『刻まれる時の彼方 〜Duel Heart of Eternity Sword〜』
1話 召還器現る?
恭也の世界でいう学園の施設としてはいささか、いや、明らかに場違いとも言える闘技場。
その闘技場は今はとても静まり返っていた。
他の観客が誰もいない、かと言って無人という訳でもなく、この場にいる誰もが言葉を発していないからである。
その闘技場の中央に、恭也は自身の得物である小太刀、八景を構えたまま、
「……救世主候補の試験を受けるとは確かに言った。
しかし、これは酷いんじゃないだろうか。それとも、試験というだけあって、こういうものなのか」
そう一人ごちると、改めて周囲を見渡す。
周囲は白い体毛で覆われた狼、いや、狼の姿をして後ろ足で立つ人狼に、
ぶよぶよと特定の形を持たないスライムと呼ばれるモンスター。
果ては石で作られたと思われる巨大な人形――ゴーレムなどがうようよと恭也に襲いかからんと機を窺っている。
それらを見渡した後、恭也は視線をその奥、観客席となっている場所へと飛ばす。
そこには、先ほど一足先にこの闘技場へと来て試験の準備を行ったダリアが、
それを指示したミュリエルに説教を受けている所だった。
「ダリア先生、一体、何を考えているんですか!」
「ごめんなさい、学園長。でも、決してわざとじゃないんです〜」
「当たり前です! わざとで、あんな大量のモンスターをけしかけられてはたまりません!」
「あ、あのお義母さま、それ所じゃないんじゃ……」
学園長の娘らしい赤毛の少女リリィの言葉に、ようやく全員が恭也の状態に気付く。
「反省や説教なら後でして欲しいものだ」
ミュリエルの声が聞こえ、現状を把握した恭也はぼやきつつも、
迫る人狼の攻撃を躱し、すれ違いざまに八景を一閃する。
地に倒れる人狼の事など気にも止めず、次のモンスターが襲い掛かる。
「あー、もう。中心に居るんじゃ、大きな魔法が使えないし」
ぼやくリリィの言葉に、大河は感心したような声を上げる。
「それにしても、あいつ中々やるな。全然、攻撃を喰らってないぞ」
「確かに、師匠の言う通りでござるな。あの動き、さぞや名のある戦士では」
「って、お兄ちゃんにカエデさん、感心している場合じゃ……」
「あ、ああ、そうだったな。カエデ、いくぞ!」
「はいでござる!」
未亜の言葉にようやく事態を思い出したのか、今更のように動き始める大河たち。
恭也目掛けて攻撃を繰り出してきたモンスターたちの動きが急に鈍る。
いや、正確には攻撃が分散される。
見ると、輪の向こう側で大河たちが攻撃を開始したらしい。
それぞれの動きを視界に捉え、恭也は思わず感嘆の声を洩らす。
召還器による身体能力の向上の話は聞いていたが、それを抜きにしても良い動きをしていた。
だてに日々修練を繰り返していないようである。
こうして、輪の中と外からの攻撃により、どんどん数を減らしていくモンスターたち。
しかし、いつの間にか死角に忍び込んでいた人狼の爪が、弓を構えた未亜の背後に現れる。
思わず上がる悲鳴。
咄嗟に目を閉じてしまったが、一向に痛みが襲ってくる事がなく、未亜は恐る恐る目を開く。
と、その目に見えるのは、彼女が最も安心する背中。
「ありがとう、お兄ちゃん」
「馬鹿。もっと周りを把握しろ。お前は接近されるとまずいんだから。
でも、無事でよかった。それと、礼なら後であいつに言ってくれ」
大河は恭也の方へと視線を向け、状況を説明する。
未亜の背後に迫った人狼へと恭也が何かを投げ、それに怯んだからこそ、間に合ったのだと。
大河の言葉に頷きかけた未亜だったが、その口が驚きに開かれる。
「危ない!」
叫びと共に弓を放つ未亜。
見れば、未亜を助けるべく投げた飛針の所為で、恭也はその隙を付かれる形となっていた。
未亜の放った矢が人狼を倒すが、その隙を狙っていたのはその人狼一匹だけではなかった。
未亜の矢によって倒れた人狼の後ろから、人狼ごと砕かんと人の胴体ほどもありそうな腕を振り上げるゴーレム。
それだけでなく、左右、後ろと人狼に囲まれ、最早逃げ道を防がれた形となる。
(神速を使うか……)
この状況で、右膝への負担は後が怖いが、かと言ってここで使わなければもっとやばいと感じ、
恭也は神速を使う事を決意する。
と、そこへ恭也の脳裏に直接語りかけてくる声が届く。
≪駄目だよ! 神速を使ったら、駄目ー!≫
(一体、誰だ……)
≪待ってて、私がすぐに助けてあげるから。
恭くんは私が守るんだから!≫
その声が頭の中一杯に響くと共に、恭也の脳裏に大きな門の映像が浮かび上がる。
何故か分からないが、恭也の唇から何か言葉が自然と飛び出し、それを呪文としたかのように、
その映像の門がゆっくりと開き、光が溢れ出す。
瞬間、恭也の周囲の色が全て失せる。
まるで、神速の領域に入ったかのように。
いや、それよりも更に暗く、夜のように。
同時に全ての音が消え、辺りを静寂が包み込む。
呆然となる恭也だったが、すぐに自分の置かれていた状況を思い出して動き出そうとするが、
そこで恭也は周りの全ての動きが止まっていることに気付く。
訳が分からずに思わず辺りを見渡す恭也の正面に、年の頃は恭也と同じぐらいの少女が、
その手に棒状のものを持って立っていた。
それは、先端は翡翠色の奇妙な曲線を描く形をしており、恐らくは杖なのだろう。
黒を基調としつつ、肩に羽織ったケープのようなものは白地に縁が薄い青。
胸の前で結ばれた小さなリボンは薄い紫で、
蒼く美しい長い髪を首の後ろで一つに纏めるのは白い翼を象った髪飾り。
それが静かに大きく翼を広げている。
「あなたは…………」
「えっ!? 酷いよ、恭くん。私の事、忘れちゃったの?」
「えっと……」
「あ、でも、仕方ないかも。小さい頃のことだし……」
恭也の問いかけに悲しそうな顔をしたかと思えば、すぐにあっけらかんとした顔をし、
少し考え込むような顔をしたかと思えば、次の瞬間には小さく笑みを浮かべる。
感情豊かな女性を前に、恭也は戸惑いながらも口を開く。
「とりあえず、名前を教えてくれると助かるんですが……」
「あ、そうだね。私の名前はユーフォリア。悠久のユーフォリアだよ。
でも、恭くんにはパパやママと一緒の呼び方、ユーフィって呼んで欲しいかな」
「分かりました。ユーフィですね」
「うん♪ それと、その丁寧な話し方は駄目だよ。
私と恭くんの仲でそんなのはなしなし」
「いや、俺とユーフィの仲を言われても……。
今日、初めて会ったのに」
「むー、だから初めてじゃないって言ってるのに。
忘れちゃったのは仕方ないけど……」
悲しそうに目を伏せるユーフィに、慌てて恭也は謝る。
その脳裏に、一瞬だけ今のユーフィよりも少しだけ幼いユーフィの姿が浮かぶ。
「…………昔。俺が父さんと旅をしていた時に出会っている…………?」
「思い出したの!?」
「いや、しかし、それだと目の前の姿と成長の度合いが……。
いや、かーさんという例が……」
「もう、その辺はどうでも良いじゃない」
「あ、ああ」
何か押し切られる形で思考を中断され、恭也もどうでも良いかとそれ以上深く考えるのを止める。
「で、君は一体……」
「ユーフィだってば」
「あ、ああ。ユーフィは一体」
「うーん、その辺は時が来ないと教えられないの。ごめんなさい。
やっぱり、それじゃあ駄目かな?」
涙目になりながら見てくる少女に対し、恭也が断る事ができるはずもなく、ただ頷く。
それを見て、ユーフィは嬉しそうに破顔する。
「少しだけなら教えて上げれるけれど、あまり長くは無理かな。
時深おばちゃんの力が持たないだろうし。時間を巻き戻すよりも、止める方が力がいるんだって。
って、あっ! 今、時深おばちゃんって言ったのは内緒だよ。
じゃないと、またほっぺたと拗ねられるから」
「わ、分かった」
よくは分からないが、時深というのが人の名前だというのはよく分かった。
とりあえず、恭也はその辺りを深く聞かずに了承する。
それにほっと胸を撫で下ろすと、ユーフィは話を再開させる。
「まず、恭くんの世界を含むこのアヴァターを根にする世界は無限にある世界の一つなの」
「それはさっき聞いたけど。確か、根がこのアヴァターで、枝の一つに俺たちの世界あるんだよな」
「うん、そうだよ。でもね、ちょっと違うんだな。
私が言う世界ってのは、今の恭くんの説明で言うとその樹が幾つも、それこそ無限にあるって事なの。
強力な召喚士は枝から枝へ、つまり世界から世界へと渡れるけれど、
それでも樹から樹へは絶対に飛び移れないの。
人間の力では、絶対に無理。それこそ、私たちエターナルでもないとね」
「エターナル?」
「あう、わわわ、ご、ごめん。今のは忘れてお願い!
まだ恭くんにはそれを知る資格がないの。勝手な事だけれど、お願い!
余分な知識は、その場での選択を狭めてしまうから」
「分かった。いや、よくは分かってないんだけれど、それでユーフィが困るというのなら忘れよう」
「ありがとう! だから、恭くんって好き!」
純粋な言葉に照れつつも、時間がないのではないかと先を促す。
それを受けて、ユーフィは慌てて話を再開させる。
「そうだった。えっとね、私たちが言う世界って言うのは、
恭くんの言葉を使って分かりやすく言うと世界樹って事になるの。
この無数にある世界樹の一本の樹、その根にあるのがここアヴァターって訳。
だから、アヴァターは全てを内包していて、またアヴァターが滅ぶと、
その樹の枝である恭くんの世界にもそれが及ぶの。
でも、他の樹には影響が出ない。ううん、そもそも他の樹がある事を知る人なんていない。
恭くんもこんな事に巻き込まれなければ、他の世界なんて信じなかったでしょう。
同じ樹の他の枝さえも知らない人間が、他にも世界を構成する樹があるなんて思いつきもしないよね。
まあ、その辺は置いておいて、今はこのアヴァターを根とする世界樹の話に戻すけれど、
破滅がこの樹を滅ぼそうとしているの。
そして、それを阻止するためにこのアヴァターの人たちは救世主を求めている。
その結果、このアヴァターを根とする樹に複数の世界、枝がある事をアヴァターの人たちは知った。
で、アヴァターの人たちは、自分たちの住む樹を守るために、
枝にある世界から救世主となり得る資質を持つ人を呼んでいるって訳」
「それが救世主候補なんだよな」
「そういう事。……私は一つの樹じゃなくて、複数の樹を守る存在なんだけどね」
「うん?」
「何でもないよ」
最後の言葉は恭也に聞き取れないように呟く事から、それは先ほどのユーフィの言葉を借りるなら、
まだ恭也には教えれない事柄なのだろう。
ユーフィは笑って誤魔化すと、話を修正する。
「それで、恭くんには召喚器を呼ぶ資質はないの」
「資質がない? だったら、何故俺はここに?」
「それは……。ごめんね、私が呼んだの。正確には私たちなんだけれどね」
その言葉に恭也は首を傾げる。
そう簡単に召喚できるものではないと説明を受けたばかりだから。
だが、今までの話を聞く限り、少女にはその力があるような事を言っていたと思い出して納得する。
学園長でさえ他の世界を構成する樹を知らないのに、それを知り説明するこの少女なら、と。
「本当はこんな方法を取りたくなかったんだけれど、色々と問題が出てきたから」
「その問題もまだ教えてはもらえないんだな」
「うん。本当にごめんね」
「いや、気にする必要は無い。寧ろ、感謝すらしたいぐらいだ。
このまま何も知らずにいるよりも、たとえ僅かでも力になれる事があるのなら。
大事な人たちを守れる手助けができるんだから」
「…………恭くん。うん、恭くんなら、きっとそう言ってくれると思ったよ!」
さっきまでの不安そうな顔を一転させ、ユーフィは満面の笑みを見せる。
「じゃあ、で、話を戻すけれど、さっきは恭くんには資質はないって言ったけれど、召還器を呼ぶことはできるの」
「どういう事だ?」
「言葉通り呼ぶことだけならね。救世主の資質っていうのは、召還器の本質を理解することなの。
その恩恵の一つとして、身体能力が飛躍的にアップするんだけどね。
でも、恭くんはその恩恵が受けれないってこと。だから、召還器は呼べるけれど、救世主の資質はないって事」
「ふむ。だが、呼べば出てくる武器なら、試しに呼んでみればいいのか。
見た所、かなり強力な武器に見えるんだが……。能力が向上しなくても、それだけでもかなり有利になるのでは」
「多分、無理だよ。あの未亜って子の炎の矢や氷の矢、雷の矢っていうのを見て、そう考えたんだろうけれど。
あれらの能力も資質だから」
「そういう事か。なら、俺が召還器を呼んでも無駄か。
まさに、宝の持ち腐れだな。
まあ、そもそも俺が呼んだ召還器が小太刀か刀剣類なら良いが、弓や斧とかだと使い勝手が少々違うからな」
「ううん、それは大丈夫だと思う。
恭くんがその気になれば、全ての召喚器は恭くんの元に集う可能性があるんだもの。
だって、召喚器は元救世主に永遠神剣の欠片を……。でも、それは駄目。
その神剣は恭くんのじゃないから。そんな事になったら、どうなるか…………」
恭也の言葉を聞き、ユーフィはブツブツと恭也に聞こえないように呟く。
いや、思わず出てしまった独り言といったところか。
ともあれ、ユーフィは首を振り気を取り直して話を進める。
「とりあえず、恭くんの言う通り、何が呼ばれるか分からないしね。
幾万もの中からぴったりのものが出てくるかはね。
それに、恭くんが使う事になるのは、きっと別のだから」
「別?」
「あ、ううん、何でもない。えっと、とりあえず、恭くんの召還器はないってこと」
「そうか。しかし、それだと俺はどうなるんだ?」
「多分、恭くんの戦力を手放すほど、ここの人たちもバカじゃないと思うよ。
でも、確かに救世主クラスに居た方が動きやすいかもね」
「なら、意味はなくても召還器を呼んだ方が良いか」
「うーん、出来れば召還器を呼ぶのはこれからもしないで欲しいかな。
どうなるのか想像も付かないから」
「そうか。ユーフィがそう言うのなら」
この僅かな時間の間に、恭也はすっかりユーフィを信頼している。
確かに悪い子に見えないというのもあるが、何故か落ち着く感じがするのだ。
恭也自身も不思議に思いながらも、それを受け入れている。
考え込む恭也の隣で、ユーフィは満面の笑みを見せる。
そして、予め考えていた事を口にする。
「だからね、恭くんの召喚器に私がなってあげる。」
「…………はい?」
「だから、私を恭くんの召還器として皆に紹介すれば良いんだよ」
「いや、召還器って何処から見ても同じ年ぐらいの女の子なんだが」
「大丈夫だって。だって、召還器って持ち主と会話できるんだから」
「そうなのか」
「うん。まあ、他の人には聞こえないけれどね。
だから、偶々私は人型の召還器だったって事にしても大丈夫だよ」
「…………そうなのか?」
召還器に対しての知識が殆どないため、ユーフィの言葉をすんなりと信じてしまいそうになるが、
何故かそれは違うような気がしてならない恭也。
戸惑う恭也へと、ユーフィは後一押しとばかりに近づいて下から見上げる。
「駄目、なの?」
またしても昔の懐かしい映像が恭也の脳裏を走り抜ける。
確か、昔もこんな風に覗き込まれて何度かお願いをされたような気が……。
普段はお姉さんぶって接してくるのに、時たまこうやって年下のように甘えた風にねだってくる人が居たような。
そして、恭也はそうやってされたお願いを断れた記憶がなかった。
そんな懐かしい事をぼんやりと思い出しかけながら、恭也の口が勝手に動いていた。
「い、いや、そんな事は……」
「じゃあ、決まりだね♪ やっぱり、恭くんは恭くんのままだよ」
(…………ひょっとして、昔から同じような目に合っていたのか)
それ以前に、なのはのこうしたおねだりに弱い原因もこれなのかもしれないが、
ともあれ、そんな事を考えている恭也の肩に、ユーフィの手にした杖がそっと置かれる。
ユーフィを見れば、引き締まった真剣な顔を恭也へと向けている。
「今、この時より私は恭くんの剣に、盾になるからね。
あらゆるモノを打ち滅ぼす剣に、あらゆるモノからその身を守る盾に。
恭くんは私が守ってあげるから、何も心配しないでね」
「守られるだけというのは、あまり性に合わないんだが……」
ぼやく恭也の言葉にもう一度笑みを形作ると、
「だったら、恭くんが今よりももっともっと強くなったら私を守ってね」
「…………ああ、分かった。その時は俺もユーフィを守ろう」
「うん、約束♪」
「ああ。だが、その前に今だって少しは役に立てると思うんだが」
「うーん、本当は恭くんには安全な所に居て欲しいんだけれど、それは無理だろうしね。
それに、そういう所も好きだし。へへへ」
言ってはにかむユーフィに対し、恭也は照れたように少し顔を赤くさせる。
そんな恭也に気付いてないのか、ユーフィは恭也に腕輪を渡す。
「これは?」
「それはママが作ったの。何処の世界だったかは忘れたけれど、結構、貴重な金属を加工したんだって。
ママ、そういうの得意だから。
で、そこにパパとママがお守りになるようにって力を込めたって言ってた」
「それじゃあ、これはユーフィのお守りだろう。だったら、ユーフィが持っていないと」
「ううん。それは恭くんのだよ。パパが恭くんならきっとそういうだろうからって。
その時はこれを渡すように言われたの。
自分も昔はママに助けられてばかりで、何も力になれない事の辛さを知っているから、
少しでもその手助けできるならって」
「そうか」
嬉しそうに話すユーフィを見ていると、本当に両親の事が好きなんだなと分かる。
そして、まだ見ぬその二人に、特に父親には恭也は感謝の念を抱く。
腕輪を左腕に着ける恭也を見ながら、ユーフィは言う。
「でも、注意してね。召還器ほどじゃないから。
ないよりもましっていう程度に考えて」
「分かった」
「さて、それじゃあ、こいつらを何とかしないとね。
今回は私に任せて、恭也は見ててね」
何か言いかける恭也だったが、今回はユーフィの言う通りにする。
「さーて、それじゃあそろそろ時間を動かすよ。
…………うん、お願い時深お姉さん」
最後は誰かにお願いするように小さく呟く。
途端、暗かった世界が色と音を取り戻し、一気に動き始める。
恭也へと迫るゴーレムの拳、同時に攻撃を仕掛けてくる人狼たち。
それらを冷静に、鋭い眼差しで見詰め返すユーフィ。
恭也をその腕に抱えると、それらを全て躱して輪の外へと抜け出す。
直後、ゴーレムの拳が地面を、突っ込んで来た人狼を、叩き潰す音が響く。
土煙が上がり、全員が恭也がやられたと思う中、ユーフィは恭也へと声を掛ける。
その顔は、さっきまで恭也と話していたあどけない少女のソレではなく、完全に戦士としてのソレだった。
恭也は直感的に、少女が自分よりも遥かに強く、また実戦経験が多い事を悟る。
「とりあえず、こいつらを片付けるね。
恭くんが選択する事になるその日まで、私が守ってあげるから」
小さな呟きは恭也の耳には届いてはおらず、またユーフォリアも聞かせるつもりはなかったのか、
特に繰り返す事をせず、ただ違う事を口にする。
「恭くん、命じて。私にあいつ等を倒すように。
私が恭くんの召還器だと、分からせるために」
ユーフィの言葉に頷くと、恭也は一歩後ろに下がり口を開く。
「ユーフィっ! こいつらを蹴散らせ!」
土煙が晴れ始めた向こう、ゴーレムの後ろに一つの影を見つけ、
そしてその声を聞いて、大河たちは恭也の無事を知る。
同時に恭也が発した言葉に、全員が恭也が召還器を呼び出したと思う。
どんな召還器か興味があるのか、全員が思わず恭也の方を向く。
その視線の先、恭也とは別の影が浮かび上がり、手にした杖を掲げると、
ようやく土煙が収まり始めた中、口の中で何かを呟く。
「いくよ、悠久。力を」
ユーフィの言葉に応えるように、手にした杖、悠久が一瞬だけ輝く。
「マナよ、集い来て散れ。闇夜を切り裂け!
サンダーブレイク!」
ユーフィの鋭い声が響くや、天より幾本もの雷が降り注ぎ、それぞれが意志を持っているかのごとく、
モンスターのみを打ち払う。
地面へと落ちた雷は、土を巻き上げ、地面に穴を開け、向きを変えて飛ぶ。
地面から横へ、上へと伸びる何本もの雷に、先ほどは攻撃を逃れたモンスターたちが、その身を焦がされる。
天へ、横へと向かった雷は再び折り返すと、地面へと降り注ぎ、ようやく消える。
耳をつんざく轟音が鳴り止むと、あれだけ居たモンスター全てが消滅していた。
ユーフィは少し自慢げに恭也へと向き直ると、胸を張ってみせる。
驚きで言葉を無くしていた恭也だったが、少し慌てて礼を言う。
「気にしなくてもいいよ。さっきも言ったでしょう。
恭くんは私が守ってあげるって。それに、今はまだ私も全力を出せないんだ」
言って腕に絡み付いてくるユーフォリアを、恭也はただただ驚いた顔で見る。
(これで、全力じゃない…………)
何故、全力が出せないのかという疑問などよりも、そっちの方に驚く。
次いで、ようやく自分の腕に絡み付いているユーフィに気が付くが、振り払う事も出来ずに困り果てていると、
ようやく先ほどの雷の攻撃による衝撃から立ち直った大河たちが目の前の惨状に揃って声を無くす。
「まさか、彼一人でこれをやったというの……」
その力の凄まじさに声をなくす学園長のミュリエルだったが、その横に見知らぬ少女が居る事に気付く。
全員が恭也の元へと集まると、ミュリエルが疑問を口にする。
「高町恭也。召還器は呼び出せたのですか?」
「はい。これが、俺の召還器みたいですね」
言って恭也は腕にしがみ付いているユーフィをミュリエルへと見せる。
それに返ってきた言葉は、ミュリエルのものではなくリリィのものだった。
「アンタ、バカッ!? そんな召還器があるわけないでしょう!」
「そうは言われてもな」
「お義母さま、このバカは全く話になりません!」
「落ち着きなさい、リリィ。
仮にその話が嘘だとしても、さっきのあの攻撃をしたのは、この少女ということになります。
それに、高町恭也のあの動きを見たでしょう。召還器なしにも関わらず、あれだけの動きをしてみせたのを。
召還器を呼べなかったとしても、その力を見逃すのは正直、惜しいです」
「それはそうですが……」
「高町恭也、改めて聞きますが召還器は?」
恭也とユーフィを交互に見遣りながら問い掛けるミュリエルへとリコが口を挟む。
「……よく分かりませんでしたが、その少女は彼が呼び出したみたいに感じられました」
「……もしかして、召喚士なのですか?」
聞き慣れぬ単語に首を傾げる恭也を見て、その可能性が消える。
ならば、本人に聞くのが早いということで、ミュリエルはユーフォリアへと視線を変える。
「貴女は誰ですか? 本当に彼の召還器なのですか」
「私はユーフォリア。恭くんの剣にして盾。
あらゆるものから、恭くんを守るもの。それ以上でも以下でもないわ。
召還器かどうかは、あなた達で判断してくれても良いわ。
ただ言える事は、私は恭くんに呼ばれてこの場に居るということ」
召還器とは言わず、それを匂わす程度に留めるユーフィに疑問を抱くが、
恭也は何か考えがあっての事だろうと黙っている。
実際は、単に恭也をバカにしたようなリリィの言葉と、
値踏みするように恭也を見るミュリエルに腹を立てたユーフィのただの嫌がらせなのだが。
そんな中、
「まさか、女の子の形をした召還器か!?
恭也、俺のトレイターと交換してくれ! 今すぐ! さあ、早く!
俺のトレイターは万能で、色んな武器に変わるんだ。どうだ、凄いだろう!
俺も手放すのは惜しいが、それをお前の召還器と交換し…………がっ、はっ! ぐぅぅぅ……」
興奮して叫ぶ大河の後頭部を、未亜の弓が、カエデの肘が、ベリオの杖が襲う。
鈍い音を立てて頭を押さえてしゃがみ込んだ大河を無視し、リリィが睨むように恭也を見詰める。
「どういう事なのよ、これは! 本当に召還器だと言うの!」
「俺に聞かれましても、自分も何がなんだか」
本来なら、召還器だと言うつもりだったのだが、先ほどのユーフィの言葉に恭也もやや慎重に話を進める。
大河のように言い返してくる訳でもなく、丁寧に正論を返してくる恭也にリリィも言葉に詰まる。
困ったようにミュリエルを見るも、ミュリエルも判断しかねるように恭也とユーフォリアを見詰める。
「どうしたものかしら。恐らく、召還器は手にしてないと見るのが妥当なんでしょうが……。
しかし、確かに恭也くんの声に応えて彼女、ユーフォリアさんが現れたみたいですし」
それでなくともさっきも言った通り、恭也の動きやユーフォリアの魔法を考えるに、
この二人を手放すのは惜し過ぎる。
しかも、もしかしたら、召還器なしで破滅とやり合えるかもという希望を二人に見出す。
その嬉しさを悟られないように、いつもと変わらぬ表情のまま、ミュリエルは再度確認するように尋ねる。
「召還器は呼べなかったのですね」
「ですから、それはこちらでは分かりません」
「そうですか。では、質問を変えます。
恭也くん、あなたはユーフォリアさんが現れてから身体能力が向上しましたか?」
「いいえ、それはありませんでした」
「そう。なら、彼女は召還器ではないという結論になりますね」
「少し良いですか」
「ええ、どうぞ」
ミュリエルの言葉に反論でもあるのか、ユーフィが割って入る。
「召還器についてあなた方は何処までご存知なんですか?
そんなに詳しくは分かっていないのではないんですか。
なのに、幾つかの事例から外れるからと言って、召還器でないと言えるんですか?」
「…………確かに言えませんね。では、もう一度貴女に重ねて尋ねますが、貴女は召還器なのですか」
「さあ? さっきも言ったように私は恭くんに呼ばれてここに来ただけだから。
自分が何者かと聞かれて、はっきりと誰もが納得のいく答えを出せる人が居るかしら?」
恭也に話す時よりも大人びた感じのユーフィに、恭也はそんな事よりも意図が分からず混乱する。
召還器として大河たちに紹介するはずだったのでは、と。
まさか、何度も言うが、これが恭也に対するミュリエルたちの態度への仕返しだとは、
本当に誰も夢にも思わないだろう。
ミュリエルもユーフィの言葉に答える事が出来ず、結局、この問題は棚上げとする。
「分かりました。それは、もうどちらでも構いません。
貴女が召還器かどうかは、置いておくとして、あなたたち二人の戦力は破滅と戦うのに大いに力になります。
勝手な言い分かもしれませんが、力を貸して頂けませんか。このまま救世主クラスとして」
ミュリエルの真剣な眼差しに、その瞳の奥に秘められた何やら悲壮めいた決意を感じ取り、
恭也とユーフィは顔を見合わせると頷く。
元より、二人はそのつもりなのだから、それは何ら問題ない。
「破滅を何とかしないと俺たちの世界も、大切な人たちも危ない以上、出来る限りの事はさせてもらいます」
恭也の返事にミュリエルは感謝を述べつつ頭を下げると、今度はユーフォリアを見る。
見詰められたユーフォリアは、自分も意見を求められていると気付き口を開く。
「恭くんがそう決めたのなら、私も付き合うだけだよ。
全ては恭くんの思うがままに」
「きょ、恭也の思うまま…………。ぐっ、い、いかん、鼻血がでそうだ。
と、それよりも恭也っ! やっぱり俺と召還器を交換してくれ! がっ!」
「ごめんなさい。兄はちょっとアレな病気でして……」
引き攣った笑みを浮かべつつ、弓型の召還器ジャスティを大河の鳩尾へとぐりぐりと押し付けて行く。
「ア、アレって何だよ、アレって」
「良いから、お兄ちゃんは黙っててお願いだから」
妹にここまで切実にお願いされつつも、大河は羨ましそうに恭也を見ている。
そんな兄妹コントに溜め息を吐いて早々に見切りを付けると、リリィは真っ先に反論する。
「お義母さま、召還器も持たない者たちを救世主クラスにするのは、無理です!」
「ええ、そうね。でも、何度も言うけれど、彼らの戦力は手放すには惜しいわ。
恐らく、現状では彼らはあなた達よりも強い。実戦経験も含めてね」
「そんな……。あの馬鹿と同じ世界から来た人間なのに、私たちよりも実戦経験があるって言うんですかっ!
それも、召還器を持つ私たちよりも、持たないあいつらの方がっ!」
「ええ、そうよ。逆に言えば、大河くんたちと同じ平和な世界に居ながら、彼は常に戦いに身を置いていた。
いえ、常に戦いを忘れていなかった」
「でも……」
それでも不服そうなリリィに、ミュリエルは仕方ないと妥協案を提示する。
「なら、数日間だけ救世主クラスで様子を見ましょう。
確か数日後には、試験があったはずですねダリア先生」
「ええ、そうですね〜」
「なら、それを見てから改めて判断するという事で良いですね。
勝ち負けは兎も角、その戦い方や考え方などを接してちゃんと見極めなさい。
その上で、もう一度彼らのクラスを決めます。良いですね」
有無を言わせないミュリエルの言葉に、リリィは渋々とだが頷く。
これ以上文句を言っても仕方ないと分かったからだろう。
だが、最後に恭也へと鋭い眼差しを向けるのだけは忘れずに。
そんなリリィの態度に頭を思わず抱えそうになりながらも、ミュリエルは恭也たちへと向き直る。
「恭也くんたちもそれで良いかしら?」
ミュリエルの言葉に頷く恭也。
しかし、ユーフィは頷かず、逆にミュリエルへと言う。
「それでも構いませんけれど、でも、私は戦いませんよ。
私が戦うのは、あくまでも恭くんのため。試験では私は戦いません。
その条件で良ければ」
「…………良いでしょう。ユーフォリアさんの力はさっき見せてもらいましたから」
ミュリエルは少し考えた後、そう結論を出す。
間違いなく、あの魔法を見る限り、実力は現在の救世主候補たち以上であるのは間違いないのだから。
彼女がそれで納得して味方してくれるというのなら、悪い条件ではなかった。
あれぐらいの戦闘力を秘めた人物との試験ともなれば、かなり実になるだろうが、
それで怪我でもしては本末転倒というものである。
それに、試験とはいえあの魔法を連発されれば、怪我で済むかどうか。それに、設備そのものも危うい。
寧ろ、その辺りを考えれば、逆に都合が良いとも言える。
救世主候補たちの能力が上がってきたら、改めて試験への参加をお願いするかもしれないが、
当面は問題ないだろうとミュリエルは判断する。
「では、私はまだ仕事が残っているのでこれで失礼します。
後の事は、ダリア先生頼みますよ」
「はぁ〜い」
「それと、今回の件の始末書の作成は今日中にお願いします」
「そ、そんな〜。だって、もう夕方……」
「お願いします」
「…………はぁぁい」
ダリアの反論を封じ込めると、ミュリエルは闘技場を後にする。
その背中を見詰めながら、ダリアはミュリエルが少しご機嫌だと気付く。
が、それを顔には出さず、その理由であろう二人の様子を窺う。
その二人はと言えば、恭也の腕に絡みついたユーフィに何とか離れるように頼んでおり、
それを潤んだ瞳で見上げながら、
「駄目なの?」
ユーフィのその言葉に、恭也は仕方なさそうに溜め息を吐き出すと、
「はぁ。くっ付くのは構わないから、少しだけ力を緩めてくれ。
このままでは歩き難いから」
どうやら、決着がついたようである。
そんな二人へ、ダリアは近づくと、いつもの笑みを浮かべながら両手を広げる。
「それじゃあ、改めて恭也くん、ユーフォリアちゃん。
アヴァターへようこそ♪」
果たしてそれは歓迎の言葉だったのか、地獄への誘いだったのか。
それはまだ、この時点では誰にも分からない。
つづく
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