『An unexpected excuse』
〜藤代彩 続編〜
四時間目の終了を告げるチャイムが鳴り響き、生徒たちが思い思いに昼休みへと突入する。
ある者は食堂へと向かい、ある者は弁当を取り出し、またある者は、教室の外で食べるのだろうか、弁当を持って教室を後にする。
そんな中、ここ三年G組では、一人の生徒が弁当の包みを二つに手に持って、一人の生徒の元へと赴く。
「恭也〜、お昼にしよう」
「ああ、そうしようか。今日の弁当はどんなのか、楽しみだな」
「うふふふ。今日は、結構、自信作なんだよ」
「そうか。彩の料理はいつも美味いからな。自信作というのなら、余計に楽しみだ」
本当に楽しみなのだろう、恭也は口元を緩めると、彩の手から弁当を受け取ると立ち上がる。
「忍、赤星、今日は晶とレンが張り切って弁当を作っていたぞ」
前に決着の付かなかった弁当対決を再度やり直す事となり、張り切って台所に立っていた二人を思い出しつつ、そう告げる。
「そう、それは楽しみね」
「二人には悪いけれど、こんな勝負ならいつでも大歓迎だな」
四人は連れ立って、朝に約束していた中庭へと降りて行く。
恭也は彩の手から、そっと彩の分の弁当も取り上げると、それも持つ。
「ありがと〜、恭也」
そう言って腕に絡み付いてくる彩に、恭也はただ笑みを浮かべるだけで返す。
そんな二人の前で、忍と赤星は既に見慣れつつある光景に、されど苦笑を浮かべていた。
「まったく、飽きない奴らだな」
「本当に。よくあれだけ、ベタベタとできるわね」
「忍、聞こえてるわよ〜」
「うん、知ってる。聞こえるように言ってるんだもん」
「あっそ。でも、こんなのベタベタしているうちに入らないって」
そう言って笑う彩の言葉は、二人には既に聞きなれたものだった。
中庭には、既に晶とレン、そして、忍たちと同じく審査をする美由希、那美が先に来ており、既に座って待っていた。
「それじゃあ、まずは俺から……」
そう言って、重箱を取り出すと、蓋を開ける。
綺麗に彩りまで考えられて作らた中身に、驚嘆の声が上がる。
「うちのは、これです」
対抗するように、レンも重箱を取り出す。
「今回のテーマは、『皆で食べる』です」
「せやから、こうして、重箱に色んなもんを詰め込んでみました」
二つの重箱を中心に忍たちは座ると、取り皿を受け取る。
「「それじゃあ、食べてください」」
二人の言葉を聞き、それぞれが思い思いに箸を伸ばす中、恭也と彩は少し離れた場所へと腰を降して、弁当を取り出す。
しかし、蓋を空けた所で、恭也の動きが止まる。
「どうしたの、恭也」
「いや、箸が見当たらないんだが」
「そんなはずないわよ。ちゃんと、ここにあるわよ、ほら」
そう言って、彩は自分の包みから箸を取り出してみせる。
「いや、彩の箸じゃなくて……」
「良いから、良いから。恭也は何から食べたい」
「今日の自信作というのは、どれだ」
「うん。幾つかあるんだけど、一番はこれかな」
そう言って彩は、その自信作を箸で摘み上げると、左手をそっと添えて、恭也の口元へと運ぶ。
「はい、あーん」
「あ、ああ」
彩の意図を察し、開けた恭也の口に、彩はそれを入れる。
「……どう?」
「うん、美味いな」
「良かった」
恭也の言葉を聞いて、ほっと胸を撫で下ろすと、嬉しそうに笑みを浮かべて、次のおかずへと箸を伸ばす。
それを口へと運んでもらいながら、
「……んん。俺はこうして食べさせてもらっているから問題ないが、これだと彩が全然、食べれないんじゃないのか」
「私は後で食べるから、心配しなくても大丈夫よ」
「そういう訳にはいかないだろう。どれ」
恭也は彩から箸を取り上げると、彩の弁当を自分の方に引き寄せ、おかずを一品掴む。
「ほら」
「……えっと、出来れば、あーん、って言って欲しいかな」
「……わ、分かった。あ、あーん」
恭也は顔を赤くしながら、何とかそう言うと、開いた彩の口へとおかずを入れる。
「……うん、美味しい」
「自分で作ったんだから、味見ぐらいはしているだろう」
「確かにしたけれど、何よりも、恭也に食べさせてもらったという事で、更に美味しく感じてるのよ」
「随分と安い隠し味だな」
「本当に? だったら、これからずっとしてもらおうかな」
「流石に毎回やると飽きるだろう。こういうのは、偶にだから良いんじゃないか」
「それもそうかな? うーん、別に飽きないと思うんだけど……。
じゃあ、飽きるまでやってみるっていうのは。もしくは、二日に一回とか」
「まあ、考えておこう。それより、そろそろご飯が欲しいな」
そう言うと恭也は、箸を彩へと渡す。
それを受け取った彩は、リクエスト通りにご飯を一口分、箸で摘んで恭也の口へと運ぶ。
何回かお互いにそれを繰り返していると、
「……っと、恭也、ごめん。ほっぺにご飯粒が付いちゃった」
「ここか?」
「ああ、違うわよ、逆よ、逆」
彩はそう言って恭也の頬に付いた米粒を取ると、そのまま自分で食べる。
「はい、取れたわよ」
「ああ、ありがとう」
今度は、恭也が彩の口元に米粒を付けてしまう。
「彩、そのまま動かないで。米粒が付いてしまったから」
恭也の言葉に、彩は一つ頷くと、じっと動きを止める。
そんな彩へと、恭也は顔を近づけると、そのまま舌で口元についた米粒を取る。
「ん、取れたぞ」
「ありがとう。じゃあ、次はこれね。はい、あーん」
じゃれ合いながらお弁当を食べる二人を、忍たちが半ば茫然と眺める。
そんな視線をものともせず、恭也と彩は完全に周りのことなど気にせず、お互いしか目に入っていないようだった。
「えっと、今日のお弁当勝負は、恭也と彩の仲良しお弁当という事で……」
「俺も月村に賛成だ。頑張ってくれた二人には非常に申し訳ないが、
こんな甘ったるい空気が近くに漂う中では、微妙な味の違いが判断できない」
こうして、晶とレンの弁当勝負初日は、無効試合となった。
翌日の中庭。
昨日に引き続き、弁当勝負が行われる。
「今日のテーマは……」
「『ずばり、お互いの得意料理!』です」
そう言って、晶とレンは、皆の分の弁当箱を用意し始める。
少し離れた所では……。
「はい、あーん」
「……んん、美味い。じゃあ、今度は俺の番だな。あーん」
「あー、はむ。んぐんぐ。うん、美味しい」
そちらを眺めながら、忍は思わず大声を上げる。
「昨日よりも状況が酷くなってるじゃない!」
「五月蝿いぞ、忍。食事中ぐらい、静かにしろ」
「そうよ、忍。もう少し、静かに味わいなさいよ。
折角、晶ちゃんとレンちゃんがお弁当を用意してくれてるんだから。
はい、恭也」
「ああ」
「アンタたちの所為でしょうが! ま、まあ、百歩、いえ、千歩譲って、お互いに食べさせるのは良いとしましょう。
ここが、校内でもね。でも、でもね、どうして、彩が恭也の膝の上に座る必要があるのよ!」
忍の言う通り、恭也の足の上には、体を横に向けて彩が座っていた。
「別に良いじゃない。こうしたかったんだから。
恭也が良いって言ったんだから、忍が怒る事はないでしょう」
「何処の誰よ! ベタベタなんかしてないって言ってたのは!」
「してないじゃない。こんなのは、ただのスキンシップのうちじゃない。ね〜」
「まあ、そういう事らしい」
彩の言葉に、恭也も平然と答える。
そんな二人を眺めつつ、忍は疲れたように肩を落とす。
「いや、まあ、私は前から分かってたことなんだけどね……」
そう言って横を見ると、美由希たちが茫然としていた。
「あー、前にも言ったけれど、あの二人はあんな感じだから」
「あ、あはははは」
忍が前に言っていた事を思い出し、美由希たちはただ乾いた笑みを浮かべる。
そんな中、彩は恭也の首に腕を回し、そっとキスをする。
「へへ。本当は、デザートのつもりだったんだけど、我慢できなかった。
だから、ちょっとだけ、ね」
「……じゃあ、次は俺の番だな」
そう言うと、今度は恭也が彩へと口付ける。
「ふふふ。これ以上は、食べてからね」
「そうだな。名残惜しいが、先に食べてしまおう。
それに、彩の料理は本当に美味いからな」
「当たり前よ。愛情という、これ以上はない隠し味があるんだから」
「成る程な。だったら、俺にとっては、ずっと彩の料理は美味しいままだな」
「勿論よ。私の恭也への愛は、こんなものじゃないんだからね。
これからも、楽しみにしててよね」
「ああ、楽しみにしてるよ。とりあえずは、手近な所で、この弁当からだな」
「うん。じゃあ、次は何が食べたい?」
またしても忍たちを置き去りにして、二人だけの世界へと入っていった恭也と彩を見て、忍がゆっくりと晶とレンへと顔を向ける。
そして、少し疲れた表情の中、悲しみをその瞳に宿して、力なく呟く。
「今日も、無効試合……」
晶とレンだけでなく、美由希たちもその言葉に、ただ頷くしか出来なかった。
動きを止めた一同の中、ただ一組の男女の声だけが、楽しそうに響いていた。
「ふふふ。恭也、またほっぺに付いちゃった」
「わざとじゃないのか、今のは」
「駄目?」
「そんな事はないぞ」
「じゃあ、今日は、昨日、恭也がやってくれたみたいに、私が口で取って上げるね」
そんな楽しそうな会話が繰り広げられる横では、ただただ静かな食事風景が広がっているのだった。
<おわり>
<あとがき>
ちとせさんの150万リクエスト〜!
美姫 「藤代の続編ね」
うんうん、藤代彩の続編。
美姫 「因みに、彩という名前は、浩が勝手に付けただけです」
そう言えば、そうだったな。
かなり前の短編で付けて、性格なんかを設定したんだった。
美姫 「以降、浩のSSでは、藤代と言えば、彼女なのよね」
そういう事。って、それはそうだろう。
藤代彩として、設定したんだから。
美姫 「それもそうね。と、とりあえず、リクエストありがとうございました」
こんな感じです〜。
美姫 「どうだったでしょうか。それじゃあ、また次回で」
それでは、また〜。