『ゼロの神殺しと救世主』


第2話




「はぁ、一体何がどうしてこんな事に」

不本意である事がはっきりと分かる恭也の声。
しかし、それに対する答えなどどこからも返ってくる事はなく、周りから聞こえるのは恭也に対する声援。
そして……。

「君、ぼんやりしてもらっては困るね。流石に余所見していた所を襲うのは気が引けるからね」

気障ったらしく前髪を掻き揚げ、薔薇を口に咥える少年――ギーシュを前にして恭也は再び溜め息を吐く。
本当にどうしてこうなったんだろうかと胸中で己に問い掛けながら。



時は少し遡り、昼食時のことであった。初めて食堂を訪れた朝食の際、
ルイズの恭也に対する対応にぶち切れたリコたちによって破壊された食堂も既に元に戻っている。
何故か空いていた席に平然と座り、昼食を食べていた時のことである。

「どうしてくれるんだい!」

そんな怒鳴り声が聞こえ、そちらを見れば給仕の少女へと一人の少年が声を荒げて何事かを責めていた。
近くに居た少年を捕まえて話を聞けば、早い話が二股を掛けていたのがばれたという事らしい。
その原因となった香水を親切にも拾った少女に少年が怒っていると。

「自業自得じゃない」

「なに?」

リリィの放った言葉が聞こえたのか、件の少年――ギーシュはリリィたちの方を振り返る。
怒りの矛先をこちらへと移したのか、給仕の少女の事は既に放置してこちらへと向かってくると、

「駄目よ、リリィ。そんな本当の事を言ったら。
 ほら、この子も図星を指されて怒っちゃったじゃない」

「……前々から思っていたんだがルビナス。もしかして、お前は天然なのか?」

「ロベリア、考えるだけ無駄よ。私たちがどれだけルビナスの発言で苦労したのか、なんて今更でしょう」

「イムニティの言うとおりですね。天然にせよ、わざとにせよ、相手の神経を逆撫でするのは上手でした」

「ちょっと三人とも、それはどういう事よ」

傍にやって来たギーシュが何か言うよりも早く、四人が好き勝手に話し始め出鼻を挫かれる格好となったギーシュ。
だが、気を取り直すべく前髪を掻き揚げ、改めて口を開くのだが、またしても邪魔が入る。

「どうしよう、未亜ちゃん。きっと相手は貴族さまだから鞭で打たれたりするかもしれないよ。
 平民のくせにとかって言いながら」

「美由希ちゃん、今度はどんな本を読んだの?
 幾ら何でもそれはないんじゃないかな?」

「でも、私ここに来てまともだと思える貴族と一度も会ってないし……」

「そ、それはそうかもだけれど……」

この二人の発言に顔を引きつらせるギーシュだったが、やはり完全にその存在は無視され、
ルビナスが楽しそうに美由希と未亜の二人を指差し、イムニティへと顔を近づける。

「あれあれ? あの二人も怒らせたみたいだけれど?」

「……マスターたちの言葉はあくまでも正論で、かつ間違いではありません。
 それに個人を攻撃するものでもなく、ましてや誰かに向けて放たれた訳でもありません。
 ただの日常会話です。偶々、それを聞いた者がどう思うかなんて知りません」

「いつになく饒舌ですね、イムニティ」

「煩いわよ、リコ・リス」

「皆さん落ち着いてください」

「ベリオ殿の言う通りでござるよ。悪いのは二股を掛けた男子であって、拙者らが喧嘩する必要はないでござる。
 そもそも拙者たちにも関係ない事でござるからな。
 それ所か、この男子には頑張ってもらって二股所か三つ、四つと頑張ってもらいたい所でござるよ。
 流石にこれ以上ライバルが増えるのは問題でござるからな」

その言葉に思わず頷くも、リリィたちは改めてカエデを眺めやり、

「アンタ、結構えぐい事を考えるわね」

「そうでござるか? 忍者にとって策謀は手の一つでござるからな」

そんな感じでギーシュの存在は最早忘れられたかの如く進む会話に、ギーシュも相手が女性、
それも美人所とは言え我慢の限界が来たのか、テーブルへと拳を下ろす。
思ったよりも大きな音が上がり、痛かったのだがそれを我慢して顔を上げる。
幾らなんでもこれでこちらに気付くだろうと。
だが、その思惑は大きく外れる。
ギーシュが拳を振り上げるよりも前に、

「全く、飯ぐらい静かに食べたいものだ」

「恭也の言う通りだな。仕方ない、恭也、少し席を離れようか。
 丁度、あそこが空いたみたいだしな」

言うが早いか、恭也の腕を掴み移動しようとする。
だが、それを黙っているような者はここには一人もおらず、結果として恭也を中心とした騒ぎが起こる。

「クレア様? 流石、王族は策略がお上手ですわね」

リリィの皮肉たっぷりの声に、しかしクレアは平然とした態度で返す。
こうして、振り下ろされたギーシュの拳は見事に誰からも相手にされず、
ただギーシュの拳に痛みと、そして一部始終を見ていた者たちからの失笑を買うという役にしかたたなかった。
だが、これが余計にギーシュに対して引っ込みがつかない状況へと追いやる。
再び声を荒げると、ようやく注目された事に気を良くする。
だが、その視線に邪魔するなという意志と幾ばくかの怒りを感じて思わず後退る。
それから逃れるように視線をさ迷わし、唯一そんな視線を向けてこない恭也へと向けて啖呵を切る。

「二股云々以前に、そこに居る平民はどうなんだ!
 そもそも使い魔の癖にこんな美味しい状況……もとい、君の女が放った無責任な誹謗の責任を取りたまえ!
 決闘だ、決闘!」

全く無関係のはずの恭也へと向けて投げられた言葉に、本人はおろか流石に周囲の者たちも呆れたような顔をする中、
リリィたちの反応だけは違っており、一様に照れたような顔を見せる。

「恭也の……。あ、アンタ中々見る目だけはあるみたいね」

「うんうん。良い事を言うじゃない。お姉さんも関心したわよ」

「まあ、そういう訳だから恭也、私たちのためにも頑張ってくれ」

リリィに続き、ルビナス、ロベリアと勝手に話を進めていく。
そして、気がつけば何故か大層な名前の付いた広場でこうしてギーシュと向き合っていると。
思わず回想するぐらいに意識を飛ばし、現実逃避をしていた恭也であったが、

「という訳で、君みたいな平民と……って、君は僕の話を聞いているのかい!?」

ギーシュの延々と自慢を語る声に呼び戻される。

「ああ、すまなかった。全く聞いていなかった。
 少々、近頃の女難について考えていてな。で、なんだって?」

「…………もういい! やはり君みたいな平民と話すだけ無駄なようだ。
 すぐに決着をつけようじゃないか!」

言って薔薇を振れば、花びらが西洋の鎧を着込んだ人型ゴーレムへと変じる。
その数七つ。一体はギーシュの傍に立ち、残る六対が恭也と対峙する。
感心したように小さな声を上げ、周囲から聞こえるルビナスたちの自分の為に頑張れという声援に、
やる気を若干削られつつも恭也はルインを呼び出して構える。
慰めるような声がルインから発せられ、その事に恭也は幾ばくか励まされるように顔をあげる。

「流石に色々とストレスを感じているんでな。悪いが少々発散させてもらおう」

言うや走り出してすぐ近くのゴーレムを胴から真っ二つにする。
ギーシュが驚きの声を上げる間に二体を斬り伏せ、慌てて攻撃命令を出すと同時にもう一体縦に二つに切り裂く。
残る三体となったゴーレムをこれまたあっさりと切り捨てると、ギーシュへと向き合う。

「これで全力ではないだろう。次を出してみろ」

よほどストレスを発散したいのか、全力で壊しても問題ないゴーレムを挑発してまで作らせようとする。
だが、当のギーシュには既に戦意は消えており、ただ地面にへたり込んで少しでも恭也から離れようとする。
口から零れるのは謝罪の言葉ばかりで、呪文らしきものは全く出てこない。
やり過ぎたかと反省し、恭也はルインを消すと、騒ぐ美由希たちの方へと、
ギーシュと対決する時よりも重い表情で向かう。
この対決を見ていたルイズは自身の呼び出した使い魔に誇らしげに胸を張るも、
すぐに契約していない事を思い出して肩を落とす。

「……人を使い魔になんて聞いた事はないし、嬉しくはないけれど私が呼んだんだもの。
 絶対に契約してやるわ」

などと、美由希たちに聞かれたら物騒な事になりそうな事を考えていたり、いなかったり。
それを感じ取った訳ではないだろうが、恭也は突然悪寒に襲われ、思わず周囲を見渡すのだった。
恭也の災難はまだまだ続く……のかもしれない。



おしまい




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