『An unexpected excuse』

    〜リコ編〜






「俺が、好きなのは…………」

「あっ」

恭也の言葉を待っていた者たちは、美由希の上げた小さな声に、思わず肩透かしを喰らいつつ、美由希へと視線を向ける。
全員が一斉に自分へと注目したことに乾いた笑みを浮かべつつ、美由希は恭也の後ろへと視線を向ける。
それを追うように、またも全員の視線がそちらへと移る。
そこには、髪の長い美しい女性が立っており、澄ました顔に冷ややかな目で恭也を見下ろしていた。

「リ、リコ……?」

「はい、そうですが。私の事など、お気になさらず、続きをどうぞ。
 さあ、誰が好きなのですか」

冷たい口調で言ってくるリコに、恭也はいつもは見下ろしているリコを見上げつつ、恐々といった感じで訊ねる。

「……ひょっとして、何か怒ってるか」

「別に怒ってなどいません」

「そうか、俺の勘違いか。なら、良いんだが」

ほっとしたように呟いた恭也は、リコの眉が本当に微かに動いたのを見逃す。
それを見なかったとしても、この場にいる者たちの中で、
リコの機嫌が決して良くないと分からないものはいなかったのだが、恭也は見事にその例外となる。
恭也はリコが不機嫌だとは思わず、不思議そうに見上げる。

「で、どうしたんだ」

「……別に大した用でもありませんから」

そう言って背を向けるリコの腕を掴むと、恭也はそのまま引き寄せる。
後ろへと引っ張られたリコは、当然のように後ろへと倒れて行く。
最初は驚いて小さく声を出したものの、腕を引いたのが恭也だと分かっているので、別段、恐怖も感じず、ただそのまま倒れる。
リコの予想通り、倒れて背中や頭を打つというような事もなく、ポフといった感じで柔らかく恭也に抱きとめられる。
恭也はそのまま、胡座をかいていた足の上にリコを座らせ、背中側から抱き締めるように腕を前へと回す。
これは予想外だったのか、リコはあっと言う間に顔を紅くさせ、恭也の腕の中で小さく暴れる。
恭也はそれが本気で嫌がっていないと分かっているので、腕でリコを抱きとめつつ、その髪に顔を埋める。
大きく息を吸い込むと、鼻腔にリコの香りが届く。
それに更に恥ずかしさを感じ、先程よりも大きく暴れるリコをしっかりと抱きとめたまま、恭也はリコの耳を軽く噛む。
これまた予想外の行動に、リコは「ひゃうっ」と小さな声を上げ、その反応を楽しみつつ、恭也はそっと耳元で囁く。

「すまないな。何か、機嫌を損ねたみたいで。
 その、俺はあまり気が付かないから、知らずのうちにリコを傷付けていたんなら謝る。
 今度からは気を付けるが、リコも遠慮せずに言ってくれ」

「……私の方こそ、すいません。別にマスターが悪い訳ではないんです。
 その、焼きもちと言いますか。兎に角、すいません」

リコの言葉を聞いた恭也は、少し呆けたようにリコの横顔を見詰めていたが、やがて優しく微笑むと、抱く力を少しだけ強める。

「それを少し嬉しいと思ってしまうのは、まずいかな、流石に」

「そうですね。わざと焼きもちを焼かせるような行動を取られるのは、流石に困りますが、
 今回は別に、その、良いんではないでしょうか。わ、私も、その、マスターの今の発言を聞いて、その、嬉しいですから」

そう言って照れたように俯くリコが愛しくて、恭也は片手を上げて頭を撫でる。
小さな呟きを漏らすものの、されるがままになる。

「所で、リコ」

「はい、何でしょうか」

急に真剣な顔と口調になって告げる恭也に、リコも同じように神妙な顔付きになって、次に発せられる言葉を待つ。

「リコ、マスターじゃないだろう」

「あ、はい、そうでした。
 ですけど、まだ恥ずかしくて……」

恭也の言葉に頷いたものの、照れるリコに、恭也はドギマギしつつ、言葉を待つ。
恭也が何を待っているのかを悟り、リコは小さく呟くようにその名を口に乗せる。

「きょ、恭也さん……」

「駄目。詰まったから、もう一度だ」

恭也の言葉に、頬を朱に染めたまま、リコは一旦、大きく深呼吸をすると、意を決したように呟く。

「……恭也さん」

「もう少し、大きな声で言って欲しい」

「恭也さん」

「何だ」

「恭也さん……」

「ああ」

「恭也さん、恭也さん……」

「ああ、俺はここにいるぞ」

何度も呼びかけてくるリコの手を取りつつ、恭也は優しい声音で答える。
恭也の名を読んでいるうちに、リコの口調が熱くなっていく。

「恭也さん、恭也さん。もう、何処にも行かないですよね。
 私を置いて、何処にも」

「ああ、何処にも行かない。俺は、リコを一人残して、何処にも行かないさ。
 現に、ちゃんとリコの事を忘れずに覚えていただろう」

「はい、はい。恭也さん、私のマスター……」

「リコ、俺はここに居るよ」

恭也は己の存在をリコへと示すように、後ろから抱く腕に力を込めつつ、その手をしっかりと繋ぐ。
リコは後ろへと首を回しつつ、覗き込むような形で恭也の顔を見詰める。
熱に浮かされたように潤んだ瞳で、リコは熱っぽく恭也の名を何度も口にし続ける。

「恭也さん、恭也さん」

「リコ、リコ……」

恭也は繋いでいた手の片方をそっと離し、不安そうな顔をするリコに大丈夫と囁きながら笑みを見せると、
その手をそってリコの頬へと当て、大事な壊れ物を扱うかのごとく、優しく愛しく撫でる。
頬から伝わる恭也の温もりに、リコは安心したように口元を綻ばせると、そっと恭也の胸へともたれ掛かりながら、
その手に、自らの空いた手をそっと重ねて目を細める。
先程まで、狂おしいほどに呼び合っていたお互いの名も口から出て来なくなり、お互いに言葉すらいらないと感じる。
ただ、お互いがお互いを必要としている事を感じながら、どちらともなく顔を近づけて行く。
徐々に閉じられるリコの瞳を見詰めながら、長い睫の数が数えられるほど近づいた所で、恭也もそっと目を閉じる。
暗闇の中、しかっりと繋いだ手や、頬に当てた手。
触れ合っている胸から伝わるリコの背中から奏でられる心音。
例え姿が見えなくても、それだけでも充分にリコを感じられ、安らかな気持ちになる中、
甘く、それでいて、脳の中枢を刺激するような感触を唇に感じ、恭也は優しくそれを啄ばむ。
リコも、それに答えるように啄ばみ返してくる中、次第にその動きが激しく、熱く、深くなっていく。
お互いの唾液を交換し合うように、舌の感触や口内までも貪るようにお互いに深い口付けをたっぷりと長い時、繰り返す。
やがて、ゆっくりと離れると、お互いの唇を繋ぐ銀糸を断ち切るように、恭也は軽くもう一度リコの唇へと口付ける。
たっぷりと五分以上は口付けを交わした二人は、お互いを先程よりも熱い眼差しで見詰め合う。

『………………………………』

と、そこで、無言のまま固まっている一同がやっと目に入ってくる。
恭也とリコは、驚いたように揃ってそちらを見るが、見られた一同は、未だに信じられないものを見たように、
一様に顔を赤くしたまま、動きを止めて二人を見ていた。

「あっ。え、えっと……。は、恥ずかしいです」

リコは小さく呟くと、真っ赤に染まった顔を隠すように、恭也の襟を両手で掴み、身体を捻って顔を恭也の胸へと埋めて隠す。
そんなリコの頭をそっと撫でつつ、恭也はどうしたものか真剣に悩む。
立ち上がってこの場を去ろうにも、リコが足の上に乗ったままのこの状況ではそれも難しく、
かと言って、この場に留まるのもまずいような気もしていた。
結局、多少強引にでもリコを抱き上げ、この場を去るという選択肢を選び、いざ実行という段になって、
固まっていた者たちが動き出す。
遅かったか、と内心で舌打ちしつつ、表面はあくまでも無表情のまま、恭也は空を仰ぎ見る。
その態度から、声を掛けるなという雰囲気を醸し出しつつ。
しかし、その程度で大人しくするような連中たちばかりでもなく、当然のように騒ぎ出す者たちがいた。

「ちょっ! 恭也、一体、何がどうして、どうなってんのよ」

「そ、そうですよ、恭也さん。こ、こここここここは、学校ですよ。
 が、学校内で、あ、あんな破廉恥な行いをするなんて、何て羨ま……じゃなくて、何を考えてるんですか」

「し、師匠が、……師匠が壊れたぁぁぁぁ!」

「あ、あうあうあうあう。お、お師匠、ちょっとうちらには刺激が強すぎ……って、違います!
 な、ひ、人前で何て事を……」

「きょ、恭ちゃんが、恭ちゃんが……。
 つい先日、コンビニで出会ったばかりの女性と……」

美由希の言葉に、忍たちが一斉に美由希に詰め寄る。

「美由希ちゃん、今の言葉って本当なの」

「は、はい。この間、コンビニの入り口で、偶々ぶつかった女性なんですよ。
 まだ知り合って、一週間ぐらいなのに。な、なのに、あ、あんな事をするなんて……」

忍たちの恭也を見る目が、信じられないというような目付きに変わる。
そんな忍たちの態度に、恭也は大きな溜め息を一つ吐くと、

「言っておくが、リコとは、それ以前の知り合いだからな」

「えっ! 本当に!?」

驚く美由希に、恭也は頷きを返し、それをフォローするように、リコも胸へと埋めていた顔を上げて言う。

「その通りです。恭也さんとは、あのコンビニで出会う前からの知り合いです。
 ですから、この間のアレは、再会という事になります」

そう告げたリコは、少しだけ悲しそうな顔を見せるが、それもほんの一瞬の事だったため、恭也以外は気付かなかった。
恭也は頷きながら、美由希たちを見渡すと、口を開く。

「そういう事だ。紹介しなかったのは悪かったが、色々と事情があったんだ。
 そんな訳で、改めて紹介しよう。俺が世界で一番愛している、俺の恋人のリコだ」

恭也の紹介に照れつつも、リコは嬉しそうな笑みをその顔に浮かべると、恭也の足の上に座ったまま礼儀正しく頭を下げる。

「リコ・リスと申します。以後、宜しくお願いします」

「あ、ご丁寧に、こちらこそ宜しくお願いします。私は、恭ちゃんの妹で……」

「美由希さんですよね」

「あ、はい、そうです。どうして? って、ああ、恭ちゃんから聞いてたんですね」

「えっと、まあ、そんな所です」

美由希の言葉に、曖昧に返すリコだったが、それを不審に思わず、美由希は次を譲る。
美由希に続き、忍、那美と紹介をしていき、全員が紹介を済ませると、忍が驚いたように言う。

「いやー、しっかし、恭也に恋人が居たなんて、驚きよね〜。
 しかも、目の前であんな所を見せつけられるなんて」

その言葉に、恭也とリコは顔を赤くする。
それを見て、更にからかう忍を軽く睨みつけるが、忍は一向に応えた様子も見せず、

「本当に仲が良いわよね〜。だって、これだけからかっているのに、未だにそんな態勢で手を繋いだままだし」

忍の指摘に、恭也とリコは揃って小さく呟きを漏らすが、しかし、決して離そうとはしない。
お互いに相手が離すのを待っているようで、少し困ったように目を合わせる。

「えっと、恭也さん」

「……リコが嫌じゃないんなら、俺はこのままでも構わない」

少しぶっきらぼうに答える恭也に、リコはまた笑みを浮かべると、小さく頷く。

「私は嫌じゃないです。こうしていて下さい」

それに応えるように、恭也は繋いだ手に力を入れる。
そんな二人の様子を見て、忍が大げさなぐらいに肩を竦めて見せる。

「つまんな〜い。全然、照れないんだもん。これじゃあ、からかう意味がないじゃない」

「逆に、お二人の仲を見せ付けられる形になりますしね」

那美も苦笑しつつ、そんな事を言う。
それに同意するように頷く美由希たちの中、リコは恭也の首へと鼻先を擦りつけるように甘える。
そんなリコの髪を優しく撫でつつ、恭也は時折、リコの首筋に軽く口付けを降らしていた。

「あ、あははははは〜。恭ちゃんが、恭ちゃんが……」

「師匠、好きな人には、とことん甘いですね……」

「おまけに、あのお師匠が甘えてる……」

呆れたような、驚いたような声をそれぞれ上げつつ、目の前の出来事を見詰める美由希たち。
既に言葉を無くしたFCたちは、のろのろと立ち上がると、ゆっくりとした足取りでこの場を立ち去り始める。
そんな状況も二人には見えていないのか、お互いにその行動を止める事無く、続けていた。

「恭也さん、好きです。愛してます」

「リコ、俺も愛してるよ」

人目も憚らずに愛を語り合う二人に、流石に呆れたように忍は一つ伸びをする。

「う〜〜ん、私もそろそろ、も〜どろっと」

忍がそう言って立ち上がったのを切っ掛けに、美由希たちも立ち上がると、その場を立ち去って行く。
それらに気付きつつも、恭也は甘えてくるリコの髪をいつまでも愛しげに撫で続ける。
やがて、誰も居なくなった中庭に降り注ぐ陽光によって、地へと伸びる影は、再び一つに重なっていた。





<おわり>




<あとがき>

で、出来た〜。
リコ編。
美姫 「あんまり甘くないわね」
うぅぅ、そう思いますか。
美姫 「あーあ。甘いお話をって話だったのにね」
まだ甘くないですか。
もっと甘くですか。
まだまだ努力が必要ですか。
美姫 「もっともっと努力が必要よ! それには、どんどん書くしかないわ!」
うぅぅぅ、やっぱりそれですか。
美姫 「って、ちょっと口調がおかしいわよ」
そうですか。おかしいですか。
美姫 「えーっと、この場合は、右45°から、えいっ!」
ごきっ!
美姫 「あ、力入れすぎたかも。首が変な方向に……」
…………。
美姫 「だ、大丈夫?」
……お前は、俺を殺す気か!
美姫 「あ、元に戻った」
ぜは〜、ぜは〜。ったく。
美姫 「さて、浩も元に戻ったみたいだし」
この辺で……。
美姫 「違うわよ。ドンドン書かせるわよ〜」
へっ!?
美姫 「ほらほら〜」
た、助けて〜〜〜〜〜!







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