『An unexpected excuse』
〜可南子編〜
「俺が、好きなのは…………」
言葉の続きをFCが息を飲んで見守り、美由希たちは興味深そうな目で見詰める。
「あー、好きなのは二人いる」
「ええ〜、二股!」
「恭ちゃんが、そんな人だったなんて」
恭也の言葉に、忍に続いて美由希が声を上げる。
「うぅ〜、こんな兄だったなんて。私はこれから何を信じれば……」
「美由希さん、しっかりしてください」
「美由希ちゃん、気をしっかり持って」
「そうやで、美由希ちゃん。お師匠がこんな人やったとしても、美由希ちゃんは美由希ちゃんや」
「そうそう、晶やレンの言う通りだよ。こんな酷い兄を持っていても、私たちの美由希ちゃんを見る目は変わらないわよ」
口々にそう言いながら、美由希を励ます忍たちを恭也は半眼で睨み付ける。
「お前ら、無茶苦茶な言い様だな。
大体、お前らは事情を知っているだろうが」
冗談では済まないぐらいの気迫の篭った目で睨みつけられ、流石の美由希たちもそれ以上の悪ふざけを止める。
美由希たちの言葉は兎も角、恭也の言った言葉に疑問を感じたFCの一人が意を決したように話し掛ける。
「えっと、それで二人と言うのは……」
しかし、最後まで口にする前に、その言葉は新たに現われた第三者の声によって遮られる。
「……あなた」
そう声を掛けてきたのは、その声に立ち上がった恭也よりも少しだけ背が高く、髪の長い女性だった。
その手には、鞄と何やら小さなモノを持って立っていた。
「可南子、どうしたんだ!?」
驚いたような声を上げる恭也に、可南子と呼ばれた女性は何かを差し出す。
「これが机の上に置いたままだったので。
今日の午後の授業で使われる物なんでしょう」
そう言って可南子は辞書を恭也に渡す。
それを受け取りつつ、
「そんな事のためにわざわざ。別に良かったのに」
「いいえ、買い物のついでですから」
「そうか。葉月は寝ているのか」
「ええ」
そう言って微笑む可南子の腕には、小さな赤ん坊が抱かれていた。
美由希たちは葉月を起こさないようにそっと近づくと、その寝顔を覗き込む。
「わぁー、可愛い」
「二人に似て、将来は美人になるわね」
忍の言葉に、恭也は頬を緩めつつ答える。
「可南子に似て、綺麗になるだろうな」
「そ、そんな事……。あなたに似た方が綺麗になるんじゃ……」
「男の俺に似ても仕方がないだろう?」
「そんな事ないと思いますよ。恭也さんに似ても、凄い美人になると思いますよ」
那美の言葉に、恭也は複雑そうな表情になる。
「それは喜んでもいい事なのだろうか?」
「勿論ですよ」
那美の言葉にどこか納得しかねる顔をしつつも、とりあえずは頷く。
「まあ、どっちにしろ元気に育ってくれれば、とりあえずはそれで良いさ」
「そうですね。それで、幸せになってくれれば、何も言うことはないですね。
私があなたに出会ったように」
恭也は可南子の言葉に照れつつ、
「まあ、初めて会った時はまさか、こんな事になるとは思ってもいなかったからな」
「私もです。
まさか、父を嫌う理由にもなった先輩との出来事と同じ事が、自分にも起こり得るなんて、夢にも思ってませんでした。
同じような事になって、初めて本当に先輩の気持ちが分かったような気がします」
「そうか」
二人だけの世界に入りつつある恭也たちに、忍が意地の悪い声を掛ける。
「でも、恭也はいざそういう事になったら、自分から一本取らないと駄目だとか言って、木刀を持ち出してきそうね」
「あははは、師匠ならそうれぐらいやりそうですね」
「いや、お師匠の事やから、葉月ちゃんの時まで待たなくても、なのちゃんの時にでもやりかねませんな」
口々に言う忍たちに、恭也はさも当然とばかりに言う。
「当たり前だ。当然、おまえ達も妹みたいなものなんだから、なのは以外にも、美由希、晶、レン皆、同じ事をするぞ。
因みに、参考資料として真雪さんに色々と教えてもらっているしな」
「そ、そんなー。恭ちゃんから一本取れる人なんて、そうそう見つけられないよ〜」
「師匠、なのちゃんや美由希ちゃんだけじゃなく、俺たちもですか」
「それに、お師匠。真雪さんから教えてもらったって……。あのステップ12でやっと手をつなぐとかいう……」
レンの言葉に恭也は神妙な表情で頷く。
それを見て、美由希たちは絶望的な声を上げ、忍たちはこっそりと合掌をする。
「横暴だよ、恭ちゃん」
「そうですよ、師匠」
「幾らお師匠でも、こればっかりは……」
美由希の言葉を皮切りに、晶とレンも反論する。
それを聞きながら、忍が横でうんうんと頷く。
「確かにね。自分は出会って間もないのに、すぐに付き合いだして。
その上、子供まで作ってるくせにね〜」
忍の援護を受け、美由希たちも強く頷く。
そんな美由希たちを見て、恭也は頬を掻きながら、
「まあ、冗談だ。そんなに剥きになるな。
これに懲りたら、あまりからかわない事だな」
「「「うぅ〜」」」
恭也の言葉に安堵しつつも、項垂れる美由希たちだった。
そこへ、FCの一人がとても遠慮がちに声を掛けてくる。
声を掛けられるまで、恭也たちは完全に彼女たちの事を忘れていた。
「あのー、今までの会話から、何となく答えが分かった気もするんですが、高町先輩が言ってた好きな人二人と言うのは……」
その子の視線が可南子と葉月に向う。
それに頷きつつ、
「ああ、可南子と葉月のことだ」
「そ、そうですか。ま、まさか、高町先輩に奥さんと子供さんがいたなんて……」
がっくりと肩を落とすFCたちに、恭也は声を掛ける。
「すまないが、この事は出来る限り……」
「ええ、勿論です。高町先輩が結婚していたとしても、私たちFCは高町先輩の味方ですから!
この事は勿論、誰にも言いません」
「そ、そうか、それは助かる」
FCたちの言葉に胸を撫で下ろす恭也に一礼すると、FCたちは校舎に戻って行った。
その背を見送る恭也に、可南子が声を掛ける。
「あなた、随分と人気者のようですね」
「い、いや、別にそういう訳では」
「では、FCとは何なんですか?
私にそんな事、一度も言ったことないじゃないですか」
「いや、俺も今日初めて知ったんだ」
「本当に?」
疑わしそうな目で見てくる可南子に、恭也は強く頷く。
「ああ。嘘だと思うのなら、忍たちにも聞いてみろ」
恭也の言葉を受け、可南子は忍たちへと振り返る。
その視線を受け、代表して忍が答える。
「恭也の言っていることは本当よ。
尤も、私たちは結構前からそういうのがあるってのは耳にした事はあったけど。
恭也は、今日のこの時まで知らなかったわよ」
「そうですか」
忍の言葉に嘘がないと分かり、可南子は恭也に謝る。
しかし、その後少しジト目で恭也を見ると、
「それで、好きな人が二人と言うのは?」
「だから、それは可南子と葉月の事に決まっているだろう」
「私と葉月は同じですか?」
どこか拗ねたように見てくる可南子に、恭也は苦笑を浮かべる。
「まさかとは思うが、自分の子供に焼きもちか?」
「……!い、いけませんか。
そ、それはあなたにとっては私も葉月も大事なんでしょうけれど……。
そりゃあ、私だって葉月の事は可愛いし、好きですけれど、
ああいった場合の好きというのに答える相手としては、少し違うんじゃないかと思ったりしただけで……。
逆に、葉月の名前が出てこなかったら、それはそれで怒ったかもしれませんけれど……。
で、ですから……」
自分でも何を言っているのか分からなくなってきた可南子を、恭也はそっと抱き寄せる。
多少、可南子の方が背が高いといっても、二人の身長差はそんなにないので、恭也は可南子の頭をそっと抱き寄せる。
可南子も大人しくされるがままになり、恭也の肩にそっと顎を乗せる。
背中に流れる長い髪を手で梳きながら、その耳元に話し掛ける。
「確かに葉月の事は好きだけれど、その好きと可南子への好きは少し違うから。
そりゃあ、どっちも好きだし、大事でどちらかを選べと言われても選べないけれど、
女性として、俺が好きなのは、愛しているのは可南子だけだから。
そこは、葉月とは違うから」
恭也の言葉を聞きながら、可南子は少し恥ずかしそうに、けれども嬉しそうに頷く。
「はい、分かっています」
「そうか」
可南子の言葉に短く答えると、恭也はそっと可南子から離れる。
少し名残惜しそうにしつつも、可南子は時間を思い出す。
「あなた、時間は大丈夫なのですか」
「っと、そうだったな。もうそろそろ戻らないと……。って、美由希、何後ろを向いているんだ?」
見ると、美由希だけでなく、忍たちも同じように恭也たちに背中を見せていた。
恭也の問い掛けに、美由希たちはゆっくりと振り返ると、
「あ、終ったんだ。いや、流石に私たちはお邪魔かな〜、と思ったんだけれど……」
「あそこで立ち去ったら、逆に気付かれるかなと思って、ね」
美由希の言葉を次いで忍が答え、同意を求めるように那美たちを見る。
それを受け、那美は頷きつつ、
「ええ。それならと、せめて後ろを振り向いたんですけれど……」
そこまで言われ、恭也は咄嗟の事で気付かなかったさっきまでの行為を思い出して、顔を赤くする。
「あー、と、兎も角、さっさと戻ろう。時間が……」
恭也の言葉に忍たちも頷き、可南子に挨拶をすると校舎へと歩き出す。
彼女たちから遅れ、恭也も可南子に再度声を掛ける。
「それじゃあ、俺は授業に行って来るから」
「はい、頑張って来て下さいね。あ、それと、晩御飯は何が良いですか」
「そうだな、可南子の作る物は何でも美味いからな。任せるよ」
「はい。それなら、腕によりを掛けて頑張りますね」
「ああ、楽しみにしている。それじゃあ、また後でな」
そう言って歩き出そうとした恭也の制服の裾を掴むと、
「あなた、今日は二回目になるけれど……。
いってらっしゃい」
そう言って目を閉じる。
確かに日課となりつつある行為とは言え、学校という事もあって慌てる恭也だったが、周りに誰もいない事を確認すると、
「いってきます」
可南子の唇に、そっと口付けるのだった。
おわり
<あとがき>
はい、可南子編です。
良いな〜、可南子。
美姫 「結構、お気に入りよね」
まあな。
美姫 「でも、今回はあの方の予定だったのでは?」
あ、あはははは〜。
まあまあ。よくある事じゃないか。
美姫 「それを自分で言う?」
何とでも言え。
美姫 「馬鹿、馬鹿、馬鹿。本っっ当〜〜に馬鹿!」
そんなに馬鹿を連呼するなよ!
美姫 「何とでも言えと言ったじゃない」
言ったが、何度でも何て言ってね〜。
美姫 「はいはい。それより、次回こそあの方?」
……さて、それではまた次回!
美姫 「はぁ〜。仕方がないか、浩だしね」
何気に傷付くぞ、お前。
美姫 「だったら、ちゃんとしなさいよ」
……ではでは〜。
美姫 「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜」