『Triangle Fate stay/hearts』






昔より、決して歴史の表舞台へと出てこなかったモノがあった。
それは、決して使い勝手が良いといったモノではなく、
また、秘匿される傾向が大きかったからでもあった。
そして、科学の発達により、ソレの領域が徐々に減っていった事もあったのだろう。
けれど、昔からソレが伝えられているのも事実で、決して消え去ったわけではなかった。
歴史の裏で、一般の人には気付かれないように脈々と受け継がれ、語られ、そして今なおも存在する。
そう、決して夢物語などではなく、はっきりと存在しているのである。
ただ、それが世間一般の目に触れることが、いや、認識される事がないというだけで……。



その名を『魔法』と言い、使い手は世界でも五人しか存在しないとされる神秘の御技。
そして、そこへと辿り着こうと、人為的に神秘や奇跡を再現する行為、『魔術』というものが生まれる。
いや、その時代で実現不可能な出来事を『魔法』と言うのなら、
遥か昔は『魔術』を扱う『魔術師』は殆どが『魔法使い』だったと言えるだろう。
『魔術』があって『魔法』へと辿り着くのではなく、『魔法』が失われて『魔術』が生まれ、
そして再び、『魔法』へと辿り着く為の行為として研究されたのが『魔術』と言うべきなのか。
ともあれ、『魔術』は日々の営みでは目に触れる事無く現在も伝えられているのである。



歴史の裏で語り継がれていく魔術。
その中でも奇跡の体現とまで言われるような一つの儀式があった、
それは、手にした者の願いを叶えると言われる聖杯を巡る儀式。
それは、七人の魔術師が『マスター』となり、七騎の『サーヴァント』と呼ばれる使い魔を使役して、
己が力を示さなければならない。
聖杯を手に出来るのは一人のマスターのみ。
つまり、この儀式は七人のマスターによる、七騎のサーヴァントを用いた殺し合いなのである。



第一話 「全ての始まり」



海と山に囲まれたここ海鳴市。
7月に入り、梅雨も明けた頃、表面上は平穏に見える日常に、
ゆっくりと、だが確実に、闇が忍び寄っていた。
その事に普通の人々が気付く事もなく…。



夕方になり、まだ日が出ているが昼よりは少しましといった暑さの中、高町恭也は一人ランニングをしていた。
夏というのに腕の出ない長袖のトレーニングウェアを着て、その額に汗を流しながらも黙々と走り続ける。
八束神社へと続く階段を上って行きながら、今日はそこの巫女をしている那美が、
自分の妹である美由希と一緒に出掛けていて居ないんだったなと思いを巡らす。
恭也と美由希がやっている、古より今に伝わる人を殺すための剣術、御神流。
それをやっている事と、過去の出来事によって友達を作らなくなった美由希に出来た、
親友とも呼べるほどの友人の出現。その事に恭也は知らず微かだが口元を緩める。
そして、自分にも出来た赤星以外の親友、いや、悪友と言った方が良いかもしれないが、
その人物、月村忍を思い出し、恭也は新学年になってからの数ヶ月で起こった様々な出来事を思い返す。

「……よく生きてたな、俺」

何を思い出したのか、恭也は少し遠い目になって空を見上げると、
すぐに頭を振って再び鍛錬の一環であるランニングへと戻るのだった。



  △▽△



それは薄暗い部屋の中。
日の光さえもが入ってくるのを嫌うように、窓という窓全てにカーテンをしてある。
その部屋の中を照らすのは、四方の壁に備え付けられてるランプ。
まるで、一昔前のような雰囲気すら漂わせるその空間には、しかしながらそれを感じるためのものがなく、
またそれを壊すかのようなものがある。
前者は、そのランプに似つかわしいような家具などの装飾品がまったくない事。
いや、部屋にはそのランプ以外何もないと言った方が良いだろう。
そして後者は、部屋の床に描かれている記号めいた言葉の羅列。
何が掛かれているのかは分からないが、それが大きな円の周囲に沿うように書かれており、
またその記号を囲むように、中央の円よりも大きな円が一つ。
その大きな円にもまた、記号の羅列が並べられており、二つの円の中心には、
三角形が二つずらされて描かれている。
俗に言う六芒星である。
この外側の円の外には、一人の人物が立っていた。
黒いローブを頭から被り、背中はかなり猫背気味に曲がり、その手には一冊の本を手にしている。
ランプの炎の揺らめきが、ローブから僅かに覗く横顔を照らし出し、かろうじて男だと分かる。
男は自分の足元に描いた魔法陣を満足そうに見遣ると、懐から古びた懐中時計を取り出して時間を確認する。

「もうすぐ、丑三つ時。全てはここから始まる…。
 そう、ここからな」

緊張からか、カラカラに乾いた喉で搾り出すようにそう声を出す間も、
男の目は床に描かれた魔法陣をずっと見ており、その顔には狂気にさえ似た歓喜を浮かべていた。
やがて、男が待ち望んだ時間が訪れ、男はゆっくりと本を開くと片手に持ち、空いた手を魔法陣へと翳す。
そして、その口から不思議な言葉が溢れ出る。
すると、男の言葉に触発されたかのように、魔法陣が淡い光を帯び出す。
それに気を良くしつつも気を抜かず、一層鋭くなった眼差しを魔法陣に向けつつ、男は更なる言葉を紡ぐ。
徐々に大きくなっていく男の声に呼応するかのように、魔法陣もその光を強めていく。
男の詠唱が佳境に差し掛かる頃には、光が部屋一杯へと広がり、何が起こっているのか分からなくなる。
やがて、男が一際大きく何かを呟くと共に、何かが収束するような音が部屋に響く。
それが収まる頃には、男の詠唱も終わりを告げ、光もまた徐々にその勢力を弱める。
やがて、完全に部屋が元の静けさを取り戻すと、さっきまでの光景が嘘だったかのように、
まるで何もなかったような状態の部屋が現れる。
いや、一つだけ違っていた。
男一人しか居なかった部屋の中には、一体いつの間に入ってきたのか、一つの影があった。
男と対峙するように立つその人物は、男と同じようなローブを頭から被ってその顔を隠してはいたが、
そこから流れるように出ている髪は美しく、炎の明かりを照り返す。
僅かに覗く顔立は、恐らくは女性、それもかなり美人の類に入るであろう事を思わせる。
突然、現れたその女性に対し、男は驚いた様子も見せず、一つ笑みを見せると静かに問い掛ける。

「お主は?」

男の言葉に答えようと、女が静かに言葉を発する。

「私はキャスター。私を呼び出したのは、貴方ね」

冷たい感じがするのに、思わず引き込まれそうになる声に、しかし男は小さく舌打ちをする。

「キャスターじゃと。それでは、この戦争に勝てんではないか!
 何故だ! あれほど入念に準備をしたというのに、最弱のサーヴァントなんか!」

「マスター、お言葉ですが確かに肉弾戦では最弱かもしれませんが、作戦次第では…」

「ええい、うるさい! 儂はまだお主と契約なんぞしとらん。
 だから、マスターでも何でもないわ!」

言いながらも男にも分かっているのだろう、
目の前のキャスターと名乗る女性と自分との間に魔術的な繋がりが出来ている事を。
だからこそ、男は忌々しそうにキャスターを見る。

「くっ。終わりじゃ。全てが水の泡じゃ。
 まったく、何故キャスターなんぞ。まして、このような小娘が英霊だとでも言うのかっ!
 だとすれば、英霊というのも、大したものではないの」

完全に侮蔑する男の言葉に、キャスターは顔を俯かせてただ肩を振るわせる。
そんなキャスターの様子など気にも止めず、男はフードを頭から外し、キャスターのそれも同様に外す。
途端、男の顔に喜色が浮かぶ。

「ほうほう」

無遠慮に足の爪先から頭のてっぺんまでじっくりと視線を飛ばす男に、キャスターは僅かに後ろ退る。
そんなキャスターを逃がすまいとばかりに、その肩に手を置くとそのまま床へと押し倒す。

「な、何を…」

驚くキャスターの目に飛び込んで来たのは、自身のマスターとなったはずの好色に満ちた顔だった。
それを見て必死に暴れるキャスターだったが、男はそれを両腕で押さえ込む。

「力は最弱のキャスターでも、長いこと押さえつけるのは疲れるな。
 他のサーヴァントでは押さえつけることもできんかったかもな。
 忌々しいことじゃが、今は逆に感謝せねばな。ほれ、あまり暴れるなよ。
 何、大人しくしていれば、痛くはせん。もし、あまり逆らうようなら…」

そう言って男は掌をキャスターへと見せる。
そこには、おかしな紋様のようなものが浮かびあがっていた。
それを見せられ、急に大人しくなったキャスターにいやらしい笑みを貼り付けたまま、
男はその手をキャスターの胸元へと伸ばしていく。
それを虚ろな目で見るともなしに眺めつつ、キャスターは視線を天井へと移す。
それから、そっと手を男の背を回す。
男はそれに機嫌を良くしたのか、顔を首筋へと埋めようとして、その顔が驚愕に変わる。
見れば、男の背中へと回されたキャスターの手には、
まるで稲妻を象ったような変わった形をしたナイフが握られており、その刃先が男の背中に刺さっていたからだ。

「き、貴様……」

呻くと男は突き飛ばすようにしてキャスターから離れる。

「こうなれば、この令呪で……、なっ!」

切り札らしい掌の紋様を向けるが、すぐに驚きの言葉が口から飛び出す。
男は見間違いかとばかりに何度も掌を見るが、そこにはさっきまであったはずの紋様が消えていた。
驚きで見開いた目をキャスターへと向ければ、そこには冷ややかな視線で男を見下だし、
嘲笑を浮かべているキャスターの姿があった。

「不思議に思わなかったのかしら? ナイフで刺されたのに血が出ていないことに。
 まあ、良いわ。詳しい説明は無意味だもの。とりあえず、一つだけ教えてあげる。
 貴方はもう、私のマスターではないという事よ」

「馬鹿な! マスターなしでお前が現世に留まれるのは、せいぜいが一日だぞ。
 それでも良いのかっ!」

「構わないわ。別に、特に叶えたい願いも……、ないもの」

何か思い出し掛けたのだが、それを首を振って追い払うとキャスターはそう言い放つ。
それから冷たい瞳を再び男へと向けると、静かに手を上げる。

「貴方みたいなのと組んでいたら。勝てるものも勝てなくなるわ。
 それじゃあ、さようなら」

「ま、まっ……」

男が制止の言葉を口にするよりも早く、キャスターの魔術が放たれる。
壁に激突して倒れた男は苦悶の顔を浮かべ、そのまま倒れる。
キャスターはそれを何の感情も篭もらない瞳で見下ろすと、静かに手を翳す。
途端、男の口からは悲鳴にも似た声が、身体には無数の切り傷が生まれて血の花を咲かせる。
それを避けるでもなく返り血が付くのも構わず、キャスターはただ静かにその場で男を見下ろす。
やがて、男が事切れたのを見届けると、静かに部屋を後にする。
キャスターが扉を閉めると、さっきの魔術の衝撃の所為か、緩んでいたランプが床へと落ち、
静かに男の衣服を、身体を焼いていく。
外へと出たキャスターは、先ほどの魔術の行使で使った魔力の所為か、息も荒くふらつく足で夜の町を歩く。
願いなどないのだから、このまま消え去っても構わないと思う反面、何処かで消えることに恐怖を感じ、
足があてもないのに勝手に動き回る。
しかし、徐々に足も腕も身体さえもが重くなっていき、
とうとう人気のない山のような場所で、キャスターはその身を横たえる。
このまま消えても構わない、何もないのだからと思っていたくせに、いざ消えるとなると恐怖を感じる。
そんな自分に嘲笑しつつ、キャスターは静かに目を閉じるのだった。



  △▽△



神社へと続く階段を駆け上っていた恭也は、不意に足を止めると階段脇の茂みへと足を踏み入れと、
そのまま奥へと入って行く。

(こっちの方から呻き声が聞こえたような…)

恭也は周囲を見渡しながら奥へと進んで行く。
既に階段が見えなくなるまで進んだ恭也は、気のせいかと感じて元来た道へと引き返そうとして、
またしても小さな声を聞く。
気のせいではないと感じた恭也は、声の聞こえた方へと向かう。
そして、そこに倒れている一人の女性を見つける。

「大丈夫ですか」

恭也は女性の元へと駆け寄ると、その身体に外傷がないかざっと見る。
身体からかなりの量の血が出ている事に気付き、急いで手当てしようとして伸ばした手を止め、
ようく女の身体を見る。
どうも、それらは傷付いて流れ出たものではなく、返り血のようであった。
恭也は一瞬何があったのかと周りを見渡すが、周囲にはこの女性以外の姿は見られない。
苦悶の表情を見せる女性の顔を見て、恭也はとりあえず病院へ連れて行こうと女性をそっと抱き上げる。
その衝動で目を覚ましたのか、女性が薄っすらと目を開ける。
目があった二人は思わず動きを止め、相手の瞳をただ見詰める。
まるで吸い込まれそうな錯覚を二人ともに覚え、慌てて目を離す。
さきに口を開いたのは恭也だった。

「すいません。近くの病院へと運びますので、少し我慢してください」

「…病院? いらないわ。別に病気という訳ではないから」

恭也の言葉に女性、キャスターはにべもなく告げる。
それでも食い下がろうとする恭也を真っ直ぐに見詰め、キャスターは静かなしかししっかりとした声で告げる。

「とりあえず、降ろしてもらえるかしら」

「…分かりました」

まだ納得した訳ではないが、恭也はキャスターを地面へと降ろす。
その時になって、キャスターは自分が返り血を浴びている事に気付く。

「返り血を浴びている私を見て、よく平然としてるわね」

「平然とはしてませんけれどね。
 ただ、それよりも貴女が弱っているみたいだったので、先にそっちを何とかしようかと」

「ふーん」

興味なさそうに呟くと、キャスターは空を見上げる。
徐々に現世に留まるのがきつくなっているのを感じて静かに目を閉じるが、
恭也の目にはそれが違う風に見え、思わず声を上げる。

「やはり病院に」

「本当に大丈夫よ。だって、私は人ではないから」

どんな反応を見せるかという興味も手伝い横目で様子を窺うが、大した反応もなく、
その場合は何処に行けば良いのかと考えていた。

「…神咲さんか、やはり」

ぶつぶつとぼやく声を聞きつつ、キャスターはいよいよ最後が近づいてきている事を感じる。
その横で、出会ったばかりだというのに、この青年は自分の事のようにキャスターを気にして声を掛けてくる。
ふと、そんな恭也の様子を眺めているうちに、キャスターの胸にちょっとした思いが出てくる。
普通なら、こんな考えなど浮かびもしなかったかもしれないであろう考えが。
そして、それをゆっくりと口にする。

「誰が診たって同じよ。原因は現世に留まるための魔力不足だもの。
 でも、一つだけ助かる方法があるわ」

か細い声から出た言葉に、恭也は耳を近づけてその方法を聞き逃すまいとする。
そんな恭也の耳元へと、キャスターはどこか楽しささえ含んだ声音でそっと囁く。

「貴方が私を抱けばね」

その言葉に恭也はからかわれていると思い黙り込むが、
目の前の本人は至って本気の様子で嘘を吐いているようには見えなかった。
それでも躊躇う恭也に、キャスターは言葉を続ける。

「ただし、私を抱くという事は契約を交わすという事。
 貴方が望む望まないに関わらず、貴方の知らない世界へと引き込まれる事になるわよ。
 だから、今あった事は忘れて、この場を立ち去っても構わないわよ」

そう言って汗が浮かぶ顔に僅かながらも笑みを浮かべてみせる。
その目はあくまでも、恭也がどう行動するかという点に興味がいっており、
例えこの場から立ち去ったとしても、それはそういう結末だったと納得するような穏やかなものだった。
かなりの逡巡の後、恭也は恐る恐るといった感じで口を開く。

「本当にそれしかないのか? それで貴方は良いんですか? 
 俺じゃなくて、近くに恋人とかが居るのなら、すぐに呼んできますけれど」

「…残念だけれど、そんな人はいないわ。私はいつだってずっと一人よ。
 ごめんなさい、もうそろそろ限界みたいなの」

言うキャスターの身体が微かに薄らぐ。
それを見て恭也は覚悟を決めたのか、ゆっくりと手を伸ばしてキャスターをそっと抱き上げるのだった。



つづく







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