『刻まれる時の彼方 〜Duel Heart of Eternity Sword〜』
8話 お買い物2
魔の地帯から抜け出し、ユーフォリアのために服を数着選んだ恭也は勘定を済ませるとそそくさと店を出る。
どこか慌てた感じの恭也に首を傾げるリリィの隣で、ユーフォリアは必死に笑みを噛み殺しており、
それを目ざとく見つめた恭也が睨み付けるも、気付かない振りをする。
「それで、次はどこに連れて行けば良いのよ」
「そうだな、次は……」
「次は恭くんの服だね」
「いや、俺は別に」
「駄目に決まってるでしょう」
「だが、ユーフィの自浄があれば……」
ユーフォリア自身が口にしたような事を言う恭也に、ユーフォリアは少し照れたような顔をして頬を両手で挟む。
「恭くんが自浄を望むのなら私は良いけれど。そんなに私と抱き合いたいのなら、そんな口実なんかなくても……」
「だ、抱き合っ! ちょ、ちょっとアンタたち普段、何してるのよ!」
ユーフォリアの言葉尻に眦を上げるリリィへと、恭也は誤解だと言おうとする。
ユーフォリアの扱う自浄という魔法は身体だけでなく身に着けているものまでも汚れを落とす。
だから、ユーフォリアがこの魔法を唱えるときは恭也に抱き付く形で唱えているだけなのだ。
恭也は知らないが、別に抱き付く必要は本当はないのだがそこはそれである。
ユーフォリア自身の言い訳としては、二回唱えるよりも一回で済むとの事らしい。
ともあれ、そういう事情だと説明しようとして、しかし先にユーフォリアが口を開いてしまう。
「私たちが何をしてても、貴女には関係ないじゃない。
何でそんなに怒ってるのよ」
「べ、べべべ別に怒ってなんかいないわよっ!
ただあんまりふしだらな事をされて、それで救世主クラス全体が変な目で見られたら困るのよ」
「ふしだらね。ただ抱き合うだけで? しかも無理矢理じゃないのに?
もっと言えば、普段の大河の行動の方が問題あると思うんだけれど、そっちは良いんだ」
「あ、あのバカにだって私は言ってるわよ! でも、聞かないのよ!」
大通りで大声で言い合う二人へ恭也はやや疲れつつも静かに割って入る。
「ユーフィも本当にそれぐらいにしとけ。それとリリィさんもここでこうして張り合ってる方が問題ですよ。
さっきの抱き合う云々は別におかしな意味ではありませんから。とりあえず、行きましょう」
恭也に言われて大人しく引き下がるユーフォリアと、
場所を思い出して恥ずかしそうに俯くリリィの二人を恭也は促して歩き出す。
少し進んで足を止めると、リリィへと案内をお願いする。
大人しく頷きリリィは恭也を一軒の店へと連れて来る。
店に着くなり、ユーフォリアは恭也の腕を引いて店の奥へと連れて行く。
「ちょっと待ちなさいよ。さっきのお店と違って、こんな所で一人にされても困るんだからね」
慌ててリリィもその後に着いていく。
見ようによっては、いや、そのまんま両手に花状態の、それもどちらも飛びっきりの美女という事もあって、
恭也へと店内に一人でいた男たちから嫉妬の視線が飛ぶ。
その視線に慣れているのか、恭也は平然とユーフォリアに腕を取られながらも歩き、
ユーフォリアは全く気にも止めずに恭也を引っ張っていく。
そんな二人とは逆に、何故か視線を集めていると感じたリリィは不安そうに思わず恭也の上着の裾を掴んでしまう。
途端、視線が更に強くなったような気がして、リリィは身体を強張らせる。
と、リリィの手に気付いた恭也とユーフォリアが足を止めて振り返ると、
リリィは慌ててその手を離して誤魔化すように咳払いをする。
「そ、それでどんなものを買うの。ま、まあ、少しぐらいなら私も見立ててあげるわ」
誤魔化すように言うリリィに対し、ユーフォリアは思いっきり頬を膨らませる。
「恭くんの服は私が選んであげるから、貴女は大人しくしてなさい。
仕返しに変な服を選ばれても困るしね」
その言葉にリリィはカチンと頭にくる。
人が親切心で言ってやったというのにと。
自分の言い方にも多少の問題があるという事など、全く念頭にないらしい。
二人して見えない火花を散らす光景を眺めながら、
恭也はもう数えるのもバカらしくなる程、本日数度目の溜め息を深々と吐き出すのだった。
「恭也、どうもう着終わった」
「あ、ああ」
カーテンの向こうから聞いてくるリリィにそう返事を返すなり、カーテンが開かれる。
現れた恭也の姿にユーフォリアが思わず感嘆の息を洩らすのを見ながら、リリィは自慢げに胸を張る。
「どうよ、私の見立ては」
「く、悔しいけれど確かに恰好良い……」
悔しそうにしつつも恭也に見惚れるユーフォリアと、自分の見立てに満足げに頷くリリィ。
「うん、元がそこそこ良いからフォーマルな装いも映えるわね」
上と下をびしっとした装いで固めた恭也は、困ったようにリリィを見る。
「こんな堅苦しい恰好はあまり好きじゃないんですが。それに、ちょっと動き難いんですが」
「…………そ、そうよね。普段着にこれは失敗だったわね。ごめん」
「いえ、折角選んで頂いたんですが……」
「ああ、気にしないで。次はちゃんと動き易い服にするから」
謝ろうとする恭也を制するリリィに、ユーフォリアがにやりと笑みを浮かべる。
「もう、普段着を買いに来たのに、こんなパーティに行くような服を選ぶなんてね。
それにこれじゃあ戦いにくいわよね、恭くん。という訳で、次は私が選んだ服を着てね」
ユーフォリアの言葉が正論だけに何も言い返せず、ただ悔しそうに顔を歪めるリリィ。
そんなリリィへと勝ち誇ったような笑みを見せて、ユーフォリアは恭也へと服を渡す。
「これを着たら良いんだな」
「そうだよ。ほらほら、早くそんな動き難い服なんて着替えて」
これみよがしに動き難いという部分を強調して言いながら、ユーフォリアは恭也を試着室へと押しやる。
それから暫くして恭也が再び二人の前に姿を現す。
「どうだ?」
「うん、ばっちりだよ。色も恭くんの好きな黒だし、それなら動き易いでしょう」
「確かに」
ユーフォリアの言葉に恭也は軽く身体を動かしながら同意する。
それを悔しげに見ていたリリィはその場を離れて、少しして戻ってくる。
「恭也! 次はこっちよ!」
「むっ」
リリィから服を受け取って再び試着室に戻り着替えてくる恭也。
「うん、それならさっきみたいに動き難いとかはないでしょう」
「確かに」
「それに偶には黒以外も良いんじゃない?
とは言え、まるっきり違うのも戸惑うかもしれないから、黒に近い紺にしたんだけど。
因みに、それと同じので黒もあるから、色は好きな方にすれば良いしね」
「恭くん、恭くん! 次はこっち!」
「お、おいおい」
行き成り突き出された服をユーフォリアの手から受け取りつつも困惑する恭也を余所に、
ユーフォリアとリリィは一瞬だけ視線を交差させたかと思うと、同時に走り出す。
「そんなにたくさん持ってこられても、俺は着せ替え人形じゃないんだが…………」
そんな恭也のぼやきは二人の耳には届いておらず、その後も次々と交互に服を差し出す二人。
一応、選んでもらっているという事で律儀に着替えていた恭也であったが、
流石に十回を越える頃には疲れ始めていた。
「二人とも、もう良いから。
ユーフォリアが最初に選んでくれたのと、リリィさんが二つ目に選んでくれたのに決めましたから。
ただ、色は黒にしましたけれど」
再び戻ってきた二人にそう告げると、恭也は店の一角を指差す。
そこでは店員が服を詰めている所で、どうやら二人がこの場を離れている隙に購入したらしい。
恭也の言葉と疲れたような顔を見て、二人はようやく熱くなりすぎていた事を思い出して我に返る。
「ご、ごめんなさい。つい熱くなってしまって」
「うぅ、ごめんね恭くん」
「いや、二人とも俺のためを思ってしてくれた事だしな」
珍しくしおらしい様子を見せるリリィに、恭也は知らず手を伸ばして頭を撫でる。
逆の手ではユーフォリアの頭も撫でつつ、何処か呆然とした顔でこちらを見てくるリリィと目が合う。
目が合うなりリリィは憮然とした顔をしてそっぽを向き、恭也は慌ててリリィから手を離す。
「すいません、つい」
「べべべ別にこれぐらいで怒ったりしないわよ。バカにしてるんじゃないみたいだし。
た、たたただし、今回だけだからね」
顔を朱に染めながらそう言ってくるリリィに恭也は頷くと、ユーフォリアからも手を退ける。
が、ユーフォリアはその事にも気付いていないのか、じっとリリィの横顔を見つめる。
「ユーフィ、どうかしたのか?」
「ううん、べっつにぃ〜」
何か含みのある言い方だが恭也は突っ込んで聞く事をせず、店員の下へと荷物を取りに行く。
先に店を出て行く二人の背中を見ながら、店員が恭也にこっそりと耳打ちする。
「お兄さん、どっちの子が本命なの? もしかして両方とか?
若いのにやるじゃない」
「いえ、そういうのではないですよ」
噂話が好きなのか、興味津々と言う店員を適当にあしらい、恭也も店の外へと出る。
恭也を見るなり再び腕を取るユーフォリアをを眺めながら、リリィは次は何処に行くのか聞く。
「そうですね。そろそろお腹も空いてきましたし、とりあえずはお昼にしませんか。
付き合ってくれたお礼にお昼ぐらいならご馳走しますよ」
「別に良いわよ、指導なんだし」
「いえ、そういう訳にも。だったら、さっき服を選んでくれたお礼ということで」
「……そこまで言うのなら、お世話になるわ」
「ええ、そうしてください」
恭也の申し出にリリィの方が折れる形で話が着く。
珍しくユーフォリアが口を挟んでこなかった事もあり、あっさりとこの件は片が付く。
後は何を食べるかだが。
「この辺りだと魚料理の美味しいお店があるけれど、どうする?」
「和食を扱っているお店は流石にありませんよね」
「和食? それってどういった料理?」
「いえ、気にしないでください。そうですね。ユーフィは何か食べたいものあるか?」
「うーん、特にはないかな。だったら、そのお店でも良いんじゃないかな」
ユーフォリアの言葉に、恭也はリリィの言った店で昼食をする事にするのだった。
昼食を取り終えた一行は、次に日常用品の買出しに向かう。
「うーん、それにしても美味しかったね、恭くん」
「ああ。流石に地元の人が勧めるだけの事はあるな」
「そう、気に入ってもらえたんなら私も一安心だわ。
あそこの支配人がお義母さまの知り合いで、私もよく連れて行ってもらうのよ」
嬉しそうに説明するとリリィは少しだけ驚いたように二人を見る。
「それにしても、二人ともマナーちゃんとしてたわね。私なんて、慣れるまで結構大変だったのに」
「いえ、俺も最初は大変でしたよ。ただ、昔父に叩き込まれまして」
「私はお母さんに教えてもらったから」
二人の言葉に納得しつつ、リリィは次に雑貨屋へと足を向ける。
「とりあえず、恭くん何がなかったっけ?」
「いや、殆どないがな。とりあえず、食堂以外でもお茶が飲めるようにしたいな」
「じゃあ、カップとティーポットだね。あ、恭くんの場合は急須と湯呑みなのかな」
「両方だな。後、鍋ややかんとかも欲しいな」
「じゃあ、お皿とかもあると良いかな」
「ああ」
そんな会話をしながら店内を見て周る二人に、リリィが少し慌てたように声を掛ける。
「ちょっと、そんなにいらないでしょう。
湯飲みや急須っていうのは知らないけれど、お皿とか鍋なら幾つかは部屋に…………あっ」
リリィは恭也たちが救世主クラスなので救世主候補の部屋を使っていると思っていたが、すぐに思い直す。
そして、更に未だに部屋が与えられていないという事も思い出す。
「もしかしなくても、未だにテントなのあなたたち」
「ああ。寮に空き部屋がない上に、唯一開いている部屋が女子寮ではな」
「まあ、私は恭くんと一緒なら何処で良いけれどね。
恭くんと同じで野宿も慣れてるし」
あまりにも平然と言ってのける二人に逆にリリィの方が困惑する。
確かに恭也を寮に入れるのはどうかと思ったが、まさか未だにテントで暮らしているとは思わなかったのだ。
むしろ、ユーフォリア辺りがミュリエルに文句を言って既に解決したとばかり思っていた。
自分だけでなく、、他の人たちもそう思っているのかもしれない。
そして、ミュリエルは恐らくは二人がテント暮らしをしている事を知らないのだろう。
あの時、本来ならその辺りを報告するべきダリアはこの問題が片付く前に去った訳だし。
そうなると、恭也たちがテントで野宿しているのを知っているのは救世主クラスのみである。
自分も今の今まで忘れていたのだ。他の面々が覚えているかどうか。
覚えていれば、ベリオ辺りなら何とかしようとしたはずである。
「はぁぁ、だったらもっと早く言いなさいよ」
「言った所でどうにもならないじゃない。
現実問題として、部屋がないんでしょう」
「それはそうなんだけれど……」
流石に一週間も野宿させていたとして恐縮してしまうリリィに、恭也は気にしないように言う。
しかし、気にしない訳にもいかないだろう。
「と、とりあえず部屋の件は私からお義母さまに言っておくわ。
近いうちに何とかなるかもしれないし。ただ、あまり期待はしないでよ」
「いえ、それでも助かります。ありがとうございます」
「べべべべ別にお礼を言われるような事じゃないわよ。
それに、勝手に呼んでおいて待遇が悪いなんて言われたくないしね」
そう言ってユーフォリアを意味ありげに見つめるが、ユーフォリアは平然とその視線を受け止める。
「まあ、当然の意見だと思うけれどね」
そう返されて逆にリリィの方が言葉に詰まる。
それを誤魔化すかのように、微妙に話を変える。
「とりあえず、お皿とかの食器は救世主クラスの部屋にあるものを使うと良いわ。
元々、その部屋はユーフォリアのために空いたままだし」
「そうなんだ。じゃあ、恭くん。他のものを買ってこう」
ユーフォリアの言葉に恭也は皿などの食器類を除いて必要な物を買っていく。
思ったよりも少なく済み、予定していたよりもお金が浮いた上に荷物も軽い。
「リリィさん、この辺で茶葉の売っているお店はありませんか?」
「あるわよ。紅茶のお店だけど」
「日本茶とかは……、いや、そのお店を案内してください」
日本茶があるはずもないかと恭也は諦め、その店を案内してもらう。
そこでリリィのお勧めの茶葉を二種類ほど買い、買い忘れがない事を確認すると三人は表通りへと戻る。
「恭くん、恭くん。アイスが売ってるよ」
「本当だな」
「アイス? ああ、ジェラートね」
「ジェラートがあるんですか」
ようやく自分の世界と同じ名前の食べ物を聞き、恭也はそののぼりの文字を見る。
だが、字はやはりこちらの世界のもので判読できない。
恭也はその屋台に近付くと、ジェラートを三つ頼む。
「わ、私まで良いの?」
「はい、遠慮しないでください」
リリィとユーフォリアへと差し出すと、自分の分を受け取って口にする。
「味も一緒だな」
その甘さに少し眉をひそめつつも、ようやく元の世界と同じものと出会えた事にもう一度口にする。
「恭也の世界にもあるって事?」
「ええ。しかし、甘いですね」
「当たり前じゃない。って、もしかして甘いの駄目なの?」
「駄目というか、苦手なんです」
「なのに頼むなんて」
呆れたように言いながらも笑うリリィに、恭也はやや憮然と拗ねたようについ懐かしかったからと洩らす。
そんな仕草に益々笑みを深めるリリィ。
一方、ユーフォリアは黙々とジェラートを口にし、あっという間に食べ終える。
まだリリィは半分ほど残っており、恭也は三分の二ほど残っている。
「ユーフィは甘いものが好きだな」
「うん」
「なら、俺の分もやろう」
「良いの!」
「ああ」
正直、少し持て余していた恭也は嬉しそうにするユーフォリアへと自分の分を渡す。
喜んで食べ始めるユーフォリアを見ていた恭也は、ふと視線を路地の一角へと移し、
二人をその場に置いてその店へと入っていく。
二人が食べ終える頃に戻ってきた恭也は、小さな包みをその手に持っていた。
「恭くん、それは何? たいやき? お団子?」
食べ物が出てくるユーフォリアに少し笑いつつ、恭也は二つあった包みをユーフォリアとリリィに渡す。
「今日付き合ってくれたお礼です。ユーフィにもな」
「ありがとう、恭くん!」
「あ、ありがとう」
恭也の言葉に喜んで受け取るユーフォリアと、照れつつも礼を言って受け取るリリィ。
二人はその場で早速包みから中のものを取り出す。
「リボン?」
「はい。何が良いのか考えたんですけれど。
今髪を留められているのと同じ長さぐらいですから、良ければ使ってください。
気に入らないようなら捨ててくれても」
「そそそそんな事ないわよ。折角選んでくれてプレゼントしてくれたんですもの。
幾ら私でも気に入らないから捨てたりはしないわよ。そ、それに男の人からこんなの貰ったの初めてだし……」
最後は真っ赤になって小さく呟くリリィ。
だが、別に気を悪くしたのではないと分かり、恭也は胸を撫で下ろしながらユーフォリアの方を見る。
「いや〜ん、首輪だなんて。これってつまり、恭くんが私の御主人様って事なのね」
「…………はぁぁ」
ユーフォリアの言葉に恭也は深々と溜め息を吐き、さしものリリィも思いっきり呆れた顔を向ける。
二人の反応にさしものユーフォリアも少し居心地が悪そうに咳払いをした後、
まるで何もなかったかのように包みの中へとそれを戻し、もう一度取り出して見せる。
「ありがとう、恭くん!」
どうやら最初からやり直す事にしたらしい。
幾分疲れを含む視線が自分に突き刺さるのも気にせず、ユーフォリアはそれを首の前に掲げて見せる。
「うん、チョーカーだね。色も黒だし、この飾りもシンプルで可愛い」
笑顔を見せるユーフォリアに、恭也は苦笑しつつも気に入ったのなら良かったと返す。
そんな恭也へとユーフォリアはチョーカーを突き出し、付けてせがむ。
それぐらいなら構わないかと恭也はそれを受け取ると、ユーフォリアの首にそれをそっと付けてあげる。
「大事にするね、恭くん」
くるくるとその場で周りながら笑顔を振りまくユーフォリアを呆れたように眺めつつ、
リリィはそっとリボンをポケットに仕舞い込むのだった。
門限も近くなり三人はようやく学園へと戻ってくる。
寮の前までリリィを送り、
「今日は本当に助かりました」
「べべ別に大した事はしてないわよ。まあ、一応そのお礼は受け取っておくけど。
でも、次は絶対に負けないからね」
「分かりました。こちらも精進して待ってますよ」
「くっ、その余裕が腹立つわ。でも、今の時点ではアンタの方が強いってのは認めてあげるわ。
でも、すぐに追い越してみせるからね! それと、試験の時は悪かったわ」
「はいはい、精々頑張んなさい、リリィ」
「くっ、やっぱりアンタむかつくわ。って、リリィ?」
初めてユーフォリアにまともに名前を呼ばれた気がして驚くリリィに、当然のような顔をして見せるユーフォリア。
「なに? 何か可笑しいことでもあるの? 一応、仲間なんだから名前を呼ぶのは当然でしょう。
まあ、こっちも貴女の言動にはむかつくけれど、一応礼儀として謝ってるし、
あの件はもう水に流すって恭くんも言ってるしね。
そっちが名前で呼んでるのに私だけそうしないのも可笑しいでしょう」
ユーフォリアの言葉にリリィは今日、買い物をしていてユーフォリアの名前を自然と呼んでいた事を思い出す。
何となく後ろめたい気分の残っていたリリィだが、今日一緒に行動する間にそれがなくなっていた事にも。
ユーフォリアが気を使ってくれたのかどうかは怪しいが、多少なりとも感謝するリリィであったが。
「まあ、幾ら頑張っても恭くんには勝てないでしょうしね。
そうね、次に負けたその時は、私と恭くんのデートに荷物持ちとして付いて来てもらおうかしら」
「っっ〜〜! や、やっぱりむかつくわね、アンタ!
まだやってもいないのに、負けるなんて決め付けないでよね!
大体、何で私が荷物持ちなんかしないといけないのよ!」
「だって、負けたら勝った人の言う事を聞くんでしょう」
「だからって、もう負けたという前提で話をしないでよ!
そもそも、何でアンタが決めるのよ!
「だって、恭くんが勝つって事は私が勝つって事じゃない」
「違う! ぜ〜〜ったいにその理屈は違うわ!」
「もう、リリィってば煩いわよ」
「う、煩いって。私は本当の事を言ってるだけでしょう、ユーフォリア!」
最後の方では打ち解けてゆっくり出来たと思っていた恭也であったが、
まさか、最後の最後でこうなるとは夢のも思わなかった。
もう溜め息を吐く気力もなく、恭也はただ二人のやり取りが終わるまで静かに待つ事にする。
「大体、恭くんのものは私のもの。私のものは恭くんのものなんだから……」
「だからって、救世主試験にまでそんな考えを持ち込むな!」
徐々に暮れていき、暗くなっていく空を見上げ、
恭也はせめて夕飯までには終わってくれる事をひっそりと祈るのだった。
§ §
翌日、朝食に現れたリリィを見てベリオがふと気付いて声を掛ける。
「おはよう、リリィ」
「おはよう、ベリオ」
「そのリボン、新しいのよね。黒なんて今まで見たことなかったし」
黒色のものをあまり纏わないリリィが着けた黒いリボンを見て思わず尋ねる。
それに対して、リリィは髪を掻き揚げ、小さく笑みを浮かべる。
「まあね。黒もそんなに悪くないかなって思ってね。
それに、これはある意味良い願掛けにもなるしね」
「願掛け?」
「ええそうよ。アイツ、いいえ、あの二人を倒すっていうね」
「ふーん、その二人って私と恭くんの事かな?」
「ふん、それこそ今更でしょう」
「「ふっふっふ」」
互いに睨み合いながら不敵な笑みを浮かべるユーフォリアとリリィ。
そんな二人の間でベリオは大河とリリィだけでなく、
いや、もしかしたらそれ以上にこの二人を注意しなければならないのかと一人疲れた様子を見せる。
そんなベリオの心情に気付いてか、未亜やカエデが苦笑する中、恭也は一人、
この二人のやり取りが昨日までのものとは違っていると理解しており、
それでもこれからも気苦労が耐えない事もまた分かっているからこそ、
今だけはベリオに任せて、一人、黙々と食事を続けるのだった。
つづく
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