『An unexpected excuse』
〜知佳 番外編〜
─ 二人の出会い ─
8月も中頃を過ぎたとはいえ、まだまだ残暑厳しい夏。
そんな折、高町家の電話が鳴り響く。縁側のいた恭也は立ち上がると電話を手に取る。
そこから聞こえてきた声は、美由希の親友である那美のお世話になっているさざなみ寮の管理人、耕介からだった。
「こんにちわ、耕介さん」
「その声は恭也くんか。こんにちわ」
「所で、今日はどうしたんですか?」
「ああ、実は今日これからうちの寮でちょっとしたパーティーをやる事になったから、恭也くんたちもどうかなと思って。
日頃から、那美ちゃんやリスティたちがお世話になっているお礼も込めて」
「そうなんですか。でも、俺達の方こそお世話になっていますから、別にそんなに気を使っていただかなくても」
恭也はそう答えるが、実際には宴会となると無理に酒を飲ませようとする二人の酒の肴になりたくないというのが本心だったりする。
「ははは、遠慮なんかしなくてもいいよ。それに、ちょっと手合わせもしてほしいし」
管理人でありながら、神咲一刀流の使い手でもある耕介との手合わせに恭也は心を揺さぶられる。
どうしようか悩む恭也の耳に耕介の後ろから喧騒とともに真雪の声が聞こえてくる。
「おーい耕介!恭也は来るって?」
「まだ返事は貰ってませんよ」
「そうか。なら、来ないならぼーずに迎いに行かせると伝えとくれー」
「……だ、そうだけど。どうする恭也くん」
「……わかりました。今から伺います」
「そうかい、何か悪いね。じゃあ、待ってるから」
「はい。では、また後ほど」
そう言って電話を切ると恭也はリビングへと行く。
そこには美由希が一人、ソファーに腰掛け本を読んでいた。
美由希は恭也に気付くと、本から顔をあげ話し掛ける。
「恭ちゃん、さっきの電話、誰から?」
「耕介さんからだ。なんでも今からパーティーをするとかで連絡をくれたんだ。美由希も行くか?」
「あ、あはははは、わ、私は遠慮しとくよ、那美さんも実家に帰ってていないし。
そ、それにまだ読みかけの本を読んでしまわないと」
「……そうか。なのはも晶もレンも友達と出かけていていないし。仕方がない、俺一人で行ってくるか」
「いってらっしゃーい」
「ああ」
こうして恭也は一人でさざなみ寮へと向った。
さざなみ寮に着いた恭也はそのままリビングへと通される。
そこはある程度準備が整っており、キッチンでは耕介が料理の仕上げをしている所だった。
「こんにちわ耕介さん。何か手伝う事ありますか?」
「やあ、恭也くん。よく来たね。もうすぐ準備も終わるから、手伝いは良いよ。それよりも適当な所に座って待っててよ」
「分かりました」
耕介の言葉に従い、腰を降ろす場所を探し、何気なく真雪とリスティのいる場所から離れた所へ座る。
それを目敏く見た真雪とリスティは席を立ち、恭也の横へと移動すると両脇に座る。
「恭也〜、なんでこんな離れた所に座るんだ〜」
「そうだよ恭也。真雪の言うとおりだよ。僕と君の仲じゃないかい」
「……(絡まれたくないからなんですが)」
そう思う恭也だったが、ある程度付き合ってきた事もあり言葉に出せばどうなるかも分かっているため、胸中で呟くだけにしておく。
「ん?反論がないという事は肯定か。
そうかそうか、ぼーずと恭也はそんな仲だったのか。それは知らなかったな」
「なっ!ち、違いますよ!」
「恭也、そんなに力一杯否定しなくてもいいだろ。傷つくな〜」
「す、すいません」
「んー、どうしようかな。この深く傷ついた心はそう簡単には治らないなー」
「恭也、お前って酷い奴だったんだな。ああ、なんて可哀相なんだ」
真雪もリスティと一緒になって恭也をからかう。
「……で、俺にどうしろと?」
「ふふーん、よく分かってんじゃない。また今度、仕事を手伝ってくれたら良いよ」
「それはいつもの事では」
「……それもそうだな。じゃあ、他のにしよう」
「いえ、それでお願いします」
「駄目だよ恭也。自分から言ったんだから」
何を頼むか考えるリスティと何かを悔やんでいる恭也、そしてそんな二人を笑いながら見ている真雪。
そんな様子を遠巻きに準備を手伝いながら見ているさざなみ寮のメンバーたち。
恭也はこちらを見ている寮生たちに気付き、助けを求める。
が、全員が顔を逸らしたり、作業に没頭するふりをして視線を合わせようとしない。
この時、全員が同じ事を思っていた。
『ごめん恭也(くん)、その二人の事は任せた(ました)』
まさに触らぬ神に、である。
そんな思いが伝わってきて恭也が諦めた時、リスティが声をあげる。
「そうだ!恭也、聞きたいことがあるんだけど、それに正直に答えるってのはどう?」
「おお、それは面白いな」
「で、早速だけど……、恭也は誰か気になる子はいないのかい?」
「はぁー、別にいませんが」
「本当に?」
「はい」
「じゃあ、次は……」
「ち、ちょっと待って下さい。次ってまだあるんですか?」
「当たり前じゃないか。こんな面白い事、すぐにやめる訳ないだろ。それに質問は一つなんて言ってないだろ」
リスティはそう言うと唇の端を上げ声を出さずに笑う。
それを見て恭也も言うだけ無駄と悟り溜め息を吐くと大人しく次の質問を待つ。
「さて、気を取り直して。じゃあ、恭也の好みだな。どんな感じの子が好きだい?」
「……分かりません。そんな事、考えた事もなかったですから」
更に何かを聞こうとしたリスティを作業を終えた耕介が止める。
「リスティ、そこらへんにしといてあげなよ。それより、こっちの準備は終わったから料理を運ぶのを手伝ってくれるか?」
「ちっ、仕方がないな。OK手伝うよ」
「じゃあ、私も酒の用意をするか」
リスティと真雪がそろって席を立つ。恭也はそれに安堵の息を洩らす。
と、そこへ真雪が声をかけたため、恭也は一瞬驚き身体をビクリとさせる。
「恭也、悪いんだが一つ頼まれてくれないか?」
「良いですけど、何を?」
「ああ、上の私の横にある部屋で妹の知佳が寝てるはずなんだが、ちょっと起こして来てくれ」
「勝手に部屋に入っても良いんですか?」
「ああ、大丈夫だろ。今、ちょっと手が離せないんでな。それに恭也なら信用できるからな」
「分かりました」
真雪の頼みごとを聞き、上の階へと向かいながら恭也は以前、寮生から聞いた知佳の簡単な事柄を思い出す。
(真雪さんの妹か。確か、国際救助隊で働いているんだったよな。こっちに戻られていたのか)
部屋の前に着き、一応念のためにノックをするが中から返答はない。
恭也はドアノブを回しドアを開けると部屋の中へと入る。
そして、ベッドの傍まで行くとそこで寝ている知佳に声をかけようと手を伸ばしかけ、そのまま動きが止まる。
(…………綺麗な人だな)
恭也は知佳の寝顔に見惚れ、手を伸ばしたままの体勢で固まる。
(まるで天使のようだ……って俺は何を考えているんだ)
恭也は自分の考えに照れながら知佳の肩に手を置くと壊れ物を扱うかのように優しく揺さぶる。
「知佳さん、起きてください」
「うう〜ん」
一度の呼びかけで目を覚まさない知佳に恭也は少しだけ力を入れながらも慎重にに揺さぶる。
「知佳さん」
「うぅー」
寝惚け眼で知佳は恭也の手を掴むとそのまま引き寄せる。
咄嗟の事に反応の送れた恭也はそのまま知佳に覆い被さる形になり、
慌てて身を起こそうとするが、知佳がそのまま恭也の頭を胸に抱きしめる。
恭也は顔に当たる柔らかい感触に顔を赤くしながらも、下手に動けず知佳に声をかける。
「知佳さん、知佳さん」
何度目かの呼びかけに知佳が目を覚まし、未だ寝惚けた目が胸元にいる恭也と合う。
「おふぁよーございますぅ」
「……おはようございます」
まだ寝惚けているのか知佳は恭也を胸に抱いたまま、ぼーっと恭也を見ている。
(お兄ちゃん……じゃないよね。……あ、なんか格好いい人だな〜。でも、何か困っているみたいな顔はちょっと可愛いかも。
じゃなくて……ここは、私の部屋……だよね。……この人は誰?それに、この体勢って)
徐々に目覚めてきた頭で現状を確認していく。
「えーと………………って、え、え。ええぇぇーーー」
しばらく無言で恭也を見ていた知佳はやっと現状を把握すると驚きの声をあげる。
「ち、ちょっと知佳さん。落ち着いてください!」
「え、え、え、だ、誰ですか、あなたは。そ、それになんで私の名前を?っていうより、どうして部屋に?」
「お、落ち着いてください。今から順に説明しますから。とりあえず、離してもらえませんか」
「離す?って、ああ、ご、ごめんなさい。今、離しますから」
知佳が抱きしめている恭也の頭を離そうとした時、部屋のドアが開き真雪が入ってくる。
「知佳、恭也!何かあったのか!」
「「あっ」」
「「「…………………………」」」
三人は顔を見合わせたまま、その場で固まり辺りを沈黙が包み込む。
「えーと、お姉ちゃん?」
「ま、真雪さん」
知佳は真雪に説明を求めるために、恭也は真雪に自分がここにいる説明をしてもらうために、それぞれ声をかける。
「す、すまん。邪魔をしたな」
真雪はそれをどう勘違いしたのか部屋の外へと出て行ってしまう。
「ち、違うのお姉ちゃん!」
「ま、真雪さん誤解です!」
慌てて二人は言うが既に真雪の姿はそこにはなかく残された恭也と知佳は苦笑を交し合う。
が、すぐに現状に気付き顔を赤くして目をそらす。
再び沈黙が続きそうになった頃、恭也が口を開く。
「あ、あのすいませんが、そろそろ離して頂けませんか」
「あ!ご、ごめんね」
「いえ」
知佳から解放された恭也は立ち上がると改めて自己紹介をする。
一方、真雪は部屋を飛び出すとそのままリビングへと戻る。
それを見つけた耕介が声をかける。
「真雪さん、さっきの知佳の大声はなんでした?」
「うん?ああ、あれか。あれは……別に何でもないよ。ただ、寝惚けていたみたいだな」
「そうですか。じゃあ、もうすぐ降りてきますね」
「いや、もう少しかかるんじゃないかな」
「そうなんですか?こっちはもう終わりますけど。って、あれ?そういえば、恭也くんは?」
「ああ、ちょっと用事を頼んでいる」
「用事?一応、恭也くんはお客さんなんですから」
「わーってるよ。それより、さっさと残ってる作業を終えちまえよ」
「はいはい」
耕介は苦笑しながらキッチンへと引き返していく。
「はぁー。恭也と知佳の奴、今日が初対面だよな。なのに、あんな事……。って、ちょっと待て!何やってたんだあいつらは!」
真雪の声に耕介が顔だけを出して聞いてくる。
「どうかしましたか?真雪さん」
「何でもない!ちょっと知佳の部屋へ行ってくるから」
「あ、はい」
リビングを出て行く真雪の背中を見ながら、首を傾げる耕介だったがオーブンの鳴る音に我に返ると作業に戻っていった。
知佳の部屋では恭也が知佳に自己紹介をしていた。
「高町恭也と言います」
「あ、仁村知佳です。……ああー、君が恭也くん?お姉ちゃんから話は聞いてるよ。って、恭也くんって呼んでもいい」
「はい、構いません」
「で、何で恭也くんが私の部屋に?」
「あ、準備が終わったので真雪さんに起こしてきてくれと頼まれまして」
「ああ、そうだったんだ。さっきはごめんね」
「いえ、気にしないで下さい」
「「……」」
先程まで何気ないように会話していた二人だが、実はどちらも顔を赤くしていたりしていた。
会話が途切れ、何となく気まずい雰囲気が流れる。そこへ、突然ドアが開き真雪が再び現われる。
「恭也ーー!お前、何してやがる!」
真雪はすごい形相で恭也の元まで来るとその胸倉を掴み前後に揺さぶる。
「起こせとは言ったが、あんな事をしろとは言ってないぞ」
恭也は弁解を解こうと口を開くのだが、胸倉を掴まれ揺さぶられている状態で声が上手く出せないでいる。
それを見かねた知佳が助け舟を出そうと口を挟む。
「お姉ちゃん、落ち着いて」
「うるせー知佳!お前は少し黙ってろ!
庇うってことは同意の元なのかもしれねーが、私がつくった知佳人生設計表恋愛編のステップを一気に素っ飛ばしやがって!」
「お、お姉ちゃん、あの設計表ってまだあったの?私もう社会人なんだけど……」
「あぁー、そんなもん関係ねぇー。おら、恭也黙ってないで何とか言え!」
そう言って更に強く胸倉を締められて恭也は益々言葉が出ない。
「わわわ、お姉ちゃん。それじゃ喋れないってば。それに誤解なんだってば」
「誤解……?」
知佳の言葉に少し力を緩め、問い返す。その真雪にコクコクと頷いく恭也と知佳。
とりあえず知佳が今までの出来事を全て真雪に話す。
「はっははははは。そうか、それは悪かったな。まあ、なんだ、恭也、私は信じていたぞ。うん」
調子の良い事を言う真雪をジト目で睨む恭也の背中を知佳が優しく擦る。
「わ、悪かったな」
「別に、もういいですよ。こちらにも非が全くなかった訳ではありませんから」
「そうだろ、そうだろ」
「お姉ちゃん!」
「うっ。ま、まあなんだ。私は先に下に行ってるから、お前らも早く来いよ」
そう言い捨てると真雪は部屋から逃げるように去っていく。
「ごめんね恭也くん」
「いえ、もう大丈夫ですから、本当に気にしないで下さい。じゃあ、俺も先に行ってますので着替えたら来て下さい」
そう言って出て行った恭也の言葉で知佳は再び顔を赤くする。
(忘れてた。私、パジャマのまま!は、恥ずかしいよ〜。って、寝顔も見られたって事よね。うわ〜〜)
顔を真っ赤にしながら知佳は着替えを終えると部屋を出てリビングへと向った。
リビングでは既に全員がそろっており、知佳が来ると同時にパーティーが始まる。
知佳と恭也は目を合わせると軽く会釈を交わす。
「なんだい、恭也も知佳も目だけで会話しちゃって〜」
「リ、リスティ何を言ってるのよ」
「そうですよ。そんな事してませんよ」
「うーん、怪しいな〜」
「「リスティ(さん)」」
「冗談だってば。それよりも恭也、これ中々美味しいから食べてごらん」
「あ、はい頂きます」
「ほら、アーン」
「い、いえ自分で食べられますから」
「いいから、いいから、遠慮しない。僕と恭也の仲じゃないか」
「いえ、ですから」
照れる恭也にさらに箸を差し出すリスティ。その様子を見ながら知佳はさっきのリスティの言葉を反芻していた。
(恭也くんとリスティの仲って……。ううぅぅぅーー、リスティも恭也くんが断ってるんだから離れなさいー。
なんだろう、あの二人を見ると何か胸がもやもやする)
そこまで考えた時、知佳は恭也の横に移動するとリスティの反対側から箸を差し出す。
「恭也くん、これも美味しいよ。はい」
「い、いや自分で取れますから」
リスティの時と同じ様に断る恭也の顔を下から覗き込みながら、知佳は詰め寄る。
「食べてくれないの?」
「え、えーと、い、いただきます」
そう言うと恭也は観念して口を開ける。
「はい、……どう?美味しいでしょ」
「はい、本当に美味しいですね」
恭也は笑みを浮かべて知佳を見る。
その笑みに頬を赤くしながら視線を逸らし、それを誤魔化すように他の食べ物を箸で掴むと再度、恭也の口元に運ぶ。
「こ、これも美味しいよ。はい」
「あ、ありがとうございます」
恭也も照れながらも再び口を開き食べさせてもらう。
そんな二人を寮生たちが笑いながら見ており、それに気付いた二人は居心地の悪さを感じて俯く。
「あーあ、恭也は僕のは断ったくせに知佳からのは断らないんだ。知佳も知佳でこんな事をするなんて思わなかったよ」
口ではそんな事を言っているが顔は笑っており、明らかに楽しんでいるのだが、俯いている二人には見えない。
そもそも、今までの行動全てが真雪の差し金だったりするのだが、当然二人は知らない訳だし。
「恭也がそんな冷たい奴だったなんて」
「リ、リスティさん。これは……」
「冗談だよ。所で恭也、さっきの質問の続きなんだけど」
「さっき?ですか」
「そう、準備を始める前までしてただろ?その続きだよ」
「って、まだ続いていたんですか!」
「of course!だっていつまでって期限決めてなかったし」
「……」
「OK、OK。じゃあ、これで最後ってことで」
「はぁー。で、何ですか?」
「うん。遠まわしな言い方だと分からないだろうから単刀直入に聞くよ。恭也は知佳の事どう思ってる?」
「な、何を聞いてるのよリスティ」
リスティの台詞に恭也よりも知佳が先に反応する。
「まあまあ、そう興奮しなさんなって。知佳も気になるだろ」
「そ、そりゃ多少は気になるけど……」
とても小さな声で呟いた知佳の声は、それでもちゃっかりとリスティには聞こえており、それを聞いたリスティは笑みを浮かべる。
「で、恭也、早く答えてよ」
「えーと……」
恭也は助けを求めて周りを見るが全員、興味があるらしく誰もリスティを止めようとはしない。
「それは……まだ、分かりません」
恭也の答えに全員が肩透かしを食らったかのようにつんのめる。
「ちっ、面白くない答えだな〜」
リスティは興味をなくし、その場から離れると真雪や耕介と酒を飲み始める。
他の皆も各々、食事をしたり話をしたりと戻る中、恭也と知佳は顔を見合わせると、どちらともなく立ち上がると庭へと出る。
「ねえ、恭也くん。ちょっと聞いて欲しい事があるんだけど」
「はい、何ですか」
「うん……。HGSって知ってるよね」
「はい。リスティさんやフィリス先生、それに俺の姉的存在の人もそうですから」
「そう。私もそのHGSなの。それもリスティと同じくらいかなり強い力を持った……ね。
昔はこの力が嫌いだったんだけど、今はこの力のお陰で色んな人の力になれるからそんなに嫌いじゃないんだけどね。
それでも、やっぱり始めての人にこの話をするのは怖いんだ。もちろん本当に親しくなった人にしかしないけど。
でも、だからこそ話して拒否されたらって考えると……」
そこまで一気に言うと知佳は黙り込み、恭也の視線から逃れるかのように顔を俯かせる。
そして恭也から言葉が発せられるのを恐々と待つ。そんな知佳の耳に恭也の優しい声が流れ込んでくる。
「大丈夫ですよ。そんな事ぐらいで知佳さんを嫌いになったりなんかしません。
どんな力を持っていようと知佳さんは知佳さんですから」
「本当に?本当?」
「はい、大丈夫ですよ。それに、俺も少し普通の人とは違う力を持っていますから」
「恭也くんの力って?」
「知佳さんとは違って人に誇れるようなものじゃないですよ」
「それでも!それでも、私は聞きたい。お願い!」
「分かりました。永全不動八門一派・御神真刀流、小太刀二刀術、略して御神流と呼ばれる剣術ですよ。
いかに早く人を殺すのかを極めた武術です」
「私も大丈夫だよ。どんな技を持っていても恭也くんは恭也くんだから。
私は恭也くんのことをそんなに詳しく知らないけど、恭也くんはその力をただ壊すためだけに使っている訳じゃないでしょ。
そんな事をするとは思えないし」
「そうですね。俺のこの力は守るためのものですから」
「だったら、私と同じだよ。私の力だって使い方によっては人を傷つける事だってできるんだから。
どんな力を持っていても、それを使う人次第だと思うよ」
「そうですね。ありがとうございます」
「お礼なんて良いよ。……私の羽、見てみる?」
「はい。見てみたいです」
恭也の返答を聞くや否や、知佳の背中から白い翼が生える。
その様子を恭也は茫然と見ており、知佳はこれを見ても恭也の気持ちが変わらないか少し不安そうにしている。
やがて恭也の口から言葉が零れる。
「綺麗ですよ、知佳さん。まるで天使のようです」
その言葉を聞いた知佳は翼をしまうと、涙を浮かべ恭也の胸に飛び込む。
「ありがとう恭也くん」
「いえ。思った事を言っただけっですから」
恭也も知佳を抱きとめると、その背中をそっと擦る。
やがて落ち着いた知佳は顔をあげると、
「恭也くん……私、恭也くんの事、好き」
「俺も知佳さんの事、好きです」
「えっ!でも、さっき」
「すいません。流石にあんなに人のいる前では……」
「あははは。それもそうだね」
「最初に寝顔を見た時に気になっていましたから。まるで天使みたいだって思いました」
知佳はその時のことを思い出して顔が赤くなるのを自分でも感じる。
「うぅぅ。女の子の寝顔を見るなんて〜」
半分照れ隠しで文句を言ってみるが、その後の恭也の言葉に驚いてしまう。
「すいません。でも、責任はとりますから。駄目ですか?」
「だ、駄目じゃないよ。ちゃんと取ってもらうからね」
そう言って、二人は抱きしめ合うと口付けを交わす。
その時、寮の中から一人の女性が飛び出して、恭也の前に立つ。
「恭也!知佳と付き合うには私から十本中一本取ってからだからな。
っていうか、その前にキスなんかしやがって!もうこうなったら本気でいくからな」
そう言って、恭也が持ってきていた練習用の木刀を投げて渡す。
不安そうに恭也を見る知佳に木刀を受け取りながら、安心させるように優しく微笑む。
「大丈夫ですよ、知佳さん」
「で、でも、お姉ちゃんとっても強いよ。多分、お兄ちゃんより」
未だ心配顔の知佳にいつの間にか傍まで来ていた耕介が話し掛ける。
「大丈夫だよ知佳。恭也くんも強いから。知佳は恭也くんが勝つことだけを信じていればいいんだよ」
「お兄ちゃん……うん、恭也くん信じているからね。絶対に勝ってよ」
「ああ、任してくれ」
「だぁー、さっきから何をごちゃごちゃ言ってるんだ。さっさと始めるぞ。耕介、合図頼む」
庭の中央で向かい合って立つ恭也と真雪。
そして、耕介の合図と共に両者が動き出す。
「はぁーはぁーはぁーはぁー、こ、降参だ。くっそー完敗だ。せめて最初の一本ぐらいは取れると思ったんだが……。
まさか全部取られるとはな。さすが音に聞こえし最強の剣、御神流ってことか」
そう言うと真雪は、息も荒くその場に仰向けに寝転がる。
「だから言ったでしょ、真雪さん。
全力で五分も持たない真雪さんと八時間近くもフルで戦闘できる恭也くんとじゃ、根本的な体力が違うんだから」
苦笑しながら耕介がそう言う。
実際、後半の立ち合いは全て前半よりも短い時間で全て決着が着いている。
「はぁーはあーはー。でも、まあこれは儀式みたいなもんだからな」
そう言って上半身を気だるそうに起こすと、恭也といつの間にかその横に並んで立っている知佳を見る。
「まあ、合格だ。お前になら知佳を任せられる。だけど、とりあえず今はキスまでにしておけよ」
その真雪の言葉にみるみるうちに赤くなっていく恭也と知佳。
「お、お姉ちゃん!何を言ってるんの!」
照れ隠しのつもりか、知佳は真雪に怒鳴りつけるがその顔が嬉しそうに緩んでいるため、あまり迫力がない。
そんな知佳の様子を優しい目つきで真雪は見ると、ゆっくりと口を開く。
「知佳……、幸せになれ」
「うん」
「恭也、頼んだぞ」
「はい」
寄り添うように立つ二人はお互い見詰め合うと、そっと微笑み合う。
「知佳さん。何があっても俺が守りますから」
「うん。……私はずっと恭也くんの傍にいるから」
星空の下、二人はそっと口付けを交わした。
おわり
<あとがき>
知佳番外、出会い編どうだったでしょうかー。
美姫 「おお、やっと完成したのね。ラストが決まっていたわりには結構、長かったわね」
それは……すいません、力不足です〜。でもでも、言い訳をするなら昨日は風邪?でダウンしてたんだよ〜。
美姫 「何故、疑問形なのよ」
いや、単に風邪かどうか分からないだけ。って、剣を出すな、剣を。だって、頭がくらくらして立てなかったんだぞ。
美姫 「貧血?」
そうか!それもあったか。って、違うわい。
美姫 「やーねー、冗談よ。じょ・う・だ・ん。でも、もう大丈夫なんでしょ」
おう、ばっちり、くっきり、はっきりと。
美姫 「じゃあ、たまっているSSを仕上げましょうね〜」
ズルズル
うっうわ、どこに連れて行く〜。助けて〜。