『刻まれる時の彼方 〜Duel Heart of Eternity Sword〜』






2話 私の寝床はどこですか?





とりあえずが救世主クラスに編入という形で落ち着いた恭也とユーフィだったが、
すぐに次の問題へとぶち当たる。

「うーん、困りましたね」

「ベリオちゃんの力で何とかならない?」

「私の力と言われても。私はただ委員長と寮長をやっているだけですし。
 こういう事は、教師であるダリア先生の方が……」

「私は無理よ〜。だって、ただの一介の教師なんですもの〜」

その問題というのは、恭也がこれからここアヴァターで住むにあたり、何処で寝泊りするのか、
といったものであった。
既に全ての寮において部屋に空きはなく、救世主クラス専用の寮は、
その今までの特性から女子寮と言っても差し支えがない状況なのだ。
故に、ベリオがどうしたものかと頭を悩ませる。
これは大河がこの世界に来た時にも見られた問題だったが、
彼の場合は屋上にあった物置として使われていた部屋のお陰で、何とかそこに住む事で落ち着いた。
だが、その部屋には既に大河が入ってしまっている上、さして広くもない部屋で二人だときついと大河が主張。
結果として、恭也が何処に住むのかという問題になったのだ。

「本当にいい加減だよね、恭くん。
 設備ぐらいしっかりしてれば良いのに。ここの学園長も何をしてたんだろうね」

「ちょっと、聞き捨てならないわね。
 そもそも、男なのに救世主クラスに入ってくるから問題になるんでしょう」

ユーフィの言葉に当然のようにリリィが真っ先に噛み付く。
それを不適な笑みを浮かべて受け止めると、ユーフィは反論を開始する。

「そんなの私たちの知った事じゃないもん。
 そもそも、私たちから救世主クラスにしてくださいって頼んだんじゃないんだし。
 自分たちから勝手に呼んでおいて、住む所がありませんって方が可笑しいんじゃないの?
 大体、例外という事例が起こったんなら、その後に何らかの対策を考えておくべきだったのよ。
 なのに何もしていない。それで、少し不満を口にしたら、その娘が噛み付いてくる。
 本当に大したもんね」

「くっ、このっ!」

思わず手が出そうになるリリィを、大河とベリオが押さえ込んで止める。

「落ち着いて、リリィ」

「そうだぞ、落ち着けって」

「私は充分に落ち着いてるわっ!
 ただ、このくそ生意気な女に少し世間を教えようとしているだけよ!」

「貴女ほど生意気ではないと思うけどね」

「くぅっ! 離しなさい、大河、ベリオ!」

両腕を掴む二人を振り解こうとするが、しっかりと掴まれて振り解くことは出来ない。
そこへユーフィが更に何か言おうと口を開くが、それを背後に忍び寄った恭也が両手で塞ぐ。

「ユーフィ、それぐらいにしておけ」

「むぐむぐんんぅぅ」

恭也に言われ、ユーフィは大人しく頷く。
それを確認すると恭也はユーフィの口から手を離す。

「あまり挑発するような事を口にするんじゃない」

「うー、恭くんが言うなら従うよ。
 でも…………」

「ユーフィが俺のために言ってくれたというのは分かったから。
 だから、な」

「うん♪」

恭也に頭を撫でられながらそう言われ、ユーフィは素直に頷く。
自分と同じ年ぐらいの女性の頭を自然と撫でてしまい、
恭也は思わず照れるがユーフィはそんな恭也には気付いておらず、ただニコニコと笑みを見せる。
勝手に完結してしまったユーフィに、リリィは怒りのやり場を無くして腕を振り解くふりをして、
力の弱まった大河の顎を肘で打つ。

「ってぇぇぇっ! 何しやがる!」

「あら、失礼。振り解こうとしたんだけど、まさか本当に振り解けるなんて思わなかったわ。
 まさか、非力な魔術師の力で戦士であるアンタを振り解けるなんてね〜」

「このっ、喧嘩売ってるのか、へっぽこ魔術師が。
 今のはお前が大人しくなったから、力を緩めていただけだ!」

「っ! 誰がへっぽこよ! 面白いじゃない。
 だったら、今度は本気でやってみなさいよ! このバカ大河っ!」

「んだおぉぉ!」

「なによ!」

別の所で始まりそうな喧嘩をベリオとダリアが止める。
渋々と引き下がる二人を引き離して間にベリオが立つと、再びさっきまで悩んでいた問題へと戻す。

「それで、恭也さんの部屋はどうしましょうか」

「このバカと一緒の部屋で良いじゃない」

「だから、俺の部屋は俺一人でも狭いっての!」

「だったら、お兄ちゃんに私の部屋に来てもらって、空いた所に恭也さんが」

「それは駄目です。幾ら兄妹といえ」

「ベリオ殿の言う通りでござる。ここは弟子である拙者の部屋で」

「それこそ駄目じゃないですか!」

「いや、未亜。俺はそれでも……」

「「大河くん(お兄ちゃん)は黙ってて」」

「……はい」

いつの間にか論点が恭也の住む場所から大河の住む場所へと変わっているのだが、
ベリオたちは気付かずに論争を続ける。
置いてけぼりを喰らう形となった恭也とユーフィの二人はただ肩を竦める。
と、ようやくそのことに気付いたのか、ベリオが話を本来の恭也の住む場所へと戻す。

「大河くんの事はとりあえず置いておいてですね、今は恭也さんの事です」

「まあ、部屋がないのなら仕方ないでしょう」

「いえ、ない事もないんですが、さっきも言ったように……」

「ええ、分かってます。
 流石に女性ばかりの所に俺みたいなのが居るのは色々と問題あるでしょうからね」

ベリオの言葉にそう言う恭也を見て、未亜が小さく爪の垢がどうとか呟くが、
それを聞かせるべき大河は全く聞いていなかった。
小さく溜め息を吐く未亜をよそに、恭也は自分の住む場所について口にする。

「俺はその辺で野宿しますよ。テントとかがあればお借りしたいんですが」

「それはあるにはあるけれどね〜。流石にそれは〜」

恭也の言葉にダリアが困ったような顔を見せる。
召還器の有無は兎も角、救世主クラスに編入した者を野宿させたとあっては、といったところか。

「あぁ〜〜ん、この際何処か他の学科の宿舎でも構わないから、空きはないの〜」

「ですから、それはないって言っているじゃないですか」

ダリアの言葉にベリオが呆れたように呟くが、それを聞いてもダリアは駄々っ子のように駄々をこねる。

「だって、だって〜。私この後、始末書を書かないといけないのにぃぃ〜。
 早く何か良い案を出して〜。誰でもいいから、はやくぅぅ〜」

完全に自分本位の言葉に、リリィたちもただ呆れる。
そんなダリアを見ながら、ユーフィも呆れたように言う。

「別に、この人が居ても居なくても問題ないと思うんだけど……」

「こら、ユーフィ」

「だって、何も案がないんだったら雁首揃えて居た所で意味ないじゃない。
 だったら、仕事もあるみたいだから、解放してあげた方が……」

恭也に窘められつつも、ユーフィがそう言うと恭也もそうかと頷く。

「ダリア先生、そういう事ですので、ここはもう良いですからどうかお仕事の方に戻って頂いて」

「それって、私は役に立たないから出て行けってことなのぉぉ〜。
 ひどいわ〜〜」

「…………どうしろって言うのよ! 貴女が始末書がどうこう言うから、ここは良いって言ってあげてるのに!
 ちょっと、この人、貴方たちの先生なんでしょう。何とかしてよ」

ダリアの言葉にユーフィが怒り、ベリオたちに言うが、揃って首を横に振って肩を竦める。

「うぅぅ、ユーちゃん怖い」

「ユーフォリアです! 私の名前はユーフォリア!」

「うぅ、ユーフォリアちゃん怖い」

「いや、わざわざ言い直さなくてもいいですから。
 それよりも、本当に仕事があるのなら、早く戻った方が良いですよ」

ユーフィを宥めつつ、恭也がもう一度ダリアに言うと、今度はダリアは後は任せたわ〜、と言って去って行く。
変に疲れたものを感じつつ、恭也は改めて部屋の問題をどうするのかと頭を悩ますベリオへと言う。

「とりあえず、今日は野宿しますよ。というよりも、いい加減、休みたいです」

流石にいろいろあって疲れたのか、恭也はさっさと休みたい気分だった。
それを悟ったのか、ベリオもとりあえずはそれで妥協する。

「テントは確か、寮にあったはずですから」

「ありがとうございます」

「いえ、お礼を言われることでは。それどころか、逆に野宿させるような事になってしまって……」

「本当に気にしないで下さい。こういうのは慣れてますから」

ようやく召喚の塔から外へと出た恭也は、暮れ行く空を見上げる。
まだ星は見えないが、周りの建物などを見る限り、自分の知らない土地に居るのは間違いないと改めて実感する。
しっかりと恭也の左腕を取りながら、ユーフィも同じように空を見上げる。
いや、恭也の横顔へとその視線は向かっていた。
それに気付いた恭也が、どうかしたのか尋ねると、少し慌てたように何でもないと答える。
そうこうしている間に寮へと着いた一向は、寮の前で一旦立ち止まる。

「それじゃあ、すぐにテントを持ってきますので少しここで待っていてくださいね」

「はい、ありがとうございます」

「大河くん、手伝ってください」

「オッケー」

ベリオに着いて中へと入って行く大河とベリオを見送り、恭也は改めて目の前の建物を見詰める。
西洋の屋敷を思わせる外観で、かなりの大きさを持っていた。

「でも、恭也さん本当に野宿で良いんですか」

「ああ、別に構いませんよ。この気温なら問題ないですし。
 その辺りはまた明日にしましょう」

心配して声を掛けてくれる未亜にそう返すと、今度はカエデが声を掛けてくる。

「それにしても、先ほどの恭也殿の動きは素晴らしいものでござった。
 まさか召還器なしで、あそこまでの動きが出来るとは。さぞや名のある剣士なのでござろうな」

「いえ、自分なんてまだまだですよ」

「そう言えば、恭也さんは私たちと同じ世界出身でしたよね。
 なのに、どうしてあんな闘い方が」

「おお、そう言われれば未亜殿たちの世界は比較的平和でござったな」

二人が不思議そうに恭也を見詰め、恭也は小さく苦笑を洩らすと簡単に説明する。

「確かに比較的平和な世界ですが、それでも色々とあるんですよ。
 それに、形は違っても皆、何かしら闘っているものですよ。
 ただ俺の家系は、本当の意味での戦う方法、剣術を伝えていただけです」

恭也の言葉に感心したように頷く二人と、恭也を睨むリリィ。
そして、無言のまま恭也とユーフィをずっと見詰めているリコ。
そこへ、ベリオと大河が戻ってくる。

「ほら、これがそうらしいぜ」

言って丸めたテントを恭也へと渡す大河。
それを受け取ると、恭也は皆に挨拶をして適当な場所を探すために立ち去ろうとする。
ベリオは恭也へと挨拶を返した後、笑顔でユーフィへと声を掛ける。

「これからユーフォリアさんの部屋にご案内しますね」

「何で?」

しかし、ベリオの言葉にユーフィは不思議そうに返す。

「何で、とは?」

「だって私は恭くんの剣だもの。恭くんから離れる訳ないじゃない」

「え、でも……」

「私の部屋を用意するんなら、そこに恭くんも一緒させれば良いじゃない」

「それは……」

困惑するベリオを助けるように、恭也がユーフィに言う。

「ユーフィ、そんなに困らせるな。
 お前は部屋が貰えるんだから、ありがたく使わせてもらえ」

「でもでも」

「それに、俺は男でユーフィは女の子なんだから」

「女の子……。恭くんが私の事を女の子として見てくれてるなんて。
 嬉しいな〜。うん、恭くんになら、いいよ……」

「恭也ぁぁぁぁっ! ぐぅぅぅ、うら、羨ましすぎるぞ、この野郎!
 俺の召還器と交換しやがれ、いや、してください!」

身体を九十度以上折り曲げる大河に困惑しつつ、恭也はユーフィを窘める。

「ユーフィ、冗談とは言えそういうのはあまり口にしない事だ」

「む〜、冗談じゃないのに……」

小声で文句を言うも、恭也には聞こえない。
一方、バカなことを口走った大河の頭には、カエデの肘鉄にベリオの杖、未亜の弓が見事に突き刺さっていた。
流石にそれを心配した恭也だったが、三人に揃って大丈夫と笑顔で言われて、それ以上は黙る。

「とりあえず、ユーフィは部屋に」

恭也の言葉を遮り、ユーフィはリリィをちらりと小さく一瞬だけ見ると恭也へと顔を戻す。

「夜中に襲われないとも限らない以上、やっぱり離れるのは駄目だよ。
 恭くんは寝る時に、武器を手放す?」

「いや、手の届く範囲に置いておくが……」

「でしょう。で、今の恭くんの剣は私なんだよ」

「しかし……」

尚も何か言い募ろうする恭也を遮り、リリィが恐ろしく低い声を出す。

「もしかして、私が夜中に襲うって思ってるんじゃないでしょうね」

「あれ、私は一言もそんな事を言ってないけど?
 そう言うって事は、するつもりだったんだ」

「しないわよ! そんなせこい真似しないわよ!」

「だったら、良いじゃない。私は万が一の話をしているんだから。
 という訳で、行こう恭くん」

リリィへとそう告げると、それ以上の口論をする気はないとばかりに恭也の腕を取る。
そこへ復活した大河が恭也に声を掛ける。

「よし、今日一晩なら俺の部屋に来い、恭也」

「ど、どうしたの大河くん。急にそんな事を言い出すなんて」

「流石は師匠でござる」

驚きつつも感心するベリオに、純粋に感心するカエデに大河は偉そうに胸を張る。
しかし、一人未亜だけは冷めた眼差しで大河を見詰める。

「恭也さんを部屋に入れれば、一緒にユーフォリアさんも来るとか考えてない?」

「ぐっ! 我が妹ながら、何て鋭い奴……」

どうやら図星だったらしい未亜の言葉に慌てる大河に、ベリオがやっぱり大河くんは大河くんかと呆れ、
カエデも流石に僅かに呆れた様子を見せる。
それらを放っておいて、ユーフィは恭也の腕を引っ張って行く。

「それじゃあ、また明日。ほら、恭くん行こう」

「いや、だから……」

まだ抵抗しようとする恭也に、ユーフィは恭也にだけ聞こえるような小さな声で囁く。

「私に聞きたいことがあるんでしょう」

ユーフィの言葉に気付いていたのかと恭也は感心すると、少し考えて頷く。

「分かった。ただし、話が終わったら部屋に行くんだぞ」

「えー」

「えー、じゃなくて」

「もし、破滅が急に来て襲われたりしたらどうするの?」

「その時は、ユーフィが来るまで時間を稼ぐぐらいは……」

「駄目だよ。だって、破滅相手に何処まで稼げるかなんて分からないでしょう。
 それに、こっちにも破滅が来てたらすぐに恭くんの元へいけないじゃない。
 もし、私の事を女の子だと思ってて駄目って言うんなら、武器だと思っても良いよ。
 恭くんがそう望むのなら、私は自分の心を殺して見せるよ」

「…………分かった。俺の負けだ」

「本当?」

「ああ」

恭也の言葉を聞き胸を撫で下ろすと、それでも何処か不安そうに恭也を見上げる。

「心を殺さなくても、このままでも良いの?」

「ああ。それと、もう二度と自分を武器とか言うんじゃないぞ。
 ユーフィはちゃんとした女の人なんだから」

「うん、分かったよ!」

今度こそ本当に安堵し、笑顔を浮かべて恭也の腕を取る。
二人のやり取りを離れてみていたベリオたちは、何を話しているのかまでは分からずに、
ただ黙って二人を見ていた。
そんなベリオたちに改めて挨拶をすると、恭也とユーフィの二人は野宿に最適の場所を探して歩いて行く。

「ちょ、ちょっと待ってください恭也さん、ユーフォリアさん」

慌てて呼び止めたベリオの声に、二人は足を止めて振り返る。
二人の元へと近づいたベリオが、何とか説得しようと口を開く前に、恭也が話し掛ける。

「ベリオさんの言いたいことや心配されている事は分かります。
 しかし、ユーフィの言う通り、急な敵襲を考えるとユーフィが傍にいないとまずいので」

「そういうこと。私は恭くんの剣だからね。
 私なしで恭くんだけじゃね」

「ですが……」

尚も何か言いかけるベリオだったが、
じっと見詰めてくる恭也の目と今までの言動から大河とは違うと言う結論に達し、
二人が納得しているのだからと最終的には折れることにした。
二人はベリオに礼を言うと、背を向けて歩き出す。
こうして、恭也は今夜の宿を何とか手に入れたのだった。
場所は礼拝堂の裏を少し言った先、森の中という朝夜の鍛錬にも困りそうもないような場所であった。
簡単にこの学園の説明を受けた際に、普段からも生徒が少ないと言うことだったのでここにしたのである。
そこにテントを張り、ようやく落ち着けた恭也は大きめの石を二つ運んできて椅子代わりとし、
明かり代わりに焚き火をする。

「さて、幾つか聞きたいことがあるんだが……」

「うん、良いよ。あ、でも私に答えられる範囲でね」

「ああ、分かっている。まず……」

「名前はユーフォリア。パパとママがいて、他に兄弟はいないよ。
 スリーサイズは……」

「いや、そうじゃなくて……」

「冗談だよ。それで、何かな?」

ユーフィの言葉に少し疲れたのか、僅かに肩を落とす。

「大人びたり、子供みたいだったり、どっちが本当の性格なんだ……」

「どっちも私だよ。別に意識して変えている訳でもないしね」

「それはそうだろうけど……。と、それは良い」

恭也は何とか気を取り戻すと、ユーフィへと質問するために口を開く。

「初め、俺の召還器としてという話だったのに、何故、違う説明になったんだ?」

「ああ、それは別に大した意味はないんだけどね。
 えっと、怒らない?」

「怒るようなことなのか?」

「そうでもないと思うけど……」

「分かった、怒らないから」

優しい声でそう言われて、ユーフィはその理由を話す。

「だって、あの赤い髪の人が恭くんのことをバカにしたような態度で見るし、
 あの学園長って女の人は、恭くんを値踏みするような使える道具を見るような目でみるんだもん。
 だから、少し困らせてやろうと思って」

あまりと言えばあまりな理由に恭也は言葉をなくす。
それをどう受け取ったのか、やはり怒られると思って小さくなるユーフィに、恭也は優しく手を頭に乗せる。

「ありがとうな」

「えっ。怒らないの」

「ああ。約束したし、それに何よりも俺のためにやってくれたんだろう」

「やったって言うか、殆ど反射的にだし……」

「つまり、俺のために怒ってくれたって事だろう。
 だったら、別に怒ったりしないさ」

「あっ…………。うん♪」

恭也の言葉にユーフィは満面の笑みを見せる。

「他に聞きたい事はある?」

「そうだな……。あの時の力が全力ではないと言っていたが、あれは?
 何故、全力を出せないんだ? やはり、隠しておいた方がいいからか」

「そうじゃないよ。
 あまり私たちの力でこの世界に干渉しないためというのもあるみたいだけど……。
 簡単に言えば、私の身体に幾つかの封印みたいなものがされてるの。
 あいつらが現れたら外れるけど、それ以外では封印された状態だから。
 ちょっと無理してこの世界に干渉した代償というか、干渉するために仕方なくね」

「よくは分からないが、そうまでしてこの世界に来たのは、もしかして」

「うん。恭くんが巻き込まれそうだったからね。
 あのまま放っておいても、恭くんは近いうちにアヴァターに呼ばれる事になってたから」

「何故と聞いても?」

恭也の言葉にユーフィは頷くと話を続ける。

「恭くんの近くに救世主候補が居たから。
 その子が呼ばれる時に、恭くんが巻き込まれる事になるの。
 その通りになってたら、ちょっと修正が大変だったから。
 だから、少し無理してでも恭くんだけを呼んだって訳」

「そうだったのか。しかし、力を封印されていてもあれだけの力とは」

「うーん、あの時の力は結構、無理したものだから、今後も出せるかは分からないかな」

「大丈夫なのか」

ユーフィの言葉に心配そうに見詰めてくる恭也に、ユーフィは笑顔を見せる。

「大丈夫だよ。幾つかの封印のうち、一つは恭くんがピンチの時は解除されるようになっているから。
 だから、あの時のは言うほど無理してはないから」

「そうか。それなら良いんだ」

「それじゃあ、他に質問はある?」

ユーフィの問い掛けに恭也は暫し考えると、

「逆にユーフィが今の段階で俺に話せる事は?
 それと、これから俺がどうすれば良いのか、だな」

「うーん、話せる事は大体話したかな。
 恭くんはこのまま救世主クラスにいてもらって、後は恭くんの思うようにやれば良いよ。
 ここでの鍛錬や破滅との戦いは、あいつらが出てくる前に恭くんを鍛えるにはうってつけだから」

「あいつら? そういえば、さっきから偶に口にしているよな」

「んー。詳しくは言えないけれど、破滅であって破滅じゃない奴ら。
 それ以上はごめんね」

「いや。そいつらはそんなに強いのか」

「うん。今の恭くんじゃ、絶対に勝てない」

「そうか」

「でも、恭くんならきっと大丈夫だよ」

何の根拠もないユーフィの言葉だが、何故か恭也はそれを信じられるのである。
不思議なものを感じつつも、恭也は頷く。

「だから、救世主候補たちとの試験は大事だね。その為にも、救世主クラスに所属しないと」

「なら、学園長の言っていた試験は頑張らないとな」

「うん、頑張ってね。試験では、私は手出ししないから。
 破滅との戦いが始まっても、私はよほどの事がないと手出しはしないから」

少し辛そうに告げるユーフィの頭をもう一度撫でながら、恭也は頷く。

「分かっている。そうそうユーフィに頼ってばかりだと、俺自身が上へといけないからな。
 ユーフィはそこまで考えてくれているんだろう。
 だったら、そんな辛そうな、悲しそうな顔をしなくても良いから。
 ユーフィの気持ちはありがたく受け取っているから」

「うん。でも、本当に危なくなったら絶対に助けてあげるからね。
 だから、恭くんは安心して」

「ああ、頼りにしてるよ」

「うん、任せてよ!」

言って胸をトンと叩く。

「大体はこんな所かな。あ、それとさっきも言ったけれど、恭くんの傍に絶対に私を置いておいてね。
 私が恭くんの召還器という事に疑問を持っているけれど、完全には否定できてないだろうし。
 だったら、初めに考えたとおりに私を召還器と思わせておくのも手だしね」

「それは分かったが、その、寝る時とかは……」

「当然、その時もだよ。
 それに、あいつらがもし気付いて何か仕掛けてきたら、私がいないと」

「成る程な。破滅の襲撃よりもそっちを警戒していたんだな」

「うん。ごめんね、黙ってて。でも、あそこでは言えなかったから」

「ああ、分かっている。
 ユーフィに黙って何処かへと行くのは駄目だという事で良いかな」

「うん。後は、恭也の寝床の確保だけだね」

「いや、俺はもうこれで充分なんだがな」

「うーん、狭いテントの中で二人並んで眠るというのは確かに嬉しいけれど……。
 でも、恭くんの待遇がこんなのは許せないし……」

ブツブツと呟くユーフィに小さく笑みを零しつつ、恭也は立ち上がると腰を伸ばす。

「んー、とりあえず今日はもう休もう。流石に色々あって疲れたからな」

「そうだね。あ、鍛錬はどうするの?」

「そこまで知っているのか。勿論、鍛錬はするよ」

今更ながら驚くのも無意味かと思いつつ、恭也は装備一式の入ったバックを肩から下げる。
丁度、鍛錬からの帰りだったお陰で装備一式が揃っていたのは都合が良かったと思いつつ、
自分を呼んだのが目の前の少女だと思い出し、その上でこちらの世界へと呼んだのだろうと思い直す。
鍛錬の為に森の更に奥へと入って行く恭也の横に並んで歩きながら、
時折見かける夜行性の動物たちを楽しそうに見詰めるユーフィの様子に、恭也は笑みを浮かべる。
こうして、恭也のアヴァターでの長い初日は静かに終わりを迎えようとしていた。





つづく







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