『刻まれる時の彼方 〜Duel Heart of Eternity Sword〜』
9話 さらば、○○○生活
放課後の学園長室。
ここに今、三つの人影が学園長と向かい合っていた。
「それは完全にこちらの落ち度ですね」
ミュリエルはそう洩らすと、困ったように三人、いや、正確には二人を見る。
言わずと知れた、恭也とユーフォリアの二人である。
次いで残る一人、リリィへと視線を転じさせる。
「ともあれ、よく知らせてくれました」
ミュリエルの言葉にリリィは顔や言葉には現さないが少し嬉しそうに返事をする。
そんなリリィとは対照的に、ミュリエルは心底困ったような表情で頭を悩ませる。
色々と忙しい学園長という職にあり、普段から多忙を極め、それなりの問題を抱えている彼女ではあるが、
今回のこの問題に関してはどうしようもないとしか言い様がないような気さえしてくる。
幾ら考えた所で打開策などなく、こうして頭を抱えるしかないのだが。
何の話をしているのかと言うと、恭也たちの部屋の話である。
ダリアから何も聞かされていなかった彼女は、てっきり恭也は大河と同室に、
ユーフォリアは救世主クラスの部屋に住んでいると思っていたのだ。
それが今朝、娘のリリィからの報告で間違いであったと知らされたのである。
他のクラスよりも優遇されている救世主クラスの中に置いて、恭也たちは野宿しているというのだ。
流石にそれは外聞的にも悪いと思い、こうして放課後に学園長室にまで赴いてもらったのだが、
結局の所、ユーフォリア一人なら空いている部屋を宛がうという事で解決するのである。
だが、そういう訳にいかないからこその現状なのである。
そもそも、男が救世主になるなんて今まで誰も考えていなかったのだ。
救世主クラス用の部屋が男子禁制なのも仕方ないだろう。
「とは言え、他には何処も空き部屋がないのが現状ですか」
ミュリエルは困り切った顔で恭也とユーフォリアの二人をもう一度見つめる。
対し、二人は特に困った様子もなくミュリエルが出す結論を待つ。
何やら疑われている節のある現在、果たしてミュリエルの用意した部屋で安全が確保できるかどうか。
二人が朝方リリィから部屋の件で放課後に学園長室までと言われた時に話し合っていて出た意見である。
流石に露骨な事はしないだろうが、下手をすれば秘密の侵入経路か何かしらの仕掛けが用意されており、
部屋の出来事が筒抜けになるという可能性があるのではとユーフォリアは疑っているのだ。
恭也としてはそこまで疑ってはいなかったのだが、それを口にした途端、私よりも他の女の肩を持つんだ、
と言われとりあえずは同意しておいたという、何とも言えないエピソードを思い出しつつも静かに待つ。
「ユーフォリアさんだけならば、そのまま寮の部屋に入ってもらえるのですが……」
そうはいかないからこそ、こうして問題になっているのだと、
ミュリエルは堂々巡りになりつつある思考を断ち切るように頭を軽く振る。
「部屋に入るなら、恭くんと一緒の部屋でも良いんだけど。
恭くんが同意もなしに襲うような人じゃないってのは、そろそろ分かってもらえてると思うけど」
ユーフォリアの言葉にミュリエルもリリィでさえも同意するように頷く。
他に傍にいる男が大河という事もあり、余計にその辺りがよく分かるのかもしれない。
これ以上考えても仕方のない問題という事と、他にも色々な事で忙しいであろうミュリエルの事を思い、
リリィももうそれで良いとさえ思い始める。
その内の何割かは、本人は否定するかもしれないが、恭也を信用しているという部分もあるのだろうが。
決断を下す立場であるミュリエルにも、ユーフォリアの提案は甘美な響きとなって聞こえ、
思わず承認しそうになる。なるが、やはり駄目だと小さく首を振る。
それが当然だろうという顔をする恭也の横で、ユーフォリアはふてくされるように頬を膨らませる。
不機嫌になったユーフォリアをフォローするように、ミュリエルはユーフォリアの意見を否定した理由を述べる。
「確かに、ユーフォリアさんの言う通り、恭也くんを寮に住まわせても問題は起こらないでしょう。
ですが、それには大きな問題が二つばかりあります。
一つは、彼が何かしようとしなくても逆がありえるという事です。
勿論、互いの同意の上であれば反対はしませんが、風紀の問題や、何よりも、その時の貴女の反応が……」
はっきりと言う事はしなかったが、この場の誰もが言いたい事を察する。
当の本人であるユーフォリアもその指摘にふと考え込む。
「確かに、恭くんに近づこうとする女性がここぞとばかりに押しかけてくるかも。
そうなったら、片っ端から…………。ううん、流石に数で来られると私の目を掻い潜る奴も出てくるかも。
うん、確かにそれは大きな問題よね。一層、手を出さないように最初にガツンと……」
ユーフォリアのその行動、それこそが問題になっているのだと言う言葉を飲み込み、
違う問題を深刻に悩むユーフォリアから視線を僅かに逸らし、ミュリエルは話を続ける。
「二つ目の問題ですが、こちらの方が問題なんです」
ミュリエルの言葉にユーフォリアたちは学園長を見つめ、知らず唾を飲み込む。
それぐらいミュリエルの顔は真剣で深刻さを増していた。
言葉もなく見つめる三人に構わず、ミュリエルはその問題を口にする。
「当真大河くんの存在です」
その言葉に全員が意味も分からずに居る中、ミュリエルは更に詳しい事を語っていく。
「彼の事ですから、恭也くんが寮の部屋に移ると知ったら、間違いなく自分もと言い出すでしょう。
ですが、彼を住まわせるのは流石にその……女生徒に……、えっと風紀上……、じゃなくて……、まあ、そういう訳です」
生徒のことをあまり悪く言いたくないのか、穏便な言葉を捜すも見つからず、結局は言葉を濁す事にする。
だが、それでよく伝わったのか、三人はもの凄く納得する。
そして、結局はまた問題が堂々巡りとなるのである。
恭也としては今の状況でも一向に構わないのだが、やはりミュリエルとしては許可できないのだろう。
テントじゃなくなれば良いのだろうが。
そこまで考え、恭也は一層の事、今テントを張っている所に小屋を建てる許可でも貰おうかと思う。
あまりの考えに自嘲しそうになるも、それも悪くないかもとそれを口にしてみる。
「確かに新たに寮を作るのは無理ですが、小屋程度なら大丈夫ですね。
それに、その場所は元々人の来ない場所ですし」
「恭くん、それは良い考えだよ。新しい新居で始まる二人きりの新たな生活。
新婚さんみたいだね♪」
「駄目に決まってるじゃない! あんな人気のない場所で二人だけなんて。
それこそ、何か問題が起こってからじゃ遅いのよ!」
反対するリリィを冷ややかな視線でユーフォリアは見つめ、
「さっき恭くんの事を信用しているみたいな態度だったのに?
何で、急にそんな事を言うのかな? 第一、学園長もさっき言ってたじゃない。
同意なら反対しないって。ねえ、ねぇ。なんで反対するの?」
「そ、それは。ほら、風紀上」
じーと見つめるユーフォリアから目を逸らし、リリィはゆっくりと今までのやり取りを思い返す。
確かに、反対するような理由はない。
ないのだけれど、咄嗟にああ言ってしまったのだ。
理由はきっとさっきも言った風紀上の問題からだろう。
だが、ミュリエル自身もその意見に完全なる反対を出していないのを見て、リリィも自分を納得させる。
(な、納得させるって何よ、させるって。それじゃあ、まるで私が反対しているみたいじゃない!)
内心の考えに驚きつつ、それを誤魔化すように大声で賛成だと告げる。
「一層の事、あのバカも連れて行ってくれれば清々するのに」
「それは嫌」
リリィの言葉にあっさりと返すユーフォリア。
そんな二人のやり取りを見ながら、恭也はバカ=大河なのかと少し同情するも、
それを理解している彼自身もどうなんだろうか。
ともあれ、恭也とユーフォリアの住居の問題に関しては、新たな小屋を建てるという方向で話が着く。
家具などはそのままユーフォリアの部屋となるはずだった場所から持ち出すという事になり、
後はそれが完成するまでの半月から一月ばかりの間どうするかということになる。
「ですが、そんな短期間で出来るものなんですか」
ミュリエルの言葉にそう恭也が訪ねると、ミュリエルは小さく頷く。
元々、学園の北東にある森の中に既に誰も使っていない小屋が建っており、それをばらして組み直すのだと。
勿論、そのまま使うのではなく、補強したり少し増築は必要だろうがと。
「でしたら、そこを使わせてもらえば」
「いえ、場所的には寧ろ、今あなたたちが使っている場所の方が人も来ないので助かるのです。
あそこも普段は人は来ないですが、練金科や薬学科の生徒が昼や放課後には出入りしますから」
恭也としても場所を気にした訳ではなく、ただ作業をしてもらうのが申し訳ないとの事からの提案だったので、
そういう事ならと異論もなく納得する。
これにより、残る問題は先程言っていた、その間をどうするかである。
「そうですね。それまでの期間なら、寮に入れても大丈夫でしょう。
大河くんが同じように要求してきたら、その時はあなたたちが出て行く時には、
同じように寮を出て行ってもらうと言えば」
「確かにあのバカなら、悩んだ末に諦めるかも。
まあ、諦めない場合は、恭也が大河の部屋に行けば良い事だしね」
「えー、大河の部屋になんか行ったら、落ち着いて眠れないよ」
「アンタはそのまま部屋に住めば良いでしょうが」
「だから、私と恭くんは常に一緒なんだって」
初めから、だからこそ問題になっているんだろうとユーフォリアは呆れたように呟く。
その通りで、ユーフォリアが恭也の傍から離れようとしないからこそ、今のテント生活が始まったのである。
そうでないのなら、この世界に来た時点でそういう部屋割りになっている。
分かっていても改めて言われると、そこはやはり腹立だしいのかリリィはユーフォリアを睨みつける。
それを気付かない振りをしつつ、ユーフォリアは恭也へと言う。
「それに、大河の部屋は狭いみたいだしね」
「いや、寝るだけなんだし広い必要もないだろう。
だが、大河は嫌がっていたからな。無理強いはできない」
「まあ、もう一度言えば、今度は了承するかもしれないけどね」
ユーフォリアを見ながらリリィはどこか疲れたように漏らし、ユーフォリアはユーフォリアでただ苦笑する。
何となく言いたい事を察した恭也であったが、あえてその事には触れないようにする。
ともあれ、こうして恭也とユーフォリアはテント生活にさよならを告げる事ができたのだった。
つづく
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