『An unexpected excuse』
〜有紀寧編〜
「俺が、好きなのは…………」
「恭也さん、ここに居たんですね」
恭也の言葉を遮るように、一人の女性が姿を見せる。
その少女の姿を認め、恭也は微かに頬を緩めるとその名を口にする。
「有紀寧か。もう準備の方は良いのか」
「はい。ですので、そろそろ行こうかと思いまして。
きっと皆さんも待っていると思いますので」
「そうだな。それじゃあ、行くか」
恭也はそう言うと立ち上がる。
そんな恭也へと、FCの誰かがせめてさっきの問い掛けに対する名前だけでも聞こうと口を開くよりも早く、
またしても新たな人物から声が掛かる。
「おい、高町、まだか。ゆきねぇ、皆、そろそろ行ってる頃だと思うけど」
「ああ、悪い。今、行く」
「すいません、すぐに行きますので」
その第三者の姿を見て、FCたちは言葉を詰まらせる。
そんなFCたちの様子を気にもせず、美由希はその男へと話し掛ける。
「こんにちは、杉村さん」
「あ、どうも」
美由希たちへと軽く挨拶をする杉村という人物を見て、FCたちも不必要に入っていた力を抜く。
そこへ、恭也が声を掛ける。
「すまないが、これから少し所用で出掛けなければならないんだ。
申し訳ないが、後は美由希たちにでも聞いててくれ」
そう言うと、恭也は有紀寧と杉村と一緒にその場を後にする。
恭也が立ち去るのを待って、FCの一人がもの問いたげな視線を美由希たちと向ける中、簡潔な答えを口にする忍。
「つまり、今見た通りよ」
「えっと、それって恭也さんの好きな人は……」
「そういう事。さっきの杉村くんよ」
「って、忍さん、嘘を教えないでください」
忍の言葉に、那美がすぐさま反応して訂正する。
それに追随するように、美由希も大きく頷く。
「そうですよ、忍さん。その冗談がもしも広まったりして、恭ちゃんの耳に入ったら……。
きっと、また私を疑って、……う、うぅぅぅぅ。
ご、ごめん恭ちゃん。でもでも、私じゃないんだよ。
えっ!? 何で止めなかったのかって? だって、止める暇もなかったんだよ。
そ、そんな、言い訳無用だなんて……。や、やめてー。
ご、ごめん、ごめんなさい。ゆ、許して〜。い、いやー、鋼糸に飛針は嫌〜〜!
た、助け……助けて〜〜!!」
「み、美由希ちゃん、しっかり!」
「傷は浅いで。……じゃなくて、美由希ちゃん、まだお師匠のお仕置きは始まってないで」
「う、うぅぅ、ほ、本当に?」
「美由希さん、落ち着いてください」
那美に優しく言われ、美由希はゆっくりと辺りを見渡し、大きく息を吐き出す。
「はぁ〜。あ、あははは〜。つい、この間、恭ちゃんの大事に育てていた盆栽を割った時のお仕置きを思い出してたよ」
「……って言うか、一体、どんなお仕置きだったのよ」
冷や汗を流しつつそう尋ねる忍に、美由希は真剣な顔で言う。
「という訳で、忍さん。その冗談はやめておいた方が身のためですよ。
この私が言うんですから、間違いありません」
「そ、そうね。以後、気を付けるわ」
あまりにも真剣な声に、忍は大人しく納得してみせると、FCたちへと言う。
「いや、もう言わなくても良いとは思うけれど、一応の為にね。
さっきの彼女、宮沢有紀寧ちゃんが恭也の恋人って訳。understand?」
「何で、そこだけ英語なんですか?」
不思議そうに尋ねる那美を余所に、FCたちは納得して頷いていた。
恭也と有紀寧、そして杉村の三人は藤見台へと向かって歩いて行く。
恭也の横を歩きながら、有紀寧はチラチラと恭也の方を見る。
その視線に気付き、恭也は何も言わずに有紀寧の手を握るとそのまま歩く。
有紀寧ははにかむと、そっとその手に少しだけ力を入れる。
そんな二人を黙って見守りつつ、杉村は恭也の隣を歩きながら口を開く。
「しかし、あの時のあいつの墓参りから一年か。
月日というのは、存外、早いもんだな」
「何をしみじみと言ってるんだ。何か、年を取ったみたいだぞ」
「ほっとけ。……しっかし、本当にはやいもんだ」
「ああ」
今度は恭也も茶化さず、ただ頷く。
そんな恭也を横目で見遣りつつ、杉村はにやりと笑みを見せる。
「いやはや、高町が墓参りの最中にゆきねぇを襲ってから一年だからな」
「っ! ……ゴホゴッ。ひ、人聞きの悪い言い方は止めろ」
いきなりの言葉に驚いて咳き込む恭也の背中を、有紀寧が優しく撫でる。
「大丈夫ですか、恭也さん」
「あ、ああ。もう大丈夫だ」
共に顔を赤くしつつも、仲睦まじい二人を見ながら、杉村は悪戯の成功したような笑みを見せる。
「まあ、あながち間違っちゃいないだろう。皆のいる前で、俺たちのゆきねぇの唇を奪ったんだからな」
「……その後、全員に殴り掛かられたがな」
ソッポを向きつつも、目だけは杉村へと向けて恭也はぶっきらぼうに答える。
そんな恭也へと笑いながら杉村は切り返す。
「あははは、それは当たり前だっての。しかし、まさか全員が逆にやられるとはな……」
「う、すまん。つい、反射的に体が……」
「ははは、気にするな。それぐらいの方が、ゆきねぇを任せられるってもんだ」
「す、杉村さん……」
杉村の言葉に、有紀寧も恭也もまたしても顔を赤くする。
そんな二人を眺めながら、杉村はまたしても笑うのだった。
そんなこんなで墓参りへと行く途中に、ぞろぞろと人数も増えていき、着いた頃にはかなりの人数になっていた。
順番に手を合わせていき、最後に恭也と有紀寧が墓の前に座ると手を合わせて目を閉じる。
(兄さん、私は毎日が幸せです。皆さんが居てくれて、そして、恭也さんが常に傍に居てくれるから……)
(あなたの妹は日々、楽しそうに笑ってますよ。
俺は傍に居るぐらいしかできないけれど、これからも傍に居続けたいと思ってます)
二人はそれぞれに言いたい事を伝えると目を開けて立ち上がる。
自然と顔を見合わせ、微笑み合う二人を他の者たちはただ静かに微笑ましく見ているのだった。
それから、暫らくその場に居たが、誰が合図したでもなく、一人一人とその場を去って行く。
そして、誰も居なくなってから、二人もその場を後にするのだった。
その帰り道、有紀寧は恭也へと話し掛ける。
「恭也さん、目を閉じて、私の手を両手で握りながら、ズットイッショズットイッショズットイッショって三回言って下さい」
言われた通りの事をして、目を開けた恭也は、有紀寧へと尋ねる。
「で、これは何のおまじないなんだ?」
「えっと、これはですね……」
有紀寧は顔を真っ赤にしつつ、小さな声で言う。
「恭也さんがずっと私の傍に居てくれるようになるおまじないです」
「そうか。でも、そんな事をしなくても、大丈夫だぞ。前にも言っただろう」
「そうなんですけど、やっぱり今日の昼休みみたいなのを見てしまうと……」
「見てたのか。一体、いつから」
「……割と最初の方からですね。それで、少し不安になってしまったんですね。
こんなにも、恭也さんは私の事を大事にしてくれているというのに」
有紀寧は言いながら、恭也と手を繋いだまま、その手を胸元に抱き込むと、目を閉じる。
「だから、おまじないに頼ってしまいました」
そんな有紀寧を見ながら、恭也はそっと息を吐くと、空いている方の手で有紀寧を抱き寄せる。
慌てる有紀寧の耳元に顔を近づけると、そっと囁く。
「なら、もう大丈夫だな。有紀寧のおまじないはよく効くから……」
「……はい」
恭也の言葉に嬉しそうに抱き付いてくる有紀寧に、恭也は照れているのを誤魔化すよう言う。
「その代わり、もう離れなくなるぞ」
「それは悪くないですね」
「……」
あっさりと返され、恭也は言葉に詰まる。
そんな恭也に、有紀寧は微笑を浮かべると、そっと爪先立ちになると少し茫然としていた恭也の顔にそっと近づくと、そのまま……。
夕日に照らされて周囲が赤く染まる中、二人はまるで一つのオブジェのように暫らくの間、そうやって寄り添っていた。
<おわり>
<あとがき>
今回は有紀寧〜。
美姫 「のほほ〜んとした感じを受けるけれど……」
芯は強い女の子。
で、こんな感じになったんだが……。
美姫 「美由希がまたしても……」
いや〜、美由希は本当に使い易いキャラだな、うん。
美姫 「それはさておき、次回は誰になるのかしらね」
誰になるかな〜。
美姫 「それじゃあ、また次回で〜」
ではでは。