『刻まれる時の彼方 〜Duel Heart of Eternity Sword〜』






14話 学園長の思惑





恭也を倒して上機嫌で戻ってくる大河をカエデが笑顔で迎える。
それに片手を上げて応えて胸を張る。

「ふっふっふ。主席のリリィに勝った恭也を倒したという事は、この俺が救世主クラス最強って事だぜ!」

「流石でござる師匠」

「さて、最強云々は置いておくとして、恭也には何をしてもらおうかな。
 ……よし、ユーフォリアを一日貸してくれ!」

「とりあえず、この馬鹿を殺しても良いですか?」

まるで天気の話をするかのように自然と言われたので、その意味を理解する前に思わず頷いてしまいそうになるも、
何とかミュリエルはそれを留める。
流石の大河も思わず腰を引きながら後退る中、ようやくリリィから解放された恭也を見る。

「指導の件に関しては俺とお前の事だからな。そこにユーフィを巻き込むわけにはいかないだろう。
 で、どうするんだ」

「あー、とりあえず後で考えておくわ」

少し悩んだ後、何も思いつかずにそう返す大河から少し離れてリコが恭也を観察するような眼差しで見詰めている。
それに気付かない振りをして恭也は大河に短く返事だけするとユーフォリアを連れて壁際に移動する。
逆に次に試合をする二人が闘技場の中央へと移動していくのを眺める恭也の隣にリリィが立つ。
相変わらず不機嫌さを隠そうともしない表情で睨みつけてくる。

「あのバカに負けるなんて。私が倒すはずだったのに……」

「勝負は時の運と言うだろう」

「運なんて言葉だけで納得できる訳ないでしょう。アンタ、まさか手を抜いたんじゃないでしょうね」

「そんな失礼な真似をする訳ないだろう」

そう言い切る恭也の言葉に、リリィは苛立ちを現すように組んだ腕を指でトントンと忙しなく叩く。
平然とした顔で言い切った恭也にユーフォリアは小さく肩を竦める。
そう恭也の言う通り試合自体は手を抜いてなどいない。
ただ最後の一撃、あの瞬間だけわざと大河の攻撃を受け止め、武器をわざとらしくないように手放しただけだ。
ミュリエルの方に視線を動かせば、またしても何やら考え込むように口元に手をやり、
恭也へと視線を投げてくる。その様子からは気付かれたかどうかは読み取れず、
ユーフォリアもそれ以上は観察をしても無意味だと判断して放置する。
その間にもリリィは未だに恭也に文句を言い続けており、よっぽど腹に据えかねるのか鋭い眼差しで睨んでくる。
そんな三人を離れた位置で見ながら、大河は気付かれないように胸を撫で下ろす。
先程つい叫んだ主席という言葉にリリィが反応して、
また何かしらの衝突が怒るかもしれないと後になって気付いたのである。
だが、実際には何もなく、寧ろ負けた恭也のほうへ怒りの矛先が向かっていて気付いていないようで安堵したのである。
恭也が来てから、リリィの怒りの対象の殆どが恭也へといき、大河は内心でほっとしつつ、
恭也に感謝と同情の念を抱くのだった。
それぞれに思う所がある中、続く試合も決着がついたようでカエデがリコに負けていた。
次はリリィとベリオの番になるのだが、リリィは試合のために中央へと向かう前にもう一度恭也を睨み付ける。

「見てなさいよ、アンタと違って勝ってみせるから!」

怒りながらの宣言に恭也が反応する前に背を向けて歩き出すリリィ。
その背中にユーフォリアは思い切りあっかんべーと舌を突き出す。
見ていたらまた喧嘩に発展するであろうユーフォリアの行為に、恭也は文字通りに頭を抱える。
その恭也の腕を取って、抱きかかえるように腕を組むとユーフォリアは恭也の耳元に顔を近づけてそっと囁く。

「学園長が何か企んでいるかもしれないから気を付けて」

その言葉に一瞬だけ視線を鋭くし、ミュリエルの様子をさりげなく窺う。
どうやら向こうもこちらを見ていたらしく、さりげなくを装い視線を逸らすミュリエル。
特に深く追求するつもりもない恭也はユーフォリアに分かったとだけ返す。
そこへリリィがちゃんと見てなさいと声を掛けようとして、顔を近づけ合っている二人を目撃する。

「アンタたち、今は授業中よ! いったい何をしてるのよ!」

今にも魔法を放たんばかりのオーラを放ち睨んでくるリリィを挑発するように、
ユーフォリアは組んでいた恭也の腕を引き、その頬に自分の頬をすりすりと擦り付ける。
拳を震わせ、今にも殴りかかってきそうな形相のリリィにベリオが遠慮がちに話し掛ける。

「リ、リリィ、そろそろ始めましょう。
 今日は学園長も見ているのだし、その……」

ベリオの言葉にリリィはすぐさま我に返ったようにミュリエルへと視線を向け、
今の自分の態度に呆れていないか、など恐々と探る。
対するミュリエルは変わらぬ表情でリリィとベリオの試合が始まるのを待っているといった感じである。
その事に胸を撫で下ろし、一度落ち着くために深呼吸をする。
それを見計らって、今度はダリアがリリィへと話し掛ける。

「それじゃ〜、準備はい〜い?」

リリィ、ベリオ両者共に頷いたのを受けてダリアは試合開始の宣言をする。
開始と同時に両者は同時に後ろへと飛び退くと距離を開け、やはり同時に魔法を放つ。
リリィは攻撃魔法を放ち、それを見越してベリオは防御魔法を展開する。
続けてリリィが魔法を放てば、今度はベリオも攻撃魔法を放ち応戦する。
互いに魔法による攻撃を主とする故か、最初に開いた距離よりも両者の距離は縮まる事なく、
攻撃魔法や防御魔法の応酬が繰り広げられる。

「このままならリリィの勝ちね」

「だな。確かにベリオさんは防御においては秀でているが、攻撃では圧倒的にリリィさんの方が上だ。
 ならばいずれこの均衡も崩れるだろうな」

「どうやってベリオの防御を崩すのかは見ものね」

二人がそんなやり取りをしている前で、リリィは一際大きな雷をベリオへと放ち、続けざまに火の玉を作り出す。
大きく上下左右に広がる広範囲の雷とその後に来る火の玉を見て避けるのは無理と判断し、
ベリオは防御魔法を展開して二つの魔法を受け止める。
と、衝撃を堪えるベリオの足元付近から火柱が立ち上り、後ろへと体重の掛かっていたベリオは僅かに態勢を崩す。
すぐさま持ち直し火柱からも身を守るように更に防御魔法に力を注ぐ。
故にリリィが火柱を目晦まし代わりにして背後に回りこんでいた事に気付くのが遅れ、
気付いたときには防御魔法が展開されていない背後から蹴りを叩き込まれていた。
地面に倒れるベリオに覆い被さるように馬乗りになり、魔力を込めた掌をベリオへと突き付ける。
小さく息を吐くとベリオは自らの負けを認めるのだった。

「魔法を囮にして接近戦に持っていったか」

「ベリオはリリィみたいに接近戦も出来るって訳じゃなから、その判断自体は良いかもね。
 それにベリオの方もリリィの魔法を警戒し過ぎるぐらいにしているからこそ、余計に接近戦というのは意表を付けるわ」

ベリオの手を取って助け起こすリリィを見ながら、恭也とユーフォリアはそう話し合う。
これで今日の対戦は全て終わった事になるのだが、ミュリエルが闘技場の中に入ってきて、
対戦相手がおらずに試合をしていない未亜の前に立つ。

「当真未亜さん、あなたはまだ試合をしてませんね」

「あ、は、はい」

「それなら……」

言って目を細めるミュリエルから何かを感じ取ったのか、未亜とミュリエルの間に大河が割って入る。

「ちょーーっと待った学園長! まさか学園長が相手するとか言わないだろうな」

「ええ、そのつもりですが」

大河の言葉にミュリエルが認める発言をすれば、即座に大河は反対の声をあげる。
リリィから断片的ではあるがミュリエルの強さを窺っているため、咄嗟に出た行動である。
恭也たちからはミュリエルの背中しか見えないが、未亜を背中に庇った大河が睨むようにミュリエルを見ていた。

「最終的に救世主を目指すのであれば、私ぐらいは倒せなければ話になりませんよ。
 第一、これは訓練です。実戦と違って死ぬような事はありません」

ミュリエルの言葉は尤もだと頷く恭也やユーフォリアと違い、大河は納得がいかない顔を隠しもしない。
だが、そんな兄の背中から未亜は前へと出てミュリエルと試合すると口にする。
その行動に大河は驚いて振り返るも、

「私だって戦えるんだよ、お兄ちゃん。いつまでもお兄ちゃんに守られてばっかりじゃいられないもの。
 その為にも私も強くなりたいの」

未亜の決意した瞳を見て最終的に引き下がる。
一連の行動を見ていた恭也とユーフォリアは訝しげにミュリエルの背中を見ている。

「ユーフォリア、気のせいか」

「ううん、私も学園長が驚いたように見えたよ。
 まあ、未亜さんがあんな事を言ったんだから驚くのも無理ないだろうけれどね」

見れば、他の面々も多少の違いはあるものの未亜の言葉に驚きを見せている。
それと分からないのはダリアとリコぐらいで。
納得した大河が未亜から離れていく中、それでもやはり心配そうに見詰める。
それに気付いたミュリエルが優しい眼差しを二人の兄妹に向け、小さく嘆息する。

「そんなに私とするのが心配なら、今回はチーム戦にしましょう。
 元々未亜さんは援護の方を得意とするみたいですし、それならどうです」

ミュリエルの言葉に大河は一も二もなく頷くが、その言葉に恭也とユーフォリアはまたしても訝しげに視線を交し合う。

「さっきは救世主になるには、みたいな事を言ってたのにね」

「ああ。理由として間違ってはいないかもしれないが、訓練なんだから個人戦闘の方が良いはず。
 援護の訓練だって必要なのは必要だが、今この時点でそれを理由にするのは変だな」

小声で話し合う二人の言葉が聞こえた訳ではないが、ミュリエルは付け足すように続ける。

「未亜さんは救世主になるというよりも、大河くんの手助けをしたいみたいですし、
 援護する力を伸ばす方が向いているかもしれませんね。
 実際、救世主となった人の援護が出来る人は少ないでしょうし。
 寧ろ、その役割こそが救世主になれなかったこのクラスの人たちとなるでしょうから」

言ってミュリエルは他の者たちを順次見ていく。

「そうですね、なら今回は二対二にしましょうか。未亜さんと組むのは……」

「よし、そういう事なら俺が! そして勝った暁には学園長を――がっ!」

大河が真っ先に名乗りを上げ、邪な事を口にするもすぐさま未亜のジャスティがその脳天に突き刺さる。
流石の学園長も寒気を覚えたのか腕を摩りながら呆れた視線を大河に向ける。

「それなら大河くんには私と組んでもらいましょう。
 これならこちらが勝ったとしても妹が相手です。おかしな真似もしないでしょう」

ミュリエルの何気ない言葉に大河はあからさまにがっくりとした表情で肩を落とし、未亜の顔に一瞬だけ翳がよぎる。
だが未亜の方の小さな変化には誰も気付かず、ミュリエルは未亜と組む者を考える。

「そうですね、未亜さんの方は恭也くんにお願いしましょう」

「何故、俺なんですか」

「援護の練習を実戦形式で行うのを目的とするので、前衛の戦士タイプの方が良いでしょう。
 なら、大河くんが私と組む以上、残るのはカエデさんかあなたという事になります。
 私も召還器を持っていないので、条件を揃えるために同じく召還器を持たないあなたを選んだのです」
 これなら条件も平等でしょう。引き受けるかどうかは恭也くんが決めてください」

「……別に構いません」

少し考えた後、恭也はそう結論を出す。
それに対し大河は益々やる気のなさを身体いっぱいに出していく。

「恭也にはさっき勝ったから、ここで勝っても指導は一日だし意味ないじゃん。
 しかも、もう一人は未亜だし……。
 連携なんてあんまり慣れてないし、もし負けでもしたら……。
 恭也との指導は互いに勝ち負けしているのでチャラになって、未亜の指導を受ける目になるんだよな。
 もしかしなくても損するんじゃないのか。」

負ける事など考えないように見える大河が、目先の損得からかそんな事を考え出す。
そして、考えついた事に益々やる気をなくしていき、その背中が徐々に曲がって顔も下を向いていく。
何かもう全身から本当にやる気出ませんと言わんばかりである。

「はぁ、やる気を出さないのは構いませんが、あまりにも酷い場合は背中にも気を付けてもらう事になりますよ」

「それって……」

その意味を悟り恐る恐る振り返る大河にミュリエルは表情一つ動かす事なく、ただ淡々と口にする。

「あなたごと打ちます」

「ぜ、全力でやらせてもらいます!」

前進をばねのように飛び上がらせ、背筋を真っ直ぐに伸ばすと敬礼さえしてみせる。
そんな大河に疲れたような溜め息を思わず吐きつつ、ミュリエルは今回は指導はなしというルールを付け足す。
他の試験と形式が違う上に学園長である自分が参加しているためだと。
それを聞いて喜ぶ大河を見て、ユーフォリアは大河のやる気を出させるために職権を利用したと喚くが、
恭也自身は特に何も言わずに納得しているようなので、ユーフォリアも大人しく引っ込む事にする。
その上で恭也に小声で何故、こんな事を引き受けたのか尋ねる。

「恭くんを指名した理由、きっと何か他にもあるんだよ。なのに何で?」

「ユーフィの言う通りかもしれないな。だが、だとしたらここで断っても同じだろう。
 それに学園長の攻撃手段を知っておきたい。横から観察するのはユーフィに任せるからな」

恭也の言葉にその意図を察してユーフォリアは任せてよ、と引き受ける。
こちらを試すような態度に観察するような視線。
それらはつまりミュリエル自身が何かを見極めようとしているという事で、
信頼されていないかもしれないという事である。
故にいざという時のためにも、今回の事はミュリエルの戦闘能力を見るまたとないチャンスとなる。
一人が第三者として観察し、もう一人が実際にそれを身に受けて経験する。
それをユーフォリアと恭也で分担しようというのだ。
それが分かったからこそ了承し、またそれの意味する所は恭也がユーフォリアを信頼しているという事でもある。
故に喜びをいっぱいに現しながらユーフォリアはしっかりと頷く。
それでも注意を促す事は忘れない。

「でも充分に気を付けてよ。かなりの使い手だよ」

「だろうな。油断はしないさ」

そう告げると恭也は闘技場の中央で大河、ミュリエルと対峙するように未亜と並んで向き合う。
暫しの沈黙が辺りを支配し、間延びしたダリアが試合開始の声を上げる。
同時に大河が突っ込んでくる。
狙いは接近戦を苦手とする未亜らしく、真っ直ぐに突進してくる。

「だぁぁぁぁっ!」

雄たけびを上げて突っ込む大河の前に、
最初からそれを読んでいた恭也が割って入ると腕を掴んでその勢いのままに投げ飛ばす。
空中で態勢を整えて足から着地を決めるその着地地点に未亜の矢が降り注ぐ。
慌てて地面を転がりそれらを躱す大河。
そこへ追撃の手は伸びず、逆に未亜と恭也はその場から飛び退く。
その僅か後に二人の居た場所に紫電が降り注ぎ地面を抉る。
ミュリエルの魔法はそれだけでは終わらず、続けざまに火の玉が未亜、恭也へと飛来する。
未亜が魔法の矢で迎撃しようと放ち、火の玉にぶつかった瞬間に火の玉は弾けて爆発を起こす。
それに誘発されるように、恭也へと向かっていた火の玉は爆ぜ、
それを目晦ましとした指先ほどの小さな炎が恭也の眼前まで迫り、突如大きな火柱を吹き上がらせる。
咄嗟に後ろへと跳び距離を開ける恭也に、今度は真っ直ぐに氷の矢が飛んでいく。
小太刀を抜いてそれを叩き落し、着地と同時に今度は横へと飛ぶ。
頭上から落ちた雷が恭也の居た場所の地面を穿ち、それを視認する間もなく地面から氷の槍が生える。
突如足元に現れた氷の槍を身体を前に投げ出して躱せば、左右から挟み込むように炎が矢のように飛来する。
前方ではミュリエルが大きく右腕を頭上に振り被り、身体を半分捻っている。
振り下ろすと同時に身体も元に戻るように捻られ、その手から小さな竜巻が生み出される。
背後では地面が振動して鋭い切っ先を持つ槍となり、頭上からは雷が落ち、止めとばかりに氷柱が足元より生まれる。
考える間もなく恭也は身体が自然と動くに任せ、飛針を三本頭上に投げ、逆手に握り直した小太刀で土の槍を受け流し、
足元から出てきた氷柱を蹴って宙に逃れると、そのまま背後の槍を越えるように後ろに降り立つ。
左右から来た炎の矢は互いにぶつかり消えていき、
前方から来た竜巻は氷柱と土の槍により恭也の元に届く前に掻き消える。
それら一連の攻撃に手加減はしているのかもしれないが遠慮は見当たらず、
下手をすれば大怪我になりかねない。
それでもミュリエルは攻撃の手を緩めるつもりがないのか、すぐさま次の攻撃を繰り出してくる。

「パルス!」

ミュリエルの呪文の声や大小の爆発音ばかりが闘技場に響き、その度に魔力弾が雷が炎が恭也へと迫る。
それらを躱し、避け、時には小太刀で弾き受け流しながら恭也は闘技場の中を所狭しと動き回る。
我に返った未亜がミュリエルに矢を放つも、それは大河が防ぐ。
未亜の相手を完全に大河に任せ、一箇所に誘い込むようにミュリエルは執拗に恭也に攻撃を加えていく。
援護の訓練ではなく、一対一の試合を二つ同じ場所でしているだけという形にもなっているが気にも止めない。
ようやく恭也を闘技場の隅、壁際へと追い詰めると一際大きな魔法を放つ。
ミュリエルと恭也の中間ほどの位置に小さな火花のようなものが起こり、それを起点として幾つかの小さな爆発が起こる。
爆発を繰り返しながら恭也へと近づいていくソレは、
まるで爆発を互いに刺激し合うように徐々に爆発の規模を大きくしていく。
左右のどちらに逃げても攻撃できるようにミュリエルは次の呪文を唱えて恭也を見据える。
近づいてくる魔法に対し、恭也は左右のどちらにも避けず上へと跳ぶ。
その頂点で背後の壁に小太刀を突き刺し、それを足場に更に高く飛んで壁の上に降り立つと、
そのまま壁伝いに走って移動する。
予想していなかった行動にミュリエルの行動も僅かに遅れ、その隙に恭也は壁から降り逆に飛針を投げてくる。
牽制用に放ったもので元より当たるとは思っていないが、ミュリエルはそれを軽く躱すと即座に魔法で応戦してくる。
二人の戦いを見ていた未亜は援護して良いのかどうか迷うような顔で、思わず対峙する大河を見る。
大河も大河で、援護どころか完全に一人で戦っているようにしか見えないミュリエルにどうしたもんかと頭を掻く。
同時に先程自分とやった時よりも動きの良い恭也に手加減されていたのではと思い始める。
それは端で見ていた者たちも感じたようで、リリィは歯軋りせんばかりに唇をきつく噤み、睨むように恭也を見る。

「言っておくけれど、さっきの試合恭くんは手加減はしてなかったからね」

リリィの隣でミュリエルから片時も目を離さずにユーフォリアがそう呟く。
その声に反応してユーフォリアへと視線を落とすリリィに、ユーフォリアは視線はそのままに続ける。

「さっきの試合は大河を鍛える為に戦っていたの。
 欠点を指摘し、恭くん自らお手本となるような攻撃を見せ、わざわざ攻撃してくるまで待ってあげたりね。
 で、今はそうじゃないって事。故にどっちも本気だったけれど、その動きに差が出たのよ」

「そんなに変わるものなの」

「さあね。他の人はどうかは知らないわよ。ただ恭くんの場合はそうなんだもの。
 という訳で、そこで珍しく落ち込んでいる大河もいい加減、動いたら?」

事実は多少違うのだがそれを伏せ、二人の近くで動きを止めている大河に声を掛ける。
珍しく、いや初めてかもしれない大河のフォローにリリィが驚くも、ユーフォリアは平然としたまま言う。

「だってこのままだと恭くんが責められるかもしれないでしょう」

その答えを聞き、リリィは妙に納得する。
結局のところ、大河へのフォローではなく恭也の弁護であるという理由に。
一方、ミュリエルは恭也とやり合って確信を抱く。
何故そんな事をしたのかまでは分からないが、先程の大河の試合では手を抜いていたと。

ミュリエルの放った魔法を躱し、距離を詰めるべく迫る恭也に牽制の魔法を放ちながら距離を一定以上に保つ。
が、その背中が壁に触れ、今度は先程とは逆に自分が誘い込まれたと気付く。
八景を手に走って来る恭也へと魔法を放つも、当然のごとくそれは躱され、恭也の小太刀が振るわれる。
何とか地面を転がるようにして躱すも肩口が軽く切れる。
追撃してくる恭也へと手を向けるも、それよりも早く恭也はその直線上から身を躱し横側へと回り込んでくる。
距離を開けようとするも速さでは恭也の方が上で、その距離は広がらない。
苦し紛れの魔法は逆に相手に反撃の隙を与えると分かっているからこそ、ミュリエルは次の一手を考える。
恭也の小太刀を何とか躱し、時に腕を服の裾を切られながらも動き続ける。
目で恭也との距離を見計らい、恭也がその一歩を踏み出すと同時に自身も前へと出て距離を詰める。
距離を開けようと必死になっていた今までとは逆の行動に恭也も咄嗟に反応できていない。
とは言え、体術では明らかに恭也の方が上なのは既に理解している。
あくまでもミュリエルは魔術師なのだ。故にその本領は当然の如く魔法にある。
唱えていた呪文を完成させ、恭也の小太刀を握る肘に触れて解放する。
微量の電流を触れた個所から流す近接での魔法。
大きな破壊力はないがしびれさすぐらいは出来る。現に恭也も小太刀を落としている。
続けてもう一撃と今度は腹に腕を伸ばすも、そこまでは流石に甘くなく、恭也の足が動く。
ミュリエルは咄嗟に腕を上げて防御するも、そのまま数メートルも飛ばされる。
防御した腕に鈍い痺れを感じながらも、期せずして稼げた距離を利用して再び魔法の詠唱に入る。
今、恭也は素手である。無名の方の小太刀は壁に突き刺さったままで、八景は地面に落ちている。
それを拾い上げる時間を与えるつもりはミュリエルにはない。
すぐさま魔法を放ち、八景との距離を広げさせる。
案の定、武器のない恭也は避けるしか手段がなく飛び退く。
まあ武器があったとしても威力の弱い魔法なら兎も角、ミュリエルの放つ魔法では斬ったりは出来ないだろうが。
そのまま畳み掛けるように魔法を唱えるミュリエルへと恭也は再び距離を詰めてくる。

(悪くない判断です。武器がなくても単純な体術は私よりもあなたの方が上ですから)

先程の蹴りと良い、それまでの動きと良い、それは既に計算済みである。
だが、素手ならば先程のような魔法は更に有効となる。
唱えていた魔法を放ち、氷の矢を恭也へと飛ばす。
すぐさま次の詠唱に入るミュリエルの前で、恭也は何も持っていない手を振る。
用心してその手を見れば、その手にはいつの間に握られたのか細い糸が。
それでどのような攻撃がされるのかは分からないが、意味のない事はしないだろうと身構える。
だが、意に反してその糸はミュリエルではなく後方へと伸び、落ちた八景に絡みつく。
その意図を察し、ミュリエルはすぐさま魔法を撃つが恭也が糸――鋼糸を引く方が早く、
ミュリエルの攻撃を躱した恭也の手に八景が自らの居場所はここだとばかりに戻ってくる。
再び立ち止まって対峙する二人であったが、そこに突然の乱入者が現れる。
大河がトレイターをランスに変化して恭也へと突っ込んでき、ミュリエルの頭上からは無数の矢が降り注ぐ。
互いに相手を見据えながらも周囲をある程度は把握していた二人は特に慌てる事なく、それぞれその攻撃を捌く。

「学園長、チーム戦だって事を忘れんなよな」

大河の言葉にそういう風にした事を思い出し、ミュリエルは思わず出そうになった邪魔という言葉を飲み込む。
当初の目的であった恭也の実力を計るという目的はある程度は達したと言える。
ならば、後は口実として設けた事項を果たそうとミュリエルは前に出ず大河の援護をする事にする。
恭也もそれを理解したのか、ミュリエルを追撃せずに大河の相手をする。
剣を交わす二人に、未亜とミュリエルの援護が飛ぶ。
時にその攻撃は互いに援護する者へと向けられる事もあり、未亜は何とかミュリエルに対抗して見せる。
しかしやはり経験が違いすぎるのか、支援攻撃も後方への攻撃もミュリエルの方が上手い。
だがミュリエルは必要以上に未亜を追い込まず、寧ろ手本を見せるように何度も同じような事をして見せる。
真似るように未亜が恭也を援護し、それが上手くいけば口には出さないが小さく笑みを覗かせる。
そんな事を何度も繰り返し、不意にミュリエルがその手を止める。

「今日はここまでしておきましょう。未亜さんはやはり筋が良いですね。
 後はもう少し全体を見るようにする事と、もう少し先を読むようにすれば更に良くなるでしょうね」

「……はい、ありがとうございました」

訓練の終了と同時にそう言われ、未亜は頭を下げて礼を言う。

「大河くんに関しては、既に恭也くんが幾つか注意点を挙げていたので敢えて私から言う事はないでしょう」

「……何か今までと違って、本当に授業って感じだな」

「大河く〜ん、それはちょっと酷いんじゃな〜い?
 私は〜、そう。生徒の自主性を云々かんぬんって感じでやってるのよ〜」

「ダリア先生、その件に関しては後で話がありますので学園長室までお願いします」

「そ、そんなぁぁ」

自分の言葉に悲しそうに、それでも間延びした声で答えるダリアに思わず額に手を当ててしまう。
とりあえずは、これで解散としようとしたミュリエルだが、恭也が何やら端の方でしているのに気付く。

「どうかしましたか、恭也くん」

「いえ、ちょっと」

そう言って振り返った恭也の手には壁に突き刺さっていた小太刀。
恐らくは壁から引き抜いたのだろうが、その小太刀は刃がなく、早い話が鍔本から折れていた。
どうやら壁に突き刺さっていたのではなく、地面に落ちていたようである。
恭也の足場にされ、そこにミュリエルの魔法が直撃したのだからこうなったとしてもおかしくはないが、
流石に予備の小太刀はない。それで困った顔をしていたのである。
恭也の手元を見て、ミュリエルは少し思案する。

「今後の事も考えると、恭也くんには武器が必要ですね。
 それも普通の武器ではなく、召還器に近い強力な武器が。
 流石にそれと同じような武器はないですが、剣型の良い武器がないか手配しておきましょう」

「すみません、お手数をお掛けします」

「気にしないでください。
 それを折ったのは私ですし、救世主クラスが全体的に成長してくれるのなら、それこそ問題ありません」

恭也の言葉にそう返すと、今度こそ解散と口にする。
去り際にしっかりとダリアに出頭の件で釘を刺してから、ミュリエルは闘技場を後にするのだった。





つづく







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