『An unexpected excuse』
〜本と主編〜
「俺が、好きなのは…………」
恭也はそこまで口にすると、非常に困ったような顔を見せる。
その恭也の変化に、忍たちは少し怪訝そうになるが、口にするのが恥ずかしいのだろうと思い、ただ黙って続きを待つ。
そんな中、美由希はただ一人、他とは違う反応を見せ、その口元を苦笑で飾る。
沈黙が一瞬漂う中、誰かが待ちきれなくなったのか、恭也へと言葉を掛ける。
「それで、恭也は誰の名前を口にするんだ」
何処か横柄で尊大な感じの、何処か照れ隠しのあまりにぶっきらぼうになっているような声に、全員がそちらへと向く。
丁度、恭也の後ろにあった木陰から、美しい長髪の女性が現われる。
「ロ、ロベリア!?」
「私もいますよ」
そう言ってロベリアの後ろから、小柄な少女も現われる。
「イムニティまで」
どうして、という顔をしている恭也に、イムニティと呼ばれた少女とロベリアと呼ばれた女性は微笑を浮かべる。
「勿論、貴方が私の主だからですよ。主の傍に私がいるのは自然な事ですから。
逆に、今まで居なかった事の方がおかしいんです」
「私は単に、お前に会いに来てやったんだ。
本当なら、お前が戻ってくるまで待っていても良かったんだが、丁度、暇だったからな。
イムニティが、お前の元へと行くと言うんで、まあ良いかなと思ってな」
「くすくす。本当は、毎日、毎日、マスターをいつ呼び戻すのかって、私の元へ来てたくせに」
「な、何を馬鹿な事を! それは、あれだ。
そう、手合わせをだな」
「確かに、ロベリアとは手合わせをする約束をしたままだったな」
「そ、そういう事だ」
恭也の言葉に、ロベリアは物凄い勢いで頷く。
それを微塵ほども疑わず、恭也は納得したようだった。
そんな恭也を見て、自分で言っておきながら、少し肩透かしを喰らったような顔をするロベリアに、
イムニティが皮肉げな笑みを見せる。
「何か、言いたそうだな」
「別に。ただ、いい加減にマスターの性格を把握して、少しは素直になれば良いのにと思っただけよ」
「全然、別にではないじゃないか。殆ど、口にしているぞ」
「あら、そうかしら」
「う、五月蝿い! 私はただ、私を傷物にした責任をだな、ちゃんと取らせようと」
「傷物って。あの時、私たちは敵味方に分かれて殺し合いをしていたのだから、仕方がない事でしょう」
激昂するロベリアに対し、あくまでも冷静に対処するイムニティ。
しかし、そこに出てきた言葉に、FCたちが息を飲む。
「おまえ達、もう少し、周りを見てから言葉を話して……」
そう苦言する恭也の言葉は、しかし、二人には届いていないのか、
「そ、それだけではないわ。その、ちゃんと抱かれたし……。だから、その責任も」
「何を言ってるのかしらね。初心な乙女でもあるまいし。
そんな事を言ったら、あの時の救世主候補生全員が、その対象になるはずよ。
勿論、私も含めてね」
「なっ!」
「待て、お前ら! 何の話をしている。
身に覚えがないぞ」
「「本当に?」」
「いや、お前ら二人に関しては別として……」
しどろもどろになる恭也を半眼で睨みつつ、イムニティが声の調子を落として話し掛ける。
「本当に、救世主候補たちの誰とも、そういう関係を持っていないと」
「いや、誰ともという訳では……」
「そうでしょうね。あの時、リコと契約をしたはずですから」
「うっ……」
イムニティの言葉にたじろぐ恭也に、今度はロベリアが同じように冷めた口調で告げる。
「他にもいるわよね、確か」
「あ、ああ。ル、ルビナスも……」
「そうよね〜」
突き刺さるような視線に居心地を悪くしつつ、何故、そんな事を言わされているのか疑問を感じる間も無く、
座っている恭也の両隣に二人は当然のように腰を降ろすと、その腕を掴み、もたれ掛かる。
「で、そろそろ、向こうに戻れるのかしら」
「いや、まだ、やる事が残ってて」
「マスター。向こうでも、やる事はたくさんあるんですが」
「しかし、そっちは俺が居なくても……」
そう言う恭也に腕に胸を押し付けるように力を込めつつ、二人は恭也を下から見上げるように覗き込む。
「他の者はこの際、どうでも良いんです」
「そういう事だ。私たちが、お前を必要としている。それで、充分だろう」
「しかし、だな……」
「マスター……」
「恭也……」
先程とはうって変わり、甘えるような声で恭也へと囁く二人。
顔を赤くしつつ、何とか二人から逃れようとしていると、背後から声を掛けられる。
「マスター、何やら楽しそうな事をされていますね。
できればで構いませんので、詳しい事情をお聞きしたいものです」
「リ、リコ!?」
その声に慌てて振り返った先には、イムニティとよく似た少女が立っていた。
「ダーリン。私もいるですよ〜」
その後ろから、また新たな女性が現われる。
「ル、ルビナスまで。って、何でそっちの口調で話す」
「何でかしらね〜。胸に手を当てて考えてみれば、分かるかもよ。
あ、両手が塞がっているようだから、無理か」
先程とはがらりと変わった口調で告げるルビナスに、恭也は冷や汗を流す。
「えっと、これはだな……」
「良いです。言わなくても、大体の事情は分かりますから。
イムニティ! 私のマスターから離れなさい」
「ロベリアもよ!」
「リコ、何を勘違いしてるのかしら。
今では、私のマスターでもあるのよ」
「私の方が、先に契約をしました」
「順番なんて関係ないわよ。それは、貴女自身もよく分かっているでしょう。
何せ、マスターは、赤と白の両方に選ばれたんですから」
「そうでしたね。では、言い直しましょう。
私のマスターに、気安く触らないで下さい」
「だから、私のマスターでもあるんだってば。
それに、私が貴女の言う事を聞く道理もないわよ」
「口で言っても分からないと仰るのなら、相応の覚悟はして頂きます」
「あら、面白いじゃない」
リコとイムニティが睨み合う反対側では、同じようにルビナスとロベリアが睨み合っている。
「ロベリア、その手を離しなさい」
「い・やよ。何で、私がアナタの言う事なんか、聞かなければいけないのよ」
「ダーリンは、私のものなのよ」
「いつから、そんな事になったのかしら。初耳よ」
「貴女たちが、敵対していた時によ。
リコとの事は、仕方がないとして許すとしても、貴女は駄目よ!」
「そんなのは無効よ。だって、私と恭也がこうなったのは、あの戦いの後なんだから。
それに、一度関係を持っただけで、恭也を縛るなんて可哀相よ。
第一、アレって、記憶を戻す儀式みたいなものだった訳でしょう」
ロベリアの言葉に、ルビナスの眉間が震え、怒りを我慢するように震え、
イムニティは、さっき自分が言った事と同じような内容を口にするロベリアにあきれたような眼差しを向けるが、
すぐにリコとの言い争いへと戻る。
その間にも、ルビナスはロベリアへと噛み付くように口を開く。
「あ、あの時のは、それだけではないわよ。
ちゃんと、愛があったもの」
「それは、アナタの方だけじゃないの」
「そんな事ないわよ!」
「本当かしらね〜」
イムニティとロベリアは、それぞれ相手に見せつけるように、恭也の腕を抱く力を強める。
それを見た瞬間、リコとルビナスの二人の周囲の空気が震えた。
危険を察知した恭也は、周りに居る者を逃がそうとして、既に誰も居ないことに気付く。
と、遠くから、美由希が手を軽く振っていた。
どうやら、事前に察して、美由希が皆を避難させていたようだ。
そのことに感謝しつつ、ついでに俺も助けてくれと美由希を見るが、美由希はただ手を合わせると、すぐにその場を去って行く。
その背中を見遣りつつ、恭也は両腕を固定されて動けずにいた。
しかも、その両側からは、物凄い殺気混じりの闘気が流れてくる。
「イムニティ、最後の警告です。
マスターから、離れなさい」
「ロベリア、最後に一応、聞いてあげるわ。ダーリンから離れる気はある?」
それに対するそれぞれの答えは、とても短く簡単だった。
「嫌よ」
「ない」
たった二文字。
しかし、引き金を引くには充分な二文字だった。
その言葉を聞いたリコとルビナスから、強力な魔力の塊が二人へと向かう。
それを、二人は咄嗟に回避する。
しかし、二人に腕を掴まれていた恭也は、すぐさま逃げることは出来なかった。
学校の中庭にはあまり似つかわしくない、そもそも聞こえるはずのない爆音が轟く。
「なっ! ちょっとリコ、何をやっているのよ!」
「あ、貴女が避けるからでしょう」
「避けるに決まってるでしょう」
「だったら、ちゃんとマスターも一緒に連れて逃げなさいよ」
「ロベリア、何でダーリンを置いて、自分だけ逃げるの!」
「攻撃を仕掛けてきたアナタには言われたくないわよ!
第一、私はてっきり、イムニティが連れて逃げると……」
「わ、私の所為にしますか」
「いや、そこまでは言ってないけど」
「言っているも同然ではないですか。第一、それを言うのなら、私だって、貴女が連れて逃げると思いました」
「やれやれ。ここに来て仲間割れをするぐらいなら、始めらから組まなければ良いのに」
呆れながら言うルビナスに、リコも同意しつつ、それ所ではないと気付く。
「それよりも、マスターは!?」
「そうだったわ」
二人、いや、その言葉に四人は煙の晴れてきた着弾地点を眺める。
しかし、そこには大きな穴が開いているものの、恭也の姿はなかった。
「お、お前らな……」
四人の後ろから、心底疲れたような顔をした恭也が姿を見せる。
「俺を殺す気か」
「そんな事はあり得ません」
リコの言葉に、図らずも全員が一斉に頷く。
頭が痛くなるような感じを受けつつ、恭也は頭を軽く振ると、注意しようと口を開く。
しかし、それよりも先に、リコが話し掛けてくる。
「マスター、お話は少し後にしましょう。ルビナスさん」
「ええ、分かってるわ。まずは、あの二人をね」
「イムニティ、何やら寝言を言っている連中がいるみたいだけど」
「全くもって、理解できませんね」
「いや、だから、おまえ達。俺の話を少しは……」
そこで恭也の言葉は、イムニティの放った雷の轟音に掻き消される。
イムニティの雷を、ルビナスが剣で弾くや否や、その影からリコが飛び出し、ロベリアたちへと小さな隕石を落とす。
それを二人は躱すと、ロベリアを前衛にして、イムニティが援護をする形で二人はリコたちへと肉薄する。
突如始まった戦闘に、恭也は顔を顰めつつ、大きな大きな溜め息を吐く。
よく晴れた昼下がりに中庭。
しかし、耳を打つのは静寂とは程遠く、また、日常でも滅多に耳にすることのない剣戟や爆音。
恭也はそれらをBGMに、本当に疲れた顔で空を見上げる。
遠くから美由希の声で、止めてと聞こえたような気もするが、きっと気のせいだろうと言い聞かせながら。
(俺は今、夢を見ているんだ。あー、空はとても青いな。
そして、この静寂。何とも落ち着く……)
目を閉じた所為か、更に激しさを増す金属同士のぶつかり合う音。
時折混じる、この世界の何処とも違う不思議な旋律で紡がれる言葉。
その後に響く、轟音。
それらに耳を打たれながら、恭也は大きく肩を落とすと、目の前の惨状を素直に受け入れることにする。
そして、大きく息を吸い込むと……。
「いい加減にしろ!」
滅多にない恭也の大声に、四人はピタリと動きを止める。
「全く、お前らと来たら。一体、何を考えている」
「し、しかし、マスター」
「リコ、少し黙っててくれ。全員、そこに座れ」
恭也の言葉に、大人しくその場に正座をした四人を前に、恭也はゆっくりと、静かに口を開く。
「もう少し、場所を考えてくれ。偶々、美由希の機転のお陰で、誰も人が居なかったから良かったものの。
本来なら、ここには何の力も持たない人たちが寛いでいるんだぞ」
始まった恭也の説経に、四人は神妙な顔付きで項垂れたまま恭也の言葉を聞く。
「それをおまえ達ときたら、遠慮なしに呪文を放つわ、剣を持ち出してくるわ……」
続けられる恭也の言葉を、ロベリアが少し不満そうに止める。
「そうは言うけれど、全てははっきりしない恭也の所為じゃない」
それを言われると、恭也も強く言う事が出来ずに言葉を詰まらす。
それを好機と見て取ったのか、四人はさっきまでいがみ合っていたのが嘘かのように、息を合わせて一斉に恭也を攻め立てる。
「マスター、丁度いい機会ですから、そこに座ってください」
「あ、ああ」
イムニティに言われ、恭也はその場に正座をする。
恭也を囲むように四人は立ち上がると、口々に恭也が如何に鈍感で、はっきりしないかを言い始める。
「そもそも、マスターが悪いんですよ。
私達四人の中から、誰も選べないなんて仰るから」
「そうよ、ダーリン。ダーリンが、誰か一人を選んでくれたら、私たちだって……。
多分、無理だろうけど」
「今、最後に何か言い足さなかったか」
「ううん、気のせいよ、気のせい」
「それより、丁度良い。ここで、はっきりとしてもらおう」
「それは良いわね」
ロベリアの言葉に、イムニティも同意し、恭也をじっと見詰める。
「さあ、マスター。私とロベリアかリコとルビナスか、どちらかを選んでください」
「今ここでか!?」
驚いた顔で全員を見渡す恭也に、四人は一斉に頷く。
そこで恭也は、少し可笑しなことに気付く。
「ん? 四人のうち、誰か一人じゃなくて、何で二組のうちどちらかなんだ」
「破滅からアヴァターを救ったんですから、これぐらいの要求をしても問題はないでしょう」
リコの言葉に、ルビナスも頷いて返す。
「そういう事よ。私はリコだったら、別に構わないもの」
「私たちの方も、それで納得しています」
イムニティが言った言葉に、今度はロベリアが頷きつつ言う。
「さあ、旧赤の主組と旧白の主組のどちらかを選べ」
「そうは言われてもな……」
恭也は本気で困った顔を見せる。
「正直、不純だと思われても仕方がないが、俺は四人共同じぐらいに好きだ。
いずれ、一人を選ぶとして、今はもう少しだけこのままというのは、やっぱり、俺だけにとって都合が良すぎるか」
真剣にそう告げる恭也に、四人は一斉に頬を染めつつ、お互いに目配せをする。
「このままマスターの決断を待っていては、時間の無駄になります」
きっぱりと告げるリコに、恭也はそうかとだけ呟く。
自分でも、都合が良すぎることを言っていると分かっていて、それでも言っているのだ。
これで愛想を尽かされても仕方がないと思っていたが、続くルビナスの言葉に、恭也は我が耳を疑う事となる。
「だから、ここは四人全員と言う事で……」
「仕方がないな」
「まあ、私とリコは本来、二人で一人のマスターを持つはずだから、別に良いけど」
「それでは、そういう事で」
最後に締め括るように告げたリコの言葉に、全員が頷く中、恭也は一人呆けたように四人を見上げていた。
やっとの事で、何とか口を開くが、上手く言葉にならない。
「えっと、つまり……」
そんな恭也に微笑を浮かべつつ、リコが説明を買って出る。
「つまり、マスターには、私達四人全員と付き合って頂くと言う事です。
勿論、平等に」
「い、いや、それは流石にまずいだろう」
「問題ないわよ、ダーリン。さっきも言ったけれど、ダーリンは破滅からアヴァターを救った英雄になってるんだもの。
これぐらいの無茶なら、アヴァターでは通用するわよ」
「もし、文句を言う奴がいるなら、私が……」
「その先は言うな。いや、実際にするなよ」
恭也の言葉に、ロベリアは渋々と頷く。
そこへ、今度はイムニティが声を低くして告げる。
「だからと言って、私達四人以外ともなんて考えないで下さい。
もし、そんな事を考えれば、マスターとはいえ……」
途端、四人全員が似たような表情を作って恭也を見下ろす。
目だけは真剣で、口だけが笑みの形を作るという表情を。
薄ら寒いものを感じつつ、恭也は頷く。
「そんな事、するはずないだろう。
俺が悩んでいたのは、お前たち四人の事が同じぐらい好きだからで、その中から選ばないといけないからなんだから」
その言葉に照れる四人を余所に、しかし、恭也は真剣な顔付きで訊ねる。
「しかし、本当にそれでお前たちは良いのか」
「はい、マスターがそう望むのでしたら」
「ダーリンが悩むのは見たくないしね」
「それに、こうすれば選ばれない者がでませんし」
「結局、誰かを選んでも、諦めれるか分からないしな」
四人それぞれにそれで良いと言うと、最後にその代わり、と続ける。
『……皆、平等に愛してください』
その言葉に、恭也は苦笑を浮かべつつ、強く頷く。
「ああ、勿論だ。俺は、四人共愛してる」
その言葉を聞き、四人が一斉に恭也に抱きついてくる。
それをしっかりと抱きとめつつ、胸のうちで幸せを噛み締める。
ただし、恭也は変わり果てた中庭を出来る限り視界に入れないようにしていた。
尤も、そんな光景など、今、目の前にいる女性たちに比べれば、最初から目に入らないが。
そうして、幸せそうな笑みを浮かべる四人を眺めつつ、それぞれと口付けを交わすのだった。
おわり
<あとがき>
で、出来た……。
美姫 「かなり、恭也に都合の良いわね」
まあな。
今回は、四人で、二人一組。
しかも、対決編といった所だな。
美姫 「とらハキャラではなかったのね」
あ、あはははは〜。
と、とりあえず、今回はこんな感じで。
それでは、次回で!
美姫 「はぁ〜。また、次回でね〜」