『An unexpected excuse』

    〜那美編〜






「俺が、好きなのは……」

恭也は言葉を一端区切ると、一瞬だけ那美へと視線を向ける。
それを受け、那美は恥ずかしそうな表情を覗かせるものの一つ頷く。
そして、恭也が口を開く前に、その事に気付いた忍がいやらしい笑みを浮かべながら口を挟む。

「何々、今のアイコンタクトは。まさか、二人ってば……」

忍の言葉に全員の視線が恭也と那美を交互に見詰める。
その視線にさらされ、恭也と那美は恥ずかしそうに視線を逸らせる。
何も言わなくても、二人の関係を説明するのはそれだけで充分だった。
それでも、恭也ははっきりと言葉にする。

「そうだ。俺と那美さんは付き合っている」

恭也の言葉に顔を赤くしつつも、嬉しそうに那美は頷く。
その言葉に驚きつつも、美由希たちは二人を祝福する。
その後、美由希は那美と恭也に向って話し掛ける。

「でも、それだったら二人とも話してくれてもいいのに」

「それはすまなかった。しかし、かーさんがてっきり話しているもんだとばかり」

「えっ!桃子ちゃんは知ってはるんですか?」

レンの言葉に恭也は頷く。
それを付け足すように、那美も言う。

「なのはちゃんも知っているはずだけど……」

「って事は、知らなかったのは俺たちだけですか……」

「那美さーん、どうして教えてくれなかったんですか〜」

「いえ、私はてっきりもう知っているとばかり」

「夏休みの時に、那美さんの実家に出稽古に行っただろう」

「うん」

恭也の言葉に美由希たちは頷く。

「その時、向こうでもこの事は話したはずだが、お前はそういえばいなかったような」

「初耳だよー」

美由希は情けない声を出しつつも、特に攻めている様子はない。
その事に那美は少しだけ胸を撫で下ろすのだった。

「それにしても、ちゃんと話して欲しかったな」

まだ未練がましく言う美由希に、恭也たちが答える。

「だから、かーさんが話しているとばかり思ってたんだ」

「それに、改めて自分たちから言うのはちょっと照れますからね」

「確かにな」

頷く恭也に、那美は微笑みながら言葉を続ける。

「ええ。流石に婚約したなんて、自分たちから言うのは照れ臭いですもんね。
 だから、桃子さんだけに言ったんですよね」

「ああ。かーさんから皆に伝わると思ったんだが、知らなかったのか」

恭也と那美の話を聞きながら、美由希たちは動きを止める。
それを不思議そうに見遣って、二人は同時に尋ねる。

「どうしたんだ、皆」

「どうかしましたか、皆さん」

美由希たちは一斉に頷き、お互いに顔を見合わせると、次いで恭也と那美を見る。
そして、一つ頷くと、一斉に声を上げるのだった。

『婚約!?』

「あ、ああ。そうだが」

一斉に尋ねてくる美由希たちに、恭也は驚きつつも頷いて見せる。
その顔は、何に驚いているのか理解していなかった。

「二人はそこまで話が進んでたの?」

「恭也、それは幾ら何でも黙ってるのは酷いわよ」

「師匠、水臭いですよ」

「ホンマですよ、お師匠」

口々に言ってくる美由希たちに、恭也は心底不思議そうな顔をする。

「何をそんなに驚いているんだ?」

「何で恭ちゃんはそんなに冷静なのよ」

逆に質問で返され、恭也は首を傾げる。

「まあ、他の者たちは初めて聞くから驚くのも無理はないと思うが、美由希、お前は一緒に那美さんの実家に行っただろう」

「えっ!い、行ったけど……」

「婚約はその時に決まったんだが。
 そもそも、出掛ける前に言わなかったか?大事な用で行くと」

「そ、それは聞いたけど、てっきり出稽古の事かと……」

「第一、祝いの席が用意されたのに、何も不思議に思わなかったのか?」

「……そう言えば。てっきり、歓迎会かと」

「普通、歓迎会を着いた当日ではなく、翌日の夜にはしないと思うが」

「あ、あはははは。そう言えば、恭ちゃんと那美さんの二人が主役っぽかったような」

笑って誤魔化す美由希を、晶とレンがなんとも言えない眼差しで見詰める。

「「美由希ちゃん、それは……」」

こんな時ばかり仲良く声を揃える二人に、これまた乾いた笑みを返す美由希だった。

「まあまあ。とりあえず、おめでたいことには変わらないんだし」

忍が取り持つように言うと、晶とレンも頷く。

「しかし、そこまで話が進んでるとはね。恭也もやる時はやるわね〜。
 あ、それでなのはちゃんが那美の事を那美お姉ちゃんと呼んでたのか。成る程、成る程」

忍に言われ、美由希たちも改めてその事に気付く。
そうやって改めて考えれば、成る程と思うような事が幾つか思い出されるのだった。

「うーん。でも、何か秘密にされてたのは、やっぱり面白くないわね」

忍の言葉に美由希たちは頷く。
そして、忍は何かを思いついたのか、ニヤリと笑みを浮かべる。
その笑みを見た二人は、ろくでもない事だろうと察知し、その場から立ち去ろうとする。
しかし、それよりも早く忍が口を開く。

「やっぱり、これは責任を取ってもらわないとね」

「何でそうなる」

忍の言葉に、恭也は疲れたように言葉を返す。
それを綺麗に聞き流し、忍は口を開く。

「ここは一つ、恭也に責任を取ってもらいましょう」

「だから、何故だ」

「何?那美に責任を取らせる気」

「そうではなく、何故、そういう話になるんだ」

「まあまあ。そんなに酷い事はしないわよ。そうね、一日占有ってのはどう?
 その日一日は恭也に何しても良いの」

「何しても?」

忍の言葉に美由希が尋ねる。
それに頷きつつ、忍は説明を始める。

「そう、何をしても。例えば、二人きりでデートとか、そう、例えば押し倒すとか……」

恭也が何か言う前に、那美が声を上げる。

「だ、駄目です。そんなのは絶対に駄目です!
 恭也さんには私がいるんですから、そんなのは絶対に駄目です!」

声を上げる那美の肩に恭也は手を置き、声を掛ける。

「那美さん、落ち着いて」

「うぅ〜。嫌です、嫌なんです。他の女性が恭也さんに触れるのは。
 嫉妬深いと思われても、嫌なものは嫌なんです!」

恭也の腕の中で暴れる那美を押さえつけつつ、恭也は忍を睨む。

「忍、幾ら何でも冗談が過ぎるぞ」

「あ、あははは。ごめん、ごめん。まさか、那美がそこまで反応するとは思わなくて。
 私はただ、恭也の反応を見たかっただけだったんだけどね……」

「冗談……?」

恭也と忍の会話を聞き、那美は茫然と呟くように言う。
それに忍は頷く。

「そうよ。幾ら何でも、そんな事する訳ないじゃない」

「あ、あははは」

那美は力なく笑うと、全身から力が抜けたようにへたり込む。
そんな那美を支えつつ、恭也は忍に釘を差す。

「忍、少しは反省しろ」

「充分してるわよ。那美、ごめんね」

本当に申し訳なさそうに謝ってくる忍に、那美は笑みを浮かべる。

「あ、べ、別に良いですよ。もう気にしてませんし」

「ありがとう、那美。しかし、那美も言うわねー」

忍に言われ、那美は自分が言った言葉を思い出して顔を赤らめる。
そんな那美を背中から抱き締めながら、恭也は耳元に口を寄せる。

「でも、俺は少し嬉しかったですよ」

耳元で那美にだけ聞こえるように言われた言葉に、那美は顔を上げ自分を背後から抱き締める人物の顔を見詰める。
間近で見詰められ、恭也は少し照れ臭そうな顔を覗かせる。
そんな小さな表情の変化に気付く自分に少し嬉しくなったりしながらも、那美は恭也の顔をじっと見詰める。
その那美の視線を感じて、恭也は那美の瞳を真っ直ぐに見詰める。
その何処までも深く、吸い込まれそうな瞳を見ているうちに、那美は知らずに目を閉じてしまう。

(わっわっわ。私ってば、一体何を……)

内心では慌てふためき、急いで目を開けようとするのだが、身体はそれに反して目を閉じたまま、
更には身を任せるようにそっと恭也へと体重を預ける。
背中に感じる恭也の温もりを心地良く感じつつ、身を包む恭也の腕に安堵を覚える。
その腕に少しだけ力が篭った事が分かり、那美の頭の中からは、ここが何処で、周りに人がいるということが完全に消える。
甘えるように、そして何かを強請るように顔を少しだけ上向かせる。
そんな那美の仕草を眺めつつ、恭也はどうしたものか悩んでいた。
流石に、この状態で放っておくのも憚れ、かといって那美が期待していることをこの場でするのもどうしたもんかと悩む。
全員が息を飲んで見守る中、恭也は覚悟を決め、ゆっくりと顔を近づけていった。
軽く触れる程度で済ませるつもりだったのだが、那美の唇に触れ、那美の甘い匂いが鼻腔を掠めた瞬間、
そんな事は綺麗さっぱりと忘れてしまう。
恭也は求めるように那美の唇を舌先でなぞると、それをこじ開けるように舌でノックする。
それに応えるように、那美はおずおずと唇を少しだけ開く。
その隙間を恭也の舌が滑り込んでいく。
まるで蹂躙するように那美の口内を恭也は舌で味わう。
那美もそれに応えるように恭也の首、頭の後ろと両手を持っていくと、舌を絡ませるのだった。
激しく濃厚な口付けをたっぷりとした後、二人はゆっくりと離れる。

「恭也さん……」

「……那美」

那美の瞳は蕩けており、その口から艶かしい吐息と共に甘い声で恋人の名を口にする。
それに応える恭也の声も熱を帯びたように熱く、那美の名を呼び捨てで呼ぶ。
恭也は那美の手を引きその胸に抱き寄せ、那美もその胸の中で甘えるように鼻を鳴らす。
暫らく抱き合っていた二人の耳に、遠くのほうからチャイムの音が鳴り響く。
そこでようやく思考が戻ってきたのか、辺りを見渡す余裕が生まれる。
そこには、顔を赤くした美由希たちが声を掛け辛そうにしていた。

「えっと…………。
 …………あ、あれ?えっ?えっ?……きゃ、きゃぁぁぁーーーーー!!
 み、皆さん、いつからそこに」

「な、那美さん落ち着いて」

「そうそう。美由希ちゃんの言う通りよ。いつからって、最初からいたじゃない」

忍の言葉に、那美は今が何処で、さっきまで何をしていたのかを思い出す。
途端、耳まで真っ赤になると顔を隠すように恭也の胸に押し付ける。

「うぅーー。恥ずかしすぎますよー。穴があったら、入りたいですー」

そんな那美を気遣ってか、忍が声を出す。

「さて、予鈴もなった事だし、そろそろ戻りましょうか」

その言葉に従い、美由希たちも立ち上がると校舎へと戻って行く。
その場には、未だに顔を赤くしたまま恭也の胸に顔を埋める那美と、同じく顔を赤くしている恭也だけが残される。

「……那美さん、皆行きましたよ」

「うぅー。恥ずかしいです」

ゆっくりと顔を上げながら、那美はそう言いつつ火照った顔を冷やすようにそっと撫でる。

「大丈夫ですか、那美さん」

「恭也さん、また呼び方が戻ってますよ」

「……これはもう癖みたいなものですね」

「早く直して欲しいんですけどね」

「努力します」

「あの時はいつも直っているんですけどね」

言いながら那美は顔を再び赤くさせる。

「ご、ごめんなさい。今のは忘れてください!」

「は、はあ」

恭也も照れつつ、曖昧な返事で返すと、慌てる那美を見ながら笑みを浮かべる。
その視線に気付いたのか、那美も恭也を見ると、その顔に笑みを浮かべる。

「本当に早く直してくださいね。あまり遅いと、返事しませんからね」

「……分かった。努力する」

恭也は生真面目に答えてから、そっと那美へと手を伸ばす。
那美はその手を見詰めつつ、目を細める。
頬に触れてくる手の感触に擽ったそうに首を竦め、そっと恭也へと顔を寄せる。
そして、二人はそっと軽いキスを交わすのだった。





<おわり>




<あとがき>

ライジングさんの62万ヒットリクエスト〜。
美姫 「今回は那美編〜」
おお、もうすぐ50人!
美姫 「浩にしては良くやったわ」
素直に喜べない褒め方だな。
美姫 「まあね。褒めてないし」
ないんかい!
美姫 「ほほほほほ〜。100人になったら、考えてもいいわよ」
それでも、断言せずに考えても良いという所がずるいな。
美姫 「ちっ!気が付いたか」
何だ、その台詞は!褒める気ないな!
美姫 「うん」
うわ〜い。まあ、良いか。
さて、次のヒロインは……。
美姫 「誰、誰」
秘密。ヒントは2のキャラって事かな。
美姫 「あ、あの子かしら」
さて、それではまた次回で。
美姫 「じゃあね〜」







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