『刻まれる時の彼方 〜Duel Heart of Eternity Sword〜』






10話 噂





テントから部屋へと引越しをしたのが深夜の鍛錬後のこと。
ベッドを互いに譲り合い、いや、正確には一緒に寝ようと主張するユーフォリアと、
自分は床かソファーで眠ると譲らない恭也の攻防が続く事、半時ばかり。
ようやく、二人が就寝したのはいつもよりも随分と遅い時間であった。
それでもいつも通りに起きる辺り、恭也の早起きも習慣となっている。
何とか説得して床に眠っていた恭也は、ユーフォリアを起こさないように朝の鍛錬へと出かける。
今までと違い女子寮という事あり、今まで以上に気を使いながら外へと出た恭也は、ようやくそこで深呼吸をする。
改めて、某女子寮の管理人を男ながらにしている耕介の凄さを実感しつつ、恭也は鍛錬場所へと向かうのだった。



昨日の内に引越しは済んでいたが、その事はリリィと学園長であるミュリエル以外はその事をまだ知らないため、
リリィは気を使って恭也たちを迎えに来る。
まずはベリオへと説明した方が良いんじゃないかと言いながら、
ふと傍にいつもいるユーフォリアがいない事に気付く。

「ああ、ユーフィならまだ風呂に入っているんじゃないかな」

「じゃあ、待っておかないとまた怒りそうね」

リリィの言葉に頷き、再び部屋へと戻ろうとする二人。
その時、背後で何か物が落ちる音がする。
そちらを振り返れば、そこには見知らぬ生徒が一人、申し訳なさそうにしながらも顔を赤くして、
恭也とリリィを見るとすぐに走り出す。
訳が分からずに肩を竦めながら、二人は部屋でユーフォリアの帰りを待つのだった。
これが間違いであったと気付くのに、そう時間は掛からなかった。
三人揃って食堂へと入るなり、周囲からは不躾と言うほどではないものの、好奇の視線を幾つも感じる。
気にしつつも三人は食事を手にして席へと着き、そこへリコを除く大河たち救世主クラスがやって来る。

「信じていましたのに。まさか、恭也さんが。しかも、相手がリリィだなんて。
 間違いが起こらないと思った二人が…………。おお、神よ」

祈るように両手を合わせて嘆くベリオを横に、大河は恭也へと詰め寄る。

「くっそー、お前だけ美味しい思いをしやがって! お前には、ユーフォリアがいながら。
 二股か!? 二股なのか!? くぅぅぅ、羨ましすぎ…………ぐえぇっ」

最後の方はヒキガエルの潰れたような声を上げる大河。
見れば、未亜、カエデ、ベリオの三人の拳がその頭部にはめり込んでおり、
恭也の視線に気付いた未亜は愛想笑いを浮かべる。

「えっと、うちの兄が朝から変な事を口にして……」

三人に頭を押さえられているというのに、ガバッと顔を上げると、

「変な事をしたのは俺じゃなくて、恭也だろう!
 うらやまし…………ぐげっ!」

再び沈む大河を困ったように見ながら、なかった事にするのが一番良いと判断して、
この中で一番落ち着いているように見えるカエデへと恭也は視線を向ける。

「先ほどから大河は何を言っているのですか」

「拙者も詳しく知っている訳ではござらんが……。
 何でも朝方、ベリオ殿に用のあった生徒がお二人が同じ部屋から出てくるのを見たらしく。
 そのお二人が、いわゆるあれでござるよ」

前置きとは違い、かなり正確に情報を知り得ているカエデであったが、
最後は顔を赤くして誤魔化すように視線を逸らす。
それを聞き、身に覚えのない恭也とリリィは二人揃って不思議そうな顔をするも、
ユーフォリアは恭也とリリィを睨みつける。

「恭くん、どういういことなの! 一体、いつの間にそんな関係に!?
 しかも、リリィもどういうつもりよ!」

「だから知らないわよ!」

「そうだぞ、ユーフィ。第一、お前はずっと俺と一緒だったろう」

「あ、そう言えば」

恭也の言葉に多少は落ち着きを取り戻すも、疑わしげに主にリリィを窺う。
その視線に居心地悪そうにしつつ、リリィはあっと小さく声を上げる。

「何!? やっぱり心当たりがあるの!?
 何で恭くん。私には何もしてくれないのに!?」

「な、なんだとぉぉ! 恭也、お前おかしいぞ!
 こんな可愛い子がここまで言っているの、がっ!?」

「お兄ちゃんは少し黙ってて! これ以上、話をややこしくしないで」

三度、未亜に召還器で殴られて沈む大河を無視し、リリィは恭也へと思い出させるように言う。

「ほら、朝、部屋に戻るときに」

「ああ。あの子か」

「へ、部屋に戻るって何よ!」

恭也の体越しに詰め寄るユーフォリアの肩を押さえつつ、リリィは矢継ぎ早に言う。

「だから、朝、私が迎えに行った時の話よ!
 あなたが居なかったから部屋で待つ事になったのよ。
 その時、一人の女子生徒と会ったわ。多分、それを何か勘違いしたのね」

「あ、そういうことか。うん、私は恭くんを信じてたよ」

「思いっきり疑ってた癖に」

ポツリと呟いた言葉は、しかしユーフォリアの耳にしっかりと届き、
ユーフォリアは動揺も何も見せずに、当たり前の事のように平然と言う。

「恭くんは信じていたけれど、貴女がどう出るかは分からないもの。
 恭くんの自由を奪って無理矢理って事もね」

「ふ、ふーん。つまり、私が信用できないって事だったのね」

「そうよ」

恭也を間に挟んで笑い合う二人。間に挟まれて困ったような顔を見せるも、
助けを差し伸べてくれそうな者もおらず、諦めたように小さく嘆息する。
が、ここでふと気付いたベリオがリリィに話し掛け、それによって二人の睨み合いも終わり、恭也は心の中で感謝する。

「リリィが迎えに行ったというのはどういう事?
 それに、部屋が救世主クラスの部屋というのも……」

「そうだぞ! どういう事だ!
 恭也に救世主クラスと同じ部屋が与えられたんなら、俺にだってその権利はあるはずだろう!」

「お兄ちゃんはもう部屋があるじゃない」

「あんな物置に使われていたようなのとお前らの部屋じゃ全然違うだろう!」

騒がしくなり始めたのを頭を抱えて眺めつつ、リリィは疲れたようにベリオへと話し掛ける。

「本当はその辺りの説明をベリオにしようと思ったのよ。
 で、朝こいつの所に顔を出したわけ。なのに、ベリオが戻ってこないから、先に朝食に行ったんだと思ったのよ。
 まあ、良いわ。ついでにそのバカにも説明しないと余計にややこしい事になりかねないし」

リリィの言葉に突っ掛かろうとした大河を、これ以上話が進まないのは困ると未亜が止める。
その未亜のフォローを目にしつつリリィは続ける。

「恭也たちがまだテントで生活してたって知ってた?」

これには流石に大河も驚いて恭也を見るが、恭也は別段何ということもなくただ肯定する。
ベリオは少しバツが悪そうに自分の責任のように謝るが、恭也としては本当に気にしていないので、
謝られると逆に恐縮する。放っておくといつまでもそうしていそうな雰囲気を強引に断ち切り、

「それでお義母さまにその事を昨日伝えたのよ。
 で、部屋がないなら作ろうという事になって、新しい部屋が出来るまでは救世主クラスの、
 本来はユーフォリアが入るべき所だった部屋に一時的に入ってもらう事になったってわけ。
 どっかの誰かさんと違って信用に足るとお義母さまが判断したのよ」

「どっかの誰かというのは、もしかしなくとも俺の事か!
 失礼な! 俺の何処が信用できないというんだ!」

「なら、アンタの部屋が屋根裏じゃなくなったらどうする?」

「そりゃあ、お前聞くまでもないだ……いやいや、別に何もしないぞ」

「はぁぁ、想像通りの答えだねお兄ちゃん」

未亜の呆れた声だけでなく、他の面々も声にこそ出さないものの呆れたように大河を見る。
流石に居た堪れなくなったのか、大河は席を立ち、

「違うぞ! 俺は女の子に対してはいつだって本気なんだ! 皆平等に愛し……い、いてぇ!」

言い訳にもならない事を口にして、未亜にその耳を引っ張られる。
ある意味懲りない大河のそのバイタリティに僅かに感心する恭也。
尤も、同意はできないが。
ともあれ、ベリオたちの誤解も解けたようで恭也としては一安心といった所である。
安心したら朝食がまだであった事を思い出し、すっかり冷めてしまった朝食へと取り掛かるのだった。





つづく







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