『An unexpected excuse』

    〜凛編〜






「俺が、好きなのは…………」

言い淀む恭也の言葉を遮るように、女性の声が割って入ってくる。

「へー、中々面白そうな事をしてるじゃない、高町君」

言葉通り、その顔に笑みさえ浮かべた少女は、しかし、表情とは裏腹にやけに冷めた眼差しに、抑揚の無い口調のまま続ける。

「り、……と、遠坂!?」

声を掛けられた恭也は、遠坂の顔を見て、物凄く不機嫌になっている事を理解する。
ただし、その理由に付いては、全く分かっていなかったが。
驚く恭也に構わず、遠坂は恭也に近づくと、笑みを浮かべたまま、その顔を正面から見据える。
無言で視線を交わす二人の間に、言いようのない空気を感じ、他の者たちは一斉に口を噤む。
やがて、遠坂はこのままでは埒があかないと感じたのか、肩を落とし、大きく息を吐き出す。

「あー、高町君に期待した私が馬鹿だったわね」

「む、言っている事がよく分からないが、何かを期待していたのか」

「ああ、別に良いのよ、うん。大した事じゃないから」

そう言って手をパタパタと振る。
それに一応の納得をして、恭也は今更ながらに尋ねる。

「所で、どうしてここに?」

「どうしても、何も、単に屋上で昼食を取っていたら、高町君の姿が見えたから」

「ああ、そういう事か」

恭也はそれで納得したのかもしれないが、忍たちは事態がよく分かっていないらしく、恭也へと尋ねる。

「えっと、よく分からないんだけど、とりあえず、恭也、いつの間に遠坂さんと仲良くなってたの」

「そうです、恭也さん。遠坂さんは、昨日、交換留学でこちらに来たばかりなのに」

忍の言葉に頷きながら、那美も不思議そうに尋ねる。
これには那美だけでなく、他の者たちも同感のようで、恭也からの説明を待っている。
美由希たちの態度からそれを感じ取り、恭也はどう説明するか悩み、困った顔を遠坂へと向けるが、
その視線の先では、どこか楽しむような素振りで遠坂自身も恭也の説明を待っていた。
それを見て、遠坂からの説明は期待できないと悟り、恭也は説明を始める。

「簡単に言うと、以前からの知り合いだな」

恭也の言葉に、遠坂は少しあてが外れたような顔を一瞬だけ覗かせるが、すぐに元のように何事もなかったような顔に戻ると、
本当に簡単な説明だわ、と聞こえるかどうかといった声でそっと呟く。
その大雑把な答えに、美由希たちは一斉に納得し、これまた遠坂が、あれで納得したの、と言いたそうな顔になる。
それを読み取ったのか、美由希が苦笑にも似た表情で、遠坂に話し掛ける。

「兄は、長期休みになると、たまにふらりと居なくなるので、
 その間に知り合った人がいるのは、そんなに珍しくないんですよ」

その言葉に、遠坂も自分と出会った時も、そう言えばそうだったと思い出し、妙に納得する。

(ああ、初めて会った時に、恭也自身も同じような事を言ってたような気もするわね……。
 何か、懐かしいわね)

珍しく物思いに耽ってりだした遠坂に構わず、美由希が恭也へと視線を転じる。

「それよりも、さっきの質問に対する答えの続きを教えて欲しいのだけど」

美由希の言葉に恭也は一つ頷くと、未だに昔を回想しているのか、顎に指を当てて俯いたままの遠坂の肩に手を置く。

「俺が好きなのは、遠坂凛だ」

恭也の告白に、美由希たちが驚いた顔で凛を見るが、その本人といえば……。

「よくよく思い出してみたら、士郎と二人揃って、馬鹿みたいな事をやってくれたわよね。
 本当、良く生きてたわ、私達。…………って、え、え、何々」

ようやく自分に視線が集中している事に気付き、凛は顔を上げる。
何が起こったのか分からないといった感じで、隣にいつの間にか立っている恭也へと視線を向ける。
その意味に気付くと、恭也は苦笑しながら言う。

「本当に変わってないな。普段から、常に周りに気を張っているくせに、たまに別人のように抜けている時がある」

「……むぅ、言われなくても、自分でも分かっているつもりよ。
 どうせ、ここ一番って時によく失敗してますよーだ。
 全く、偶にうっかりしただけで、これだもんね」

「いや、凛の場合は、そのたまに、が、大事な時が多いから問題なんだと思うが」

「悪かったわ。……って、ちょ、恭也、名前で呼んでるわよ」

慌てて言って来る凛に、恭也はあきれたような顔になりつつ、

「凛、お前も名前で呼んでる」

「あ、こ、これは。だって、恭也が名前で呼んだから、慌てて……。
 つい、言い慣れている方で呼んだんじゃない。つまり、恭也が悪いの!」

決め付ける凛に、恭也は自分が悪かったと肩を竦めて見せる。
そんな恭也の態度に眉を顰め、尚も言い募ろうとしてくる凛を片手で制して、周りを見ろとジェスチャーで伝える。
それに応えるように周りを見た凛は、さっきまでの状況を思い出し、疲れたような笑みを見せる。
そんな凛の背中にそっと手を添え、少し前へと押しながら、恭也は先程答えた内容を、今度は凛にも聞かせるように言う。

「ここにいる遠坂凛が、俺の好きな人で、恋人だ」

既に今までのやり取りで予想が付いていたのか、はたまた、そのやりとりに呆れていたのか、
美由希たちからの反応は殆どなかった。
代わりと言っては何だが、紹介された張本人たる凛自身が、顔を赤くして慌てたように恭也へと食って掛かる。

「あ、あんた、急に何を言ってるのよ!」

「何って、嘘は言ってないだろう」

「た、確かに言ってないけれど、どうして、人が言って欲しい時には気付かないくせに、
 こう、心構えをしていない無防備な時に限って、そんな事を言うのよ!
 だ、大体、そんな恥ずかしい事を……」

「ま、まあ、確かに皆の前で、というのは恥ずかしいけれど、別段、隠さなければいけないことでもないだろう。
 それに、これで心置きなく、校内でも話が出来る訳だし」

「そ、それはそうなんだけど……。あー、もう」

大勢の前で恥ずかしい事をさらりと言った恭也に対して怒っているはずなのに、それとは別に嬉しいという気持ちもあり、
しかも、どちらかというと、そちらの方が大きいという事を気付かれたくなくて、凛は怒ったような拗ねたような顔をしてみせる。
少しでも油断すると、綻びそうになる口元を隠すように、ブツブツと文句を呟く凛に、恭也は何度も謝る。
その態度に溜飲を下げた振りをしつつ、もう良いわよと言ってやると、恭也は明らかにほっとした顔になる。
その恭也の変化を見ながら、やっと、凛は気付いた。
あっさりと言ったように見えた恭也だったが、実はかなり緊張していたようで、同時に恥ずかしかったんだという事に。
それでも、はっきりと言ってくれた事に、流石の凛も素直に喜びを現す。
ただし、言葉には出さず、恭也の腕を取り、自分の腕と絡ませる事で。
急な凛の行動に、今度は恭也が恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、あらぬ方向を向く。
それを見て、凛の中にむくむくと黒いものが浮かび上がる。
凛は顔をにやりと笑みの形に作ると、これでもかと言う位に身体を密着させる。

「恭也、どうかしたの。ひょっとして、体調でも悪いとか」

「い、いや、別にそういう事はない。その、と、とりあえず、少し腕を離してくれないか」

「え〜、何で」

照れる恭也の反応が楽しく、ついつい腕に力を込めてしまう。
強く組まれた腕から伝わる凛の温もりや、肘に当たる柔らかい感触に、恭也は益々顔を赤くさせ、何とか振りほどこうとする。
しかし、あまり強く力を入れて、凛に怪我をさせるわけにもいかないため、簡単に振りほどけないでいた。
そんな恭也の心の内を全て見透かした上で、凛は更に恭也へと詰め寄る。

「本当に大丈夫なの。だって、顔が赤いわよ。熱でもあるんじゃないの」

そう言って、恭也の顔を間近で覗き込む凛の、その目を見て、恭也は憮然とした表情を浮かべる。

「凛、お前、分かっててやってるだろう」

「何が」

「くっ、わざとらしい真似を」

恭也の反応を充分に楽しんだ所で、凛は今回はこれぐらいにしといてあげるかと、腕を解くと、恭也から離れる。
しかし、その腕を今度は恭也が取り、少し強く引っ張る。
バランスを崩して前へとつんのめった凛を抱き止めると、抱き締める。

「ちょっ、恭也。み、皆が見てるってば」

「皆? 何処にいるんだ?」

「へっ?」

恭也の言葉に、唯一自由に動かす事の出来る首を巡らせて周りを見てみれば、既に他の者たちの姿は無かった。

「あれ、いつの間に」

「さあな。だけど、誰もいないだろう。と、言う訳で……」

そう告げると、恭也は凛を強く抱き締める。
最初は戸惑っていた凛だったが、次第に身体から力を抜いて、大人しくなる。

「久し振りだな」

「ええ、そうね。あの時以来ね」

「ああ。しかし、交換留学生で凛が来るとはな。偶然にしても凄い偶然だな」

「……本当に偶然だと思ってる?」

下から覗き込む形で、含みのある笑みを浮かべる凛を見て、恭也はまさかと思う。
それを読み取ったのだろう、凛は笑みを深めると、

「そのまさか、よ。気付かなかったの。普通、こんな時期に三年生の交換留学なんて行う訳無いじゃない。
 普通は、一年生とか二年生でしょう」

「まあ、言われてみれば」

「だから、ちょっと、書類をね」

「おいおい」

「大丈夫よ、ばれてないから。と言うよりも、寧ろ、とある教師が自ら進んでやったと言うか」

「まさか、魔術か」

「いいえ、そんな事はしないわよ。言ったでしょう、とある教師が自分から書類を書き換えたって」

「……ああ、あの人か」

「ええ、そういう事。報酬は、一ヶ月間、晩御飯に一品増やす事。
 勿論、作るのは私じゃないけどね」

この言葉に、恭也は遠い地にいるであろう一人の友に心から詫びを入れると同時に、感謝しておく。

「と、まあ、そういう訳よ」

そう言って悪びれもせずに笑う凛に、恭也も微かな笑みを浮かべる。
それから、どちらともなく無言のまま見詰めあうと、ゆっくりと目を閉じ、徐々に顔を近づけて行く。
後、数ミリで唇が触れ合うといった所で、予鈴が鳴り響き、二人は驚いて離れる。

「お、驚いた〜」

凛は激しく鳴る胸を押さえつつ、恭也へと照れたような顔を見せる。

「えっと、とりあえず、教室に戻らないとね」

「あ、ああ」

何となくお互いの顔を見れないまま、二人は校舎へと歩き出す。

「……えっと、今日の放課後、空いてる?」

暫らくして、そう尋ねてくる凛に、恭也は頷いてみせる。

「そう。じゃあ、放課後、恭也の教室に行くから、待ってなさいよ」

あくまでも命令口調で一気にそう告げると、凛は恭也の腕を強く引き、
よろめいて自分と大して変わらない位置まで来た恭也の頬に唇を押し付けると、すぐさま駆け出す。
その背中を暫らく茫然と見た後、恭也はやれやれとため息を零す。
しかし、その顔には不満など見れず、寧ろ、嬉しそうな笑みを貼り付けていた。





<おわり>




<あとがき>

パブロフの犬さんの135万Hitリクエストで、Fate編です。
美姫 「結局、凛になったのね」
ああ、凛になったさ。
他にも、数人候補があったんだけどね。
美姫 「まあ、予想通りといえば、予想通りね」
何を言う。他にも、ライダーとか、キャスターとかも好きだぞ。
最後の最後まで、ライダーにするかどうか迷ったと言うのに。
美姫 「じゃあ、次はライダー編?」
さて、次は何を書こうかな〜。
美姫 「おい、こら」
あ、あはははは〜。
次の事はまだ分からないって。
美姫 「いつもと変わらずって事ね」
まあ、そういう事だよ。
美姫 「はぁ〜。とりあえず、パブロフの犬さん、キリ番めでとうございました」
それでは、また次回。
美姫 「ごきげんよう」







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