『An unexpected excuse』
〜江利子編〜
「俺が、好きなのは…………」
恭也がその名前を口にするよりも先に、後方から声が掛けられる。
「あら、恭也くんじゃない」
名前を呼ばれ、そちらを振り向くとそこにはヘアバンドをした女性が立っていた。
恭也はそれを見ると、その名を呼ぶ。
「江利子さん!どうしたんですか、こんな所で」
驚いた恭也の顔を見て、江利子は満足そうに笑みを浮かべる。
「恭也くんが驚いたのなら、まずまず成功ね」
「……まさか、驚かすためだけに?」
「幾ら何でもそれはないわよ」
恭也の言葉を否定するものの、彼女の親友である二人が聞けば、それぐらいはするだろうと言うであろう事は、恭也にも分かった。
しかし、何も言わずに素直に頷いておく。
その上で、どうして来たのかを訊ねようとした所で、江利子の後ろから声が掛かる。
「鳥居さん」
その声に遅れる事暫し、江利子が来た方向から一人の男性が現われる。
「急に一人で先に行くから、驚いたよ」
男はそう言いつつ江利子の隣へと並ぶ。
そこで初めて恭也たちに気付いた様子で、江利子へと顔を向ける。
「えっと、この子たちは?」
「こちらは高町恭也くん。恭也くん、こちらは山辺さん」
江利子に紹介され、お互いに挨拶をする。
しかし、恭也の顔はどこか憮然としたものだったが、その事に気付いた者はいたかどうか。
次いで、恭也は美由希たちを紹介する。
こちらは初めてだった江利子も挨拶をする。
挨拶が終るのを待ち、恭也は江利子へと尋ねる。
「それで、どうしてここに?」
先程と同じような質問を、しかしその声にどこか棘のようなものを含ませて尋ねる。
それに気付いていないのか、江利子はどこか楽しそうに話し出す。
「実は、こちらの山辺さんは花寺で非常勤講師をされているのよ。
それで、今日はこちらの講師の方と意見を交わすみたいな事があってね。
山辺さんはそのお手伝いとして来たの」
分かったと聞いてくる江利子に、恭也は頷きつつも質問をする。
「ええ、大体の事情は分かりました。
でも、それでどうして江利子さんが来ているんですか?
江利子さんは大学生ですよね?講師ではないじゃないですか」
江利子がここにいる理由を改めて尋ねる恭也に、江利子は当然と言わんばかりに返す。
「だって、山辺さんがこっちに来るって言うだもん。
それに付いて来たのよ」
「ですから、何故ですか?」
さっきよりもきつい口調になっている事に気付いているのか、恭也は江利子に詰め寄る。
それを楽しそうな笑みで受け流しつつ、江利子は逆に恭也に尋ねる。
「ひょっとして、焼きもち?」
「なっ!」
江利子の言葉が図星だったのか、顔を赤くして言葉を詰まらせる。
そんな恭也の反応を楽しそうに眺めつつ、江利子は体を半分に折るようにして、下から恭也を見上げる。
恭也は江利子から逃れるように、視線を逸らすが、江利子は上半身を折って、
身を屈めたままの姿勢で、じっと下から恭也の顔を見詰める。
両者とも、ずっとそのままでいたが、やがて先に恭也の方が根負けする。
恭也は軽く肩を竦めると、江利子と視線を合わす。
それからおもむろに口を開ける。
「その通りですよ」
何処か拗ねたような口調で認める恭也に、江利子は更に笑みを深くして身を起こすと、軽く腰の辺りを2、3度叩く。
そんな事をするぐらいなら、初めから屈まなければと思うが、口に出しては言わない。
ただ、その視線に気付いたのか、江利子は恭也を見ると、ふっと微笑む。
その笑顔に引き込まれそうになりながらも、恭也は江利子に尋ねる。
「それで、その山辺さんとは……」
「ふふふ。そんなに気になる?」
意地悪そうに尋ねる江利子に対し、恭也は諦めたのか素直に頷く。
「はい、気になります」
あっさりと認めるとは思っていなかったのか、逆に江利子が少し驚いた顔をするが、すぐに笑みに変わる。
恭也はそんな変化に気をやる余裕もないようで、江利子の口から語られる言葉をただ今か今かと待ち続ける。
一瞬、江利子の脳裏にもう少しはぐらかそうかという考えが浮ぶが、
流石にこれ以上は可哀相だと思ったのか、あっさりと答えを言う。
「ただの知り合いよ」
「ただの知り合い……ですか?」
「ええ」
恭也は江利子の答えにあまり釈然としないものを感じつつも、それ以上は何も語らない。
それを感じたのか、江利子は更に言葉を続ける。
「私が一人で恭也くんに会いに行くといったら、兄たちが素直に許してくれる訳ないでしょう。
だから、山辺さんにお願いして、手伝いで一緒に行く事にしてもらったの。
山辺さんは、化石の発掘もしていてうちの教授とも知り合いなのよ。
それで、お願いしたの。尤も、それでも兄たちはしつこく付いて来ようとしてたんだけどね」
江利子の言葉に納得したのか、恭也は一つ頷く。
「それだったら、最初からそう言って下さいよ」
「ふふふ、ごめんね」
そんな二人に山辺が声を掛ける。
「とりあえず、僕はこれで。どうやら、積る話もあるみたいだし、先に戻ることにするよ」
山辺はそう言うと、この場を去って行く。
その後ろ姿を眺めつつ、恭也は江利子に話し掛ける、
「江利子さん、もうこんな紛らわしい事は止めて下さいね」
そう言った恭也の顔を見ながら、江利子は口を開く。
「……だって、私ばっかりが好きみたいで面白くないんだもん。
たまには、恭也くんにも焼きもちぐらい焼いて欲しいと思ったって、罰はあたらないと思うけど」
「…………面白いだけであんな事はしないで下さい」
どこか憮然と答える恭也に、江利子は拗ねたように言う。
「だって、恭也くんは私と会えなくても平気みたいだし……」
そう言った江利子の顔を恭也は思わず見詰め、その寂しそうな表情を見て、恭也は江利子を抱き寄せる。
突然の事に驚く江利子を無視するように、恭也はその耳元に囁く。
「全然、平気じゃないですよ。俺だって、江利子さんに会えないのは寂しいですよ。
でも、流石にあれはちょっと。てっきり、江利子さんが俺に愛想を尽かしたのかと思いました。
江利子さんは綺麗だから、俺よりも相応しい人はたくさんいるだろうし……」
恭也の言葉を聞き、胸の中で江利子はくすりと笑う。
その声が聞こえたのか、恭也は首を傾げ、それを感じた江利子は口を開く。
「恭也くんはもう少し自信を持っていいと思うんだけど。
それに、私が恭也くんに愛想を尽かすなんてないと思うけど。逆はありうるけどね」
「それこそありえませんよ」
「本当かしら?」
「ええ」
恭也の力強い言葉を聞き、江利子は嬉しそうに言う。
「だったら、私たちはずっと一緒よ」
「……そうですね」
お互いに抱き締める腕に力を込める。
恭也の温もりを腕の中で感じつつ、江利子はそっと上を向く。
そんな江利子の顎に指を添え、恭也はそっと口付けをする。
数秒間の口付けを終え、二人はそっと離れる。
江利子はじっと恭也を見詰め、何かを期待するように待つ。
何かを待っている事は分かるものの、それが何か分からず恭也はただ首を傾げる。
そんな恭也に呆れつつ、江利子はヒントを口にする。
「恭也くん、私どうしても言って欲しい言葉があって待ってるんだけど……」
恭也も気付いたのか、少し顔を赤くするが、江利子の肩にそっと手を置くとその言葉を口にする。
「……江利子さん、愛してますよ」
「うん、私も」
そう言って再び口付けをするのだった。
そんな二人を周りは何も言えず見守っていた。
恭也に質問の答えを聞くよりも、目の前の状況がそれをはっきりと示しているのだった。
<おわり>
<あとがき>
KOUさんの75万Hitリクエスト〜。
美姫 「江利子さまね」
イエース!
これで、山百合会メンバーは全員出たね〜。
美姫 「……この大馬鹿〜!」
ぐげっ!
ば、馬鹿の前に大をつけた上に、パーでなくグーで殴るか!
普通、この場合は可愛らしくビンタか、グーならぽかぽかといった感じで……。
美姫 「うるさいわよ、この馬鹿〜!」
がっ!
ひゅーひゅー、……い、息が。
……(しばらくお待ちください)
死ぬわ!
美姫 「だって、浩が馬鹿な事ばかり言うんだもん」
俺が何を言ったんだよ。
美姫 「だって、山百合会のメンバー全員出たって」
事実じゃないか。
美姫 「馬鹿!」
い、痛いぞ……。
美姫 「山百合会メンバーのうち、蓉子さまと聖さまはアハトさんに書いてもらったのよ!」
そんなの知ってるって。
美姫 「馬鹿ー!」
ぐっ!………………い、いい加減にしろよ。
ボロボロじゃないか。
美姫 「浩が悪いわよ。まだ分からないの?つまり、浩は蓉子さまと聖さまを書いてないのよ!
つまり、山百合会メンバー全員なんて言ったら駄目なのよ!」
お、おおー!
……でもな〜。
美姫 「何?」
い、いえ、仰る通りでございます。
私の浅はかな考えとは違い、美姫さまの何と深い考えでありましょうか。
美姫 「分かれば良いのよ、分かれば」
へへ〜。それでは、あっしはこの辺で。
美姫 「まだ、話は終ってないわよ」
……えっと、まだ何か?
美姫 「勿論よ。で、書くんでしょう、当然」
な、何を?
美姫 「蓉子さまと聖さま」
…………ではで、ぐっげ!
美姫 「書くわよね」
み、鳩尾にこ、拳が……。
美姫 「ね?」
ぐっ!グリグリしないで。く、苦しいぃぃぃぃぃ。
美姫 「ね?ね?ね?」
わ、分かりました…………。
美姫 「ふふふ。初めからそう言っておけば良かったのに♪」
い、言う暇があっただろうか?いや、言える状況だっただろうか?
美姫 「何か言いたい事でも?」
な、ないないない。な〜んにもない!
という訳で、また次回!
美姫 「……逃げ足だけは速いのよね〜。まあ、良いけど。じゃあ、またね」