『An unexpected excuse』

    〜藤代彩編〜






「俺が、好きなのは……………………いない」

たっぷりと間を置いて、恭也は静かに告げる。
その顔は何やら苦悩し続けていたようにも見えるが、気づいた者はいなかった。
一方、その場にいた者たちは、恭也の答えを聞き、少なからず安堵の吐息を漏らしていた。
そんな様子に恭也は気づく事もなく、質問には答えたという態度で全員を見渡す。
ふと先程まで赤星がいた所をみるが、既にそこに赤星はいなかった。
恭也は肩を竦めると、立ち上がる。

「さて、用件はそれだけですね。では、俺は教室に戻って少し眠る事にしますんで」

そう言ってその場を去ろうとした恭也だったが、振り返った目の先に意外な人物を認めて、思わず動きを止める。
そこには、先程赤星の口から上った人物、藤代彩が立っていた。

「やーやー、皆さんお揃いで」

片手を上げて挨拶をする彩に、とりあえず挨拶を返す美由希たち。
そんな中,忍が声を彩に話し掛ける。

「彩、どうしたのよ」

「うん?赤星君にここで面白い事をやってるって聞いてね」

彩は楽しそうな笑みを浮かべつつ、辺りの様子を見る。

「ひょっとして、終っちゃったとか」

彩の問い掛けに、忍は頷く。

「それは酷いなー。折角来たのに。忍も忍よ、面白い事を私抜きでやるなんて。
 うぅー、いつも四人一緒に行動してたのに、私だけ除け者なのね。よよよ」

「ごめん、ごめん彩。でも、別に遊んでた訳じゃないんだし。それに遊ぶ時はいつも四人じゃない」

泣き真似をする彩に、忍が笑いながら言う。
それを聞きながら恭也は、いつの間にか戻って来ていた赤星と顔を見合わせる。

「一緒に遊ぶというよりも……」

「ああ。俺たちで遊んでいるの間違いだと思う」

恭也の言葉に、赤星も頷きつつ言う。
忍はそんな二人を指差し、

「こら、そこ。人聞きの悪い事を言わないでよ。
 私たちは恭也たちで遊んでいるんじゃなくて、恭也たちが遊ばれていると言ってよ」

「……どう違うんだ?」

恭也の素朴な疑問を忍はあっさりと無視する。
その頃には彩も普段通りに美由希たちと話をしていた。
忍と恭也の話が一区切りついたと分かると、彩が話し出す。

「それよりも、ここで楽しい事があったんでしょう。
 美由希ちゃんに聞いたんだけど、恭也はいないって答えたんだって?」

「あ、ああ」

「ふ〜ん。本当にいないの〜」

恭也の言葉に、彩は楽しそうな笑みを浮かべる。
一方の恭也は彩の真意が分からず、しかし嫌な予感だけは感じ、少し後退る。
その開いた分と同じだけの距離を詰めながら、彩は不意に片手で目元を覆う。

「酷いわ、高町くん。私との事は遊びだったのね……。よよよ〜」

「なっ!ちょ、ちょっと待て!」

彩の言葉に恭也は狼狽え、赤星はショックを受けたような顔になる。

「ふ、藤代、高町……。一体、どういう事なんだ。ま、まさかお前達」

「良いのよ、良いのよ。所詮、私は高町くんにとって都合のいい女なんだわ」

「高町……、お前」

赤星が信じられないといった顔で恭也を見る。

「ごめんね赤星君。私、もう汚れちゃったの……。高町君に無理矢理……」

赤星、忍が恭也を見る。

「恭也、鬼畜〜。親友の恋人に横恋慕の上に無理矢理なんて……」

「高町、親友だと信じていたのに」

そんなやり取りをする四人を見ながら、美由希たちは固まっていた。
そんな中、恭也は物凄く疲れた顔をしながら、大きなため息を吐き出す。

「お前ら、楽しいか?」

心底呆れたように尋ねてくる恭也に対し、彩たちは一斉に頷く。

「「「勿論」」」

その返答を予想していたのか、恭也は軽く肩を竦めると、未だに固まっている美由希たちに声を掛ける。

「お前らも、こいつ等の言う事を真に受けるな」

「え、あ、は、はははは」

「も、勿論、私は信じてましたよ」

「俺もですよ、師匠」

「うちもです!」

乾いた笑みを浮かべながら、必死で誤魔化そうとする美由希たちに、再度ため息を吐きつつ、恭也は肩を落とす。
その背中がこれ以上ないぐらいに物語っていた。もうそっとしておいてくれと。
しかし、当然のようにそれに気付かず、或いは気付いても無視して、忍たちが恭也の周りに集まる。

「恭也〜、まあまあ。そんなに落ち込まないで」

「そうだぞ高町。この程度、いつもの事だろう」

「高町君、元気出してね。そのうちいい事があるよ、きっと」

慰める彩たちに、原因はお前らだと言いたいのを堪え、恭也は頷いておく。
そんな恭也の肩に、彩が手を回す。

「で、高町君。いつまでだんまりを貫くのかな〜」

「そうよ、恭也〜」

彩と忍が意味深な笑みを浮かべつつ、囁く。
困ったように赤星へと顔を向ける恭也だったが、赤星も同じ様な笑みを浮かべて言う。

「そうだぞ、高町。もう良いんじゃないか?」

「し、しかしだな」

「た・か・ま・ち・く〜ん。何を遠慮してるのかな〜。私は良いって言ってるのに」

「そうよねー。彩が良いって言ってるんだし……」

彩は肩に回した腕を首へと回し、恭也の背後へと回り、伸し掛かる。

「ねえ、高町君♪ううん、いつもみたいに恭也って言った方が良いかな」

「ふ、藤代!」

「いや〜ね〜。いつもみたいに彩で良いわよ〜」

彩の言葉に恭也は戸惑ったような表情を浮かべつつ、慌ててその口を塞ぐ。
しかし、時既に遅く、全員がはっきりと聞いていた。
全員の視線が恭也と彩に向う中、美由希がおずおずと切り出す。

「あ、あのー。今のって、どういう意味なんでしょうか?」

その美由希の言葉に、全員が同じ思いで見詰める中、まず最初に彩が口を開く。

「それはね……」

もったいぶるように一端、そこで言葉を区切る。
美由希たちは次に出てくる言葉に備え、彩に注目する。
充分に惹きつけた後、彩は殊更ゆっくりと口を開いていく。
辺りを緊張と静寂が包む中、静かに彩の口から言葉が紡がれる。

「実は、……詳しい事は恭也に聞いてね」

彩の言葉に、全員が肩透かしを喰らったように踏鞴を踏む。
なんとか持ち直した一同は、改めて恭也を見る。
それに諦めたのか、恭也はゆっくりと語りだす。

「実は、俺と彩は付き合ってる」

その台詞を聞き、美由希が聞く。

「え、でも藤代さんは赤星先輩と……」

「まさか、高町先輩と赤星先輩の二股!」

美由希の言葉を遮るように、FCの中から声が上がる。

「「違う!」」

恭也と彩は同時に言うと、その発言をした者を見る。
そして、それを見て揃ってため息を吐く。

「「忍、何をしてるんだ(のよ)」」

「あはははは。だって、退屈だったんだもん」

恭也はため息を吐いた後、事情を説明し始める。

「うーん、何と言えば良いやら……」

「まあ、簡単に言えば、恭也が黙っていようと言った事が原因なんだけどね」

「彩は剣道部の後輩から慕われているからな。
 それに、彩のFCなんてのもあるぐらいだから、黙っていた方が良いと思ったんだ」

「で、何処で話が拗れたのか、剣道部内では俺と藤代が付き合ってるって事になってしまってな」

「で、赤星が相手だと剣道部の連中も大人しく引き下がったんで、そのままその嘘を通していたという訳だ」

「因みに、忍ちゃんは知ってたりしまーす」

四人の説明を聞き、頷く美由希たち。

「で、赤星が黙っていてくれたのは……」

「私からもお願いしたからなのよね。恭也があまり目立ちたくないのは知ってたし」

「まあ、そんな訳だ。で、赤星が快く引き受けてくれたのは、赤星にもその方が都合が良かったからだ」

恭也の言葉に、美由希たちは首を傾げる。
それを見て、恭也は説明を続ける。

「つまりだ、赤星も付き合っている女性がいてな。
 それを隠すためという訳だ」

「何で隠す必要があるんですか?」

那美の言葉に、恭也は一つ頷くと、口を開く。
そんな恭也を止めようと赤星が動くが、いつの間にか背後に周っていた忍が赤星を羽交い絞めにする。
それを確認し、恭也は話し始める。

「良いか、ここで聞いた事は他言無用だぞ。決して誰にも言うなよ」

この言葉に、その場にいる全員が頷いたのを見て、恭也は語りだす。

「実は、赤星の付き合っている人に問題があるんだ。
 その人物はな……、人妻だ」

『え〜』『きゃぁ〜』

様々な悲鳴が上がる中、恭也はいたって冷静に話を続ける。

「で、それがばれないようにするため、彩と付き合っていると勘違いさせたままでいたという訳だ」

「しかも、その人妻さんは子持ちだったりします」

恭也の言葉に、彩も続ける。
その後に、赤星の口を塞いでいる忍が付け加えるように言う。

「更に、その子供は私たちと同じぐらいの女の子なんだけど、その子との二股だったり♪」

甲高い声が中庭に響く中、どうにか忍を振りほどいた赤星が喚く。

「お前ら、出鱈目言うな!皆、信じてるじゃないか!」

赤星が大声で叫ぶ中、恭也はその肩にそっと手を置く。

「今更恥ずかしがるなよ」

「そうよ、赤星君。もう隠さなくてもいいじゃない」

「そうそう。二人にはばれてないんだし」

「だ〜か〜ら〜、違うと言ってるだろう!って、本当に信じてる?
 み、美由希ちゃんたちは、俺を信じてくれるよな」

赤星は何かを期待するような眼差しで美由希たちを見るが、美由希たちは微妙に視線を逸らし、乾いた笑みを張り付かせる。

「も、勿論ですよ」

「わ、私も信じてますから」

「勇兄、安心してくれ」

「そうです。うちら、こう見えて結構口は堅いですから」

「し、信じてないだろう!信じているなら、まずこっちをちゃんと見てくれ。
 いや、その前にその発言事態、既に信じてないし。高町、どうするんだよこの事態。
 どうやって収拾を……」

「……すまん」

「じゃあ、謝った事だしそろそろ教室に戻ろうか恭也」

彩は恭也と腕を組み、忍は恭也の横に並ぶ。

「そうね。次は化学だから、楽しみだわ」

「お、お前ら、誤解を解いてから行け!」

赤星の叫びを背中で聞きながら、恭也たちは歩き出そうとする。

「お前ら、本気で泣くぞ」

それを聞きつつ、恭也たちは顔を見合わせると、ここまでとアイコンタクトを交わし、冗談だと言おうとする。
しかし、それよりも早く、赤星が叫ぶ。

「第一、俺が付き合っているのは人妻じゃなく教師だぞ!しかも、独身だ!
 だから、娘との二股なんてありえるか!」

赤星の爆弾発言に、美由希たちはまたも悲鳴を上げ、恭也たちは頭を抱える。

「は〜、冗談だと言おうと思った矢先に……」

「自分からばらすなんて」

「とんだ間抜けね」

しみじみと零す三人に、赤星は怨めし気な目を向ける。

「誰の所為だと思ってるんだ?」

「誰って、お前自身が言ったんじゃないか」

「そうよ。折角、ここまで盛り上げて冗談という事で、うやむやにして真実を隠そうとしたのに」

「あーあ、赤星君の所為で全てパーね。まあ、自分で言ったんだから、多少の諦めもつくでしょう」

三人の言葉を聞きながら、赤星は地に膝を着く。

「お前らとつるんでいて、一番被害を被っているのは俺のような気がするのは、気のせいだろうか」

「まあまあ。そんなに落ち込まない」

忍が励ますように赤星の肩を叩く。

「それに赤星。落ち込んでいるよりも先に、ちゃんと説明しておかないと、いらぬ誤解をされるぞ」

恭也の指す先には、赤星が付き合っている教師が誰かと、数人の名前が上げられていた。

「あー、風校の教師じゃないんだが」

その言葉に、生徒たちの声が止み、明らかにがっかりしたようなため息が洩れる。

「何故、残念がられているのかは兎も角、そういう訳だ。
 まあ、一応相手の方にも迷惑を掛けたくないので、この事はくれぐれも秘密に頼むぞ」

赤星の真剣な眼差しと、無言のプレッシャーに美由希たちは頷く。
それを見て赤星は肩の力を抜くと、疲れたといって先に教室へと戻って行った。

「うーん、ちょっと悪い事したかな」

忍が頬を掻きながら言った言葉に、彩は頷くものの恭也の腕を引き寄せ、

「まあ、でもこれで私と恭也の関係を黙っていなくてもよくなった事だし。
 終りよければ……って事で」

朗らかに笑う彩に、恭也は苦笑を洩らしつつ頷く。

「あー、しかしそうなると、学校内でも二人のベタベタを見せられる事になるのね……」

忍が珍しく心底疲れた声を出す。
その後、美由希たちに向き直り、

「美由希ちゃんたちも覚悟しといた方が良いわよ」

と、忠告をしておく。
そんな忍を見ながら、彩が拗ねたように言う。

「あのねー、忍。いつ、私たちがベタベタしたのよ」

「えー、いつもしてるじゃない」

「してないわよ。二人きりの時は兎も角、そうじゃない時はベタベタなんてしてないもん」

「……その状態で言われても説得力がないんだけど」

忍が指差す先には、しっかりと恭也の腕を掴んで離さない彩の腕があった。

「こんなの普通じゃない」

「違う違う」

彩の言葉に、忍は右手を振って否定する。

「恭也〜、忍が虐めるの」

そう言いつつ、彩は恭也の首に手を回す。

「忍、その辺にしておけ」

「私は別に良いんだけど、ほら、見慣れない子たちが……」

忍が指す先では、数人の女子生徒が顔を赤らめて視線を逸らしていた。

「えー、この程度で何を」

それに不満の声を洩らす彩に、忍が声を掛ける。

「だから、彩たちの感性がずれてるんだって」

「そんな事ないと思うけど……。恭也はこうされるの嫌?」

「別に嫌ではないが」

こういった事を繰り返しされているうちに、完全に慣れてしまった恭也は平然と答える。
それを聞き、彩は笑みを浮かべつつ、忍をほら、と言わんばかりに見る。

「はぁ〜。まあ、二人が良いんだったら別に良いんだけどね。
 ほら、美由希ちゃんたちもこのぐらいで驚いてたら、これから先、苦労するわよ。
 さあさあ、教室に戻ろう」

忍に言われ、美由希たちも何とか我に変えると、二人を見ないように校舎へと戻って行く。
集団の一番後ろに付いて校舎に戻りながら、恭也と彩は腕を組んでいた。

「そうだ!恭也、明日は私がお弁当を作ってきてあげるね。今までは出来なかったけど、もう問題ないし」

「そうか、それは嬉しいな。彩は料理が上手だから」

「くすくす。お世辞言っても、何もないわよ」

「別にお世辞じゃない。それに、何もない事ないだろう。彩の手料理があるんだろう」

「ふふ。一杯頑張るからね」

「ああ、楽しみにしてる。彩はいい奥さんになるよ」

「勿論、恭也がもらってくれるんでしょう」

「当たり前だろう」

集団の先頭を歩く忍は、一番後ろだけ別世界と化しているのを無視する。
そんな忍の横で、美由希たちが疲れたような顔を見せる。

「あ、あれを毎日見せられるんですか」

「そうよ。因みに、あれはまだ序の口だからね。覚悟しておいた方が良いわよ」

忍の言葉に、美由希たちは喉を鳴らし、恐ろしいものを見るように一度だけ背後を振り返るのだった。
そして、忍の言う通り、翌日から物凄い光景を見せられる事となるのである。





そして、これはその時のとある一人の少女が洩らした言葉である。

「うぅ〜。予想以上でした。もう許して……」





おわり




<あとがき>

Mr.Kさんからの57万Hitリクエストで、藤代編です。
美姫 「……え?今回はギャグ?」
違うぞ。一応、最後の方ではちょっとだけど甘々だろう。
美姫 「その前まではギャグだけどね」
はははは。恭也、忍、彩、赤星の四人は短編でちょくちょくドタバタさせてるからな。
この四人が絡むと、ついつい。
美姫 「まあ、仲の良い友人たちって所ね」
そういう事、そういう事。
こういったノリは書いてて楽しいからな。
美姫 「で、次回は誰かな?」
うーん、2のキャラが後二人だからな……。
まだ分からないや。
美姫 「はいはい。そんな事だと思ったわ」
ははは。とりあえず、また次回!
美姫 「ばいば〜い」







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