『An unexpected excuse』

    〜祐巳 続編〜






「ふんふんふ〜ん♪」

嬉しそうに鼻歌を歌いながら片付けをしているのは、
全校生徒憧れの的であるうちの一人、紅薔薇のつぼみこと、福沢祐巳その人だった。
そんな祐巳に不審の目を向ける者たちがいた。
言わずと知れた、ここ薔薇の館の住人で、薔薇の称号を背負う者たちだ。

「祐巳さん、何か良い事でもあったのかしら」

「確かにあの浮かれようは、明日から冬休みだという事を除いても……」

志摩子の言葉に乃梨子が反応し、席を立った祐巳の背中を目で追う。
同じようにその背中を見遣りつつ、令が祐巳と同じクラスの由乃へと話し掛ける。

「今日はずっとあんな調子なの、祐巳ちゃん」

「ええ。まあ、あそこまであからさまではないにしても、何処か嬉しそうだったのは見てれば分かったわよ」

「祐巳は隠し事が出来ない子だから」

フォローするつもりの祥子の言葉に、全員が苦笑しつつも頷く。
そんな祥子たちの様子にも気付かず、祐巳は再び席へと着く。
そこで、全員が自分を見ていることに気付き、少したじろぎつつも、口を開く。

「あ、あのー、皆さん、どうかしたんですか。
 じっとこちらを見て……」

この言葉に、何と言って良いのか分からず躊躇する中、祥子は話し掛ける。

「別に大した事じゃないのよ。
 ただ、今日の貴女はどこかはしゃいでいるというか、どこか嬉しそうだから、どうしたのかと思ってね」

「えっ、えっ、そんなに顔に出てました?」

驚いたように自分の顔を触る祐巳に、由乃が少し呆れたように告げる。

「顔というよりも、全身から滲み出ているわよ」

「うぅぅ〜。そんなつもりはなかったのに……」

由乃の言葉に少し落ち込む祐巳に、志摩子がフォローを入れる。

「まあまあ。その方が祐巳さんらしいわ」

「お姉さま、それってフォローになってません」

「そうかしら?」

何処か惚けた問答を繰り広げる白薔薇姉妹は一先ず置いておき、祥子が再び祐巳に話し掛ける。

「それで、何があったの? それとも、あるの、かしら?」

「えっ、えっとですね」

祐巳は一瞬、言うべきか黙っているべきか悩むが、別に言っても問題ないと判断して事情を説明する。

「実は、ある人と会う約束をしてまして……」

「分かった! 相手は恭也さんね」

祐巳の言葉を聞き、由乃が声を上げる。
それに、志摩子は納得したように頷き、祐巳はあっという間に顔を赤くさせて俯く。
一方、事情を知らない令と乃梨子は祐巳へと視線を向ける。

「その恭也さんという人に会うのが楽しみというのは分かったんだけど、その恭也さんって誰なの?」

純粋に疑問をぶつけてきた令に、祐巳は益々顔を赤くさせると、身を縮める。
事情を知っている者たちは、そんな祐巳の様子を楽しそうに眺めつつ、祐巳がどう答えるのか楽しみにしている。

「その、あの……」

何度か顔を上げて口を開くが、その度に言い辛そうに、また目を伏せるということを繰り返す。
やがて、消え入りそうな声で囁くように言葉にする。

「わ、私のお付き合いしている方です……」

祐巳の言葉に、令と乃梨子はまじまじと祐巳を見る。
それに益々体を小さくする祐巳から、視線をそれぞれの妹と姉へと移す。

「……よ、由乃は知ってたの?」

「勿論。この前の旅行の時に実際に、その恭也さんに会ったこともあるもの。
 物凄く格好いい人だったわ」

「お姉さまもご存知だったんですか」

「ええ。私もお会いしたから」

どうやら驚いているのは自分たちだけらしいと分かり、しかし、令は祥子へと視線を向ける。

「祥子も知っていたのよね」

「勿論よ。私は祐巳の姉よ。真っ先に教えてもらったに決まっているじゃない」

祥子の答えに、それもそうかと呟く令に祐巳が慌てたように言う。

「あ、べ、別に黙っているつもりはなかったんですが、言うタイミングが……」

「うん、分かっているよ」

そんな祐巳に、令は優しく微笑んで見せ、それを見て祐巳もほっと胸を撫で下ろす。

「しかし、祐巳ちゃんに恋人がね〜。一年生たちが知ったら、どうなるかしらね」

「それ以前に、新聞部にでも知られたら……」

令の言葉に、乃梨子も難しそうな顔をする。

「今の新聞部なら、その辺はちゃんと考えるでしょうから、そこまで神経質になる必要はないと思うけどね」

祥子の言葉に全員が頷く。
令は、どうやら余分な力が入っていた体から力を抜きながら、口を開く。

「それじゃあ、その恭也さんって人に会った事がないのは、私と乃梨子ちゃん、そして、祥子だけって事か」

「あら、私はあるわよ」

祥子の言葉に、令はさっきよりも驚いたような顔になる。

「祥子、あるの!?」

「ええ、それはそうよ。二人が出会う切っ掛けを作ったようなものですもの」

平然と言う祥子に、令は事情を尋ねる。
それを受け、祥子は祐巳に話しても良いか目で尋ねる。
珍しく、祥子の言わんとしている所を察した祐巳が頷くのを確認すると、祥子はその事情を説明する。

「少し前にパーティーがあって、それに祐巳と参加した時よ」

「という事は、その方はどこかの御曹司という事ですか?」

乃梨子の問い掛けに祥子は首を振ると、

「違うわ。彼はそのパーティー会場で私たちの護衛をしてくれていた方よ」

「ボディーガードというやつ?」

「そうよ」

令の言葉に頷く祥子に、そこまでは知らなかった由乃と志摩子も感心したような、驚いたような声を漏らす。
そんな中、またも乃梨子が疑問を口にする。

「という事は、結構、年配の方なんですか」

「違うよ、乃梨子ちゃん。恭也さんは今、高校三年生だから」

今度は、それまで黙っていた祐巳が自ら説明する。

「え、でも、ボディーガードなんですよね」

「うん、そうだよ。恭也さんのお父さんも同じ職業をしていたみたいで、
 恭也さんは小さい頃から、そういった事に関する修行をしていたんだって。
 今は、学生生活をしながら、たまに知り合いの人から紹介してもらった仕事をたまにしているの」

「お父様が、祐巳もパーティーに来るならって、あまり強面じゃない人をって探してきたのよ」

「なるほどねー」

令は納得したとばかりに何度も頷くと、不意に笑みを浮かべる。

「で、そのボディガードと恋に落ちた訳だ、祐巳ちゃんは」

「は、はい」

令のからかいの言葉に、祐巳は大分落ち着いて来た顔をまたも赤くさせる。
それに追い討ちをするかの如く、由乃も加わる。

「その恭也さんが会いに来るって事で、祐巳さんは朝からご機嫌な訳ね」

「由乃さん、あんまり虐めたら可哀相よ。久し振りの再会なんですもの、少しぐらい浮かれるわよね、祐巳さん」

「うぅぅぅ」

流石に見かねたのか、祥子が助け舟を出すように話し掛ける。

「それで、恭也さんはいつ頃、こちらに来られるのかしら?」

「今日の二時に待ち合わせをしてるんです」

「祐巳さん、もう二時は過ぎてるんだけど……」

志摩子が言い難そうにそう告げると、祐巳は驚いたように自分の腕時計を見る。

「またまた〜。まだ、一時を周った所だよ」

「そんなはずはないわ。だって、ほら」

そう言って志摩子が指差す先、壁に掛かっている時計を見ると、時計は二時半を指していた。

「うそー、何で? どうして?」

「祐巳さん、ひょっとして時計の電池が切れたんじゃ……」

「うぅー」

由乃の言葉通り、祐巳の時計は秒針が全く動いていなかった。

「今まで気付かなかったの?」

「うん……」

落ち込んでいる祐巳に、祥子が呆れつつ言う。

「それよりも、早く待ち合わせ場所に行った方が良いわよ」

「そ、そうでした」

祐巳は慌てて立ち上がると、鞄を掴む。
それを見ながら、祥子が全員に向って告げる。

「それじゃあ、これで解散ね」

「次に全員が会うのは、来年かしらね」

令の言葉に頷きつつ、他の者たちも帰り支度を終える。
急いでいる祐巳に合わせるように、いつもよりも多少早足で薔薇の館を出ると、そのままマリア像の前へとやって来る。
そこでちゃんとお祈りを済ませ、校門へと向う。

「祐巳、慌てても仕方ないわよ。逆に、貴女の場合は、慌てた方が何を仕出かすか分からないんだから、少し落ち着きなさい」

祥子が嗜めるも、祐巳は歩く速度を落とさずに答える。

「それは分かっているんですけど……」

気ばかりが逸る祐巳に苦笑を零しつつ、祥子は続ける。

「所で、何処で待ち合わせしているの?
 ここから時間が掛かるようなら、恭也さんは携帯を持っているのだから、そちらにお掛けして事情を説明すれば……」

そこまで言うと祥子は、突然、立ち止まった祐巳を追い越してしまい、怪訝な顔で振り返る。
そこには、何か大きな間違いをしてしまったかのような顔で立ち尽くす祐巳がいた。

「祐巳?」

祥子の呼びかけにも返事をしない祐巳に、追い付いて来た令たちも目で祥子に何があったのか尋ねる。
それに首を傾げつつ、祥子は祐巳へと手を伸ばす。
その手が祐巳の肩に触れるかどうかという所で、祐巳は空を仰ぐと、大声を上げる。

「ああぁぁぁ〜!」

「ゆ、祐巳、驚かさないでよ。一体、どうしたのよ」

祥子の言葉に、祐巳はそちらへと顔を向けると、ゆっくりと口を開く。

「待ち合わせ場所、決めてませんでした」

祐巳のあまりと言えばあまりの言葉に、祥子たちも言葉を無くして祐巳をじっと見詰める。
やがて、祥子が心底疲れたような息を吐き出す。

「はあー。全く、貴女と来たら。それで、どうするの」

「ど、どうしましょう……」

「……恭也さんの携帯電話に連絡するのが一番早いでしょうね」

「そ、そうですね」

祥子の言葉に祐巳は顔を輝かせる。

「ここからなら、一度戻るよりも外の所の方が近いですね」

そう言って歩き出す祐巳の後に続きながら、令たちは顔を見合わせて苦笑を浮かべる。
そんな中、志摩子が何かに気付いたように声を上げる。

「でも、それでしたら、恭也さんは何処にいらっしゃるんでしょうか」

「あれ、そう言えば? 待ち合わせの場所を決めていなかったんなら、恭也さんも困っているはずよね」

「祐巳さまが携帯をお持ちじゃないので、連絡を待っているとかでは」

由乃の言葉に、乃梨子が自分の意見を口にする。
そんな乃梨子たちに、祥子が声を掛ける。

「どうやら、その心配はないみたいよ。ほら」

祥子が指差す先、丁度、門を潜り出た辺りに一人の男性がいた。
同じく気付いた祐巳が、驚いた顔をした後、そちらへと走り出すのを見て、乃梨子と令もあの男性が噂の彼だと悟る。
恭也も近づいて来る祐巳に気付いたらしく、手を上げて答えていた。
全員が恭也の元へと着くと、祐巳が恭也を紹介する。
既に顔見知りの者を除き、令と乃梨子の紹介も終えると、祥子が恭也に話し掛ける。

「待ち合わせ場所を決めていないと伺ったのですが、どうしてこちらへ?」

「ええ、確かに決めてませんでしたね。
 電話を切った後に気付いたのですが、何分、夜分の事だったので、掛けなおす訳にもいかなくて。
 ですので、ここに来たんですよ。終業式の後、幾らか作業が残っていると言ってたのを聞いてたから」

「ああ、そういう事でしたの」

「恭也さん、ごめんなさい。私ったら、会えるのが嬉しくて、待ち合わせ場所を決めるのを忘れてしまって」

「いや、気にしなくても良いですよ。俺も、話を終えるまで気付かなかったんですから」

「でも、でも……」

それでも自分を責めるように言う祐巳に、恭也は暫し考え込むと、

「祐巳、本当に気にしないで」

「で、でも……。へっ?」

「祐巳、何、間の抜けた声を出してるのよ」

「い、いえ、ですが……。恭也さん、今……」

先程までの事も忘れたように祐巳は驚いた顔を恭也へと向け、恭也は照れたようにそっぽを向きながら口を開く。

「そ、その、約束ですから」

「う、うん!」

嬉しそうな笑みを見せた後、祐巳は指を一つ立てる。

「でも、話し方がまだですよ」

「それは、追々という事で……」

「仕方がないですね。今は、それだけで許してあげます」

「そうして頂けると助かります」

そう言って微笑を浮かべる恭也に、祐巳は満面の笑みを見せると、改めて恭也へと向き直る。

「恭也さん、会いたかったですよ」

「俺もですよ」

お互いにそっと手を伸ばし、抱きしめようとした所で、横合いから咳払いが聞こえる。

「仲が良いのは、大変宜しいのですが、そういった事は別の場所でして頂けるとありがたいのですが……」

「す、すいません。つい」

「お姉さま、ごめんなさい」

謝る二人に対し、不満が違う所から聞こえてくる。

「祥子さま、折角、面白い所だったのに」

「そうだよ、祥子。何で良い所で邪魔するかな? やっぱり、焼きもち?
 大事な祐巳ちゃんを〜って」

「馬鹿な事を言わないで。ここは学園の真ん前なのよ。
 こんな目立つ所で抱き合ったりしたら、どんな噂が流れるか」

「でも、祥子さま。流石に今日は終業式ですから、他の生徒たちはもういないのでは」

志摩子の最もな台詞に、しかし祥子は首を振る。

「万が一よ、万が一。それよりも、さっさと移動しましょう」

祥子の鶴の一声で、全員がその場を後にするのだった。
皆の一番後ろに続きつつ、恭也と祐巳はしっかりと手を繋ぎ、全員がこちらに背を向けた瞬間に、
恭也は屈み込むと、素早く祐巳に口付けるのだった。
咄嗟に事に、最初何をされたのか分からなかった祐巳だったが、すぐに理解すると、顔を真っ赤に染めるのだった。

「祐巳さま、どうかされたんですか? 顔が赤いようですけど?」

「べ、べべべ、別に何でもないよ。う、うん、大丈夫、大丈夫だからね」

「は、はあ?」

祐巳が何を慌てているのか分からず、乃梨子はとりあえず大丈夫だと判断し、志摩子との会話に戻る。
その背中を見ながら、祐巳は怨めしそうな目で恭也を見詰める。

「恭也さん〜」

「すまない。まさか、そんなに反応するとは思ってなくて」

「うぅ〜。誰だって、突然あんな事をされたら驚きます!」

「許して欲しい」

本当に困ったような顔をする恭也に、祐巳も長いこと怒っていられず、許そうと考える。
ただし、ただで許すほど祐巳も甘くはなかったが。

「どうしてもと言うのなら、許してあげますよ。
 ただし……」

「ただし?」

「二人っきりになったら、今のをもっとしてくださいね」

笑顔を浮かべて言う祐巳に、恭也は同じく笑みを浮かべて頷くのだった。





おわり




<あとがき>

時流さんの1,150,000Hitリクエストー。
美姫 「祐巳編の続きです〜」
今回は、こんな感じになりました。
美姫 「どうだったでしょうか?」
それでは、また次回〜。
美姫 「次は一体、誰かな〜」







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