『An unexpected excuse』
〜五十鈴編〜
「俺が、好きなのは…………」
恭也がそのまま名前を告げようとした瞬間、その背筋に冷たいものを感じる。
その感覚に思わず言葉を区切ったその時、美由希たちも含めてその場の全員が急に動きを止める。
美由希たちも自分の意志で動きを止めたのではないということは、
戸惑っている顔や何とか動かそうと身体に力を込めている事からも明白であった。
そして、その中でただ一人自由に動ける恭也は今のこの現状の原因に思い当たりがあった。
「あー、もしかして五十鈴の仕業か?」
恭也の声に背後の木から顔を覗かせる一人の少女――犬神五十鈴。
ザンバラ髪で顔の殆どを隠し、黒いオーラをそこはかとなく漂わせて。
恭也の言葉からこの金縛り状態を作り出しているのがこの五十鈴と呼ばれた少女らしいとFCたちも理解したらしく、
五十鈴へと視線を向けるも、その視線に耐えかねたのかそそくさと木の陰へと隠れてしまう。
相変わらず気弱な態度の五十鈴に苦笑しつつも、恭也はゆっくりと語り掛ける。
「大丈夫だ。ここに居る者たちはお前に何かしようとしている訳ではないからな。
ただ、この金縛りを解いて欲しいだけだ」
恭也の言葉に全員が頷きたくとも動けず、ただ必死でそれを肯定しようとする。
が、五十鈴はおずおずと顔を出してフルフルと首を横に振る。
「きょ、恭也さんを苛める人は、ゆ、許せません」
五十鈴の言葉を聞き、恭也は彼女が何か勘違いしている事を理解する。
「五十鈴、俺は別に苛められてないから」
「で、でも、こんなに大人数で……」
「本当に違うから」
どうやら、恭也が苛められていると勘違いして全員に金縛りを掛けたらしく、
恭也の再度の言葉に指を組んで何か呟く。
すると、今までどう動かそうとも指一本動かなかったはずなのに呆気ないほど簡単に身体が動く。
その事に知らず安堵が零れる中、五十鈴は自分の勘違いでしてしまった事に反省しつつ恭也の影に隠れる。
「す、すいませんでした」
小さな声で謝る五十鈴を責めるに責めれず、誰からも怒りの声は出なかった。
その事に胸を撫で下ろした五十鈴は自分が勘違いしたこの状況が何なのか恭也へと顔を向ける。
髪に隠れて目を見ることも出来ないが、恭也は五十鈴の言いたい事が分かったのか、その肩に優しく手を置く。
「俺の好きな人が五十鈴だって話をしてたんだ」
「ああ、そうだったんです……って、え、あ、あの、その……」
見えないが顔を赤くしているであろう五十鈴は見ている方が可哀想なぐらいに狼狽える。
「な、何を言って……。それは内緒って、あれ、でも、そんな約束はしてな……。
で、でも、恥ずか……、う、うぅぅ」
慌てふためき遂には指を複雑に組んで何か唱え始めた五十鈴を、恭也がその手を掴んで止める。
「何をするつもりだ、何を。とりあえず落ち着け。そうだ、深呼吸をして」
「は、はははははいぃぃ。す〜〜、す〜〜、す〜〜、す〜〜〜〜〜〜」
「五十鈴、息を吐け、吐くんだ! ずっと吸ってどうするんだ」
「はぁっ、はぁっ、う、うぅぅ、く、苦しかったです」
恭也と五十鈴のやり取りに口を挟む事も出来ずに眺めていた美由希たちであったが、
忍がふと思い立って近付く。
「まあ、それはそれとして、わんちゃんも少しはお洒落しようよ。
とりあえず、その髪の毛を上げましょう。今のままだと目も悪くしちゃうだろうし」
恐らくは涙目になっているであろう五十鈴を気遣い、目だけでも見えるようにとそうおどけて提案すると、
持っていた櫛とピンで五十鈴の髪を掻き揚げ、リボンでツインテールにする。
「できあが…………えっと、わんちゃんだよね?」
思わず動きを止めてしまった忍だが、美由希たちもそれは同じであった。
「犬神先輩、可愛い」
晶がポツリと洩らした呟きがその場に居る全員の感想であった。
髪の毛に隠れて分からなかったが、髪を上げた五十鈴はとても可愛らしく、それを知らなかった忍たちは驚く。
そんな中、恭也は一人驚きもせず、ただその事実を口にする。
「知っていたけれど、やっぱり何度見ても可愛いな」
「あうっ……」
恭也の言葉に照れて真っ赤になり俯くも、それでも恭也の姿が視界に飛び込んでくる。
慌てて五十鈴は髪の毛に手を伸ばして顔を隠そうとするが、それを忍に止められる。
「もう折角したのに無駄になるじゃない。
それに恭也も褒めているんだから、少なくとも今日はずっとそれでいなさい」
「で、でもでも、それだと皆さんの顔がはっきり見えて……」
「それが普通でしょう」
「ですけど、恭也さんの顔まではっきりと……」
ちらちらと恭也を見上げては俯く五十鈴。
その態度に恭也も流石に軽く傷付く。
「そこまで嫌がる程酷い顔をしているのか……」
「い、いえ、そうじゃなくて!」
「いや、気遣ってくれなくても良い。
そうか、五十鈴が髪で顔を隠していたのは、俺の顔が怖かったからなんだな」
真剣に悩む恭也に五十鈴はつい大声を上げてしまう。
「ち、違います! 単に私が恥ずかしかっただけで……」
そこまで言って五十鈴は気付く。
恭也の口元が微妙に歪んでいるという事に。
つまり、これが意味するのは……。
「五十鈴がそんな事をする奴じゃないってのは分かってるさ。
まあ、そんな理由だとは思いもしなかったが」
つまりからかわれたという事である。
その事自体に怒るような気は元から無いが、自分の言った言葉に更に恥ずかしくなる。
そこへ恭也は気付かずに言葉を続ける。
「だが、徐々にでも慣れていってもらわないとな。
これからもずっと顔を合わせるんだから」
「……ず、ずっとって」
更に顔を赤くして、今にも倒れてしまいそうに茹で上がる五十鈴を恭也はそっと支える。
支えながらその顔を上から覗き込み、少しだけ近づける。
「もしかして、嫌か?」
即座に首を横に激しく振ってそれを否定するも、逆上せていた頭を激しくシェイクしてしまった上に、
近くで恭也の顔を、それも今までと違って遮るものが無い状態で見つめる形となった事で、
五十鈴はそのまま後ろへと倒れる。
支えていた手に更なる重みを受け止めながら、恭也は困ったように近くにいた忍を見る。
忍は忍で肩を竦めて知らないとばかりに立ち上がる。
「まあ、目を覚ますまで膝の一つぐらい貸してあげれば良いんじゃないの?
昼休みはもう少しあることだしね」
「そうだな。昼休みが終わるまでに目を覚まさないようなら、保健室に連れて行くことにしよう」
「うーん、その場合は恭也が抱きかかえていく事になるわよね。
それを後で知ったら、わんちゃんまた目を回して倒れそうだけどね
とは言え、その状況で起きたら起きたでまた卒倒しそうでもあるわね。
まあどっちにせよ、後は任せたわ」
どこか楽しそうに言いながら忍は恭也に背を向ける。
それを見送りつつ恭也は、五十鈴の頭を自分の足の上に乗せて枕代わりとなる。
久しぶりに髪に隠れていない五十鈴の顔をここぞとばかりに眺めながら、五十鈴が目を覚ますのを待つ事にする。
意識を失って眠っているというのに、五十鈴の顔は何処か幸せそうであった。
<おわり>
<あとがき>
はやてXブレードからわんここと。
美姫 「犬神五十鈴ね」
やっぱり金縛りは出さないとな。
美姫 「そうかしら?」
まあまあ。
ともあれ、はやての三人目は五十鈴でお送り〜。
美姫 「私の予想とは違ったわ。アンタの事だから、次はひつぎか夕歩、もしくは紗枝」
紗枝は当分無理だ。まだ正確にキャラを掴めてないもん。
美姫 「はいはい。何でも良いからさっさと……」
へいへい。次ですね、次。
美姫 「分かっているのなら良いわ」
何で偉そうなんですか……。
美姫 「それじゃあ、また次で〜」
ではでは。
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