在ならいるじゃない」

「破滅か。だとしても、ここを爆破する意味は?
 寧ろ破滅なら寮を狙うのではないか?」

「そうなんだけれどね。寮を狙うのはまずいからここを狙ったとなると、それこそ理由も分からないわよね。
 折角、学園の警備を掻い潜ったのに、意味のない事はしないはず。
 だって、これによって間違いなく警備は強化されるだろうし」

そんな風に考え込む二人の間で、リコがポツリと言葉を漏らす。

「これ以上、救世主を呼ばれないようにするため」

「確かにその可能性が大きいわね。ううん、ここを狙う以上はそれ以外にないとも言える。
 だとしても、どうしてここだけなのかしら。
 さっきも言ったように寮にも仕掛ければ、更に現状の救世主候補たちもどうにか出来たかもしれないのに」

「寮の周辺は簡易的なものですが結界が張ってあります。
 それに気付いたからと言う見方もできますし、もしくは寮を吹き飛ばすほどの火薬を持ち込めなかったか」

いつの間にかやって来ていたミュリエルが険しい顔でそう呟く。
四人が四人とも難しい顔をして黙り込む中、他の救世主候補たちもようやくやって来る。
やって来るなり騒ぎ始めるメンバーに頭が痛そうに手を当て、ミュリエルはとりあえず全員に話しかける。

「とりあえず、現状で分かっている事を説明します。
 幾つかは既に恭也くんたちは把握しているでしょうが……」

そう前置き、改めてミュリエルは大河たちにも先程と同じような事を説明していく。
更に付け加え、ここにあった魔法陣が破壊された事によって元の世界へと戻れない事も付け加える。
それに対して怒りながら掴み掛かろうとする大河と、それを止めようとするリリィの間で一発触発の雰囲気が流れるが、
それを遮るようにリコから静かな、けれども力強い声が出る。

「私の責任ですから、召喚陣は必ず私が元に戻します」

その声に少し驚きつつも、大河はリコの頭を撫でて笑みを浮かべる。

「大変だろうけれど、頼んだぜ」

「はい」

大河の言葉に一つ頷くと、リコは魔法陣を調べるためかしゃがみ込んで何かをし始める。
それを頼もしく見詰める大河であったが、当然のように誰がこんな事をしたのかと独り言のように呟く。
それに対し、恭也は先程ユーフォリアと話していた事を思い出し、推測だがと前置きをして自分たちの考えを伝える。
破滅という言葉に色めき立つ大河たちであったが、ミュリエルもまたそれは予想していたのか、
こちらは驚いている様子はない。恭也とユーフォリアの会話を既に聞いていたとしても、
直後に二人と会話する際の態度を見ていれば、やはり予想していたのだろう。
破滅と聞いて息巻く大河たちの中にあり、リリィは一人顔を真っ青にし、身体を震わせる。
それに気付いた恭也が名前を呼ぶのと同時にリリィの身体がぐらりと倒れる。
幸い、声を掛けようとした恭也が近くに居たために、そのまま倒れる事無く恭也に抱きとめられるが。

「リリィさん!」

意識のないリリィの脈を測り、早いものの異常はないと悟る。
見たところ怪我でもないようで、とりあえずは胸を撫で下ろすもこのままにはしておけない。

「恭也くん、悪いけれど医務室まで運んであげて。
 私はまだする事があるし、皆さんには暫く自室待機を命じます。
 恭也くんもリリィを運んだ後は連絡が行くまで自室で待機をしていてください」

言ってミュリエルはダウニーやダリアの元へと歩いて行く。
本当は娘の傍に居たいのだろうが、学園長と言う肩書きが今の状況にあってそれを許さない。
それを悟り、無言で恭也はリリィを抱き上げる。

「あーっ、お姫様抱っこ!? わ、私もまだやってもらって事ないのに!」

このような事態になっても、ユーフォリアはユーフォリアのままな事に恭也は逆に小さな笑みを零す。
だが、それとこれとは別なので注意もしておく。

「ユーフィ、訳の分からない事を言っている場合じゃないだろう。
 それよりもさっさと連れて行こう」

「うー、うー、ここで駄々をこねても無駄だし、それなら少しでも早く医務室に向かう方が建設的だもんね。
 納得はしてないけれど、分かったよ。ほら、早く行こう」

あっという間に部屋から飛び出し、入り口で振り返ると恭也を急かす。
その様子にまた苦笑を零しながら、恭也はリリィを医務室まで運んでいくのだった。





 § §





赤、赤、朱、朱、紅、紅。
微妙に色合いは違うけれども、どれも一言で言い表すのなら赤。
今、辺り一面を覆い尽くすのはただただ紅だけの世界。
足元だけでなく周囲にも散らばる粘りのある液体も赤ならば、視界の遥か向こうから付近まで、
まるで空を染め上げるかのようにゆらゆらと立ち上るものもまた赤。
周辺を血と炎が埋め尽くす中、絶望と恐怖を孕んだ瞳が見上げた空もまた赤く、まさかに赤に支配された世界。
その赤の中にあって所々見えるのは、何かが焼け焦げたのであろう黒い塊。
それが赤一色の中にあって、やけに目に付く。
家屋や脂肪の燃える焦げ臭い匂いの中に、獣の匂いや血の匂いも混じって充満しており、
正常な状態ならば息を止めるか、鼻を摘む所だろう。
だが、唯一その中にあって未だに生き残っていた少女には最早そんな気力もないのか、
空を見上げていた恐怖に滲む瞳は再び前方を向く。
生き残った事を幸運と思えるような状況には少なくとも置かれていない。
腰が抜けて立つことも出来ない足は、いや、身体全体をただ恐怖に震わせるだけ。
目を閉じて現実から逃げる事も暗闇に対する恐怖心から出来ず、かといって必要以上に周囲を見ることも出来ず、
結局、少女は前方を震えて噛み合わない歯を打ち鳴らしながら、ただ見る事しかできない。
炎の爆ぜる音や獣の低い唸り声、それらに混じり水溜まりを踏んだかのような音がする。
滅び行く中にあり、初めて聞いた音に知らず落ちていた視線がそちらを振り向く。
何のことはない、先程まで別の者を甚振っていた獣が、動かなくなった肉塊に飽きて、
未だに生きている獲物、つまりは少女へと血溜まりを踏みながら近づいて来たのだ。
喉は既にからからに渇ききり、唇さえも艶を失いかさかさに乾いた少女は、涙と埃に濡れた顔を恐怖に引き攣らせ、
動かない身体を懸命に手足をばたつかせて獣から遠ざけようとする。
だが、動かしているつもりの手足は全く動かず、僅かともその場から動いていない。
それでも少女の逃げようとする気持ちを敏感に感じ取ったのか、
獣は折角見つけた獲物を逃してはならないとばかりに、威嚇の咆哮を高らかに上げる。
それにより僅かな動きさえ止め、ただただ恐怖する獲物に満足したのか、零れ落ちる涎を拭いもせずに少女に近づく。
あまりの恐怖からか、瞳を逸らす事も閉じる事も出来ずに迫る獣たちを見詰める。
一層、増した鼻をつく鉄サビのような血の匂いとむせ返りそうになるほどの獣の匂い。
周囲を狂気のみが支配する中に置いて、少女は生きながらにして既に死を迎えようとしていた。
この一面赤い世界、少し前まではいつものように話をしていた仲の良いものたちが、
ただの肉塊へと変わる場面を見せられ、今目の前にはそれを見せ付けた恐怖の体現とも言えるモノの仲間が、
今まさに自分を襲わんと近づいて来る。この状況にあり、肉体に傷はないが、既に精神が死にかけているのだ。
恐怖と言う感情すら消え失せ、生気を無くして光を失った、まるで玩具のガラスのような瞳に映るのは、赤と黒。
どちらも自身を精神的に、そして肉体的に殺すモノたち。
既に恐怖により麻痺した精神は、少女から思考さえも奪おうとしていた。
それでも、僅かに残っている理性は逃げる事を急かすように頭の中で警鐘を鳴らす。
だが、本能は、身体はそれを受け入れない。
もう良い、このままで居たら楽になれる。
死さえも解放として受け入れようとする部分と、恐怖に震えながらも生き長らえようとする部分。
その二つが少女の中でせめぎ合い、完全に狂ってしまう事を許さない。
狂う事が出来れば楽であったかもしれない。
しかし、少女は強靭な精神を持っていたのか、最後まで狂う事無くこの狂宴を見届ける事となってしまった。
だが、それももう間もなく終わりを告げる。
競うように飛び掛ってくる獣たち。
最初に視界を覆ったのは黒い影二つ。少女は目を閉じる。
目を閉じたのだから、本来なら目の前の様子は見えないはずである。
だが、視界が塞がったのは僅か一瞬の事。理不尽かな、閉じたつもりの瞳は目の前の光景を少女に伝え続ける。
少女の顔よりも大きい爪という凶器が少女へと振り下ろされ……。



「きゃぁぁぁぁっ!」

絶叫と呼ぶぐらいの悲鳴を上げ、リリィは目を覚まして身体を起こす。
荒く呼吸を繰り返し、震える身体を両腕で抱き締める。
ようやく身体に生きているという実感が湧き上がり、自分が白いカーテンで仕切られたベッドの上に居ると気付く。

「……夢か」

疲れたように身体をベッドに倒し、
スプリングで僅かに撥ねる体に力を入れるのも億劫とばかりに乱れた髪もそのままに目を閉じる。
脳裏に甦るのは先ほど見た夢。けれども、はっきりと思い出す事が出来る。
それもそのはずで、あれは夢でありながらも夢ではないのだから。
あれはリリィが過去に実際に経験した出来事。
昔はそれこそ毎日のように夢見て魘されていたもの。召還器を手にしてからは見なくなっていた夢。
それを久しぶりに見た。
原因は分かっている。倒れる前に聞かされた話であろう。
だるそうに首を動かせば、やはり周囲はカーテンに囲まれている。
恐らくは医務室なのだろう。そこまで思いついた時、カーテンの向こうに影が映る。
夢の影響が残っているのか、思わず身体を震わせるリリィであったが、すぐに聞こえてきた声に力が抜ける。

「大丈夫か、リリィ!? その、声が聞こえてきたんですが……」

悲鳴と言わないのはリリィを気遣ったからなのか、それとも特に意図しての事ではないのか。
どちらにせよ、その声に僅かばかりの安堵を覚えつつ、乾いた喉で返事を返す。

「起きてるわよ。いいわよ、別に入ってきても」

リリィの言葉にカーテンが少しだけ捲られ、その隙間から声の主――恭也が入ってくる。
特に何も見た目は異常は見受けられず、恭也は小さく嘆息すると一端ベッドから離れ、
仕舞われていたタオルを手にベッド脇の椅子に腰を下ろすとタオルを手渡す。
それを気だるい身体で何とか受け取り、リリィは顔の汗を拭う。
続いて胸元を開こうとして恭也の視線に気付く。

「ちょっ、あっち向いてて!」

「す、すみません」

じっと見ていた恭也はリリィの言葉に慌てて背中を向ける。
その背中を暫く睨んでいたリリィだったが、毛布を引き寄せて身体を隠すようにして軽く身体の汗を拭き取る。

「それで、私が倒れてから何かあった?」

「いえ、特には。何らかの指示が後で出るようですが、それまでは自室待機になってます」

「そう。もうこっちを向いても良いわよ」

恭也がこちらを振り向くも、特に話す事もなく静寂が横たわる。
何となく居心地が悪く感じ、リリィは手持ち無沙汰にタオルを指で弄るも、恭也の視線もそれを見ていると気付き、
リリィは顔を若干赤くすると、タオルを隠すように背中に回す。

「え、えっと……」

沈黙を破ろうと何か言おうとするも、特に話題が浮かばずにまた口を閉ざしてしまう。
それを見たからという訳でもなく、恭也は先程から気になっていた事を口にした。

「不躾な質問かもしれませんが、何か持病でもあるんですか?
 だとしたら……」

共に戦う事になるであろう仲間の事だけに、話せるのなら話して欲しいと恭也は突然倒れた理由を尋ねる。
好奇心からではなく、純粋に身を案じていると分かるその様子に、リリィは少し迷ったが、やがてゆっくりと口を開く。

「持病じゃないわ。どちらかというとトラウマね」

自虐的な笑みを張り付かせ、リリィは自身の身に起こった事を説明する。
破滅に襲われた際の唯一の生き残りである事。
危ない所をミュリエルに助けられ、ミュリエルと共に世界を越えてこのアヴァターへとやって来たこと。
世界を渡る際に時間の流れの差により、千年経っている事など。
今まで誰にも話せなかった事を話した所為か、リリィは少しだけ胸のつっかえが取れたような穏やかな顔をしていた。
全てを聞いた恭也は少し考え込むと、自身もまた似たような経験をしていると、
恭也を含めて四人だけが生き残った御神一族の話を聞かせた。
別にリリィの話を聞いたからという訳ではなく、ただ何となくといった感じで。
再び沈黙が降りようとしたのだが、そこへ訪問者がやって来る。

「恭くん、リリィは起きた? って、もう起きてるのね」

「あのね、もしまだ寝ていたらどうするのよ。
 医務室に入る時ぐらいはもっと静かにしなさいよね」

「だって、リリィしか利用している人がいない事は分かっているんだもん」

「それはどういう意味よ!」

いつものように喧嘩を始める二人に溜め息を漏らしつつ、恭也はとりあえずは二人の間に割ってはいる。

「とりあえず、二人とも落ち着け。どうして、すぐに喧嘩をするんだ」

呆れたように呟く恭也に対し、双方とも相手が悪いと口を揃える。
そういった所はやけに息が合っているなと思うものの、それは口にせずにおく。

「それでユーフィ、何かあった……何か機嫌が悪いように見えるが」

ユーフォリアに問い掛ける途中、恭也はふと気付いた事を口にする。
言われてみれば、確かにどこか不機嫌そうな顔をしており、リリィもそれに気付く。
対するユーフォリアはそれを隠す事なく肯定し、リリィを睨む。
何故睨まれるのか分からないながらも、睨まれたので反射的に睨み返すのだが、ユーフォリアはリリィに指を突きつけ、

「だって、恭くんはリリィを運ぶのにお姫様抱っこしたのに、私がお願いしてもやってくれないんだもん!
 おまけに、ここに運ぶ途中で何人かに見られていたらしくて、変な噂までたってるし!
 ああ、もう最悪!」

「お、おひめ……、と、塔からここまで、その状態で……?
 し、しかも目撃者って、み、見られてたというの……」

子供のように駄々をこねるユーフォリアと、それを聞いて顔を赤くして恥辱に震えるリリィ。
結果として、二人から何故か睨まれて思わず怯む恭也であったが、
それを誤魔化すようにユーフォリアへと話しかける。

「それで、何かあったんじゃないのか」

「むー、そうやってすぐに男の人は誤魔化すんだね」

「本当に、これだから男って奴は」

恭也の言葉に拗ねたユーフォリアに同調するかのようなリリィ。
今度こそ、口に出してこんな時ばかり息を合わせてとぼやきたいのを押さえ込む。

「まあ、あまり苛めるのも可哀相だし、それに早く呼んで来ないと煩いだろうから、これぐらいにしてあげる。
 何か学園長が学園長室に集合しろってさ。
 リリィに関しては……」

「私はもう大丈夫よ」

言ってベッドから降りるリリィにユーフォリアは何も言わずに肩を竦める。
揃って医務室を後にする中、ユーフォリアは恭也の耳にそっと口を近づけると、

「恭くん、今度は私を抱っこして学園中を歩いてね」

「それは勘弁してくれ」

「むー、だったら一緒の布団で寝て」

「何でそうなる」

「一回だけで良いから、どっちかしてよ〜」

散々駄々をこねるユーフォリアに根負けして、部屋の中で抱っこするという事で妥協をしてもらう。
何故か疲れたように歩く恭也と、その前をスキップせんばかりの軽い足取りで行くユーフォリア。
怪訝そうに二人を見比べつつ、リリィは恭也の隣に並ぶと少し緊張した面持ちで切り出す。

「アンタには世話になったみたいね。一応、お礼は言っておくわ。
 そ、それとそのお礼って訳でもないけれど、その、別に無理して丁寧に話さなくても怒らないでいてあげるわよ」

「別に無理はしてませんけれど……」

不意に切り出されたリリィの台詞に、恭也は不思議そうに尋ね返す。
すると、リリィの方も若干意外そうな顔をしてみせる。

「そうなの? だって、偶に丁寧じゃない時とかがあるから……。
 って、別に私が良いって言ってるんだから、素直に従っておきなさいよね!」

みせるのだが、何故か途中からはいつものように怒り出す。
やはり女性はよく分からないと頭を悩ませるも、恭也は大人しく頷いておく事にするのだった。





つづく







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