『An unexpected excuse』

    〜ざから 続編〜






ある晴れた昼下がりの休日。
誰もいないのか、やたらと静かな高町家の部屋の一つから、一人の女性が姿を見せる。

「む、皆は出掛けておるのか」

部屋から出てきたざからは、寝起きなのが目をしばしばさせ、手で擦りながら廊下へと出る。

「出掛けるのならば、起こしてくれても良いだろうに。
 全く、一人で出掛けるなど……」

ブツブツと恭也へと文句を言いつつ、冷蔵庫を開けて牛乳を取り出すとコップに注ぐ。
それを一気に飲み干して洗い場に置くと、ざからははっと思いついたように呟く。

「もしや、浮気とかいうやつでなかろうな。
 真雪が言っておった。確か、浮気は甲斐性とか何とか。
 認めぬ、認めぬぞ恭也! 甲斐性だか何だか知らぬが、浮気は許さぬぞ」

コップを握っていたら、そのまま割ったであろうと思わせるほど拳を強く握り締め、
自分の勝手な想像に腹を立てたかと思うと、急に不安そうな顔付きになる。

「よもや、我に飽きたとかではないだろうな」

遥か過去に大妖怪として恐れられたなどとはその様子からは微塵も想像できず、
そこにはただ思い人の心情に左右されるごく普通の少女がいた。
ざからはいてもたってもおられず、やや足早に玄関へと向かう。
その途中、縁側を通ろうとしたざからはそこで足を止める。
見れば、縁側で寝転がっている恭也がいた。

「な、何じゃこんな所で昼寝をしておったのか。
 寝るのなら、我の部屋でも良かろうに」

そんな事を言いつつも、その顔には安堵の色が濃く出ている。

「にしても、よく寝ておるの」

恭也の寝顔を遠巻きに眺めていたざからだったが、不意に思いたちリビングへと取って返す。
すぐさま戻ってくると、まだ恭也が眠っているのを確かめ、気配を殺して恭也の傍に近づく。
恭也の頭のすぐ傍に座り込むと、その顔を覗き込みつつ小さく笑みを零す。

「我が刺客なら、お主もここまでじゃぞ」

まるで注意するような事を言いつつ、その声は起こさないようにやたらと小さい。
ざからは周囲をきょろきょろと眺め、誰もいないのが分かっていながら、思わず確認したといった所か、
誰もいないことを改めて確認するとそっと恭也の頭へと手を伸ばす。
ここで起きられては面倒なので、その動きはやたらと慎重だった。
ようやく、恭也の頭を膝に乗せることが出来ると、零れんばかりの笑みを浮かべる。
そして、恭也を見下ろせば、自分を見上げてくる恭也の黒い瞳と視線が合う。

「何をやっているんだ」

「ち、ちがっ、こ、これは……。
 そ、そう! お主がこんな所でうたた寝をしておるから、気配に気付くかどうかを……」

恭也の頭を膝に乗せてこの台詞では、さしもの恭也でも大体の所は察しが付く。
必死で言い訳をするざからを可愛いと思い、恭也は何気なく身体と頭を横へと向ける。
片側の頬でざからの太腿の感触を感じつつ、恭也は言う。

「ざからの膝枕は気持ちが良いから、このままで良いか」

「むっ、きょ、恭也がそこまで頼むのなら仕方ない。
 我の足を貸してやろう」

「それは大変ありがたき幸せです」

「うんうん。重宝するがよい。あ、言っておくが、恭也だからこそ、貸してやるのだからな。
 本来なら、我はこのような事は軽々とはせぬのだぞ。恭也だからこそ、特別なのじゃぞ」

「分かっているよ。……それに、他の奴なんかにするな」

「何か言ったか?」

「何にも言ってない」

思わず出た言葉に恭也は顔を赤くして誤魔化すが、聞き返したざからの耳にはしっかりと聞こえていた。
にやける顔を堪えつつ、それでも口元が僅かに緩んでいたが、恭也の顔を覗き込むように身体を倒す。

「嘘を申すな。何か言ったではないか」

「気のせいだろう。もしくは、聞き間違い」

逃げ様にも覆い被さられる形となって逃げれず、恭也は強引に打ち切るように目を閉じる。
ざからもそれ以上の追求は止め、そっと恭也の頭を撫でるように髪を梳く。

「楽しいか」

「ああ、楽しいぞ。お主は男の癖にサラサラしておるからな」

「そうか? 自分ではよく分からんが。
 まあ、俺もざからの髪を触るのは好きだしな。同じようなものか」

「そうじゃな。さて、それでは……」

言ってざからは先ほどリビングから取ってきたものを取り出し、恭也の耳に近づける。
何か耳に当てられる事に気付き、目だけを向けると、そこには耳掻きを手にしたざからがいた。

「……一応、聞いてみるのだが何をするつもりじゃ」

「見ているのであろう。ならば、分かるであろう。
 耳掻きで料理をするか? 洗濯をするのか?」

「いや、そうじゃなくて。そんなのは、自分でする」

「駄目じゃ。我がやってみたいのだ。
 お主は中々、こういう事をさせてくれんからな。偶には大人しくされよ」

ざからの言われ、恭也は仕方なく素直に従う。
始めは恐る恐るといった感じでやっていたざからだったが、すぐに慣れてきたのか余計な力が抜けていく。
どのぐらい経ったか、ようやく耳が解放される。

「では、逆じゃ。そのままこっちを向け」

言いながら恭也の頭を持って、自分の方へと顔を向けさせて逆の耳を上にする。
恭也はすぐ目の前にあるざからの身体から漂ってくる香りに、少し照れつつも心を落ち着かせる。
知らず笑みが浮かんでいたのか、それを目ざとく見咎めたざからが口を開く。

「何が可笑しいのじゃ。我がこのような事をするのは、やはり可笑しいか」

「ん? ああ、違う違う。
 こうしていると、ざからの足の感触だけでなく、ざからの良い香りがして落ち着くなと」

「なっ! な、何を言っておるのじゃ、お主は」

「わ、分かったから、落ち着け。そのまま鼓膜を破られたらかなわん」

真っ赤になっておたおたするざからを見上げつつ、恭也も自分の言った言葉に真っ赤になり、
誤魔化すようにそう言う。尤も、耳掃除中で危ないのも確かだが。

「うぅぅ。お主が変な事を言うのが悪いのじゃろうが。
 しかし、香りとは何じゃ。可笑しなにおいでもするのか?
 自分では何も匂わんのじゃが。恭也は嫌なのか?」

腕を鼻先まで上げてくんくんと嗅ぎながら不安そうな、泣きそうな瞳で恭也を見る。
そんなざからに微笑みかけると、恭也はざからの腰に両腕を回して顔をざからへと近づける。

「そうじゃない。落ち着くと言っただろう。
 ざから自身の良い香りがするんだよ。嫌じゃない」

「そ、そうか。安心したぞ。お主がそう言うのなら、それで良い」

ざからは安心すると、中断した耳掃除を再開する。
恭也が腕を解こうとするのを止める。

「だが、これではやり難い上にさっきよりも重いだろう」

恭也の言う通り、ざからの足の上には恭也の頭だけでなく、腰に両腕を回しているため、
身体まで乗っている状態なのである。
しかし、ざからは静かに首を横に振る。

「良いのじゃ。恭也に抱き付かれていると、お主を感じられて我も落ち着くしの。
 このままで……」

「ざからが良いのなら、俺は構わないが」

恭也はそう言うと静かに目を閉じ、ざからは耳掃除を再開する。
ざからが殊更ゆっくりと耳掃除を終える頃には、恭也は静かに寝息を立てていた。

「ふふ。寝顔は可愛らしいの」

耳掻きを傍に置くと、ざからは優しい眼差しでじっと恭也を見詰める。
その内、うとうとし始めて、ざからもいつしか眠りにつくのだった。





その後、帰宅した美由希たちは腰に抱き付く恭也に覆い被さるようにして眠るざからの姿を見る。
それをネタにからかわれて顔を赤くする二人が、高町家の夕食の席で見られたとか、何とか。






<おわり>



<あとがき>

ってな訳で、今回はざからの続編!
美姫 「ロッピーさんからの340万ヒットリクエスト〜♪」
いや〜、今回の話はほのぼのと行くか、最初はギャグに走るかで悩んだよ。
美姫 「で、最初から普通に入ったのね」
まあな。このシリーズでギャグはいらないかと。
美姫 「因みに、もう一つの出だしはどんなのだったの?」
うーん。それを出すと、雰囲気が壊れるし。
美姫 「今更、そんな事を気にしてもね〜」
何気に酷いな、おい。
美姫 「あ、これがそうね」
こらこら。
美姫 「あ、手が滑った〜♪」
って、何でそんなに嬉しそうに……。



ある晴れた昼下がりの休日。

「まるで荷馬車に乗せられている気分じゃ……」

「なにを言っているんだ、ざから」

「なに、ちょっとした冗談だ。
 まあ、今の心情をそれなりに現している気もするがの」

問うた恭也に答えるざからは、
山などで山菜や筍を取る名人が背中に背負うような大きな籠の中に、何故かその身体を納めている。
その籠の前にあぐらをかいて座り込みながら、恭也はただざからを見ている。

「しかし、折角の休みだと言うのに、我らはなにをしているのであろうな」

「それをこの状況で言うか」

それを聞いた恭也もどこかうんざりしたように返す。
まあ、普通このような状況に置かれれば、それもまた致し方ないような気もするが。

「それにしても……」

「えぇぇーい、言うな! 我も失態だったと思うておるというのに」

「そ、そうは言われても……。まさか、なのはの遊び相手になって、そんな状態になるとは……」

どこか笑いを堪えたように呟く恭也に、ざからは憮然とした顔をする。

「仕方あるまい。この中に隠れられると思ったのだから。
 それがまさか、入ったは良いが出れんようになるとは……。
 不覚じゃ」



美姫 「ちなみに、これをどうやったら耳掻きに繋がるの?」
これは、この後、動けないざからに恭也が悪戯をするんだ。
で、それの仕返しとして、耳掃除をさせろと。
美姫 「なるほど〜。でも、これってざから続編2で出来たんじゃ」
あっ。ま、まあ、これはこれで一つの形だな、うん。
美姫 「ば〜か。ば〜か」
うぅぅ。……って、ちょっと待て!
お前が勝手に公開したんじゃないか!
美姫 「それじゃあ、また次回でね〜」
強引にもほどがあるっての!







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