『An unexpected excuse』

    〜素奈緒編〜






「俺が、好きなのは……」

恭也が何か言うよりも早く、甲高い声が辺りに響く。

「ちょっと、こんな所でそんな大人数で固まってないでよね。
 一応、通行しようとする人だっているんだから、少しは端によるなりしなさい、これ正論よね」

ツインテールをした少女の言葉に、FCたちは何か言おうとするもその通りなので大人しく端に寄る。
指摘した少女は空いた場所を通って何処かに行くのかと思われたが、そのままその場に留まる。

「ところで、これは一体何なの高町」

「いや、近衛。俺に何かと聞かれてもな」

そう返す恭也ではあるが、この現状を見る限り恭也も何の集まりかは知っているはずである。
普通に見れば、大勢の女子生徒が恭也を前に取り囲んでいるようなものなのだから。
恭也としてはからかうつもりとかではなく、単にここまで人が集まってくるのが分からず、
且つ、自分よりもFCたちに聞く方が分かり易いだろうと思ったのだが、近衛素奈緒はそう取らなかった。

「ふーん、それってつまり私には内緒ってこと?」

「いや、そうじゃなくて」

「あー、もうトサカ来るわね! そっちから好きって言っといて、こんなに沢山の女の子と仲良くしてるなんて!
 ちゃんと聞いてたんだからね。わ、私の事を好きって言っておきながら、何で私の名前を言わないのよ!」

素奈緒の発言に驚くFCたちを余所に、素奈緒は一人言いながらヒートアップしていく。
それを眺めながら、恭也は落ち着いた声で話し掛ける。

「言うも何も、その前に近衛が出てきたんだろう。少しは落ち着いたらどうだ?」

恭也の言葉に素奈緒はそうだったようなと思い出し、徐々に勢いが弱くなり、とうとう口を噤んで俯いてしまう。
そんな様子がこれまた恭也にとっては可愛らしく映り、知らず頬が緩んだらしく、
それを目聡く見つけた素奈緒は何が可笑しいのかと怒り出す。

「いや、おかしい訳じゃないから。まあ、あれだ。
 俺の態度も悪かったかもしれないが、近衛も初めからそう言ってくれれば良いだろう。
 本当にまだ時々素直じゃないと言うか……」

「はい、名前ネタはNG!
 た、確かに回りくどい言い方したかもしれないけど、少しは察しなさいよね」

赤くなってそっぽを向く素奈緒の様子にまた口元を緩めそうになり、誤魔化すように手で隠す。
と見れば、既に周囲にはFCは愚か忍たちの姿もなくなっており、恭也は気付かなかった事に少し反省する。
素奈緒の方も周囲から人が立ち去って行くのを気付かないぐらい、恭也と言い合っていた事にやや頬を染める。
何とも言えない沈黙が辺りを包み込む中、恭也は未だ立ったままの素奈緒に座るように声を掛け、
素奈緒もその言葉に従って恭也の横に腰を下ろす。

「あ、あはは。誰も居なくなってたなんて気付かなかったわね」

「全くだ。これでは美由希に偉そうな事を言えないな」

「でも、どうして急に居なくなったのかしら」

「それは目的が果たせたからだろう」

きょとんと可愛らしく首を傾げる素奈緒に、恭也は柔らかな笑みを浮かべ、

「俺が好きな人が素奈緒だって事が分かったからに決まっているだろう」

「っ! そ、そうだったわね」

恭也の言葉に耳まで真っ赤にしつつ指をモジモジとさせる素奈緒。
照れる素奈緒の仕草に、恭也の悪戯心が目を覚ます。
少しだけ腰を浮かすと素奈緒との距離を更に縮めて身体が触れるぐらいまで近付いて座りなおすと、
静かに顔を近づけていき、その耳元に囁く。

「素奈緒はどうなんだ?」

「わ、私は、い、言わなくても分かってるでしょう」

「それでも素奈緒の口から聞きたいんだが。ほら、素直に」

「だから、名前ネタはNGだって!」

言って顔を上げてくる素奈緒をじっと見つめ返す。
近くから顔を覗かれて思わず顔を逸らす素奈緒であったが、恭也の指がそっと頤を掴んでまた元の位置に戻される。
真っ赤になりながらも必死で視線だけを逸らす素奈緒へと、
恭也は急かすでもなく、それ以上何かを言うでもなく、ただ静かにじっと見つめる。
視線を逸らしても顔を固定されているので、完全に視界から恭也の顔が見えなくなる訳でもなく、
困ったように素奈緒は最終手段としての行動、即ち目を閉じるという行動に出る。
その次の瞬間、唇に何かが触れる。
いや、それが何なのかは見るまでもなく、唇がその感触を覚えている。
まさか学校内でそんな大胆な事をするとは思わず、素奈緒は思わず目を開ける。
途端、その視界いっぱいに当然の如く恭也の顔が映し出される。
驚いて言葉の出ない素奈緒へと、恭也はこちらも流石に少し照れた様子で告げる。

「すまん。その、急に目を瞑ったから、場所も忘れてつい」

からかうつもりが思わぬ事になり、いや、思わぬ事をしてしまい、恭也も困ったように苦笑する。
そんな恭也の様子に素奈緒も冷静になり、それでも未だに赤い顔をそっと近づける。
思わず身構えた恭也の唇ではなく耳へと近づけ、安堵と残念さが半々といった様子の恭也へと静かに言葉を紡ぐ。

「私も恭也の事、好きよ。大好き」

自分の言葉に照れているであろう恭也からゆっくりと顔を離しつつ、その頬に軽く口付ける。

「……あ、あははは。がっ、学校で何やってるんだろうね、私たち」

照れつつも嬉しそうな表情でそんな事を言う素奈緒に、恭也も同じように顔を赤くしつつ、全くだと返す。
お互いに無言で見つめあい、どちらともなく微笑を零す。
照れ臭いが何ともいえない温かなものを心ではっきりと感じながら、二人はそっと寄り添う。

「次の授業が始まるまで、あとどれぐらいかな」

「そうだな、後十分もないだろうな」

「そっか。予鈴が鳴るまでだと考えると、五分もないのね」

「素奈緒は真面目だな」

「私が真面目なんじゃなくて、恭也が不真面目なのよ。
 大体、授業をちゃんと受けるのは当然のことでしょう」

「「これ正論」」

素奈緒の台詞に恭也の声が重なる。
小さな笑みを見せる恭也に、素奈緒もまた笑みを見せて指を立てる。

「分かってるのなら、授業中に寝ないようにね」

「……努力はしよう」

「駄目よ、ちゃんと起きてなさい。後で、忍か赤星君に聞くからね」

「そこまでするか?」

「するわよ」

「本当に3−Aは真面目だな」

「別に私のクラスが真面目で、恭也の3−Gが不真面目とかじゃないと思うわよ。
 単に、恭也が不真面目ってだけで」

そう言って間違ってないでしょうと胸を張る素奈緒に、恭也は反論できないとばかりに肩を竦めつつも尋ねる。

「もし、寝てしまったらどうするんだ?」

「その場合はお仕置きよね、やっぱり」

「どんなお仕置きが待ってるんだ?」

「そうね。……次の日曜日に私と出掛けること! 反論は許さないわよ」

少し照れつつそう言う素奈緒に、恭也は当然の如く疑問をぶつける。

「じゃあ、寝なかったらそれはなしなんだな」

「そ、その場合はご褒美として、次の日曜日に私が一緒に出掛けてあげるわ」

「どう違うんだ?」

「ご、ご褒美とお仕置きだから違うに決まってるじゃない。
 それとも、恭也は嫌なの? それとも何か予定あるとか?」

伺うような目付きで尋ねてくる素奈緒に、恭也は少しだけ考え、

「次の日曜日は予定があってな……」

「そう。それじゃあ仕方ないわね」

肩を幾分落とす素奈緒へと恭也は続ける。

「ああ。次の日曜日は素奈緒と出掛けるという予定が入ってるから」

「……そ、それって」

恭也の顔を見上げた素奈緒は、その顔が笑っていることに気付き、からかわれたと悟る。
拳を握り、恭也の腕を軽く何度も叩く。

「悪かったって。ちょっとからかい過ぎた。あ、でも一つだけ言っておくぞ。
 素奈緒と出掛けるという事は、お仕置きにはならないだろう」

そう言われて嬉しさと恥ずかしさから顔を背ける。
さっきまで怒っていたはずなのに、たった一言ですぐに嬉しくなってしまう。
本当に恭也の事が好きなんだと自覚させられ、思ったよりも顔が火照る。
それを誤魔化すようにやや怒った口調で、

「だったら、ちゃんと起きてないと……」

「起きてないとデートはなしか?」

「うっ、そ、それは……。わ、私もしたいからそんな事は言わないけど……。
 で、でも、授業を受けるのは当然のことでしょう」

「そうだな。まあ、頑張ってみる。所で、何処に行くのかは決めているのか」

「ううん、まだだけど」

「そうか。なら、今日の放課後にでも相談するか」

「そうね、そうしましょう。それじゃあ、ホームルームが終わったら、校門前で良い?」

「いや、俺が素奈緒の教室まで行こう」

「そう? じゃあ、待ってるわ」

そう返事をした時、予鈴が鳴る。
恭也は立ち上がると素奈緒へと手を指し出し、素奈緒はその手を自然に掴む。
楽しそうに話をしながら、二人は肩を並べて歩き出す。
それをFCの誰かが見ていれば、今回のような事は起こらなかっただろうと思えるぐらいに仲睦まじい様子で。





<おわり>




<あとがき>

トサカ来たーー!! という事で、今回は素奈緒編でした〜。
美姫 「これでメインヒロインは後一人よね」
ああ。その通りだ。
美姫 「ようやくここまで辿り着いたわね」
だな。後一人! 後一人!
美姫 「問題は、それがいつになるかよね」
それは不明! それは不明!
美姫 「威張るな!」
ぶべらっ!
美姫 「それじゃあ、また次でね〜」
で……、ではでは。







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