『An unexpected excuse』

    〜貴子編〜






「俺が、好きなのは…………」

「あの、すいませんが職員室へはどう行けば宜しいのでしょうか」

不意に聞こえてきたその声に、恭也は弾かれたように後ろを振り返る。
見れば、中庭の少し向こうにある道で一人の生徒が誰かにそう尋ねられていた。
枝に茂る葉に邪魔されて相手の姿までは窺い知る事はできないが、
尋ねられた男子生徒はどこか陶然とした面持ちで相手を見詰めている。
そんな様子を訝しげに見遣りつつ、やや困った様子でその男子生徒を見詰める。
いや、恭也たちからはその様子は見えないのだが、恭也は先程の声の主を聞き間違えるはずがないと言い切れ、
そうすると見えないはずの動作でさえ、何となく想像できてしまう。
それに苦笑を知らず零すと、恭也は両方を助けるように声を投げる。

「職員室に何か用ですか、厳島さん」

声を掛けられた方は、その声に驚いたように周囲を見渡し、ようやく中庭に誰か居る事に気付き、
ゆっくりと近づいてくる。

「やっぱり恭也さんでしたか。厳島なんてお呼びになられるから、最初は分かりませんでしたわ」

恭也たちの前に姿を見せたのは、黒いシックな制服に身を包んだとても美しい女性だった。
ただ立っているだけだというのに、その存在感溢れる空気に美由希たちも思わず息を飲む。
そんな美由希たちの様子に気付く事もなく、その生徒は恭也へと疑問を投げかける。
先程までの凛とした空気の中に柔らかなものが混ざる。

「こんな所で何をなさっているんですの」

「昼食を取っていたんですよ」

「そう言えば、お昼休みの時間でしたわね。
 でも、助かりましたわ。先程の方は何故か、突然に立ち尽くしてしまわれるものですから」

「まあ、貴子が無自覚なのは今に始まった事ではないから良いが」

「それって褒めてませんよね」

「それよりもどうしたんだ。どうしてここにいるんだ?」

「あら、話を逸らしますの? まあ、良いですけれど」

腕を組んで小さな吐息を零すと、貴子は恭也の質問へと答える。

「少し実家の方に所用がありまして。そのついでに、この近くまで来たものですから」

「つまり、職員室で俺を呼び出すつもりだったと」

「ええ。少し悪いかとは思ったのですが、その……。
 ……どうしてもお会いたかったものですから」

真っ赤になって俯く貴子を可愛いと思いつつ、美由希たちの何か問いたげな視線を背中に感じ、
恭也は仕方なくそちらを振り向く。

「こちらは厳島貴子さんと言って、聖應女学院(せいおうじょがくいん)の生徒会長だ」

恭也の口から出てきたお嬢さま学院の名前に小さからずどよめきが生まれる。
そういったものを無視して、貴子の背中に手をそっと当てて一歩後ろで控えていた貴子を前へと、
自分の横へと押し出しながら続けて言う。

「それで、俺の好きな人、一番大事な人だ」

「……えっ!? きょ、恭也さ、あっ…………」

恭也の台詞を聞き、貴子は顔を一瞬で真っ赤にしたかと思うと、そのまま何の前触れもなく後ろへと倒れて行く。
それを恭也が慌てて支えると、そっと横にする。
完全に意識を無くした貴子に苦笑しつつ、その頭をそっと抱えて足の上に乗せてやる。
気を失った貴子の額に掛かる前髪をそっと手で払い除けつつ、優しい眼差しで見詰める恭也。
そんな二人の雰囲気に、忍たちはそっとその場を立ち去る。
誰もいなくなった中庭で、恭也は貴子へと小さな呟きを落とす。

「そろそろこれぐらいは慣れて欲しいと思うが、これはこれで可愛いと思ってしまうのも困ったもんだな」

貴子の額に掌を当てながら、恭也は貴子が目を覚ますまでそうしていた。
やがて、小さな呻き声を発したかと思うと、貴子がゆっくりと目を開ける。
ぼんやりとした頭で周囲を見渡し、自分の置かれた状況を知ってまたしても顔を紅くする。

「ほら、これぐらいはもう大丈夫だろう」

「そ、それはまあそうですが。今のは目が覚めたらいきなりだったんですもの。
 仕方ありませんわ。そ、それだけ、恭也さんの事を、わ、私が好きという事なんですから」

顔を真っ赤にしたまま横を向く貴子の仕草に笑みを零しながら、
恭也は横を向いた際に頬に掛かった髪をそっと背中へと流すと、そのまま貴子の頬へと手を添え、
再び上へと顔を向かせる。

「俺も貴子の事を誰よりも好きだよ。気絶するなよ」

「だって、そんな嬉しい事を仰るんですもの。私だって好きで気を失っている訳ではありませんわ。
 それに、今度は大丈夫でしたでしょう」

「まあ、初めの頃に比べればかなりまし、かな」

「もう、意地悪ですわ」

「拗ねるなよ」

「しりません。どうせ、私が気を失っても良いと思ってらっしゃるんでしょう」

「そんな訳ないだろう。現にこうして目が覚めるまで傍にいるのに。
 ふむ、なら次に気絶したら紫苑さんに言われた方法を試してみるとするか」

「紫苑お姉さまに?」

「ああ。今度、貴子が気絶したら、口付けをしよう」

「なっ、なななな」

「落ち着けって。前に紫苑さんや瑞穂さんが言ってたんだよ。
 お姫様の目を覚ます方法は古来より王子様のキスだって」

言ってて恭也も恥ずかしそうに目を逸らすと、それを誤魔化すように口を開く。

「尤も、お姫様の方は問題ないだろうが、王子の方が俺ではな」

「そ、そんな事はありません! 私にとっては、他の誰でもなくて、恭也さんこそが……。
 あっ、だ、だからってキ、キスして欲しいというわけではなくてですね。
 だ、だからと言って嫌と言っている訳でもなくて、その意識のない時にされるのは勿体無いと言いますか……。
 ああ、私ったら、何を言っているのかしら。ですから、そうじゃなくてですね」

いつも生徒の前で凛とした姿を見せる貴子も、恭也の前では普通の女の子の顔を見せる。
その事を嬉しく思いつつ、ここで笑うとまた貴子が拗ねると分かっている恭也は、
それを隠すかのようにそっと貴子へと顔を近づけ、その唇を塞ぐ。

「んっ!?」

突然のことに目を白黒させつつもそれを受け入れる貴子だったが、恭也が唇を離した瞬間、
ふぅっ、とまたしても気を失う。
ただ、その顔は非常に嬉しそうな表情を見せていたが。
そんな貴子を見下ろし、先程よりも深い苦笑をその顔に刻むと、恭也は再びそっと貴子の髪を梳くように手にする。

「時間はまだまだあるんだ。慌てず、ゆっくりと進んでいこう、貴子」

そんな小さな呟きが聞こえたのか、貴子の顔は先程よりも安らいで見えた。





<おわり>




<あとがき>

最早、言い訳はすまい!
美姫 「よく言ったわ!」
ぶべらっ! ぶほっ、がはぁっ!
美姫 「まだよ、まだまだよ〜」
がぁっ! はっ! っっっっっっっっっっっっ!
……ちょ、ま、待っ……。
美姫 「くすくす♪」
や、やめっ……。い、いいわけさせ……。
…………。
美姫 「ふ〜。で、何か言った?」
…………。
美姫 「新しいジャンルをやった言い訳があるんじゃないの?」
……。
美姫 「おーい。何も言わないんだったら、まだ続けるわよ」
…………。
美姫 「それじゃあ、もうちょっと……」
って、死ぬわっ!
少しぐらい人の話を聞きましょうとか言われたことないか?
なあ、ええっ!? おい!?
美姫 「……さあ?」
ぐぅぅぅ!
美姫 「それよりも、何か言い訳あるの?」
あるともさ! 単に書きたかったんだよ!
前にアハトさんから貰った紫苑編をサーバー移転する際に目に付いて読んだら、こう書きたくなって。
DVD版も出た事だし。
美姫 「って、かなり前じゃないそれ」
良いじゃんかよ〜。
美姫 「はいはい、別に駄目とは言ってないわよ。
    でもね、お仕置きはお仕置きよ」
って、さっきあれだけやったのに!?
美姫 「あれは、言い訳をしなかった分ね。で、今からは言い訳した分」
って、それおかしい!
絶対におかしい!
美姫 「全然おかしくない! だって私がここでのルールだから!」
いや、そんなきっぱり言い切られても。
美姫 「という訳で……」
何がどうなって、そんな訳なんだよ!
って、や、やめ……。ぎゃぁぁあああああああああっっっっっ!
…………
……
……
美姫 「それじゃあ、また次でね〜」







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