『An unexpected excuse』

    〜シグナム編〜






「俺が、好きなのは…………」

恭也の言葉に全員が息を潜める。
それを見ながら、恭也は改めて疑問を浮かべて嘆息する。

「……どうして言わなければいけないんだ」

当たり前の言葉。
しかし、それが通用するかどうかは別である。
現に、忍などは目を吊り上げ、あたかも自分たちが正しいとばかりに詰め寄る。

「ここまで来て、何を言ってるのよ!
 ほら、諦めてずばり言っちゃいなさい」

「しかし、こういう事は何よりも先に、その人に俺から直接伝えるものであって、
 第三者はあまり関係ないだろう」

「そ、そうだけれど……。
 ここにいる皆、恭也が好きだって言ってるんだから、少なくても返事はしないと駄目でしょう」

「む、それは……」

忍の言葉に、恭也は少し考え込む。と、

「ちょっと待って、恭ちゃん。
 その言い方だと、好きな人がいてまだそれを伝えていないってこと?」

恭也の先の言葉から美由希がそのことに気付いて問い掛けると、恭也は頷く。

「ああ、そうだ」

やや照れながら答える恭也に、ほっと胸を撫で下ろす者、何かを決意するように頷く者、
諦めたような顔を見せる者と、様々な反応が起こる。

「って事は、まだ伝えてないと」

「ああ。とりあえず、皆の気持ちはありがたいのだが、俺よりもいい人はたくさん居るだろうし、
 俺はその気持ちには応えてあげれない。すまないな」

その言葉に皆、一様に落ち込むものの、本気ではなく軽い気持ちの者もいたのだろう、
大概の者はすぐに気持ちの整理をつけて立ち去る。
中には本気で恭也の事を好きだった者たちも居たのだろう。
彼女たちは暗い顔をしながらも、応えてくれた恭也に礼を言って立ち去っていく。
ようやく静けさを取り戻した中庭で、忍が興味深そうに恭也へとにじり寄る。
嫌な予感を覚えて立ち去ろうとする恭也の肩をしっかりと掴み、忍は満面の笑みを見せる。

「で、誰かな、その恭也の想い人は〜?」

「どうでも良いだろうが」

「じゃあ、いつ伝えるの?」

「……今はまだだ」

「何で、どうして?」

しつこく喰らいついてくる好奇心の塊のような忍にそっと溜め息を吐きつつも、
その今見せている表面状ではない内面で何かを感じたのか、恭也は静かに答える。

「今のこの状態が心地良いからな」

「……でも、気持ちは言わないと伝わらないよ。
 このまま何もしないと、いつか後悔するよ。……私みたいに」

さっきまでの軽い態度とは打って変わって、かなり実感の篭もった声に寂しげな笑みを見せる忍に、
最後の方は小さくなって聞こえなかったが、恭也は戸惑いつつも小さく呟く。

「そうかもな」

恭也はまたしても小さく吐息を零すと空へと目を向ける。
そこに誰かを思い描いているのか、遠くを見る眼差しで。
その隣に座り、忍もまた何かを吹っ切ろうと、少しだけ寂しげな眼差しで恭也と同じく空を仰ぎ見る。



  ◇◇◇



八神家のリビングで、シグナムとシャマルがお茶を楽しんでいた。
他の者たちは留守なのか、家の中は静かである。
シャマルは不意にカップを置くと、その顔に笑みを浮かべて隣に座るシグナムを見る。
その顔から何やら不穏なものを感じたのか、シグナムはやや距離を開けようとする。
それを見越して、制するようにシャマルが口を開く。

「それで、シグナム。その後、恭也さんとはどうなの?」

「ど、どうとは。恭也とは偶に剣を合わせているが、それが何か」

「そうじゃなくて、どうなのよ」

「そうだな。中々素晴らしい剣士だ。
 魔法なしという条件下とは言え、私と互角以上に渡り合うのだからな」

シグナムの答えにシャマルはつまらなさそうに口を尖らせる。

「私が聞きたいのはそういう事じゃないわよ。
 シグナム、貴女、分かってて言っているでしょう」

「何をだ」

誤魔化すようにシャマルから視線を逸らすが、その事が先のシャマルの言を肯定している。
だが、シグナムは気付かない振りを貫き通す。
それを見て、シャマルもこれ以上言うのを止める。
暫しの沈黙の後、シャマルが再び口を開く。

「恭也さんって、とても優しいわよね。はやてちゃんも懐いているし」

「そうだな。高町なのはの兄だけの事はある。
 主も兄のように信頼されておられるな」

「そうよね〜」

ほのぼのと言うシャマルに少しだけ警戒しながらも、シグナムは思った事を口にする。

「あの優しい目が良いわよね〜」

「ああ。優しいだけではないがな。剣を手にした時の目も良い。
 真っ直ぐな瞳に鋭い眼差しもな」

「顔も凛々しいわよね」

「確かにな」

「でも、ちょっと無表情というか無愛想だけれどね」

「そんな事はない!
 確かに無愛想に見えるかもしれないが、あれは上手く感情が出せていないだけだ。
 よく見れば分かるはずだぞ。
 それに、偶にだが笑顔だって見せているだろう。
 照れたりもするな。その時の顔は中々可愛いものだぞ。
 お前ももう少し注意して見れば分かるはずだ」

恭也を庇うために発したシグナムの言葉に、シャマルはニヤ〜とした笑みを刻む。

「そうなの〜。つまり、シグナムはそれだけ良く恭也さんの顔を見ているって事なのね」

「っ! だ、だから、どうしてお前はそう……」

「私は別に悪口を言った訳じゃないのに、あんなに必死になるなんてね」

「そ、それは、恭也はなのはの兄であるし、鍛錬に付き合ってもらっているし、その親しい友人だからな。
 庇うのは当然だろう」

「本当にそれだけなの〜」

「無論」

「ふーん、そうなんだ。シグナムは別に何とも思っていないだ。
 じゃあ、私がもらっちゃおうかな」

「っ! もらうって恭也は物じゃないんだぞ。
 何を勝手な事を言っているんだ」

慌てたような怒ったような反応を見せるシグナムを、シャマルは楽しそうに見遣る。

「あら、確かに言い方は悪かったけれど、別に良いわよね」

「……くっ。そんな事は、私の知った事ではない」

「そう。じゃあ、今日にでも恭也さんの所にお邪魔しちゃおうかな」

言って横目でシグナムの様子を窺うと、シグナムは落ち着きなく明らかにソワソワとなっている。
おまけに、既に空になったカップを口元へと持っていき、シャマルに気付かれないようにソーサーに戻したり。
それを笑いを堪えながら見ていたシャマルだったが、不意に動きを止めたシグナムに首を傾げる。
その沈痛な顔を見て、少しからかい過ぎたと反省しつつも、
何かを恐れているようにも見えるシグナムの背中を押すように、そっと話し掛ける。

「まあ、冗談なんだけれどね」

「そ、そうか」

明らかにほっとした様子を見せるシグナムに、まだ白を切るのかしらという好奇心が湧き出てくるが、
それをぐっと押さえ込んで、シャマルは続ける。

「私なんかじゃ相手にされないわよ、きっと」

「そんな事はないだろう。シャマルは私たちの中でも一番、女性らしいじゃないか。
 シャマルが相手にされないのなら、私たちなんかどうなる」

「うーん、そんな事はないと思うんですけれどね。
 シグナムも充分、女性らしいですよ」

「またお前はそうやってからかう」

「からかってないですよ。もしシグナムの言う通りだとしても、恭也さんは外見だけで判断しないでしょう」

シャマルの言葉にシグナムははっきりと頷く。
長いとは言えないでも、それなりの付き合いがあるのだ。
その期間あれば、恭也の人柄は大体分かる。
はっきりと断定するシグナムに、先ほどまでのからかう際に浮かべていたのとは違う、
見守るような優しい笑みを浮かべる。

「それに、恭也さんは既に思う人がいるみたいだし」

「そ、それは本当なのか!?」

シャマルの言葉に、思わず声を上げるシグナムを落ち着かせると、シャマルは静かに言う。

「多分だけれどね。絶対じゃないわよ」

「だ、誰なんだ、それは。私の知っている中にいるのか」

「ええ、いるわね。私たちの身近な人よ」

シャマルに言われ、シグナムは腕を組んで考え込む。
そんなシグナムを少し呆れたように見遣りながら、シャマルはゆっくりと口を開く。

「シグナム、貴女本当に気付いていないの。
 さっき、恭也さんの笑顔や照れた顔の事を言ってたでしょう。
 あれって、殆どシグナムがいる時なのよ。正確には、シグナムに対して、かしらね」

「それって……」

「さあ、どうかしら。もしかしたら私の勘違いかもしれないわね。
 気になるのだったら、恭也さん本人に会って確かめてみたら?」

「し、しかし」

「あら、逃げるの? 騎士の将ともあろうシグナムが」

「に、逃げなどしない!」

「じゃあ、いってらっしゃーい」

「くっ」

にこやかに手を振るシャマルを忌々しげに睨み付けるが、そんなものは何処吹く風と受け流す。
やるだけ無駄と悟ったシグナムはシャマルに背を向ける。

「少し出かけてくる」

「はいはーい」

全て見透かされているようで気に食わなかったが、シグナムは外へと出て行く。



  ◇◇◇



放課後となり帰路に着く恭也の前方から、見慣れた女性が歩いてくる。
向こうもこっちに気付いたらしく、お互いに近づくと挨拶を交わす。

「こんにちは、シグナムさん」

「ああ。所で、今少し良いか?」

「鍛錬ですか? 別に構いませんよ」

「いや、ちょっと話がしたくてな。その、迷惑でなければ……」

「ええ、構いませんよ」

珍しく言い淀むようなシグナムの言いように首を傾げつつも、恭也は付き合う。
人がいない方が良いという事だったので、恭也はシグナムを臨海公園の林の奥へと連れて行く。
流石にこんな奥までやって来る人は居らず、人にまだ踏まれていない落ち葉を踏みしめて歩く。
薄暗いがかなり奥まった所まで来ると、恭也は足を止める。

「ここなら、人はあまり来ませんから」

「みたいだな。ここ最近、人が入った形跡もない」

「それで、お話というのは?」

そう言って切り出した恭也に対し、シグナムは視線をあちこちへとさ迷わせ、
ソワソワした様子で恭也の様子を時折窺うようにしながら、照れたように顔を赤くさせたかと思うと、
青くさせたり、上を向いたかと思えば、俯いたりと、普段のシグナムを知る者が見たら、
到底、信じられないような動作を繰り返す。
しかし、恭也は特段急かしたりもせず、ただ静かにシグナムが話し出すのを待つ。
その間、そんなシグナムの様子を見て口元を緩めていた事には、シグナムは気付かなかった。
ようやく、シグナムは恭也を真っ直ぐに見詰めると、その口を開く。

「今日は恭也に聞きたい事があって……」

「はい、なんですか」

「……きょ、恭也は誰か気になる相手とかいるのか。
 そ、そのだな。シャマルがそのような事を言っていたので、少し気になったというか……」

顔を赤くしつつ尋ねるシグナムに、恭也は少しの間考え込むように動きを止める。
反応のない恭也に不安になったのか、シグナムはやっぱり良いと言おうと口を開きかけ、

「いますよ」

先に恭也の口から肯定の言葉が返る。
その言葉にショックを受けたように重くなる身体とは別に、胸の奥が何かを期待するように鼓動が早まる。
そんな矛盾にも似た状態のまま、シグナムは恭也を見詰める。
恭也も静かにシグナムを見詰め返すと、その瞳に何かを決意したような色を宿して、ゆっくりと口を開く。

「俺は……」

恭也から発せられる、やけにゆっくりとした言葉にシグナムは喉が渇き、思わず唾を飲み込む。
そこまで口にしたは良かったが、躊躇うかのように恭也は一瞬だけ言葉を区切るが、
やがて後に続く言葉を口に乗せる。

「俺は、シグナムさんの事が……。
 ……好きです」

恥ずかしさから顔を赤くしながらも、真っ直ぐに目を逸らさずにシグナムを見詰めて最後まで言い切る。
シグナムも顔を真っ赤にすると、照れくさそうに視線をさ迷わせる。
だが、その顔には嬉しさも含まれており、何か言おうとするのだが中々言葉が出てこない。
辛抱強く恭也はシグナムが言葉を発するのを待つ。
もどかしそうにしているシグナムへと優しく笑いかけ、落ち着くまで待つ。
恭也の笑顔に更に顔を赤めながらも、シグナムは身体の横に垂らして両拳を握り締める。

「高町恭也っ! 私もお前の事が……。
 ……お前の事が……、その、何だ」

徐々に尻すぼみになっていき、それに伴い顔も俯いていく。
耳まで赤くしながら、シグナムは一旦言葉を区切って唇を噛み締めると徐に顔を上げる。

「私もお前が好きだ!」

一気に言い切ると、恥ずかしさからかすぐさま顔を伏せる。
恭也はシグナムへと近づくと、そっと肩に両手を置く。
すぐ近くに恭也を感じて、益々顔を上げれなくなったシグナムの頤をそっと手で掴んで顔を上げさせる。
この仕草をするのにもかなり勇気のいった恭也だったが、それだけの価値はあったと思う。
目の前で照れたように目を伏せるシグナムを見れたのだから。
普段はキリリとして美しいシグナムだが、こうしているととても可愛らしい。
照れるシグナムの可愛らしさは知っていたが、こんな間近で見るのは始めての事で、
恭也は更にシグナムの魅力に惹きこまれていく。
対するシグナムの方も、鍛錬の時などに見せるのとは違う、
柔らかな雰囲気に優しい微笑を見せる恭也から目が離せなくなっていた。
伏せていた目を上げ、恭也をじっと見詰める。
無言のまま見詰めあう二人。
言葉はないが重苦しい感じはなく、寧ろ心地良い空気を互いに感じる。
シグナムはそっと目を閉じると、僅かに顔を上げる。
それに応えるように、恭也も目を閉じてそっと顔を近づけていく。
二人が一つに重なり、シグナムはゆっくりと手を恭也の背中へと回す。
恭也もまた肩に置いていた手をシグナムの背中へと回すと、そっと抱き寄せる。
さっきよりも更に重なる影。
二人を邪魔する無粋なものは何もなく、気持ちを伝え合い、想いを一つにした二人は暫くそうして佇む。





<おわり>




<あとがき>

シグナム〜。
美姫 「ようやくの登場ね」
おう! やっとの登場。
美姫 「しかも、今回は久しぶりに付き合う前のパターンね」
その通りだよ。
二人とも友人に背中を押され……。ってな感じで。
美姫 「無事に想いを伝えれて良かったわね」
という訳で、今回はここまで〜。
美姫 「それじゃあ、また次の誰かの番でお会いしましょう」
ではでは。







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