『刻まれる時の彼方 〜Duel Heart of Eternity Sword〜』






7話 お買い物1





「はぁ、はぁぁっ。お、お願い、もう、もう許して……」

「駄目だ。そもそも、負けたのはお前の方なんだからな」

「だからって…………。い、いや、もう本当にやめてぇっ!」

「俺たちの世界にはこんな言葉があるんだが、こっちにもあるのか。
 嫌よ嫌よも好きのうちってな」

「う、うぅぅっ、酷い…………」



「……………………で、お兄ちゃんさっきから何を一人でブツブツ言ってるの?」

呆れたような視線で見つめられた大河は、しかし怯む事無く胸を張って断言する。

「何って、恭也がリリィに要求した事を俺の脳内で再現して実況しているに決まっているだろう」

この台詞からも分かるように、冒頭は全て大河自身の声で一人芝居のように繰り広げられていたものである。
勿論、大河とて一人でそんなバカみたいな事をするはずもなく、その傍らには悪友と呼ぶのが相応しい、
大河のこちらの世界での友、セルビウム・ボルトの姿があった。
セルは鼻を押さえ、やや前屈みになりながらベンチに座ったまま未亜に挨拶をする。
本来ならここぞとばかりに飛び上がって近付くのだが、今は諸々の事情から何故かそれが出来ないらしい。
呆れた眼差しで未亜に見られつつ、大河は指導と口にする。
それを聞いた瞬間に未亜は大人しくなる。逆にセルは更に前屈みになりながら、

「た、大河、お前未亜さんに何をするつもりだ。はっ!
 ま、まさか禁断の……。駄目だ、それだけは駄目だぞ! 幾らお前でも未亜さんだけは。
 それ以前に、兄妹でなんて…………。兄妹でなんて…………。き、禁断の愛。
 これはこれで禁忌による背徳感が……。
 って、何を考えているんだ! 未亜さんだけは……」

「セル、お前最低だな」

「セルビウムくん……」

大河に言われるだけでなく、微妙に後ろに下がって距離を開ける未亜に傷付きつつセルは必死で言い訳をする。

「ち、違うんです! これは、その……」

「お前の本心だな」

「そう! 俺の本心……って何を言わせる!」

大河の首を掴んで前後に振るセルと分かっていてからかう大河を見て、
未亜は呆れたように額に指を当てて眉間を押し揉むのだった。





 § §





ユーフォリアを召還器だと誰も思わなかったため、
またミュリエルたちも確証が持てるまでそれを口外しないとしていた為、
召還器もなしで救世主クラスに入ったということで噂になっていた恭也だったが、
流石に一週間近くも経てば周りも少しは落ち着き始めていた。
だが、当の本人はそんな噂など何処吹く風というよりも知らず、今日も今日とていつものように目を覚ます。

「おはよう、恭くん」

恭也が目を覚ましたのを感じ取ったのか、隣でユーフォリアが眠たげに目を擦りながら起き出す。
唯一と言っても良い、向こうの世界から恭也が持ってきていた荷物、
鍛錬道具の入った鞄に入っていたシャツを寝巻き代わりとしているのだが、
ユーフォリアには少し大きいそれ一枚というのは、恭也にとって目のやり場に非常に困るものであった。
せめて下ぐらいは穿いてくれと頼んだのだが、他に着替えがないと言われては仕方がない。
ともあれ、眠たそうにしているユーフォリアをそのまま寝かせてやる。

「鍛錬に行って来るだけだから、ユーフィはそのまま寝ていれば良い」

「…………うーん、じゃあ寝てる」

そう言うなりポテンと横になってすぐに寝息を立て始める。
ユーフォリアを起こさないように、そっと恭也はテントから出て鍛錬に向かう。
そう、テントである。
あの日からずっと恭也はテントで眠っているのである。
食事は食堂があるので何ら問題もなく、その内この問題は忘れられる事となったのである。
恭也としては別段今の所は問題ないので、特に何かを言う必要も感じていないのだ。
出来ればユーフォリアにはちゃんとした部屋をと思ったのが、
自分から離れようとしないユーフォリアに恭也の方が根負けしたのである。
ユーフォリアが一緒ということで、最初の数日は戸惑ったが今ではそれも慣れつつある。
ユーフォリアもユーフォリアで、待遇が悪いだ何だと噛み付いたのは最初の時だけで、今では何も言わない。
いや、単に誰にも邪魔されずに恭也と二人っきりというのを楽しんでいるのかもしれないが。
恭也が既に日課となっている鍛錬を終えて戻ってくると、既に起き出したユーフォリアが着替えて、
三つ指を付いて恭也を出迎える。

「お帰りなさい、あなた。お風呂にします、お食事になさいます。
 それとも、わた……」

「先に風呂にしよう」

「恭くんのいけずぅぅ」

いい加減、この手のからかいにも慣れて恭也も軽くあしらうようになっている。
ユーフォリアもいじけながらも恭也の後に付いてお風呂へと向かう。
そのまま食堂で食事をし、ここには戻らずに教室へ。
これが大体のパターンである。
だが、今日は少し違う。
そもそも、今日は休日なのである。
幾ら破滅に対抗する者たちを育てる学園とは言え、やはり休養も必要である。
だから、この学園にも普通に休日という日が存在していた。
それに今日はアヴァターに来てから初めての休日である。
既に大体の予定は組んでおり、そろそろ時間かと恭也は動き始める。
食事を終えるまではご機嫌だったユーフォリアの機嫌が悪くなり出したのも、その時間が近付いてからである。

「むー、折角の休日なのに〜」

拗ねてむくれるユーフォリアを宥めつつ、

「だからこそ、休日にしか出来ない事をするんだろう」

「それはそうだけど……。恭くんと初めてのデートしたかったのに……」

ユーフォリアの言葉に照れつつも、恭也はそれを誤魔化すように、またユーフォリアの機嫌を取るように言う。

「それはまた今後機会があればな」

そう言った瞬間に満面の笑みで恭也を見上げる。

「うん♪ 絶対だからね、約束だよ♪」

あまりの喜びように恭也は冗談だと言ってからかおうとしたのを止めて頷く。
それを見て益々嬉しそうに、まるで飛び跳ねんばかりに軽い足取りで恭也の横を歩く。
当たり前のように恭也と腕を組みながら歩いていたユーフォリアだったが、すぐにその足取りは重く、
また機嫌が悪くなっていく。
それに気付きつつも恭也は何も言わず、変わりに前方に居る人物へと話し掛ける。

「すいません。お待たせしてしまいましたか。まだ約束の時間はあったと思っていたんですが」

「良いわよ。確かにまだ約束の時間じゃないもの。
 ちょっと半端な時間だったから、特に出来る事もなくて早めに来ただけよ」

「だったら、他の場所で時間を潰してから来たら良いじゃない。
 まあ、恭くんを待たせなかっただけ偉いわ」

「…………ふーん、やっぱりアンタも一緒なのね。
 そんなにベタベタしてたら、いい加減に鬱陶しがられないの?」

「お生憎さま。私と恭くんの絆はこれぐらいじゃ薄れたりしないもん。
 寧ろ、余計に深まるもの。あ、ひょっとして羨ましいとか?」

「誰が羨ましいなんて言ったのよ!」

この口論からも分かるように、恭也の待ち合わせ人とはリリィである。
先日の試験で負けたリリィへと恭也は街の案内を頼んだのだ。
お金はミュリエルと言うか、学園より貰ったが、何処に何の店があるのか分からないからと頼んだのだが。
恭也は早くも人選ミスだったかと頭を抱える。
二人の間に挟まれつつ、このまま時間を無駄にする訳にもいかなずに止める。

「ユーフィ、そのぐらいで。リリィさん、まず服を売っている店に案内してもらえませんか。
 出来れば女性用の」

「…………分かったわ。さっさと行きましょう」

行って先に歩き出す後ろ姿に舌を出して後を追うユーフォリア。
子供っぽい仕草に肩を竦めつつ、腕を取られている恭也もその後を追う。

「ねえ、恭くん。女性用って事はまさか私に」

「ああ。学園長からは多めに貰っているから。
 ユーフィもいつまでも同じ恰好という訳にもいかないだろう」

「うーん、洗濯の必要は自浄の魔法があるからいらないんだけれど」

「それは聞いた。だが、ないよりはあった方が良いと思ったんだが。
 余計だったか?」

「ううん、そんな事ないよ。恭くんからのプレゼントだしね」

「いや、プレゼントというか」

必要な物を買いに行くだけなのだが、あまりにも嬉しそうなユーフォリアにその言葉を噤む。
恭也としては何よりも寝巻きを何とかしてもらいたいと思っているのだが、
ユーフォリアはそんな心を読んだかのように言う。

「でも、寝巻きはあれが良いな。恭くんに包まれているみたいで安心できるから」

うっとりとした表情で言われても恭也は返事も出来ず、ただ照れてユーフォリアから顔を背けるだけである。
それでもじっと見つめてくる視線は感じられ、先に行こうにも腕を組んでいる状態ではそれも出来ず、
仕方なさうに恭也はややぶっきらぼうに告げる。

「好きにしたら良い。本当に物好きだなユーフィは。だが、出来れば下は」

「そうだね、それは考えておくよ」

そんな会話を背中に聞きながら、リリィはやってられないとばかりに振り返る。

「いつまでもダラダラと話してないで、さっさと行くわよ!」

二人の返事も待たずに今まで以上に早足で歩き出すリリィの後を恭也は慌てて追う。

「ぶー。試験に負けて言う事を聞くはずなのに、私たちを置いて行くなんて。
 何か勝手だよね、恭くん。ひょっとして、あの試験の条件って嘘なのかもね」

「いや、大河が来てからなくなったという可能性もあるんじゃないか」

「そうか、それがあるね」

「だとしたらリリィさんには悪い事をしてしまったな」

「悪かったわよ! ちゃんと案内するわよ!
 負けた者は勝った者の言う事を一つだけ聞く。これはなくなってないわよ!
 だから、私がこうしてアンタたちに街を案内しているんでしょうが」

「負けたくせに偉そうに。大体、案内も何もまだしてもらってないのにね」

「街に行く前にアンタ達がごちゃごちゃ言ってるんでしょう!
 ここはまだ学園内なのよ!」

またしても言い争いを始める二人に、恭也は今日一日でどれだけ疲れるのかを考えて気分が重くなるのだった。





 § §





服屋へとやって来た恭也だったが、当然の如く恭也にそういったものを選ぶつもりなどなく、
一人外で待つつもりであった。だが、これまた当然の如くユーフォリアがそれを良しとするはずもなく、
現在、恭也の姿は店の中にあった。

「ねぇ、恭くん。これはどう?」

試着室のカーテンを開けて恭也の前に試着した様を見せたユーフォリアは、
その場でくるりと周ってみせる。それを見てから恭也は口を開く。

「ああ、良いんじゃないか」

「む〜、さっきから同じ事ばっかり言ってるよ〜。
 ちゃんと見てくれているの?」

頬を膨らませて拗ねて見せるユーフォリアに恭也もまた疲れたように返す。

「ちゃんと見ていている。本当に似合ってる」

実際、何を着ても似合うと思っている恭也としてはそれ以外に言葉もなく、ただ正直にそれを口にする。
途端、顔を赤くしてユーフォリアはカーテンを思いっきり閉める。
怒らせてしまったかと思う恭也であったが、それはすぐに杞憂だと分かる。
カーテンがそろそろと開き、そこから片目だけを出してユーフォリアが恥ずかしそうに呟く。

「うぅ、行き成りそんな事を言われたら恥ずかしいじゃない」

「む、それはすまなかった。だが、本当にそう思ったから」

「だから、ううん、良いよ。恭くんは私を褒めてくれたんだしね。
 えへへへ、それ自体はすっごく嬉しいから。でも、それだと中々決まらないな〜。
 そうだ! 私はここで待っているから、恭くんが好きなのを選んで持ってきてよ」

「俺がか!?」

驚く恭也の姿に、ようやく顔の赤みも取れたユーフォリアが顔だけを出して頷く。

「うん。だって恭くんの好みを知っておきたいし、元々恭くんの意見を聞いてたのもその為だもん。
 やっぱり、同じ着るのなら恭くんに喜んで欲しいじゃない」

「だが、俺はこういうのは疎いぞ。そうだ、リリィさんなら同じ女性だし……」

「い・や。私は恭くんに選んで欲しいの」

絶対に譲らないとばかりに決意を秘めた瞳で見つめ返すユーフォリアと見詰め合うこと暫し、
結局は恭也の方が折れる形となり、恭也は店内を見渡す。
女性用の衣類を扱う店だけあって、殆ど女性である。
中には男性の姿も偶に見かけるが、それらは大抵が女性連れである。
流石に一人でここを見て周る勇気はなく、恭也はリリィに手伝いを頼もうと声を掛けようとするが、
それに気付いたユーフォリアが試着室より飛び出して恭也の腕を取る。

「それじゃあ、私と一緒に見て周ろう」

「しかし、ユーフィはここに居るんじゃ」

「やっぱり気が変わったの」

「まあ、別に構わないが、流石に着替えないとまずいんではないか」

恭也の言葉にユーフォリアは自分がまだ試着したままだった事に気付き、
恭也に待つように釘を指して再び試着室へと戻る。
訳が分からないまま、しかし一人で見て周らなくて済んで胸を撫で下ろしてユーフォリアを待つ恭也。
その様子をリリィはつまらなさそうに見遣りながら、やってられないとばかりに肩を竦める。

「どうでも良いけれど、さっさとしてくれないとこの後も色々と周るんでしょう」

「ええ。本当にすいません。折角の休日だというのに付き合わせてしまって……」

「別に良いわよ。負けたのは事実だもの。でも、次は絶対に勝ってみせるからね!」

指を突きつけて鼻息も荒く告げるリリィに対し、恭也は至って普通に楽しみにしてますとだけ答える。
その余裕とも取れる態度にこめかみを引き攣らせつつもリリィは腕を組んでそっぽを向いて鼻を一つ鳴らす。
そんな態度にも恭也は怒る風でもなく、ただユーフォリアが出て来るのを待つ。
やがて試着室から出てきたユーフォリアは、服を戻しながらリリィを一瞥すると、

「負けたくせに偉そうね。大体、昨日の反省が足りないわよ」

「あ、あれは…………」

流石にそれを言われると言い返すことも出来ずに黙るしかできず、途端に落ち込んだように俯く。

「ほら、ユーフィ。リリィさんももう気にしないでください。
 少なくとも俺はもう気にしてませんから。ほら、ユーフィ、服を見るんだろう。
 リリィさんも暫くはこの店に居るので、俺たちに気を使わずにご自由にしててください」

気を利かせてユーフォリアの手を取ってその場から立ち去る恭也。
まだリリィへと文句を言うかと思われたユーフォリアだったが、意外にも素直に恭也に付いて行く。
恭也が自分から手を繋いできた事の方に感動し、リリィを弄る事など既にどうでも良いといった所か。
恭也と手を繋ぎながらも器用に腕を組み、ユーフォリアは恭也の歩くに任せる。
一人になったリリィは暫くはそこに立ち尽くしていたが、軽く頭を振って気持ちを切り替える。
勿論、昨日の事は充分に反省している。
その上で、あの二人を納得させる戦いを次こそはと気合を入れなおして。
とは言え、流石にあの二人に付き合って一日過ごすのは思った以上に疲れそうだと感じていた。
恭也はまだ良いというか、大河と比べるまでもなく物腰も柔らかく丁寧であるから。
問題は敵視してくるユーフォリアである。
幾ら自分に非があるとは言え、ああも突っ掛かってこなくても。
そこまで思っておきながら、自分もまたユーフォリアへと突っ掛かっているという事実には気付かないリリィ。
何だかんだと言いつつも、違う意味では息が合っているのかもしれない。



ユーフォリアとリリィのやり取りを横で見ていた恭也は、まるで晶とレンのようだと思いつつも、
根本的には違うんだろうと考えていた。
あの二人は何だかんだと言った所で本当に仲が悪い訳ではないのである。
まあ、当人同士は思いっきり否定するだろうが。だが、互いに認め合ってはいる。
だが、ユーフォリアとリリィは相性が悪いというか。
誰彼構わずに敵対するような態度を取るリリィ。
何かしらの理由があり――恐らくそれは救世主という事に関係しているであろうとは思うが――、
ああいった態度以外に接する方法を知らないのかもしれないが、わざと人を近づけまいとしている節もあるのだ。
対してユーフォリアは何よりも恭也を第一と考えている所があり、その矛先が恭也へと向かった瞬間に牙を剥く。
勿論それ以外にもあるみたいだが。
故にこそ、この二人の衝突は多いと言える。

「…………くん。……うくんっ!」

まるで水と油だな。そう思いつつも、このままでは良くないとも思う。
とは言え、言って聞くような二人ではないと分かるぐらいには二人の性格を把握したつもりの恭也。
結局は当人同士で歩み寄るしかないのだが。
ユーフォリアの方は少しリリィをからかっている節もあるので、本当に険悪な状態にはならないかもしれないが。
ともあれ、間に自分が挟まれるという事が何よりもきつい恭也であった。

「恭くんっ!」

「あ、ああ、何だ」

思わず自分の思考へと没頭していた恭也は、ユーフォリアの何度目かの呼び掛けで我に返る。
だが、自分を呼んだはずのユーフォリアは少し顔を赤くして困ったように恭也を見上げる。
何故そうなっているのか分からずに首を傾げつつも、恭也はここでの目的を口にする。

「どうした、何か気に入ったのでもあったか?
 だったら、俺の意見など聞かずに決めても良いんだぞ。ユーフィだったら、きっと似合うだろうし」

「え、あ、そうじゃないけれど。えっと、似合うの? ま、まあ、そう言ってくれるのは嬉しいんだけれど……。
 う、うぅぅ。でも、恭くんがどうしてもって言うのなら……。
 そ、それにいずれはそうなっても良いかなって思ってたし。
 私は恭くんをずっと見てたから、恭くんの事は大体知ってるからね。
 でも、恭くんにとっては私と出会ってまだ一週間程度の時間じゃない?
 まあ、昔会ってたのを思い出してくれたんだとしても一月にも満たないし。
 そんな短い時間で私のことをちゃんと分かった上で、そういう風になったんなら一番嬉しいんだけれど。
 あ、でも人を好きになるのに時間は関係ないもんね。うん、そうだね。恭くんはそんな不誠実な人じゃないし……。
 分かった! じゃあ、この中から恭くんが選んで。やっぱり最初は恭くんの好みに合わせた方が無難だもん」

顔を赤くして俯きながらやたらと長々と語ったかと思えば、急に顔を上げてそう言い出す。
そんなユーフォリアの態度に訳が分からないという顔をしながらも、
この辺の服が気に入り、その中から選べと言っているのだろうと解釈して周囲を見渡す。
何が良いかなと思って見渡し、恭也は動きを止める。
目に飛び込んでくるのはカラフルな布。ヒラヒラしたものもあれば、レースやリボンの付いたものもある。
目を疑うかのように紐状のものもあれば、革製のよく分からないものまで。

「なっ、こ、こ…………」

上手く言葉に出来ずに立ち尽くす恭也であったが、すぐにここが下着類ばかりのコーナーだと気付く。
あっちを向いては顔を赤くして違う方へと向き、また顔の向きを変える。
どっちを向いても目に飛び込んでくるのは下着類ばかり。
どうやら考えながら歩いている内に店の奥、この下着コーナーへと入り込んでしまったらしく、
周囲には店内で数少ないとはいえ見かけた男性の姿は一つもなかった。
この場にいた女性たちから奇異の視線を向けられつつ、恭也は困ったように視線を彷徨わせ、
そこで紐状の何か、まあこの一角のコーナーからするにそれも下着なのだろうが、
そのありえない形状に思わず思考を止めてしまう。
それを勘違いしたのか、ユーフォリアは息を飲み込み顔を赤くさせる。

「さ、流石に初めてであれは……。うぅぅ、で、でも、恭くんがどうしてもって言うのなら!
 すいません、あれをくださっ…………んんっ」

「ち、違う、違う!」

決意して声を上げたユーフォリアの口を即座に塞ぎ、恭也はこの場所を離れるべく移動する。
なるべく周囲を見ないように移動しつつ、恭也はここで自分の失敗に思い至る。
自分がどうやってここに来たのか分かっていなかったのに、
この場からすぐに離れなければいけないという強迫観念に後押しされて歩き出してしまったのだ。
結果、恭也は更に奥へと入り込んでしまい……。

「…………ユーフィ、戻ろう」

「えぇ、私なら大丈夫だよ。うん、恭くんの望むままに」

「いや、だから……」

恭也は必死に誤解だとユーフォリアに説明をし、ようやく分かってもらえた。
少し残念だと呟いたユーフォリアの言葉は自分をからかっているのだろうと思い聞き流し、
すぐに戻るようにユーフォリアに頼む。
恭也の言葉に応えて恭也の腕を引くように先を歩くユーフォリアは、動揺する恭也のお陰で逆に冷静になっていく。

「ねぇ、恭くん。本当に良いの? 何なら好きなのを選んでも……」

「い、いいから。必要なら、自分で選んでくれ」

「うーん、じゃあ選ぶから、恭くんも行こう」

「いや、一人で行ってくれ、頼むから」

行くも何もまだ下着コーナーなのだが、ようやく出口が見えてきた事で少しは落ち着いたらしい。
だが、ユーフォリアは目を細めると足を止め、つられて腕を組んでいる恭也も足を止める事になる。

「でも、やっぱり恭くんの意見を聞きたいし……」

「いや、だから……」

「恭くんも同じ見るのなら自分の選んだのが良いでしょう」

「いや、そもそも見るっていうのは……」

「あ、それとも開けてからの、じゃなくて、この場合は脱がしてからのお楽しみの方が良いの?」

完全にからかわれていると分かっていてもどうしようも出来ない恭也。
また、自分以上の力で引っ張っていくユーフォリアに、全く食い止めることが出来ない事に驚愕する。
そんな恭也の心中など気にも留めず、ユーフォリアはまたしても下着コーナーへとゆっくりと舞い戻って行く。

「んふふふ〜。どれが良いかな〜。やっぱり黒?
 それとも、ブルーの方が良いかな。ストラップってのも良いかもね。
 あ、可愛い系とセクシー系ではどっちの方が良い?」

からかう言葉にも答える事もできず、恭也はただただこの場から立ち去る事のみを考える。
だが、そこへ運悪く店員がやって来る。
さっきから一人いる男性を不審に思っていたのだが、二人の会話から若い夫婦か恋人と受け取ったのだろう。
その顔に営業スマイルを満面に浮かべて近づいてくる。

「お客様、どういったものをお探しでしょうか」

「うーん、恭くんどんなのが良い?」

「好きなのを選べ」

ぶっきらぼうに答えつつも頬を染める恭也に店員はユーフォリアへと顔を向ける。

「うーん、私としては恭くんの好みに合わせたいから、やっぱり恭くんの意見を聞かないと決めれないかな?」

その言葉に再び恭也へと視線を戻す。
視線を感じつつも恭也は頑として店員の方を向かずにただ天井を見上げる。
流石に店員も困った顔を見せて、もう一度ユーフォリアへと顔を向ける。
と、ユーフォリアは恭也と腕を組んだままポンと手を叩き、恭也へとにっこりと笑みを見せる。

「もう、恭くんったら! それはつまり、下着を穿くなって事なのね!
 でも、流石に私もそれは恥ずかしいよ。でも、恭くんが望むんなら」

言って恭也から腕を離すと、自分の腰へと手を持っていき……。

「待てユーフィ! 何をするつもりだ」

「えっ? だって下着穿かない方が良いんでしょう。だから、脱ごうと……」

「誰もそんな事を言ってないだろう」

店員が思わず後退るのを横目に見ながら、恭也はユーフォリアの両手首を掴む。
じっとユーフォリアの目を見てからかっているだろうという視線を送る。
それを正確に読み取りつつも、ユーフォリアはわざとらしく照れた風を装い、

「そうか……。恭くんが自分で脱がせたかったんだね。外でだなんて恥ずかしいけれど、恭くんなら良いよ。
 はい」

言って片足を上げてみせる。
店員は完全に二人から離れ、心底困ったように遠見で様子を窺ってくる。
恭也は出来るならばこの場から背を向けて一目散に逃げ帰りたいと真剣に思った。
それを察したのか、ユーフォリアはすぐさま恭也の腕を掴み、朗らかな笑みを見せる。

「冗談だよ、恭くん。ちょっとやり過ぎちゃったね。
 という訳なんで、下着はまた今度ね♪」

そう店員に声を掛けて恭也を引き摺るようにようやく魔のコーナーから抜け出す。
既にぐったりと疲れた顔をしている恭也を見て、少しやり過ぎたかなと思いつつもその耳元に留めを指すように、

「でも、恭くんはあの中ではあの黒いやつとその三つ隣にあった薄いブルーのが好みみたいだね♪」

その言葉に身体を膠着させる恭也を引き摺り、ユーフォリアは楽しそうに笑う。
ただその顔は耳まで真っ赤になっていたのだが、今の恭也はそれに気付く事はなかった。





つづく







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