『An unexpected excuse』

    〜ノエル編〜






「俺が、好きなのは…………」

固唾を飲んで見守る一同の前で、恭也はゆっくりとその名を告げる。

「……ノエル」

『ノエル(さん)!』

恭也の言葉に、美由希たちは驚いたような声を上げる。

「確かにノエルさんは綺麗だし……」

「優しい方ですから……」

「師匠が好きになるのも頷ける」

「そやなー」

口々に納得する美由希たちの中、忍は一人恭也を見詰める。
その視線の意味に気付き、恭也も真正面からソレを受け止める。
暫らく無言で見詰め合うものの、忍はやがてため息と共に肩の力を抜く。

「はぁー、本気みたいだし、仕方がないか」

「所で、その事をノエルさんには仰ってないんですか?」

那美が恭也へと尋ねると、恭也はそれに頷いてみせる。

「えー、何で。早く言いなよ」

美由希の言葉を皮切りに、口々に恭也を嗾ける。
それに対し、困ったような顔をする恭也だったが、そこへ声が掛けられる。

「忍お嬢さま、こちらにおいででしたか」

「ノ、ノエル」

今、この時まで話題に上っていた人物の登場に、恭也は思わず大声を上げる。

「恭也様、如何されましたか?」

「い、いや、何でもない。それよりも、どうしたんだ」

「はい。お掃除をしておりましたら、これが。
 確か、今日この後の授業でお使いになられるはずだと記憶しておりましたので、お持ちしました」

ノエルはそう言って、忍に教科書を差し出す。
それを見て、忍は小さな声を漏らす。

「あ、忘れてた」

「お前な……」

呆れたように言う恭也に、忍が頬を膨らませつつ反論する。

「そりゃあ、恭也みたいに授業中寝ている人には、教科書なんて必要ないでしょうから、忘れた事も気付かないでしょうけど。
 だって、元から使わないんだし」

「……失礼な奴だな。一応、衝立としてや枕代わりとして使うぞ。
 それに忘れた事は一度もない。何せ、机の中に入れっぱなしだからな」

「……そこは威張って言う所じゃないよ、恭ちゃん」

呆れつつ言う美由希の言葉を聞き流す恭也。
そんな恭也に、忍が意地の悪い顔をする。

「そうだ。ノエル、この後恭也が何処か連れて行ってくれるって」

「おい、忍」

「忍お嬢さま、恭也様はこの後、授業がございます。
 そのような突拍子もない事を言われて、あまり困らせるものでは」

ノエルに諭され、忍は面白くなさそうに頬を膨らませる。

「大丈夫よ。今更、授業の一つや二つ」

「そういう訳にはいきません」

尚も反対するノエルに、忍は恭也の方を見遣る。

「恭也は本当に嫌なのかな?」

「……」

「忍お嬢さま」

恭也が忍に言い包められる前に、ノエルは忍を嗜めようと口を開くが、その手を恭也に取られる。

「そうだな。ノエル、行こうか」

「恭也様まで何を……」

「気にするな。ちょっとした用事だ。それとも、ノエルは俺と出かけるのは嫌か」

「いえ、そういう訳では。ただ、この場合は」

「気にするな」

「気にします」

まだ言い合いそうな二人に、忍が口を挟む。

「どうでも良いけど、周りを見たほうが良いよ」

忍の言葉通り、恭也たちの周りにはFCたちがまだいて、二人を見詰めていた。

「……」

恥ずかしさからか、顔を俯かせたノエルの手を恭也が強引に引く。

「あ、恭也様、駄目です」

「気にするな」

ノエルの言葉を聞かず、恭也は結局そのまま学校を出て行く。
その背中を見詰めながら、忍はそっと呟く。

「全く二人とも手が掛かるんだから」

忍は二人の去った方を暫らく見ていたが、やがて教室へと戻るために背を向けて歩き出した。



  ◇◇◇



ノエルを連れて、恭也は海鳴臨海公園へとやって来る。
やはり平日の昼過ぎという事もあり、すれ違う人の姿は殆どなかった。
恭也は辺りを見渡し、付近には一人もいないと分かると歩みを止める。
そして、繋いでいた手を離すとノエルの方を向く。
すると、ノエルは何処か怒ったような顔をしていた。
大して表情が変化していないようだったが、恭也と忍にはノエルの表情の変化が良く分かる。
その事に恭也は嬉しさを覚えつつも、言い訳するように口を開く。

「悪かったよ。でも、今回はちょっと大事な話があったから」

恭也が大事な話と言うと、ノエルは少しだけ身体を反応させる。
しかし、すぐに何処かむすっとしたような顔をする。

「……事情は分かりましたけど、やはりサボるのはあまり良くありません」

「ああ、悪かった。とりあえず、座らないか」

そう言って恭也は近くのベンチを指差す。
それにノエルが頷いたのを見て、二人はベンチへと腰を降ろす。
恭也は傍目には分からないけれども、確かに緊張しており、喉がカラカラに渇いていた。
何か話そうとするのだが、何を話したら良いのかが分からず、結局押し黙る。
一方のノエルは、そんな恭也の方を見詰めながら、恭也が話し出すのをじっと待つ。
暫らく、二人の間に沈黙が漂う。
それを追い払うように、恭也は意を決して口を開く。
まるでそれを待っていたかのように、ノエルがそれを制するように先に口を開く。

「話というのは、先程中庭でお話されていた事ですか」

「……!」

ノエルの言葉に、恭也は驚いたような顔をしてノエルを見詰める。
それを受けつつ、ノエルは平然と続ける。

「すいません。実は、少し前からあそこにいたんです。
 ただ、少し出て行きにくかったので」

「どこから、聞いていた?」

恐る恐るといった感じで尋ねてくる恭也に、ノエルは照れたような申し訳なさそうな顔をして答える。

「恭也様が、皆さんに誰が好きなのかと聞かれて迫られていた頃からです」

「つまり、最初からか」

「……はい」

恭也は困ったように頬を掻いた後、改めてノエルへと向かい合う。

「改めて言わせてくれ。俺は……」

その恭也の口をノエルが手で塞ぐ。
訳が分からないといった顔をする恭也にノエルは言う。

「恭也様の気持ちは大変嬉しく思います。けれど、私はそれにお答えする事ができません」

ノエルの言葉に、恭也は一瞬だけ辛そうな顔を見せるが、すぐに普段の表情になり、
そっとノエルの手に自分の手を添えて、口から離す。

「理由を聞いても良いか」

「はい」

恭也の言葉に一つ頷くと、ノエルは恭也から視線を逸らし、真っ直ぐに前を向く。
そのままの姿勢で、ぽつりぽつりと語り出す。

「私も恭也様の事は嫌いではありません」

その言葉に何か言い掛けるが、今はノエルの話を聞く方が先だと思い直し、黙って続きを待つ。
それを感じたのか、ノエルは薄っすらと笑みを浮かべ、すぐに表情を戻すと、再び語り出す。

「私は人間ではありません。機械ですから。
 私のこの感情もプログラムに過ぎません。そんな私が恭也様と一緒にいていいはずが……」

ノエルは、今度は最後までいう事が出来なかった。
途中で恭也の手が両肩に掛かり、強い力で恭也の方へと向かされる。

「……恭也様」

そして、目の前にある恭也の顔を見て、ノエルは少し驚いた顔をする。
今、ノエルの目の前にある恭也の顔は誰が見ても分かるほどに怒っていた。

「ノエル!そんな事を言ったらいけない。
 確かにノエルは人ではないかもしれないけれど、そんな事は大した事じゃない。
 それに、ノエルはさっき、自分の感情はプログラムだと言ったが、本当にそうなのか?
 自分でそう思い込んでいるだけじゃないのか」

「しかし、私は機械です」

「違う!ノエルはただの機械なんかじゃない」

恭也の言葉を否定しようとするノエルに、恭也はきつい口調で言う。
ノエルを掴む両手に強い力が加わるが、それにも気付かずに恭也はそのまま続ける。

「それとも、ノエルは自分が今まで忍に仕えてきたことまで、プログラムに従っていたと言うのか。
 忍を大切だと思う気持ちまで、プログラムだと」

「それは……」

恭也の言葉にノエルは言葉を無くす。
ノエルにとって、それはとても大切な、そして誇りに思っている事。
それすらもプログラムだとは思いたくはなかった。
そして、恭也に対する気持ちもそれと同じ、いやそれ以上にそう思いたくないという気持ちがあるのは確かだった。

「ノエルはプログラムだと言ったけれど、それは間違いなくノエルの心だよ。
 俺も忍も、ノエルが機械だなんて思ってない。ノエルは間違いなく心を持っているんだから。
 心を持っているノエルは、決して機械なんかじゃない。俺たちと変わらないさ」

恭也の言葉を聞き、ノエルの目から頬へと一筋ツッと何かが伝う

「ほら、涙だって流れるじゃないか」

「泣いている?
 ……私が?これが、涙……」

ノエルは珍しいものを触るかのように、そっと自らの目元へと手を伸ばす。
その指先が触れたものは確かに冷たく、その指先は濡れていた。

「ああ、ノエルは俺と変わらないさ」

恭也はそう言って、ノエルに笑い掛ける。

「あっ」

恭也の顔を見て、ノエルは頬を染め、胸を押さえる。

「恭也様、胸が」

「どうした?まさか、どこか悪いのか」

「いえ、そうじゃないです。これは……。何と言って良いのか良く分かりませんけど、あまり痛みは感じません。
 いえ、寧ろこれは嬉しいです」

「嬉しい?」

「はい。恭也様の顔をこんな近くで見れて、鼓動が物凄い速さで動くんですけど、それよりも嬉しさの方が……」

「そうか。俺もノエルの顔を近くで見れて嬉しいよ」

その時になって、恭也は自分がきつくノエルの方を掴んでいた事に気付き、慌てて力を緩める。

「痛かったか」

「はい。でも、それだけ恭也様が私の事を想っていてくれたという事ですから」

そう言って微笑むノエル。
急に表情がはっきりと変わるようになったノエルに驚きつつも、恭也は決して悪い気はしなかった。
そして、改めてノエルに話し掛ける。

「ノエル。じゃあ、改めてもう一度言うけど、俺はノエルの事が好きだ。
 ノエルは?」

「はい!私も恭也様の事が好きです。勿論、忍お嬢様とは違う意味で。
 愛しています」

「ああ。俺もだ」

恭也はノエルの顎に指先をそっと添え、そのままノエルの唇に口付ける。
ゆっくりと名残惜しそうに離れると、ノエルは恭也の頭を掴み、そのまま自分の太腿へと乗せる。
ノエルの意図を悟った恭也は、自らも体勢を正して、ノエルの動きに協力する。

「如何ですか」

「ああ、とても気持ち良い」

「それは良かったです」

二人はゆっくりと流れていく雲を見ながら、そのままのんびりと時が流れていくのを待つ。
やがて、恭也が何かを思い出したかのように言う。

「そう言えば、最初から居たのなら、もっと早く出てくれば良かったのに」

「そ、それは……」

恥ずかしそうに言い淀むノエルに笑いかけながら、恭也はじっとノエルが話してくれるのを待つ。

「その、最初に出て行かなかったのは、私も恭也様の答えに興味があったから……」

最後の方は小さくなる声に、恭也は笑みを見せると、そっと手を伸ばしてノエルの髪を撫でる。
ノエルも笑みを返しながら、恭也の頭を撫でる。
そして、二人の視線が重なり、ノエルはそっと身体を倒していく。
本日二度目の口付けは、深く長く、そして甘い味がした。





おわり




<あとがき>

ノエルさん編です〜。
美姫 「このシリーズも結構、久し振りよね」
だね〜。さて、後少しとなったとらハキャラヒロイン。
美姫 「次は誰かな〜」
と、いった所でお開き!
美姫 「また次回でね〜」







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