『An unexpected excuse』

    〜蓉子編〜






「俺が、好きなのは…………」

恭也はそこから先を本当に言っても良いのかと言い淀む。
そこへFCの一人が声を掛ける。

「もしかして、いないとか」

その言葉に恭也が答えるよりも早く、別のFCが声を上げる。

「でも、そう言えば、この前綺麗な女性と歩いてましたよね」

その言葉に、全員が一斉に発言した子を見る。
その子は少し怯えつつも、何とか言葉を続ける。

「少し前の日曜日に、矢後市にある駅で見かけたんですけど……」

その言葉に、今度は一斉に皆の視線が恭也へと行く。
恭也はしまったというような顔をしつつため息を吐く。

「はぁー。まさか、あれを見られていたとは。知り合いがいなかったからと、少し油断してたか」

恭也の呟きを聞き、美由希たちが恭也を囲むように移動する。

「恭ちゃん、私たちに内緒にしてたんだー」

「それは是非とも理由が聞きたいわね〜」

美由希に続けて言った忍の言葉に、那美たちが頷く。
美由希たちに囲まれ、逃げ場を無くした恭也は諦めたのか口を開く。

「黙っていたのは、相手に迷惑になるからだ。
 この事を知ったら、間違いなく相手を無理矢理呼び出してでも宴会をしようとする人がいるからな」

FCたちは少し首を捻っていたが、美由希たちにはそれだけで充分だったのか、お互いに納得したように苦笑しつつも頷いている。

「所で、相手は誰なんですか、絶対に他には言いませんから教えて下さい」

那美の言葉に、全員が頷き恭也を見る。
恭也は少しだけ考える素振りを見せるが、最早黙っていても仕方がないと思ったのだろう、その名前を口にする。

「水野蓉子さんという方だ」

「私がどうかして?」

不意に後ろから聞こえてきた声に、恭也は弾かれた様に後ろへと振り返る。

「よ、蓉子、どうしてここに。一体、いつから」

「そうねー。宴会がどうこういう辺りからかしら。
 それと、何故ここにいるのかと言うのは……」

蓉子はもったいぶるように人差し指を唇に当て、一旦言葉を区切る。

「恭也に会いに来たと言うのはどうかしら」

と小首を傾げつつ聞いてくる。
そんな態度を可愛いと思いつつ、恭也は口を開く。

「出来れば真面目に答えて欲しいんだが……」

「あら、今の答えじゃ駄目かしら。こう言えば、大抵の男性は喜ぶって聖が言ってたんだけど」

「まあ、あの人らしい言葉ですけど、この場合は少し違うような気が……」

恭也の言葉に肩を一つ竦めて見せ、それもそうねと口の中で呟く。

「ここに来たのは、教授に頼まれたちょっとしたお使いのためよ」

「相変わらず、色々と用事を頼まれているみたいだな」

「そうねー、何でかしら。本当に不思議」

二人の会話に、美由希が申し訳なさそうな声を出す。

「えっと、恭ちゃん。こちらの方が……」

「そうだったな。こちらが先程話していた……」

「何の話?」

肝心の部分を聞いていない蓉子が恭也に尋ねる。
それを踏まえ、恭也は改めて説明する。

「俺が好きな女性で、その、付き合っている水野蓉子さんだ。
 因みに、海鳴大学法学部の一年生だ」

「えっ、えっと水野蓉子です。きょ、恭也さんとお付き合いさせて頂いてます」

恭也の突然の言葉に、蓉子は驚きつつも挨拶をする。
蓉子の挨拶が済むと、恭也は順に美由希たちを紹介していった。
紹介も済んだ所で、先程のFCの少女が声を上げる。

「あれ?この間見た人と違う」

全員の視線が再びその少女へと向う。
二度目ということもあって、少女はこの反応を予想していたのか、最初のようには驚かずにそのまま続ける。

「私が見たのは、もっとこう髪の長い女性だったんですけど……。
 えっと、あれから髪を切られたんですよね、きっと。あ、あはははは」

蓉子の表情が険しくなっていくのを見ながら、少女は弁解するような事を言いつつ乾いた笑みを浮かべる。
蓉子は笑みを浮かべつつ、目だけは全く笑わないまま恭也を見る。

「私、髪を長くした記憶はないんだけど……。
 その女性は一体、誰だったのかしら?」

尋ねつつ蓉子は恭也の耳を片方掴むと、そのまま引っ張る。

「い、痛っ。ちょ、お、落ち着け蓉子」

「あら、私は充分落ち着いてるけど?恭也、何か言い残す事はある?」

「い、言い残すって、何を物騒な事を……」

そんな二人を美由希たちが冷たい眼差しで恭也を見る。

「恭ちゃん、まさか二股……」

「断じて違う!」

きっぱりと言い切る恭也だったが、FCの中からまた声が上がる。

「あ、ご、ごめんなさい。何でもないです。多分、私の見間違いだと思いますし」

先程とは違う少女がそう言うが、それは逆に何かあると言っているようなものだった。

「どうぞ遠慮せずに仰って下さい」

表情を一切変化させる事無く蓉子はそちらを向くと告げる。
隠しては自分が危ないと感じたその少女は恐々と、しかしはっきりと言う。

「そ、その、私も恭也さんを見たような気がして。
 さっき言ってた女性って、こう頭のこの辺りを括っていなかった」

少女は先程の少女に自分の頭の両脇より少し上の方で拳骨を作って見せる。
その髪の長い女性というのが、ツインテールだったのかと尋ねた。

「う、ううん。違うわ。私が見たのはストレートのロングヘアーだもの」

その言葉に明らかにしまったという顔をする。
それを聞き、蓉子は耳を引っ張る腕に更に力を込める。
更に、美由希たちの恭也を見る目が冷ややかになっていく。

「ご、誤解だ」

「へー、誤解なんだ。で、どう誤解なのかしら」

怖いくらいの笑顔を見せながら、蓉子は恭也へと尋ねる。
恭也は耳を引っ張られながら、何とか説明をする。

「あの二人が俺を見たと言う日は、同じ日のはずなんだ」

「つまり、あのお二人が見たという女性に関しては否定なさらないのね」

更に強く引っ張られるかと思われたが、蓉子は疲れたのか耳を離す。
恭也がほっとしたのも束の間、今度は頬を抓られる。

「で、その女性二人と何をしてたのかしら?」

「だ、だから、最後までふぁ、ふぁなふぃ(は、はなし)を……」

「良いわ、こうなったらじっくりと聞いてあげる。
 幸い、今日はこの後時間が有り余っているからね」

恭也の頬から手を離さず、蓉子は聞く態勢になる。

「だから、その日は二人じゃなくてもう一人いて……」

「つまり、三人の女性といたって事?それとも、Wデートと言う事かしら?」

「だ、ダブルデートじゃない。三人目は女性だ、痛っ。蓉子、少し力を緩めて」

更に強くなる力に恭也は抗議の声を上げるが、蓉子は聞くつもりは全くないらしい。
恭也は仕方なしに話を進める。

「その三人目は蓉子だぞ」

「へっ!?」

恭也の言葉に蓉子は思わず変な声を上げてしまう。

「蓉子、落ち着いて思い出して。ほら、少し前の日曜日に祥子さんと祐巳さんが……」

「……四人で一緒に出掛けたわね」

「思い出したか。きっとそれの事だと……」

「……確かに、二人の外見と一致するわ」

蓉子は先程証言した二人の少女から日時を聞きだし、それが四人で出掛けた日と一致した。

「ふふふふ。ご、ごめんなさ。私ったら、早とちりして」

「いや、分かってくれたら良いんだ。ついでに、その頬を抓っている手を離してくれたら、なお嬉しいんだが」

「ご、ごめんなさい」

恭也の言葉に、自分がまだ頬を抓ったままであることに気付き、大慌てで離す。
恭也は抓られて赤くなった頬を撫でつつ、誤解が解けてほっと胸を撫で下ろす。
同時に美由希たちを軽く睨む。

「おまえたちが普段、どう思っているのかがよく分かったような気がするぞ」

「あ、あははは。恭ちゃん、私は信じていたよ」

「うんうん。勿論、私もよ。ああー、っと。そろそろ昼休みが……」

「ああ、忍さんの言う通りですね。そろそろ教室に戻らないと……」

「お、俺たちは一番遠いですから、先に戻りますね」

「お、お師匠、うちらはお師匠を信じてましたよ。ええ、勿論。ほな」

晶とレンは揃って真っ先に逃げ出す……もとい、教室へと戻る。
その後を追うように、美由希たちも教室へと戻ろうとする。
そこへ、恭也が声を掛ける。

「美由希、今日は膝の調子がすこぶる良いみたいなんだが、鍛練が楽しみだな」

恭也の言葉に美由希は固まるが、恭也に背を向けたまま決して振り向かない。
そして、何も聞こえなかった振りをして、那美と一緒に足早に去って行く。
去りながら、那美が美由希に頑張って下さいと励ましの声を掛けているのが微かに聞こえてくる。
だが、そんな事に構わず、恭也は忍へと呼びかける。

「忍……」

「あ、あははは。わ、分かってるわよ。
 後の事は忍ちゃんに任せて、恭也はそのまま蓉子さんとどこかにいってらっしゃい〜」

「そうじゃなくて……」

「忍ちゃん、何も聞こえなーい。じゃあね〜」

恭也に何も言わせず、忍は駆け足でこの場を去って行く。
後に残された恭也は呆れながらその背中を見詰め、ふと気が付くとFCたちの姿もなくなっていた。
そんな恭也の頬にそっと蓉子は手を伸ばし、自分が抓って赤くなった個所をそっと撫でる。

「ごめんなさい、恭也」

「いや、大丈夫だから」

「でも……。駄目ね、私って。恭也の事は信じているんだけど、ああ言う話を聞いちゃうとどうしても止められないのよ」

「まあ、女性は感情の生き物らしいから。頭で理解できていても、感情が付いていかない事があるだろう。
 尤も、男だって同じようなものだが」

恭也の言った言葉に、蓉子は驚いたような顔を見せる。

「どうかした?」

「だって、恭也がそんな事を言うなんて」

「……まあ、何となく言いたい事は分かる。
 これは、とある人からの受け売りだしな」

恭也は脳裏に女性に囲まれて暮らしている一人の大柄な男性を思い浮かべつつ答える。
そんな恭也の言葉に、蓉子は納得したように頷く。

「でも、本当にごめんなさい。こんなに赤くなってしまって……」

自分では分からないが、あれだけ抓られれば赤くもなるだろうなと考えつつ、恭也は困っている蓉子を楽しそうに眺める。

「恭也の事を疑うなんて……」

まだ何か言っている蓉子に、恭也は悪戯心が湧いてくる。

「そうだな。だったら、この頬の痛みを消してもらわないと」

恭也の言いたい事が分からず、蓉子は首を傾げる。

「どうやって?」

「傷は舐めて消毒するらしいが……」

「な、何を言ってるのよ。こ、ここは学校よ」

「でも、誰もいないけど」

「そ、そうじゃなくて、傷なんて何処にもないじゃない。きょ、恭也、あまりからかわないでよ」

真っ赤になって困惑するという珍しい蓉子を見ながら、恭也は楽しそうに笑みを浮かべる。
その間も蓉子は一人で何やら呟くが、やがて恭也の笑みに気付き、からかわれていると分かると拗ねたように怒る。

「恭也、からかったわね」

「わ、悪かった、許してくれ」

「駄目よ、許せないわ」

蓉子は恭也に背を向ける。
恭也は本当に蓉子を怒らせてしまったのかと反省しつつ、何とか機嫌を取ろうと声を掛ける。

「蓉子。そのすまない。すこしからかい過ぎた」

「本当よ。許してあげない」

「うっ」

蓉子の言葉にたじろぐ恭也の隙を見て、蓉子は振り返ると恭也の頬をそっと舐める。

「なっ!」

驚きのあまり声を出せず、恭也はただその個所を手で押さえ顔を赤くする。
同じように顔を赤くしつつ蓉子は悪戯が成功した子供のように無邪気に笑うと、ちろりと舌を出す。

「くすくす」

「よ、蓉子」

「私をからかった罰よ。どう、参った?」

「……ああ、本当に参った」

恭也は両手を上げて降参の意を示してみせる。
そんな恭也の態度に蓉子は満足そうな顔で頷いて見せる。
そして、ふと真面目な顔つきになる。

「恭也、本当にごめんね」

「ああ。本当に気にしなくてもいい」

「ええ。でも、また同じような事をするかもしれないし……。
 正直、不安なのよね。ましてや、今日は恭也がやっぱり人気があることを再認識させられたし……」

「蓉子……」

恭也は不安そうな顔をしている蓉子をそっと胸の中に抱き寄せると、その耳元に囁く。

「そんなに不安がらないで。俺だって、いつも不安さ。いつ、蓉子に愛想を尽かされるかと思うと」

何か言おうとする蓉子を制し、恭也は続ける。

「でも、それだけ蓉子の事を好きだと言う事だし、蓉子もそれだけ俺の事を好きでいてくれているって事だよな」

恭也の言葉に蓉子ははっきりと頷く。

「俺は、蓉子とこうしていると安心できる。蓉子は?」

「私も同じよ」

「だったら、不安になる度にこうして触れ合えば良い。お互いに不安じゃなくなるまで。
 蓉子が不安だって言うなら、それが無くなるまで俺はこうしている。
 それに、俺が本当に好きなのは、愛しているのは蓉子だけから。信じてくれ」

「ええ、信じてるわ。それに、不安になっても恭也がこうしてくれるだけで、それも消えて行くわ」

蓉子はそっと恭也の背中へと手を回す。
そして、お互いにどちらとも無く見詰め合うと、そっとキスを交わすのだった。





<おわり>




<あとがき>

マリみての蓉子さま編でした〜。
美姫 「マリみてキャラも山百合会メンバーは後一人ね」
おお、そう言えば。
流石に聖のお姉さまとかは無理だしね。
美姫 「そんな事言ってると、リクエストが来たりしてね」
あははは。ありえないでしょう。
と言うか、本当に着たら困るぞ。
美姫 「それはそうと、今回は甘々?」
うーん。甘々なのかな。
出来れば、もっと甘々にしたかった。
バカップルっぽいのとか。
美姫 「あー。でも、それは次のキャラで」
まあ、ネタとしてはな。
あの方にこのネタのつもりなんだが。果たして、どうなるか。
美姫 「浩、そういうのあまり得意じゃないしね」
そうなんだよな〜。書けるかな〜。
美姫 「まあ、せいぜい頑張りなさい。って言うよりも、得なものってあるの?」
グサグサグサ。9999のダメージ。
美姫 「それでもピンピンしているアンタって……」
まあまあ。それでは、また次回〜。
美姫 「じゃあね〜」







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