『An unexpected excuse』

    〜由乃 続編〜






ご機嫌な様子の由乃に手を取られ、恭也は足を進めて行く。
忍に追い出される形で学校を出たものの、隣で嬉しそうにしている由乃を見ると、良かったと思える。
特に行き先も決めておらず、ただ二人で歩いて行く。
そのはずだったが、恭也は何となく見覚えのある道をさっきから歩いているような気がしてならない。
まあ、ここは恭也の住んでいる町である訳だし、ましてや学校の近くという事もあり、見覚えがあっても可笑しくはないのだが。
由乃に引っ張られるような形で歩いていた恭也は、由乃が何処か目的地に向っているように感じて尋ねる事にする。

「由乃、何処か目的地があるのか」

「勿論よ。令ちゃんと合流しようかと思ってね。
 今頃、部員の子たちと一緒に美味しいものを食べてるはずだから」

令に会うのは構わないが、他の部員と顔を合わせるのかと思うと恭也は少しげんなりとする。
しかし、甘い者へと考えが行っている由乃に、いや、何かを決めて、その事に突き進んでいる由乃に、
何を言っても無駄だと分かっているので、何も言わずに大人しく従う。
そんな恭也の脳裏に、由乃の言っていた言葉が甦る。

『後輩の一人が行ってみたい店があるとかで、そっちに行ってるから』

まさかとは思いつつ、恭也は恐る恐る口にする。

「由乃、まさかとは思うが、今向っている店というのは……」

「そう、翠屋よ。恭也さんのお母さまがやってらしているお店」

むふふと楽しそうに告げる由乃を見て、恭也は思わず空を仰ぐ。
一瞬だけ、本当に一瞬だけ、恭也はこのまま由乃の手を強引に引っ張って逃げようかと考えるが、
それを読んだかのように、由乃がポケットからMDを取り出して見せる。

「んふふふふ。これがある限り、恭也さんは逃げれないわよ。
 お母さまにも聞かせようかしら。きっと、私の味方をしてくれるわよね」

桃子の性格を考え、次いで由乃を紹介した時の事を思い出すと、あながちその意見も間違いないだろうと恭也も思う。
実は、美由希たちには内緒で、由乃と桃子は顔合わせを済ませていたりするのだった。
恭也はため息を一つ吐きそうになりつつ、それを堪えるとゆっくりと口を開く。

「逃げる気はない」

「本当かしらね〜。まあ、良いわ。そうこう言っているうちに、後少しで着くしね」

今更、由乃に言われるまでもなく、後一分程で翠屋へと着く事は恭也には分かっていた。
程なくして翠屋へと到着し、二人は中へと入る。
入り口付近で店内を見渡し、同じ剣道部員たちを見つける。
すると、向こうも数人がこちらに気付いたようで、令へと何事かを告げる。
それを受け、令もこちらへと振り向き、軽く手を上げる。
その一連の流れを見ていたウェイトレスは、由乃があの人たちと待ち合わせしていると思ったのか、その席へと案内しようとする。
そこへ、もう一人別のウェイトレスがやって来て、恭也へと店長を呼んでくるか尋ねる。
何か用事でもあってここに来たと思ったのだろうウェイトレスに軽く断りを入れると、前を行く由乃の後に続く。
席に着くなり注文する由乃の横で、令が立ち上がって挨拶をしてくる。

「お久し振りですね、恭也さん」

「ええ、お久し振りです、支倉さん」

男性と話をする令と、その男性を連れてきた由乃に好奇の視線が向う。
誰が尋ねるかと目で会話し合う子たちを余所に、令は恭也も誘う。

「恭也さんも、どうぞ座ってください」

「では、お言葉に甘えて、ご一緒させて頂きます」

一言断わってから席に着いた途端、一人の生徒が由乃へと話し掛ける。

「由乃さん、そちらの方は……」

「うん? ああ、皆は初めてだったわね。
 こちらは高町恭也さん」

「どうも、高町です」

由乃に紹介され、恭也は軽く頭を下げる。
怖がらせないように注意しつつ、ぎこちなくではあるが笑みを浮かべて。
それがいけなかったのか、数人の生徒がそれで顔を赤くさせる。
そんな様子を苦笑いしつつ見る令と、途端に不機嫌な顔になる由乃に首を傾げつつも、恭也もコーヒーを注文する。
由乃や令とどういった関係なのか気になるのか、恭也と由乃を見比べては、何か言おうとする生徒たち。
やがて、意を決した一人が口を開いたその時、ウェイトレスが注文した商品を持って現われる。
タイミングを逃し、口を噤んで、商品を置き終わるのを待つ。
やがて、ウェイトレスが去った後、再び口を開けようとした所で、またしても邪魔が入る。
今度の邪魔した人物は、奥からやって来るなりフロアを見渡し、とある一点で止める。
その一点こそ、今彼女が尋ねようと思っていた人物だった。

「ちょっと恭也。どうしたのよ、こんな時間に。何かあったの!?」

少し慌てたように出てきた女性に対し、恭也の横に座っていた由乃が顔をちょこんとだして挨拶する。

「お母さま、お久し振りです」

「へっ!? あれ、由乃ちゃんじゃない、どうしたの、こんな所で。
 えっ、えっ!? 何で恭也と一緒にいるの? いや、その前にどうして恭也がここに!?
 って、これはさっきから聞いてる事よね。えっと、この場合は、どうして由乃ちゃんがここにかしら。
 あ、でも、恭也がここにいるのも問題な訳だし」

「とりあえず落ち着け、かーさん」

「え、あ、そうよね。って、アンタが言う台詞じゃないでしょうが」

とりあえず落ち着いた桃子に、恭也は掻い摘んで説明する。
納得した桃子は、改めて由乃の来店を喜ぶ。
そんな横で、令が由乃の袖を小さく引く。

「何、令ちゃん」

「何、令ちゃんじゃないって。どういう事よ。
 ここの店長さんが恭也さんのお母さんだって、私聞いてないわよ」

「あれ、言ってなかったっけ?」

「聞いてないって。
 恭也さんのお母さんと会った事は聞いたし、翠屋という喫茶店が美味しいデザートがあるってのは聞いたけれど」

「そうだったかな? でも、別に良いじゃない。ちょっと忘れていただけよ」

「駄目よ、由乃。そうと分かっていれば、ちゃんと手土産の一つでも持って来てたのに」

「また〜、令ちゃんはすぐにそうやって……」

「そういう問題じゃないでしょう。ちゃんと挨拶をしなかった所為で、後々由乃が困ったら……」

「はぁ〜。令ちゃん、ちょっと考え過ぎだって」

「私が考え過ぎるんじゃなくて、由乃が考えなさ過ぎなの。ねえ、恭也くん」

話を振られた恭也は、何とも取れる曖昧な返事を返すだけだった。
令と由乃の話を聞いていた桃子は、手を振りつつ笑う。

「そんなに気にしなくても構いませんよ。えっと、令さんで良かったかしら?」

「あ、はい、そうです」

「由乃ちゃんから話は色々と聞いてますよ」

「は、はあ」

一体、どんな事を言われているのか気にしつつも、令は立ち上がって頭を下げる。

「いつも恭也さんには由乃がお世話になってます」

「あはは〜。こちらこそ、恭也がお世話になっているみたいで。
 とは言っても、滅多に会えないんでしょうけどね」

「そうですね」

桃子の言葉に、令も笑みを浮かべて答える。

「それはそうと、令さんもお菓子作りをなさるって聞いたんですけど」

「ええ。桃子さんのようなプロの方ほどではないですけど」

「またまた〜。由乃ちゃんから、すっごく美味しいって聞いてますよ。
 今度、是非作ってくださいね」

「ええ。良ければ、いろいろとアドバイスでも」

保護者同士の会話に飽きたのか、由乃は届いた注文した品を食べていた。
同じように、恭也もその横でコーヒーを啜る。
こちらは、どちらかと言うと気恥ずかしさからだろう。
すっかりお菓子作りへと話題を変えて盛り上がる桃子と令を余所に、由乃と恭也はただ黙って自分の頼んだ品の消費に励む。
そんな二人、正確には由乃へと先程の部員がやっと口を開く。

「えっと、それで由乃さんと恭也さんのご関係は……」

「ん? ……私たちの関係?」

口にフォークを入れたまま首を傾げた後、口の中のものを飲み込んでから尋ね返す。
と、恭也の腕に自らのそれを絡め、質問してきた子に向ってはっきりと告げる。

「恋人同士♪」

由乃の発言に、部員たちから一斉に黄色い声が上がる。
そして、すぐに様々な質問が二人へと飛ぶ。
やれ、何処で知り合ったのかとか、やれ、付き合ってどれぐらいなのかなど。
そのあまりの勢いに、談笑していた桃子と令も事の次第を把握する。
令はすぐさま落ち着くように言って聞かせるが、そこはお嬢さまと言ってもやはり年頃の女性。
そう簡単に静まる事なく、次々に質問が出てくるは出てくるは。
あまりの勢いに、肝心の恭也と由乃も雰囲気に呑まれたか、
やや気圧されるように後退るが、座っている為それ以上下がる事も出来ずにいた。
気が付くと、いつの間にか由乃は完全に囲まれていた。
全員の注意が由乃へと向ったお陰で、恭也は何とかその場から逃れる事ができたのだが。
その凄さを外から客観的に眺めて、改めて恭也は薔薇のつぼみという立場の凄さを思い知る。
その輪の中心では、多数の部員に囲まれた由乃が珍しく気圧されて、投げられる質問に思わず考える前に答えていた。
それがまずかったのか、素直に答える由乃に、考える隙を与えないほど、次から次へと質問が繰り出される。

「それで、キスとかはしたの」

「え、ええ」

途端、店中に響くぐらいの歓声が上がる。

「何回ぐらい」

「えっと、数えた事ないから……」

「つまり、それだけよくしてるって事?」

「えっと、そうなるのかな」

また上がる歓声に、両耳を押さえる恭也の服の袖を引く者がいた。
そちらを振り向くと、同じように耳を押さえた格好をした桃子が、手を耳から離して恭也を引っ張って行く。
輪から少し離れた所まで来ると、桃子はいきなり恭也に話し掛ける。

「ちょっと恭也、何とかしなさいよ」

「な、何とかと言われても……」

桃子の言葉に、恭也は一度この騒ぎの中心を見るが、やがて諦めたように肩を竦める。

「あれを俺にどうしろと。俺があそこに行けば、余計に煽る事にならないか」

「うっ、それは確かに」

時折上がる歓声に耳を塞ぎつつ、桃子と恭也はそろって肩を竦めるのだった。
一応、この騒ぎは令の活躍で事なきを得たが、その功労者たる令は、見ている方が可哀相になるぐらい桃子に謝罪をしていた。

「いえ、令さんの所為ではないですし。それに、もう済んだ事ですし」

「しかし……」

「いえ、本当に。それに、令さんのお陰で、こうして落ち着いた訳ですし……」

「でも……」

(ああ〜ん、これはこれで困るわよ〜。さっきから松っちゃんがこっちを睨んでるし。
 別に私だって好きで仕事をしてない訳じゃないのに〜〜)

そんな桃子の内心も知らず、こんなやり取りが後数分続いたとか……。





<おわり>




<あとがき>

時流さんの130万Hitリクエストでした〜。
美姫 「今回は甘々じゃないわね」
ああ。今回はどちらかと言うと、ドタバタだな。
たまにはこんな展開もありかなー、と。
美姫 「由乃らしい展開かもね」
あ、あははは〜。それはどうだろうね。
兎も角、時流さんリクエストありがとうございました。
美姫 「そして、キリ番おめでとう!」
それでは、また次回で。
美姫 「で、次回は誰の話なの?」
さあ?
美姫 「……聞いた私がバカだったわ」
エッヘン!
美姫 「威張らないの!」
ぐげぇぇっ!
美姫 「それじゃあ、また次回でね〜」
……で、ではでは。







ご意見、ご感想は掲示板こちらまでお願いします。



二次創作の部屋へ戻る

SSのトップへ