『風と刃の聖痕』






 第12話





一悶着あったが、どうにかこうにか二人を宥めて倒れている男について調べてもらう。
レミリアが男の傍に屈み込んで掌を翳す後ろで、サラスティは恭也の腕を取り甘えるように擦り寄る。
それを背中に感じ取ると、レミリアはは物凄い速さで詰め寄り、恭也とサラスティを引き離す。

「人が調査している後ろで何をしているのよ!」

「こちらの事は気になさらず」

「するに決まっているでしょう!」

またしても喧嘩を始めてしまう二人に疲れたような顔をしつつも、恭也は二人を嗜める。
流石の二人も恭也に嗜められては強く出ることもできず、大人しくレミリアは男の傍に戻り続きを始め、
サラスティも今度は大人しく後ろで見ている。
それを楽しげに眺めている和麻とは違い、綾乃や煉は何処か驚いた様子でそんな三人を眺めていた。
そんな外野など気にせず、一人男の傍にしゃがみ込んでいたレミリアの口から小さな声で祝詞が流れる。

「闇の王アガの娘にして皇女たるレミリアの名に於いて……」

緩やかに流れるレミリアの祝詞に合わせるように、男に翳された掌がぼんやりと光を放つ。
それから数秒ほど光る掌を男へと掲げ、目を閉じていたレミリアが光を消して立ち上がる。
期待するような視線を受けながら、レミリアは恭也に向かって重々しく口を開く。

「……この男の身体から魔力の残滓が見つかったわ。
 その魔力の残滓から察するに、魂に影響を与えてる術のようだったわ」

「その術が何かまでは分かるか?」

「残念だけれど、そこまでは断定できないわね。ただ、僅かだけれど残り香みたいな物として、香が感じられたけれど」

恭也の問いかけに首を横に振りつつ、レミリアは少し言いよどむ。
が、恭也に無言で促されて続ける。

「多分、いえ、間違いなく反魂香が使われているわ」

レミリアの言葉を聞き、恭也と和麻、それにサラスティまでもが顔を顰める。
いまいち反応が薄い綾乃たちは何か聞きたそうに和麻を見るが、和麻は珍しく何か考え始める。
恭也も同様に考え込んでおり、二人してよく分からないという状況の中、見かねたのかサラスティが二人へと説明してやる。

「反魂樹は知っていますか?」

「あ、はい! ……えっと、確か想像上の樹木ですよね」

サラスティの言葉に思わず背筋を伸ばして、力いっぱい返事をしてしまう。
その事を恥ずかしそうにしつつ、綾乃は答える様に言う。それに頷きを返し、サラスティは続ける。

「その汁を取り、材料として調合された香、それが反魂香です。
 火にくべると煙の中に死者の在りし日の面影を見せる事が出来ます」

それがどうかしたのかと首を捻る綾乃であったが、すぐにある事に気付く。

「死者の在りし日って事は……」

「ええ、その男は既に死んでいるという事です。
 そして、反魂香はそれだけを見れば特に問題ないように思えるでしょうが……」

「そもそも材料の元となる反魂樹、その存在自体が想像上のものとされているのよ。
 まず人間がおいそれと入手できるものではないわ。そして、反魂香にはもう一つ……」

「とりあえず、その先を口にするのはちょっと待ってくれないか」

レミリアの台詞を遮るように和麻が口を出せば、それを援護するように恭也も頷いている。
和麻の意見は兎も角、恭也までもがそう言うのなら二人共に口を紡ぐには充分な理由で、二人揃って口を閉ざす。
が、こうなると納得いかないのが綾乃である。煉も綾乃ほどあからさまではないが、不満げな様子で和麻たちを見る。
それを平然と受け流し、和麻は止めた理由を口にする。

「まだそうと決まった訳じゃないからな。下手な先入観をもたれると今後の調査に支障が出る。
 なに、必要だと判断したら話してやるよ」

和麻の言葉に納得はまだ出来ないながらも、これ以上尋ねても聞き出せないだろうと綾乃と煉は渋々と引き下がる。
そんな二人の態度に気付かれないように安堵するように胸を撫で下ろし、恭也と和麻はこっそりと目を合わせ小さく頷き合う。

「とりあえず、今日はここまでにしておこう。
 和麻、この人はどうする?」

「既に死んでいる可能性もあるが、とりあえずは霧香に連絡して保護させるよ。
 俺たちはホテルに戻るぞ」

言いながら既に携帯電話を取り出しており、綾乃に文句を言う暇も与えず霧香へと繋げると状況を説明する。
その背中を睨みながら、綾乃は足音も荒く来た道を引き返し、恭也はもう一度だけ男へと視線を向けると短く黙祷を捧げる。
こうして得られたと思った手掛かりは、綾乃と煉にとっては消化しきれない物を生む結果となり、
恭也と和麻にとっては事態が予想していた通りに悪い方向へと進んでいる事を認識させる物となった。







つづく







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