『風と刃の聖痕』






 第8話





深夜、オフィス街から離れた少し大きめの公園では、既に時間が時間だけに昼間のような人の姿は見られない。
そんな静かな公園内に今、四つの人影があった。

「で、ここがその現場なのか?」

影の一つ、高町恭也が隣りに立つ和麻へと尋ねる。

「ああ。どうも、ここから何処かに行こうとしていた所を見つけられたらしい。
 まあ、目的地があったのかどうかも怪しいがな」

「で、和麻、何か怪しげな痕跡とかは残ってないの?」

恭也とは逆側の和麻の隣りに立つ綾乃が放った言葉に、和麻は呆れた表情を見せる。

「あのな。一体、何日前だと思ってるんだ。
 まだ、そんな痕跡が残っているようなら、霧香の奴がとっくに何かしらの手を打ってるっての。
 大体、別にここで何か行われた訳じゃないんだぞ? 単に何かしらの術を施された失踪者の一人が見つかったってだけで」

「そ、それは分かってるわよ。でも、アンタなら何か他にも分かるんじゃないかって思っただけよ」

「ほう」

綾乃の言葉に、和麻はニヤニヤとした笑みを浮かべ、綾乃をじっと見詰める。
綾乃はそれに気づかない振りをして、そっぽを向く。
そんな二人を黙って眺めつつ、恭也は辺りを見渡す。
特に何も変わった所は見られない。

「この周辺で他の失踪者たちも目撃されているのか?」

「ん? ああ、大体はな」

「どう思う、和麻。自我を無くしているはずの者が、この近辺で歩いている所をよく目撃される。
 本当に目的もなく歩き回っているのだとしたら、あちこちで目撃情報が出ても良いと思うが」

「お前もそう思うか。始めは、単にこの周辺の人間が失踪し、帰巣本能でも働いてこの辺をうろついているかとも思ったんだが、
 霧香に確かめさせたら、住所はかなりばらけてたな」

和麻の言葉に、綾乃が驚いた顔を向ける。

「アンタ、ちゃんと仕事してたんだ」

「……さて、そこまで言うからには、既に俺や恭也が辿り着いた答えには、当然、お前も辿り着いてるよな」

「え、えっと……」

綾乃は困ったように恭也を見るが、恭也は首を振る。

「少し考えれば分かることですよ。
 和麻も、綾乃さんに自分から答えを出させようとしているのは分かるが、もう少し言い方があるんじゃないか?」

「あぁー! そんなつもりはないって。単にこいつの馬鹿さ加減をだな」

「だ、誰が馬鹿よ!」

またしても始まる口喧嘩に、恭也も既に慣れたのか、隣りの煉へと視線を向ける。
煉は恭也と和麻の言葉を頭の中で整理し、考えていた。

「…ひょっとして、攫われたのがこの近辺だったって事ですか?」

「お、流石だな煉。俺の弟だけの事はある。どっかのお嬢さんとは大違いだ。
 更に言うなら、何かしらの術を施されたのが、だな」

「だから、この近辺で夢遊病者みたいになり、そのままこの辺りをうろついていたんですね」

煉の言葉に頷きつつ、恭也は付け加えるように言う。

「それが一つ。それと、もう一つの考え方も出来る」

「えっ? それは?」

「あ、分かった!」

恭也の言葉に尋ねる煉を遮るように、綾乃が声を上げる。

「もう一つは、その施された術にはまだ続きがあって、その為にこの周辺に来るように予めなっていた場合ね」

「ええ、そうです。
 犯人の目的が何なのか、失踪者たちに掛けられた術が何なのか、それらが分からない以上、結論は出せませんけれど、
 この近辺で目撃情報が多いのは、この近辺で事件が起こったか…」

「或いは、この近辺で失踪者たちを使って何かをしようと企んでいるのかだ。
 まあ、どっちにしろ、この近くに犯人はいるだろうな」

「断言は出来ないがな」

「ああ。とっくに場所を移しているかもしれんし、違う場所に居て、術を施す時のみこの辺りに来ているのかもしれん」

「どちらにせよ、地道に周ってみるしかないな」

「はぁ、本当に今回は面倒臭いな」

「まあ、そう言うな。それに、上手くすれば失踪者の誰かを見つけられるかもしれないだろう。
 そうすれば、少しは何か分かるかもしれんぞ」

愚痴を零す和麻を取り成すように恭也が告げると、和麻は肩を竦めて見せる。

「まあ、それさえも歩き回らなきゃいけないんだがな」

和麻の返答に苦笑を浮かべる恭也と、その横で呆れたようにジト目を向ける綾乃。
そんな一同の間に入るように、煉が移動する事を提言し、一同は公園を後にするのだった。



暫らく街を歩き回った四人だったが、大した成果はなかく、今はビルとビルの隙間にある裏路地のような所を歩いていた。
成果がないどころか、酔っ払いに絡まれた綾乃が逆上して酔っ払いを吹き飛ばしたり、
同じように絡まれた和麻が、相手を吹き飛ばし、その上、相手の懐から財布を抜き出したり、
見るからに高校生や中学生に見える綾乃や煉が警察に呼び止めたりと、思ったよりも時間を食っていた。

「ったく、今度、霧香から警察手帳でも借りておくか。
 一々、職質されてたらたまらん。おまけに、あの警官、援助交際だとか言いやがて!
 俺にだって、相手を選ぶ権利ぐらいはあるぞ!」

ぶつくさと文句を言う和麻の言葉に、綾乃が反応する。

「ちょっと、最後のはどういう意味よ!」

「…ああ、あれは、綾乃のようなとても高貴なお方と私めでは全くつり合わないという事だよ」

「何よ、そのやる気のない言い方は!? 全く、そんな事思ってないでしょう!」

「さあな」

またしても口喧嘩を始める二人を、少し離れて後ろから付いて来ている恭也と煉が見遣る。

「本当に飽きもせずによくやるな」

「あ、あはは。多分、兄さまと姉さまのコミュニケーションなんですよ」

「……煉くんも大変だな」

「もう慣れま……。いえ、まあ」

流石に慣れはしていないのだろう、途中で口篭もると適当な言葉で誤魔化す。
それを苦笑しながら見ていた恭也だったが、不意に険しい顔付きになると、前を歩く二人の背中へと視線を向ける。
綾乃はまだ和麻へと食って掛かっていたが、和麻の方は既に気づいていたらしく、いつでも動き出せるように油断のない態勢になる。
ふと黙り込んだ和麻を訝しげに見遣った綾乃だが、すぐに真剣な顔付きに変わる。
和麻の態度から、何かが居るのだと察し、辺りを窺う。
しかし、綾乃の感覚では何も引っ掛からない。
探索や察知といった事に関しては、和麻の方が一枚も二枚も上である事を知っている綾乃は、
自分の感覚よりも和麻を信じ、いつでも動けるように身構える。
ふと煉の事が気になり、横目で煉の様子を窺うと、恭也が同じように何かに気付いているのか、煉を傍に引き寄せていた。

(恭也さんの察知能力も私以上か…)

感心したような、落ち込んだようなごちゃ混ぜの感情を押さえ込みつつ、綾乃は煉の事は恭也に任せ、
自分の出来ることをするために和麻を見上げる。

「来るぞ!」

言うと同時に、和麻は綾乃の腰を掴むと、その場を跳び退く。
和麻が居た位置に魔力弾が飛来し、アスファルトを砕く。
和麻は頭上高く舞うと、重力など感じさせないかのように、静かに恭也の横へと降り立つ。

「さて、初日から当たりとはラッキーかな?」

「まだ、今回の件と関係があるとは決まった訳じゃないぞ」

和麻と恭也がそんなやり取りをしている間に、和麻を襲った魔力弾を放ったと思われるモノが現われる。
全部で五つ表れたその影は、人とは異なる姿をしていた。
人と同じような手足をしているが、毛髪はなく、代わりという訳ではないのだろうが、頭の上両側に小さな角を持っていた。

「……で、本当に今回の事件と関係あると思うか、和麻」

「いや、ないだろうな。どう見ても、低級霊だな」

二人の意見に、綾乃も賛成するかのように頷く。
と、その五つの影のうち、一つが言葉を発する。

「撒いたと思ったのに、本当にしつこい奴らだ。
 こうなったら、仕方がない。やるぞ」

後半の言葉は残る四体へと発したと思われ、現に、その言葉と同時に五体は同時に恭也たちに向かって来る。

「撒いたって、何の事だ?」

それを見ても腕を組んだまま平然と恭也へと問い掛ける和麻に、これまた同じように恭也も首を傾げる。

「ひょっとして、人違いじゃないのか」

「ええー! それじゃあ、私たち、勘違いされた上に襲われてるの?」

「まあ、金にはならんが、仕方ないな。綾乃」

和麻の言葉に頷くと、何もない空より眩い炎を纏った剣が現われ、綾乃の手に納まる。
神凪家に伝わる至宝、神剣炎雷覇。
それを手に、綾乃は左側三体に標的を定めて駆け寄る。
右側二体へは、綾乃よりも早く恭也が駆け寄っていた。
和麻は軽く腕を振り、風の刃を出現させると綾乃が突っ込んだ三体のうち、一番右側にいた一体の首を跳ね飛ばす。
それでお終いと言わんばかりに、完全に傍観する態勢になる和麻に、綾乃は何も言わずに炎雷覇を振るう。
一体を脳天から股まで真っ二つに切り裂くと、そのまま横凪ぎに振るって残る一体の腕を斬り飛ばす。
と、横目で恭也の方を見ると、既に二対とも倒し終えたのか、小太刀を仕舞っていた。
綾乃は注意を目の前の一体へと戻すと、一気に踏み込み、そのまま袈裟懸けに斬り捨てる。
あっさりと片付いた五体を見下ろしつつ、和麻は肩を揉みながら綾乃の元に来る。

「まあまあだな。尤も、こんな雑魚に梃子摺られても困るがな」

「アンタね、少しは褒めたらどうなのよ」

言っても無駄と分かっているだけに、綾乃も特にきつくは言わない。
と、横を見ると煉は恭也へと話し掛けていた。

「さっきも小太刀が光ってましたけど、あれが恭也さんの術なんですか?」

「ああ。術という程のものではないけど。
 単に、霊力というか、魔力というか、そんなモノを小太刀に纏わりつかせただけだから」

「右は白く光ってたのに、左は黒く光ってましたよね。左右で違う術なんですか?」

「まあ、恭也のは厳密に言うと術じゃないからな。お願いって所か? まあ、聖者の祈りみたいなもんか?」

和麻の言葉に苦笑を浮かべる恭也を見ながら、綾乃は和麻に尋ねる。

「どういう事よ、それ?」

「言ったまんまだよ。まあ、説明するのは疲れるから、どうしても聞きたければ、恭也にでも聞け」

綾乃は恭也を見る。恭也は言い辛そうにしつつも、

「まあ、別に話して困るって訳じゃないから、どうしてもというのなら、別に良いんだが…」

「いえ、話し辛いのなら、別に」

和麻の過去のような出来事があるのかと、綾乃が慌ててそう言った所で、奥の路地からまたしても影が現われる。

「貴方たち、そこで何をしてるの!? ……って、和麻?
 それに、綾乃ちゃんまで。何で、こんな所に?」

「そりゃあ、こっちの台詞だっての。こっちはお前の依頼した事件を追って、ここに居るんだよ。
 お前こそ、何でここに居るんだ、霧香?」

逆にそう言って尋ね返す和麻が言うように、そこから現われたのは、今回の事件を神凪家経由で和麻へと依頼した張本人、
警視庁特殊資料整理室室長、橘霧香その人であった。







つづく








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