『An unexpected excuse』
〜謎の女性編〜
「俺が、好きなのは…………」
ごくりと、その場にいた者たちの喉が音を立てる。
全員の注目を集めつつ、恭也はゆっくりとその名を口にする。
「分からないんだ」
この答えに、全員が肩透かしを喰らったかのように脱力する。
「分からないって、どういう事よ」
忍が憤慨しつつ恭也へと詰め寄ると、恭也は素直に話し始める。
「一応、気になる女性はいるんだが、それが恋愛としての好きなのかどうかが分からない」
恭也の言葉に忍は頭を掻きつつ、自分の感情すら分からないなんて、そこまで恋愛に疎いのかとため息を吐く。
「だったら、その人に会ってみたら?そしたら、何か分かるかも知れないわよ」
忍のアドバイスに、しかし恭也は首を振る。
「それが、その女性が誰なのかも分からないんだ」
この言葉に、忍だけでなく他の者たちも声を揃える。
『はぁ?』
どういう事か分からず、恭也に説明を求める。
それを受け、恭也はゆっくりと思い出すように話し出す。
「あれは少し前の休日の事なんだが……」
◇◇◇
恭也はその日、特にする事もなく駅前へと出てきていた。
当初は翠屋を手伝おうと店へと行ったのだが、充分な人手があったため、桃子から手伝いはいらないと言われたのである。
それでも手伝おうとしたのだが、桃子が手伝いばかりではなく、
たまには自分の事に時間を使いなさいという母親命令によって、退却を余儀なくされたのである。
かといって、家には誰もおらず、帰ってもする事のない恭也は駅前の本屋へと足を伸ばしたのである。
本屋で盆栽と釣り関係の雑誌を買い、店を出た恭也は臨海公園へと足を向ける。
その途中、駅前を通り掛かった時の事だった。
「いい加減にしてください!」
恭也の耳にそんな声が聞こえてくる。
ふと声の聞こえてきた方を向けば、そこはちょっとした人だかりが出来ていた。
その人だかりの向こうから、先程とは違う野太く低い男の声が聞こえてくる。
「おらー!何見てやがる!見せもんじゃねーぞ!」
その声に驚いたのか、立ち止まっていた人たちが少し早足に立ち去って行く。
そのお陰で、恭也はそこで何が起こっているのか目にする事が出来た。
そこでは、五人ほどの男たちが、一人の女性を取り囲んでいた。
その女性は、髪を首筋あたりまで伸ばし、少しゆったりとしたヒラヒラとした服を着たかなり可愛らしい女性だった。
男たちが女性を誘う言葉を掛けるが、その女性はそれを拒否する。
しかし、男たちはにやけた笑みを浮かべ、その女性の腕を掴む。
女性は困ったような顔をした後、辺りを見渡し恭也と目が合う。
恭也と目があった女性は、困ったような顔を見せる。
それを恭也は、助けを求めたいが巻き込んではいけないと女性が思っていると感じ、そちらへと歩いて行く。
女性は先程よりも困惑したような表情を大きくするが、男たちはそれに気付いていない。
恭也は男たちの後ろから、女性の腕を掴んでいる男の肩に手を置く。
「ああ、何だー」
流石にそれで恭也に気付いた男が、振り向きざま威嚇するような声を上げる。
しかし、恭也はそれに怯む事無く、その男に話し掛ける。
「ナンパは引き際が大事だぞ」
「うるせー。俺たちは知り合いなんだよ!なあ」
「本当ですか?」
男は女性へと視線を向け、恭也も後を追うように尋ねる。
それを受け、女性は返答に困ったように言葉を詰まらせる。
「違うみたいだが?」
「ちっ!今から知り合いになるんだよ。お前はどっかあっちにでも行ってろ!」
男は吐き捨てるように言うと、女性を掴む手を引き寄せる。
微かに歪んだ顔を見て、恭也は静かに言い放つ。
「明らかに嫌がっているように見えるんだが」
「ったく。しつこいガキだな。大人しく引っ込めば、怪我せずに済んだと言うのに……」
男はそう言いつつも、その顔に笑みを浮かべる。
いつの間にか、恭也を囲むような形で男たちが移動をしていた。
男たちは揃ってニヤニヤとした笑みをその顔に貼り付ける。
大勢で一人を袋叩きをする事を何とも思わないどころか、それを楽しむ節すら窺えた。
男たちは自分たちの優位を信じ、その顔に笑みを湛えたまま恭也を囲む輪を縮める。
恭也は仕方がなさそうに息を吐き出すと、まず女性の腕を掴んでいる男の手首を無造作に掴む。
あまりにも自然に伸ばされたその手に、男たちは反応できずにいた。
恭也は男の手首を掴むと、そのまま力を込める。
自分の手首を襲う痛みに男は短く悲鳴を上げ、女性の手を離す。
恭也はそのまま男の手首を掴んだまま、その男を投げ飛ばす。
短い悲鳴を上げ、男は受身を取る事も出来ずに背中から地面へと投げられる。
呆気に取られている男たちのうち、もっとも近くにいた右側の男の懐へと潜り込むと、そのまま肘で鳩尾を打つ。
男は声を上げる間も無く、地面へと倒れる。
それを見て、流石に他の男たちも恭也の強さが分かったのか、後退りし始める。
そこへ、恭也は声を掛ける。
「今すぐこの場を去って、もう二度とこんな事はしないと言うのなら、見逃しても良いが」
どうすると目で問う恭也に、残った男たちは一斉に何度も頷く。
そして、背中を向けて逃げようとする。
その背中へ恭也が再び声を掛ける。
「ここで寝ている二人も連れて行け」
恭也の言葉に恐る恐る倒れている二人に近づき、彼らを引き摺りながら男たちは一目散にこの場を去るのだった。
視界から男たちの姿が消えたのを確認した後、恭也は絡まれていた女性に向き直る。
「大丈夫でしたか」
「……あ、はい」
呆然と見ていた女性は、恭也の声に我に変えると返事を返す。
それから慌てたように礼を言う。
「えっと、ありがとうございました」
笑みを浮かべるその女性の顔に、恭也は思わず見惚れる。
そんな事とは露知らず、その女性は突然固まった恭也に首を傾げる。
「あのー、どうかしましたか?」
「……い、いえ。別に何でもありません。それじゃあ、俺はこれで」
「あ、はい。本当にありがとうございました」
恭也は顔が赤くなった事を悟られないように、すぐさま背を向けて立ち去る。
その背中に向って、その女性は礼を述べるのだった。
◇◇◇
「……と、まあこういう事があってな」
恭也が話し終えると、美由希たちは揃って呆れたような眼差しで恭也を見る。
それに気付き、恭也は尋ねる。
「どうしたんだ?」
「うん。何て言うか。そんなに気になったんだったら、名前ぐらい聞けばよかったのに……」
美由希の言葉に、しかし恭也は首を振る。
「そんな事をしたら、あの連中と同じではないか」
「それはそうかも知れませんけど、恭也さんは一応助けた訳ですから、お名前ぐらいお聞きしても」
那美の言葉にも恭也は首を振る。
「とりあえず、この話はこれで終わりだ」
晶やレンが何か言うよりも先に、恭也はそれ以上の追求を止める。
仕方がなく、美由希たちは口を噤むが、一人珍しく黙ったままの忍を珍しそうに見遣る。
そんな視線に気付いたのか、忍は顔を上げると不思議そうに美由希たちを見詰め返す。
「ん?どったの、皆して」
「いえ、何て言うか……」
「こんな場面で忍さんが黙っているなんて、なんやおかしいかなーって」
晶に続き、レンが言う。
それに対し、忍は再び考え込みつつ答える。
「うん。ちょっとね。引っ掛かる事があるというか……。
ねえ、恭也。それって前に話してくれたやつだよね」
「ああ」
「じゃあ、忍さんは知ってたんですか?」
忍と恭也の言葉を聞き、美由希が尋ねる。
「うん。でも、そこまで詳しくは知らなかったわよ。ただ、昨日の休日に変な連中がいた程度だけだし。
ただ、それがあの日だったら……。おまけに恭也が言ったその女性の特徴も……。う〜ん」
更に考え込む忍に声を掛けようとした那美だったが、それよりも早く忍は掌を前に持ち上げ、それを制する。
「う〜ん。考えても分からない以上、確かめるのが一番か」
忍は呟くと携帯電話を取り出して何処かへと掛ける。
数回のコールの後、電話の相手が出たようだった。
「はーい。可愛い忍ちゃんよー。……あははは。元気、元気。
所でさくら。ちょっと聞きたいんだけど……」
どうやら電話の相手は忍の叔母であるさくらのようである。
「ん。実はさ、ほらこの前言ってた、昔の友人と久し振りに会った日。
そうそう。その時、罰ゲームで……。そうそう。それそれ」
忍は何かを確認するようにさくらと話し続ける。
それを大人しく待つ恭也たち。
「その時の服装とか……。うん、うん。ああ、やっぱり!
えっ?ああ、何でもないよ。こっちの事だから。ありがとうね。……うんうん、じゃあね」
やっと話が終ったのか、忍は電話を切ると恭也を見る。
「どうしたんだ、忍」
「うん。実は恭也が言った女性にちょっと心当たりがあってね」
「ほ、本当か!?」
「うん。さくらの知り合いで先輩なのよ。後、鷹城先生の幼馴染」
「そうなんですか」
自分の担任の名前が上がり、レンは少し驚いたような顔をしてしみじみと呟く。
「いやー。世間ってのは意外と狭いもんなんですな〜」
「本当だねー」
美由希もその横でうんうんと頷く。
「あ、だったら、鷹城先生に紹介してもらえば」
「那美さん、それナイスです!」
那美の案に晶が同意する。
それに対し、忍はどこか渋い顔で乗り気ではなかった。
「どうしたんですか、忍さん」
「いや、まあ何て言うかな。それはやめておいた方が良いと思うんだけど……」
歯切れの悪い忍に美由希が尋ねる。
「まさか、実はその人は性格が悪いとか?」
「ううん、そんな事はないわよ。私も少ししか会ったことないけど、性格は悪くないわ。
それに料理も上手だし」
「ほなら、何を渋っていはるんですか?」
「うーんとね……。あ、あははは。恭也のために言ってあげてるのよ」
忍が恭也に向ってそう言う。
「別に俺は会いたいとは……」
言いかけた恭也を、美由希たちが止める。
「何言ってるのよ、恭ちゃん!」
「そうですよ!」
「もう一度ちゃんと会って、自分の気持ちを確かめるべきですよ!」
「このオサルの言う通りです!」
「いや、しかし……」
詰め寄られて困惑する恭也に代わり、忍が口を出す。
「つまり、皆は恭也が一目惚れした人がどんな人かみたい訳ね」
『あ、あははははー』
忍の言葉に全員が揃って目を逸らし、乾いた笑みを上げる。
「お前らな……」
「わっわっわ。で、でも、さっき言った事も嘘じゃないよ」
美由希の言葉に一斉に頷く。
「はー、まあいい。忍が会わせたくないのは、きっと誰か付き合っている人でもいるからなんだろう。
まあ、あれだけ可愛い人だったんだから、そんなにおかしい事でもないが」
「別にそういう訳でもないんだけどね……」
言ってから忍はしまったというような顔をする。
さっきの言葉の意味が分からず、美由希たちは忍の方を見るが、忍は目を逸らし誤魔化すように口笛を吹く。
「何か隠してませんか?」
「あからさまに怪しいんですけど……」
美由希と那美の追及に、忍は口笛を止めて反論する。
「失礼ね。何も隠してなんかいないわよ」
じっと忍を見詰め、やがて一つの可能性を口にする。
「ま、まさか、実はその人も自分を助けてくれた恭ちゃんの事を……」
「そ、それを知っている忍さんは、恭也さんをその人に渡したくなくて……」
「それで師匠とその人を会わさないように……」
「忍さん、幾ら何でもそれは……」
口々に勝手な事を言われ、忍が怒り出す。
「な、何でそんな事しなくちゃいけないのよ!
そりゃあ、恭也が自分以外の人とそういう事になったら、嫌だけれど……。
でも、だからってそんな事するはずないでしょう!」
「そうですよね……」
「すいませんでした」
忍と自分たちが同じ気持ちを持っていることを知る美由希たちは、同時に忍がそういう事をしないとも分かっている。
だから、素直に謝る。
それを受け、忍も何とか落ち着いたようだった。
「もう良いわよ。はぁー。仕方がないわね。本当の事を教えてあげるわ。
でも、恭也。これを聞いたからって落ち込まないでね」
「あ、ああ」
真剣な忍の表情と台詞の内容に首を傾げながらも、恭也は一つ頷く。
「その人の名前は、相川さんって言うの」
「相川さん……」
呟き返す恭也に忍は一つ頷き、やがて重々しく口を開く。
「そう。……相川真一郎さん。さくらの高校時代の先輩よ」
「相川真一郎さんか……。……ん?真一郎?」
不思議そうに反芻する恭也に、忍は悲しそうに頷く。
「そう、真一郎さん」
「…………ま、まさか」
恭也も一つの結論に達したのか、恐る恐る忍を見遣る。
自分の考えを否定して欲しいという願いを込め。
しかし、無情にも忍は首を縦へと振り降ろす。
「そのまさかよ。実は男性なの」
『…………』
恭也だけでなく、話を聞いていた者たちが言葉を無くす。
沈黙が漂う中、忍は言い辛そうに続ける。
「ま、まあ恭也が間違えるのも無理はないわよ。
さくらの話だと、昔からよく女性に間違われてナンパとかもしょっちゅうされていたみたいだし。
そ、それに、その時はさくらたちとの罰ゲームで完全に女装してたんだから。
だ、だからね、そんなに落ち込まないでね」
果たして、忍の言葉は恭也へと届いているのか、恭也は微動だにしない。
そんな恭也に代わり、美由希が止めのように言葉を投げ放つ。
「つまり、恭ちゃんは女装した男性に一目惚れしたしたって事?」
これが完全な決定打となったのか、恭也は力なくその場に仰向けに倒れ込むのだった
「わっ!恭也、しっかりして」
「だ、大丈夫ですか」
皆の心配する声を何処か遠くに感じながら、恭也は精神の安定を図るため、敢えて意識を手放すのだった。
後日、傷心の恭也を癒すという名目の元、美由希たちを始めFCたちが恭也へと付き纏い、
別の精神的苦痛を恭也が味わう事になるのだが、これはまた別のお話。
因みに、その時の女装した真一郎の写真を見せ、恭也に確認した所、やはり間違いはなかった。
その写真をみた美由希たちも、口々にこれは間違えても仕方がないと言ったとか。
<おわり>
<あとがき>
コウさんの85万Hitリクエストです。
美姫 「今回は本当にかなり変わっているわね」
まあな。ヒロイン(?)が皆の前に一度も出てこない上に……。
美姫 「相手がね〜」
まあ、リクエストだし。
美姫 「あとがきから読んでいる人はいないだろうから、大丈夫よね」
だな。ずばり、リクエストは真一郎でした。
美姫 「これをやったって事は、耕介もありえるの?後、赤星とか」
……思いつかんぞネタが。
男性のリクエストは勘弁してください(泣)
美姫 「真一郎だから、何とかなったって所よね」
うん。一応、リクエストにも女装した真一郎とあったしね。
美姫 「コウさん、こんな感じになりました〜」
さて、次は誰になるのやら……。
美姫 「とらハキャラも後少しだしね」
おう、頑張るぞ〜。といった所で……。
美姫 「まったね〜」