『An unexpected excuse』

    〜乃梨子 続編2〜






恭也が乃梨子に会いに来て数日後、街はクリスマスを迎えていた。
前日のイヴには志摩子と三人で遊んだ恭也と乃梨子は、今日は二人で出掛けていた。
と言っても、特に予定を決めていた訳でもなく、ただ家でボーっとしている所を、
家主である菫子が、居間に居た二人を半ば追い出す形で強引に外へと押しやったというのが真相なのだが。
という訳で、二人は特に宛てもなく、とりあえずといった感じでぶらぶらと歩いていた。

「折角、のんびりと寛いでいたのに、菫子さんったら、いきなり追い出さなくても」

ブツブツとまだ文句を言い続ける乃梨子を苦笑を浮かべたまま見遣りつつ、恭也は宥めるように言葉を掛ける。

「まあ、あれはあれで楽しかったが、こうして出掛けるのも悪くはないな」

そう言ってくる恭也の顔を見上げ、乃梨子も楽しそうな笑みを見せると、繋いだ手に視線を落とす。

「家じゃ、菫子さんがいるから、こうして手を繋ぐ事もできないもんね」

その言葉に、恭也はただ黙って頷くのだった。
ただ、ここに菫子が居れば、文句の一つも出ただろうが……。







乃梨子が下宿で世話になっている菫子の家に、恭也も滞在をしていた。
最初は遠慮していた恭也だったが、菫子本人だけでなく乃梨子の両親にも説得され、
こうして菫子の家へと滞在する事になったのだった。
そんな感じで、何日か経った今では、恭也もすっかりと寛ぐまでになっていた。
今日も今日とて、居間で二人して特にする事もなく、行儀が悪いとは思いつつも、炬燵で横になりつつ、雑誌を眺めていた。
それぞれに見ているものが、仏像関係のものだったり、盆栽のものだったりするのは、ある意味、らしいと言える。
俯せになって雑誌を読んでいる恭也の背中を枕代わりにして、仰向けで雑誌を読んでいた乃梨子は、あるページで指を止める。
そのまま、恭也の背中に乗り掛かりながら、肩越しに手を突き出すと、顔を恭也の顔のすぐ横から出して、開いたページを見せる。

「ねえ、恭也さん、ここ、ここ」

恭也は乃梨子が指差す先を見ると、その部分で合っているのか確認するように読み上げる。

「夢殿秘仏(ゆめどのひぶつ)春季救世観音特別開扉(しゅんきくぜかんのんぞうとくべつかいちょう)?」

「そう! それ。四月の中旬から五月の中旬までやるみたいなの」

「これは?」

「うん、あのね、これはね、簡単に言うと、救世観音が拝観できるって事なの」

少し興奮したように言う乃梨子を落ち着かせつつ、続きを聞くことにする。
乃梨子も少しだけ落ち着くと、恭也の耳元で話し出す。

「この救世主観音っていうのは、法隆寺が再建された百年後に藤原氏によって建てられた、
 夢殿って呼ばれる東院に安置されている像なの。大体、千年ぐらいの間、ずっと布で覆われていて、
 秘仏として人の目には触れる事はなかったの」

「つまり、それが今度、拝観できるようになったと」

「ううん。そうじゃないのよね。
 確かに、秘仏として、人目には触れなかったんだけれど、明治時代に日本美術研究家のフェノロサによって、
 その布は解かれてるの。だから、これが初めてって訳じゃないんだけれどね。
 でも、聖徳太子の御等身の像と伝えられ護持されてきたから、普段は見ることが出来ないの」

「つまり、乃梨子はこれが観たいという事か」

「そういう事。流石、恭也さん。話が早い」

話が早いも何も、今までの流れや、乃梨子の趣味を知っていれば、己ずと導き出される答えなのだが。
それは言わず、恭也はただ頷いて約束をする。

「そうだな。丁度、五月の連休中にもやっているようだし、行く事にするか」

「ありがとう!」

乃梨子は嬉しそうに恭也の首にそのまま抱き付くのだった。
そこへ、菫子が入って来る。

「全く、あんたたちときたら、折角のクリスマスだというのに、何処にも出掛けずに、家の中でイチャイチャイチャイチャと……。
 それはあれかい? 私に対する当て付けとか?」

「す、菫子さん! 別に、私たちはイチャイチャなんかしてませんよ!
 ただ、普通に本を読んでいただけで」

「乃梨子の言う通りですよ。俺たちは、ただ本を読んでいただけで……」

「ふーん、ただ、ねえ。それだけ、べったりと引っ付いといて、説得力の欠片もありゃしないよ。
 まあ、乃梨子が幸せそうだから、良いんだけれどね。それでも、少しは遠慮というものを……」

「菫子さん!」

「はいはい。私が悪かったわよ。それよりも、二人は出掛けないのかい?」

「はい、特に予定はありませんし」

「はぁー。良い若いもんが、部屋の中で読書ね。
 しかも、盆栽と仏像の本ときたもんだ……」

「な、何よ。別に良いじゃない」

「まあ、確かに私がとやかく言う事ではないんだけれどね。
 と、それよりも、掃除するから、二人共、何処か出掛けておいで。
 そうだね、夜まで帰ってくるんじゃないよ。少なくとも、夕飯は外で取っておいで。
 何なら、朝帰りでも良いけどね」

「「菫子さん!」」

菫子の言葉に、二人が同時に反応するのを楽しそうに笑いながら眺めていた菫子は、
兎にも角にも、二人を家から追い出したのだった。







二人は適当に店を覗いたりしながら、時間を潰していく。
日が落ち始め、辺りが赤く染まり出した頃、二人は公園へと来ていた。

「うーん、綺麗な夕日ですね」

「ああ」

二人はどちらともなく、言葉少なげに歩き始める。
暫らく歩いていた二人は、やがて、一つのベンチに腰を降ろす。

「あの時、帰りの新幹線が雪で不通になって、本当に良かった。
 そのお陰で、リリアンに通うことになって、志摩子さんや恭也さんに会えたから」

「そうだな。それは、俺も感謝をしないとな。
 でも、もし、乃梨子がリリアンに通っていなくても、ひょっとしたら、出会っていたかもしれないな」

「確かにね。本当に、全国あちこち周ってたみたいだし。
 でも、そうじゃない可能性もあっただろうし、もし、出会っていたとしても、今のような関係になったかは分からないよ。
 少なくとも、私は志摩子さんに出会って、山百合会の人たちに出会って、少し変わったと思うから。
 その上で、今の私があるから」

「確かにな」

乃梨子は恭也の言葉に耳を傾けながら、静かにそっと頭を恭也の肩へと乗せる。
恭也は口を閉ざすと、そっと乃梨子の頭を優しく撫で、肩へと手を回す。
乃梨子は、肩に感じる手の暖かさに目を細めると、ゆっくりと頭を持ち上げ、恭也の顔を正面から見詰め、そっと瞳を閉じた。
恭也も同じように目を閉じると、そっと乃梨子へと顔を近づける。
夕日によって地に作られた二つの影が、静かに一つに重なる。
どれぐらいそうしていたのか分からないが、二人は同時ゆっくりと離れると、キスする前の状態に自然と戻る。
言葉もなく、ただ隣に座る愛しい者の温もりを感じつつ、乃梨子は恭也の肩に頭を乗せたまま目を閉じ、
恭也はそんな乃梨子の頭に顔を埋めるようにしながら、手で髪を何度も優しく撫で付ける。
本当に静かな空気が漂う中、二人は暫らくそうしていた。



「あれ? 乃梨子ちゃん?」

そんな聞き覚えのある声に、二人は弾かれた様に顔を上げる。
見れば、こちらを見て、声を掛けたらいけなかったかなと反省している祐巳の姿があった。
その少し後ろでは、祥子が呆れた様な顔をして立っていた。

「あ、あはははは。ご、ごめんね。え、えっと、私はすぐに立ち去るから。
 そ、その、お気になさらずに」

そんな祐巳の様子に、恭也と乃梨子は顔を見合わせて失笑する。

「気にしないでください、祐巳さま。どうせ、そろそろ帰ろうとしていた所ですし」

「乃梨子の言う通りですよ」

「え、でも、この後は何か予定とか……」

「いえ、特に何もありませんけれど。まあ、強いて言うなら、夕食を何処かで食べるぐらいですかね」

恭也に同意を求めるように言う乃梨子に、恭也も頷きながら答える。

「ああ、確かにな。こんな時間に帰ったら、また菫子さんに追い出されるだろうし」

「どういう事?」

不思議がる祐巳に、菫子とのやり取りを簡単に説明する。
納得した祐巳の隣では、祥子が何やら考えていたが、顔を上げると、恭也と乃梨子へと声を掛ける。

「だったら、二人共うちにいらっしゃい。祐巳も良い?」

「はい、私も構いません」

「でも、そんな……」

遠慮を見せる乃梨子に、祥子は笑みを浮かべて言う。

「良いのよ、乃梨子ちゃん。どうせ、今日はお母さまもいらっしゃらないから。
 賑やかな方が良いでしょう。その方が、楽しいし」

「でも……」

乃梨子は祐巳へと視線を向けるが、その意味に気付いた祐巳が笑みを見せる。

「本当に大丈夫だよ。お姉様とは、昨日、いっぱい一緒にいられたし。
 それに、今日は、由乃さんや志摩子さんも泊まりに来る予定だったから」

「お姉様も?」

「そうよ。ついでに言えば、令もね」

「あの、私は何も聞いてないんですが……」

自分以外の山百合会のメンバーが集まるとあって、そんな風に言ってくる乃梨子に対し、祥子はまたしても笑みを見せる。

「だって、乃梨子ちゃんは恭也さんと一緒に過ごすものだとばかり思ってたんだもの。
 お邪魔したら悪いでしょう」

その言葉に、二人は思わず顔を赤くさせた後、ようやく頷く。

「それじゃあ、お邪魔します」

「では、お言葉に甘えさせて頂きます」

揃って二人が頭を下げるのを見ながら、祐巳は今、自分が見てしまったものを勘違いだというように頭を振り、否定する。

(今のは勘違い、勘違い。もしくは、私の見間違いよ。
 今さっき、お姉さまの浮かべた笑みが、先代の薔薇様たちが何か企む時の顔に見えたのは、きっと見間違いのはず……)

まるで、二人をからかおうとしているように見えたのは、きっと気のせいだと言い聞かせながら、祐巳はもう一度、
そっと横に立つ祥子の顔を見る。
その顔は、いつも通りで、何か企んでいるようには、とても見えなかったので、祐巳はほっと胸を撫で下ろす。
しかし、それも束の間。
祥子の口から、小さく、本当に小さく零れた声を祐巳は聞いてしまったから。

「うふふ、本当に楽しみね」

(お、お姉さま〜。何も企んでませんよね〜)

心の中で、祈りにも似た気持ちで呟く祐巳だったが、同時に、二人へと謝罪の言葉も思い浮かべる。
もし、本当に祥子が何か企んでいるのなら、自分では間違いなく止める事はできないと分かっているから。
そんな祥子と祐巳の胸中など露知らず、恭也と乃梨子は祥子たちの後に付いて行くのだった。
その後、小笠原邸で、恭也と乃梨子は皆から散々からかわれたり、質問攻めにあう事になる。
また、その所為で、菫子に連絡を入れるのを忘れた事に気付いたのは、翌日、家へと帰り着いてからだった。
結局、菫子の言ったように、理由は兎も角、朝帰りする事になり、菫子に必死になって弁解する二人の姿が見られたとか。





<おわり>




<あとがき>

はいはいはい〜。時流さんからの165万Hitリクエスト〜。
美姫 「乃梨子続編2をお送りしました〜」
時期は冬! クリスマス!
美姫 「……いや、まあ、良いんだけれどね」
さて、こんな感じになりました。
美姫 「今回は、ほのぼのかしら?」
まあ、甘さは控え目かな。
美姫 「という事です〜」
それじゃあ、また!
美姫 「じゃ〜ね〜」







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