『An unexpected excuse』
〜美佐枝編〜
「俺が、好きなのは…………」
恭也は一旦言葉をそこで止めると、一同を見渡す。
「所で、風校に寮があるのは知っているか?」
突然の話題に、一瞬だけFCたちも気が削がれたようになるが、何とか持ち直すと、殆どの者が頷く。
「そうか……」
それを受け、それだけを呟くと、それっきり口を閉ざした恭也に、FCたちが視線を向ける。
そのうち、一人が声を上げる。
「あの、所で、先程の質問に関する返答は……」
「ああ、そうだったな」
恭也は仕方がないとばかりに肩を竦めると、口を開く。
と、そこへ新たな人物が現われて、恭也よりも先に言葉を発する。
「恭也ー、ネコ見なかった?」
「あれ、美佐枝さん、どうしたんですか、こんな所に」
「だから、ネコよ、ネコ。ネコ、見なかった」
「また、逃げ出したんですか」
「そうなのよ。まあ、別に私のネコって訳じゃないから良いんだけれど、どうも学校の方へと行ったみたいだったからね」
そこまで言うと、美佐枝は恭也の周りにいる女子生徒たちを見ると、あきれた様な顔を見せる。
「ったく。ネコを探す序でに様子を見に来てみれば、こんなに可愛い子たちをたくさん侍らかせて」
「別に、侍らかせてませんって」
恭也のそんな弁解も聞く耳を持たず、美佐枝は少し怒ったような顔で言う。
「そんなに若い子の方が良いのか!? このスケコマシが!」
「ちょ、落ち着いて下さい、美佐枝さん」
「私は充分過ぎるくらい落ち着いてるわよ。ええ、とっても落ち着いてるわよ!」
「いや、とてもそうは見えないんですが……」
「何!?」
「いえ、別に……」
「大体、アンタもアンタよ。私にあんな事を言っておいて、実際は、こんなに大勢の女の子に囲まれて。
やっぱり、若さなの!? 若さなのね」
「だから、誤解ですって」
「だぁー! やっぱり、若い方が良いのね!」
ヒートアップする美佐枝を落ち着かせようと、恭也は肩に手を置き、言い聞かせるようにゆっくりと告げる。
「美佐枝さんも充分に若いですって。それに綺麗ですし……」
「ちょ、なに恥ずかしい事を言ってるのよ」
恭也の言葉に、少し顔を赤くして照れる美佐枝に対し、恭也も照れながらも返す。
「す、すいません。つい、口が滑って……」
「……あー、うん、私も少し悪かったわ。もう落ち着いたから、肩、離してもらえるかな」
「あ、すいません」
何となく気まずい雰囲気の中、二人はお互いの様子をチラチラと盗み見る。
何度目かの時、お互いの目が合うと、どちらともなく小さく呟いて、揃って視線を逸らす。
顔を赤くして、俯いて指をもじもじさせる美佐枝と、天を仰ぎながら、指先で頬を掻く恭也の二人を、
周りが微笑ましそうに見守っている。
と、そんな二人の雰囲気に呑まれていたFCたちだったが、一人が気付いて声を上げる。
「って、恭也さんの好きな人って……」
「あん? 何の話よ」
突然上がった言葉に、美佐枝が怪訝そうな顔を見せる。
それに対し、恭也は少し困ったような顔を見せると、美佐枝へと説明をする。
話を聞いて、粗方の事情を知った美佐枝は、改めて恭也の顔を見渡す。
「うーん……。そんなにいい男かね〜。
まあ、顔はそんなに悪くはないかもしれないけれど、こいつ、無表情の上に無愛想よ。
他にもいい男なんて、たくさん居るでしょうに」
恭也を指差しながら、そう言う美佐枝に、恭也は複雑な顔を見せる。
尤も、殆ど変化していないため、誰も気付かなかったが。
美佐枝に対し、FCたちが反論しようとした時、ただ一人、恭也の表情の変化に気付いていた美佐枝が、微かに笑みを浮かべ、
FCたちは反論するタイミングを無くす。
それに構わず、美佐枝は恭也へと言葉を掛ける。
「そんなに複雑そうな顔をしないの。ほら、そんなアンタでも、私はこうしてちゃんと分かってあげてるんだから。
それとも、私だけじゃ嫌なのかしら?」
「そんな事はないですよ。って、分かってて言ってますよね」
「さあ? それはどうかしらね」
笑って誤魔化す美佐枝に、恭也は疲れたように息を一つ吐き出す。
それを見て、美佐江は恭也の首に腕を回すと、締め付けるように力を込める。
「その溜め息は一体、何なのかしら。
いかにも、呆れてますっていう、その溜め息は!」
「いたっ、ご、誤解ですよ。というか、本当に痛いですって、美佐枝さん」
恭也は降参と言うように、美佐枝の腕を数度、軽く叩く。
それを受け、美佐枝は恭也を解放する。
そこへ、FCたちが遠慮しがちに声を掛けようとするが、またしても、美佐枝の方が先に声を上げた所為で、
結局は声を掛ける事が出来なかった。
「あー! こんな事をしている場合じゃなかったわ。ネコよ、ネコ。
早く探し出さないと。校舎にでも入っていたら、大変だわ」
「俺も手伝いますよ」
「悪いけれど、お願いね」
美佐枝はそう言うと、既に駆け出していた。
恭也は美佐枝とは逆方向へと駆け出しながら、美佐枝の背中へと声を投げ掛ける。
「見つけたら、どうしたら良いんですか」
「ある程度探したら、またここに戻ってくるから、ここに居て。
私が見つけても、そうするから」
足は止めず、顔だけ振り返ってそう告げると、美佐枝は再び前を向く。
それに、短く了解とだけ答えると、恭也も前を見て駆け足になる。
遠ざかっていくそれぞれの背中を見送った後、その場に残されたFCたちは困ったような顔でお互いを見る。
このままでは埒が明かないと思った忍が、一つ大きな手を叩き、全員の注目を集める。
全員がこちらを見ていることを感じた忍は、そのまま口を開く。
「それじゃあ、当事者も居ない事だし、多数決で決めよう。
あの二人が付き合ってると思う人!」
FCの殆どが手を上げるのを眺めながら、忍はうんうんと頷くと、次いで、手を口元に当てて叫ぶ。
「それじゃあ、少なくとも、恭也はさっきの美佐枝さんという人が好きだと思う人」
さっき手を上げなかった者たちが、ここでその手を上げる。
「うん。だとしたら、結論は出た訳か……」
一人ごちた後、忍は再び口を開き、
「それじゃあ、大事な事なんだけれど……。
……ニューヨークに行きた……」
「忍さん、それは違う!」
一旦言葉を区切り、深刻な顔で何かを考えていた忍が発した言葉を、美由希がすぐさま突っ込む。
「あ、あはは〜。ついね。ほら、でも、やりたくならない?」
「ま、まあ、気持ちは分からなくもないですが……」
「それよりも、大事な事というのを先に言ってください」
美由希の言葉が終らないうちに、那美が忍へとそう促がす。
それを受け、忍は咳払いを一つすると、FCたちへと話し掛ける。
「罰ゲームは……」
「忍さん、流石にそれは……」
忍に対し、今度は晶が苦笑を浮かべて止める。
それに冗談、冗談よ、と手を振った忍に対し、レンが声を掛ける。
「忍さん。同じボケは三度までと言って、もう一回しようとはしないでくださいね」
「……あ、あははは〜。嫌だな、レンちゃん。そんな事するはずないでしょう」
わざとらしい笑みを浮かべながらも、目が泳いでいた忍を見て、美由希たちは同じ事を思った。
(やるつもりだったんだ……)
忍は一頻り笑って誤魔化した後、本当に気を取り直して、FCたちへと話し掛ける。
「で、さっきの美佐枝さんについて、何か知っている人って居る?」
この言葉に、数人の手があがり、忍はその中で最も近い一人に目を向ける。
それを受け、その生徒が知っていることを口にする。
「と言っても、私もあんまり詳しくは知りませんけれど、さっき高町先輩が言っていた、風校の寮の寮母さんです」
「成る程ね〜。しかし、何処に接点があったんだろうね」
不思議そうに首を傾げた忍だったが、FCたちがこちらをまだ見ていることに気付くと、また手を一つ叩く。
「さて、それじゃあ、結論も出たことだし、解散!」
この言葉に従い、FCたちがその場を去って行く。
それを眺めつつ、忍は美由希たちへと声を掛ける。
「それじゃあ、私たちも戻ろうか」
それに頷いて同意すると、美由希たちもこの場を立ち去るのだった。
美由希たちが立ち去り、授業が始まって数分が経った頃、この場に恭也が現われる。
「はぁー。やっと見つけた。駄目だぞ、勝手に出て行ったら」
そう言うと、恭也は近くの木の根元に腰を降ろし、猫を膝の上に乗せて、その背中を撫でる。
猫も気持ちがいいのか、喉を鳴らしながら、目を細める。
どれぐらいそうしていただろうか、柔らかな陽射しと、猫の温かさにより、恭也は徐々にまどろみ始める。
そして、遂には体を横にすると、そっと目を閉じる。
猫もそれを感じたのか、恭也の足からお腹へと移動すると、毛繕いを始め、それが済むと、
何度かモゾモゾと動いた後、やっと納得のいく場所を見つけたのか、大きな欠伸を一つすると、そのまま眠りに入る。
こうして、一人と一匹が夢の世界へと旅立ったから暫らく後、美佐枝がやって来る。
「ごめん、ごめん。ちょっと遅くなったわね。
授業があるのに、悪い事をしたわ……、って寝てるのか。
って、ネコまで見つけてきてくれたのね」
腹の上で幸せそうに寝ている猫を見つけ、美佐枝は微笑を浮かべると、その横に腰を降ろす。
じっと恭也の顔を見詰め、辺りに誰も居ない事を何度も確認すると、
美佐枝はそっと恭也を起こさないように頭を持ち上げ、膝へと移す。
こうして膝枕の姿勢になった美佐枝は、念のためにまた辺りを見渡し、誰も居ない事を再確認すると、ほっと胸を撫で下ろす。
それから、徐に言い訳のように小さく呟く。
「こ、これは、あれよ、そう、あれ。ご褒美、ううん、お礼ね、お礼。
授業が始まったのに、ネコ探しを手伝ってもらったお礼。だから、この授業が終るまでだからね」
誰に言っているのか、そう言い終えると、美佐枝は納得したのか、そっと恭也の寝顔を覗き込む。
知らずのうちに、その手が恭也の髪を掬い取り、何度も撫でる。
やがて、その手の動きを止めると、恭也の顔を覗き込んだ姿勢のまま、そっと目を閉じて、そのままゆっくりと……。
始まりと同じように、ゆっくりと顔を元の位置に戻した美佐枝は、顔を赤くして、辺りをキョロキョロと見渡す。
「って、何をしてるんだか。この程度の事で、こんな反応をするなんて。
これじゃあ、まるで青臭い女子高生みたいじゃない」
ブツブツと文句を言いながら、徐々に平静に戻るように務める美佐枝の目が、恭也の腹の上で寝ていたはずの猫の目と合う。
じっとこちらを見てくる猫に、美佐枝は人差し指を口へと持っていくと、
「良い。今、ここで見たことは忘れなさい。絶対に、誰にも言わない事。良いわね」
その言葉が通じたのかどうかは分からないが、猫は短く鳴くと、再び、前足に顔を埋めて眠りに入る。
それを見て、肩の力を抜くと、美佐枝は一人ごちる。
「全く、本当に何をしてるんだか。
この子……、恭也といると、自分が自分じゃなくなるようだわ。って、違うか。
これも私なんだよね。……あの時、止まったはずの時間が、動き出しているって事なのかな」
美佐枝はそう呟くと、誰かの名前をそっと呟く。
「……くん。私はとっくの前から、もう大丈夫だよ。
隣に居るのは、アンタじゃないけどね。
アンタを待っているつもりだったのに、新しい出会いをするなんて、自分でもちょっと驚きだけど。
でも、悪くないわ。これも、全部恭也のお陰ね」
そう言って、眠っている恭也の顔をじっと見詰める。
今日の騒ぎを思い出しながら、美佐枝はそっと笑みを浮かべる。
「これからも、騒がしくも楽しい日々が送れそうね」
柔らかな陽射しを浴びながら、ふと見上げた空は、どこまでも高く澄み切っていた。
<おわり>
<あとがき>
今度のCLANNADキャラは、美佐枝さん。
美姫 「ジャイアントスイングは出なかったわね」
ああ、出なかった。
というか、学校の中庭、しかも昼休みにジャイアントスイングが出る状況って……。
美姫 「はいはい。それは兎も角、今回は美佐枝さんね」
おう。まあ、前半はちょっとギャクというか、美佐枝さんが壊れ気味だけど。
美姫 「後半というか、最後の方ではのんびりした感じね」
そういう事だ。
さーて、次は誰にしようかな〜。
美姫 「誰かしらね〜」
それでは、また次回で。
美姫 「じゃ〜ね〜」