『An unexpected excuse』

    〜翡翠編〜






「俺が、好きなのは……」

「あ、あの、恭也様……」

恭也の言葉を遮るように、遠慮がちな声が恭也の名前を呼ぶ。
今にも消えそうなほど儚い感じのする声だったが、この声を恭也は聞き逃す事なく振り向く。

「翡翠!?どうしてここに」

そこにいるはずのない人物を認め、恭也は驚きの声を上げる。
そんな恭也を見て、翡翠は申し訳なさそうな声で告げる。

「申し訳ございません。ご迷惑でしたでしょうか」

深々と頭を下げる翡翠に、恭也は慌てたように手を振る。

「そういう訳じゃない。ただ、驚いただけで」

恭也はそう言うと、翡翠を手招きする。
呼ばれた翡翠は恭也の元まで来ると、横に立つ恭也へと尋ねる。

「恭也様、どうかされましたか?」

「ああ、ちょっとな。何で翡翠がここにいるのかは後で聞くとして、とりあえず丁度良かった」

恭也はそう言うと、全員を見渡し紹介すると言って翡翠を一歩前に押し出す。
恭也に背中を軽く押され、恭也の一歩前に出た翡翠は、何が始まるのか分からないといった困惑顔でとりあえず周りを見る。

「こちらは翡翠。俺の恋人だ」

はっきりと告げる恭也に、あまり表情の変化がなかった翡翠の顔に朱が差す。

「あ、そ、その翡翠です……」

翡翠は真っ赤になって俯きながら、今にも消え入りそうな声で言う。
一方の恭也は照れる翡翠を見て、逆に冷静になったのか落ち着いた様子で翡翠に尋ねる。

「で、翡翠はどうしてここに?」

「あ、はい。明日からここに通う事になりましたので、今日は残っていた簡単な手続きをしに」

「そうだったのか。って、じゃあ秋葉たちもこっちに来てるのか?」

「いいえ。こちらへは私だけです。秋葉様がその、恭也様の傍にいられるようにと色々としてくださって」

「そうだったのか。で、翡翠はどこに住む事になるんだ?」

この問い掛けに、翡翠は不思議そうな顔をする。

「恭也様は何もお聞きになっていないのですか?」

「聞くって、何を」

「そ、その……」

そこまで言うと翡翠は更に照れて黙る。
そんな翡翠に、恭也は落ち着かせるようにゆっくりと尋ねる。

「一体、何をだい?」

「……私が恭也様の家でお世話になる事です」

「………………はい!?」

「ですから、私が」

「いや、それは分かった。ただ、俺は何も聞いてないんだが」

「そうなんですか?秋葉様が既に話は着いていると仰っていたのですが」

恭也は美由希を見るが、美由希も首を振って聞いていない事を伝える。
それを見て、翡翠は困ったように顔を曇らせる。
その変化に恭也は気付くと、そっと肩に手を置く。

「秋葉がそう言ったのなら、間違いはないだろう。多分、うちの母が面白がって黙っていただけだと思う。
 だから、そんな心配そうな顔をするな」

励ますように言う恭也に、翡翠は微かに微笑んで頷く。
確認をすると言って、恭也は携帯電話を取り出すと翠屋へと掛ける。
電話に出た女の子に、桃子に代わってもらうように告げ、待つ事しばし。
電話に桃子が出るや否や、恭也は話し出す。

「かーさん、一体どういう事だ」

「はぁ?いきなり何よ、恭也。ちゃんと説明しなさいよね」

「それもそうだな。翡翠の事なんだが」

「あれ?どうして知ってるの!驚かせようと、誰にも言ってなかったのに!」

「…………はぁ〜」

桃子の言葉に恭也は盛大な溜め息を吐くと、続ける。

「翡翠自身から聞いた」

「えっ!?あれ?来るのって明日じゃ……」

「学校の手続きで、今日来ているんだそうだ」

横目で翡翠を見ながら、恭也は簡単に説明をする。
その言葉に、桃子はああ、と納得の声を上げる。

「そうなんだ。じゃあ、今日からうちに来る事になるのね」

「ああ、そうなるな。でも、荷物とかは……」

「それは大丈夫よ。今日中に全て運び込んでいるはずだから」

「やけに手回しが良いな」

「私じゃないわよ。全て秋葉ちゃんが手配したみたいだから」

「そうか」

秋葉が手配したのなら、今頃引越しの作業も終っているだろうと恭也は考える。
恐らく内緒にしたのは、桃子の考え……、いや、ひょっとしたら彼女の姉である琥珀も噛んでいる可能性はあるが。
納得した恭也は、同じような事を翡翠にも伝える。
それを聞き、翡翠は安心したように胸を撫で下ろす。

「そうだ。だったら、今日は歓迎会ね。晶ちゃんとレンちゃんに料理お願いって伝えといて。
 後、忍ちゃんや那美ちゃんも誘ってあげたら」

「ああ、分かった」

恭也が横を見ると、電話機から洩れ聞こえた声を拾ったのか、晶たちが頷く。
それを眺めつつ、電話を切ろうとした恭也に桃子が爆弾を投げる。

「一緒の部屋だからって、あまり張り切らないでよ。うちには小さな子もいるんだから」

「ああ、分かっ……。ま、待て!一緒の部屋って何だ!」

「あっ!じゃ、じゃあね。そろそろ仕事に戻らないと」

「あ、こら切るな!それに、あって何だ、あって!もしもし、もしもし!」

何度も呼びかけるが、切れた電話はプープーという音しか返さない。
もう一度掛けなおそうとも思ったが、多分出ないだろうと予想が付く。
仕方がなく、恭也は電話を懐にしまい込む。
今までのやりとりで大体の事情を察したのか、翡翠は耳まで真っ赤にすると俯いていた。
そんな翡翠に恭也は遠慮がちに声を掛ける。

「あーっと、すまないな。そういう訳みたいなんだが……。
 まあ、かーさんの悪ふざけだろうから、ちゃんと言えば別々にしてもらえるだろう」

桃子以外にも、割烹着を身に纏った子悪魔の姿が脳裏を掠めるが、それを半ば無理やり頭の片隅に押し込めつつ言う。
そんな恭也に対し、翡翠は恭也の袖を掴むと、フルフルと首を振る。

「わ、私は別に構いません……。そ、その……、恭也様さえ嫌ではなければ……。あの、その……」

翡翠は顔を真っ赤にしたまま、しどろもどろに言う。
それを聞き、恭也も照れたように視線を少し上へとあげる。

「まあ、翡翠がそういうのなら、俺は別に良いが。その、本当に良いのか。
 同じ部屋という事は、寝るのも同じ所と言う訳で……。
 つまり、俺自身を抑える事が出来なくなる可能性も……」

恭也が最後まで言うよりも先に、こくんと翡翠は頷く。
そんな翡翠の仕草に、恭也は思わず翡翠に手を伸ばす。
翡翠は一瞬だけ身を強張らせたが、すぐに力を抜くと目をそっと瞑る。
そんな翡翠にそっと顔を近づけ、キスをする。
そっと離れ、お互いに顔を赤くしつつ、黙っている所へ忍が間に入ってくる。

「あの〜、私たちもいるんですけど〜。
 そういった話もそうだけど、そういった事も、二人きりの時にした方が良いと思うんだけど。
 これは、一応友人としての忠告ね。まあ、もう手遅れって気もするけど」

忍の言葉通り、この場にはまだ全員が残っており、今までのやり取りを一部始終見ていた。
これに気付き、二人は赤い顔を更に赤くさせると、翡翠は俯き、恭也は誤魔化すように咳払いを一つする。

「さ、さて、そろそろ午後の授業が始まるんじゃないか。
 皆もそろそろ戻った方が良いと思うぞ」

どこかぎこちなさを感じさせつつも、恭也はそう告げる。
その言葉に、全員が時間を確認し、恭也の言葉が事実だと分かると校舎へと戻って行く。
そのうちの数人は、少し顔を赤くしていたが。

「……さて、それじゃ俺は先に帰っている。この辺の案内もあるし、細かい荷物は早めに揃えた方が良いだろうからな。
 そういう訳で、後は頼んだ」

「仕方がないわね。今度、何か奢りなさいよ」

そう言う忍に頷きで返し、恭也は未だに照れて俯いている翡翠の手を取る。
驚いて恭也の顔を見上げる翡翠に、笑みを返すと恭也は歩き出す。
恭也に引っ張られる形で一歩を踏み出した翡翠だったが、ゆっくりと歩く恭也の横にすぐに並ぶ。
繋いだ手の温もりを確かめるように、翡翠は一度だけそっと力を込める。
そんな翡翠の手に、恭也が握り返してくる感触が伝わると、翡翠はそっと笑みを浮かべるのだった。





<おわり>




<あとがき>

キレンジャーさんの61万ヒットリクエスト〜!
美姫 「パフパフドンドンドン!!」
今回は翡翠ちゃんです、ひっすぃ〜〜!!
暗黒翡翠拳!
美姫 「はいはい、程よく壊れてないで」
月姫のキャラもそこそこ増えてきたよね〜。
美姫 「と言っても、まだ4人目じゃない?」
確かに……。まあ、良いじゃないか。
このシリーズももうすぐ50人。
美姫 「まだじゃないの?」
…………くっ!確かにまだだけど。
美姫 「や〜い、嘘つき」
だから、もうすぐって言ったじゃん。
美姫 「やーい、やーい」
グスグス……。うわぁ〜〜ん!!
美姫 「ふぅ〜。浩もいなくなった事だし……。じゃあね」







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