『An unexpected excuse』
〜楓編〜
「俺が、好きなのは……」
恭也の言葉に全員が息を飲み、その名を待つ。
恭也の方でも特に焦らしている訳でもないが、やはり大勢の前で言うのに抵抗があるのか、すんなりとその名が出てこない。
それが分かっているのか、誰も急かす事無く、ただ恭也の口から語られる名を待つ。
やがて、ようやく決心したのか、恭也がその名を口にする。
「……楓。あ、神咲楓さんではないぞ」
「分かってるわよ、それぐらい。だって、那美の従姉妹の時は、恭也はさん付けだもんね」
「分かっているなら良い。とりあえず、俺が好きなのは、その、……芙蓉楓だ」
「はい? 恭也くん、何か御用ですか?」
あまりのタイミングの良さに、恭也は驚愕したままの顔で後ろを振り返る。
と、そこにはいつもと同じように笑みを浮かべている楓の姿があった。
全員が自分を見てくる事に少したじろぎながらも、恭也の横へと腰を降ろし、自分の名を呼んだ訳を尋ねる。
「楓はいつから聞いていたんだ?」
「あ、はい。さっき来たばかりで、恭也くんが私の名前を呼んだ所は聞こえたのですが。
ひょっとして、私の悪口でも言ってたんですか?」
「そんな事じゃないって。まあ、聞いてなかったのなら、問題ないから、気にしなくても良い」
「そうですか。恭也くんがそう言うのなら、気にしませんね」
「ああ。所で、昼休みにしておかなければいけない用というのは、もう済んだのか?」
「はい。それで時間を見たら、昼休みが終わるまでにはまだ少し時間があったので、恭也くんの所へ行こうと思いまして」
楓の言葉に納得したように頷く恭也に対し、忍が感心したような声を洩らす。
「いやー、流石、楓ね。恭也の居場所をすぐに見つけるなんて」
「そんな事はないですよ。ただ、今日は何となく恭也くんが中庭でお昼にしようと言い出すんじゃないかと思って……。
それで、こっちに来たら、恭也くんが居ただけですよ。ここに居なかったら、教室と屋上を見るつもりでしたから」
そう言う楓と恭也を見比べ、忍は意味ありげな笑みをニヤニヤと浮かべる。
それに僅かに引き攣った顔をする楓に、忍がその表情のまま話し掛ける。
「さすがは恋人同士よね〜」
この言葉に恭也は慌て、楓は顔を赤くしながらも意味が分からないといったような顔を見せて忍の言葉を否定する。
「私と恭也くんは幼馴染であって、そういうのではないです」
真っ赤になりながらも否定する楓を見て、忍がもしかしてまだなのかといった視線を恭也へと向ける。
恭也はその視線の意味をはっきりと読み取ると、一つ頷いて肯定する。
それに呆れたような溜め息が忍だけでなくこの場に居る全員からも上がる。
FCたちは既に答えを聞いて満足したのか、既にこの場には居なかったので、実質、その溜め息は美由希たちのものだけだったが。
そんな美由希たちの反応を不思議そうに眺める楓を見遣りつつ、楓の気持ちなど態度どころか、
普段の言動からも分かるだろうと、忍は呆れながらも、二人の親友の為に少しだけ手助けしようとする。
「でも、楓は恭也の事を好きなんでしょう。
だったら……」
そう茶化すように言う忍の言葉を、楓にしては珍しいぐらいにはっきりと、硬い声音で遮る。
「それは関係ないです」
「どうして? 恭也も楓の事を好きなのに」
思わず忍が恭也の気持ちを言ってしまうが、恭也はそれについては何も言わず、ただこちらを見返してくる楓へと、
忍の言葉を肯定するように頷いて見せる。
それを見て、楓は刹那、嬉しそうな顔を見せるが、すぐに硬い表情に変わる。
「ごめんなさい、恭也くん。
私は恭也くんとそういう関係になってはいけないんです。
恭也くんには、私なんかよりも、もっといい人が居ますよ。でも、恭也くんの事を好きでいる事だけは許してください。
勝手な事を言ってるのは分かっていますけれど、お願いします」
その言葉に全員が言葉を失う中、恭也は楓の少し可笑しな言い回しに気付く。
「なれない、ではなく、なってはいけない、っていうのはどういう意味だ。
まさか、まだ昔の事を気にしているのか。あれは仕方のない……」
恭也の言葉を遮るように、楓は小さく首を振り、少しだけ俯くと肩を小刻みに、まるで何かに耐えるかのように震わせる。
「私は恭也くんにとても酷い事をしました。
実際には、そんな一言では言い表せないほどの事を。
何も知らなかったなんて、言い訳にもなりません。
そんな事で許されるような事じゃないんですから。
それなのに、恭也くんは私なんかを助けて……。……剣士としての道まで諦めないといけないような目に合わせて……」
まるで自分に自分の罪を再認識させるかのように喋る楓を、忍たちは止める事も出来ずにただ見詰める。
その時の事を知っている美由希は、辛そうな表情で楓を見遣る。
そんな周りの視線さえにも気付かず、楓は自らの心を傷付けるかのように言葉を紡いでいく。
「それなのに、当時の私はそんな恭也くんに更に酷い事をして、あんな目に合ったのも自業自得だって……。
その上、私が真実だと思っていた事は恭也くんが私の為にって吐いてくれた優しい嘘で……。
なのに、私がした事は……、してしまった事は……。それだけは、何があっても事実ですから、消せないんです。
恭也くんは優しいから、笑って許してくれましたけれど、私が私を許せません。
何を言った所で、恭也くんの右膝を奪ったのは私なんです。それだけじゃなく、他にもたくさん傷つけて……」
そこまで言ってやっと口を閉ざした楓に、誰も何と言葉を掛けていいのか分からずに、ただ沈黙だけが流れる。
やがて、ゆっくりと顔を上げた楓は、普段の優しげな顔付きとは程遠い、何の感情も浮ばない、ただ無表情のままに恭也を見詰める。
「だから、恭也くん。私を好きにならないでください」
言って、その目から一滴の涙を零す。
そこまでが限界だったのか、楓は堪えきれずに無表情を崩すと、怯えたように自らの肩を抱きながら蹲る。
「でも、でも、どうかお願いですから、恭也くんの事を好きなままでいさせてください。
迷惑だって分かってます。勝手な事を言っているってのも。でも、好きでいさせてください。
それで、恭也くんは私の事なんか気にせずに忘れて、もっと良い人を……」
楓の言葉はそこで途切れる。
不意に身体を抱き締められた所為でもあるが、それをした人物が誰なのか見なくても分かったからだった。
楓は恭也の腕の中で、そこから逃げようともがくが、全く力が入っておらず、そのまま恭也に抱き締められる形となる。
そんな二人を見て、忍はここは恭也に任せるべきだと判断し、美由希たちを促がして静かにこの場から立ち去る。
その友人のさり気ない行為に感謝を目で示しつつ、恭也は楓を落ち着かせようと、
その背中や頭を優しく撫でながら、毅然とした声で言う。
「楓の事を忘れる事なんて出来る訳がないだろう。
それに、楓に振られたからって、すぐに違う人を好きになるなんて、俺はそんなに軽い男だと思われていたのか」
「ち、違います。恭也くんはそんな人なんかじゃありません。
それは、ずっと一緒だった私が保証します!」
自分の事は兎も角、恭也の事となると、例えそれが本人の口から出た言葉であろうと、楓はすぐさま反応する。
そんな楓の行動を分かっていて敢えて、さっきのような事を口にした恭也は小さく頷いて見せる。
「だったら、俺が意外としつこいのも知っているだろう」
「でも、私は……」
「本当に、あの時の事は気にしなくても良い。まあ、何度言って聞かせたところで、楓は納得しないだろうけどな。
俺も楓の事は分かっているつもりだからな。意外と頑固な所とか、自分の事はすぐに後回しにしてしまう所とかな」
「それを言うなら、恭也くんだって……」
「……まあ、否定はしない。でも、今回の件では、俺は自分の事を優先させてもらう。
例え、楓が何と言っても、その心の奥底から拒否されない限り、何があっても俺は楓の傍に居るつもりだ」
「でも、私にはそんな資格……」
「資格って何だ? そんなもの必要なのか? もし必要だと言うのなら、誰に対して?
その張本人である俺が良いって言っているんだぞ。
楓が俺とそういった関係になるのが嫌だって言うのなら、それはそれで仕方がない。
でも、さっきも言ったけれど、俺はずっと楓の傍に居るからな」
「どうして? どうして恭也くんは私にそんなに優しくしてくれるんですか!?
私なんかに……」
「そんなの簡単な事だ。楓が大事だから。何よりも、一番大事だから。
だから、楓が倒れそうになっているのなら隣りで支えるし、転んだのなら手を差し伸べて起こしてやる。
昔の事だって、ただそれだけの事だったんだよ、俺にとっては。
それを、楓が難しく考え過ぎたんだ」
「でも、それでも、あの時の傷がまだ、恭也くんの身体にはあちこちに……」
「まあ、元から生傷には事欠かなかったからな。今更、あれぐらい増えた所で。
それに、他の傷よりもちょっと誇らしいかもな。楓の為に負った傷だし。
まあ、傷付かない方が一番良かったんだろうが。まだまだ未熟だったという事だな」
恭也の言葉を聞きながら、楓はその胸に顔を埋めてただ目を閉じて恭也の温もりを感じ取る。
そんな楓を両腕で包み込むようにしながら、恭也は言葉を紡ぐ。
「もう一度言うけれど、俺は楓が好きなんだ。楓じゃないと駄目なんだ。
楓はどうなんだ? 昔の事とかそういった事は全て考えずに、ただ、今ここに居る芙蓉楓としての気持ちが知りたい。
それでも気持ちが変わらないと言うのなら、それはそれで仕方がないけれど、その心の奥底に抑え込んでいる気持ちを聞かせて」
「……私だって、私だって恭也くんの傍に居たいです。
恭也くんじゃないと嫌です! 恭也くんの横に、他の人が居る所なんて見たくないです!
でも、でも、私は……」
恭也は楓の頤に指を置き、顔を上げさせると徐にその唇を塞ぐ。
驚きに目を見開き暴れる楓を押さえ付ける。
楓の視界に、恭也の漆黒の瞳が映り込む。
恭也はただ静かに、睫の数も数えれるぐらいのこれ以上はないという近い距離から楓の瞳を見詰め返す。
お互いの顔を瞳に映し込みながら、恭也は楓の心の奥底を覗き込むように、ただ静かな瞳で楓を見詰め続ける。
やがて、楓は暴れるのを止め、瞳を潤ませるようにして静かに目を閉じる。
それにつられるようにして、恭也も瞳を閉じる。
二人は暫らくそのままで、ただお互いに触れ合っている唇の感触だけに縋るように動かないでいた。
どのぐらいの時間が経過しただろうか、ゆっくりと二人は離れる。
言葉もなくじっと見つめてくる楓に微笑み掛けながら、
「楓、何度も言うが、俺はお前が好きだ。傍に居たい、居て欲しい。
だから、楓の本当の気持ちを教えてくれ」
「……私は。……恭也くんは、本当に私で良いんですか。
恭也くんの周りには、他にもたくさん、それこそ私よりも可愛い子がたくさん居るのに」
「楓も負けてないよ。いや、俺にとっては楓が一番だから。
だから、もし断わる理由がそんな事なら却下だ」
「……私、私も恭也くんが好きです。ずっとずっと好きでした。
だから、これからも傍に居させてください」
「勿論だ。ただ、今度からは幼馴染としてではなく……」
「はい、恋人として傍に居ます」
やっとそう言った楓の背中に手を回し、恭也は優しく抱き締める。
恭也の胸の中に顔を埋めながら、楓は幸せそうな笑みをその顔に浮かべる。
ようやく繋がった二人の想いに応えるように、柔らかな風が一陣、そっと吹き抜けていった。
<おわり>
<あとがき>
やさんからのキリ番220万Hitリクエスト〜。
美姫 「やっと書きあがったわね」
うんうん。SHAFFLE!の楓編。
こんな感じになりました〜。
美姫 「如何でしたでしょうか」
それでは、今回はこの辺で。
美姫 「って、な〜に、逃げようとしてるのよ」
な、何かな、美姫。
美姫 「何かな、じゃないわよ。全く、第一希望のリクエストに応えられないなんて」
そ、そんな事言っても、『夜明け前より瑠璃色な』は未プレイなんだから、仕方ないじゃないか。
美姫 「兎に角! 第一希望のリクエストに応えられなかったから、お仕置きよ!」
うぅぅぅ。って、もし、応えてたら、どうしたんだ?
美姫 「勿論、その時は新シリーズをまた始めたって事でお仕置きに決まってるじゃない!」
どっちにしても同じじゃないか!
美姫 「クスクス。そうとも言うわね」
それ以外にどう言うんだよ!
美姫 「とりあえず、それじゃあ、また次回でね♪」
お〜い、こっちは無視か〜?
美姫 「あら、無視なんかしないわよ。だって、これから……。ふふふ」
や、やっぱり、無視で良いかな〜。
美姫 「そんな事する訳ないじゃない♪」
あ、あはははは〜。えっと、とりあえず、また次回で〜。
美姫 「それじゃあ、行きましょうか」
う……、うわぁぁぁぁ〜〜!