『ゼロの神殺しと救世主』


第3話



ギーシュとの決闘から明けて翌日。
朝食を食べるために食堂へと向かう恭也の前に一人の女性が立ちふさがる。
燃えるような赤い髪を指先で弄りつつ、大きく開かれた胸を強調するように恭也へと近付いてくる。
訝しげに見遣る恭也に手を伸ばし、その腕を胸へと引き寄せる。

「あなた確か、キョウヤと言ったわよね。あたしはキュルケ。二つ名は微熱よ」

流し目を送りながら身体を密着させ、恭也の肩に頭を寄せる。
恭也が戸惑っているとキュルケとの間にルイズが割って入ってくる。

「ちょっとツェルプストー! 人の使い魔になに手を出しているのよ!」

「仕方ないじゃない。あたし、彼に恋しちゃったんだもの。
 二つ名の微熱は情熱のことなのよ」

「へ、へー、使い魔相手に恋とは、流石は色ボケのツェルプストーらしわね」

「あら、使い魔といっても人よ」

「だとしても、平民相手に……」

「そんなもの関係ないわ。恋と炎はフォン・ツェルプストーの宿命。
 彼がギーシュを相手にした時、あたしの心には熱い恋の炎が」

二人が言い合いを始めたのを見て、恭也は掴まれていた腕を外すと二人から離れる。
だが、それに気付いたキュルケが更に恭也へと迫ろうとして、そこで動きを止める。
突然動きを止めたキュルケへと訝しげに見ていたルイズであったが、すぐにその理由を察する。
恭也の後ろから美由希たちの視線がキュルケだけでなくルイズにも注がれており、
そこに込められた無言の威圧に流石に二人も僅かに身を引く。
当然、美由希たちの無言の抗議は二人だけでなく、恭也にも向けられるのだが、
当の恭也はキュルケの冗談にそこまで本気で怒らなくても良いだろうという顔を見せる。
いつもの事とはいえ、呆れるしかない美由希たちであったが、気付いていないのなら逆に好都合と考え、
特にその勘違いを正すことなく恭也の周りに集まり、二人から隠すように取り囲むと食堂へと向かうのだった。



 ◇ ◇ ◇



この世界の魔法に興味を覚えたのか、ルイズの授業にリリィとベリオ、ルビナスは参加している。
尤もルビナスの方はいざ戦闘となった時の対処法を考えるためといった感じであったが。
そんな訳で、特に興味のない者たちは適当に時間を潰すべく中庭の一角で何をするでもなく過ごしていた。

「うぅ、こっちの文字を覚えようかな」

図書館からいつの間にか借りてきた本を手に、涙する美由希。
どうやら本の虫は健在のようで、恭也としては苦笑をするしかないのだが、
美由希を主とするイムニティは美由希の真剣な声に講師役を買って出る。
流石はあらゆる知識を持つ白の書である。感謝する美由希に嬉しそうに早速文字を教え始める。
それに付き合う未亜とやはり勉学家なのだろう、クレアも参加する。

「私はこの中では最も戦力的には弱いからな。
 いざという時の為にも文字は覚えておいた方が良いだろうと思ったまでよ」

恭也が見ているのに気付き、またその表情から疑問を感じ取ったのかクレアはそう言う。
それに感心しつつ、恭也は頑張れと声援を送ると勉強はごめんだとばかりに寝転がる。
それに付き合うのは、この師匠にしてこの弟子ありとも言えるカエデで、
こちらもまた勉強という事に嫌な顔を見せる。
マスターである恭也の傍に控えるリコと共に、こちらもまただらけるように寝転がる。
そんな一同を見渡し、ロベリアは呆れたような顔を見せる。

「美由希、だけじゃなく恭也たちも気付いていないみたいだけれど、
 私たち召還器を持つものは異世界の言葉を勝手に理解しているんだぞ。
 つまり文字なんて一通り読めば、自然と理解する。と言うより、脳内で勝手に変換しているはずだ。
 まあ、だからと言って無理に勧めはしないさ」

言ってロベリアも寝転がると吹き抜ける風に気持ち良さそうに目を細める。
それを実証するかのように、美由希と未亜から感嘆の声が上がる。
イムニティに一度教えられた文字は次からは自然と読めたのだ。
だが、二人だけでなくクレアからも同様の感嘆の声が上がり、当然のように疑問が浮かぶ。

「ロベリア、どうして私にも同じような現象が起こっておるのじゃ?」

「そりゃあ、貴女も召還器を持っているからでしょう。
 まだ目覚めては居ないみたいだけれど、そもそも言語とかはおまけみたいなものだからね。
 半覚醒状態でもそれぐらいなら効果を発揮するんでしょう」

さらりと言われた衝撃的な内容に驚くクレアに、イムニティやリコの方が驚いたような顔を見せる。
それはクレアも召還器を持っていたという事に対してではなく、
クレアがそれに気付いていなかったのかという事に対してであった。

「そもそも、どうしてクレアさんにしか魔導兵器が操作できないのか――」

「つまり、血として召還器が受け継がれているのよ。
 もっとも、レベリオンなどの魔導兵器を操作する能力に特化という召還器のために、
 本人も気付かないぐらいに弱い力しか持っていないみたいだけれど」

「つまり、呼び出しても恭也たちのように身体能力が上がったりはしないと」

「そこまでは分かりませんが。そもそも呼び出せるかどうか」

「アルストロメリアがどうやってそんな事を可能としたのかは分からない……、
 もしかしたら、元からそういう召還器だったのかもしれないわね。
 流石の私たちも召還器の全てを知っている訳ではないのよ」

「だから、召還器があると思って油断するのは止めておいた方が良いでしょう。
 クレアさんは今まで通りにしていた方が」

リコとイムニティが交互に説明するのを聞き、クレアは納得したように数回頷き、
こちらを見ていた恭也と視線が合うと微笑を見せる。

「そうじゃな。まあ、ここで何かが起こるとは限らないが、
 そうなったとしても無理に戦場に出ては足を引っ張る事になるじゃろうしな。
 私は今まで通りに大人しくしていよう。それに、好きな男性に守ってもらえるというのも、これはこれで良い」

クレアの最後に放った言葉にイムニティ以外が反応する中、不意に声が掛けられる。
そちらを見れば、先日ギーシュに絡まれていたメイドのようで、その事について礼を言いに来たらしい。
シエスタと言うらしいメイドは興奮したようにメイジに勝つ事の凄さを語ると、最後にもう一度礼を言って去って行く。
その後姿を見送ると、美由希たちは途端に輪になって顔を寄せ合う。

「今のどう思う?」

「拙者の意見としては黒に近い灰色といった感じでござるが」

「私は完全に黒だと思いますが……」

美由希が発した主語がないような質問に、しかしカエデとリコはすぐさま答える。
三人がそろって残る三人へと視線を向けると、

「正直、私も黒だと睨んでいる。そもそも礼を言うのなら、最初に庇った私たちにも言うべきだろう」

「ロベリアの意見に賛成じゃな。
 尤もお主らが最初に庇ったかどうかは少々怪しい故、その件の礼云々という理由ではないがな」

「私もクレアさんの意見に賛成かな。あの顔は憧れを通り越しているような気がするよ」

六人で輪になってこそこそと話し始めた美由希たちを見て、恭也は何をやっているんだかと肩を竦める。
傍から見れば怪しい光景にイムニティは少しだけ頭を抱え、元凶である恭也を睨みつけるのだった。



 ◇ ◇ ◇



午前の授業も終わり昼食も終えた一同はまた同じように時間を潰していた。
そこで、ふと恭也は思い出した事があってリコに話しかける。

「リコ、飛針や鋼糸を補充したいので一旦、元の世界に戻りたいんだが」

それを聞き、リコは謝りだす。
言うのを忘れていたと前置き、

「咄嗟のことで元の世界にポイントを置く暇もなく飛んだために、すぐには戻れません。
 本当にすみません、マスター」

そもそも世界を単独で超えるという事だけでも相当の技量がいるのだ。
リコはそれに加え、イムニティと力を合わせたとしても美由希たち全員と跳躍したのだ。
慌てていた上に急いでいて、そこまでの余裕はなかったのだろう。
恭也はそんなリコを責める事はなく、慰めるように頭を撫でてやる。

「まあ、以前のようにルインの鞘がないという部分はルイン自身のお蔭で問題なくなっているからな」

「あ、そう言えばそれ不思議だったんだ。恭ちゃん、ルインを呼び出したとき、鞘も呼び出せるじゃない。
 どうしてなの?」

「さあ、俺も詳しくは知らないな。
 ただ、以前作った鞘だけを持ち歩くのも変だし、元の世界でルインを使う事もないだろうと思っていたんだが。
 ある日、ルインが呼んでくれと言うので呼んだら鞘も付いていた。
 抜刀が出来ないと困るだろうからと言っていたが、どうやったのかは聞いてないな」

「ルインは少々特殊な召還器ですからね」

「そうだな。それに、美由希の召還器だって鞘があるだろう」

「うん。龍鱗が目覚めた時に何故かセリティにも鞘が」

二人揃って今更ながらに顔を見合わせ、困るどころか寧ろ戦術の幅が広がったから良いかと頷き合う。
こちらの師弟もやはりこういう所はよく似たものである。

「とは言え、飛針や鋼糸は消耗品だからな」

「代用出来る物を探すしかないね」

恭也と美由希が自分たちの武装の件で話していると、クレアが思いついたように言う。

「なら、街にでも出てみるか。聞いた話ではここから馬で二時間ほど行けば街があるらしいからな。
 恐らく武器を売る店があるやもしれんぞ」

「はぁ、これだから元王族ってのは。
 例え武器屋があったとしても、私たちには肝心の金がないんだよ。
 それでどうやって買うつもりだい?」

ロベリアの言葉にクレアだけでなく恭也や美由希までも小さな声を漏らす。
どうやら、この二人もすっかり失念していたらしい。
勿論、お金を払うという事は理解していたが、異世界という事を忘れていた。

「よく考えたら、こっちは使い魔として雇われているんだから給金を貰ってもいいはずだと思うんだけれど。
 よし、あのコルベールとかっていう教師か学園長に貰おう」

そう言って今にも走っていきそうなロベリアの腕を咄嗟に掴む恭也。
その顔は明らかにこれ以上の騒動は勘弁してくれと物語っている。

「とは言っても、ロベリアの言うように文無しじゃこれから先困ることになると思うんだけれど」

イムニティもロベリアの意見に賛成とばかりにそう言う。
判断基準はあくまでもマスターである美由希と未亜優先で、今回は美由希の為であろうが。
他の者たちも口々に話し始め、結果として十分後に恭也たちの姿は学園長室にあった。

「ふーむ、話は大体分かった。まさか、そのような事になっておったとはの。
 所でものは相談なんじゃが……」

「使い魔の契約ならお断りします」

「そうか、それは残念じゃ」

即座に返した恭也の言葉に、しかし学園長であるオスマンは特にそんな素振りも見せずに言うと、
細めていた目を片方だけ開き、恭也たちを見る。

「とは言え、このまま知らん顔もできんか。
 フリとは言え、使い魔をしてもらっておるという事になるみたいじゃしの。
 ……本来ならミス・ヴァリエール自身に支払ってもらいたいのじゃが、致し方あるまいて」

言って杖を振ると部屋の隅にあった棚が開き、中から金貨の入った袋が宙を飛んでオスマンの手の中に納まる。

「丁度、明日は虚無の日で休みじゃて、これで必要な物を揃えると良い。
 足に関しても話は通しておこう」

オスマンの好意に礼を述べ、学園長室を後にする。
その話を授業に参加していたリリィたちにも話した所、一緒に話を聞いていたルイズも何やら考える素振りを見せた後、
自分も行くと言い出す。こうして恭也たちは街へと出掛けることとなる。



おしまい




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