『ごちゃまぜ』






遥か昔の物語…。
翼人と呼ばれた者がいた。
長い長い旅の果て、翼人は空へと飛び立った。
それを己の無力を悔いながら見送った二人の男女。
後に、二人の間には二人の子供が生まれ、その子供たちは翼人の呪いを解く為の力を伝承し、磨いて行く。
一人は法術と呼ばれる不可思議な力を。
一人は剣術と呼ばれる守るための力を。
空に浮ぶ翼を持つ少女の話と共に、代々、親から子へと語り継がれて行く。
いつしか時は流れ、今やその伝承と力を受け継ぐ者も僅か二人となり、その力もまた弱くなっていた…。



その町には夏が訪れていた。
そんな町へとやって来た旅をする青年。
青年の旅の道連れは三つ。
手を触れずとも歩き出す古ぼけた人形。
力持つ者に課せられた、母より聞きし遥か遠い約束。
そして、同じ約束を受け継ぎし、旅の道連れなるもう一人の青年。

見方を変えれば、旅の青年の連れは三つ。
己が想いを力へと変える飾りも何もない無骨な小太刀。
技持つ者に課せられた、父より聞きし遥か遠い約束。
そして、同じ約束を受け継ぎし、旅の道連れなるもう一人の青年。

共に全身黒ずくめの青年二人は、ただ無言で足を進める。
路銀が底を尽き、バスを降りることとなった小さな町。
そこで出会う無邪気な笑みを見せる一人の少女。
それをきっかけに、この土地の滞在が始まる。
夏の情景に包まれ、穏やかに流れる日々の中、青年たちは少女たちと出会う。



「この空の向こうには、翼を持った少女がいるんだ」

人形と法術を受け継ぐ青年、国崎往人。

「その少女を見つけ出して助け出す事が、俺たち一族が代々受け継いできた使命」

小太刀と技を受け継ぐ青年、高町恭也。

「にははは。はい、ラーメンセットお待ちどうさま〜」

翼持つ夢を見る少女、神尾観鈴

「じゃあ、今から君たちを暇々星人3号と4号に任命しよう」

大きなバンダナを手首に巻いた少女、霧島佳乃

「飛べない翼に意味はあるのでしょうか」

不思議な雰囲気を持つ少女、遠野美凪



夏は、どこまでもどこまでも続いて行く。
青く広がる空の下で。その大気の下で。



大気に漂う心 〜翼を求めて〜



   §§



「恭くん、恭くん、会いたかったよ〜」

とある遺跡で発見されて開いてしまった二つの扉。
その先には、神族の住む神界、魔族の住む魔界へと繋がっていた。
かくして、三つの世界は繋がり、人間界に大きな変化をもたらす事となった。

「恭也さま、この時をどれほど待ち望んだか」

気候の穏やかな海鳴市。
今では、ここでも、神族や魔族は既に見慣れた存在となっていた。
そして、そんな海鳴でそれなりに普通に暮らしてると思っていた少年の家の隣に、二つの家族が引っ越してた。
その家族とは、神界の王『神』と、魔界の王『魔王』の家族たちだった。

「恭也くん、朝ご飯の支度は出来てますからね」

どちらの王も一人娘の願いを受け、少女達が幼い頃より恋慕してきた少年の家の隣へと引っ越してきたのだった。
幼い頃、わずかな時間だったが、一人の少年と出会い、その時の想いを忘れる事無く、その胸へと抱いた二人の少女が…。

「やっほ〜、はろはろ〜、恭也ちゃん」

この日を境に、少年──高町恭也の日常は騒がしくなって行く。
いや、元々騒がしかったものが、更に騒がしくなっていくのだった。

「恭也に…………会いに来た…………」

恭也の義妹や同級生、友人に幼馴染など、多くの者たちをも捲き込んで、日々、騒動が巻き起こる。

「恭ちゃん、これって一体、どういう事なの?」

「恭也〜、私も事情を知りたいかな?」

「恭也さん、一体、昔に何をしたんですか!?」

神にも、悪魔にも、夜の一族にも、退魔士にも、剣士にも、そして凡人にもなれる男、高町恭也。
この物語は彼を中心とした日常のお話である。

「…前の方は兎も角、最後の凡人ってのは、俺は無理だと思うんだが。
 どう思う、藤代?」

「うーん、私も凡人は無理じゃないかと思うかな。
 多分、彼女たちと出会ってなくても、凡人だけはないような気がする…」

友人たちに好き勝手に言われ、男たちからは羨望と嫉妬の目で見られる中、当の本人は……。

「?? 一体、どうなっているんだ?」

表面上はいつもとあまり変わらないようだった。



The hearts is shuffled!








   §§



全ての生命の源、魂の素、生命エネルギー……マナ。
全てはマナから生まれ、マナへと還って行く。
そんなマナで構成された等価の世界、ファンタズマゴリア。
人間とスピリット、そして竜が存在する世界。
永遠神剣という力を持つ剣を扱える唯一の種族、スピリット同士が戦わされる世界。
人間の道具として、マナを奪い合う戦争の代理人としてただ戦わされるだけの存在……。



ある日、下校途中の恭也たちの前に倉橋時深(くらはし ときみ)と名乗る巫女が現われる。
途端、目の前が真っ白になり、意識が遠のいていく。

「代償を支払うときがきた……奇跡の代償を」

微かに聞こえる声の意味を問う暇もなく、恭也の意識は途切れ、
次に意識を取り戻した時には、力が抜け、自分の体がまったく言うことを聞かない状態だった。
空には青白く大きな月が浮かび、その空に一つの光が走る。
よくよく目を凝らすと、その光は純白の翼を持つ蒼い髪の少女だった。
少女は静かに恭也の前に降り立つと、冷たい眼差しで見下す。
恭也の聞いた事のない言葉で話し掛けてくる少女を眺めながら、恭也の意識は再び遠のいていった。
後には、恭也の傍らに立つ一人の少女だけが残される。
少女は恭也の意識がない事を確認すると、そのまま恭也を抱え上げ、その場を飛び去るのだった。
その背に、光の翼を煌かせて…。

この先に待ち受けるものを、この時の恭也はまだ知らない。



The Heart of Eternity Sword



   §§



「綺礼! 一体どういうことよ!」

そう叫びながら、一人の少女が教会に姿を見せる。
対し、呼び掛けられた神父は、いたって冷静に言を紡ぐ。

「どうもこうも、電話で話したとおりだが」

「だから、それがどういうことかって聞いてるのよ!
 今回の聖杯戦争がかなり従来と違うっていうのは!」

「そのままの意味だ。どういう訳か、今回の聖杯戦争はイレギュラーだらけだ。
 よって、我々は完全に傍観するしかないと言ったはずだが」

「だから、それを説明しろって言ってるのよ!
 何で、私まで傍観する事になるのよ!」

こちらの言いたい事が分かっているくせに、わざともったいぶって話す綺礼にいらつきながらも根気良く言う。
そんな少女に綺礼は静かに指を3本立てて見せる。

「今回のイレギュラー要素は三つだ、凛」

そう言って、立てた指を一本折りたたむと、変わらぬ口調で淡々と話し始める。

「まず一つ目は、聖杯戦争が行われる場所だ。
 それが、ここ冬木の街ではなく、全く違う地で行われるということ」

「どうして、そんな事に!?」

綺礼の言葉に眉を顰めつつ凛と呼ばれた少女は続きを待つ。
しかし、綺礼の口から出た言葉は、凛を満足させるようなものではなかった。

「さあ、そこまでは分からん」

その言葉に激昂しかける凛を押さえ込むように、綺礼は休まずに続ける。

「ただ、予測するならば、前回の聖杯戦争が原因の一旦ではないかと。
 前回、実は聖杯は途中まで顕現していたのだ。
 それが顕現途中で壊されたため、冬木の霊的なものが一時的に崩れ、もっと安定した地へと移った、とも考えられる。
 それ以外にも幾つか考えられるが、今はそんな事を問題としている訳ではないだろう」

綺礼の言葉に頷き返し、凛は口を開く。

「で、何処よ、それは。場所がここでないって言うのなら、聖杯戦争の起こる所に行くまでよ」

息巻く凛に対し、こちらはあくまでも冷静に淡々と告げる。

「海鳴だ。この地は凛も知っているように、神咲との暗黙の了解により、教会が干渉できない地だ。
 あの、魔獣ざからが眠る地にして、霊的に非常に安定した地。
 そして、二つ目のイレギュラーは、この海鳴に関係してくる」

そう言い、立てた二本の指を一本だけ折り畳む。
その間、凛は何も言わずにただ綺礼の話を聞く。

「二つ目だが、肝心の聖杯の器が、その魔獣ざからに同化……、いや、ざからが聖杯の器として機能してしまったと言うべきか」

「なっ! そ、そんな事が起こるなんて」

これには、さしもの凛こも言葉を失う。
そんな凛に構わず、綺礼はどこか楽しそうに告げる。
いや、実際、凛の驚く顔を見れて楽しいのかもしれない。
それを悟り、凛はすぐに無表情を装うと、三つ目はと目で尋ねる。
綺礼は楽しそうな様子を隠そうともせず、最後の指を折る。

「そして、最後の三つ目にして、今回の一番の問題だ。
 何故、凛に傍観しろといったのか。その理由でもある」

その言葉に凛は微かに反応するも、黙って先を促がす。

「海鳴でマスターが誕生した」

「何、私がそのマスターに負けるだろうから、今回は参加するなって言いたいの?」

抑えつつも洩れて来る怒気を全く意に掛けず、綺礼は本当に楽しそうに続ける。

「いや、そうじゃない。完全には調べきれてはいないが、その者は魔術師ではないのだからな」

「魔術師じゃないのに、マスターに? どういう事よ」

「さあな」

「〜〜〜〜〜!! ああー、もういらいらするわね。
 さっきから、意味ありげな事ばっかり言ってないで、さっさと本題を話なさいよ!
 第一、魔術師でもない者に、私が負けるとでも言うの!
 面白いじゃない。だったら、私もサーヴァントを呼び出して、海鳴へと向かうわ。
 別に、この聖杯戦争には、直接教会は関係ないのだし」

癇癪を起こす凛を見下ろしつつ、綺礼は殊更、勿体つけて話し出す。

「既に、勝つ、負けるの問題ではないのだよ、凛。
 何故なら、既に誰も聖杯戦争に参加する資格がないのだから。
 全てのサーヴァントが召喚された」

「なっ! まさか、海鳴に七人のサーヴァントが?」

「そういう事だ。だから、今回の聖杯戦争はただ眺めるしかない」

「ちょ、どういう事よ! まだ、誰も呼び出していなかったはずじゃ…。
 それなのに、この短い間に七人のサーヴァント全てが召喚されるなんて」

訝しげな凛に、綺礼はその事実を話す。

「最初に、イレギュラーだと言っただろう。
 魔術師でない者がマスターになった所で、そう問題ではない。
 何故、大きな問題となっているのかは、違う所にあるのだから。
 何故か、此度の聖杯戦争では、一人のマスターの下に七人全てのサーヴァントが召喚された。
 これでは、最後の一人になるまでというルールなど存在しないも同様だな。
 既に、最後の一人なのだから。
 故に、どんな事が起こるのか、皆目検討もつかない」

「そんな馬鹿な事って……」

「確かに、馬鹿げた事ではある。しかし、現に起こってしまった以上、どうしようもあるまい。
 我々に出来る事は、ただ行く末を見るのみ」

「どうなってんのよ……」

茫然とした凛の呟きが、夜空へと消えていった。







今日も今日とて、いつもの日課である深夜鍛練をしている恭也と美由希。
ただし、いつもと様子が少し違う。
別に、恭也や美由希の調子がおかしいというのではなく、周りの様子が少しおかしいのだ。
いつもなら、外でやっているはずの時間、二人は道場内にいた。
今週は、狭い室内での訓練メニューをする事にしたらしく、恭也と美由希は深夜の鍛練も道場で行っていたのだった。
その室内訓練も終わり、恭也は美由希を先に戻らせる。
美由希が風呂を使い終わるまでの時間を、恭也は瞑想に使う事にし、道場の端にて座禅を組む。
どのぐらいそうしていただろうか。
突如、目の前の空間が光りを放ち始める。
目を閉じていても感じるその光に、恭也は手で目を覆いながら、薄っすらと目を開ける。
すると、それを見計らっていたかのようなタイミングで光が収まり、後には……。

「問おう。貴方が私のマスターか?」

突如現われた月光の光を浴びて佇む綺麗な金髪の騎士。

「いきなり敵襲ですか!? マスター、私の後ろに隠れて」

「何を言っているんだ? それよりも、誰か来たのか。
 庭に気配が…」

そう言って恭也は金髪の女性が止める間も無く庭へと出る。
そこに居たのは、地にも届かんばかりの長く美しい髪を月光に照らし出し、静かに聳え立つ女性だった。
思わず、恭也はその姿に見惚れ、知らずに思った事を口に出していた。

「月の女神……」

その恭也が洩らした呟きに微かに照れつつも、女性は凛とした声で告げる。

「貴方が、マスターですか」

「はい?」

同じような事を問われ、恭也は知らずに聞き返す。
それに対し、その女性は自分と恭也との間に何か感じ取ったのか、納得したように頷く。

「間違いはないようですね。魔術的な繋がりがあります。
 ただ、どうやら貴方は事態を把握していない様子。
 良ければ、これから説明させて頂きますが…」

その言葉に、恭也が頷こうとした所、道場から金髪の女性が現われる。
鎧を纏いしその女性は、恭也の前へと進み出ると、その手をまるで見えない剣がそこにあるかのように握り込む。

「いきなり攻めて来るとは、いい度胸です」

「それはこちらの台詞です。見た所、セイバーのサーヴァントのようですね」

長髪の女性の言葉に答えず、セイバーと呼ばれた女性は恭也を庇うように目の前の女性と対峙する。

「マスター、危ないですから離れてください」

「マスター!?」

セイバーの言葉を聞いて驚く長髪の女性を余所に、セイバーはまるで剣を振るうように振り下ろす。

「覚悟!」

「落ち着きなさい、セイバーのサーヴァント。私のマスターも彼なのです」

「なっ! そんな馬鹿な事が…」

咄嗟の言葉に、攻撃の手を止め、真意を探るように目の前の女性を見詰める。
そこへ、第三者の声が掛かる。

「夜分遅くにすいません」

その声をした方へと恭也が視線を転じれば、そこには見知った顔があった。

「ああ、貴方は確か…、キャスターさんだったかな」

「あ、はい。夕方は大変お世話になりました。
 本当に危ない所をありがとうございました。
 実は、その時の事でお話がありまして…」

キャスターはそこで言葉を区切ると、目の前に立つ女性二人を見詰める。

「くっ、既にマスターの元へと来ているなんて。
 何て情報の早い奴らなの。折角、契約をしたというのに、いきなりマスターを失う訳にはいかないわ。
 それに、マスターとか関係なく、恭也様を傷つけると言うのなら…」

「キャスターが正面から攻めて来るなんて…」

「きっと、何か策でもあるはずですセイバー。気を付けなさい。
 ここは一旦、休戦です」

「分かりました。ですが、貴方の言葉をまだ信じた訳ではありませんからね」

「ええ、良いですよ」

「くっ、サーヴァント同士が手を組むなんて。しかも、あっちのサーヴァントはセイバーですって。
 不利すぎるけれど、引くわけには行かないわ。せめて、恭也様が逃げる時間だけでも稼がないと…」

キャスターが何やらブツブツと唱え始めると、その手に薄ぼんやりと光が集まり出す。
それを見て、セイバーと長髪の女性は一気に距離を詰めるべき動き出す。
その二人の動きを見た恭也は、咄嗟に止めようと声を上げる。

「ちょっと待て!」

その声に、三人が三人とも恭也の方へと振り返り動きを止める。
その時、キャスターの掌に集まっていた光が可笑しな動きを見せ、
セイバーと長髪の女性はその光りを打ち消そうと各々の武器を振るう。
瞬間、大きな光が辺りを包み込み、地面には魔法陣が浮き上がる。
魔法陣が消え去ると、光も徐々に収まり、恭也の傍にまた一人の女性が姿を見せていた。

「お初にお目に掛かる。貴方様が手前のマスターですね」

「へっ?」

その言葉に目を丸くする恭也に対し、新たに現われた腰まで伸ばした髪を一つに纏めた女性は静かに構える。

「なるほど。ゆっくりと話をしている暇もないという訳ですね」

と、その腰にいつの間にか刀が現われ、抜刀の構えを取る。
その目の前に、これまた新たな女性が現われており、弓を構えていた。
弓を構えた漆黒の髪の少女は、じっと刀を構えた女性を睨み付けるように見詰めると、静かに口を開く。

「怪我をしたくなければ、さっさと、そこから離れなさい」

「弓兵如きが、正面きっての戦いで、手前に敵うと?」

「それはこっちの台詞です。
 どうやら、アサシンのようですが、アサシン如きが、正面から来て、勝てるとでも思ってるんですか」

「笑止。手前をただ影からこそこそと襲撃する事だけしか能のないアサシンと侮らぬ事だ」

「あー、二人とも、話が全く分からないんだが」

新たに現われた二人の女性に声を掛けるも、お互いに目の前の相手しか見えていないのか、恭也の言葉には見向きさえしない。

「ジャスティ、私に力を!」

「深遠よ、手前に力を。ただ一撃。それがすべてを突き崩す」

「お前ら、人の話を聞けよ…」

そんな二人へと、恭也は力なく突っ込むのだった。
そんな恭也たちから少し離れた所では、また新たな女性が二人現われ対峙していた。

「我が槍の前に立ち塞がるは、汝か」

「そうなりますね。ただ、このまま何もしないで立ち去ってくれるというのならば、今回だけは見逃しますけれど。
 如何いたします」

「それはこちらの台詞!」

叫ぶや否や、槍を構えた女性は低空を滑空するように走り…いや、実際に白い翼をその背に生やし、滑空して接近する。

「白い翼!? くっ!」

「こっちはこっちで戦闘を始めてるし…」

そんな新たな二人を眺めつつ、恭也は小さく呟く。
恭也の呟く前では、翼持つ女性の槍を、女性はこれまた槍で受け止める。

「な、槍だと!」

「中々、鋭い攻撃ですね。流石は、北欧神話に聞こえし、女神ヴァルキリーといった所ですか」

「よく我が槍を受け止めた。その上、正体までも見破るとは。褒めてやろう。
 しかし、何故、ランサーが二人も」

「いいえ、違います。私はランサーではありません」

「では、一体何だと申す」

「恐らく、私はイレギュラーみたいですね。私のクラスは……。
 来なさい、私の翼にして友よ」

女性の声に答えるように、その足元から一匹の大きな生物が姿を見せる。
大きな蝙蝠のような翼に、鋭い爪。
鰐のような大きな口には、大きな歯が並ぶ。
太い尻尾を揺らしながら、女性を乗せて空へと浮かび上がるその姿は、物語の中でしか見る事が出来ない、竜と呼ばれる生物だった。

「なっ! ドラゴンだと……。まさか、汝はドラゴンナイト…?
 面白い。相手に不足はない」

「水流系秘印術…」

「な、魔術まで使うのか!? ならば、こちらも!」

「…………いい加減にしろ!」

いい加減、好き勝手にする女性たちに対し、限界を超えた恭也の上げた大声に、
庭のあちこちで戦闘を繰り広げていた女性たちが動きを止め、一斉に恭也へと向って叫ぶ。

『今のうちにお逃げください、マスター!』

同時に発せられた言葉に、全員の動きが止まり、それぞれに今まで戦っていた者と顔を見合わせる。
それを眺めつつ、恭也は盛大な溜め息を吐き出すと、ゆっくりと、しかしよく通る声で全員を見渡しながら告げる。

「で、どういう事か、誰か説明してくれないか」



「一体、どういう事なんですか」

「セイバー、少しは落ち着きなさい」

「そうですわ。少し、五月蝿いですよ」

「そんな事を言っている場合ですか。何故、一人のマスターに、サーヴァントが複数も……」

「そんな事を私に聞かれても」

一人のマスターの元へと集ったサーヴァント。
これは一体、何を意味するのだろうか…。







あの騒動から数日が過ぎた今、すっかり全員が普通に暮らしていた。
聖杯がどうなったのかは気掛かりだったが、何かが起こらない以上、現状維持という形で落ち着いたのだった。
そんなある日の事。

「この街は、一体どうなっているんですか」

「落ち着け、セイバー。何をそんなに怒っているんだ」

「怒ってなどいません。ええ、私は至って冷静です!」

「いや、充分怒って……」

恭也は言葉を途中で飲み込むと、とりあえず怒っている、本人曰く、怒っていない、理由を尋ねる。

「一体、どうしたんだ。やっぱり、魔術師ではない俺がマスターとなった所為で、どこか調子が悪いのか」

「まあ、確かに調子は万全とは言いがたいですが、そうではなくてですね。
 何なんですか、この街は!」

話しているうちに、落ち着いたかと思われたセイバーだったが、またも感情を爆発させる。

「何故、数秒の間とはいえ、ライダーやランサーよりも速く、
 いえ、サーヴァントの目ですら捉えきれないような動きをする喫茶店の店員がいたり、
 瞬間的な霊力の放出では、下手なサーヴァント以上の女子寮の管理人がいたり、
 一撃の威力だけなら、ちょっとした宝具並の威力を持つ技を放つ流派の使い手がいたりするんですか!」

(美由希に耕介さん、薫さんの事だよな、やっぱり……)

恭也は内心でため息を吐きつつ、どうしたものかと目の前に立つセイバーを見詰める。

「別に敵というわけもないのだし……」

「そういう事を言ってるんじゃありません!」

何を言っても収まりそうにないセイバーに、恭也は困ったように天を仰ぐ。
そこへ、恭也を助けるようと声が掛かる。

「セイバー、何をそんなに怒っているんです。
 別に、そういう人たちがいるのは、恭也様のせいではないでしょうに」

「キャスターは少し黙っていてください」

「黙れと言われても、恭也様がお困りの様子。なら、黙る訳にはいきませんわ」

睨み合う二人を交互に見遣りつつ、恭也は困った表情で辺りを見渡す。
そこへ、長身の女性が通りかかり、何事かと尋ねてきたので、恭也は天の助けとばかりに事情を話す。

「またですか。貴女たち、少しは落ち着きなさい。
 セイバーも、今回のイレギュラーの件で苛つくのは分かりますが」

「しかし…」

なおも何か言いかけるセイバーを制し、ライダーは告げる。

「あまり騒がしいと、今日の夕飯が抜きにされてしまうかもしれませんよ」

「なっ! キョウヤ、それは本当ですか!?」

「いや、別にそこまではしないが…」

「そ、そうですか。それを聞いて安心しました。
 しかし、確かに私も少し冷静さを欠いたかもしれませんね。少し、落ち着く事にしましょう」

「そ、そうか。それは助かる」

恭也はほっと胸を撫で下ろし、ライダーに感謝の合図を目で送りつつ、立ち上がる。

「恭也様、どちらへ」

「いや、少しお茶をな」

「それでしたら、私が淹れていますわ」

「そうか。なら、戸棚にお茶請けがあったと思うから、それも頼む」

「はい」

嬉しそうに頷きながら、廊下の奥へと向うキャスターに、恭也が声を掛ける。

「すまないが、セイバーとライダーの分も用意してくれ。後、キャスター自身のもな」

「はい、分かりました」

恭也に返事を返しつつ、キャスターの姿は台所へ消えて行く。

「キョウヤ、今日のお茶請けは」

「ああ、今日はまめやの豆大福だ」

「そうですか」

「ライダーも、座って一緒しよう」

嬉しそうに身体を揺らすセイバーの横に、ライダーも腰掛ける。

「それでは、お言葉に甘えて。しかし、いつ見ても、あの花壇はちゃんと手入れがされていますね」

「ああ。美由希がこまめに見ているからな」

昼下がりの少し寒さを感じる中、三人は縁側でのんびりと庭を眺める。
そこへ、お茶とお茶請けを持ってキャスターが戻ってくる。

「おまたせしました」

「ああ、すまない」

「ありがとうございます」

「ありがとう」

それぞれに礼言って受け取ると、まずは一口啜る。
そんなほのぼのとした日常が繰り広げられる高町家だった。







「キョウヤ、このタイヤキというのは美味しいですね」

「ああ、美味いな」

「所で、キョウヤ。貴方が食べているのと、私たちが食べているのとでは、少し違うような気がするのですが」

「ああ、ちょっと違う」

「セイバーたちが食べているのは、普通の餡子の入ったタイヤキだ」

「という事は、恭也の食べているのは中身が違うという事ですか」

ライダーの言葉に、恭也は頷きつつ答える。

「ああ。俺はあまり甘いものが得意ではないからな。
 これは、あまり美由希たちにも受けが良くないので、セイバーたちには普通のにしたんだ」

「恭也様、それは何が入っているんですか」

「ああ、カレーとチーズだ。これを二つ一緒に食べるのが、美味しいんだがな」

「…………」

二つを同時に頬張る恭也を、セイバーはじっと見詰める。
それに気付いた恭也が、苦笑しながらセイバーへと尋ねる。

「試しに食べてみるか、セイバー」

「はい、い、いえ。私は自分の分が既にありますので」

「そうか。まあ無理にとは言わないが…」

途端に残念そうな顔になるセイバーを見遣りながら、内心で笑みを浮かべつつ、表情には出さないで続ける。

「セイバーの意見を聞きたかったんだがな」

「キョ、キョウヤ。そういう事でしたら、少し頂こうかと思うのですが」

「そうか。なら、ほら」

そう言って、恭也は二つのタイヤキをセイバーへと差し出す。
それを、セイバーは受け取らずに、そのまま口を付ける。

「セ、セイバー」

少し驚いた顔を見せる恭也と、不機嫌になる他の面々。
しかし、当のセイバーは、周りのそんな様子になど気づかず、味わうように口を動かし、それを飲み込む。
本当に他意はなかったらしく、驚いている恭也や、怒っている者たちを不思議そうに見る。

「どうかしたのですか」

「あ、いや、何でもないぞ。ところで、どうだ」

「そうですね、少し変わっているかもしれませんが、これはこれで美味しいです」

「そうか。それは良かった」

恭也はそう言うと、手に持ったタイヤキを再び頬張る。
それを見て、キャスターが小さく声をあげる。

「どうかしたのか、キャスター」

「あ、いえ、その。わ、私も少し頂いても宜しいですか」

「ああ、別に構わないぞ」

恭也はそう言うと、キャスターへとタイヤキを差し出す。
それを見て、キャスターもセイバーと同じように受け取らずに齧り付く。

「で、どうだ」

「……そ、そんなに悪くはないかと」

味云々どころではないキャスターだったが、その事に気付くものがここにいる訳もなく、恭也は素直に受け取る。
否、一人だけ、気付いているのか、じっとキャスターを見てはいるが、何も言わない。
その人物は、キャスターにではなく、恭也へと声を掛ける。

「恭也、私も頂いても宜しいでしょうか」

「ああ、構わないが」

そう言って差し出してくるタイヤキを、しかし、ライダーは首を横へと振って拒否する。
理由が分かっていない恭也へ、ライダーがいつも通りの淡々とした声で告げる。

「先に、恭也が食べてください」

言っている意味を理解しないまま、恭也はライダーへと差し出したタイヤキを口にする。
この時、初めて恭也は自分たちの今までの行動を思い返し、顔を赤くさせる。
その両隣では、恭也と同じように気付いたセイバーと、恭也に気付かれたと分かり、顔を赤くするキャスターの二人がいた。
そんな二人に挟まれた恭也は、どうしたもんか考え始める。
ここで断われば、ライダーが気分を悪くするのでは、とか、色々考えているうちに、その顔に影が落ちる。
ふと前方を見れば、ライダーが恭也の前に立ち、冷静に見せつつ、今か今かと待ち構えていた。
それを見て、覚悟を決めた恭也は、タイヤキをライダーへと差し出す。
身を屈め、それを口にするライダーの長い髪が、恭也の手の甲に触れ、恭也は意味もなくドキドキするのだった。







「今の言葉は聞き捨てなりませんね、キャスター」

「あら、私は本当の事を言っただけですよ。食べて寝てばかりしているうちに、少し太ったんではないのかと」

「……それは侮辱です。私は太ってなどいません!」

「あら、そう。だったら、勘違いね。ごめんあそばせ」

嫌味たっぷりに謝るキャスターに、セイバーは引き攣りつつも返す。

「い、いえ、誰にでも間違いはありますから。それが貴方なら、尚の事です。
 そろそろ年で、目が霞み始めたのではないかと心配しましたが、そうではないようですね」

「……セイバー、それは誰の事かしら?」

「可笑しな事を尋ねますね。今、私と話をしているのは、貴女だけですよ。
 それとも、もう数秒前の事も覚えていられないほどに耄碌しましたか」

「ふ……、ふっふっふっふ。面白い冗談ですわね」

「くすくす、そうですね」

「「…………」」

一触即発の状態で睨み合う二人を、ライダーがやんわりと止めようとする。

「二人共、恭也が困ってますから、もうそのぐらいに…」

「ライダー、貴女には関係ありません」

「ええ、そうですわ。部屋の片隅で、酒でもかっ喰らってなさい」

「かっ喰らうとは何ですか! 嗜むと言って下さい」

「いえ、あの量は既にその領域ではありません」

「そうそう。それとも、体が大きいと、酔いが回るのも遅いのかしら」

「キャスター、今の暴言だけは聞き逃せませんね」

止めに入ったはずのライダーまでもが身構え、三竦みの状態となった現状に、恭也は頭を抱える。

「……アサシン、ランサー、止めてくれ」

「了解」

「はい」

恭也は近くにいた二人へと声を掛けると、この騒動が治まるのを大人しく待つ事にする。
しかし、何を思ったのか、アサシンとランサーの二人は、背後へと移動すると、手刀を叩き込もうとする。

「何をするんですか!」

「油断も隙もありませんね」

「全く、ランサーまで不意打ちとは」

「あー、アサシン、ランサー、何を?」

二人の行動に疑問をぶつける恭也に、二人はしごく真面目に答える。

「恭也殿の言葉通り、お三方を止めようと」

「それには、気絶させるのが一番かと思ったのですが」

「ふっ、セイバーのサーヴァントである私が、その程度の攻撃に気付かないとでも思ったのですか?」

「貴女もですよ、ランサー。確かに、貴女は早いですが、最速を誇る私の背後にそう簡単に回り込めるとでも?」

「速さなら、私も自信がありますからね。
 何も、ライダーのみの特権ではありませんよ」

「だったら、試してみましょうか」

「そうですね。はっきりと白黒をつけましょうか…」

「さて、アサシン。正面から私とやり合いますか」

「手前は正面からの戦いでも一向に構いませんが…」

「なら…」

「ふっ。強き者と剣を交える。楽しみですね」

「ちょっと、私を置いて勝手に話を進めないでよね。
 大体、アサシンもランサーも、何で私を無視するのよ」

「何でと申されましても…」

「だって、正面からの肉弾戦なら、キャスター如きいつでも押さえられるでしょう。
 だったら、手強いセイバーとライダーから先に無力化しなければ…」

「そういう合理的な考えからですが」

「……ふん、良いわ。そこまで言うのなら、私の力を見せてあげましょう。
 私をただの魔術師と思わない事ね! 竜牙兵ども」

キャスターが呪文を唱え、何かを地面へと投げると、そこから骨の兵士が数体現われる。

「笑止。この程度の雑兵ごとき」

「何、勘違いしてるのかしらね。こいつらは、言わば時間稼ぎよ。
 本命の攻撃は、これからよ」

「ならば、呪文を詠唱した瞬間、こちらも一気に攻撃に移らせてもらう」

キャスターの言葉に、アサシンではなくセイバーが答える。
こうして、新たな三竦みが出来上がる横では、ライダーとランサーの睨み合いが再び始まる。
それらを眺めつつ、恭也はいつでも逃げ出せるように部屋の出入り口を背に溜め息を吐く。
そこへ、アーチャーとDナイトがやって来る。

「恭也さん、これは一体、何事なんですか?」

「皆さん、かなり殺気だってますが」

サーヴァントの中でも、最も争い事を嫌う二人の登場に、恭也はかなり安堵の息を零す。
そんな恭也の両横に腰を降ろし、二人は恭也から説明を受ける。
全て聞き終えた二人は、盛大な溜め息を零すと、呆れたように恭也へと言う。

「偶には止めないで放っておくのも手かもしれないよ」

「確かに、アーチャーのいう事にも一理ありますね。
 この辺でストレスを発散させつつ、不満を全て吐き出させれば、次からは少し大人しくなるかもしれません。
 どうされますか、恭也さま」

悩む恭也の腕をアーチャーは取ると、

「悩むんなら、このままにしておこうよ。
 それより、私たちは向こうの部屋でお茶でもしながら、この騒動が治まるのを待とう」

「そうですね。では、恭也さま、行きましょうか」

アーチャーに同意するように、Dナイトも逆側の腕を取る。
それを見て、他のサーヴァントたちが二人へと殺気を向ける。

「そこ、何をしている!」

「全くです。二人してこそこそと…」

「アーチャーにDナイト、恭也様から離れなさい」

「本当に油断も隙もないですね、貴女たちは」

「普段、真面目ぶっている癖に、抜け目がないと言いますか…」

口々に言ってくるサーヴァントたちに、二人は静かに立ち上がると、

「別に真面目ぶってないもん。ただ、皆が不真面目すぎるんだよ」

「アーチャーの言う通りです。大体、貴女方の行動が恭也さまに迷惑を掛けているんですから。
 私たちは、ただそれを軽減しようとしただけ」

「非難される覚えはないもん」

いつの間にか全員が睨み合い、殺気が零れ始める。
何かの切っ掛けで弾ける緊張した空気が漂う中、静かに恭也の後ろの戸が開く。
そこから顔を出したのは、この家の大黒柱である桃子だった。
桃子は恭也を手招きすると、小声で話し出す。

「ちょっと、恭也。何とかしなさいよ。皆、怖がって部屋から出てこないじゃない」

「何とかとは、何だ」

「そんなの知らないわよ。兎に角、あの子たちを力づくでも良いから押さえなさい」

「無茶を言うな。例え、一対一でやったとしても、俺の勝算なんか、かなり薄いというのに」

そんな親子の会話がなされる中、部屋に満ちた緊迫した空気はどんどんと張り詰めていくのだった。

何故か、周りの女性たちの視線が痛くなっていく日々。
徐々に精神的に疲れていく恭也。
果たして、どうなるのか!?

Fate / triangle night



   §§



ある日、極々普通に日々を過ごしているつもりの管理人の下に、一人の少女が現われる。

「お願いします。これを付けて、私と一緒に地球の平和を守ってください」

当初は断わったものの、少女の情熱に負け、男はソレを手に取った。

「……色々考えたんだ。目の前で困っている女の子を、見捨てるなんてできないからね。
俺にしか出来ないんだったら、引き受けるよ」

(ごめんなさい、耕介さん。サイズが大きすぎて、今すぐ、代わりの人を見つけられなかったんです)

真相は少女の胸の中へとそっと仕舞われ、男は正義のために立つ!

その日を境に、急に増える入寮者。

(う〜ん、どこかで見たことがあるような……。まあ、他人の空似だろう)

ライバルの登場!

「あーん? あたしの名前? あたしの名前は、エメラルドカンパニー製超高機動パワードスーツ……。
 あー、何だったかな〜」

「ネルロイドガールや、姉さん」

「ああ、そうだった、そうだった。いやいや、やっぱり酒に釣られて引き受けたのは間違いかもな」

「姉さん、今更何を言うとんのや。既に、何本か空けてもうた以上、きっちりと働いてもらうで〜」

「あー、はいはい。とりあえず、ナニスンダー。一応、お前のライバルとして、これだけは言っておく。
 あたしの活動時間は、三分から五分だから、それ以上過ぎたら、任せた」

「姉さん!」

「っるせーな。仕方ねーだろうが。とりあえず、その時間内に倒せば、問題ねーだろう」

よく分からないうちに、敵もどんどんと増えて行く。
負けるな、ナニスンダー。戦え、ナニスンダー!

「な〜はっはっはっは。朝から晩まで家事三昧。
 政治はいろいろ荒れ放題。忘れちゃいけないお約束。
 疲れた時にはこれ一本。
 オタンコナス製造、超特殊汎用パワードスーツ、ナニスンダー。
 満を持して、只今、参上!」

好き勝手な時に襲い来る宇宙犯罪人と正義の味方の戦いが、幕を開ける!



住めば都のさざなみ寮



   §§



超巨大校、天地学園。
この学園には、剣技特待生、俗に『剣待生』と呼ばれる生徒たちが存在し、
『刃友(しんゆう)』と呼ばれるパートーナーと二人組で戦う『星獲り』と呼ばれるシステムが存在する。
星獲りは、勝ちつづけることでランキングが上がり、報奨金が出るなど富と栄誉が得られるものである。
今、ここに一人の少女が通うこととなる。
彼女の名は、黒鉄はやてといった。



「刃友になってください!」

自分が育った施設、たんぽぽ園の借金返済のために星獲りに参戦する少女、はやて。



「…仕方がない。少しばかり、遊んでやるか」

はやてと刃友となり、再び星獲りへと参戦する剣の天才、恭也。



「根拠? そんなもの、生まれてこのかた、持って行動した事などありません」

天地学園の生徒会長にして学園長。全ての剣待生の頂点に立つ者、ひつぎ。



「…私の方が疾い(はやい)です」

学園随一の疾さを誇り、常にひつぎの元に寄り添う刃友、静久。



「早く、俺のランキングに追いついて来いよ、高町」

かつて恭也の刃友であった剣待生、勇吾。



「面白くなってきたのかな?」

最高位ランキングの剣待生、美由希。



様々な想いを胸に秘め、己が力を剣に託した戦いが今、始まる!



「とにかくこの番戒(つがい)とかゆーの恭也の穴に通させてよ!
 そんであたしの穴も恭也のでつらぬいてよ!」

「紛らわしい言い方をするな! しかも、そんな大声で!」

果たして、頂点に立つ者は…。



はやて X ハートブレード
HAYATE CROSS HEARTBLADE



   §§



「あなたの鎧、脱がしちゃいます」

金髪の閃士、琉朱菜。

「避けきれないのなら、斬るのみ!」

殿の死神、恭也。

二人の閃士と剣士が出会った時、運命の歯車が動き出す。



グレネーダーハート 第一話 「金の閃士と黒の剣士」



   §§



「あははは〜。呼ばれて飛び出ちゃいましたよ〜」

「問います。貴方をマスターです」

突如、目の前へと現われた、よく顔立ちの似た割烹着姿の女性とメイド服の女性。

「な、何なんだ一体……」

これから海鳴で始まる、たった一つの何でも願いを叶えるという聖杯を巡る闘い。

「翡翠ー!」

マスターを庇い倒れるサーヴァント。

「あははは〜、問題ありませんよ恭也さん。いえ、マスター。
 言い換えるならば、無問題です」

片割れが倒されても笑みを絶やさない割烹着のサーヴァント。
そこへ、ここぞとばかりに攻め来る敵。

「やっちゃえー、バーサーカー」

ピンチと思われたその時、新たなる救いの手が。

「貴方をピンチです」

「そんな馬鹿な。確かに、さっき倒したはずよ」

「あははは〜。私たちを倒したければ、同時に倒さないと駄目ですよ〜」

「クラス、ツインズ。厄介ね。
 おまけに、感応能力でお互いを強化なんて、ふざけた能力を…」

「それだけではありませんよ。何と、私たちは二人居ますから、令呪も二倍なんです。
 これはもう、お得ですよね〜」

「と、ところんふざけたクラスね。何よ、それは!」

「そんな事、知りませんよ。とりあえず、今度は私たちの番ですよ。翡翠ちゃん、行きますよ」

「はい、姉さん」

とらハに月姫、Fateと、キャラがごちゃごちゃと入り乱れる。
まさに、とらいあんぐる!
果たして、勝者は!?



『聖杯ロワイアル』



   §§



「え〜っと、地図だと確か、この辺りなんだけど……」

家の庭で周りを見渡す怪しい人影に、恭也は眉を顰めてじっと見詰める。
その視線に気付いていないのか、庭に立っているは少女は手元の紙をじっと見詰める。
やがて、恭也に気付いたのか、女性は慌てて地図をポケットへと仕舞いこむと、別のポケットから、一枚の布切れを取り出す。

「あらら、見つかっちゃった。仕方がないわね。ここは、このステルス効果マントで」

女性はそう言うと、その布切れ、女性の言葉を借りるなら、マントを被る。

「ふっふっふ。これで、私の姿は消えたはず」

そう言って恭也の方を見ると、恭也は困ったような顔をして、じっと女性を見詰めている。
それに満足げな笑みを零すと、女性は靴を脱ぎ、縁側へと足を掛ける。

「ふっふっふ。突然、私が消えたものだから、茫然としてるわね。今のうちに試験を…」

どうしようか困っていた恭也だったが、女性が家の中へと入ろうとしているのを見て、仕方が無さそうに声を掛ける。

「それは、不法侵入というものだぞ」

「…………」

恭也がじっと自分を見ているのを受け、女性はキョロキョロと周りを見渡し、恐る恐るといった感じで訊ねる。

「ひょっとして、見えてる?」

「ああ、ばっちり、くっきり、はっきりとな」

「う、嘘ー! だって、ステルス効果付きのマントを着てるのに。何で!?」

「どうでも良いが、お前は何をするつもりだったんだ」

「くっ! 姿を見られた以上、仕方がないわ。
 悪いけれど、貴方にはここで死んでもらいます」

「何でそうなる」

疲れた口調でそう告げる恭也に、女性は人差し指をビシッと突き付ける。

「あー、その顔は信じてないわね。私は、やると言ったら、やるわよ。
 冷酷非道なマッドサイエンティスト、忍ちゃん言えば、ちょっとは有名なんだからね」

「なるほど、名前は忍というのか」

「な、何でそれを! ま、まさか、エスパー?」

「さっき、自分から言ったじゃないか」

疲れたように呟いた恭也の言葉に、忍はじっくりと思い出すように目を閉じる。

「……ああ! 何て見事な誘導尋問」

「んな訳あるか」

「こうなったら、秘密兵器を出すしかないわね。
 これを見たら、貴方もその偉そうな態度を改めるはずよ」

「いつ、偉そうな態度を取った。
 そもそも、無断で人の家に上がりこもうとするお前は、傍若無人だろうが」

「ふっ、その余裕も今のうちよ。出でよ、我が造りし、三つ(予定)の僕の一つ、音速丸!」

「マ〜ベラス! 呼んだか〜、忍〜」

丸い物体が高速で飛んできたかと思うと、その勢いのまま、地面へとめり込む。

「ああ、音速丸、しっかりして」

「忍よ、俺はもう駄目だ」

「そ、そんな……」

「皆には、俺はよく闘ったと伝えておいてくれ。
 くっ、数々の武勇伝を持つ俺も、300人を相手に立ち回っている時には、
 遠く離れた所からの射撃を躱す事が出来なかったってことよ。
 お前だけでも生き残れ」

「そ、そんな、音速丸を置いて行くなんて、出来ないよ」

「馬鹿やろう。そんな泣かせるような事を言いやがって。
 なら、少しの間、そう、俺が息絶えるまでの間、その胸の中にいさせてくれ〜」

「それは嫌」

忍は無情にも音速丸を投げ捨てる。
捨てられた音速丸は、地面に転がると、すぐに翼で飛び上がる。

「おい、いきなり捨てる事はないだろう」

「五月蝿いわね」

「う、五月蝿いだと。一体、どの口がそんな事を言う!
 貴様、そこまで偉そうな事を言うのなら、勝負だ!」

「良いわよ」

そう呟いた忍の瞳が赤く染まる。
それを宙に浮きながら見ていた音速丸は、僅かに後退して距離を取る。

「へん、その程度の事で俺がビビルとでも思ったのか。
 あははは、愚かなリ、忍。貴様にはたっぷりと格の違いというものを教えてやろう。
 悔しかったら、自身の両手両足をロープでぐるぐる巻きにした後、そこの地面に横たわってかかって来いや!」

啖呵を切る音速丸と忍の間に入り込むように、恭也が遠慮がちに声を掛ける。

「あー、その謎の生き物は…。いや、そもそも生き物なのか」

恭也は目の前で飛んでいる、ほぼ球体の身体に手足と翼の生えた生き物を指差しながら訪ねる。
それを聞いた一人と一匹(?)は、顔を見合わせると、

「おいおい、聞いたか忍。こいつ、俺が何者かだってよ」

「おかしいわね。まあ、でも、滅多に見る事もないから仕方がないかもね。
 そんな君に、忍ちゃんが教えてあげるわ。これは、鷹と言って鳥の…」

「待て待て待て! 明らかに鷹と違うだろう」

「おいおい、冗談はよしなよ、小僧。俺が鷹じゃないとしたら、何なんだ。
 まあ、俺ほどの色男を前にして、確かにただの鷹に見えないってのは分かるがな」

「いや、冷静に見て、鷹じゃないだろう。鷹というのはだな、ちょっと待ってろ」

そう言って、恭也は部屋から図鑑を持ってくると、鷹の写真が載っているページを開いて見せる。
それを見て、忍が焦ったように音速丸を振り向く。

「音速丸! あなた、一体、何者なの」

「何者も何も、俺は音速丸。忍の三つの僕にして、超絶スーパーハンサムボーイだぜ。
 そして、勿論、鷹だ」

「…だよね〜。一瞬、本気でびっくりしちゃったよ」

「あっはっはっはっは。このお馬鹿さん」

にこやかに笑い合う一人と一匹を前に、恭也は大きな溜め息を吐くのだった。
…………。



「あはははは〜、皆さんこんにちは。
 私はマッドサイエンティストを目指している、月村忍です。
 ここから先は、本編でね」

「本編では、この俺様の活躍も倍だぞ、倍!」

「勿論、私の優秀なマッドサイエンティストぶりも倍よ、倍。
 マッドが忍伝…」

「俺様の活躍に期待!」



   §§



「エルフはぬがーす!」

「エ、エルフは……。美由希、変わりに頼む」

「えー、また私が。まあ、仕方がないけど。ごめんね、私たちが元の世界へと帰るためなのよ。
 という訳で、エルフはぬがーす!」

ある日、世界を征服しようとする魔術師を倒すために、日本から異世界へと召還された恭也たち。
何とか、その魔術師を倒したものの、日本へと帰るためにの還元呪文が飛び散ってしまったからさあ、大変。
異世界を東へ西へと走り周り、還元呪文の欠片を探す旅が始まった。
しかし、その呪文の欠片は、女のエルフの肌へと刻印されているというから、困ったことに。
素直に脱いで裸を点検させてくれるなら、それで良し!
しかし、実際にはそう簡単に行く訳もなく。
結局は、力尽くとなるのだった。
そんなこんなで飛ばされた異世界で、今日も今日とて日本へ帰るためにエルフを脱がして行く高町家。
エルフを狩る高町家、毎週金曜日、夜?時より放送中!



   §§



ある日、買い物帰りの恭也が商店街の福引で引き当てた、家族中国旅行への招待券。
たまにはという事で、出掛ける事に。
所が、そこである噂を耳にした事から、事態は可笑しな方向へと動き出す。
その噂とは……、中国の奥地に、古より伝わる修行場があるというものだった
それを聞いた恭也は、美由希を伴って、桃子たちとは一日だけ別行動を取る事に。
二日目、朝早くからそこへと向かった恭也と美由希。
ガイドに案内されて辿り着いたまでは良かったが…。

「ここが、噂の修行場なのか」

「何か、そんなに凄い所じゃなさそうだね、恭ちゃん」

「アイヤー、何言うアルカ、お客さん。ここは、数多くの伝説が生まれた場所アルヨ」

「まあ、確かにあちこちが泉だらけで足場は悪そうだが」

「とりあえず、鍛練してみようよ」

「だな」

言うなり、恭也と美由希は荷物をその場に置き、走り出す。
それを見て、ガイドが慌てたような声を上げるも、二人には届いていない。

「お客さん、何するアルカ! アイヤー」

二人へと近づこうとした瞬間、その足元に飛針が数本突き刺さり、ガイドはその場にへたり込む。
そんな事にも気付かず、二人は互いしか目に入っておらず、激しい攻防が繰り返される。
何度目かの攻防の折、小太刀による鍔競り合いから、美由希の蹴りが跳んでくる。
それを軽く躱し、逆にその軸足を刈り取る。地面へと倒れながらも、美由希は飛針を数本投げ飛ばし、
それを小太刀で弾き、躱す恭也へと鋼糸を巻き付ける。
鋼糸を小太刀で切ると、恭也は美由希へと迫る。
再び飛針で牽制してくる美由希に対し、同じように恭也は小太刀で弾く。
所が、今度は弾いた飛針の一本が、ガイドへと向かって飛んで行った。
恭也は舌打ち一つすると、神速を使ってガイドへと向かって飛んで行った飛針を叩き落とす。
しかし、かなり無理な態勢となっており、それを隙とみた美由希の蹴りが見事に恭也の背中へと決まる。

「ば、馬鹿! 関係ない人がいるだろう」

「あ、ごめっ、駄目、止まらないよ」

綺麗に決まった蹴りによって、恭也は近くの泉へと落ちてしまった。
それを見て、ガイドが大声を上げる。

「アイヤー! その泉は1500年前に、美少女が溺れてしまった悲劇的伝説ある泉アルヨ。
 以来、そこで溺れた者、皆、女になってしまうアル」

「え、嘘!」

ガイドの言葉に驚いてそちらを見た美由希へと、泉から飛び出してきた恭也の飛び蹴りが綺麗に入る。
その衝撃によって、美由希は恭也が落ちたのとは違う泉に落ちる。

「アイヤー! そこは、1700年前に、猫が溺れてしまった悲劇的伝説ある泉アルヨ。
 以来、そこで溺れた者、皆、猫になってしまうアル」

「はっ? 何を言ってるんだ」

「嘘ジャナイアルヨ。お客さん、自分の姿見るヨロシ」

そう言って鏡を差し出すガイド。
それを受け取り、鏡を覗き込んだ恭也は、言葉を失う。
次いで、美由希が落ちた泉へと視線を向けると…。

「にゃ〜」

猫がそこから出てくる所だった。

「な、な、何じゃそりゃー!」

恭也の絶叫が、誰も居ない山へと虚しく響くのだった。
ショックを受けた恭也と美由希を、ガイドは町まで連れて帰り、
二人は茫然自失ながらもなんとか桃子たちと合流する事が出来たのだった。
日本に帰ってから、美由希は恭也が落ちた泉にもう一度落ちていれば、元に戻れた事に気付くのだが、既に後の祭りだった。



中国から帰国し、何とか気持ちの整理を付けて、日常へと戻った恭也と美由希。
そんなある日、そんな彼を更なる試練が襲う。

「ハイ、恭也〜」

「リスティさん、どうかしたんですか」

「うん、これがしたんだな〜。所で、もう一年、学園生活を送る気はない?」

「あの、言っている意味がよく分からないんですが」

「うんうん、そうだろうね〜。実は、天下に名立たるあの小笠原グループの会長からの依頼なんだけれど…」

「どこかで聞いた事のあるような話ですね」

「まあ、何処にでもあるような話だしねそんなに気にするなよ。
 さて、話を戻すけれど、一年ちょっとの大プロジェクトがあるらしくてさ。
 その期間、万が一の事を考えて、護衛が欲しいんだって」

「護衛ですか。しかし、小笠原の会長ともなれば、既に護衛の一人や二人」

「いや、護衛するのは、孫娘の方」

「ああ、そういう事ですか」

「そういう事。だから、恭也にはそのお嬢様の通う学園へと行ってもらいたいって訳」

「それで、そのプロジェクトが終るまでですか」

「そういう事。一年、留年することになるけど、一応、あっちの学園で卒業できるからさ」

「まあ、それは別に問題なくはないですが、この場合、仕方ないですね。
 でも、実際に狙われているとか、そういった事は?」

「いや、ない。だから、万が一を言っただろう。会長は、孫娘がとても可愛いらしいからね」

「そういう事ですか」

「そういう事。他に適任者も思い浮かばないから、恭也に頼もうと思って。どうする?」

「分かりました。引き受けます。で、俺が行く事になる学園というのは?」

「そうこなくっちゃね。恭也に言ってもらうのは、東京にあるリリアン女学園だから」

「へっ? あの、俺の聞き間違いでしょうか」

「ううん。聞き間違いなんかじゃないよ、女子校だよ。
 ほら、今の恭也なら問題ないだろう」

そう言ってリスティは何処からかバケツを呼び寄せて、中に入っていた水を恭也へと掛ける。
ずぶ濡れになった恭也は、男の姿ではなく、女になっていた。

「ほら、これで完璧♪」

「……これで卒業した場合、高町恭也という人物の学歴はどうなるんでしょうか」

「だから、リリアンを卒業した事になるって…………あっ!」

「……男の俺が、リリアン女学園卒業ですか」

「あ、あはははは〜。ごめん、気がつかなかった。
 えっと、そっちは何とかするよ、うん。とりあえず、護衛の件、お願い」

リスティは一方的にそう言うと、その場から姿を消す。
何か言おうとして開いた口に、呼び止めようとして伸ばした手が虚しく空を切る。
暫らく、そのままで呆けていた恭也だったが、秋も深まり、一段と寒さをました夕暮れという事もあり、
軽く身震いをすると、家の中へと入る。

「……とりあえず、風呂に入ろう」

恭也の呟きは、赤く染まった夕暮れへと消えていった。



恭也1/2 〜とらいあんぐるがみてる編〜



   §§



三時間目も終った休み時間。
一人の生徒が鞄を持って教室に入ってくると、自分の席へと着く。
その顔はどこかむすっとしていて、機嫌があまり良くない事を示していた。
そんな生徒に、隣に座っていた生徒が話し掛ける。

「よお、どうかしたのか、春原」

「どうかしたのか、じゃないよ。そう、それは今日の朝の事だよ…。
 僕はいつも、朝食を終えると、とびっきりのコーヒーを淹れて部屋に戻ってくるんだ」

「急げよ、お前」

「そして、部屋でゆっくりとコーヒーを飲みながら、お気に入りの曲を聴く。
 まさに、優雅な朝の一時だね。
 今日もいつものように、コーヒーを淹れて部屋に戻って来て、音楽を掛けた瞬間……」

『Yo! Yo! 俺、岡崎。おまえは…、おまえは、ビビデバビデブ。
 って、これは呪文じゃないか。よし、たった今からお前は蛙になっている。
 いいな、蛙になってろよ。……って、馬鹿馬鹿しい。何で、俺がアイツのためにこんな事をしなきゃならないんだ。
 帰ろう…』

「思わず、飲んでたコーヒーを噴き出しただろうが!」

「それ、俺か?」

「岡崎って名乗ってただろう! 何で、俺のマイベストが、お前の訳の分からないラップになってるんだよ!」

「俺は、お前のいい所をラップにしてやろうと思ってだな」

「その割には、何も浮んでませんでしたよね! おまけに、ビビデバビデブって何ですか!?
 しかも、蛙になれって命令してますよね!」

「そう言えば、何で蛙になってないんだよ」

「なれません!」

「ちっ、根性なしめ」

「根性の問題なんですか! 高町も何とか言ってくれよ!」

春原は、岡崎の前に座っている生徒に声を掛ける。
今まで、二人のやり取りを聞いていた高町恭也は、一つ頷くと、

「ふむ。岡崎…」

「そうそう。ここは、ずばっと頼みます」

「春原は、ビビデバビデブという呪文が気に入らなかったみたいだ。
 恐らく、リリカルマジカルの方が良かったんだろう」

「ああ、そうだったのか。それは悪い事をした」

「って、そんな問題じゃないよ! それに、お前あの後、停止ボタンを押してなかっただろう。
 お陰で、全部消えてしまったじゃないか!」

「まあ、そう怒るな。俺はお前の朝の一時を、より和やかに過ごせるようにしてやったんだから」

「思いっきり、神経逆撫でしてるんですけど」

「春原」

「何だ、高町。悪いが、止めないでくれよ」

「いや、別に止めるとかそういうのではなくてだな。うるさいから、少し静かにしてくれ」

「確かにな」

「あんたら、妙に息合ってますね! くっそーー!」

春原は叫ぶなり、教室を飛び出して行く。
それを不思議そうに見遣り、岡崎と恭也は顔を見合わせると首を捻るのだった。



朝の通学路を走る、二つの影。
周りには既に他の生徒の姿が見当たらない事からして、恐らく遅刻ギリギリなのだろう。

「はぁ、はぁ、全く、たまには、ゆっくりと登校してみたいな」

「うぅ、ごめんね、祐一〜」

「悪いと、思うなら、たまには、早く、起きろ」

「それは無理だよ〜」

「くっ。笑顔で、あっさりと、言うな!
 と言うか、お前だけ、まだ、余裕が、あるのは、納得が、いかないぞ」

「そんな事、言われても〜」

走りながら会話をする二人の後ろから、物凄い速さで掛けてくる生徒の姿があった。
どうやら、二人同様、遅刻ギリギリなのだろう。

「はー、はー、このペースなら……。って、祐一に水瀬!」

「おお、浩平か」

「おはよう、折原くん」

「うがぁー、もっと急がないと、遅刻しちまう」

「失礼な奴だな」

「本当だね。いつもギリギリだけど、遅刻はしてないよ」

「つまり、お前たちより後の奴は遅刻という事だろう。
 それで付いた呼び名が、最終レッドライン」

「それは、お前が勝手に付けたんだろうが!」

「うぅー、あんまりだよ」

「しかし、今では全校生徒の殆どが知っているぞ」

「それも、お前があちこちで言うからだ!」

「まあまあ。ある意味、名物となっているんだ」

「そんなのに、なりたくねーっての」

言い合いつつも、足だけは動かしていた三人の後ろから、微かに声が聞こえてくる。

「待ってよー、浩平」

「おい、浩平。ひょっとしなくても、長森を置いて来たのか」

「失礼な。途中までは一緒だったぞ。ただ、気が付いたら、横にいたはずのあいつの代わりに、お前らが居たんだ。
 驚きだな」

「そんなの驚きでも何でもないよ。単に、折原くんが瑞佳を置いて来ただけじゃない」

そう言って、名雪は走る速度を落とす。
仕方が無さそうに、祐一と浩平も速度を落とすと、暫らくして瑞佳が追いついてくる。

「酷いよ、浩平。一人で先に行くんだもん」

「遅いお前が悪い」

「何だよ、それは。と、おはよう、名雪に相沢君」

挨拶を返してくる二人に笑いかけると、今度は一転して浩平へと詰め寄る。

「全く、毎朝起こしてあげてるのに、危なくなったら、先に行くなんて酷いよ」

「ああー、悪かったって」

「本当に酷い奴だな。俺の身近にいる奴みたいだ」

「私は、先に行ったりしてないよ」

「当たり前だ。一度でも、先に行ったりしたら、次の日からは起こしてやらん」

「それは困るよ。でも、置いていかなければ、これからも祐一が起こしてくれるって事だよね」

「だから、その前に、起きる努力をしろ!」

「うぅ、一応、努力はしてるよ」

「あははは。でも、まだ起きようとする意志があるだけ良いよ、名雪は」

「そうか。結果が伴わなければ、意味が無いんじゃないか」

「そうでもないよ。だって、浩平の努力は起きることじゃなくて、逆に、如何に多く惰眠を取るかだもん」

「ふっ、長森には分かるまい。あの一度、目が覚めた後に再び眠りへと向かう、あの瞬間の心地良さが。
 あれを味わうためならば、例えベッドの下や、クローゼットの中で寝る事になろうとも…」

「見つけ難い所に隠れるのはやめてよね」

「簡単な所に隠れたら、すぐに起こされてしまうではないか」

「だから、どうして起こされないように隠れるんだよ」

「浩平、お前、いつもそんな事をしてるのか」

呆れたように訊ねる祐一に、浩平は少し胸を張りつつ、

「まあな。って、流石に毎回ではないぞ。たまにだ、たまに」

「たまにでも、やってるのか」

「起こす方の身にもなってほしいよ。もし、見つけられなかったら、遅刻だよ」

「そこは、長森の腕の見せ所だな」

「そんな腕なんていらないよ」

「何ぃぃ、俺を起こすマスターの言う言葉とも思えんぞ」

「そんなマスターになった覚えはないんもん」

「そうだったな。長森はだよもん星人だったな」

「だから、何だよ、そのだよもん星人っていうのは」

「だから…」

「説明は要らないよ」

説明しようとした浩平の言葉を遮り、瑞佳がきっぱりと言う。
そんな二人の話を聞いていた祐一は、名雪へと顔を向ける。

「名雪は差し詰め、イチゴ星人か」

「祐一まで、変な事言わないでよ」

「だって、お前、苺ばっかり食べてるだろう」

「そんなに食べてないよ」

「だったら、今日の朝食はなんだった」

「トーストとコーヒーだよ。って、祐一は知ってるでしょう」

「ああ。イチゴジャムたっぷりのな。で、昨日の昼がAランチで、放課後にはイチゴサンデーを食べてたよな」

「だって、苺だよ、苺。苺なんだよ」

「いや、それは分かってるって」

「うぅ、祐一の虐めるよ、瑞佳〜」

「いや、待て。それは大いに誤解だぞ」

「浩平といい、相沢くんといい。二人は極悪コンビだよ」

「そうだよ、祐一と折原くんは極悪コンビだ」

「だったら、長森はだよもん星人だろうが」

「名雪はイチゴ星人だろうが」

「二人は、極悪というより、変な事ばっかり言ってるから、へんてこ星人だよ」

「瑞佳の言う通りだね。今度から、二人を呼ぶときは、へんてこ星人て呼んであげるよ」

「「呼ぶな!」」

そんな事を言いながら端っていた所為か、走る速度はかなり遅くなっていた。
それに気付いた浩平は、何気なく時計を見て声を上げる。

「って、時間!」

残る三人も揃って時間を確認すると、

「まずい、急ぐぞ、長森」

「う、うん」

「祐一、急ぐよ」

「分かってるよ!」

言うが早いか、先程よりも早くペースで四人は走り出す。
暫らく走っていると、徐々に差がつき始める。
先頭を駆けて行くのは、陸上部である名雪だった。
その後を、少し遅れながら浩平が続く。
そんな二人を眺めつつ、祐一は呼吸を吐き出すと共に、深く溜め息を吐くという器用な事をしながら、横を走る瑞佳を見る。

「なあ、理不尽だと思わないか」

「な、何が?」

喋るのも辛そうに、しかし、律儀に答えてくる瑞佳に、祐一は続ける。

「何で、寝ていて遅刻しそうだという事で、わざわざ起こしてやった俺たちが、こうして置いてけぼりの目に合ってるんだろうな」

「あ、あははは。た、確かにね」

祐一の言葉に、瑞佳は苦笑しながら答えるのだった。



ごちゃごちゃ学園



   §§



「恭也、いいバイトがあるんだけれど、やらないか」

「いきなりだな、九峪」

突然、クラスメイトの九峪から、恭也はアルバイトへと誘われる。
それを承諾した恭也だったが、これが彼の今後の運命を大きく変える事になるとは、この時は知る由もなかった。



「う……うぅ、こ、ここは……」

「きょ、恭也か。ここは、一体、何処なんだ」

二人は辺りを見渡し、巨木が林立する原生林を見て、全く身に覚えの無い光景にそう呟く。

「一体、どうなってるんだ」

九峪の呟きに、恭也が応じるように口を開く。

「よく分からんが、さっきまで居た場所とは違うようだな」

「ああ」

二人して顔を見合わせていると、そこへ第三者の声が響く。

「あ、あれれ〜。どうして君たちが?」

その声の主を探し、辺りを見渡す二人の目の前。
すぐそこに、これまた見慣れない物体が浮遊していた。

「お前は何者だ」

「ぼくは、天魔鏡の精、キョウとでも呼んでくれたら良いよ」

「天魔鏡?」

「そう、天魔鏡」

「ああ、もしかして、あの時、日魅子が触っていた銅鏡の事か」

「多分、それの事だと思うけれど、どうして君たちはそんなに落ち着いているのかな…。
 普通だったら、僕を見て、何らかのリアクションを取ると思うんだけど」

何故か寂しそうに言うキョウに、恭也は、

「何だ、驚いて欲しかったのか」

「……いや、今更、もう良いけど」

身の周りで嫌というほど、非常識な経験をしてきた二人に取って、キョウ自体はそんなに驚くような事でもなかった。

「まあ、恭也がやっている剣術も、俺にしたら非常識なんだけどな」

「失礼な」

九峪の言葉に憮然と答える恭也。
そんな二人を眺めつつ、キョウは話を元に戻す。

「それよりも、ここが何処かという事なんだけど」

「そうだった。おい、日魅子は無事なのか!?」

「ちょ、お、落ち着いてよ! それを今から説明するから!」

慌てて今にも飛び掛らんとする九峪を落ち着かせつつ、恭也はキョウへと続きを促がす。
キョウの話で、二人は手違いでここへと呼ばれた事、そして、ここは恭也たちの世界から見えば、三世紀の九州である事。
しかも、恭也たちの知る過去とは違う歴史の流れの九州らしい事だった。
そして、最も大事な事として、キョウには二人を元の世界へと戻す力がない事。
元の世界に戻るためには、女王火魅子の力が必要だという。
しかし、狗根国が火魅子のいる耶麻台国を滅ぼしたため、現在は国そのものがない事。
その為、火魅子の資質を持つ者を九州の何処からか探してきて、耶麻台国を復興させる必要があると締め括る。

「どう思う、恭也」

「どうも、こうも……」

恭也は素早く手を伸ばすと、キョウを捕まえる。

「全ての元凶はこいつだからな。とりあえず、こいつを痛めつければ、ひょっとしたら戻れるかもしれん」

「成る程。確かに、そっちの方が国を復興させるよりも早いな」

「ああ。第一、現状は狗根国が新たな支配者として九州を治めているんだぞ。
 耶麻台国を復興させるなんて、一体どれぐらいの時間が掛かるか。
 おまけに、何処にいるのかも分からない火魅子の資質を持った者を探すなんて、俺と九峪の二人だけでは、無理だ」

「わわわ。ま、待って! お願い! ぼくをどうにかしても、君たちは戻れないよ。これ、本当!
 それよりも、ぼくは火魅子の資質を持つ火魅子候補を見つける能力があるから。
 だから、ぼくを生かしておいた方が、絶対に良いよ! ね、そうすれば、耶麻台国を復興させて、すぐに帰れるし」

「さて、こいつの戯言は以上らしいが…」

恭也は九峪へと視線を移す。
キョウがすがるような目で九峪を見詰める中、九峪は口を開く。

「火魅子候補が見つかっても、そう簡単に国が復興できるかよ。
 今までの歴史がそれを物語っているだろう」

「だよな」

歴史には強い九峪がそうはっきりと言う。
まあ、歴史にあまり強くなくても、それが難しい事は分かるが。

「そ、そんな。でも、本当に君たちが元の世界に戻るには、それしかないんだよ」

「まあ、それしか手がないと言うのなら、そうするしかないんだがな」

「恭也の言う通りだな。しかし、それはそれとして……」

「だな」

二人は目を合わせると頷き合う。

「あ、あれ? 何、二人して言葉は無くても通じ合ってるのかな。
 何か、目付きが怖いよ。って言うか、ぼく、何だかとても嫌な予感を感じるんですけど……」

「勘違いで、こんな状況に放り出された俺たちの気持ちが分かるか?」

「九峪の言う通りだ。よって、それなりの制裁を加えないと、気がすまない」

「あ、あははは」

二人の言葉に、キョウは力なく笑うしか出来なかった。
かくして、恭也と九峪は元の世界へと戻るため、奇しくも一国を復興させなければならなくなったのであった。



火魅子トライアングル 〜恭也と九峪の耶麻台国復興物語 耶麻台国は一日にしてならず〜



   §§



ある日、気が付くとそこは見知らぬ世界だった。
ここは何処か分からない恭也。
また、どうしてこんな所にいるのか。
記憶も曖昧となっているらしく、彷徨う恭也の前に一人の女性が現われる。
これが、後の彼の運命を大きく変えることになるなど、この時は思いも寄らないままに。

穏やかに流れる時間の中、恭也はバリハルト神殿より邪神討伐を命じられ、その前に行われた試練を乗り越える。
そして、神格と名と剣を手に入れる。
シルフィル。風に愛されし御子、恭也・シルフィルの誕生であった。
恭也は、神剣スティルヴァーレを手に、邪神と闘う。
そして、その邪神とは、あの彼女だった。
話し合おうとする恭也に、神殿の神官たちの力が注ぎ込まれ、意に反して身体や口が動き出す。
古の女神アストライアを討たんがために。

どのぐらいの時間が流れたのか。
あらゆる感覚が欠如してしまった恭也には、それを窺い知る事ができなかった。
恭也の肉体は勝手に動き、限界を超えた速さで剣を振るう。
その口は信じられないほどの速さで呪文を紡ぎ、今まで使ったことのない魔法によって、天変地異すら引き起こす。
しかし、それでもアストライアに傷一つ付けることは出来なかった。
腕が千切れ跳び、右足がなくなり、生きているのか、死んでいるのかさえ分からなくなり始めた頃、その脳裏に声を聞く。
アストライアの声を。
神の名と力を用いた呪縛により、恭也の精神と肉体は崩壊し、
アストライアの肉体へと宿る事によって、完全な崩壊を免れている状態である事。
その事実を静かに聞く恭也へと、アストライアは続ける。
恭也が生きるためには、アストライアの力と肉体が強すぎるため、アストライアは、自分と恭也の一部をここに捨てるという。
恭也を失いたくないという、それだけの為にそこまでしようとするアストライアを止める恭也だったが、
しかし、彼女は首を縦に振る事はしなかった。
ただ、恭也に何があっても生きてと言い、それを約束させて。
そして、今ここに、一人の男が誕生する。
風に愛されし名と、女神の体を持つ、神を殺した忌まわしき者として。

 ──神殺し恭也の誕生した瞬間だった。

こうして、恭也の長い長い旅が幕を開けた……。



神殺し戦奇譚



   §§



ある日、恭也は遥か昔に御神より別れし分家、倉木家から連絡を受ける。
倉木家は、既に御神より離れて数百年を数え、御神流とは全く関係がないはずであった。
それなのに、何故、今になってと思いつつ、恭也はその倉木家へと向かう事になる。
しかし、そこへ辿り着く前、恭也は疲れからか倒れてしまうのだった。
次に恭也が気が付いた時には、見慣れぬ天井に部屋、そして、ベッドの上だった。
彼は、その時、ふと人の気配を感じて、横を見る。と、そこには……。

(女神か、精霊か……)

月の光を背に浴び、一人言葉もなく立ち尽くす少女に見惚れる恭也。
同じく、目を覚ました恭也に気が付いたその女性は、無言でただ見詰め合う。

「何? 気が付いたの?」

その耳に心地良い声を聞きながら、恭也は再び意識を失うのだった。
次に彼が目覚めた時、その女性が自分の婚約者で、名を鈴菜という事や、
倉木家の当主として迎えられることになるなど知らずに…。



 No Surface Triangle



   §§



「まんまるくって、コロコロしているから、コロンっていうのはどうだ」

──身の回りで不思議な事には事欠かない少年
  浪漫倶楽部部員、三年 高町恭也

「ほえ? コロン……?」

──霊的土地(パワースポット)の封印する役目を持つ、丘神石の精霊
  浪漫倶楽部部員 コロン

「君の名前だよ。どーかな? 君は意思なんかじゃない。俺たちの仲間だよ」

──人に見えざるモノを見る事のできる瞳、第2の瞳(セカンド・サイト)を持つ少年
  浪漫倶楽部部員、二年 火鳥泉行

「私も、仲間なんだから」

──心優しき少女
  浪漫倶楽部部員 二年 橘月夜

「うおぉぉ〜、それは不思議事件に違いないのだ! 浪漫倶楽部、出動!」

──様々な怪奇現象を解明すべく浪漫倶楽部を創部した少年。
  浪漫倶楽部部長、三年 綾小路宇土



この世の中には、人のまだまだ知らない不思議な出来事が数多く存在する。
そして、それを解明するのが……、彼ら、浪漫倶楽部なのだ!



海鳴浪漫倶楽部



   §§



「恭ちゃん、電話だよ」

ある日、高町家へと掛かってきた電話。

「もしもし、お電話、かわりましたが…」

これが、後に恭也の生活を変える事になろうとは……。

「おう、士郎の倅、久し振りじゃな」

この時の恭也に分かるはずもなかった。

「はぁー、やっと着いたか」

温泉街として、それなりに知られているこの地に、恭也はやっとの事で辿り着く。

「後は、この地図の通りに……」

長い長い階段を登った先。
そこに一つの建物が見えてくる。
同時に、怒鳴り声らしきものも。

「この、エロ河童!」

「ぷろぉー!」

「な、何だ、今のは。まさか、人か?」

茫然と見守る中、件の影は恭也の前へと落下する。

「いててて。成瀬川のやつ、もう少し手加減してくれても良いのに……」

「大丈夫ですか?」

「え、あうん、大丈夫、大丈夫。体だけは丈夫だから。
 それに、いつもの事だしね」

丈夫とかいう問題ではないような気がしつつ、今のがいつもの事というのは、とも思いつつ、どちらから突っ込むべきか悩む恭也に、
その人物が不思議そうに尋ねてくる。

「所で、君は?」

「ああ、自分は高町恭也といいます」

「ああ、それじゃあ、あなたがばあちゃんの言ってた。
 あ、俺は浦島景太郎と言います。宜しくお願いします」

「はい、こちらこそ。暫らく、こちらでお世話になりますが、よろしくお願いします」

「うーん……」

「どうかしたのですか」

「いや、まだ君が来る事を皆に言ってないんだよな」

「そうでしたか。では、ついでに皆さんに紹介して頂ければ…」

「いや、それはそうなんだけれど……」

恭也の言葉に、非常に言い辛そうな表情を見せる景太郎。

「実は、ここって、今は女子寮なんだけれど……」

「はい?」

「あ、やっぱり、聞いてなかったんだ」

恭也の反応を見て、景太郎は納得したように頷くのだった。



「反対です! 私は反対です。女子寮に、お、男が住み込むだなんて」

「何や、素子は固いな〜。景太郎かて、ここに住んでるやないか」

「そ、それは、一応、管理人ですし。それに、私はまだ認めたわけでは…」

「はいはい。それじゃあ、他の人の意見は?」

「うーん、別に良いんじゃないのか?」

「わ、私も別に良いかと。その、さっきも助けてもらいましたし、そんなに悪い人には見えませんから」

「なるは?」

「私? どうせ反対したって、ひなたのお婆ちゃんが決めた事なんでしょう?
 だったら、私たちがどうこう出来るもんじゃないと思うんだけれど」

「まあ、確かにな。あの婆さんの客人な訳やしな…。
 なら、多数決で決まりや」

「私は、認めません!」

「せやけど、もう決定した事やし」

「こんな事を多数決で決めるのは間違ってます!
 成瀬川先輩もそう思いますよね!」

「え、えっと、まあ、これ以上、景太郎みたいなのが増えるのはちょっとね…」

「そうでしょう。だったら…」

「せやけどなー。あの婆さんに知れたら…」

揉めている所へ、当の本人である恭也が口を挟む。

「いや、確かに、青山さんの言う通りだ。
 女子寮に男が寝泊りするのはまずいだろう。
 しかし、俺も頼まれた以上は、そう簡単には帰れないからな。
 悪いが、外を借りても良いか」

「どうする気だ?」

「野宿させてもらう。それなら、良いだろう。勿論、用がある時は、玄関で伝えるようにして、中へは入らない」

「……」

暫し考え込んだ後、素子は口を開く。



恭也が朝の鍛練をしていると、人の気配を感じ、一時中断する。
暫らくして、茂みから姿を見せたのは、日本刀を手にした素子だった。

「高町、ここで何をしていた?」

「軽い運動だ」

「……そうか。邪魔をしたな」

「いや。青山さんがここで何かをするというのなら、俺がどこう」



「凄いですね。三人とも、東大を目指しているんですか」

「そんなに凄くもないんだけれどね。だって、一度失敗してるし。
 こいつなんて、既に三回だし」

「成瀬川、お願いだから、それは言わないで……」

徐々に打ち解けていく恭也と住人たち。
そんな中、いつもの様に素子の剣が景太郎へと襲い掛かる。

「貴様は! 喰らえ、斬空閃!」

「ちょ、そ、それは洒落になってな……」

「って、高町先輩、危ないです!」

「しまった! 景太郎の後ろに居たのに気付かなかった」

「ど、どうするのよ。景太郎なら兎も角…」

寮生が見守る中、恭也は景太郎の襟首を掴むと、もつれるようにしてその攻撃を躱す。

「イテテテテ。って、恭也くん、大丈夫」

「え、ええ。すいません、浦島さん。驚いて、足がもつれてしまって」

「いいよ、気にしなくても。お陰で、助かったし」



「貴様は一体、何者だ」

「何者と言われても、ただの転校生だが…」

「嘘を付け。只者ではないだろう」

「気のせいだろう」

「気のせいだと? では、何故、私の剣筋をあそこまで完璧に見切った?」

「あれは、ただ足が縺れただけで」

「縺れただと?」

訝しむ者もいる中、恭也は普通に過ごしていく。
果たして、この先、どうなるのか…。



 『ラブとら 〜ひなた荘の住人たち〜』
   プロローグ・新たな住人な



   §§



「フレイムヘイズ?」

聞きなれない言葉に、恭也は首を傾げて、目の前の少年に聞き返す。

「うん、そう」

「悠二が、そのフレイムヘイズという奴だという事か?」

「ううん。僕は違うよ。僕はミステスって呼ばれる、宝具をその身に内包したトーチなんだ。
 フレイムヘイズは、僕と一緒に旅をしている、さっきの女の子。僕はシャナって呼んでいるけれど、そっち」

「そうか」



旅をしているいう二人連れに出会った恭也は、この世のもう一つの顔を見る事となる。

「紅世の徒は討つ。それだけ…」

──大大刀を自在に振り回す少女、シャナ

「シャナ、全力で行け」

──シャナと契約せし、紅世の王、天壌の劫火、アラストール

「まだ、まだだ。強く、強くなるって約束したんだ!」

──『零時迷子』をその身に宿すトーチ、坂井悠二

「とりあえず、悠二が危ないようだったから、斬ったんだが。こいつは、何だ?」

──古の剣術を振るう剣士、高町恭也

一つの出会いが、大きな運命を形作る。



海鳴のシャナ  プロローグ 「可笑しな二人組は旅人」



   §§



穏やかな気候の海鳴市。
その海鳴に、穏やかな気候にそぐわない、暗雲たる気持ちを持った一人の女性が居た。
彼女の名は、高町桃子。翠屋の店長にして、高町恭也、美由希、なのはの三人の母親だった。
彼女の悩みとは……。
息子である恭也の事だった……。

「はぁ〜。何で、あの子は周りにあんなに一杯、魅力的な女の子が居るというのに……」

このままでは、美由希がなのはの方が先なのではと心配をした桃子は、とある事を思いついた……。
そのある事とは……。

その日の夕食での事。

「そういう訳で、家をリフォームする事にしたから♪」

「いや、何がそういう事なのか、全く説明がないんだが…」

「もう、細かい事ばっかり言ってないで、そこは頷きなさいよね」

「細かい事なのか、それは」

恭也の言葉に、美由希たちはただ、苦笑を浮かべるだけだった。
そんな恭也の発言を無視し、桃子は恭也たちへと高らかに告げる。

「兎に角、もう決定事項なのよ」

こう言い切られれば、恭也たちに反論する事も出来ず、決定となる。
それでも、恭也は桃子へと申し出る。

「しかし、リフォームするといっても、何をするんだ?」

「とりあえず、リビングとキッチンを広くして、後はお風呂も広くするのよ。
 で、部屋数をもっと増やして……」

「ちょっと待ってくれ。最初の方は良いとして、何故、部屋数を増やす必要があるんだ?」

「何故って、それは、ここを女子寮にするからよ」

「ああ、そういう事か。って、女子寮!?
 何を考えてるんだ、かーさん」

「そ、そうだよ、かーさん。ここを女子寮にしたら、恭ちゃんはどうなるの?」

「それは大丈夫よ。恭也はそのまま住んでもらうに決まっているでしょう。
 とりあえず、反論は許しません。これは決定事項だからね。
 因みに、那美ちゃんと忍ちゃんは既に入寮する事が決定してるから」

「一体、いつの間に」

「勿論、昼休みの間によ」

茫然とする面々を見渡しながら、桃子は一人満面の笑みを浮かべる。

(これで、この子の鈍感も少しはましになるはず。
 一層の事、入寮した子の誰かとくっ付くってのもあるかもね)

「何か、嫌な予感が……」

「うふふふふ……」

こうして、再び新たな出会いが始まる……。
一体、どんな事が起こるのやら。

とらいあんぐるハート3.5 〜高町女子寮〜

 一緒に笑ってくれますか



   §§



「た、高町先輩!」

「うん? 君は誰だ? 何処かで会った事があったかな?」

「い、いえ、初対面だと思います。でも、私は前から高町先輩の事を見てました。
 そ、それで、良かったら、これを読んで…」

そう言いながら、少女は後ろ手に隠していた可愛らしいシールで封のされた白い封筒を差し出そうとする。
そこへ、恭也とその少女の間を何かが通り過ぎ、その封筒を地面へと打ち払う。

「だ、誰ですか」

少女が、何かが飛来した方へと顔を向けると、そこには……。

「春には春の花が咲き、秋には秋の花が咲く」

「花が咲いても人は泣き、助けを求める声がする」

「月は東に日は西に」

「この世に悪がある限り」

「優しさだけでは生きてはいけぬ」

「咲かせてみせよう恋の花」

「命短し恋せよ乙女」

『7人だけど、人呼んで海鳴7。呼ばれなくても即参上!』

『恭也さん(ちゃん)を傷つける者は、私たちが許さない!』

「あー、色々と言いたい事があるんだが。まず、俺は傷付けられてない」

「そんな事ないよ。あの封筒の中には剃刀が入っていて、恭ちゃんが知らずに受け取っていたら…」

「そんなのいれてません!」

少女の叫びを無視して、美由希は恭也をじっと見る。
恭也は嘆息をすると、口を開く。

「あー、名前は兎も角、7人居て、海鳴7というのなら、間違ってないよな。
 だったら、『7人だけど』じゃないよな」

「そんな細かい事を気にしたらいけませんよ、恭也くん」

「あー、フィリス先生、病院の方は良いんですか…」

「気にしないでください。こっちの方が大事ですから」

「は、はあ。えっと、それじゃあ…、呼ばれなくても参上するのは、正直、邪魔なんだが」

「恭也、それを言ったら駄目だよ」

「俺たちは、師匠のために」

「そうですよ、お師匠」

「大体、那美さんやノエルさんまで一緒になって…。しかも、その格好は…」

「巫女服ですよ。やっぱり、七人全員が同じ制服よりも良いかと思いまして」

「私はメイド服です。これは、忍お嬢さまのお世話をする時にはいつも身に着けてますので。
 今回も、広い範囲で言えば、忍お嬢さまのお世話になりますから」

「…大変ですね」

「いえ、もう慣れました。それに、恭也さまのためですから…」

「……あー、とりあえず、これは一体、何なんだ?」

「だから、海鳴7よ、海鳴7」

「だから、と、当然のように言われてもな」

茫然とする恭也を置いて、俄然やる気な七人の乙女。
果たして、どんな事が起こるのか…。



海鳴7



   §§



ふと気が付くと、恭也は見知らぬ風景の中に居た。

「ここは……、どこだ」

茫然と辺りを見渡す恭也の耳に、爆発音が響き渡る。
そちらを見遣ると、訳の分からない物体に、一人の少女が追われていた。
その物体の攻撃を受け、吹き飛ばされる少女を受け止めた恭也。
すると、少女の体から突然、光が溢れ出して……。



ある朝、目覚めたたら、隣に夢で会った少女の姿があった。

「なっ! き、君は、夢の……」

「もね〜」

「恭ちゃん、どうしたの? 鍛錬の時間はとっくに過ぎてるけど…」

「み、美由希か。すぐに行くから、ちょっと待ってろ」

「もね? もねもね〜」

「えっ、今の声、一体、誰!? 入るよ、恭ちゃん」

「馬鹿、ちょっと待て!」

突如現われた、夢で会ったはずの少女。
それが何故か現実の世界へと。
この日から、恭也の知り合いが、同じ夢の中に現われ始める。

「夢? ここって、夢の世界なの、恭ちゃん」

「ああ」

「何で、私が恭ちゃんの夢の世界に。いやいやいや。もしくは、私の夢の中で、恭ちゃんがそういう風に言うような夢を……」

訳が分からないままも、遅いくる敵らしきものと戦う恭也たち。
一人、一人と仲間が増えていく中で、事情を知っているような女性から説明を受ける。

「ここは、夢世界…」

「夢世界?」

そして、語られる真実とは……。

Dream Hearts



   §§



桃子からの新作の試食を頼まれたいつもの面々は、放課後、翠屋へと向かっていた。
そして、翠屋へと着いた恭也たちを待っていたのは、全身を薄汚れた白い布で、頭からすっぽりと覆った一人の人物だった。

「恭也〜、良かったわ。やっと来てくれたのね。あんたにお客さんなのよ」

その人物は、桃子が告げた恭也という名前に反応をすると、恭也の前に立ち、その頭から爪先までをじっくりと見渡す。

「恭也? 恭也! 恭也〜!」

恭也の名前を連呼したかと思うと、その人物は突如、恭也へと向かって飛び込む。
あまりの出来事に茫然となる恭也の手前で、その人物は立ち止まり、腰を落とすと、右手だけを布から出す。
すると、その右手を淡い光が包み込み、一瞬後には、そこに光で出来た剣が姿を現した。
咄嗟に後ろへと下がろうとした恭也だったが、後ろに美由希たちが居たため、下がる事が出来ず、その場に留まる形となる。
その間に、その人物は踏み込んで、その剣を振るう。
結果、恭也の額に×の形で傷が付けられ、そこから血が噴き出す。
それを見た美由希たちが、その人物を囲むようにして身構えた所、それに意を返さず、
傷口を押さえようとしていた恭也の手を押さえ、すぐさま恭也の頭を挟み込むように持つと、その傷口へと唇を付ける。
口付けを受けた途端、恭也のその傷口が淡く光り、血が止まる。
事態に付いていけない一同の中、さっきの行動で白い布が床へと落ち、目の前の人物の姿が現われる。
長い髪に、均整の取れたプロポーション、そして、整った顔立ちに浮ぶ笑顔は、
まるで向日葵を連想させるような、そんな美少女が恭也の前に現われる。

「恭也、これで、私と恭也は夫婦よ」

『はい!?』

少女の言葉に、恭也を含めて全員から素っ頓狂な声が上がるのに、そんなに時間は掛からなかった。

とりあえず、詳しい説明を求めた恭也に、その少女は話を始める。
店の一番奥の席へと場所を移し、当然の事のように、美由希たちも一緒に。
一同をゆっくりと見渡すと、少女はゆっくりと事情を話し始めた。

あれは、今から大よそ八年ほど前の事…。
恭也の父である士郎がある学者の護衛をしていて、遭難した。
士郎は、何とか村らしき場所へと辿り着き、そこで食料などを貰い、命を取り留めた。
その際、金のなかった士郎は、どうやって礼をしようかと悩む。
別に礼は良いという族長に、それでは駄目だと言って必死に考える士郎の服のポケットから、一枚の写真が落ちる。
それを、近くにいた少女が拾い上げ、その写真を食い入るように見詰める。
やがて、それを見た族長が、少女と写真を見比べ、何やらこそこそと話しをし始める。
それをじっと待っていた士郎だったが、やがて、族長からどうしても礼というのならば、と言葉が変えって来た。
族長が出したその条件とは、写真の少年、つまる所、恭也を、この少女の夫にという事だった。
これに対し、士郎の返事は至って軽く、
ああ、良いよ、良いよ。そんなので良かったら、好きなだけ持っていってくれ、だったとか。
兎にも角にも、こうして恭也は本人の与り知らぬ所で婚約していたのだった。
しかも、この話には続きがあり、この村こそが、知ろうが護衛していた学者の研究する村だった。
この村では、独自の紋様を使った文明が栄えており、それを調査しに来たのだった。
ただし、紋様は門外不出という事で、本来は部外者である学者はすぐにでも追い出されるところだったが、
息子を差し出した士郎のお陰もあって、村から出ない限り、研究する自由を与えられたのだった。
これに大層感謝した学者は、当初の約束の三倍の謝礼を士郎へと払ったのだった。
つまり、簡単に言うと、士郎は息子の将来を差し出したという事だった。

話を聞き終えた恭也は、怒りに肩を振るわせつつ、今は亡き父に心の中で罵詈雑言を浴びせるのだった。
かくして、不思議な少女と恭也の同居生活が始まる。

紋様刻みし剣士



   §§



舞台はここヨーロッパ。
とある国の公益法人である社会福祉公社では、国の為の仕事を名目に、様々な少女たちが集められた。
それが、どんな仕事であるのかは、一切説明されないままに。
集められる少女たちは、皆、何かしらの過去を持ち、その時の記憶を持たない少女たちばかりであった。
何故、過去を持たないのか。思い出せないのか。
そんな事すら疑問に思う事無く、少女たちはそれぞれに管理する者が一人付き、一緒に仕事をこなしていく。
その者たちは、少女を管理し、命令し、仕事をさせる。
『条件付け』を施された『義体』として、『暗殺』などの仕事を……。
傍から見れば、疑問さえ感じるような日常の中、少女たちは、それでもとても幸せそうだった。
そう、それが例え与えられた幸せだったとしても……。

そんな少女たちの中の一人、アリサ・ローウェル。
彼女もまた、こんな日常を幸せに感じていた。
彼女に付き添う諜報官の男の名は、高町恭也。
彼と彼女は、公社の中でも、特に変わっていた。
それは…。
義体は、あらゆる状況下で、あらゆる武器を使う事を訓練されている。
大型の銃からライフルによる狙撃。ナイフや素手による接近戦など、本当に様々に。
そんな中にあって、彼と彼女が好んで使っていた武器があった。
その武器の所為で、公社の中でも変わっていると言われるのだが、本人たちは一向にそれを気にしない。
周りもまた、からかうものの、それを止めようともしなかった。
何故なら、彼と彼女がその武器を用いた戦闘術こそが、彼と彼女の力を最も発揮できると知っていたから。
これは、そんな一人の男と、彼に付き従う一人の義体の少女のお話。

SWORDLINGER GIRL



   §§



「……つっっ。ここは……」

目が覚めた恭也は、見知らぬ土地で倒れていた。
何故、自分が倒れているのか、直前の記憶が曖昧で思い出せないまま、恭也は身体をゆっくりと起こす。
特に、異常が見受けられない事に安堵しつつ、起き上がった拍子に落ちた濡れた布を掴み上げる。

「誰かが、介抱してくれていたのか」

恭也が呟くとほぼ同時、奥の茂みを掻き分けるように一人の女性が現われる。

「ああ、目が覚め申したか」

「は、はい。ありがとうございます」

返事を返しつつ、恭也は目の前に立つ女性の格好に目を見張る。
そんな恭也に気付かず、着物を着た女性は恭也へと近づく。

「私の名はこよりと申します。あるお方にお仕えする者です。
 時に、貴方様は、どういったお方でしょうか。お腰にさしたるものより、武家の出の方だとは思いますが、
 それにしては、少しおかしな出で立ちをされておいでのようですし…」

そのこよりの言葉や言葉使いに、恭也は女性へと質問で返す。

「すいませんが、今は何年でしょうか」

「今、ですか? おかしな事をお聞きになられますね。
 今は、寿永三年でございますが、それが何か?」

こよりの言葉を聞き、恭也は必死に記憶を引っ張り出す。

(寿永というと……。確か、1180年代だったはず……)

「タイムスリップというやつか。
 まさか、そんな漫画みたいな事が…」

「如何されました?」

「い、いや」

自分の考えに茫然としつつ、恭也は改めて回りを見渡す。
日本語が通じているという事は、日本なのだろう。
しかし、それにしては空気が自分の知るソレよりも澄んでおり、また、緑も多い。
単に、そう言う場所なだけかもしれないが。
恭也は動揺する心を落ち着け、何とか現実を受け入れる。
そんな恭也へと、こよりはもう一度問い掛ける。

「して、貴方さまのお名前は」

「俺の名前は、恭……」

(本当にタイムスリップしたのなら、下手に名前を明かすのは拙いな)

咄嗟にそう思い、恭也はそこで言葉を止め、代わりの名前を考えるが、それよりも先にこよりが声を出す。

「恭さんですね」

どうやら、それが恭也の名前と思ったらしく、恭也もそれで良いかと実に安直にその偽名を使う事にする。

「どうやら、介抱して頂いたようで、ありがとうございました」

「いえ、私は大した事はしておりませんから」

「そうですか」

「それよりも、恭さんはこれからどちらまで行かれるおつもりなのですか?」

「俺は……」

そこで恭也は、これからどうすれば良いのか悩む。
こんな昔では知り合いがいるはずもなく、かといって、他に宛てがある訳でもなし。
そんな風に考え込む恭也を見て、こよりはどう感じたのか、またしても先に口を開く。

「もし、京に向かうおつもりならば、今は止した方が宜しいかと」

「京…。どうしてですか」

「今、源義経様と範頼様が率いる兵たちが木曽義仲様を討ち取るべく進軍しておいでですから」



宛てのない恭也はこよりと共に、こよりが仕えるという人の元へと向かう。
その道中、戦に破れた兵たちが徒党を組み、旅人を襲っている現場に出くわす。
その兵たちを叩きのめした恭也に、こよりが尋ねる。

「恭さんは何処の剣術を」

これに対し、恭也は思わず正直に答えてしまっていた。

「俺が使う剣術は御神流と言うんです」

「御神流? 聞かない流派ですね」

(しまったな。確か、御神流が出来るのは、今から数年後のはずなのに)



こよりの仕える人物の元へと辿り着いた恭也は、こよりの口添えで、同じ人に仕えることとなる。
そして、こよりの仕える人物とは、北条政子だった。
北条政子から恭也が言い渡された主な仕事は、長女、「大姫」の護衛だった。
始めは恭也に反発していた大姫だったが、二人は次第に打ち解けるようになっていた。
頼る者のいない恭也にとって、まだ幼い大姫は妹のようなものだったのだろう。
そんな平凡な日々を過ごす中、大姫が何者かの刺客に狙われる。
それを助けた恭也の働きや、その剣腕を政子の夫である源頼朝が目に止める。
時折、戦場へと借り出される事の増えた恭也を心配する大姫だったが、その心配を余所に恭也はその名を響かせて行く。
それでも、主な任務は大姫の護衛という事もあり、また、大姫がかなり懐いているという事もあって、
滅多に戦場へと赴く事はなかったが。
それでも、恭也の名前は全国へと知れ渡る事となる。その使う流派と共に。
いつしか、恭也は人々から、尊敬と畏怖の念を込め、『御神の恭』と呼ばれるようになった。
曰く、敵対する者で生き残った者はいない。曰く、彼が守れなかった者はない、と。
敵対するものは、恐怖を込め、『御神の凶』とも呼んでいたが。
そして、いつしか、この呼び名が戦場へ出る事もない人々にも知れ渡り、恭也本人の名前として認識され始めた。
御神恭として。
そして、彼の元に、志を同じくする者たちが剣を習いに通い始め、いつの間にか、恭也は彼らの纏め役となっていた。
これよりも後、恭也に教えを受けた者たちが一つの一族をなし、そこに残される歴史書にはこう記される。
御神恭、御神流の開祖、と。



御神誕生秘話



   §§



風芽丘学園。
ここには、少し変わった生徒による自治集団がある。
一般の学校で言う所の生徒会ではあるのだが、その方針が変わっていた。
何故なら、彼女たちの方針は、『敵・即・攻』だったからだ。
そして、この生徒会の事を、一般の生徒たちはこう呼んだ。
速攻生徒会と。



「先手必勝! 先にやった者勝ちですよ!」

──速攻生徒会副会長 高町美由希



「あまり闘いたくはないですけれど、美由希さんの敵ならば、仕方がないですね。美由希さんの敵は、私の敵です」

──速攻生徒会会計 神咲那美



「戦局的には不利と言わざるをえませんな。しかし、それはうちらの戦力を計算に入れず、ですから」

──速攻生徒会書記 鳳蓮飛



「ごちゃごちゃ考えるよりも、まずは実行あるのみ!」

──速攻生徒会書記 城島晶



「何よりも情報よ、情報。己を知り、敵を知れば、百戦危うからずってね」

──速攻生徒会会長 月村忍



「全く、美由希といい、晶といい、何にも考えずにすぐに戦いを始めるんだから」

「くすくす。そんな事を言って、本当は忍さんも戦いたくてウズウズしてるんですよね。
 ただ、会長という立場から、どうすれば上手くいくのかも考えないといけない」

「会長さんという立場も、楽なもんじゃないという訳ですな。
 でも、せやからこそ、晶や美由希ちゃんが何も考えずに戦えるんです。
 会長さんが居ればこそ、ですわ」

「はいはい。二人の口車に乗せられてあげるわよ。
 あんたたちも戦いたいのを我慢してるだろうしね。
 何せ、うちのモットーは、速攻なんだから」

「ですね。今回のような搦め手は苦手ですもんね」

「力で真っ向からねじ伏せるっちゅうんが、うちらのやり方ですからな。
 特に、あのおサルは」



「だぁー。ちまちまちまちまと、せこい手ばっかり使いやがって。
 俺たちが狙いなら、初めから勝負しに来いってんだよ!」

「落ち着きなよ、晶。もう少し冷静にならないと」

「分かっているけどさ、美由希ちゃん」

「まあ、確かに、回りくどいやり方だけどね。
 それでも、私たちは真っ向から力勝負するしかないんだから」

「だな。その辺の細かい事は、会長たちに任せて、俺たちは…」

「うん、私たちは、最も生徒会に相応しいやり方でね。そう…」

「「速攻!!」」



速攻生徒会と競うように作られたもう一つの生徒会があった。
その名を、閃光生徒会と言った。



「目で追えぬからこそ、閃光。美由希、まだまだ修行が足りないな」

──閃光生徒会会長 高町恭也



「じゃあ、俺の相手は晶かな」

──閃光生徒会副会長 赤星勇吾



「忍、貴女の相手はこの私よ!」

──閃光生徒会書記 藤代彩



「はっはっは、すいません、会長。偵察がばれて捕まってしまいました」

──閃光生徒会役員 長瀬



「長瀬の馬鹿! お前の所為だぞ! 会長、助けて〜。って、俺たちの事は、短編『風芽丘学園史 文化祭編』で!」

──閃光生徒会役員 久保




「会長、どうやら速攻生徒会が動き出したようです」

「そうか。なら、俺たちも彼女たちを影から助けるとするか」

「だね。速攻生徒会を倒すのは、私たち閃光生徒会だからね♪」

「それを突然、横から現われた奴らに横取りされてたまるかっての」

「それじゃあ、皆、行くぞ!」



風芽丘速攻生徒会



   §§



「耕介ちゃん〜。神奈さんのお願い聞いて〜」

「またですか」

「そんな事、言わないで〜」

久し振りに寮へと電話を掛けてきた神奈の第一声がこれだった。
さしもの耕介も呆れ気味にそう返答するものの、やはり頭が上がらない人物の一人だけあり、無下にも出来ない。
仕方なく、神奈の話を聞くことにした耕介だったが…。

「実は、私の知り合いがやっている寮があるんだけれど、そこに一週間で良いから、行って欲しいのよ」

「内容まで、前と同じですか」

「そうなのよ。
 娘さんがね、いつも働いてくれているお母さんにって、寮の皆と相談して、一週間の温泉旅行をプレゼントしたんだって」

「良い話ですね」

「でしょ、でしょう。でもね〜、寮の皆を置いて行けないって言っているらしくて。
 その娘さんや、寮生の子たちも家事全般は得意なんだけどね。
 それでも、一週間も留守にする事に対して、抵抗があるみたいなのよね。
 それで、代わりの管理人さえいればって事になったのよ」

「…はぁー、分かりましたよ。一週間ですね」

「ありがと〜、耕介ちゃん。愛ちゃんには、ちゃんと私から言っておくから」

「はいはい」

こうして、耕介は一週間だけ代理の管理人をするために、北の国へと向かったのだった。



「ジャム寮?」

耕介は貰った地図と現在の住所を確認する。
間違いはないようだ。現に、目の前には寮もある。
しかし、その名前に耕介は微かに頬を引き攣らせていた。

「あら、貴方が神奈さんが仰っていた耕介さんですね。
 ようこそ、いらっしゃいませ」

「あ、どうも、槙原耕介です。えっと、寮生の方でしょうか」

耕介の言葉に、20代半ばに見える女性は頬に手を当てて笑みを浮かべる。

「いえ、私がこの寮の管理人の水瀬秋子ですよ」

「あ、し、失礼しました」

神奈の知り合いという事で、もう少し年配を想像していた耕介は慌てて頭を下げる。
そんな耕介に優しい笑みを見せる秋子の後ろから、高校生か大学生ぐらいの女の子が現われる。

「お母さん、代理の管理人さん来たの」

「ええ、そうよ名雪。耕介さん、こちらは私の娘の水瀬名雪です。
 名雪、この方が管理人を引き受けてくださった槙原耕介さんよ」

「よろしくお願いします」

「ああ、こちらこそ宜しく。……って、娘!?
 え、え、でも、え、小学生って事はない……よね。
 いや、それはありえないよな、うん。どう見ても、高校生ぐらいだし…」

「あ、はい。高三です」

耕介の言葉に、名雪は頷いてそう答える。
それも聞こえていないのか、耕介は名雪と秋子を何度も交互に見比べては、自分の目を執拗に擦ったりする。

「いや、確かに似ているけど…。本当に、親子……?」

その言葉に、名雪は慣れたように頷くのだった。

初日

秋子を見送った耕介は、早速、朝食作りに取り掛かる。
昨日の時点で、秋子からするべき仕事を聞いていた。
どうやら、ここに住んでいるのは女の子たちばかりで、男は秋子の甥っ子の祐一という少年だけらしい。
その為、耕介の仕事は掃除と食事だけで良いらしい。
そんな事を思い出しつつ、耕介の手はテキパキと動いて行く。
耕介の最初の仕事となった朝食は、全員に賞賛される事となった。



舞の不思議な力を目撃した耕介に、祐一は必死で誤魔化そうとするが、
大して驚いていない様子の耕介に、逆に祐一が驚く。

「耕介さん、あまり驚いてませんね」

「あ、ああ、いや、お、驚いたな。あまりにも驚いて、言葉が出なかったんだよ」

「耕介さん、何故、棒読みなんですか」

「あ、あはははは。そんな事はないよ」

「まあ、驚かないでいてくれた方が、嬉しいですけどね」

「んー。実は、俺、不思議な出来事には慣れているんだよね」



「いやー、驚いたな〜」

「耕介さん、どうかしたんですか」

「ああ、名雪ちゃんかい。いや、調味料とかが色々あるから、その辺を調べていたんだけどね…。
 この寮って、一切、インスタントがないんだなー、って思って…」

耕介の言葉に、呼んでいた雑誌から顔を上げて祐一が尋ねる。

「耕介さん、インスタントが欲しいんですか」

「いや、そうじゃないよ。ただ、秋子さんって凄いなって思って」

「お母さん、そういうの使わないから」

「はは、そうみたいだね。いやー、凄いね」

耕介の言葉に、祐一が答える。

「でも、一応、万が一のために、インスタントも置いてますよ」

「あ、そうなんだ」

「ええ。この辺は大雪が降ることもありますから。外出が出来なくなった時とかのために」

「備えあれば、ってやつか」

「ええ。確か、キッチンの床下にある格納スペースに」

「へー、そんなのまであったんだ」

「ちょっと見てみますか」

言いながら立ち上がると、祐一はキッチンへと歩いて行く。
その後を、耕介と名雪も付いて行く。

「よっと」

一声上げながら、祐一は取っ手を握った手に力を込めて開ける。
中からは、カップ麺やレトルトのカレーなどが出て来る。

「へ〜、備えもしっかりしてるね。……所で、祐一くん」

「はい、何ですか」

「全てのインスタント食品のラベルが非常にシンプルな上に、この○秋っていうマークは…」

「ああ、秋子さん印ですか」

「秋子さん印? まさか…」

「ええ。まあ、想像通りかと。簡単に言うと、ここにあるインスタント全てが…」

「秋子さん作なわけね…」



深夜鳴り響いた爆発音に、耕介はすぐさま目を覚ますと、音源である廊下へと飛び出す。
そこでは、今の音を間近に聞いたのか、耳を押さえた真琴がいた。
それからすぐさま近くのドアが開き、祐一が姿を見せる。

「真琴〜。お前な〜、こんな夜中に何をしてるんだ〜」

「え、えっと、その、は、花火をしようかと思って」

「花火〜。ほう、すると、あの爆竹のような音は花火だったっと」

「あう〜。そ、そうよ。ちょっと、爆竹と間違って火をつけちゃったのよ」

「で、何で廊下でそんな事をしてるんだ」

「何、言ってるのよ! 祐一が、真琴のいる廊下へと放り投げたんでしょう」

「ほう、俺がか。しかし、俺の部屋には爆竹なんて無いんだがな。
 ましてや、こんな夜中に火をつけたりはしないぞ」

「あ、あう〜」

そんな二人の間に苦笑いを浮かべ、耕介は割って入る。

「ほらほら、二人共落ち着いて。
 ほら、真琴ちゃんも、花火だったら、明日皆と一緒にやろうな」

「うん」

「そうだな〜、目も冴えてしまったし、肉まんでも作るか」

「本当に!?」

「ああ。と言っても、秋子さんが作りおきして冷凍していったやつだけどな」

「肉まん〜♪ にっくまん〜♪」

そんな耕介の言葉も聞こえていないのか、真琴はご機嫌で耕介の後を付いて行く。

「その代わり、寝る前だから一個だけな。それと、食べたら、今日は大人しく寝るんだよ」

「分かってるって〜。耕介、早く、早く〜」

「はいはい。祐一くんはどうする」

「あー、俺も目が冴えたんで、一つお願いします」

「了解」



こうして、ドタバタとした一週間を過ごす事になる耕介だった。



槙原耕介の全国管理人の旅 〜北国編〜



   §§



「恭兄〜」

「お兄ちゃ〜ん」

「兄くん〜」

「兄様」

「兄上」

「兄や」

「……あー、お前たち、一体何をやってるんだ? なのはまで一緒になって……」

突然、現われた(?)六人の妹たち。
そのうちの二人とは、前から兄妹だったとか、そのうちの二人は、妹分みたいなものだったとか、
一人は同じクラスメイトだとか、そんな突っ込みは全く無視し、何故か始まった同居生活。
前から、そのうちの四人とは…(以下略)
一つ屋根の下で暮らしていれば、当然、様々なハプニングも起こる!

「きゃぁ〜(ハート)、兄くんのエッチィ〜」

「いや、ちゃんとノックして返事を貰ったはずだが。それに、何故、嬉しそうなんだ忍……」

個性溢れる妹たち。

「に、兄様、待ってくださ……え、あ、きゃぁ〜(ドタン)」

「那美さん、もっと周りを良く見て歩かれた方が……」

中には好きという行動を素直に出せない妹も…。

「兄上、覚悟ー!」

「覚悟って何だ、晶! それに、不意打ちは黙ってやれとあれ程…」

六人の妹と織り成す、摩訶不思議なドタバタ生活がこうして始まった。



シスタートライアングル







おわり




<あとがき>

さて、普段はこの没SSに後書きはないんだが。
美姫 「今回はあるのね」
何故かな。
美姫 「それは、この説明のためね」
そうだった。
美姫 「さて、このSSは新作もあるし、結構、修正に加筆したものもありますけど…」
基本的には雑記に乗ってた分です。
美姫 「という事です。つまり、総集編?」
いや、ちょっと違う気もする。
どっちにしろ、修正や加筆でかなり時間が取られたのは確かだが。
美姫 「ひょっとして、SS一本余分に書けてたりしてね」
あ、あはははは〜。そうかも…。
美姫 「……とりあえず、最後まで見てくださった方、ありがとうございました〜」
ました〜。
美姫 「それでは、また」
ではでは。








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