『刻まれる時の彼方 〜Duel Heart of Eternity Sword〜』






11話 座学





午前の座学でやはり深夜鍛錬の後に引越しをし、更に早朝の鍛錬も欠かさずにしたために疲れが出たのか、
恭也は必死に睡魔と闘っていたのだが、とうとう睡魔に屈指てしまい、頬杖をついたまま眠りに着いてしまう。
その隣でそんな恭也の寝顔を間近で見詰め、ユーフォリアは一人幸せそうに微笑む。

「寝ている時って、誰でも無防備になるからかしら。普段よりも更に可愛くなるよね♪」

両肘を机の上につき、両手の上に顎を乗せながらユーフォリアは更に近付いて恭也の顔を覗き込む。

仲睦まじい光景かもしれないが、今は授業中である。
幸い、後ろの方の席であるために教師はまだ気付いていないみたいだが。
後ろの席に座るリリィが、ユーフォリアへと小声で話し掛ける。

「ユーフォリア、恭也を起こしなさいよ」

あまりにも集中しているために聞こえていないのか、ユーフォリアは何の反応も見せない。
僅かに眉を動かすも、ここで大声を出せば教師に見つかる事になるので何とか堪えてもう一度呼びかける。

「ユーフォリア、ユーフォリア!」

「もう、何よリリィ。邪魔しないでよ。あ、それともリリィも恭くんの寝顔が見たいの?
 でも、だ〜め。これは私が独占するんだもの♪」

「違うわよっ!」

ここで大声を上げなかった自分を褒めてやりたい気持ちになりながら、リリィは用件――恭也を起こすように言う。
それに不満そうな顔を即座に見せる。

「だって、昨日というか今日は遅くまで引越しの準備で起きてたんだよ。
 しかも、朝は朝でいつもの鍛錬で早く起きたし……」

「鍛錬? そう言えば、朝と夜にやってるんだったわね。
 とは言え、それで今寝ていたら意味ないんじゃないの?」

「うーん、今の授業内容が内容だしね〜。別に寝てても困らないかも。
 そもそも魔法なんて恭くんは今のところは使えないし」

ユーフォリアの言葉に何か引っ掛かるものを感じるも、リリィはすぐに反論する。

「そういう問題じゃないでしょう。それに使えなくても、魔法の特性を知っておくのは大事でしょう。
 相手が魔法を使う場合どうするのよ」

「だったら、後で私が恭くんに授業の内容を教えてあげるから大丈夫」

「アンタも聞いてないでしょうが!」

「もう、騒がしくしないでよ。恭くんが起きちゃうじゃない」

リリィへと顔を向けず、恭也の方を向いたまま言葉を紡ぐユーフォリア。
一番端に座っている恭也の右隣には誰もいないので、当然ながらその言葉はリリィへと向けられたものになる。
こちらを見る事なく、まるで歯牙にもかけないという態度に苛立ちを募らせる。

「あのね……」

「もう分かったわよ」

「わ、分かったんなら良いわよ」

何か言おうとするよりも早く、ユーフォリアがようやく了承の言葉を吐き出す。
その事に少し戸惑いを見せるも、こちらの言う事を聞いたのだから文句を言う事も出来ずに飲み込む。
と、リリィが見ている前でユーフォリアは恭也へと手を伸ばし、その肩に触れる。
普段の恭也ならこれで間違いなく起きるはずなのだが、
伸ばす直前にユーフォリアの口が何やら紡いでいたようで、恭也はまだ起きない。
そのまま恭也の肩を掴み、そっと身体を倒す。
静かに恭也の身体を横たえると、太腿の上に頭を乗せて嬉しげに頬を緩めるとその髪をそっと撫でる。

「ああ、こんな事が出来るなんて、魔法って何て便利なの♪」

「間違ってるわ……。と言うか、さっきの分かったは何だったのよ!」

「だから、リリィにも恭くんの寝顔を見えるようにしてあげたんじゃない。
 ほら、これで見えるでしょう」

「そうじゃな……」

「ほらほら、寝顔は意外と可愛いんだよ〜。
 普段は寝ている時も無意識で神経を張り詰めているから、人が近付くと起きたりするもんね。
 滅多に見れないよ〜」

「……確かに普段は無愛想な分、余計に可愛くみえ……じゃなくて!」

ユーフォリアの言葉に思わず席から乗り出すようにして恭也の寝顔を覗きこむリリィ。
席は前へ行く程低くなっていく段の構造上、ユーフォリアの後ろにいたリリィは少し右にずれると見ることが出来た。
リリィの右隣が空席だったために自然とそうしていたリリィは、即座に声を上げる。

「あのね、そうじゃなくて私は起こせって言ったの」

「もう少しだけ良いじゃない。それに、嫌なら見なければ良いでしょう」

言ってリリィの視界を防ぐように身体を右へと倒すユーフォリア。
その肩を思わずといった感じでリリィは掴んでしまう。
まるでニヤリと言う音が聞こえそうなほど口元を吊り上げ、ユーフォリアは殊更ゆっくりと振り返る。

「この手はなにかな〜」

「だ、だから、私は恭也を起こせと言っているんであって……」

「起こすわよ。その前にもう少しだけ寝顔を堪能するだけよ。
 だから、その手を離してくれない? 早く離せば離しただけ起こすのも早くなるよ」

「……た、堪能するだけならさっきまでの態勢でも充分でしょう。
 何もそんな辛そうな態勢を取らなくても」

「辛くないけど?」

「……い、良いからさっさと起こしなさいよ!」

「見たいなら見たいって素直に言えば良いのに」

「だ、だだだだだ誰が見たいなんて言ったのよ! 勝手に変な邪推してるんじゃないわよ!」

「あっそ〜。だったら、その手を離してよね。
 さ〜てっと、恭くんの寝顔、寝顔〜♪」

「……変態」

ぼそりと小さく、けれどもユーフォリアに聞こえるように呟く。

「うふふふ♪ 面白い言葉を聞いたような気がしたんだけれど〜」

「気のせいじゃないの?」

「そっか〜、気のせいか〜。てっきり、どこかの陰険で意地悪なスタンドプレイ魔術師が力では勝てなくて、
 おまけに口でも勝てなかったから、とうとう可笑しくなって呟いたのかと思っちゃったよ♪」

「誰が陰険で意地悪なのよ!」

「あれれ? 私は誰もリリィの事だなんて言ってないわよ。
 それとも、何か身に覚えでもあるの?」

「っ〜〜!! あー、もう本当に頭にくるわね!」

「なに、やる気かしら?」

思わず立ち上がり大声を出すリリィに対し、ユーフォリアはあくまでも冷静に返す。
しかし、次に放ったリリィの言葉にユーフォリアもすぐに冷静さを欠く事となる。

「良いから、さっさとそのバカを起こしなさいよね!」

「なっ! ゆうに事欠いて、恭くんをバカって言ったわね!」

「言ったわよ! それがどうしたのよ!」

「取り消しなさい、今すぐ!」

「だったら、起こせ!」

「何でそうなるのよ!」

「授業中に寝る方が間違っているでしょうが!」

「それを言ったら大河だって寝てるじゃない!」

「あれもだからバカなのよ!」

「あんなのと一緒の扱いなの!? それは断固として否定しなさい! というかしろ!」

「何、命令してるのよ! とは言え、流石にそれだけは否定してあげるわ。
 あのバカよりはましよ」

「当たり前でしょう! そもそも、バカは大河のことじゃなかったの。
 何で恭くんに使うのよ!」

「アレがバカなのはもう分かりきった事でしょう。今更、改めて言わなくても良いじゃない」

「それは反論しないわよ! でも、アレに使ってたのに恭くんに使うな!」

「……お前らな、人の事をバカだのアレだの好き勝手言いやがって。
 そもそも、何で俺と同じ扱いって所だけは揃って否定しやがる!」

「「うるさい!」」

「んだとー!」

「お、お兄ちゃん、落ちついて」

「師匠、殿中でござる、殿中でござるよ!」

「ええい、離せ、離せ〜」

「おお、神よ。どうかこの者たちの罪をお許し給え」

「ベリオさんも祈ってないで止めるのを手伝ってください!」

大河の腰にしがみ付いた未亜の言葉に、ベリオは急いでカエデとは逆、左腕を掴む。

「ええい、ベリオまで邪魔するか! ……ん? んんっ!?」

右腕にカエデが掴まり、左腕にはベリオが必死の形相で掴まる。
つまりは密着した状態となり、二人は揃って大河の腕を抱えるようにして止めている。
腕に当たる感触に気付いた大河は、思わず頬を緩ませるもすぐに引き締めて口では離せを連呼する。
勿論、力を抜くと離れていくかもしれないので時折、
リリィたちへと飛び掛らんと見せかけるように力を込める事は忘れず。

「ええい、二人とも離せ……なくても良いぞ。カエデの奴もベリオに負けず劣らず……。
 離せ、離せー!」

叫ぶ大河の腕を抱える二人。
だが、未亜は少し不審に感じたのか大河の顔を見て、すぐに鼻が伸びきっている事に気付く。
大河がこんな顔になる理由など様々ではあるが、根本的な理由など一つである。つまりは女性。
この状況で何が大河を喜ばせているのかと未亜は改めて大河を見る。
そして、すぐにその理由に思い至る。
ベリオとカエデの胸に大河の腕がこれでもかと言わんばかりに押し付けられているのだ。
寧ろ、大河の方から押し付けている感もあるぐらいである。

「……お兄ちゃん、楽しそうだね」

底冷えのする未亜の声に、大河の動きが止まる。
未亜が大河の顔を見て小さな変化も読み取るように、
未亜を見なくても大河はその声や雰囲気から未亜の今の状態を読み取る。
そして、その長年の経験が大河に告げていた。
今の未亜は危険度大であると。

「み、未亜……?」

掠れる声で妹の名前を呼ぶが怖くて振り向く事は出来ない。
その雰囲気を察したのか、大河を止めようとしていたベリオやカエデすらも大河から離れる。
二人から解放されたのにも関わらず、動けずにその場に立ち尽くす大河へと未亜の雷が落ちる……その前に、

「あー、皆さん、今は授業中なんですが?
 とりあえず、教室から出て行ってもらえますか?」

教壇からこちらを見上げつつそう告げる教師の言葉に全員が今更ながらに授業中であったことを思い出す。
ユーフォリアとリリィの言い争いの途中から二人に気付き、二人を注意しようとした教師であったが、
その後立て続けに事態が進展していき、ようやく口を挟めたのである。
こうして、リリィに言わせれば名誉あるはずの救世主クラスは揃って、
授業中の教室から退出させられるという不名誉を授かるのであった。
因みに、退室を命じられなかったのは、この騒動に加わっていなかったリコと、
ユーフォリアが膝枕をする為に完全に横にしたお陰で教師の視界から外れていた恭也の二人であった。



その日の昼食、機嫌の悪いリリィに首を捻りつつ恭也はユーフォリアと共に食事をする。

「さっきからどうかしたのか?」

「どうもこうも、そもそもの原因であるアンタが何もないってのは納得いかないわよ!」

「何の事だ?」

「恭くんは気にしなくても良いよ」

「はぁぁ」

言うだけ無駄だと気付いたのか、リリィは大げさに溜め息を吐いて当てこすると食事を再開する。
その隣の席では、未亜によってボロボロにされながらも既に復活している大河が恨めしげにこれまた恭也を見る。

「ったく、今回に関しては俺は完全に被害者だっての」

「お兄ちゃんに関しては、途中からは自業自得だよ!」

「何でだよ!」

「あれだけお説教したのに、まだ分からないの?」

「い、いやいや、充分に分かった! 分かったから」

「神よ、この者の欲を少しでも減らしたまえ」

「拙者は別に師匠が喜んでくれるのなら……」

怒る未亜に神に祈を捧げるベリオ、そして少し顔を紅くして照れ臭さそうに大河を見るカエデ。
やはり事態を飲み込めない恭也は首を傾げるが、逆隣の席で黙々といつものように健啖ぶりを発揮しているリコを見て、
何事もなかった事にするのが一番だと判断するのだった。

「ったく、変に疲れたわ」

「大丈夫なのか? 午後からは実技だろう?」

「それは問題ないわよ。それよりも恭也、私以外の奴に負けるんじゃないわよ。
 貴方を負かすのは私なんだからね!」

「まあ、出来る限り努力はする。ただし、あまり期待はしないでくれよ。
 何せ、俺はただの人間なんだから」

「いや、それに関しては悪いが否定させてもらうぞ」

口を挟んできた大河の台詞に、食事に集中しているリコ以外の全員が頷き、恭也は少し憮然となる。
そんな恭也を慰めるように、否定も肯定もしなかったユーフォリアがじゃれ付く。

「気にしない、気にしない♪ それよりも頑張ってね」

「ああ、分かった」

何となく美味しい所を持っていかれたような気分を味わいつつ、リリィは気持ちを入れ替えるべく頬を軽く叩く。

「よし! それじゃあ、そろそろ闘技場に行きましょうか」

リリィの言葉に全員が立ち上がり食堂を後にする。
まだ少し時間はあるが、後数分後には恭也にとって二回目となる試験が始まる。





つづく







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