『An unexpected excuse』

    〜ことみ編〜






「俺が、好きなのは……」

恭也が何かを言うよりも早く、小さな声がそれを遮る。

「恭也くん、見つけたの」

「うん? ああ、ことみか。どうしたんだ?
 今日の昼休みは、用事があったんじゃないのか」

「あったの。でも、もう終ったの。だから、恭也くんを探してたの」

「ああ、そうだったのか」

恭也が無言で手招きをすると、トテトテといった感じで近づいて来て、恭也の隣に座る。
それから、恭也の前にいるFCたちを見て、首を傾げる。

「お友達?」

「いや、友達というか……」

何と説明したら良いのか分からず、恭也は言葉を濁す。
そんな恭也には構わず、ことみは口を開く。

「一ノ瀬ことみです。ひらがな三つで、こ、と、み。呼ぶときはことみちゃん」

まだ何か続けようとしたことみを遮るように、FCの一人が大声を上げる。

「一ノ瀬ことみって、あの全国模試で常にトップの!?」

その大声に驚いて、ことみは恭也の腕を掴み、その後ろに隠れるように移動して、顔だけを覗かせる。
まるで、小動物が怯えるようなその仕草に、大声を出した生徒は罰が悪そうな顔をして、謝る。
それに、ううん、と首を振りながら答えると、おずおずと恭也の背後からその身を出して、再び、その隣へと座る。

「恭也くん、今日はどうするの?」

「うん? ああ、ヴァイオリンの練習か?」

「そうなの」

「勿論、今日も付き合うぞ」

「ありがとうなの」

「別に、礼はいいんだけどな」

恭也の言葉に、忍がにやりとした笑みを見せる。

「恭也は、少しでも長くことみと一緒に居たいもんね〜。
 そりゃあ、毎日だって、付き合うわよね」

「ばっ、忍、少し黙ってろ」

「何よ、本当の事でしょう。あ、勿論、私たちも行くわよ。
 安心しなさい、恭也。ちゃんと、いつものように、私たちだけ、少し早く先に帰ってあげるから」

「だ、誰もそんな事、頼んでないだろうが」

「あら? じゃあ、良いの?」

「……うっ。じゃなくてだな、ヴァイオリンの練習の邪魔にならないように……」

「ふっふっふ。素直じゃないんだから。
 ことみと一緒に居たいって、素直に言えば良いのに」

忍の言葉に対し、窮していると、ことみが忍へと声を掛ける。

「私も恭也くんと一緒に居たいから、嬉しいの」

「「……」」

ことみの言葉に、恭也だけでなく、忍まで言葉につまり、お互いに顔を見合わせてしまう。
そんな二人を不思議そうに見遣ることみを、美由希と那美は微笑ましそうに笑みを浮かべて眺める。
ようやく、我に返った忍が、意地の悪い顔を見せる。

「ほらほら、恭也。ことみはこんなに素直なのに」

「うるさいぞ、忍」

「酷いわね〜。ことみ〜、恭也が虐めるの」

「え、え、なの?」

忍に泣き付かれ、ことみは困ったように恭也を見る。

「ほら、止めろ、忍。ことみが困っているだろうが」

「うぅ〜、ことみまで、私を邪険にするのね。
 何もかも、知り合った中だっていうのに……。
 そう、胸の大きさまで知った仲なのにぃぃぃ」

「言いながら、ことみの胸に触るな、この馬鹿者が!
 ほら、ことみも嫌がっているだろう」

恭也の言葉が示すように、ことみは忍の手から逃れようと身を捩る。
嫌がっているというよりは、くすぐったがっているようだが。
しかし、暴れることみを上手く封じて、忍はことみの胸にその手を置く。

「…………むむむ」

少し動かしていた忍だったが、その顔を歪めて、手の動きを止める。
それっきり、俯いて黙り込んだ忍を心配して、美由希が声を掛ける。

「忍さん、どうしたんですか?」

「……ってる」

「はい?」

「ことみ、アンタ、前よりも大きくなってるじゃない!
 何で、何で?」

「し、忍ちゃん、ちょ、や、止めて……」

鷲掴みにされ、痛みからか、ことみが弱々しい声を出す。
それも聞こえていないのか、忍は更に力を込めようとして、その頭を恭也に叩かれる。

「えーい、いい加減に、正気に戻れ、この馬鹿!」

「い、痛いわよ、恭也。女の子には、もう少し優しくしなさいよ」

「お前には、これぐらいが丁度良い」

「ぶー、ぶー」

「ったく。何か、行動が真雪さんじみてきたな」

「……がーん!」

「何を言ってるんだ? しかも、動きまで止めて」

「多分、あまりのショックのあまり、固まったんじゃないかな。
 しかも、口でショックを言い表すぐらい」

恭也の疑問を、美由希が代わりに答える。

「成る程な」

「本当に、そんな風になるなんて、少し驚きなの」

そう言いながら、まるで研究対象を調査するかのように、好奇心に満ちた目で忍を見ることみに、恭也は苦笑を禁じえなかった。
一頻り忍を観察し終えたことみは、満足そうに小さく吐息を零す。

「満足したか」

「うん、とっても、とっても満足なの?
 でも……」

「何だ、どうした?」

「うん。那美ちゃんや、晶ちゃん、レンちゃんも固まっているのは何でなの?」

ことみに言われ、そちらを見れば、確かに三人も動きを止めていた。

「美由希、その三人はどうしたんだ?」

「さあ? 私にも分からないけれど、何かショックな事でもあったのかな?」

恭也たち三人は、那美たちが何にショックを受けたのか、ちょっと考える。
今までの会話を振り返りつつ、やがて、ことみが声をあげる。

「あっ」

「分かったのか?」

「うーん、原因は分からないの。でも、三人が動きを止めたのがいつかは分かったの。
 三人が動きを止めたのは、忍ちゃんが動きを止めるよりも前だったの。
 忍ちゃんが、俯いた後から、動きを止めるまでの間なの」

その間に起こった出来事を思い出し、今度は美由希が声を上げる。

「分かったのか?」

「分かったの?」

「え、えっと、多分かな? あ、あははは〜」

乾いた笑みを浮かべ、誤魔化すように言う美由希に、恭也とことみは顔を見合わせて不思議そうな顔を美由希へと向ける。

「え、えっと、気にしない方が良いよ。そのうち、戻ってくるって。うん」

よくは分からないが、美由希がそう言うのならと、二人は気にしない事にする。

「で、何の話だった?」

「えっと、恭也くんが今日はどうするのかって事なの」

「ああ。だから、今日も行くぞ。ことみは、俺が居ない方が良いか?」

「ううん、そんな事ないの。恭也くんと一緒が良いの」

「そうか。なら、問題ないな」

「問題ないの。じゃあ、今日も夕飯を食べて行くの」

「そうだな。じゃあ、お言葉に甘えて」

「美由希ちゃんたちも一緒なの」

「えっと……。い、良いのかな?」

「何故、俺に聞く。ことみが良いと言っているんだから、良いんじゃないのか」

「えっと、じゃあ、お願いします」

「分かったの。じゃあ、帰りに買い物して帰らないといけないの。
 恭也くんも一緒に来てくれる?」

「ああ。勿論だ」

「うん。一緒なの」

笑いかけてくることみに、恭也は照れ臭そうに、けれど、何とか笑みを浮かべて返す。

「所で、この人たちは? もしかして、私のヴァイオリンのお客さん?」

「いや、それはない」

「残念なの……」

「恭ちゃん!」

「あ、いや、ことみのヴァイオリンは、とても良いぞ。
 ただ、もう少し練習しような」

「うん。分かったの」

「で、この人たちはだな……」

恭也が言い辛そうに口を開くよりも先に、FCの一人が口を開く。

「いえ、もう良いですよ、高町先輩。何となく、分かりましたから」

その言葉に、どうして分かったのかといった感じの、驚きの表情が浮ぶ。
それに対し、FCたちは揃って苦笑を浮かべると、その場を去って行った。
それを見送りつつ、事情を知らずに首を傾げることみの頭を、恭也はそっと撫でる。

「大した事じゃないから、気にするな」

「……分かったの。恭也くんがそう言うのなら、気にしないの」

「ああ」

そういって、ことみの髪の感触を楽しむように、恭也は手で掬い取っては、さらさらと指の間から流れ落ちるのに任せる。
ことみも、それを嫌がるでもなく、目を少しだけ細めて、どこか嬉しそうな表情を浮かべる。
そんな中、恭也は未だに固まっている四人を見遣り、美由希へと顔を向ける。

「所で、これはどうしたもんか……」

「あ、あははは。本当に、どうしようか……」

三人は、そのまま無言で、ただ予鈴が鳴るまで待っていた。
予鈴によって、元に戻ってくれる事を切に願いながら。
尤も、そのうちの一人だけは、触れられる指の温かさから、その近さを感じ取り、
安堵と幸福感の中、ただ今の時間を楽しんでいたが。





<おわり>




<あとがき>

という事で、ことみちゃん。
美姫 「紅美姫。漢字二つで美姫。呼ぶときは、美姫ちゃん」
で、美姫ちゃん。
美姫 「誰が、美姫ちゃんよ!」
がっ! お、お前が呼べって……。
美姫 「さて、馬鹿の戯言はさて置き」
ひでぇな、おい。
美姫 「さて、次は誰かしら〜」
誰だろね〜。それでは〜、また次回〜。
美姫 「じゃ〜ね〜」







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