『とらコロ』






第一話 「奇妙な居候」





ある日曜日、桃子は息子の恭也に声を掛ける。

桃子「恭也、ちょっと良いかしら?」

恭也「何、かーさん」

桃子「あんた、前に妹が欲しいって言ってたわよね」

恭也「あ、ああ。かなり昔の話だけど…」

桃子「フフフ(ポッ)」

何故か照れたように頬を押さえる桃子に、恭也は冷ややかな眼差しを向ける。

恭也「ちょっと待て、そこの3X(ピー)歳」

瞬間、一体の空気が凍りつく。

桃子「恭也〜〜」

恭也「じ、事実だろう」

ただならぬ物を感じて、恭也は後退るがそうは問屋が卸さなかった。
恭也の腕をがっしりと掴んだ桃子は、恭也を引き寄せてそのコメカミをグーで挟み込む。

桃子「グリグリグリ〜」

恭也「ばっ、い、痛っ!や、やめろ〜」

高町家は今日も平和だった。



   §§



恭也「全く、余所の子を預かるなら預かるで、最初からそう言えば良いのに。
何故、そんな紛らわしい言い方をするかな」

桃子「ほら、その方が楽しいでしょう」

恭也「それはかーさんだけだ!」

桃子「とりあえず、あんたと同じ年の娘さんたちだから、ちゃんと仲良くしてあげてね」

恭也「ああ、分かった……って、娘?」

桃子「そうよ。言わなかった?」

恭也「初耳だが?」

桃子「ほら、最初に妹って言ったじゃない」

恭也「あれは、関係してたのか…」

桃子「当たり前じゃない〜。男の子を預かるんだったら、あそこは弟になるでしょう」

恭也「そういう問題なのか。いや、もう良いです。決まった事はもうどうしようもないし…」

桃子「うんうん。そうでなくちゃね」

一人大仰に頷く桃子に、恭也はこれみよがしにため息を吐いて見せるが、桃子には何処吹く風といった所だった。
そこへ、桃子が更に口を開く。

桃子「それじゃあ、これから二人と仲良くしてあげてね」

恭也「二人!?二人も預かるのか?」

桃子「そうよ〜。言ってなかった?」

恭也「言ってないって……」

どっと疲れを感じつつ、恭也は深い深いため息を再び吐き出すのであった。



   §§



二人がそんな話をしていると、玄関のチャイムが鳴る。

桃子「あ、来たみたいね」

楽しそうに玄関へと向う桃子の後を、恭也は少し離れて付いて行く。

桃子「いらっしゃ〜い」

那美「これからお世話になります。神咲那美と言います」

一人の女性が桃子に挨拶をしていると、家の前にタクシーが止まり、そこから一人の女性が現われる。

美由希「初めまして。これからこちらでお世話になる御神美由希です」

桃子「那美ちゃんに美由希ちゃん、よく来てくれたわ。恭也、ほら」

桃子は二人に恭也を紹介する。

恭也「初めまして。高町恭也です」

美由希・那美「うわ〜、可愛い。僕、何年生?」

恭也「見事なぐらいはもってますね…」

二人が声を揃えて聞いてくるのに対し、恭也は呆れたような顔をするのだった。



   §§



恭也が自分の年を言うと、美由希と那美は驚いた顔を見せ、次いで謝る。

美由希「ごめんね、恭也くん」

那美「本当にごめんね」

恭也「いえ、別に気にしてませんから……」

そう言いつつも、恭也の顔は複雑そうだった。
何故なら、二人は謝りつつ、恭也の頭に手を置いてまるで良い子、良い子と言わんばかりに撫でているからだった。
恭也は二人に気付かれないように、背後にいる桃子へと視線を送り、目で訴える。

恭也「かーさん、僕が欲しかったのは妹であって、姉ではないんですが……」

その視線の意味を捉え、桃子は誤魔化すように苦笑を浮かべるのだった。



   §§



とりあえず、二人の引越しの荷物を運ぶ事となり、四人は協力して荷物を運んでいく。

美由希「重い荷物は既に業者さんに運び込んでもらっているから、後は結構楽な物だけよね」

恭也「御神さんは意外と体力があるんですね」

美由希「えー、そんな事ないよ。そういう恭也くんこそ、あるじゃない」

恭也「ええ、まあ多少は」

美由希「私はそんなにないよ〜」

恭也「そうですか……」

恭也の視線の先には、恭也の3倍はあろうかという荷物を持って運んでいる美由希が笑っている。
因みに、恭也はまだ一往復なのに対し、美由希はこれで二往復目だったりするのだった。



   §§



那美「あー、失敗した〜」

恭也「神咲さん、どうかしたんですか?」

那美「あ、うん。まあ大した事じゃないんだけどね、向こうの教科書を幾つか持って来てしまったみたいで」

那美の言う通り、その足元には幾つかの本が散らばっていた。
恭也はその一つを何気なく拾い上げ、中を覗く。

恭也「……えーと、考古学ですね。神咲さんは勉強家なんですね」

那美「いえ、それは数学の教科書なんですけど……」

恭也の言葉に那美は引き攣った笑みを浮かべて答えるのだった。



   §§



二人の荷物も運び終わり、三人は少し休憩していた。

恭也「それにしても、お二人ともすごいですね」

恭也の言葉に二人は揃って首を傾げる。

恭也「お二人とも、自分の得意なものを持っていらっしゃるみたいで……。
神咲さんは勉強、御神さんは運動…」

那美「そんな得意って言うほどでも…。そ、それに恭也くんにも何かあるでしょう」

恭也「いえ、特に何も…」

美由希「そんな事ないって」

恭也「御神さん」

恭也の言葉を遮るように言った美由希に、恭也は視線を向ける。

美由希「人間、何か一つぐらいはあるはずだよ!」

恭也「はわぁぁぁぁ!」

美由希の言葉に、恭也は精神的にダメージを受けるのだった。



   §§



那美「本当に得意なものないんですか?」

恭也「うぅー、思いつきません……」

美由希「えっと、何かあると思うんだけど…」

恭也「……強いて言えば、暗殺ぐらいですかね」

恭也が小さく呟くように言った言葉は、二人には聞こえなかったようで、

那美「え、何?よく聞こえなかったんだけど」

美由希「もう一度、言って?」

と聞き返してくる二人に、恭也は軽く首を振る。

恭也「いえ、得意というか、料理なら多少は出来るかなーって」

美由希・那美「うぅぅぅ〜。それは、ある意味最強だよ……」

言い直した恭也の言葉に、二人は涙流しながら力なく項垂れるのだった。



   §§



那美「そう言えば、今日から一緒に住むんだから、神咲さんって他人行儀な言い方しないで名前で呼んで」

恭也「いえ、しかし…」

那美「良いから。私も恭也くんって呼んでるんだし」

恭也「でも…」

那美「何なら、お姉さんでも良いよ」

恭也「同い年です!」

反論する恭也に、美由希が頬を染めながら言う。

美由希「お姉さまでも……」

恭也「何でそこで頬を赤くするんですか!」



   §§



翌日の朝。
未だに眠っている美由希と那美を恭也が起こす。

恭也「那美さん、美由希さん起きてください」

那美「うぅ〜ん、今、起きます」

美由希「おはよ〜」

恭也「はい、おはようございます。美由希さん、那美さん」

恭也の言葉に反応した二人は顔を見合わせると笑みを浮かべる。
一方の恭也は少し照れ臭いのか、二人が起きたのを確認すると、すぐに下へと降りていく。
その去り際に見えた赤くなった恭也の顔に、二人は更に笑みを深くするのだった。
こうして、奇妙な共同生活が幕を開けるのだった。





おわり










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